ブラック&ホワイト2 英雄代行   作:あぞ

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第十七話 勧誘

タチワキシティのポケモンセンターに備わった宿泊施設で一晩を過ごし。いつもの通り、朝のランニングをガントル、フタチマル、ランプラーと共にこなして。ポケモンたちに朝食を与えると。自分自身の腹の虫も存在感を示し始めたので朝食を摂ることにした。

 

ポケモンセンターに併設された宿泊施設の食事は、どこも基本的にビュッフェ形式である。オレは基本的に朝食は白米と味噌汁、卵とおひたしをベースに。たっぷりのカリカリに焼けたベーコンとサラダ、おまけにスクランブルエッグやその他惣菜を追加する。それと、デザートはヨーグルト。

 

朝はしっかりと食べて、昼と夜はほどほどに抑えるというのが、オレの食事スタイルなのだ。

 

幼い頃から一緒に居るヒュウや妹ちゃんは、最早オレの朝食の量を見慣れているが。スクールで合宿に行った時や、今のように宿泊施設やレストランで食事を取っている時は奇異の目で見られる。

まぁ、そんな視線にも慣れたもので。気にせず箸を動かしては、次々と料理を平らげて行く。

 

黙々と目の前の料理を味わっていると、聞き覚えのある声が食堂の隅に吊り下げられたテレビから聞こえてきたので。一度手を止め、そちらに視線を向ける。

 

『今日はなんと!ライモンシティのジムリーダーで、現役トップモデルのカミツレさんにインタビューさせていただきますっ!』

 

そこに映っていたのはルッコちゃんだ。昨日タチワキに居て、今日はライモンシティか。仕事とは言え、こんなに彼方此方に飛び回っていて体調を崩さないのだろうか。

というかやたらとテンション高いな、頬も紅潮してるし。

 

『あ、あのっ!あのう!私、カミツレさんにたいな格好いい人になりたくて…どうすれば、カミツレさんみたいに成れるでしょうか!?』

 

オレからすれば、世界を股に掛けて活躍するルッコちゃんは十分格好良いと思うのだが。

まぁ、現状に満足せず。更なる高みを求める向上心は素晴らしいものだと、素直にそう思う。

 

『そうねぇ…私を目標に頑張ってくれるのは嬉しいけれど。只々人の真似をしたところで、それは他人のコピーでしかないわ。それではその人自身が格好良くなったとは言えないでしょう?』

 

『は、はい』

 

成る程、流石ジムリーダーにしてトップモデル。言うことが深い。

トウコ先輩も「人の真似してても強く成れないんだから。キョウヘイはキョウヘイの、ヒュウはヒュウの長所を伸ばしなさい。そうじゃないと何処ぞの眼鏡みたいに、どっかで行き詰まるわよ!」って言ってたな。何処ぞの眼鏡って、もしかして昔のチェレンさんの事だったのでは。

まぁその後に、オレらの長所は何処なのかを聞いたら「自分で自覚しなさい!」って怒られたけど。

 

『だからね、貴女は貴女のままで頑張って頂戴。他の誰かに成ろうとするのではなくて、他の人の言う事に従うんじゃなくて。貴女のまま輝けば良いの。そうすればきっと、自分の成りたい自分に成れる。私がそうだったもの。大丈夫、ルッコちゃんならきっと素晴らしい大人の女性になれるわ』

 

『あ、ありがとうございますっ!…わぁカミツレさんに微笑んで貰えたよ!こんなに幸せで良いのかな』

 

ルッコちゃんがトリップしている。本当に憧れの人なんだろう、オレで言うところのアデクさんみたいな人か。

いや、オレは流石にトリップしたりはしないけどね。

 

『あっ!…はーい!ルッコでした!スタジオにお返ししまーす!』

 

現実に戻ってきたルッコちゃんは。素で興奮してしまった羞恥からか、真っ赤な顔で締め括った。

ていうかこれ、ジムリーダー訪問というよりトップモデル訪問だったのでは。ポケモンが画面の端に見切れもしていなかったんだが。

 

オレはそんな事を思いつつ、冷めない内に朝食を平らげようと。再び料理の山と向き合うのだった。

 

 

 

朝食を終え、ポケモンセンターのフロントにあるパソコンを借りて。今日のタチワキジムの予約情報を調べてみた。

ヒオウギシティでチェレンさんに挑戦した時が変則的であっただけで、普通は予約してからジムへ向かうものなのだ。あの時は興奮し過ぎて失念していたが。

 

午前中は挑戦者が居るみたいなので、午後に予約を入れよう。9時~12時が午前の部、16時~19時が午後の部か。

午前午後共に挑戦時間が3時間。昼休憩が4時間とかなり長いが、こんなものなのだろう。ジムリーダーもポケモンを休ませないといけないし。

 

幸い、まだ午後の予約が入っていなかったので午後一番に予約を入れておいて。午前中はタチワキシティ観光と洒落込むとするかな。

 

 

ジムリーダーに負けた時の事を考えてチェックアウトはせずに、貴重品とキズ薬や何でも治しなどのバトル必需品だけ取り出して取り回し易いサブバッグに詰め。バッグをコインロッカーに預ける。

いや、負けるつもりは毛頭無いが。万に一つサプライズという可能性もあるし、チェレンさんもかなり強かったしな。

 

取り敢えず、気を取り直してタチワキコンビナートでも見学しようかと思い立ち。

ポケモンセンターを出て工業地帯に足を向けたのだが。

 

ポケモンセンターを離れて10mほど歩いた地点で、小さな青い影が目の前に飛び出して来た。

 

 

「くあん!」

 

 

その影の正体は、なんと波紋ポケモン。リオルだ。

進化すると、波導を操るルカリオに進化する。格闘タイプのポケモン。イッシュ地方には生息していないポケモンなので、誰かの手持ちなのだろう。

 

珍しいその姿を、目線を合わせる様にしゃがんでしげしげと眺めていると、後ろから黄色いアフロヘアーの男性が急いで駆け寄ってくる。あの人がこのリオルのトレーナーだろうか。

 

「ハァハァ…!リオル、いきなり駆け出したらはぐれちゃうじゃないか。君は大事な…おや?」

 

息を切らして走ってきたアフロの男性は、やはりリオルのトレーナーらしい。

 

「おはようございます。リオルなんて、イッシュではそうそう見ないので観察させて貰ってました」

 

膝に手を突いて息を整えていたアフロの男性と、顔を上げた瞬間に目があった。両手を挙げて、取り敢えず怪しい者じゃないアピールをしておく。プラズマ団やポケモンハンターみたいな連中が居たりするので、世の中案外物騒なのだ。

 

というか、プラズマ団に間違われたら切腹したくなるので先手を打つ。もし疑われたら介錯はフタチマルにして貰おう。あいつなら首の皮一枚…この件、昨日も考えたな。

 

「ああ、いいんだいいんだ!それよりも君、昨日の大会で…」

 

男性が何か言いかけた瞬間、リオルが突然、突っ込んできた。

 

「うわっと!」

 

しかも、その勢いのままアッパーを繰り出してきたので、咄嗟にバク転の要領で回避する。

そして追撃してくるリオルの掌底打ちを、左右のステップやバックステップ、時には掌で受け流して捌く。

必死こいて回避していると。

 

「お~。素晴らしい動きだ!」

 

アフロの男性から、呑気な歓声と拍手が飛んで来た。

 

「いやいや、貴方トレーナーなら止めてくださいよ!」

 

観たところ「発勁」などの技は発動していない様子だが、自然の物理法則から隔絶された存在であるポケモンの力は。例え70cmほどの小さな体格を持つリオルであっても、馬鹿に成らない。見た目じゃないのだ、ポケモンは。

 

「いやぁ、実は僕。そのリオルのトレーナーじゃないんだよね」

 

ならば一体何だと言うのか。

どんどん動きを加速させて行くリオルの動きに対応仕切れず、咄嗟に腹部に向かって放たれた掌底を自身掌で受けると。周囲に、皮膚を打った乾いた音が響き渡った。めちゃくちゃ痛い。

 

しかし、それで満足したのか。リオルは大きく頷くと、アフロの男性の下へ駆け寄り。此方に向かって指を指して来た。いや、正確には掌で指して来たというべきか。

 

リオルの様子を見て、訳知り顔でうんうん頷くアフロの男性は。

 

「僕はね、映画の助監督なんだ」

 

トレーナーではなく、監督なのだと。そう答えた。

 

「…はい?」

 

予想外の答えに。右掌に息を吹き掛けつつ、自分からしても、何とも間の抜けた声が口を衝いて出た。

 

 

 

 

 

「はい、サイコソーダ」

 

「…どうも」

 

リオルの無礼の詫びにジュースを奢ると言われて、ポケモンセンター近くにある公園のベンチに。オレとアフロの男性とリオルは座った。

 

因みに、並びはアフロの男性、オレ、リオルの順であり。訳の分からない二人に挟まれるような形である。

次襲い掛かってきたら、正直こちらもポケモンを解放するのも辞さない。

 

ポケモンが襲い掛かった御詫びがジュース一本とは相場崩れも良い所では無いかと思うが。オレ自身、昨日大人気アイドルを驚かせたのをミックスオレ一本で手打ちにして貰ったので、強く出られない。

人を呪わば後ろにヨノワールなのだ。いや、これは誤用か。別にオレ、ルッコちゃんの事呪ってないし。

 

「いやぁ、リオルが本当にごめんね」

 

「いえ、もう気にしてないです。ヨノワールなんで」

 

「え?」

 

「いや、なんでも無いです。こっちの話です」

 

掌を冷やしていたサイコソーダのプルタブを開け、口の中に流し込む。

それを見て、アフロの男性…助監督とか言ってたか。助監督さんも、おいしい水のキャップを開いて飲み始めた。

 

「君、ヒオウギシティのキョウヘイ・グレイフィールドくんじゃないかい」

 

ペットボトルを半分ほど飲み干したところで、そんな事を言ってきた。何故オレの名前を知っているのか、警戒心が高まる。

 

「ああ、決して怪しいものじゃないよ!うちの監督とリオルがね。昨日の大会を観戦しに行っていたんだ」

 

「なるほど、そういう事でしたか」

 

警戒心を少し弛める。大会に出場すると、籍を置く町と本名を連呼されるからなぁ。自分が知らない人が自分の事を一方的に知っているのは、トレーナーである限り仕方ない事だ。プライバシーとは何なのか。

 

まぁ、プロトレーナーの座を登り詰め。四天王クラスに成れば、それこそ世界にその名が轟く訳だから。それが早い内から始まるのだと、プラス思考に捉えよう。

 

「そこで監督とリオルが、君の事を気に入っちゃってね。監督曰く、あれだけポケモンと信頼関係を強く結べる者はそうは居らん!って事らしくて。昨日も探したけど見付からなかったから、今朝早くにリオルの波導感知を頼りに探してたんだ」

 

成る程、しかしそれで何故リオルが襲い掛かって来る事に繋がるんだろうか。

技を使って無かったし、オレのポケモンたちがモンスターボールから出て来なかったから。悪意は無い事は分かっていたけど。今の話を聞く限り、リオルもオレの事を気に入ってくれたと言うのなら襲い掛かる道理は無いと思う。

 

「リオルが君を攻撃したのはね、君を試したかったからなんだ。君が自分自身のパートナーに相応しいかどうかをね」

 

疑問に思っていると、助監督さんがそれを察したのか。理由を説明してくれた。いや、説明されたところで到底理解できるものでは無かったが。

 

「ねぇキョウヘイくん、俳優って興味ないかな?」

 

口角を上げて不敵に微笑む助監督さんに、オレは。

 

「はい?」

 

本日二度目の間の抜けた返事を返してしまうのだった。


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