ラフィエルドロップハート   作:黒樹

7 / 10
前半、ほぼ原作通り。


No.7 海へ行こうよ!

 

 

 

「海に行きます!」

 

季節は夏の訪れを感じさせる蒸し暑さの中、読書に勤しむ椎名の背中越しに声は聞こえた。

後ろの席にはガヴリール、ヴィーネ、ラフィエルの3人が寄り集まっていつも通りに騒いでいる。提案者のヴィーネは嬉々とした表情で普段の割増楽しそうだ。

 

「行けばいいじゃん」

 

「あんたも来るの」

 

「家でゴロゴロしたい。海に行く必要ないじゃん」

 

「えー、楽しそうじゃない海。人間界に来て初めての長期休暇なんだから。もう夏のしおりは作成済みよ」

 

執拗に行きたがるヴィーネと抵抗するガヴリール。根っこからイベント大好きなヴィーネからすればこっちに来て初めての夏。それなら遊ばない手はない。はしゃぐヴィーネは何やら薄い冊子を持っていた。

それを見てうだうだと文句を言うガヴリールの携帯にピロンと着信音が鳴る。適当に開くと目の前のヴィーネからの着通を報せるアイコン。いったいなんで目の前にいる本人に口答で伝えないのかと訝しむ視線を向ける前に、メッセージの内容にガヴリールは目を通す。

 

『夏の海で好感度上げるわよ。あんたも手伝いなさい。何か驕ってあげるから』

 

しばし沈黙してから、携帯をしまうと溜息を吐きながらも不自然に心変わりをする。

 

「……まぁ、行くだけ行ってやるか」

 

「決まりね」

 

「是非、私もご一緒させてください」

 

「もちろんよ」

 

キャイキャイとはしゃぐ2人が女子高生特有のキラキラを捻出し始め、一層姦しくなる。

そんな2人を眺め見るやる気無さそうなガヴリールとは打って変わって、椎名の視線の先には見るも寂しそうなサターニャがスケジュール帳を開いて、

 

「夏休みって意外と暇ねー。意外にも予定は空いてるし、今しか私を誘うしかないわねー。どこか水のある場所で涼しい場所がいいわねー」

 

なんて、白々しくアピールする。

ヴィーネはさすがに可哀想になってきた。元からあとで誘うつもりだったが……。

 

「失敗だったかな……先にサターニャを誘っておけば良かったかしら」

 

元々、椎名を誘ってラフィエルを誘ってガヴリールを誘えばあとは簡単そうなサターニャのみで、誘えば来ると思っていたがまさかこんなに哀れな姿を晒すとは予想できなかった。

当初の予定では、ガヴリールとラフィエルの同行が決定した時点で椎名を誘うつもりだったのだが、ちょっと要らない横槍に反省しながらサターニャのところへ伝えに行こうとして、ガシッと肩を掴まれる。

 

「私が行ってきます」

 

振り返ればいい笑顔のラフィエル。できればこの行動力を椎名に向けて欲しいものだ。

ヴィーネは内心、そう思いながら複雑な心境。

たったひとつ不安要素があるが……。

ラフィエルの背中を見送った。

 

「サっターニャさんっ♪」

 

「な、何よ?」

 

「実は私達、海に行くんです」

 

「そ、そう、それで?」

 

「それだけです」

 

ヴィーネの予感は的中。ぽかんとした顔のサターニャを置き去りにラフィエルが笑顔で戻ってくる。

空かさず、ヴィーネは携帯でメッセージをラフィエルに送り付けた。

 

『ちょっとあんた鬼なの!? シーナに好かれる気あるのかしらっ!?』

 

『……どうしたらいいかわからなくて。でも、見てくださいオオウケしてます』

 

言われてみて、ようやく気づく。ヴィーネの背後では本を開けながらも肩を小刻みに揺する椎名がいた。どうやら必死に笑いを堪えているようだ、本当にハブっているのなら笑わないが、冗談だと判っているからこうしてこの光景を見ていられる。

もう、本を見ていられはしないが。

ラフィエルに続いてガヴリールが立ち上がる。トントンと歩いて行き、サターニャに向けて親指を立てた。

 

「安心しろ、お前の分も楽しんできてやる!」

 

「とどめさすなっ!!」

 

はぁ、と溜息を吐いてヴィーネはサターニャの元へと赴いた。ヴィーネ自作の“夏のしおり”を手に、まるで魂の抜けた彼女へと差し出す。

 

「ほら、あなたの分」

 

「……わた、しの?」

 

もう涙目で大泣き寸前のサターニャ。ぐしっと涙を拭うと強がってみせる。

 

「まぁ、行ってやってもいいわ。ちょうど暇だしね。仕方なく行ってあげる」

 

「あぁ、そう……」

 

可哀想に見えたのも一瞬だけ、少しイラッとしたのも束の間、それどころではない。

あと1人、誘わなければいけない人間がいるのだ。サターニャの席で話すのも不便で、もう一度ガヴリールの席へと戻る。

本を読む椎名を見つめたままのラフィエルがいて、傍らで眺めているだけがなんとももどかしくて、ついお節介を焼きたくなってしまう。

 

『どうする? 自分で誘う?』

 

『はい。……もし私に何かあった場合は、援護射撃お願いします』

 

『そんな戦争に行くわけじゃないんだから。気楽でいいのよ。いつも通りで。一応、みんなで行くんだから』

 

仰々しい台詞のメッセージが届いて、ヴィーネは心からの笑みを漏らした。

 

 

 

 

 

□■□

 

 

 

 

 

いつも通りの自分でいいのだと言い聞かせる。いつも通りの自分とは何だったのか模索する。しかし、いつも通りのままでいいのかと不安になる。

いつも通りの自分は誰かに好かれるような性格だったかと聞かれれば、イエスとノーを答える。

表向きは品行方正で優しい微笑みを浮かべた自分がただ時間を流すように生きているだけで、いい子を演じ切って世界に適応しようとしているだけの存在だとして。優秀に欺いた。

裏向き、内面的には、日々楽しいことを探して退屈な日々を終わらせる何かを求めていた。他人を虐めるのが大好きで、蟻のように群がる雄を何匹蹴落としたろうか、考えたこともない。どれもつまらなかったから。あるいは誰も好きになれなかったから。

 

そうして、ようやく見つけた理想の相手は自分と同じだと知るには容易かった。

 

欠陥品。壊れたもの。定石から外れ、理から外れた存在だと表現してみて、言い得て妙。彼は優しかった。

 

そんな彼にラフィエルは恋をして、気づけば日常で一緒にいるのは苦にはならないのにある重要なことに気づいてしまった。

黒羽椎名の顔をまともに見れないのだ。

顔が嫌いだとか、そんな理由ではなく、むしろラフィエル的には好意的な印象の表情は、不意打ちで見るにはあまりにもドキドキとして心臓が破裂しそうなほど早鐘を打ってしまうから。

 

 

 

「クーロさんっ♪」

 

 

 

心の整理を終えたラフィエルは勝負に出る。3人が見守る中、前の席で読書に没頭する椎名に話し掛けると、僅かに本から顔を上げてくれた。

 

「なに?」

 

「クロさんも一緒に行きませんか? 海」

 

「……いや、いいよ。俺は別に」

 

真意を図って、断った椎名はこれで話は終わりだとばかりに読書へと戻る。

素っ気ない態度がいつも通りで悲しい。

なんて、恋心を自覚するまでは思わなかったのに。

 

「楽しいですよ。今なら女子の半裸が合法的に眺められちゃいます」

 

「……それで行くなんて言い出したら変態確定だよね」

 

最善策だった。からかい混じりに誘ったら、余計に冷たく断られて落ち込む。いつも通りの自分を出したつもりが手痛いしっぺ返しをくらってしまった。男の子なら好きだと思ったのだ。

自分でも、やってしまったと思う。心も僅かにすり減らして、少し顔を下げて、反省する。

と、俯いていたら本を閉じて椎名が下から覗き込んで様子を窺ってきた。

ラフィエルは少し驚いて顔を逸らしてしまう。

 

「それに、視線を感じるのは嫌でしょ。たぶん俺はラフィエルが水着姿になったら見ちゃうだろうし」

 

最近、妙に顔を合わせるのを避けられている気がして、椎名はラフィエルの様子を窺う。正直言って、服の上からでも魅力的な女の子に、仮にも友達という関係の彼女にそんな姿をされて見ない男子はいない。

先程、そういうことをラフィエルから誘われた気がするが冗談にしか聞こえなかったため、二度目の確認を取ったところ赤い顔をして俯かれた。

 

「……なんかごめん」

 

「いえ、女の子としては凄く嬉しいですよ。期待に添えるかどうかわかりませんが」

 

「……そう。でも、やっぱり俺は行かない方がいいと思う」

 

「ど、どうしてですか?」

 

あと一押し。たった一押しを押せなくて、ラフィエルは動揺して椎名を見つめる。

 

「俺が行ったら海水浴どころじゃなくなる」

 

「……えっと、それは……」

 

――どうして。

何かしてくるんだろうか。野獣的な本能を剥き出しにして岩場や洞窟に連れ込まれたり、水の中で沢山ボディタッチをされたりとか。

淡い期待と興味が湧き、ラフィエルは続きを聞こうとするも話すことを渋る椎名は深い溜息を吐いて頬杖をつく。

 

「俺が行ったら、確実に海水浴場の男共がアイドル探して百鬼夜行はじめるんだ」

 

「え……?」

 

ちょっと見たいかも。

なんて、思うと同時に妙案が浮かぶ。

ラフィエルはこれまでの椎名を思い返した。伊達に一緒に住んでいるわけではない。彼の性格は少しだけわかっているつもりだ。

 

――そして、最後の賭けは本当に博打だった。

 

「さっきクロさんは言いましたよね。私はあまり人の視線にいいものを感じません。ですから、魔除けなんてしてくれると助かるんです」

 

だから、

 

「――一緒に来てくださいませんか?」

 

嘘半分、本音半分。

優しさをつけ狙ったお願いを、椎名は渋々頷き了承した。

 

 

 

 

 

「じゃあ、メンバーも決まったことだし日程はどうしよっか」

 

予定調和だというかのようにヴィーネが仕切り直した夏の海水浴計画は、椎名を混入して再開する。

予定は目白押しで、夏のしおりには花火大会や多種多様なイベント情報が記載されている。街の総合サイトと言われれば納得する、それ以上に優秀な“夏のしおり”であると椎名は評価した。

 

「混ぜてもらって悪いんだけど、できれば最初の週にしてくれると助かる」

 

「私もそれがいいかなって思ってたの。……もしかして、本当はみんなの水着姿が楽しみだったり?」

 

「いや……予定は開けておかないと、姉さんが本当に落ち込んで一週間は引き篭もるから。相手にしないと泣くし」

 

斯くして、最初の週にスムーズに決まる。

夏休みに入って、土日あたりの週の終わりに。夏休みに入ってギリギリまで期間を伸ばしたみたいだ。

女子達が必死で獲得したダイエット期間、実は隠れた意図はそんなものであり、彼女達にとっては重要だった。

 

「これでもう質問はないわね?」

 

「あっ、待ってくださいヴィーネさん」

 

どうしたら大悪魔になれるかとか、おやつにバナナは入るかとか、謎の質問の後に、ラフィエルが深刻な顔をして提言する。

 

「みなさんのスリーサイズが記載されていません」

 

「……そう。シーナに見られるけど、いいのね?」

 

「ごめんなさい。冗談です」

 

手のひらを返して、ラフィエルはおとなしく引き下がっていく。スリーサイズを知られるのって、やはり恥ずかしい気がしたのだ。

たとえ、好きだとしても。

 

そんな会話を聞いていて、椎名は唐突に口をついて出た言葉は抑えられることなく、この場の全員に思った疑問だった。

 

「そういえばさ、みんな水着とか持ってるの?」

 

「持ってないですね」

 

「私もね。まだ、この辺の事よく知らないし」

 

「フッ、大悪魔たるもの準備は――」

 

「なら、これ」

 

準備は出来ている。と、見栄を張ったのか本当はこういうことに期待していたのか、わからないサターニャを放置して椎名はメモ帳にあることを書いて差し出す。

ある有名な洋服屋の名前。女性専門の、洋服や水着を扱った有名店だ。場所も記載した。

 

「知らないでしょ。この辺の服屋でいいところ。そこなら水着も取り扱ってるよ」

 

説明すると、ラフィエルが口元を抑えて、

 

「……まさか、女装癖が」

 

「ないから。姉さん達に連れ回されるから、知ってるだけだよ」

 

「……じゃあ、クロさんの好みの水着が取り扱っていたりするんですかね?」

 

「回答を拒否します」

 

ちょっとラフィエルに似合いそうな服が取り扱われているとか、そんなことは胸の内に収めておく。冗談はさておき、椎名は話はここまでと打ち切るように、

 

「4人で行ってきなよ」

 

そう勧めて、ラフィエルは首を傾げる。

 

「行かないんですか? クロさん」

 

ものすごく自然に誘った。ラフィエル自身、自分でも気づかないほど自然だった。現に意味などあるわけもなく、一緒に行きたかっただけで、からかっているわけでもない。あるとすれば少し残念そうな彼女の顔が、椎名には少し罪悪感を生むというだけだ。

 

「女子達だけでキャッキャわいわい騒いでくればいいと思うよ。俺は邪魔だろうし。まず、男が行くような場所じゃないから」

 

「またまたー、本当は見たいんじゃないんですか。あっ、実は展示してある服を舐め回すように見るのが趣味とか」

 

「そんな腐った性癖は持ち合わせてない。服に魅力を感じるのは誰かが着ている時だけだよ。誰かが着てなきゃ意味がない」

 

「じゃあ、脱いだものはどうでしょう」

 

「……時と場合によるかも」

 

きっとそれは限定的だ。年中発情期なんて死んでも御免被りたい。

 

「行きましょうよー」

 

「頭の上に胸を乗せるのはやめろ」

 

ラフィエルが構って欲しそうに椎名に抱きつく。ガヴリールほど背が小さいわけではなく、ラフィエルよりも高い為に肩と頭に直接当たるような感じだ。

ふわふわ。ぽにょぽにょ。服越しの感触が妙に生々しく、慣れていなければ今頃は赤面していたかもしれない。

 

そして、一度切りだ。

椎名がラフィエルに注意するのは、たった一回。

もしそれを超えるようなら、放置。

胸を押し付けてこようが何をしようが、男性的には全然良いのでもう何も言わない。

 

そんなラフィエルの感触を嫌がるわけでもなく、首を縦に振らない彼にムッとして、ラフィエルは携帯を取り出してパシャリと一枚写真を撮る。

一応、女の子で、仮にも勇気を出した。それなのに慌てもしない椎名に何を思ったのか、ちょっと不機嫌に先程撮った写真を突きつける。

 

「送っちゃいますよ。お姉さんに」

 

メールに添付した写真。

宛先は、椎名の姉である舞姫菜と表記されている。

 

「ちょっと待て、落ち着け、ラフィエル」

 

「ごー、よーん、さーん……」

 

「行くから送るのはやめて。家族会議になっちゃうからお願いします」

 

「仕方ないですね〜♪」

 

途端、上機嫌になったラフィエル、彼女が携帯を操作するのを見て控えめに、

 

「できれば、消してくれるといいんだけど……」

 

「嫌です♪」

 

拒否したラフィエルは携帯の待受を2人で撮った写真にこっそりと変えた。

――椅子に座った彼の顔はどこか無表情で優しく、自分がその彼に抱きついている写真に。


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