ラフィエルドロップハート   作:黒樹

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若干のキャラ崩壊注意。


No.6 裏表ハート

 

 

 

「実は……相談したいことがあるんです」

 

放課後、ヴィーネの部屋に集まった一同の前で、ラフィエルはいつもののほほんとした表情ではなく、真剣な目で語り掛ける。

部屋主のヴィーネを筆頭に、怠惰な天使ガヴリール、シリアスの破壊者サターニャ、いつになく真面目な顔のラフィエルは彼女の呼び掛けで集まったのだ。

 

「私、ネトゲで忙しいんだけど」

 

不満そうに愚痴るガヴリールだが、親友の事を思って嫌がりながらも来たところ、彼女は彼女で優しさ垣間見える一面が影を隠している。

 

「そう言いながらちゃんと来たよねー、ガヴは」

 

そんな二人の友情とガヴリールの優しさに微笑みを隠しきれないヴィーネが指摘すると、そっぽを向いてガヴリールは頬杖を付く。

 

「まったく、この大悪魔である胡桃沢=サタニキア=マクドウェルを召喚したんだから、しょうもない内容だったら許さないわよ」

 

「あっ、別にサターニャさんの意見には期待してないのでお帰りいただいても結構ですよ」

 

「ちょっ、私だけ辛辣じゃない!?」

 

よほどラフィエルからは期待されていないのか、毒を吐かれたサターニャは帰らない。まぁいいわ。と、行儀良く座り直した。

 

「それで、改まって教室で話せない内容ってなに?」

 

女子会のような、ガールズトークのような匂いに楽しげに話を進めるヴィーネ。イベント大好きな彼女からすれば、こういう風に女子同士の会話をするのも憧れだったのだろう。

教室で話せないかどうかは、もう既にガヴリールが提案していたために、こうして集まったのだ。

親身になって相談に乗ろうとしているヴィーネに対して、少しだけ安堵しながら言葉を紡ぎ出す。ラフィエルは不思議な気持ち半分、恐怖の気持ち半分で、

 

「実は……最近、変なんです」

 

慎重に口をついた言葉は意外でもなんでもなく、なんだそんなことか、とガヴリールは溜息を吐く。

 

「安心しろ。ラフィエルが変なのは元からだ」

 

「そうね。他人の部屋に忍び込んだり、男子生徒の告白を必要以上に毒を盛ったりね」

 

「良かった〜、病気とかじゃなくて」

 

むしろ自覚なかったのか、と呆れ果てる二人を除いてヴィーネだけが安堵でほっと胸を撫で下ろす。

 

「いえ、そういうことではなくてですね。精神的な問題というかなんというか、なんて表現すればいいのか私も迷ってまして……」

 

胸に燻るこの感情は、ラフィエルにとって未経験のものであり興味の対象でもある、しかしそれ以前に色々なことに手がつかずでもう我慢の限界だった。

だから、相談したくなって、皆を集めた。

面白い対象に対して、面白くないと感じるこの感情をどう説明すればいいのか、ありのまま言葉にして。

 

「普段、サターニャさんのような玩具――いえ、興味深い人には意識的に好奇心を向けているのですが、その対象であるはずのクロさんを意識的に見る以外に気がつけば無意識に目で追っていたりするんです」

 

「そ、それで?」

 

心当たりがあるのかヴィーネが続きを促すと、ラフィエルは胸に溜まったもやを吐き出すかのように続けた。

 

「この1ヶ月一緒にいて気づいたんです」

 

「な、何に?」

 

もう気づいているのか。

ヴィーネが身を乗り出して、ラフィエルに迫る。

恋をしたのね。なんて、自分の口からは言えず、ヴィーネはラフィエルが自白するのを待つ。

しかし、ラフィエルの心はより複雑だった。

 

 

 

「……クロさんといると楽しいのに、どうしても胸が痛くなる時があるんです」

 

 

 

好きになった。という言葉が口を突くかと思ったのに肩透かしな答えを聞いて、ゴンと頭を机に打ち付けるヴィーネはそのまま顎をつけながら顔を上げる。

 

「えっと、なんでかな?」

 

「自分でもわからないんですよ」

 

「いいから最近のことを細かく話してみて」

 

「クロさんのお家に住めるよう頼み込んでみたんですが、お姉さんの方がなかなか許してくれなくて、住むようになったらクロさんのベッドを私が使うっという取り決めに対しても彼は反論しなかったので、つい認めてもらうためにお姉さんに彼のベッドを使うことになった代わりに自分が弟さんと寝るチャンスだと提案すると、秒速で首を縦に振ってくれたのですが……自分で勧めておきながら、ちょっと複雑な気持ちだったり」

 

姉の弟と寝たいという願望を、理由ありきにしてあげたわけだが、ラフィエルは気に食わない様子。

 

「彼の交友関係も何故か女の人が多くて……他人の色恋沙汰を見る分にはわくわくしてるんですが、同時に心臓をつかまれたような感覚が」

 

「えっ、あれ? ラフィエルちょっといい?」

 

会話していて、ヴィーネがなにかに気づく。

 

「ごめん。あのね……一緒に住んでいるって聞こえたんだけど」

 

「あっ。はい。そうですがどうしたんですか?」

 

これには流石のガヴリールとサターニャも固まる。

ピシリッ、と硬直して次には思い思いの言葉を吐き出した。

 

「やったな。責任取って貰えば人生後はもう楽だな!」

 

「フッ、て、天使にしてはなかなかやるじゃない。人間の男性を手篭めにするなんて……S級悪魔行為を超える禁忌よ」

 

「ど、とどど同棲!?」

 

それぞれの反応であるが、ヴィーネだけはきゃあきゃあ騒いでもう自分を見失うほどに冷静さをかいている。そんな色々と間違った反応をする3人を見て首を傾げるラフィエル。

 

「どうしたんですか皆さん?」

 

「あ、あなたの悪魔的行為に恐れをなしたんじゃないから勘違いしないでよね。……ねぇ、あんた、参考までに聞くけど変なことしてないでしょうね?」

 

心当たりがあるのか、妙に引く寸前の表情でサターニャが問い掛ける。と、ラフィエルはいつもの笑み。恐る恐る訊ねる。

 

「他人の家に夜中に侵入したり、同じベッドに勝手に入ることよ!」

 

ラフィエルの前科に苦い経験のあるサターニャからすれば同じ目にあってざまぁーみろ、みたいな感じだがもうそんなことはどうでも良かった。

 

「まさか、恩人にそんなことしてるとは思わないけど。さっきの冗談よね? ベッドから怪我人追い出した話」

 

「……あはっ☆」

 

気まずそうに顔を逸らして、舌を出すラフィエルは弁明することもなく受け入れた。

 

「…………」

 

これにはもう3人とも黙り込むしかない。ラフィエルに目が当てられず、目を逸らして虚空を見つめるばかりで、ラフィエルはついに言い訳じみた言葉を吐き出した。

 

「だって仕方ないじゃないですか! 冗談を言ったつもりが本当にソファーで寝ようとするんですもん。呼び止める間もなくお姉さんはクロさんを部屋に連れ込んじゃいますし、今更どうすればいいんですか!?」

 

「お、落ち着いてラフィ。わかったから、その辺は」

 

「……まるで私が悪い人みたいに思われてますよね」

 

「いや、事実でしょ」

 

「とどめを刺さないでサターニャ!?」

 

いったい何の話をしようとして集まったのか、話題が逸れかかっていることを気にしてか、浅く息を吐くとガヴリールは頬杖を突きながら、

 

「それで結局、何がしたいの?」

 

気だるそうな一言。

 

「私もわからないから相談に来たんですよ」

 

「本当にわからない?」

 

「はい」

 

確認するヴィーネは伝えるべきか迷う。

自分で気づくべきじゃないのか。しかし、このまま放っておいていいのか。気づいたら“初恋は終幕を迎えていた”なんて何処かの本で読んだことがある。誰もが後悔の連続で生きていることを知っている。

だけど、もし違うのなら……。

指摘するのはヤボ。

確信が欲しいヴィーネはこんなことを質問する。

 

「例えばだけど、シーナが誰かといるところを見て胸がもやもやすることはない?」

 

「よくわかりましたね。実はそうなんですよ、なんででしょうね?」

 

「相手はどんな人?」

 

「こんな人です」

 

携帯を操作して写真を表示するラフィエル。彼女が持つ携帯の画面には一人の女性が写し出されていた。黒羽椎名と手を繋いで帰るメルエルの写真。画像データは約1ヶ月前、たまたま偶然、帰り道で見つけた2人がスーパーから出てきたところだ。

真っ先に覗き込んだのはヴィーネ。続いてサターニャ。次にのろのろとした動きでガヴリール。

 

「おっ。超レアじゃん」

 

「知ってるの? ガヴ」

 

「天界では見つけたら1年は幸福が訪れるって言われている天使だよ。でも、最近は下界に住んでいるって姉から聞いてたけど、まさかこんなところにいるとは思ってなかったな。天界の書庫の管理責任者もやってる、うちの姉と同じく超エリートだよ」

 

「見たら1年は幸せになれるってそんな大袈裟な」

 

「いや、事実だよ。あの人は対人恐怖症だから人前には滅多に姿を現さないんだ。私と対面した時も姉の後ろに隠れたし。けど、有名な天界の図書管理一族で、良家で古い家柄だから婚約の申し込みのせいか人間界に逃げたって姉が言ってたけど」

 

「逃げるほどの婚約ね……」

 

「確か、両親が引っ込み思案な娘に見合い話を見繕うってありきたりな話だけど。それが嫌で逃げ出したってだけで何の変哲もない面白くもない話だったな」

 

はぁ、と溜息を吐きながらもその目はいまだラフィエルが撮影した写真へと注がれている。

 

「……けど、本当に珍しいな。見つかるだけじゃなく、男と歩いてるなんて」

 

「ガヴは興味なかったの? その先輩?のこと」

 

「んー、まぁその時なんて思ったかは忘れちゃったよ。別にどうでもよくね? 私が口出し出来ることでもないし、したとしたら……あぁ、なるほど」

 

納得がいったと、ガヴリールは脱力する。

 

「どれだけ天使が探しても見つからなかったのは、七瀬先輩の気配を消すスキルだけじゃなくて、姉が絡んでたのか」

 

「ちょっと一人で納得しないでよ。気になるでしょ」

 

「いや、天界では失踪騒ぎだけじゃなくて、誘拐説や悪魔に殺されたとか、そんな噂があってさ。ラグナロク一歩手前までいってたんだよ」

 

「えっと……ラグナロクって?」

 

「最終戦争。まぁ、これも姉がどうにかしたようだけど」

 

「一人の女性の行動で世界が変わっちゃうんだ……」

 

呆れ半分でヴィーネは嘆息する。

話は逸れたが、軌道修正しなければならない。

ラフィエルの敵はお世辞なしで綺麗で、写真だけ見ればとても黒羽椎名と釣り合っているように見えているが、というかむしろ自然体の彼がそこにいるが。

今の問題は、ラフィエルが黒羽椎名に恋をしているかどうかなのだから――。

シチュエーション的に恋をしてもおかしくなくて、二人の出会いは唐突で、どう思ったのかはヴィーネにはわからないから確認する。

 

「シーナを初めて見たのはいつ?」

 

「サターニャさんと出会ったその日、ガヴちゃんとも再会して、教室で妙に髪の長い男の子がいるなとは思ってました。珍しいですから」

 

「まぁ、あの容姿だものね。それで、シーナのことをラフィエルはどう思う?」

 

「どうって、綺麗で普通じゃない、でしょうか」

 

「あ、容姿とかじゃなくて、なんていうかな」

 

聞き方が悪かったのか、思うような答えを得られずヴィーネは質問の内容を変える。普通じゃない。というのは今回は置いておくにしても、重要なのはラフィエルの心がどう傾いているかなのだ。

 

「今回の騒動があったよね。その時、まともに顔を見たし会話もしたでしょ? どうだった?」

 

ちょっと傷口を抉るようで申し訳ないが、直球で聞かなければたぶん気づかないだろうと感じて、そんな質問をしてみた。

ラフィエルはまだ気づいていない。質問の意図に。

それどころか、少し落ち込み気味のラフィエルは罪悪感を思い出して肩を縮める。

 

「助けていただいたことは感謝しているんでしょうか。今でもよくわかりません。でも本当に、あんなことに巻き込んでしまったのは悪かったとは思っています。私が言うのも図々しいですけど」

 

唐突に死の危険が訪れたとして。未だに困惑を隠せないラフィエルは呟いて、身震いするような危険にぞっとする。

もしあのままであれば、自分は死んでいた。けれど、死の実感は別にあって自分が生きていたことに感謝しているのかわからなくなって、頭の中は今でも糸が絡まっているかのように複雑怪奇にぐるぐると渦巻いている。

あの時、死んでしまえば良かったのか。そうすれば傷つけずに済んだのか。自分が生きているのが間違いじゃないのか。椎名の優しい言葉をいくら聞こうとも、やはりそう簡単に拭えることでもなかった。

 

「私が彼の隣にいて、彼の手助けを行うことはやっぱり偽善なんですよね……罪悪感からくる不安と自責に押し潰されないためにしていることで。私は怪我している彼を補助することで自分を納得させていたのかも知れません。でも、それももう終わりですね。怪我はもう治りますし」

 

「ラフィ……」

 

確かに否定できない。ヴィーネは真剣な眼差しのラフィエルを見据える。慈しむ表情で、まだ日常は戻ってきていないことを知った。

でも、本当にそれだけであるのなら、私の勘違いならもうそれでいい。けれど、まだその感情の裏に隠れているかもしれない感情を引っ張り出せていない。

と、ヴィーネは一度、唇を固く引き結んで決意のもと踏み込んでいく。

 

「あのね――」

 

「でも、彼と過ごしてなんとなく思ってしまうんです」

 

踏み込もうとした矢先、ラフィエルが独白する。

思わずヴィーネは口を閉ざした。

少しだけラフィエルの表情に光が戻っている。

 

「優しい人だなって。私にとってはもう、玩具箱では収まりきらないほど大きな存在だって……」

 

その言葉ひとつ。

やっとヴィーネは確信に至る。

ラフィエルは黒羽椎名のことが好きだと。

私、どうしたんでしょうね。と、困ったように笑うラフィエルのいたいけな瞳には椎名の影がチラつくばかりで、心の中のもやもやは肥大していく。

そんな彼女に一番に指摘したのは、意外なことに興味無さそうに構えていたガヴリールだった。

 

「好きになったんだろ。あいつのこと」

 

「好きって、恋愛感情の好きですか?」

 

ないない。と、手を横に振るラフィエルは謙虚に否定して並べ立てる。

 

「確かに人としては好感を持てるかもしれませんがありえないですよ。私は……」

 

「余計なことは考えないで。傷つけたとか釣り合わないとか、そんな言葉で隠すのもダメ。ラフィはシーナとどんな関係でいたいの?」

 

「関係なんて今のままで……」

 

「よくないよ。絶対に後悔する。それに今の関係も終わっちゃうよね。友達って言いながらラフィ自身がそう思ってない」

 

「あ……」

 

「巻き込んだ側と巻き込まれた側。だけじゃない。それだけだと辛いからそれだけで近くにいれるならそれは大したことだけど、ラフィは少しでも好意があったから近くに入れたんじゃない? 罪悪感だけじゃ普通は接し方に戸惑っちゃうよ」

 

問い詰めるヴィーネの言葉にピシリと硬直するラフィエルは不意に思ってしまう。考えてしまう。数分の沈黙。

黒羽椎名とどんな関係で在りたいのか。ファーストコンタクトで抱き締められて、助けられて、腕の中で感じたのは特別な安心感で、一瞬の恐怖を救ってくれたのは紛れもない椎名で、助かる可能性や確率が頭に浮かぶ前に自分はすべてを委ねて、やはり素直に優しい彼の行動は紛れもない事実で、吊橋効果とかあってもそんな人に対して想ったのはこれも揺るぎない本心だ。

 

 

 

「――好きですよ。もし戻れるのなら、彼を傷つける前に戻りたい。たとえ、接点がなくなるとしても」

 

 

 

理解して、口を吐いた言葉と共に涙が一筋流れ、膝の上に落ちる。

ラフィエルは目尻を拭って、ようやく自分が泣いていることに気づいた。

 

「……あ、れ? なんで、泣いているんでしょうね。本当に最近の私はおかしなことばかりですね」

 

「それでいいの。まだ傷つけたことを辛いって言うなら支えてあげる。でも、傷つけたから諦めるって言うのは看過できない。本心も聞けたことだしね」

 

ピロン、と着信音が鳴り。メールの届けを報せた。

 

 

 

 

 

□■□

 

 

 

 

 

「作戦会議を始めます!」

 

変わらず4人が囲むテーブルの上でメモを取るヴィーネがはっきりと宣言する。

ここに“恋する乙女の会”は設立。ラフィエルの恋を応援する会議が始まった。

 

「最終目的はどうする?」

 

「私が告白してみようと思います」

 

「そんなの男の方から来させなさいよ」

 

「いや、無理だろ。相手は一応、天界一の美女天使と噂されている寡黙系女子の七瀬先輩とかアイドル数人だろ。それ以前にあいつ告白するようなタイプじゃないと思う」

 

意見は様々、ラフィエルは告白してみようと意気込んでいるが勝算は薄い。この1ヶ月、調べたデータによると椎名の交友関係はほぼアイドル限定あって美少女と呼べるような人種ばかりなのだ。

それ以前に、あまりいい印象を与えられていない。最初の出会いは衝撃的だったが、ラフィエルからしたら罪悪感が尾を引いて未だに好感度はほぼ下だと認めている。

何より迷惑をかけてしまったから、ラフィエルにとって怪我をさせたことは自分が控えめに行く理由だった。

 

「まずはアピールよね。ラフィエル、最近はどんなことをしたの?」

 

好感度は大事だ。

何よりまだ椎名にとってラフィエルはどういう存在なのかという確認が取れていない。怪我のこともあれば、これまでの好感度の変化は気になるもので、本人に聞けない分は近くにいるラフィエル当人から聞き出すしかない。

 

「クロさんのお部屋の掃除をしたり、一緒に本を読んだり、ご飯を食べたり、その程度ですよ。不注意でたまに裸を見られたりしますけど……」

 

「は、はは、裸を見せあったり!?」

 

「していないです! 事故ですからっ」

 

若干、寂しそうなサターニャが呟き、この際と携帯を取り出す。顔は赤面だ。

 

「面倒ね。この際、直接聞いた方が早いわ」

 

「待ってくださいサターニャさん!」

 

「何よ?」

 

電話を掛けようとしたサターニャの手が止まる。

ラフィエルは内心ほっとしながら、伸ばしかけた手を止める。実際、自分も気になっているのだ。

 

「その、そういうのはちょっと……」

 

「怖いの? まさか?」

 

普段とは違う、臆病なラフィエルにサターニャは思案して携帯を操作する。

 

「――だから、代わりに聞いてあげるんじゃない」

 

待ったナシのツーコール。発信音が響き、数秒後に時間を待たずして電話の向こうから男の声がした。

 

『はい。黒羽ですけど』

 

「もしもし、あたしよあたし。ところで今、時間空いてる?」

 

『あたしあたし詐欺ですか。どうぞお引き取りください』

 

「画面に名前出てるわよね!? あたしよ、大悪魔胡桃沢=サタニキア=マクドウェルよ!」

 

『知ってる。軽井沢だよね』

 

「胡桃沢よ!」

 

『違った。サタニャン』

 

「どこの妖怪よそれっ!?」

 

そんな軽いノリは置いておいて。ヴィーネとガヴリールの視線が危うい凶器みたいになっているので、サターニャは自粛する。ついでにスピーカーオン。

 

「それより、聞きたいことがあるんだけど」

 

『なに?』

 

一拍、深呼吸をしてから質問を口にする。

 

「あんた、ラフィエルのことをどう思ってるわけ?」

 

『……』

 

流れる沈黙はラフィエルにとって居心地の悪いものだった。話し手も受け手も時間が止まったように動かず声を発さない。

だが、それも数秒のことで、電話向こうの椎名は柔らかい口調で言う。

 

『可愛いよ』

 

たった一言。ラフィエルは赤面する。

それでも電話向こうの彼はやめない。

 

『この際だから言わせてもらうけどさ。ただの平凡なヤツだったなら、助けてお礼を言ってすぐバイバイなんだよ。それなのにラフィエルは違って世話をしたいとか思い詰めてる、そこはいいところだよ。綺麗なところだ。優しいところだよ。でも、同時にそれはダメなところでもあるんだ。思い詰めすぎなんだよ。確かに、種を蒔いたのはラフィエルかもしれないけど、助けたいと思ったのは俺で勝手に助けたのも俺なんだ。だから、そろそろ自分を責めるのもやめてもいいんじゃないかと思う』

 

唐突に紛れもない本心を語り出す椎名。それは、ラフィエルに面と向かって諭しているような口調。

 

「責めてるなんてわかるものなの?」

 

『そりゃあ、世話するとか公言された上にあれだけ離れずにいたらわかる』

 

「へぇー」

 

興味なさそうな返事が電話向こうへと返っていく。

まぁ、そりゃそうか。と思う反面、ヴィーネとガヴリールだけはさして驚いた様子もない。代わりに心の内でやっぱり恋の応援は正解だと思う。

2人して椎名の評価を上げる中、ラフィエルだけは申し訳なさそうで所在無さげに電話を見つめているのみ。

 

『どうせ今頃、怪我が治ったら元に戻るとか焦ってるんだろ。贖罪の方法がなくなったとかさ。俺としてはそんな理由で近くにいて欲しくない。今度は、ちゃんとした自分の意思で自分のいたい場所を決めるべきだよ』

 

「どうやら私の勘違いだったようね」

 

『なにが?』

 

「いや、この機会にあいつにエロいことを強要するなんて展開があるかもしれないじゃない」

 

『それもいいけど、それじゃあ俺は嫌だね。想われているからこそ意味があるんだよ。……あとその、童貞かDQNみたいな発想はやめようか』

 

軽口を叩き合う2人。どうやら現在、息の合っているのはこの2人なのかもしれないとラフィエルが落ち込みかけたところで、椎名は言う。

 

『そうだ。さっき夕御飯どうするかの確認のメールをラフィエルに送ったんだけど、返信なくてさ。もしそっちにいたら伝えといて』

 

「え、ええ、わかったわ」

 

自然な形で椎名の方から電話を切る。サターニャは携帯の画面をスリープ状態にした。

 

――これって絶対に気づいてるよね。

 

可愛い。の一言で赤面したままのラフィエルを視界に入れながら、ヴィーネは携帯を起動して一つのメッセージを送り付けた。

 

 




お姉さんなヴィーネ。テイクアウト。
親友っぽいガヴリール。ドロップアウト。
根拠のない自信は顕在のサターニャ。アウトサイド。
必然的にサターニャは弄りしか入れられない。ガヴリールは親友らしいことをやってのける。ヴィーネはもう理想の優しいお姉ちゃんだよ。
恋をしたら人は変わるって言いますし、キャラ崩壊のことだよね。と、言いたいですけど、作者が困惑するラフィエルさんを見たかっただけですごめんなさい。恋に盲目になるラフィエル見たかっただけです。
ラブコメでもない限り、恋愛系に持ってくるのは難しいと思った吾輩でした。
本当にラフィエルの面影が何処かに……。

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