ラフィエルドロップハート   作:黒樹

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No.5 偶像の秘密

 

 

 

舞天の地には女神とさえ崇められるひとつのアイドルグループが誕生した。元はローカルだった筈のアイドル達はその美しさと特技で世界を魅了し、震撼させ人々の気を惹いて、自分の価値を認めさせたのだ。

彼女達の素晴らしさは国境を跨ぎ認めさせ、人知を超えた美しさを持ち、まるで何も寄せ付けない強さを見せながら、人々に親しまれる。

後に、彼女達3人はその名の通りにこう呼ばれた。

 

 

 

――機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)

 

 

 

彼女達はアイドルの頂点に君臨し、その名を轟かせどんな芸能人よりも知名度抜群。彼女達の後を追って、アイドル成らんとする者は後を絶たない。

いったいどんな理由で、少女達にそんな物々しい名前が付けられたのかは、一般には不明であり本当の理由は語られていない。

後日――その名が忌たる象徴となる。

3人の特技は、常人を超越したものだった。

 

 

 

……さて、話は続くが。

舞天高校にはとある伝説とも呼ばれる七不思議が存在している。かの有名なアイドルグループ«機械仕掛けの神»のメンバーのひとりが在籍している、と。

それ目当てで入試を受ける人間も少なからず、ここ舞天高校は彼女達出身の母校として知られていた。

 

そんな一人歩きする噂«エクス»の元に、椎名は向かっていた。

 

舞天高校併設施設――図書館。

そこに件のメンバーのひとり«エクス»がいる。

基本、エクスは姿を隠しかかりきりで図書委員の仕事をこなす。彼女の城、という表現は正しく、彼女こそ図書委員長であり学園の七不思議であり影でもある。

クラスメイトの男子生徒ですら話すことは叶わず、休み時間に話しかけようものなら忽然と姿を消すことから、陽炎のように幻だとも言われている。蜃気楼とも。

掴めない存在。彼女を見つけられるのは学園内にはただひとり、椎名だけだった。

 

校舎とは別に建設された図書館。そこへひとり足を運んだ椎名は図書館内を見回した。蔵書数万を超える大規模図書館、街の図書館の数倍を誇る本の数に圧倒されながら本棚の合間を縫って進む。そうして辿り着いたのは本棚の一角で、椎名は椅子に座りながら本を読んでいる«エクス»を見つけた。

 

「メルエル先輩」

 

「……」

 

七瀬・メルエル・ライブラリー。高等部3年。

彼女«エクス»の真名は本に愛され本に生きる。

読書に没頭しすぎているせいか、気配が溶け込み過ぎて常人では見つけられない迄にある。唯一、見つけられるとすれば«デウス»と«マキナ»と椎名だけ。

仕方なく、椎名は逡巡する。

読書を中断させて話し掛けるべきか、終わるのを待つべきか。本さえ読んでいればどんな悪戯をしても気づかないのがメルエルだ。肩をゆすっても視界を遮っても読み続ける。見えない筈の文字を簡単に見てしまう。真っ暗闇でもそれは変わらない、もうそれは神の領域とさえまことしやかに囁かれている。

 

「メル先輩」

 

「……」

 

肩をちょこっとだけ揺すってみる。

男の子的にはあまり見ない方がいいものが揺れる。即座に揺するのをやめた。

 

「エル先輩」

 

「……」

 

一通り、呼んでみたがやはり本から顔を上げないメルエルは反応を示さない。これは大変入り込んでいらっしゃると評価が下ったところで、椎名はふたつの選択肢が思い浮かぶ。

 

このまま愛狂おしいメルエルの読書する姿をじっと見つめているか。

ちょっと本を覗き込むついでに悪戯をするか。

 

うん。決めた。

それからの行動は早い。

 

「失礼します」

 

断りを囁くように入れてから、折れていない左手をメルエルのお腹に回して片手で持ち上げる。そして浮いた腰と椅子の間に体を滑り込ませる。そのまま自分の膝の間にメルエル着地、最終ポジションが決定した。

 

「それで、何読んでるんですか? メルエル先輩」

 

「……」

 

肩越しにメルエルの手元を覗き込む。椎名は目を細めて一行目、声に出して反芻する。

 

「包帯……お風呂……お世話の仕方……?」

 

それは骨折患者のギプスが外れてしまった場合。また、風呂の入り方等、やけに詳しく記されたガイドブックのようなものだった。介助、介護、何でもできるメルエルは真剣にその項目を読み進めている。

病院に入院している時も、家で安静にしている時も、時間さえ見つければ見舞いに来たメルエル。

あぁ、なるほど、そういうことかと納得。

心の中で深く感謝すると同時に、パタンッと本が閉じた。

 

「ふぅ……。え?」

 

「……あ、メルエル先輩」

 

振り返ったメルエルと目が合う。たいして驚いてない様子で。

急激な接近に直後、長い硬直にメルエルは唖然と状況を整理する。

暫く瞬きを繰り返し、微笑みを椎名に向けた。

 

「元気そうですね。椎名さん」

 

「ええ、おかげさまで。病院にいる間、本を届けてくれてありがとうございました」

 

「いえ、見舞いに行くついででしたから……」

 

入院中、暇潰しとなる本のチョイスをしたのはメルエルであり基本、義姉は役に立っていない。一応、お礼を言うためにこうして会いに来たのだ。

実は、本を読むのに頁が捲れにくいことに気づいたのも、メルエルだけだったりする。

 

「それより、椎名さん。……私は、先輩は要らないと言ったはずですが」

 

「うぅ……すみません。メルエル」

 

「はい」

 

満足したように頷くと、メルエルは椎名の頭を撫で始める。大人の女性の雰囲気からか、まるで漂う何かに当てられて猛獣が調教師に従うように大人しくなる。

だが、まだ不服だったようで――

 

「敬語も不要です」

 

「ごめん」

 

「ふふっ、そちらの方がカッコイイですよ」

 

矯正させられた。

舐められないように口調は厳しくしているつもりだが、どうしてもメルエルの前では丁寧になってしまう椎名にとって苦行にも近い行いだ。

海坊主相手なら、あのノリでもやっていけるのだがなにせ相手が違う。女に弱いという点では自分が海坊主かもしれない。

 

「それで……今日はどうしたんですか?」

 

「あっ。そうだった」

 

本題へと移る。椎名は音楽プレーヤーを取り出すと、イヤホンの片方をメルエルに差し出す。メルエルも即座に顔色を変えて頬を緩めると、受け取って自分の耳につけた。

 

「……」

 

「……」

 

静かに音楽鑑賞を続けるメルエル。背中を椎名に預けてリラックスしたまま、音楽に合わせて体をゆらゆらと揺らす。

元々は小さなプロダクションだった故に、曲は自作するかマイナーで人気の無いグループにお願いするしかなく、暇で姉の役に立とうとした椎名が勤め、そのまま現在まで有名になっても名曲となる曲の多さから作ることをやめていない。

今更だが、椎名は後ろから抱き締めているような体勢が恥ずかしいことに気づいた。握手会にやろうものなら一発で摘み出されるこの行動は、特別な人間でなければ一瞬にして無に還されるだろう。むしろ、ファンに殺されるより先に赤坂刑事に逮捕されてもおかしくない。

 

「……いい曲ですね」

 

「そうですか?」

 

「いいことでもあったんですか?」

 

「……そうですね。面白い人達と会ったって意味ではそうかもしれません」

 

「女……の人、ですか?」

 

一瞬、肌寒さを感じる声音に椎名は身震いする。何故だかメルエルは不機嫌そうに背中を押しつけてくる。沈黙している間に次の詰問が、

 

「――可愛いですか?」

 

「……うーん?」

 

考え込む間も少し、椎名は答えた。

 

「微妙なところです」

 

容姿だけを言うならば、ラフィエルとヴィーネが一番に思いついた。今のやさぐれてるガヴリールも可愛いの部類だろう。サターニャも一応悪くは無い。

しかし、一部性格に難がある天使悪魔ばかりで、性格的に可愛いかと聞かれれば十人十色な反応が返る。

お姉さん的優しさを持つヴィーネは普通に親しまれるとして。ヴィーネの娘のような厨二病全開サターニャ、スケバンギャル一歩手前の不良娘ガヴリール、終いには若干ストーカーでサディスティックなラフィエル、椎名からしたら別にどうってことない。

 

「けど、俺は好きな部類ですよ」

 

「そうですか。……この曲のイメージって、一応聞いてみても?」

 

普段は一発で当ててしまうのに……。

不思議に思いながらも、椎名は答える。

 

「天使と悪魔」

 

「恋愛ソングばかり作るのにいきなりですね」

 

「たまにはこういうのもいいんじゃないですか。恋愛ソングばかりだと地に落ちますよ」

 

「アイドルの方向性としては合ってますもんね……名前が機械仕掛けの神だなんて、恐れ多いですけど。でも唐突にどうしたんですか? いつもならもっと切ない感じのラブソングを作ってくるのに」

 

「根本的な話だけど、恋愛もしたことないような若僧が失恋ソングとか恋愛ソングとか作ってる方がおかしいんだよ」

 

黒羽椎名は恋愛をしたことがない。初恋も何もかもが未経験だ。その上で恋愛小説の知識だけで恋愛ソングを作っているのだから笑える。そしてその曲がメルエルによって詩をつけられて、アイドルソングとなっているのは公には知られていない。

 

「さてと、帰るけどメルエルはどうする?」

 

「じゃあ、私も一緒に」

 

 

 

 

 

□■□

 

 

 

 

 

メルエルと椎名、舞天高校を出た2人は並んで帰路を歩く。椎名にとっては尊敬する先輩であり、姉の友人でもある。そういう認識だ。だが、周囲の視線はそんな軽いものではなく、アイドルに対しての憧れや執着などの感情が少なからず刺さる。しかし特別扱いするわけでもなく椎名にとってはやはりひとりの人間でしかない。――前まではそうだった。

 

そんな椎名相手に心の内を伝えようと、メラメラと燃え上がる炎がひとつ。

今日こそは――伝えたい。

隠し事はなくしたい。嘘偽りなく自分を知って欲しい。だから――今日こそは……!

と、意気込むのも通算100回を記録するメルエルはタイミングを窺う。隣を歩きながらチラチラと横顔を盗み見てこれも何度目かの溜息。

臆病で男の人と話すのが億劫なメルエルが唯一大丈夫なのが椎名だ。«デウス»の兄の赤坂刑事にすらまともに顔を合わせることは出来ない。何度か面識はあるというのに。

握手会で泣いてしまって鬱になったのも記憶に新しい。そんな健気な姿が高い評価を得ている。

 

「そうだ。買い物していっていい?」

 

「あっ、はい」

 

よくある大手スーパーの目の前を通りかかり、思い出した様に椎名は足をそちらへと向ける。メルエルは背後にぴったりとくっつく。右手は物を持てる状態ではないため左手で買い物籠を持ち、器用に左手を握ったり離したりして籠が落ちる前に食材を入れて籠を持ち直す。人離れした超人に見慣れたようにメルエルは申し出る。

 

「籠、持ちましょうか?」

「今日、食べていきますか?」

 

見事にお互いの申し出が重なり、ふたりして少し吃驚したら一通り笑い合う。

 

「それなら、私が作ります」

 

「いいですよ。料理くらい片手で十分ですから。それに女の子に持たせるわけにはいきません」

 

互いに返事をしてから、椎名は言った。

 

「客なんですからゆっくりしてください」

 

「私も怪我人に荷物を持たせるわけにはいきません」

 

「そこまでする怪我じゃないので」

 

「怪我人に料理をさせるわけにもいきません」

 

「じゃあ、荷物は俺が持つからメルエルは料理をお願いしてもいいですか」

 

色々と本末転倒な気もするがこのままでは全部言いなりになる気がして、椎名は妥協の道へと進む。メルエルは迷ったが仕方なく了承した。ひとつ負担を減らせただけでも良い結果だと自分に言い聞かせて。

買い物を終えて外に出る。左手に約束通り買い物袋を手にした椎名は夕焼けを見て、目を細めた。

 

「……夕焼けって不思議ですよね」

 

夕日が綺麗ですね。なんて洒落た言葉を放つ代わりに悲しそうな表情を、メルエルは覗き込むように首を傾げる。

 

「どうして……ですか?」

 

「なんていうか、見ていると思い出すんですよね。昔のこととか、……想いとか」

 

「……っ」

 

何も言わない代わりにメルエルは買い物袋を持つ椎名の左手に自分の右手を重ねる。

 

「あの、自分で持ちますんで」

 

「2人で持った方が重くないですよ。ほら」

 

「いや、そういう問題ではなく」

 

あぁ、また言えなかったなぁ。明日こそ。

なんて、思いながらメルエルは何度目かの決心をして、静かに帰路を歩いた。椎名の気を回した話に相槌を打ちながら。

 

 

 

 

 

そんなふたりの帰路を尾行する影がひとつ。

白い髪と赤い大きなリボンを揺らすラフィエルは、電柱の影に隠れて移動する。

椎名の隣にいる誰か。その存在はどこか見覚えがあって、でも記憶は朧げで……とても面白くないようなそんな気がする。だけど気になる。

本来、面白くないものに興味はない彼女だが今回は違った。

 

「あれは……どこで、見たんでしたっけ?」

 

下界。人間界に降りて、日は浅い。

友好関係も旧クラスメイトの顔をいくつか覚えているだけで、隣のクラスなんてほぼ覚えていない。同じ舞天高校の制服を着ているから見覚えがあって面識があったのか、また違う何処かなのか。

 

「……あれ、もしかしてバレてます?」

 

一瞬、椎名と目が合った気がして、急いで電柱の裏に隠れるラフィエル。なんで隠れたのか、別に深い意味はなく、遠くから見ていた方が面白そうだと納得させて、尾行というストーカー行為を続けるのだった。

 

「いえ、あまり面白くないですね……」

 

少女の心は曇。


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