理子編の外伝も書いていきますので、ご安心を。
時刻は17時を回った頃ーー
「よいしょっと......こんなもんかな」
学校が終わるなり、私は速攻でマンションーー制服も脱がず自室に籠ってカーテンを閉め、黙々と部屋の至るところに壺を置いて回った。
壺といても大した物じゃない。前の依頼で、依頼人からお礼として頂いた無機質な黒い壺だーー数は15個ある。
その壺をリビングの至るところに配置する。
いや、別にこの後、怪しい魔法陣とか描いて、黒魔術を始めるわけじゃないよ。
これからやるのは''訓練''だ。
「えーっと、あった」
ソファにかけてあった赤い手拭いを取り、シュルッと目隠しをする。
そして、太もものホルスターから愛銃ウェブリー・リボルバーを抜くーー勿論、弾は既に込めてある。
銃を構えて、おまけに目隠しをして何を始めるかというと、視覚を遮った状態で的を射れるかの実験もとい訓練だ。
反響定位またの名をエコロケーション
音の反響を受け止め、それによって周囲の状況を知ることである。
具体的な例でいえばコウモリだろう。
コウモリは口から間欠的に超音波の領域の音を発して、それによってまわりの木の枝や、虫の位置を知る。
これはコウモリに限った話ではない。人間にも再現可能な能力だ。
杖をたたく音や舌を鳴らした音などの反響で、周囲の状況、例えば横にブロック塀があるといったことがわかるという。
これにより、自転車を運転したり、初めて訪れた場所でランニングを行った例もあるほどだ。
私は今からそれを戦闘に応用ーー視覚を遮られた状態で実施する。
長々と語ったが、早速始めるとしよう。
空気の流れ、部屋の外から内に与えられる振動、自分の呼吸音による反響を頼りにーー指を引き金にかけて撃つ。
パァン!ガシャン!
銃声の後に遅れて壺が割れる音が聞こえるーー爽快でいい音だ。
そして、鼻孔を擽るようなの硝煙の香りが心地良い。
景気良く続けて撃とう。
パァン!ガシャン!パァン!ガシャン!
「...,...イ!」
うん?雑音が聞こえるぞ。私は確かに壺を撃った筈だが......
気に留めることもなく、続けて発砲する。
パァン!ガシャ!
「......イ!レイ‼︎」
右隣から私の名を呼ぶ声が聞こえきたーーこの声はもしや...,.
私は目隠しを外してみると、そこには金次君がいた。
気のせいか血の気の引いた顔で私を見つめる。
「やぁ、金次君。そんな真っ青な顔してどうしたんだい?」
「俺を殺す気か⁉︎何で部屋で銃をぶっ放してんだよ!」
金次君は怒り心頭なご様子。
うーむ、皆目見当がつかないぞ。
まず初めに聞くべき事はーー
「どうして君が私の部屋にいるの?まさか......私を襲いに来たのか⁉︎」
サッと距離を取り、臨戦状態に入る。
「誰が襲うか。忘れたのか?お前が俺に学校のクエストを見繕って、部屋に来いって、言ったじゃねぇか」
金次君は言葉の最後にハァーとため息を吐く。
あー、そうだった。思い出したよ。
実験の後で学校のクエストを確認しに戻るのが面倒だから、金次君にクエストを適当に見繕って、後で部屋に来てとお願いしたんだった。
「そうだったね。いや〜ごめんね。実験に夢中で忘れてたよ」
「これは何の実験だよ?銃の乱射テストか?それとも曲芸撃ちか?」
金次君が部屋を見渡す。
リビングの床には割れた壺ーーではなく、蛍光灯・テレビ画面・食器が粉々になって、辺りに飛散していた。
肝心の壺は1つも割れていない。
「壺を狙っていたんだよ」
「目隠しで......?それにしては1発も命中していないみたいだな」
「4発中0発だよ」
「あー、見事な腕前で」
「いや〜それ程でも〜」
銃を持たない空いた手で頭を掻きながら照れてみる。
そんなに褒めないでよ〜。思わず発砲したくなるじゃないか。
「褒めてねぇし。撃つんなら射撃場で撃て」
分かっていたけど、ナイスツッコミ!
「玄関前に来てみれば突然、お前の部屋の中から銃声が聞こえたから、何事だと思って駆け込んでみれば、こんな事をやってたとは......後片付けはちゃんとやれよな」
金次君は再度、私の部屋をグルと見渡す。
分かってるよ......分かってますよ。片付ければいいんでしょ。片付ければ。
私は渋々と塵取りと箒を手に部屋に飛び散った破片を集める。
そんな感じで、サッサと片付け終える。
「お掃除終わりと......あー!ちょっと金次君、それに触らないでくれたまえ」
掃除を終え、私がひと息つこうかなと思った矢先、金次君が私の部屋のモノを弄ろうとした。
私はそれを慌てて止める。
「お前の部屋は来る度に、ごちゃごちゃと色んなモンが増えてくるな。コレは何だ?新しい万華鏡か?」
1人がけのソファに置かれた細長い筒を指差す。
ごちゃごちゃとは失敬だな!これでも整理整頓してあるんだよ。
ベランダに設置してある望遠鏡、部屋の隅に重ねてある新聞記事、床の開きぱなしの分厚い本、壁にピン止めされた世界地図......ちゃんと整理整頓してある。
「それはリボルバー専用の消音器ーーサイレンサーだよ」
「オートマチックと違って、銃口以外の隙間が大きいリボルバーには基本的に効果がないんじゃないか?」
サイレンサーは、銃の発射音を軽減するために銃身の先端に取り付ける筒状の装置で、映画などではこれをつけることで周りに気が付かれずに暗殺している描写が描かれているが、思ったよりも音がするのだ。もっとプスッってレベルなのかと思ってたけど室内だと反響しちゃうんだよね。
「より聞こえにくくするために私は敢えて発射ガスを銃身内側に......」
「あー、分かった分かった。お前がリボルバー専用のサイレンサーを作りたいってのが、十分に伝わったよ。そんな便利なモンがあるなら最初から使えよな」
私が丁寧に説明してるのに、金次君は途中で区切ってきた。
これから革新的な発明の説明本番って時に...,.それに使って、コレはまだ未完成品だよ。
「そんなモン付けるより、オートマチックを使ったらどうだ?それの方が手取り早いだろう」
チラッと腰のホルスターに収めてある拳銃を見せてくる。
「ヤダ。私はリボルバーが好きなんだ。コレだけは譲らないーー例え地球が崩壊しようともね」
私はキリッとした顔で宣言する。ふっ......決まった。
「たく、お前の頑固な所ーーリボルバー好きなら兄さんといい勝負だよ」
金一さんといい勝負かー、いつか彼とは西部劇風の早撃ちで勝負したいな。
まぁ、今の私ではは十中八九負けるが、勝つ秘策はある。まだ開発中だけどね。
「リボルバーについては後ほどしようか。ソファにかけなよ。コーヒーでも出すよ」
「普通のコーヒーをお願いするぜ」
うん?どうしたんだい金次君。そんなに張り付めた顔で懇願して。たかがコーヒーで大袈裟だなー。
そんな事を考えながらキッチンに向かう。
「あちゃー、ここまで被害が及んでいたか......参ったな」
キッチンに移動すると、そこにも辺り一面にガラスの破片が飛散していた。いや、ガラスだけじゃない。コーヒーカップーー陶器類も割れている。
食器棚を貫通して壁に命中した際に割れたようだ。
これじゃ、コーヒーが注げないな。何かで代用するか。
辺りを見渡してみるとキッチンのテーブルに実験用のビーカーを発見した。
前に新型の麻酔薬を作る際に使用したけど、しっかり洗ったし、コレにするか。
「金次くーん、お待たせ〜」
コーヒーを注いだビーカーを2つを手にリビングに戻る。
「サンキューって......これは理科の実験で使うビーカーじゃねぇか。なんてモンにコーヒー入れてくんだよ。コーヒーカップは無かったのか?」
「あー、それがね......私の実験の尊い犠牲となりました」
「ようするに割らかしたんだな」
「その通りでごさいます」
「物は大事にしろ。壊れたら買い換えればいいって、わけじゃねぇんだからな。あと、コレ今日の新聞。玄関の投函入れに入ったままだったぞ」
ーーずずぅ
嫌味を垂れながらもビーカー入りのコーヒーを啜る。
私もソファに腰掛け、金次君と向かい合うようにコーヒーを啜りながら、渡された新聞を開く。
ハァー、入れたてのコーヒーは美味い。気のせいか、いつもより苦味が強い気がするが。
「それでクエストの方は見繕ってくれたかい?」
「お前が興味を持ちそうな案件をリストアップしてきたぞ」
金次君は手にした数枚のファイルをひらひらと見せびらかす。
「どんな事件を持ってきてくれたのかな?私の灰色の細胞を刺激してくれるワクワクするような事件は果たしてあるのか」
「ポワロか。そんな事より言うぞーー東京都台東区の主婦から旦那が行方不明」
「海外主張と偽って、若いパート従業員とシンガポールに旅行。因みにお相手は妻の勤め先の同僚」
ーーつまんない。
金次君は「えっ⁉︎」という顔をしている。
そんなに驚く事かい?こんな事件は分析するまでもない。
私は再度新聞に目を通す。
「おっ!今日は晴れ日よりか.......えっ⁉︎もう9月に入るの」
「あぁ、そうだよ。次いくぞ......えーっと、足立区の自営業者を営む女性から何々....パールのネックレスを紛失」
「保険金詐欺。夫は妻に隠れてギャンブルに熱中。保険会社から保険金を騙しとり、ギャンブルの穴埋めに使う」
「捜査もしてないのに決めつけるな。違ったらどうするんだ?」
「こんな事件で間違いを犯さないよ。犯す可能性は天文学的な確率よりも低い」
本当につまらん!君は私を退屈死させるのかい?
「ハァー、じゃあコレどうだ。江戸川区の男性。ミスコンで死んだ娘の捜査」
ピキーン!
私の頭の中で閃光のようなモノが光った。
「ミスコンというと東京都文京区の東京ドームホテル?」
「いや、文京区は同じだが、最近になって完成した東京シティホテルーーそこで開催されたミスコンで娘が死んだから捜査してくれだってよ」
「死んだ日時と状況は?」
「詳しくは記入されてない。ただ、娘がミスコンに出たから死んだ。だから捜査してくれとしか書かれていない」
ファイルを見せてくる。
うーむ、確かにコレには大雑把に状況が書かれており、捜査してくれとしか記入されてないね。いや、死んだ日時が書かれている。
えーっと、今日遺体が発見された⁉︎早急に捜査を開始してくれって、イキナリだなー。娘が死んだから、気が動転しているのか?
「警察も捜査しているのかい?」
「コレによると警察にも捜査させているし、俺ら武偵にもお声が掛かってる。おそらく、娘の死の真相を知りたいが為に、猫の手も借りたい状態なんだろうぜ」
「クエスト参加人数に制限は?」
「特にないな。制限なしの外部との協力ありとある」
校内問わず学校のOBーー現役のプロや一般人の協力もよしってワケね。
「ミスコンは中止になるのかな?」
「いいや、どうやらこのまま続行ーー予選から始め直す予定とある。人が死んだってのにな」
金次君は苦虫を噛み潰したように顔を顰める。
「死んだ出場者の穴埋めはどうするんだい?誰か当てでもあるのかな」
私はソファに背を預け、膝掛けを指でトントンと叩きながら考える。
「金次君。学校に戻ってクエスト掲示板を再度漁ってみてくれ。私の読みが正しければ、ミスコン開催のホテルから依頼が来てるだろうーー死んだ出場者の穴埋めの為のね」
「武偵に依頼が舞い込むか?仮にあったとして.......お前が出るのか?」
「やだよ。私、そういうガラじゃないし」
ミスコン会場に潜入となると、人選は慎重にしないとね。
私の見立てでは金次君は女装すればミスコン優勝を狙える!
「特殊捜査科にでも声かけてみるか?」
金次君が提案してきた。
チィ、私の考えを呼んだか。先手を取られた。
「特殊捜査科の人達なら優勝を狙えるかもしれないけど、イマイチピンとこないんだよねー」
「特殊捜査科の女では力不足ってか」
「いや、別に特殊捜査科の子が力不足って意味じゃないよ。恐らく、今回のミスコンは大人の女性というのがテーマだろう。まぁ、彼女達は十分、大人の女性を演じられるけど、問題が1つだけーー金次君は特殊捜査科と一緒に任務をこなせる自信ある?」
「ーー全くないな」
うん、素直でよろしい。
特殊捜査科は美少女しか入ることが許されない特別な学科だ。
そこに在籍している女の子は金次君には刺激が強すぎるだろう。
「誰かいないかなー。大人の女性で、尚且つ金次君が気兼ねなく、一緒に任務をこなせる理想の......「あっ」」
この瞬間、金次君と私は全く同じ答えに行きついた。
金次君の身近にいるじゃないか。
普段は男性だが、女装すると絶世の美女に化ける。
女装の星という名の、宿命を背負ったーーある男性の姿が脳裏に浮かんだ。
東京都 巣鴨にあるマンションにてーー
「ーーというわけです。ミスコンに出場して下さい、金一さん」
「ーー断る」
私たちは東京都内の巣鴨に居を構える金一さんの元を訪れた。
理由は女装してミスコンに出場し、捜査に協力してほしいとお願いする為だ。
休日の来訪に金一さんは嫌な顔1つせず、私たちを歓迎してくれた。
機嫌のいいウチに来訪の目的を話したが、案の定、一発で拒否された。
リビングのテーブルを挟んで、お互い今に至る。
「そもそも何故、男の俺がミスコンに出る必要がある?学校の特殊捜査科や同級生に協力を仰ぐなり、いくらでも手はあるだろう?」
まったく、その通りでごさいます。
「大方、キンジの女嫌いを考慮しての配慮だな」
チラっと私の隣に腰掛ける金次君を眺める。
その目は情けないと語っているようだった。
「いい加減、女に慣れろキンジ。我が弟ながら情けない」
「すまない兄さん」
「それにレイ。君も君だ。外部の、それも男の俺より.....本当の女の方が安全且つ確実に任務をこなせる筈だ」
金一さんは女装ーーカナさんになりたくないようだ。
彼は仕事でカナさんになるが、本人は超が付くほど恥ずかしいらしく、金次君曰く「兄さんの前でカナの名前は出さないほうがいい」らしい。
「金一さん。今回の事件の犠牲者の親族ーーお父さんは娘さんを亡くして悲しんでます。そんな遺族の無念を晴らす為にも金一さんの強力が必要なのです」
「いや、だから俺じゃなくてだな。その遺族には気の毒だが......しかし......俺がミスコン......男としてのプライドが......」
今、彼は良心と羞恥心に挟まれている。
正義の塊のような金一さんとしてはこの事件は見過ごせないだろう。
しかし、女装してミスコンーーあり得ないお願いで困惑している様子。
(ほらな零。兄さんにミスコンは無理だ)
金次君がヒソヒソ声で語り掛ける。
大丈夫さ。金次君、必ずお兄さんに協力させるさ。
私はココで用意していた切り札を切ることにした。
「ローマ武偵高への留学。ホームシックになった子。慰め添い寝。お姉様」
「ーー‼︎‼︎」
ビシィッ‼︎
その瞬間、金一さんは雷にでも打たれたかのように硬直した。
「ど、どこでソレを......?」
「さーて、どこで聞いたのやら?」
これが私の切り札ーー遠山 金一のローマ武偵留学日誌。
私はここに来る前に彼の事を徹底的に調べた。
すると、面白いことが発覚した。
彼は学生時代、ローマ武偵高に転装生ーーカナさんとして留学。
恐らく、ヒステリアモードを使って勉強を捗らせる為だろう。
留学して暫く、ある日カナさんはホームシックになった女の子を慰める為に、その子が寝るまで同じ部屋で添い寝してあげたのだ。
その日からカナさんは周りの女の子達から「カナお姉様」とちやほやされ始めた。
「キンジぃぃぃ!まさか、お前喋ったのかぁぁ‼︎」
「し、知らねえよ⁉︎一体、何の事だよ」
「あっ!金次君は喋っていませんよ。私が独自に調べただけです」
金次君に殴り掛かろうとする金一さんを止める。
彼を殴ってもいいのですか〜?その瞬間、アナタの事をローマ武偵の女の子達にバラしますよ?カナさんは男ですってね。
金一さんは「うぐぅぅぅ」と苦しそうに悩む。
好きなだけ悩みなさい。ここからは、ずっと私のターン‼︎
「金一さん。任務に協力してくれますね?勿論、報酬は支払いますよ」
優しい笑顔でニコッと微笑む。
アナタに残された返事は「YES」しかないんですよ。どうせ、ローマ武偵の女の子達から「お姉様」と呼ばれて良い気分だったんでしょうが。
「わ、分かったから、言わないでくれ。頼む......!」
「了解です。それじゃ、私達は外で待っているので、しっかりと''準備''して出てきて下さいね♪さぁ、行こうか金次君」
私の金次君は部屋を出るーー金一さんの''準備''が整うのを待つ為に。
「お前、兄さんに何したんだ?」
「さーてね。ただ言えるのは......えーっと、確かマンガだと何って言うんだっけ、あぁ、そうだ!」
私は手をポンと叩き、
「計算通り」
「◯スノートか」
笑顔で決めたのに、金次君にビシィっとツッコまれた。
ドドドと誰かが階段を駆け上がる音が聞こえるような......