私は教授じゃないよ。大袈裟だよ   作:西の家

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金一、カナファンにはちょっと応えるかな......


病室にて

零視点ーー

 

「金次君、なんだか顔がジンジンするんだけど気のせいかな?」

 

ーー目覚めの第一声。現在、横になっているベットの側、丸椅子に座る金次君に問いかける。

大きくて真っ白なベット、部屋の外から漂ってくる消毒液の匂い。今いる場所は武偵病院だ。窓から見える外には、未だ雨がシトシトと降り続けている。

私の服装は病院の患者服だ。壁には私の着ていたセーラー服が架かっている。

眠りにつく前の出来事を振り返る。バスの中で私は『脳の疲労』で眠りについた。

その後の事は分からないが、バスジャックは、無事に解決したのだろう。まぁ、計算外も多々あったが、終わり良ければすべて良し......だけど、この顔の痛みは一体?実に興味深い謎だ......

 

「し、霜焼けだろうよ。そう、霜焼けだ」

 

常温の室内にも関わらず、金次君はダラダラと汗をかく。

目も合わせようとしないし、明らかに何かを隠しているね。

 

「君は嘘が下手だね。この時期に霜焼けなんてしないよ。それに私は生まれてから、一度も霜焼けになった事ないし」

 

ウソだけどね。霜焼けになったことはあるよ。体験したから分かる。これは霜焼けじゃない!

 

「よかったな。記念すべき最初の霜焼け体験だ」

 

金次君はとにかく誤魔化そうと必死だ。

おのれ......あくまでシラを切る気か。

 

「なぁ、零。そのマスク剥がせよ。その顔で喋られると......その何というか、別の誰かに話しかけているようで、ちっとも落ち着かん」

 

金次君が急に話を変えてきた。

マスク?私は自分の顔に触れてみた。この感触......まだ変装を解いていなかった。

 

「ごめん、ごめん。剥がすよ」

 

私は被っていた変装マスクをベリベリと剥がした。ついでに金髪のカツラも脱いで、纏めていた地毛をふわっと解く。

おっと!カーラーコンタクトも取らないと。碧眼のコンタクトも忘れずに取る。

 

「はぁー、スッキリした。教えてくれてありがとね。何かが顔に張り付いてる感じがあったんだよね」

 

「へ〜、最近の変装マスクは凄いな。パッと見た限りじゃあ、まるで分からん」

 

「へっへーん、凄いでしょう。見た目だけじゃなく、肌触りや毛穴まで再現できるんだよ。あと、血糊まで出るようになってるし」

 

潜入捜査には変装は必需品だ。別人になるくらい朝飯前だよ。

チラッと金次君を見ると、私の顔をまじまじと見てくる。

 

「おや〜、そんなに私の顔を見て、どうしたのかな〜。見惚れちゃった?」

 

「そんなワケねぇよ......!ただ......いつもの零の顔に戻って安心しただけだ」

 

ほ〜う、私の顔がそんなに見たかったのかい。嬉しいことを言ってくれるじゃないか。

 

「......変装マスクで思い出したんだが、一つ質問してもいいか?」

 

「うん?突然畏まってどうしたんだい?いいよ、答えられる限り何でも答えてあげるよ」

 

「なんでお前はバスジャックで変装していたんだ?」

 

変装マスクを見つめて、金次君はハッと思い出したようにバスジャックでのやり取りを私に問いかけてきた。

 

「あぁ、ソレね。実はさ......私も『武偵殺し』に警戒されていてね。奴の目を掻い潜る為に姿を変えたんだよ」

 

まぁ、嘘ではない。奴の目を欺く為の変装だったわけだし、バスに乗り込んでくるかもしれない『武偵殺し』に見つからないようにするのが目的だったが、生憎と奴は乗ってはこなかった。

私に変装したアップルに悪いことしてしまったなーー生徒会の仕事は大変だったろう。お詫びに差し入れを持っていこう。

 

「それとここ数日、何度か奴にチョッカイを出された」

 

これも嘘だけどね。寧ろチョッカイを出したのは私の方だ。奴に対する妨害工作。いやー、アレは大変だったねー。『武偵殺し』の監視の目をアップルに向けさせ、その間に妨害に走ったり、武偵に紛れてバスに乗り込んでいたかもしれない奴を始末する為に、レインボーブリッジに爆弾仕掛けたりと、本当に大変だった。主犯が犯行現場にいるパターンもあるからね。

理想としてはバスに『武偵殺し』を閉じ込め、そのままレインボーブリッジで仕留めるのがやりたかったーー勿論、私や他の武偵たちは避難できるよう計画してあったよ。

最終段階ーー橋の爆破か、失敗時の爆弾の破棄はモランの仕事だったが、彼女ならどちらもやってくれたと信じている。

察しのいい人なら気づいたかもしれないが、爆破方法は狙撃じゃなくてもよかっただろうって?

遠隔操作だと『武偵殺し』に察知されてたもしれないしね。だから、アナログな方法ーーモランの狙撃で爆破することにした。

アリアが連れてきたレキさんの登場には正直驚いたーー金次君はレキさんを橋に向かわすし。まぁ、橋に仕掛け爆弾はヘリに搭乗したレキさん、フジテレビにいたモランとでは、モランの方が爆破・破棄しやすいーー証拠を残すワケにいかないが、仮に見つかっても『武偵殺し』が仕掛けたと、周りが勝手に解釈してくれる。レキさんが処分したら、それでも良しとするか。

 

「チョッカイって、大丈夫だったのかよ」

 

「大丈夫じゃなかったら、私はここにいないよ」

 

「なんで俺に言わなかったんだ」

 

「金次君も狙われていたし、私と行動を共にするのは危険と判断したからさ。勿論、携帯で連絡をとるアイデアもあるにはあったけど、君の携帯電話は奴に細工ーー傍受されていた。探偵科、情報科で調べてもらうといい」

 

金次君と行動するのは危険と思ったのは本当だ。それだけは保障しよう。しかし、携帯の件は嘘だけどね。『武偵殺し』は彼の携帯に手をつけていないーー私が手をつけた。主な細工はアリアからの着信を自動的に拒否或いは傍受するモノだ。怪しまれない様に私も含まれているがね。

 

「アリアから聞いた電波の話を聞いて『武偵殺し』が機械に強いのは明白でしょう?あのオモチャもそうだし」

 

「なんで1人で行動した?俺に一言でも......何か伝えられる手段があっただろう」

 

「それは......金次君を危険な目に合わせたくなかったからさ。私だけで十分対応できると判断して......」

 

「それでも......1人で行動するな」

 

ーージッ

金次君が真っ直ぐな目で私を見つめてきた。その目は憤怒とも心配とも取れる真剣な目だ。

そんな目で見つめないでよ。何だが......変な気分になるよ。危険な目にあったのは事実だ。虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うでしょう?

 

「俺たちはコンビだろう。2人で行動するべきだ。確かに2人して行動すれば、危険も2倍になるだろうが、同時に危険を2倍に減らせてたかもしれん」

 

そんなセリフを一切の迷いもなく平気で言ってきた。

君だって危険な目にあったじゃないか.....実際、バスジャックに巻き込まれたワケだし、本当なら私の仕掛けた目覚ましで白雪さんと一緒に遅刻し、その後で初めてバスジャックを知る筈だったのに。

 

「ごめん......身勝手だったかな......?」

 

私は咄嗟にそう尋ねた。少し上目遣いで、彼の事を伺う仕草で。

 

「次からはやるな。やるとしても2人一緒にだ。いいな?」

 

「う、うん......わかった」

 

その言葉を受けて、私はコクリとうなづいた。

2人一緒にって、事件捜査だよね。うん、絶対にそうだ。捜査だけにそうだ......アレ?私は何を考えているのだ?落ち着かないと......

 

「兎に角、零のおかげでバスジャックでの犠牲はなかったが、これといった進展はなし......また振り出しだな」

 

進展かー、今の金次君としては一つでもいいから、『武偵殺し』に近づく情報が欲しいんだね。お兄さんの事があるからかな。

 

「危険を冒した分、進展はあったよ」

 

「何?本当か......⁉︎」

 

ガタンッ!

金次君はベットに腰掛けて距離を縮めてくる。おお〜、食いついてきたね。

 

「バスジャック時に現れたーールノー・スポール・スパイダーを覚えているかい?」

 

私はパイプを出して一服しようするが、生憎と着ているのは病院の患者服だ。当然、ポケットにはパイプは入っていない。

パイプを探すと、側のテーブルの上にあった。ケータイと武偵手帳、それと偽装した武偵手帳(キョウ金次君命名)もあった。

パイプに手を伸ばそうとしたが、手に触れる直前でやめた。精油とはいえ病院で吸うのはやめよう。

 

「あぁ、『武偵殺し』のタチの悪いあのオモチャだろう。アレがなんだって言うんだ?」

 

「何色だったか覚えている?」

 

「目がチカチカするくらいの真っ赤な色だったな」

 

「その通り。ここで注目してほしいのは、『武偵殺し』の凶器ーー車の色だよ。これだけで奴がどんな人間かを物語っている」

 

身の回りにある物、使っている道具は自ずとその人の性格全てを表すーー凶器だって、例外じゃない。

 

「人は、好きな色を身につけたり、その色の持ち物を揃えたりするものだが、例えば赤は、太陽の色、炎の色であり、情熱的なエネルギッシュ、そして、よく目立つ外向的なイメージがある。実際、赤を好む人は、陽気で前向き、華やかなことが好きで自信に満ちていることが多い」

 

「じゃあナニか?『武偵殺し』は赤が好きーー外向的で自信家な人間だというのか?使っていた凶器の色で性格まで分かるなんてな......」

 

「まぁ、そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるね」

 

「なんかハッキリした物言いじゃないな」

 

金次君が考え込むように腕組みする。彼なりに思案しているのかな。

 

「なんと言えばいいかな......奴はパワフルで自信家だけど、どこかコンプレクスを克服したいーー変身願望が強いと思うんだよね」

 

「と、言うと?」

 

「好きな色というのは、ただ自分が好む色というだけじゃなくて、色彩心理学的に、自分が他人にこう見られたいというイメージの色を、好きな色だと思って公言したり、身につけたりすんだよ」

 

アメリカの政治家は、よく赤いネクタイを締めて議会に出席したり、演説をする。日本の政治家が締めているような黒みがかったえんじ色ではなく、やや朱の混じったような鮮やかな赤だ。ダークスーツに赤い色のコントラストは強烈で、非常に人目を引きつけるが、これは「パワータイ」と呼ばれ、自分に力があり、積極的で覇気に満ちていること、チャレンジ精神が旺盛で、困難にあってもくじけないことを示したいときに使われる。

 

「多くの人が色彩の選択をはっきりと認識し、頭を悩ませるのが、車を買うときだよ。車は高価だから、色が気に入らないからといって簡単に買い換えることができないでしょう?小さな持ち物とは違って、車の色は広い面積に及んでいるし、洋服のように、シュチュエーションによって着替えるわけにはいかない。一度買ったら、当分はその色と付き合っていかないといけないかね......あっ、金次君。ちょっとお水ちょーだい」

 

私は喉が渇いたので、一旦話を区切って、金次君に水を要求する。

「ほらよ」と、魔法瓶の水をコップに注いで手渡してくれた。

ゴクッゴクッと喉を潤す。うん、うまい。

 

「プハッ......それじゃ、続きを話すね。車の色を選ぶときは誰もが慎重になり、その結果として、持ち主の性格がよく反映されるんだよ。実際にオーストラリアのとある自動車雑誌では、赤い車を選ぶ人は、エネルギッシュで外交的な性格をしている、もしくはそう見られたがっていると書いてあるしね」

 

再び水で喉を潤す。

寝ていたからか、ヤケに喉が乾くな。

 

「お得の心理学かよ......それ聞いて安心したぜ」

 

金次君はホッとしたような顔をした。

 

「どうしたんだい?そんな安心したような顔をして?」

 

「いや......最近、お前はおかしくなってきたなと思ったんだが、俺の気のせいだったようだ。いつもの零だな。すまん」

 

「私は至って正常さ。なーに、それだけは保障しよう♪」

 

そうさ。私は正常さ。そう、正常だとも。オカシイクなんてないさ。

 

「そうだ!バスジャックの件はここまでにして、別の事を話さないかい?」

 

私はパァン!と手を叩いてそう切り出した。

 

「突然だな......まぁ、いいけどよ。で?何を話すんだよ。面白い話だったら期待するな。俺はそういった話はうまくできん」

 

「うーん、そうだね〜。君のお兄さんーーカナさんの話はどうカナ?なんちゃって」

 

「お前......ギャグの才能ないな。しかし、なんで兄さんの話をしたがる?」

 

「君が辛そうにしていたからさ。ハッキリ言って、今もお兄さんの安否がわからなくて不安なんだろう?」

 

『武偵殺し』を追う行為は、同時に犠牲となった被害者ーー金一さんの事を振り返ることに繋がる。

間近で見てきたが、捜査に乗り出すたび、君は何処か辛そうにしている。

 

「そんなワケねぇよ......兄さんは生きてる。あの人は絶対に生きてるさ」

 

まるで自分に言い聞かせるようにしている。

一言でも誰かに『金一は死んでる』と聞けば、そう思ってしまうから、聞かないように、必死になって耳を塞ぐような姿に思えてしまう。

私からお兄さんは生きてるって、言われても不安な部分が残っているんだ。

 

「金一さんは生きてるーーそれは彼の思い出を自分の中だけに留めて、生かしているだけだよ」

 

金一さんの死の宣告するようなカタチで敢えて、そう金次君に話しかける。

 

「お兄さんの行方が分からず、辛いだろうが胸の内で留めておくだけじゃ、生きてるとは言わないよ」

 

「じゃあ......どうすればいいんだよ」

 

「お兄さんを真に生かしておくーー生きてると信じる方法は話すことだよ......だから、話そう」

 

「話すことか......何処から話せばいい?」

 

金次君は少し考えてから、話す決心をしてくれた。

 

「そうだね......金一さんと一緒に事件を解決した話はどう?」

 

「あー、確か......現役武偵連続自殺事件か。武偵庁の武偵たちが、次々と謎の自殺を遂げてたのを、兄さんと俺らで捜査したっけな」

 

懐かしい事件話をキッカケに金一さんについて語り始めた。

 

ーーーー

 

ざあー、ざあー

 

雨足が強くなってきた。窓に当たる雨粒が音を立てて窓ガラスに当たる。

 

「それで事件解決後、金次君の実家に帰ったんだよね」

 

「あぁ、そんでお前が兄さんのヒステリアモードが見たいって、言い出したんだよな」

 

「金一さん、心良く承諾してくれたっけ......」

 

遠く眺め当時を振り返る。私がお願いすると、金一さん、潔く女装してくれたなー。

 

「違う。嫌々ながらもカナになったんだぞ。あとよ......お前、兄さんがカナになる為、別室で化粧や着替えをするのを覗こうとしたよな」

 

金次君がツッコミを入れた。

ヒステリアモード通称HSS。金一さんの性的興奮状態に興味を持った私は彼にカナさんに変身してほしいとお願いしたのだ。

金一さんが仕事で女装するのは聞いていたけど、実際に目にした事がなかったから、スゴく気になったんだよ。

 

「よく考えれば、金一さんって凄いよね。自分の女装姿に興奮するって、ある種の自慰行為だよ」

 

「そのワードを俺の前で軽々しく言うなよ。俺からしてみれば、特大の爆弾だ。でも言われてみれば確かにな......兄さんって、スゲえな。異性も必要としないで、自分で強くなるんだからな」

 

金一さんを褒める金次君の目はキラキラしている。

純粋に兄を褒めるつもりだろうが、金一さんからすれば嫌だろう。

この病室での会話を金一さんが聞いたら、ピースメーカー片手にカチコミに来るだろう。断言しよう!絶対に来る。そうなったら、金次君をスケープゴートにしよう......

金次君!ほれ!そこに魔王じゃなく、金一さんが今いるぞ。なんちゃってね♪

冗談はこれくらいで......どうか、ここでの会話が盗聴されてませんように。金一さんの耳に入りませんように。

 

「初めて見た金一さんの女装ーーカナさんを見てビックリしちゃったよ。まさに理想の女性ですよ感、ハンパないし」

 

「他にもカナの違う姿が見たいって、寮から大量の衣服を持ってきたな」

 

「ちょっとしたファッションショーになったよね」

 

「ファッションショーというより、コスプレ感が強かったぞ」

 

あの時の事は今でもハッキリと覚えている。

カナさんはノリノリで私が持ってきた変装用の衣装を嫌な顔一つせず、次々と着てくれた。

勿論、全部カナさんに合うサイズだ。

変装用の衣装?色々あるよー。ウエイター、バニーガール、メイド服、ナース、婦警、体操着 、チアガール、セーラー服その他諸々。

水着も着てくれたなー、重要な部分を隠せるパレオ付きだったけどね。重要な部分って、もちろんアレだよ。アレですよ。

金次君はカナさんが着替える度、アワアワと狼狽してたっけ。

 

「写真撮影もOKしてくれたけど、私が撮ろうとする度、金次君は必死になって妨害してきたっけ」

 

「......アレが出回ったら、兄さんが立ち直れなくなると思ったからだ」

 

レア画像がザックザックかと思いきや、金次君に邪魔された。

意地でも写真に残そうとする私と金次君は取っ組み合いになった。あのシチュエーションでは金次君はカナさんのマネージャー、私はパパラッチかな。最終的にカメラを取られてしまったけど、頭のメモリーにちゃーんと保存されてる。

 

「あと、悪ノリして兄さんーーカナを女性用の......公共施設にも連れ出したよな」

 

「そんなこともあったね〜」

 

さらに懐かしい事を覚えているじゃないか。

静かに目を閉じ、昔のことを振り返ってみる。

ファッションショー終了後、私とカナさん、金次君の3人で外に遊びに出掛けた。カラオケやゲームセンターに行ったよね。

私は遊ぶ傍、カナさんを使ってイタズ.....ゴホンッ!実験をしたくなったのだ。内容はカナさんは女性用の公共施設を利用できるのか。

手始めに、私はカナさんにお手洗いまで同行してほしいとお願いしてみた。結果、即答で了解をもらえた。完全に心は女になっているんだー、と実感した瞬間だったよ。

同じく、お手洗いに来ていた女性の皆さんはカナさんに見惚れていたね。本当は男なのに......

次は難易度が高い銭湯に挑戦......しようとしたが、金次君に邪魔された。のれんをくぐって、いざ!一緒に女湯ーー脱衣所に入ろうとしたタイミングでね。せっかく面白いことになるって時に......

 

「遊びに行った先ーーカラオケでも一騒動があったよね」

 

「あった、あった。デュエットや採点に飽きて、最終的に替え歌合戦になったけな。それでお前は......」

 

「歌ったね。ふっふ〜ふっふ〜ん、女装の星よ〜♪てね♪」

 

カラオケでは採点ゲームをした。何度やっても金次君はビリだった。

私とカナさん?いや〜、カナさんには勝てなかったよ。あの人、歌もメッチャうまかったし、音程、サビ、トーン、全てがパーフェクトだった。そんなカナさんの歌う姿を見てーー私は勝とうと躍起になっちゃったね。

あらかた歌い終えると、採点に飽きてきたので、みんなで替え歌大会をしようと提案したのだーー勿論、私がね。

替え歌はカナさんと一緒に歌ったね。ワザと女装というワードを混入して、カナさんにも言わせた。本人は意味が分らないって顔をしていたがね。

 

「そんで家に帰った後で、HSSが解けた兄さんを宥めるの大変だったんだからな」

 

「あー、そうだった。布団からムックと起き上がって、一瞬にして金一さんに戻ったけ。あんなにアッサリと戻るんだって、驚いちゃったよ。まぁ、カナさんに変身した時もそうだったけどさ」

 

カナさんは一度眠りにつくと、信じられないくらい長時間眠り続ける習性があるそうな。これは神経系ーー私の見立てでは脳髄に過大な負担をかけるヒステリアモードのせいとみて間違いない。その代償として自律神経系が狂い、体温調節がうまくできないのだろう。

私がいたときはすぐに目を覚ましたし、そこまで負担はかかっていなかったのだろう。丸一日カナさんモードだったら、もっと長く眠り続けいたね。

 

「兄さんは『ぐわぁぁぁ!』って、奇声を上げて、家の柱に頭を打ち付けたんだぞ。何度も何度もドンドンドンと、家が揺れるくらい。くずれるんじゃねぇかって、思っちまったよ」

 

そうだった......金一さんは死ぬんじゃないかって、思わずにはいられないほど頭を柱に打ち続けたーーカナさん時、やり取りがよっぽど恥ずかしかったのだろう。

自己暗示だろうか、「消えろ!消えろ!忘れろ!忘れろ!」とも叫んでいた。

 

「うぷぷぷ、そうだったね。そんな金一さんを止めようとして、うっかりカナさんの名前を出して殴られたんだよね」

 

止めに入った際、カナさんの名前を出した金次君を金一さんは馬乗りなってボコった。

金一さんはヒステリアモードになる為にカナさんになるが、本人は超がつく程に恥ずかしいらしく、それは柱での行動がよーく物語っている。

 

「あれは怖かったよー、私まで殴られると思ちゃった」

 

「兄さんは女を殴るようなことはしないさ」

 

金一さんはマコトの男だからね。女性に優しい。まぁ、その優しさがいつか命取りになるだろうがネ〜。

 

「今までのやり取りを笑って許してくれたけど、アレは絶対に堪えてたね。うん、確信できるよ」

 

「威張るな。お前が帰った後、部屋の隅で体育座りしてブツブツとうわ言のように『俺の意思じゃない......俺の意思じゃない』って、何度も呟いていたぞ。あんな兄さん初めて見た」

 

わーお......やっぱり応えたんだね。私が帰った後でそんなイベントが。

体育座りしてうわ言を呟く金一さんを想像する。うーむ、『なかよしキョウダイ』のネタとして使えそうだ。

粗方、金次君は話し終えると、チラッと壁時計を見て、

 

「さてと、俺はそろそろ帰るぜ......久しぶりに兄さんの話ができて嬉しかった」

 

金次君はよっこらせと、丸椅子から立ち上がる。

私も楽しかったよー、主にネタが手に入って。

 

「おっと!忘れるところだった」

 

病室を出ようする直前、何かを思い出したようだ。

私の元まで戻ると、ベットの下から紙袋を取り出してきた。

 

「これはなんだい?」

 

「あー、コレはアリアからだ。キョウが、変装したお前が病院に運ばれたって聞いて、アリアから渡すよう頼まれたんだよ。アリアなりに事件解決のお礼がしたかったんじゃないか」

 

へぇ〜アリアが、ね。私は紙袋を手に取り、中身を確認する。

 

「コレは......お饅頭だね。しかも、あん饅」

 

入っていたのは梱包されたあん饅だった。カタチはちゃんとしたあん饅だ。ももまんじゃない。

 

「ももまんじゃなくて、よかったな」

 

「アリアにありがとうって、伝えておいて。勿論、キョウからって事にしてね」

 

「へいへい、了解しましたよ」

 

それを最後に金次君は病室から出て行った。

 




ボストーク号にて

パトラ「うん?どうしたのじゃ、キンイチ」

パトラは『教授』の自室から出てきた金一と鉢合わせした。
金一の顔は無表情だった。これとないくらい、見事な無表情だ。
声を掛けてきたパトラを無視して、金一はピースメーカー片手にツカツカと廊下を歩く。
何処へ行こうというのか?

パトラ「待たんか!何処へ行く気じゃ?」

金一「弟をシバいてくる」

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