女子寮ーー
夏も終わりを迎え、季節はすっかり秋に突入した。
休日の秋に何をするか?読書・食事・遠出と人によって違うだろうが、私は女子寮の自室でパソコンをカタカタと当たっていた。
休日は決して暇というワケではない。
パソコンの画面には蜘蛛のシルエットがクルクルと回っている。
これは私が開発したプログラム『スパイダー』だ。
どんなプログラムかというと、情報収集プログラムだ。
事件の真実を人には言えない人が心の寄りどころにしている裏サイトを運営ーー要は密告サイトだね。
日本一国だけでなく、私はそれを世界中のどの国でも運営しそれぞれの情報を分析し関連づける。
『スパイダー』とはそれを処理する画期的なプログラムだ。どんな細かい情報でも網にひっかけることができる。
このプログラムを作ろうと思ったキッカケは、情報科でパソコンについて勉強していた時に思いついたのだ。
今の社会、ネットの力は凄いものだ。パソコン一台で世界中と通信できる。どこかの英国探偵とは違う。
ネットで公表された情報と自ら動いて調べた情報では、ネットの方が早く手に入る場合がある。ネットの力を最大限に利用しないとね。
勿論、手に入れた情報はプリントアウトして関係図ーー蜘蛛の巣にして分析するけどね。
「おや?事件かな」
画面に映る蜘蛛のシルエットが輝いた。何か引っかけたようだ。
見てみると5件の密告が届いた。
早速、クリックだ。
「何かな〜。えーっと、フィンランド国防博物館に展示されていたパンツァーファウストが30クラウン、それと駆逐戦車が盗難されたか......」
パンツァーファウストーー第二次世界大戦中のドイツが開発した携帯式対戦車擲弾発射器。ファウストパトローネ(拳の弾薬)とも呼ばれた。いわゆるロケット弾とは異なり、弾体自力での飛翔能力は持たないが、その分後方へ噴出される爆炎が少なく、トーチカや塹壕からでも比較的安全に発射できた。
駆逐戦車ーー戦車および対戦車車両の一種であり、敵戦車の撃破を目的とした装甲戦闘車両である。発祥地のドイツ語からヤークトパンツァーと呼ばれ、英語圏でも呼称として定着した。
「うーむ、どちらもドイツと縁深いモノだね」
頭の中で情報を整理してみる。
パンツァーファウストが30クラウンーー盗まれた数量からして犯人は戦争でもしたいのか?重火器とはいえは第二次世界大戦時代の物だ。現代では、性能の高い携帯式戦車擲弾発射器が沢山あるのに......
駆逐戦車ーーこれも第二次世界大戦時代の物だ。性能の高い戦車は沢山あるにも関わらず、これを盗むのは何故?
以上の2つの盗難品ーーどれもドイツ原産。わざわざ盗むとは余程の物好きだ。
犯人像ーードイツマニアーー特にドイツのミリタリーが大好き。もしくはナチスの残党の可能性あり。
犯人は余程のドイツマニアだね。ナチスの残党だったら、ハーケンクロイツを身に付けているくらいにーー私生活では外しているかもね。
この事件は面白い。手口よりも犯人に興味かある。是非とも会ってみたいな。
「こっちは......米軍が開発中の量子ステルスマント?の試作品が盗難」
ステルスマント......あっ!前にアメリカに仕事に行った時、空港で確認したアレか〜。誰かが被っていたけど、私からすればまだまだだったね。まあ、それでも十分、民間人には見えていなかったけど。
それが開発中に軍施設から盗難されたと......
米軍が開発中の試作品ーー外部に持ち出せるのは限られた人間。内部犯の可能性?外部の犯行は難しい。
試作品を手にする人間ーーアメリカ国内の人間ーー軍人・武偵。外部ーー国外の人間に貸し出すのは低い。わざわざ軍施設から盗まなくてもよいーーやはり外部の人間の犯行。
何故盗んだ?ーーステルス能力が高い。潜入・暗殺にはうってつけの品物だ。国外の人間ーー犯行が自身の能力向上あるいは自国の軍施設に提供するため?国から依頼されたか......いや、国絡みではなく、個人的に盗んだーー被れば透明になれる的な感じで。
犯行像ーー潜入・暗殺に特化した人間ーー武偵なら探偵・諜報科。まるで忍者のような人間。
私の分析と武偵としての知識からして、犯人は医療知識もあり、権力もある。英国辺りが怪しい。貴族か......公爵いや、伯爵か子爵あたりだ。
「何か......この犯人について知ろうとすると嫌な気分になるね。この事件はパスしよう。次は......北欧の病院にて、北欧系の少女の血液パックAB型を200ガロンも購入した不審な中国人の客?」
うーむ、血液の購入は今の時代、別に珍しくない。一見して事件性はないが......北欧の少女それもAB型の血液200ガロンもね〜。
血液を購入ーー医療関係者?情報では購入した客は中国人。中国の医者?
血液量ーー200ガロンもあれば10人単位で輸血がてきる。湯船にはいれるくらいだーーまさか血のお風呂に入りたい?
血液型ーーAB型は中国人でも珍しくはない。わざわざ北欧まで行って購入してくる必要性なし。
東欧の少女の血ーー北欧マニア?北欧の少女趣味?血液フェッチ?
うーむ、血液型AB型の少女の血......これだけではね。しかし、中国人というのは気になる。血液を好む習慣や文化は中国にあったかな?血液を好むといえば『吸血鬼』が一番ピンとくるが......
購入者ーー中国の吸血鬼ファン?北欧マニア?吸血鬼信仰者?中国国内の吸血鬼のなりきり屋?
どれも違う気がする。
「この不審な中国人がカギだね。これは保留と......他には絶滅危惧種のドクササコが30kgも乱獲されるか。密猟者だね」
ドクササコーー担子菌門のハラタケ綱 ハラタケ目に属し、キシメジ科のParalepistopsis属に分類される 毒キノコの一種。
他の多くの毒キノコとは異なる、薬理学的にも特異な中毒を起こす。主要な症状として、目の異物感や軽い吐き気、あるいは皮膚の知覚亢進などを経て、四肢の末端(指先)・鼻端・陰茎など、身体の末梢部分が発赤するとともに火傷を起こしたように腫れ上がり、その部分に赤焼した鉄片を押し当てられるような激痛が生じ、いわゆる肢端紅痛症をひきおこす。
「場所は......長野県、三重県、兵庫県、愛媛県か」
長野県では絶滅危惧I B類(EN)、三重県では情報不足(DD)、兵庫県では要調査種、愛媛県では県調査種にそれぞれ分類されているが、具体的な保護対策としては、兵庫県において発生環境の保全が指摘されているに過ぎない。しかし、私は絶滅危惧種には変わりないと思う。
「この密猟者は何故、ドクササコを密猟したのかな?松茸ならわかるけど......ドクササコはね」
救護科・衛生科・鑑識科の子から教えてもらったが、ドクササコの有毒成分は、中枢神経毒のアクロメリン酸、中枢神経毒のスチゾロビン酸やスチゾロビニン酸、クリチジン、異常アミノ酸、オピン類などである。特にアクロメリン酸とクリチジンは毒性が強いとされるが、発症のメカニズムは未だ不明な点が多い。
以上のように、毒性画分が複雑である。このキノコを私的に取り扱うとしたら、相当の科学・薬学知識か求められる。
密猟者ーー薬学知識が豊富な人間。あるいはその人物が密猟者に依頼した。
密猟地ーー場所は日本。地理に詳しい人間ーー日本人?目撃者がいないので不明。
薬剤学ーー毒性の高いドクササコを欲しがる理由ーー毒薬?
毒薬ーー毒をもって毒を制すーー新薬の開発?ーー薬剤学者
「ドクササコの他にはキノコ関係はないかな」
私は『スパイダー』で検索をかける。内容はキノコそれも毒性のヤツだ。
検索して数分もしない内に結果が出た。自分の作ったプログラムながら素晴らしい性能だ。
「ベニテングタケとワライタケが大量に採取されたか」
ベニテングタケーー北半球の温暖地域から寒冷地域でみられる。比較的暖かい気候のヒンドゥークシュ山脈や、地中海、中央アメリカにも生息する。
童話に出くるような外見をしており、主な毒成分はイボテン酸、ムッシモール、ムスカリンなどで、摂食すると下痢や嘔吐、幻覚などの症状をおこす。
ワライタケーー中毒症状として中枢神経に作用し幻覚症状を引き起こす神経毒シロシビンを持つキノコ。毒性分は他にもコリン、アセチルコリン、シロシビン、5-ヒドロキシトリプタミンなど。
これらのキノコも強い毒性を持っている。大量に採取された時期がドクササコの乱獲と一致している。偶然とは思えないね。
「この2つは目撃者がいるのか。えーっと、場所は中央アメリカ。目撃者によると東洋人が採取している光景を見たとあるね。おっ!話し声も聞いたのかーー中国語ね」
ワライタケは兎も角、ベニテングタケを東洋人、それも中国人がわざわざ中央アメリカまで取りに行くのは怪しいね。
中国人といえばさっきの北欧の血液パック購入者も中国人だった。このキノコ事件にも中国人が関わっている。
北欧や中央アメリカに行けるくらいだからお金や権力があるーー中国人バイヤーあるいは中国の秘密結社。
もしかしてドクササコ乱獲にも中国が関わっているかもね。
薬剤学者が依頼ーー中国人バイヤーが承諾ーーキノコ乱獲
ははは、実に興味深いよ!毒キノコを欲しがる薬剤学者と中国人バイヤーの2つの存在がね!
中国人バイヤーとは個人的な関係を築きたいね。今後の''私の武偵活動''に役立ちそうだ。
薬剤学者はうちのスミスと仲良くなりそうだ。あの子、麻酔は嫌いなクセに毒薬や細菌が大好きだからね。
「さて、最後は......純砂金10㎏にノルマンディー産の軍馬を現金一括で購入した中国人ね」
またしても中国人か。おそらくキノコと血液パックの件と関わりが絶対にあるね。
いま純金は高いのに現金一括で購入とは羽振りがいいーー購入者は金持ちあるいは背後にいる者が権力者?組織?
組織ーー中国に本拠地を置く密売組織?暴力組織?あるいは両方の可能性。
密売組織ーー反社会組織ーー砂金を購入ーー誰かに購入を依頼された?
金価格は相場より高くして販売ーー利益にならない。
「反社会組織に購入を依頼するなんて依頼人は金が好きみたいだねーー今は相場が高いのにも関わらずね。相手を反社会組織と知っていながら依頼するなんて、確実にボッタくられるのに.......まあ、どうでもいいか」
金が好きか......金といえばカリブ海やエジプトの遺跡に眠る黄金を思い浮かべるね〜ロマンがある。特にエジプトの財宝はいいね。
金の加工技術が高く、芸術的な金の装飾品が数々ある。
古代のエジプトは他国から金の加工を依頼され、加工した金を輸出していたほどだ。
もしかして、中国の組織に購入を依頼した人間はエジプト人だったりして......前に砂金の盗難事件もあったし、いや砂金だけで決めつけるのはダメだ。今回は購入しているし、事件性はなしでいこう。
「ノルマンディ産の軍馬。それも白毛の牝馬で、しかも馬鎧と馬具も購入」
こっちらも正規の手順で購入されたモノだ。
ノルマンディはイギリス海峡に臨むフランス北西部の地方。
フランスには強い馬が多い。馬の品種改良はフランスが始めて、軍馬もフランスが作ったというくらいだ。
白毛の牝馬は高いーー日本円で1500万〜2000万円はする。
馬具と馬鎧は世界的な高級ファッションブランドであるエルメス製。
エルメスはかばんや財布などを中心としたファッションブランドとして世界中でとても人気がありますが、実は馬とも非常に深いつながりがあるのです。
エルメスはフランスのパリで1837年に創業したが、創業者であるティエリ・エルメスは馬具をつくる職人だった。
質のいい乗馬用のブーツなど、エルメスの馬具はフランスの富裕層を中心とした顧客に好評で、ヨーロッパを代表する一流馬具メーカーとして発展していった。
購入を依頼した人物ーー購入依頼者が反社会組織にも関わらず依頼ーー品物にこだわりあり。
フランスに拘るーーフランス人の可能性あり。
ノルマンディ産の牝馬ーーフランスの女性。パートナーに選ぶ馬は同性がよい。
「購入を依頼した人物はフランス人だね〜。実にわかりやすい」
背景にいる中国の組織とは早く関係を持ちたくなってきた。
金次第では何でも受注してくれる筈だ。
私が決意していると、♪〜♪〜携帯が鳴ったーー私のお気に入りシューベルトのピアノ5重奏曲『鱒』だ。
画面を開いてみると相手はモランだった。
「ハイハイ。どうしたのかなモラン?」
『そろそろお時間です。主』
「時間?ああ!そうだったね」
私は時計を見る。時刻は11時ジャスト。今日はモランと出かけるのだった。モランが電話を掛けてくれて助かった。
「ごめんね〜ちょっと事件を繋ぐのに夢中になっちゃったよ」
『いいえ、構いません。それでは寮までお迎えに上がっても宜しいですか?』
「あっ!その前にいつものアレをする時間なら十分あるでしょう」
私の言葉にモランは『ええ』と答える。いつものアレとは、学園島に生息する野生の鳩に餌をやることだ。
ベンチに座って餌をやるひと時が楽しい。鳩にエサをやるのは......まあ、多目に見てほしい。
電話を切り、出かける準備をする。今日は少し冷えるので、黒の外套を持って玄関に向かう。
「おっと、忘れてはいないよね」
私はポケットに入れているある物を確認するーー赤い手帳だ。
これは只の手帳ではない。これには私が今まで稼いできたお金や物資ーー財産を記してある。様々な依頼や相談に乗って、解決や改正を成功させて稼いだ資金だ。
最初は手帳など無くても、自分の財産を管理できたが、資産が大きくなり過ぎて書き示す必要性ができてしまった。
これをベンチに座わって新しく書き足していくのが、ささやかな楽しみの1つだ。
中身は誰かに見られても大丈夫な様に暗号化してある。そして、この暗号はあるモノがないと解けないようになっているのだ。
出かける前に『スパイダー』で調べた事件を図面ーー関係図にして部屋に貼る。これでよし!
「おっと」
「きゃ......!」
玄関を開け、外に出ると女子生徒にぶつかりそうになった。大丈夫かな?
「大丈夫?怪我はない?」
「大丈夫です。あ、もしかして玲瓏館・M・零さんですか?」
「うん、そうだよ。君は?見たところ中学生かな?ここは高等部の寮だけど何か用かい?」
「始めまして!私、中等部3年の前島さなと言います。実は私、零先輩のファンなんです!握手してください!」
前島さなと名乗ったその少女は私に向かって、手を差し出してきた。
中学生が高等部の寮に来るのは珍しいね。
それに私のファンだなんて。そんなに有名だったかな?それにしても、握手か〜まあ、いいか!
私は少女に握手してあげた。
「ありがとうございます!この手、もう洗いません」
「いや、洗ってね」
「あれ?先輩どこかにお出かけですか?」
「うん、ちょっとね」
「だったら寮の外まで同行します。あ、外套をお預かりします」
「あ、結構だよ」
私は反射的に身を躱す。何だろうね〜この子の変な感じがするぞ。
私のファンというのは嘘っぽい。ちょっと分析......いや、今はモランとの約束があるし、急がないとね。
「ごめんね。私は今、急いでいるから」
私は早足で寮を出て行く。少し気になるが、今はいいか。
別視点ーー
零を見送った''少女'は顔に手を当て、
「あーあー、れいれい行っちゃった。手帳、取り損ねちゃったよ」
ベリベリと変装マスクを剥がし、前島さなの顔から自分の顔に戻った理子はボヤいた。
「ジャンヌ。もう出てきていいよ」
寮の廊下の物陰に向かって、喋ると銀髪で長身の美少女ーージャンヌが姿を現した。
「あれが『教授』の言っていた玲瓏館・M・零か」
「そうだよ。ジャンヌから見て、どうだった?」
「......只ならぬ悪意を感じるな。私がイ・ウーで見てきた無法者よりもーー圧倒的な悪意の化身だなアレは」
「そんな悪意の化身である零について調べろ、なんて『教授』も変わっているね」
「まったくだ。『教授』は珍しく面白そうにしていたな。前に理子が報告した玲瓏館の自作した事件の関係図ーー蜘蛛の巣だったか?それを話したら大笑いしたな。あの場にいた全員が目を丸くしていたぞ」
「くふ。そうだよね。あれにはあたしも驚いたよ」
理子はイ・ウーでの報告会について思い出していた。
イ・ウーのリーダーである『教授』に零について報告すると、突然大笑いし始めたのだ。続けて「その子は面白いね。蜘蛛の巣を張り巡らせるのでなく、解き明かすとは......ハハハハハ。あの子の性質上、逆なのにね。いや、あの子ならどちらもやってみせるか」と腹に手を当てて笑い出した。
「それじゃ、早速『教授』も興味津々の零のお部屋に突撃しよう!」
「大丈夫なのか?ヤツはかなりの用心深く見えたが......」
「心配無用!わたくしにはコレがあります。ジャジャーン!」
そう言って理子が取り出しのは鍵だった。
「それは部屋の鍵か?」
「その通りです☆前に零からいつでも遊びに来ていいよって、合鍵を貰ったんだ」
「部屋に監視装置があるやもしれんぞ。ワザと侵入させて......」
「もうジャンヌは心配性だぞ。その辺りは『教授』から『あの子は自分の部屋にカメラや盗聴器の類ーー自身のプライベートな空間には仕掛けない。そんな所は曽祖父である彼と似ている』って、言ってたからさ』
「『教授』のお墨付きなら大丈夫か。しかし、玲瓏館の曽祖父とは一体何者だ?理子は知っているか?」
「『教授』の昔の宿敵だってさ」
「『教授』の宿敵だと⁉︎それはまさか」
「今は仕事に専念しようよ。ジャンヌ」
理子はそう言ってガチャッと鍵を開けた。
中に入った2人はまずリビングに向かった。
零の部屋ーー内装をわざと使い古された感じにアレンジしており、壁には柄付きの壁紙が貼られて落ち着いた雰囲気。
柄付きの壁紙の壁には長ソファーが置かれ、向かい側には一人がけのソファー2つがお互い向かい合うように置かれている。
奥のダイニングテーブルの上にはパソコン・チェス盤。
窓から離れた場所にある本棚には犯罪関連・心理学・哲学・数学・天体力学関連の本でギッシリ。
本棚の隣には陽で変色しないようスクラップにした新聞の切り抜き・週刊誌(主に事件関係が殆ど)が暗い場所に束になった状態で置かれている。
壁・天井にはピンで止められた事件の調書・写真・地図・新聞の切り抜きを糸で繋いだ関係図ーー通称蜘蛛の巣が作成されている。
テレビの周りには理子が持ち込んだゲーム機・ソフトがある。ゲームソフトの中にはR15・18のゲームが......
「零の部屋は前に来たことがあれけど、此処までは凄くなかったよ」
「理子。これを見てみろ」
ジャンヌが理子に差し出したのは新聞の切り抜きだった。
「何?えーっと、これってあたしの事件じゃん」
「それだけじゃない。こっちの切り抜きは私の事件について。これはパトラ、こっちのはココまであるぞ。此処にあるのはイ・ウーに関する事件ばかりだ」
「でも新聞の切り抜きだけで驚くのは早いと思うよ。あたしの知る限り、零はまだまだイ・ウーについて調べる。もっと部屋を調べてみようよ」
理子はそう言うとキッチンに向かった。
キッチンには実験道具が満載ーーフラスコ・試験管・様々な薬品が並べられた棚・ハンガーにかかった白衣など、一通りの道具が揃っていた。とても調理場とは思えない光景だ。
冷蔵庫の中は食材だけでなく、奇妙な液体が入った瓶がある。当たらない方がよさそうだ。
白雪から教えてもらったレシピもあるが、途中で本人が''アレンジ''を加えるのでいかにも台無しになっている。
棚の中にはお菓子がある。ただし、ももまんだけはない。
「理子!こっちに来てくれ」
ジャンヌが呼んでいる。別室からだ。
「どうしたのジャン......」
部屋に入り、そこにあるモノを見て理子は絶句した。
そこにあったのは蜘蛛の巣だった。
部屋の正面ーー中央の壁には世界地図が貼られ、それに事件ーーイ・ウーが関わった事件の詳細・新聞・写真・調書などが所狭しと貼られている。床か天井には様々な国の詳細の地図が貼られ、それにもイ・ウーの事件がピンで止められている。
極め付けは、それらが赤い糸で全部繋げられ関係性を表している。
正しく蜘蛛の巣だ。
「これが噂の蜘蛛の巣か。実物を見るのは始めてだ。特にこれ程の規模の物はな」
「零って、トンデモないヤツだな。流石は『教授』の宿敵のひ孫だね。思わず尊敬しちゃうよ」
「これを見てみろ。私の起こした事件だ。馬鹿な⁉︎フランスに集約している。私がフランス人だと見抜いているのか......!」
ジャンヌは床に貼ってある蜘蛛の巣を見て驚いた。
それは『魔剣』と呼ばれる自分が起こした事件の関係図だった。ご丁寧にタイトル『魔剣』と書いてある。
ヨーロッパ諸国を幾重にも糸が交差し、最終的にはフランスで終わっている。誰が見ても『魔剣』はフランスに関係ありと見るだろう。
「こっちはあたしの事件だ......まだ制作中みたいだね」
理子は天井に貼ってあるタイトル『武偵殺し』の蜘蛛の巣を見た。
アメリカ・ヨーロッパ諸国と糸が繋げられている。途中には捜査中を区切られているが、零が書き足したのか。次に『武偵殺し』が事件を起こすであろう場所がピックアップされている。
その場所は次に理子が犯行を計画している場所と合致していた。
「他にあるぞ。これはパトラ、こっちのカツェだ。ココの蘭幫にまで捜査の手が、いや蜘蛛の巣が巡っていたのか。うん?どうした理子」
「これ見てよ。あたしの犯行の予想図ーーアンベリール号とある。計画実行は12月頃って、何で零はそんな事まで予想できるんだよ⁉︎ドンピシャ過ぎて怖いくらいだよ」
「アンベリール号?ああ、金一を完全にこちら側へと誘うための事件か。あくまで予想に過ぎないだけで......」
「予想で済まされるかよ!これ見てみろよ。アンベリール号の項目、その下にターゲット候補とある。その中で金一の写真が目立つようにあるよ」
「ヤツは魔術師や預言者の類か?」
「もしかしたら、『教授』と同等の推理力があるかも」
「ここにあるモノ全て記録して、イ・ウーに持ち帰ろう。そこで緊急会議だ。今後の計画を見直す事になるやもしれん」
ジャンヌはカメラを取り出し、パシャパシャと部屋にある蜘蛛の巣を撮影する。
「それじゃ、あたしは零の部屋にある本を全部撮影するよ」
「本だと?まさか、残らず撮影する気か?」
「うん。『教授』から零の所有する本全てを調べろってさ。何かその中に零の活動資金に繋がるヒントがあるって」