殺人とは、人を殺すことであり、人の命を奪うことである。
殺人は、重い犯罪として規定されていることが一般的である。法域によっては殺人を行った人は死刑に処される可能性がある。
「殺人」と言えば、一般的には自分以外の人を指すことを指していることが多い。だが、「殺人」に自分自身を殺すことも含めている場合もある。「自殺とは自分に対する殺人であり、罪であり、だから自殺してはいけない。」と言われることがある。自殺もやはり殺人として、殺人罪に問える、問うべきだと規定している国もある。
東京の住宅街ーーとある一軒家
一本道を挟むように左右に住宅が並ぶ。
一軒の住宅の庭に水道業者の車が止まっていた。水漏れがあったようだ。
「水漏れは見つかった?水漏れを見つけるだけでどれだけかかってるのよ」
家の家主の女性の声が床下に響く。
「まだですよ......まったく、床下に潜るこっちの身になれよ」
水道業者の男性は愚痴をこぼしながらも床下を這って進む。
床下は大人が這って進むのがやっとの広さだ。おまけに懐中電灯が無いと少し先も見えない。
懐中電灯の明かりを頼りに進み続け、家の土台ーーコンクリート付近のパイプから水漏れを発見した。
「ここか......うん?なんだこれ?」
コンクリートから何か飛び出ている。
細く、骨のように見えるモノが......
時刻は17時40分、この時季はこの時間でも太陽が昇っている。まだ夕暮れにはなりそうにない。
「うん、見事に死んでるね」
「ーーそりゃ、白骨死体だからな」
私と金次君はとある住宅街の一軒家に来ていた。
周りには同僚ーー武偵の皆さんも来ている。
場所は捜査情報の規制対象だから言えないが......
今、私たちの目の前には一体の白骨死体がある。
周りは青いシートに覆われ、外からは中が見えないようになっている。これなら野次馬に写真やら動画を撮られることはないかな。
「この白骨死体はどこから発見されたのかな?」
「この住宅の土台ーーコンクリートの中から発見された」
私の質問に同僚の武偵ーー鑑識科の鉄仮面同級生が答える。
「死体発見までの経緯は?まさか死体が自分から這い出てきたとか......」
「なわけねぇだろう」
金次君、少しはジョークを言ってもいいでしょう?
私が呆れていると、
「この家の家主が水漏れがあるから水道業者に連絡、それで業者が床下に潜って土台近くの配管の漏れを調べていたら、たまたまコンクリートからはみ出ていた死体ーー白骨化した指を発見した」
鑑識科の同級生は淡々と答える。
うーむ、この鑑識科さんは仕事に生きるタイプだね。ギャグは受け付けてくれそうにない。
「説明ありがとう」
軽くお礼を言った後、私は再び死体に目を通す。
見事に白骨化しているね。
「南無阿弥陀仏......」
「お経が唱えられるのか?」
「お経はラップだと思えばどうってことないよ」
「そのうち絶対バチが当たるぞ」
これくらい大丈夫だよ。仏様も大目に見てくれるさ。
何処かの破戒僧は唱えるのが面倒だから録音したテープで唱えているけど......
「家主が殺して埋めたのか?」
「違うだろうね。死体が白骨化するのに必要な年月は、地中だと5〜8年はかかる。調べによると、この家が建ったのが10年前。家主が購入したのが2年前だからシロだね」
もしクロだったら、死体の埋まっている床下を調べさせようとはしない。
まあ、持ち主は家を売るだろうね。
「この白骨死体は男か?」
「違うよ金次君。この人は女性だよ。ほら、ここ見てよ」
私は死体の骨盤部分を指差す。
「骨盤の形状が高さの低い横楕円型になってるでしょう?あと骨盤の下部の恥骨下骨は、男性は逆V字型で狭いけど、女性は逆U字型で広い。女性は出産するので、骨盤腔の幅が広くなってる。だから、この骨は女性だよ」
「ーーなあ、零。間違ってもこういうことを他の奴にはペラペラ喋るなよ。特に最後の辺りはな」
何を恥ずかしがっているの?これくらい保健の授業で習うでしょう?
金次君は将来、絶対に検死官にはなれないな。
骨盤部分だけじゃなく頭蓋骨からも性別が判断できるのだけどね。
男性の頭蓋骨は女性より大きく、がっしりしている。かたや女性の頭蓋骨は男性より小さく華奢で丸みを帯びている。眉の上の部分の眉弓(びきゅう)は、男性は大きく発達しているが、女性は小さく未発達だ。目の上と前頭骨が接する部分の眼窩上縁(がんかじょうえん)は、男性は太く大きいが、女性は鋭く薄く小さい。耳の後ろの隆起した骨である乳様突起(にゅうようとっき)や下顎骨の頤(おとがい)は、男性は大きく発達しているが、女性は小さく華奢だ。
「うわ〜金次君、肋骨を見てご覧よ。これは酷いね」
「ーー酷い傷だな。刃物による傷か?」
2人して肋骨に注目する。刺されたような傷が10ヵ所もある。
私はルーペを取り出し、死体を観察する。
「傷口はーーこれは変わっているね。湾曲しており縁にギザギザの歯がついた刃物でつけられた傷のようだ」
「まるで鰐にでも襲われたような感じだな」
傷は刺創ーー刺してできた傷にも見えるし、切創ーー切られてできた傷にも見える。殺しに使われたのは普通の刃物じゃないね。
金次君が言ったように鰐にでも襲われたような傷だ。
前から刺されているから顔見知りによる犯行かな。
「おまけに後頭部に髪の毛一本分のヒビがあるよ」
「ーー鈍器による傷か?」
見落としやすいけど後頭部に小さなヒビがある。明らかに鈍器ーー固いモノでついた傷だ。
「うん?これはーー金次君。ピンセット貸して」
「ほらよ」
頭蓋骨ーーに変わったものを発見した。
私は金次君からピンセットを借りて、それを摘んだ。
「何だよそれ?小さいな」
「何かの粒ーーこれは砂と塩の結晶だね」
頭蓋骨に付着していたのは2mm程度の小さな白っぽい砂粒と塩の結晶だった。
「何で頭蓋骨に砂と塩の結晶が?砂はこの辺りのーー家の土台か?」
「いや、家の土台に使われる砂利じゃない。これは海ーー砂浜にある砂と似ているね」
「それじゃ、この被害者は海岸で殺された後、ここに埋められたのかーー」
「そうかもしれないけど......そうじゃないかもしれない」
海岸で殺した後、わざわざこの場所に埋めるなんて面倒だと思うけどな。
東京から離れた海という可能性もあるかもしれないけど、それこそ面倒だな......
「どこの砂浜の砂か調べてみようか」
「おいおい⁉︎砂浜って、どれだけあると思うんだよ」
「わからないよりはマシだよ」
取り敢えず採取した砂を保管する。専門家ーー鑑識科の施設を借りて詳しく調べよう。
続いて死体が埋まっていた土台のコンクリートを調べる。
先に到着した武偵は家主の許可をもらって外側からコンクリートを砕き、中に埋まっていた死体を外に出した。
続けて家の土台を切り抜き調べ易くしてもらっている。これは助かるよ。
「コンクリートが乾くと死体の形がそのまま残るから助かるね」
「水漏れがなかったら永遠に見つかることなかっただろうな」
「確か10年前、この辺りは更地だったね」
「そんで家が建ってそのまま売りに出された、と」
それが犯人の狙いだろうね。
この辺りの土地事情に詳しい人間ーー不動産関係者、建築家......上げるとなるとかなりのパターンがある。
「あっ、金次君。ほら、この死体の顔が埋まっていた部分だけど顔の形が取れそうだよ」
「復顔できそうか?」
「それは鑑識科に任せようよ。私にはまだ復顔技術はないよ」
復顔とは、頭蓋骨をもとに生前の顔を法医学により推定し、型どりした物に粘土等で肉付けして義眼を嵌め、色付けしたりかつらを被せたりして復元する技術である。
身元不明の白骨死体の身元調査のために公開して情報提供を求めたり、考古学で遺跡などから発掘された頭蓋骨より、頭部の人種的特徴などを確認するために行われる。
「まだって......いずれ身につけるつもりかよ。どんだけチートだよ」
「チートだなんて......大袈裟だよ」
ゲームじゃないんだからチートなんか使えないよ。金次君は本当に大袈裟だな。
「鑑識科に復顔してもらって行方不明者リストを調べてもらおう。該当者がいるかもしれない」
「身元がわからないのは可哀想だからな」
東京武偵高校ーー鑑識科
「なあ、零。海にはどれだけ砂つぶがあると思ってるんだよ。調べるだけ無駄じゃないのか?」
死体から採取した砂つぶを顕微鏡を使って覗き込む私に金次君がそんな事を言った。
ひどいな〜無駄な事なんて無いと思うんだけどな。
無駄という言葉が嫌いな人が聞いたら金次君は確実に撃たれるかもね。
金次君の言葉を無視して顕微鏡を見ていると、
「これは......自然の砂じゃないね」
「どういう意味だ?」
「自然の砂じゃないと言っても、人工的な物だよ。見てご覧」
気になるものを発見したので金次君に見せた。
「なんだこれは?ゴツゴツした物が見えるぞ」
「自然の砂なら表面が滑らかだけど、人工的な砂は顕微鏡で見てみるとまるで岩だ」
「死体が埋められていたコンクリートが剥がれ落ちたのか?」
「いや違うね」
金次君の意見を否定し、彼に一枚の紙を渡す。
「鑑識科の分析によると長石と石英だったよ。この学校の鑑識科は本当に優秀だね」
「いつの間に頼んだんだよ。というか、お前がわざわざ顕微鏡まで使って砂を調べなくてもよかったんじゃないのか?」
何でも鑑識科に任せてばかりでは楽しくない......おっと、これは被害者に対して不謹慎かな。
「まあまあ、そう言わずにさ。自分で調べることによって発見できるものがあるかもしれないでしょう?」
「ハァー、お前って奴は......まあ、その意見は賛同できるかな」
おお!珍しいね。私の意見に賛同してくれるなんて嬉しいよ。
おっと、それよりもーー
「話を戻すけど、これはクラッシャー(粉砕機)などにかけられ、細かく砕かれた物だよ」
「つまり?どういう事だよ」
「君は実に馬鹿だな〜」
「それ本当にやめろよ。あと何処ぞの猫型ロボットの声で喋るな」
金次君......いくら強襲科とはいえ、仮にも武偵なんだから推理くらいしようよ。もし彼が探偵科に入ることになったら私が先生になってあげないとね。
「つまり被害者は海では殺されていない」
「じゃあ、一体何処で殺されたんだよ?いや、塩の結晶はどうなるんだよ?」
「さぁ?まだまだ事件の糸を繋ぐ為の答えが足りない」
取り敢えず今あるモノを繋いでみるか。
被害者は海では殺されていないーー陸地で殺された。
殺害に使われた凶器ーー湾曲して縁がギザギザ?鰐のような歯?
陸地の何処で?ーー人工の砂がある場所
人工の砂ーー砂時計?人工の砂浜?鋳造工場で排出される腐砂?
塩の結晶ーーやはり海岸での犯行?海魚の水槽
「もしかしたら被害者は水槽の近くで殺されたのかもしれないね」
「水槽?ペットショップか水族館で殺されたとか」
いい線だね。水族館かペットショップ......金次君にしてはいい推理だね。
「おい!今、変なこと考えなかったか?」
「何の事かな?私にはサッパリだよ」
失礼だな〜褒めているのに......それにしても水槽か。
死体の後頭部にはヒビが入っていたね。あれは鈍器によるものではなく、水槽に頭をぶつけたことによる傷かもね。
後頭部のヒビーー水槽に激突したことによる傷
「なあ、零。もう答えは出ているのか?」
「いや〜ダメだね。まだ答えを導き出すには情報が足りない」
今ある情報では答えを導き出せない。これは復顔に期待してみるか。