自分だったら、間違って違う電車に乗りそう......
東京内を毎日、電車で通勤する人達は本当に凄い!
東京の地理を書くためにもっと勉強ーーまずは電車・駅・路線から知らなければ......
新国立劇場ーー東京渋谷区にある劇場で、ここで行われる舞台芸術はオペラ、バレエ、現代歌舞伎、演劇だ。
面積は68,879m²、中には小劇場、中劇場、オペラ劇場の計3つの劇場が備えられおり、オペラ劇場だけで座席数1814もある。
劇場だけでなく、レストラン、託児室、情報センター、リハーサル室、研修所なども備えられている。
初台駅を降りた私たちを新国立劇場が迎えてくれた。
全体的にシンプルな外見だ。
「さあ、入ろうか」
私が促すと金次君は「ああ」と短く答えた。
私たちは入場し、陽の光が天井から差し込む一階ロビーを抜け、私と金次君がまず向かったのはオペラ劇場ではなく、3階ーーレストランだ。
オペラ開始は13時ジャスト。現在の時刻は11時30分、まだ早いのでここイタリアンレストランで昼食を摂る算段だ。
入店してみると、まず目につくのは壁に飾られた大量の皿だ。
一枚一枚にサインが書かれている。有名な俳優や女優、芸能人の名前だ。
店内は全体的に明く、誰か演奏でもするのだろうか?年季の入ったピアノが置いてある。
窓から差し込む光に照らされ、床はピカピカーーワックスがかけてある。ゴミやシミ一つもない。
私と金次君は一番隅っこの席ーー窓から明るい日差しが差し込む席に座ることにした。彼は隅っこが好きだからね。
「何にしようか?」
備え付けられているメニュー表を手に取り、開いてみる。
さすがイタリアンレストランだ。メインはイタリア料理だよね。
「金次君は何にする?」
「俺はイタリア料理なんて初めてだから、イマイチわからん。零と同じものでいいよ」
金次君は初めてかー。ならば......これだ!
「すみません。この『オードブルバリエ+パスタ+デザート』を二つお願いします」
私は側を歩いていたウェイターに注文した。
イタリアならパスタだね。おまけにデザート付き。
ここのお店のデザートは日によって変わるから何がくるかな?
「なあ零。電車での約束を覚えているか?何でも質問に答えるやつ」
料理を待っていると金次君が話しかけてきた。
忘れていなかったんだね。
「勿論。何が知りたいのかな?はっ!もしかして、私のスリーサイズとか⁉︎」
「ちげぇよ!誰も知りだからねよ。そんなモン」
私が手で体を覆うようにして身を引くと、金次君は全否定した。
そ、そんなモン......聞かれなくてホッとしたような、残念なような......
「俺が知りたいのは....なんで零は武偵になろうと思ったんだ?一般中の出身だから気になっていてさ」
なるほど......でも、それを言うなら不知火君も同じだよ。
そういえば、入学前、彼は私と違って蘭豹先生のスパルタ教育を涼しい顔で受け流していたっけ。同じ一般中学出身者とは思えなかったな。
「そうかー。実はね金次君。私は最初、武偵になろうとは思っていなかったんだよ。本当は学校の先生になりたかったんだ」
「じゃあ、なんであんな物騒な学校に入学してきたんだよ?武偵と教師は共通点がないだろう?」
「それはね......」
私は金次君に入学までの経緯を語った。
語っている間に料理がきた。
せっかくなので料理をつまみながら、ゆっくり語ろう。時間はたくさんある。
「なんだよそれ......つまり、父親の判断で勝手に届け出されて入学して来たのかよ......」
「ははは......そういう事だね。うん」
話を聞き終えると呆れたような顔で私を眺める。
まあ、そうなるよね。
「じゃあ、将来は転校するのか?」
「うーん、実はね......転校については迷っているんだ」
最初は転校しようと思っていたが、今は違う。
私は正直言って今の学校ーー東京武偵高校が嫌いではない。
一般の中学・高校では習わないーー射撃・犯罪学・捜査など刺激の多い場所だ。
勿論、将来は学校の先生になりたいという思いはなくなっていない。
でも、今の武偵としての生活は気に入っている。
そのおかげか......将来、武偵にもなりたいと思えてきた。
「珍しいなお前が悩むなんて......初めて見たよ」
「私だって人の子。悩む事だってあるよ。悩まない人間なんていないさ」
悩むーーそれは思考する事ではなく、生きる事だと私は思う。
悩んだ果てに答えを見つけることは素晴らしい。まさに生きていると実感できる。
答えを見つける方法は、自分だけじゃなく他人と一緒になって見つけるのもいいだろう。
おっと⁉︎いつの間にか食べ終わっていたね。いけない思考し過ぎて、食事を意識していなかった。
でも今、お店から出てもオペラまで時間はあるし......
「それはそうと......金次君は何で武偵になろうと思ったの?聞いてみたいな」
「俺が武偵になろうと思ったのは兄さんの影響かな......」
そう言って、金次君は語り出した。
お兄さんは現役の武偵ーー武偵庁に勤める特命武偵という。
彼から語られるお兄さんの人柄はまさに理想の武偵ーー1度は子供が憧れる存在ーー正義の味方だ。
おにぎり一つで依頼を受けたこともあれば、大きな病院を建てたこともあるという。
語っているときの金次君の目は人一倍輝いている。
これを見るだけで自分の兄に尊敬・憧れているのが、ひとめでわかるぞ。
でも同時に危うくなる......まだまだ半人前いやゼロ人前の分際で、こんなことを言うのは偉そうだが......私たち武偵は命の危険と常に隣り合わせ。
危険が日常と言っても過言ではない。
お兄さんの実力はまだハッキリとしていないが、武偵庁に勤められるだけあって、その実力は折り紙つきだろう。
しかし、実力あり=死なないわけではない。
もしも、兄が死んだら彼はどうなるのかな......将来の目標を失い絶望でもするのか?はたまた、兄を奪った存在・社会に復讐でもするのか......
金次君からお兄さんを奪ったら、ドウナルノカーーその答えを解きたい、知りたいな......
「...い、おい零?聞いているか?なんかぼーっとしているぞ」
金次君の声で我に帰る。
ちょっと待ってよ......今、私は何を考えていたんだ?
金次君からお兄さんを奪ってみたいだと?馬鹿なことを考えるな。
不謹慎にも程があるよ......
「何でもないよ!ちょっとお腹が一杯になって、ぼーっとしていただけだからさ!ははは」
「変な奴だな......」
「金次君に言われたくないよ!もう」
やめやめ!この話題は暫く考えないようにしよう。
気分転換に早くデザートを食べようと皿に目を移すと、皿の上には何にもなかった。
もう食べてた......あっ、金次君。よかったらそのショコラケーキを分けてくれないかい?
ーーレストランを後にした私たちはそのままオペラ劇場に向かった。
公演まであと20分。すでに入場は開始されている。
他の人に続いて私たちも劇場に入った。
劇場はとにかく広い。
客席の壁・天井は厚いオーク材で仕上げられ、歌手の肉声が理想的に響く設計となっており、まるで劇場そのものが楽器のような空間だ。
全1814席ーー1〜4階の4階層に客席が配置されている。
1階868、2階354、3階292、4階300といった具合だ。
客席正面には主舞台があり、オーケストラーーフル編成120人が演奏できるだけの広さ。
オペラの字幕装置は舞台左右に設置され、縦書きで表示される。
「えーっと?私たちの席は......あっ!ここだ」
私と金次君は席に座る。彼は私の左側の席だ。
席は1階の前席ーー舞台のすぐ前方だ。
ここからなら主役がよく見えるね。
「もうすぐ始まるね」
「何だか見ていると小さな子供みたいだな。零はそんなにオペラが好きなのか?」
「うん。好きだよ」
母さんが日本に帰ってきた時はよく連れられていたしね。
父さんはオペラではなく、演劇が好きだったな。特に悲劇が大好きだった。
アナウンス用のスピーカーから、ビーーと音が鳴り出した。どうやら始まるようだ。
舞台の幕が上がる。『ドン・ジョヴァンニ』の開幕だ。
だだの気分転換ではない......