異世界の地下闘技場で闘士をやっていました   作:トクサン

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 前回までのあらすじ
 
リース「ぶっころ」
オーナー「しんじゃうらめぇぇぇえ」
京「屋敷広スギィ!」
セシリー「京クンカクンカ」
ユーリ「たまげたなぁ…」


娘と父

 

「いやはや、突然呼び出して済まないね」

 

 セシリーが原因不明の不機嫌に襲われて数日。

 京はセシリーの父であり、この屋敷の主人であるヴィルヴァ氏から呼び出しを受けていた。彼はアルデマ家の当主であり、多忙の身である。しかしどうにも、この屋敷の生活に馴染めたかどうかが気になって呼び出したとの事。それの為に通常よりも早く仕事を切り上げ、多少無理もしたとか。

 京としてはそこまで気に掛けて貰っているという事実に頭が下がる思いで、二つ返事で彼の呼び出しを受けた。そして日が沈みかけた夕方、不機嫌なセシリーをどうにか宥め、彼の私室へと足を運んでいた。

 

 ヴィルヴァの私室は非常に本が多く、部屋の壁には本棚がズラリと並んでいる。京は文字読めないので何の本かは分からないが、恐らく文字が読めたとしても内容が理解出来ない難解なものなのだろうと思った。

 中央に向かい合ったソファーが二つと、間に長机が一つ。その上には紅茶が湯気を立てて置いてあり、ヴィルヴァは小瓶から砂糖を掬っていた。その表情は穏やかで、瞳は優し気に京を見ている。

 

「屋敷での生活はどうだね? 不足しているものは無いかい? 何かあれば遠慮なく言って欲しい」

「いえ、十分過ぎる程です、こんなにも良くして頂いて、これ以上を望んだら罰が当たります」

 

 相変わらず謙虚なものだとヴィルヴァは笑う。淹れたての紅茶を手に取り、静かに香りを楽しむ。「うむ、中々上手く出来た」と呟くと、京にも紅茶を勧めた。前世では良く飲んでいたものだが、紅茶なんてものを口にするのは本当に久しぶりだ。京は少しばかりの砂糖を溶かした紅茶をゆっくりと口に含み、その美味しさに顔が綻ぶ。

 

「――美味しいです」

「そうだろう、レティシンベルグから取り寄せた少々値の張る葉を使ったんだ、いやはや、この味が分かる若者が居て嬉しい限りだよ」

 

 本当に嬉しそうに笑うヴィルヴァを見て、京もまた嬉しそうに笑う。彼とは大した接点を持たない京ではあるが、ヴィルヴァという男に対して京はオーナーに近い雰囲気を感じ取っていた。

 面倒見の良い兄貴肌、兄貴と呼ぶにはオーナーもヴィルヴァも歳を取っているが、本質は何も変わらない。

 

「セシリーが君を守護者(シュヴァリエ)にすると言い出した時は驚いたが――まぁ、選ぶ決定権は本人に有る、何よりあの場所(闘技場)で君に惚れた私が口を出す訳にはいかない、両親としても、一人のファンとしてもね」

「何だか身に余る職を頂いたみたいで……少し不安です、職務を全う出来るかどうか」

「なに、君なら問題ないさ」

 

 長年君を見続けてきたのだ、私が保証しよう、と。ヴィルヴァは力強く頷く、彼は長く地下闘技場に通い詰めていた常連であり、オーナーとも個人的な繋がりを持っている男だ。試合は勿論見ていたが、何よりオーナーから色々と聞かされていたらしい。ヴィルヴァはカップを静かに置くと、長く息を吐きだした。

 

「……何も聞かないのだな、京君――貴族が地下闘技場で流血沙汰を鑑賞しているなんて、当人からすれば不快極まりないだろう?」

 

 ヴィルヴァは苦笑を浮かべ、ふとそんな事を口にした。それは責められても仕方ないといった風な表情で、しかし京は首を横に振る。確かに褒められた趣味ではないだろう、しかしそれで自分が救われたのは事実だった。

 

「……いえ、そんな事は」

「君は優しいのか、気弱なのか分らんな……まぁ、それも君の美点なのだろう」

 

 しかし、自分の意見は確りと主張しなければならないぞと、ヴィルヴァは京に告げる。今世と前世併せて随分と長い時間を生きた京ではあるが、精神的な面では全く成熟していないという自覚があった。

 ははは、と乾いた笑いを零しながら頬を掻く。

 元々大した人生経験がないという事もあったが、何よりも精神が肉体に引っ張られているというのが京の見立てだ。これはこの世界に生を受けた時から感じていた事だが、感情と理性が別々に働いている様に感じていた。

 

 五歳の頃、村の子どもと言い争いになった事があった。子供特有の微笑ましい争いだ、馬鹿とか、嫌い、とか、そういう喧嘩だ。本来ならば子どもの罵倒など笑顔で受け流して当然なのだが、当時の京はそれが出来なかった。ついつい感情のまま罵り合ってしまったのだ。

 前世の精神を引き継いでいるのならば、あり得ない失態だった。無論、前世の京が子どもに馬鹿にされてムキなる人間だった、という訳ではない。文字通り、精神が肉体に引っ張られているのだ。

 つまり、今の京は十六歳相応の精神しか持ち合わせていない。

 前世から持ち越した精神も存在しているのだが、『京太郎』という男の精神は既に死んでいると言っても良い。知識もある、自意識もある、朧げだが記憶も多少ある、性根は何一つ変わっていない、しかし一度リセットされた人間性は年相応の幼さを京に押し付けていた。

 

「地下闘技場が問題無く運営出来ていたのは、ヴィルヴァ様のようにお金を落としてくれる存在が居たからです、でなければ既に廃れて閉鎖されています、なら闘士の皆が生きていられるのもヴィルヴァ様のお陰――感謝する事はあっても、責める様な真似は出来ませんよ」

「君は……そうか、体だけではなく、心も大きな人間だな、君は」

 

 まさかと京は笑った。

 この幼さには苦労させられた、否、今現在もしていると言って良い。けれどコレがなければ京はとっくに壊れていただろう。闘技場での過酷な訓練と、そして日々続く命のやり取りに擦り切れて。

 子どもの適応力の高さは京を救った、恐らく審判者(神様)が精神を(いじ)ったのはこういう理由だろう。

 異世界は、日本人(マトモ)の精神でやり直すには、余りにも残酷が過ぎる。

 

 ヴィルヴァは深くソファーに背を預けると、胸元から何やら小さなケースを取り出した。ソレを開くと中にはズラリと煙草が並んでおり、一本口に咥えると発火器で火を灯す。発火器は棒状でダイヤルを回すと火が出る道具だ、前世のライターと同じ役割を持つ。

 ヴィルヴァは煙をゆっくりと吐き出しながら、何かを思い返すように遠くを見ていた。

 

「……最初は地下闘技場など閉鎖させるべきだと思っていたのだがね、君には少し酷な話だろうが――あの場所もまた国にとって必要な場所だったのだ」

 

 特に若い頃は、どうにかできないものかと躍起になっていた、と。

 ヴィルヴァは自分の恥ずかしい過去を暴露する様に笑った。

 

「何はともあれ、まずは知らなければならなかった、そこで何が行われているのか、どうして未だに存続しているのか――そして知った、行き場のない孤児や奴隷の受け皿、最後のセーフティネット、もし()の場所がなければ町に孤児や奴隷、浮浪者が街に蔓延っていたと、犯罪率も上昇したかもしれん、業腹だが地下闘技場に居れば十歳までは平穏に生きられる、少なくとも路上で腹を空かせ死ぬ事はない、無論試合で殺される確率もあるだろうが、延命装置の意味合いも強かった」

「はい、分かっています、自分も拾われたのがオーナーで幸いでした」

 

 人を殺す場所に押し込められて、幸いだ――なんて言う日が来るとは思わなかったが。しかし京は腹の底からそう思っている、少なくとも娼館になど買われた日には小さい頃から幼児愛好者の相手をさせられたに違いない。そうなったら自分の未来はどうなるか、余り考えたくはない。

 奴隷商の手に渡った時点で人生は二択になる、直ぐに死ぬ羽目になるか、ゆっくりと死ぬかだ。

 

 物好きな貴族に身請けされれば、或いは使用人や愛人として生きていく事も出来るだろう、しかしそんな事は滅多に起きない。そしてその中でも比較的『アタリ』と言えるのが地下闘技場だった。

 十歳までは試合には出されないし、毎日三食ご飯も出る。衣食住が保証され、他と比べれば平穏に日々が過ごせる。九歳からは試合を見越した訓練が始まるが、怪我をすれば治療だって受けられるのだ。路上で野垂れ死ぬよりは何倍もマシだろう、何より努力によって死に抗えるのだ、だからこそ京は死に物狂いで訓練した。

 

「本来ならば国政によって、そういった者を救う施設か何かを作るべきなのだろうが――王は国民に関心が無さ過ぎる、貴族と王族の権威を高める事ばかり、これではまるで……いや、何でもない、忘れてくれ京、この国の貴族として口に出すべき内容ではなかった」

「忘れろと言うなら忘れます、何か思うところがあるなら、吐き出して下さい」

「――そう甘やかしてくれるな、京」

 

 肩を竦め、困ったように笑うヴィルヴァ。京は少なからず彼の力になりたいと思っていた、自分に出来る恩返しなどそう多くはない。愚痴を聞く程度ならばお安い御用だ、誰にも言い触らすつもりはないし、その意味もない。

 半分程に短くなった煙草を灰皿に押し付け、ヴィルヴァはこの話は終わりにしようと告げた。残念だが、京としても無理矢理に吐き出させるつもりはない、彼がまた話したいと持った時にでも聞こうと一人決意し、頷く。

 

「そうだ、ユーリに逢ったそうだね、本人から聞いたよ――あの子はセシリーと違って大人しいだろう、頭は良いのだが何分(なにぶん)引っ込み思案でね、出来れば偶に話し相手にでもなってやって欲しい、ユーリも喜ぶだろう」

「自分で良ければ……セシリーさんをとても慕っているように見えました、姉妹の仲が良いのですね」

「あぁ、小さい頃からずっと仲が良かった、自慢の娘達だ」

 

 ユーリとセシリーに関して話すヴィルヴァは楽し気で、実に饒舌だ。目に入れても痛くない娘の事だからだろう、京は先日出会ったユーリの事を思い出す。芋づる式にセシリーの情けない姿が浮かんだが、それは思考の外に追いやった。

 

「セシリーは気が強くて、昔は良く衝突していたのだが……………」

 

 そこまで話してヴィルヴァは、何かに気付いた様に口を閉じた。その額に僅かな汗が滲み、京を見つめていた瞳が左右に揺れる。京が一体どうしたのだと首を傾げれば、何やら言いづらそうに口に手を当てた後、「あー、京、君は気の強い女性は嫌いかね?」と問うてきた。

 

「は?」

 

 突然の問い、京は思わず疑問の声を上げた。それは予想だにしていなかった言葉で、頭の中に浮かべていたユーリの姿が掻き消える。

 

「えっと、気の強い女性、ですか……何故その様な事を?」

「その、なんだ、ユーリは随分と落ち着いているだろう、君としてはそういう女性の方が好みなのかと心配になってだな」

「――?」

 

 一体何の事だ、何の話をしている、何故心配する。

 京は困惑を顔に張り付ける、するとヴィルヴァは悪い想像を浮かべたのか、彼の顔がサッと蒼褪め、「嫌いなのか……?」と暗い声色で問うてきた。

 

「えっ!? あっ、いや、別に嫌いという訳では……」

「――! そうか、それは良かった!」

 

 何が良いのだろうか、益々分からない。

 しかし上機嫌になったヴィルヴァは数秒後に再び微妙な表情となり、更に十秒後には頭を抱えていた。

 京は預かり知らぬ事だが、ヴィルヴァはセシリーが京に対して好意を抱いている事を知っており、他ならぬ彼がセシリーをどう思っているのか気になったり、しかし可愛い娘を嫁に出すには少しばかり早い気が――等々、様々な事を考えていたのである。

 更にここで彼の頭の中には妙に上機嫌なユーリの姿が浮かび上がった。屋敷内で妙に背の高いイケメンに出会っただの、服装が似合っていただの、今考えれば正に恋する乙女である。常に淡々と生きているユーリがあそこまで興奮した姿を見せたのは久しぶりだった、先ほどは話し相手になって欲しいと言ったが……もしや二股か、二股なのか!? とヴィルヴァは京に対して血走った眼を向ける。

 

「!?」

 

 ヴィルヴァが突然殺してやるとばかりの視線を向けて来た為、京は驚きに肩を震わせた。その視線はネットリと何か絡みつくようで、とてつもない執念を感じさせる。自分が何かしたのだろうかと狼狽えると、妙に真剣な表情をしたヴィルヴァが重々しい声を発した。

 

「京――正直に答えて欲しい、君は……セシリーとユーリ、どちらが好みだ?」

「はっ――えっ?」

 

 本格的に意図の分からない質問に、京は大いに慌てた。何故その様な事を聞くのかと問いかけようとして、しかしヴィルヴァの放つ空気が答え以外は受け付けないという威圧感を発しており、京は口を噤んだ。

 これは忠誠心でも確かめられているのだろうか、そんな事を考える。大体京はセシリーの事は兎も角、ユーリの事など少ししか知らない。そもそもセシリーとて知り合って数日の間柄なのだ、それで好みだ何だと聞かれても答えられないというのが正直なところ。

 

「……せ――セシリーさん?」

 

 苦肉の策だった。

 こういう場合は主を立てるべきだろうと、京は判断した。最後が疑問形なのは自分の判断に確信が持てなかったからだが、優柔不断な京としては比較的迅速な判断であったと言える。後は正解か否かの審判を待つだけだった、しかしソレはテーブルに落とされた拳によって遮られた。

 ガシャン! とカップが音を立て、中の紅茶が僅かに零れる。

 

「京ッ、君はユーリが可愛くないと言うのかね!? えぇ!?」

「ヘァッ!? えっ、あの、すみません! ――じゃ、じゃあユーリさん?」

 

 再び拳がテーブルに落とされた。

 今度は灰皿からタバコの吸い殻が飛び散った。

 

「京ッ、君はセシリーが可愛くないと言うのかッ!?」

 

 あっ、これ無理だ。

 あちらを立てれば、こちらが立たず。

 

 圧倒的な親馬鹿力を前に、京は一人、無限地獄を悟った。

 

 

 





 日間、週間、ルーキーでのランキング一位ありがとうございます。
 今回も少々長くなってしまい、5400字となってしまいましたが、分割せずに投稿しようと思います。 
 毎日投稿を心掛けてはいますが、もし投稿されない日があったら「ヤンデレを探して三千里しているんだろうなぁ」と海のような広い心で待って頂けると狂喜乱舞します、ストックなしで書き続けているので、ぶっちゃけそろそろ書き溜めが欲し(ry

 次回はリースの「京を探して三千里」です。

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