異世界の地下闘技場で闘士をやっていました   作:トクサン

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 今回はヤンデレも無いほのぼの回です。


家族と妹様

「屋敷内を案内するわ、この家は無駄に大きいし、迷ったら嫌でしょう?」

「いえ、しかし、セシリーさんに案内して頂くなんて、そんな」

「あら、私の案内では不満?」

 

 明らかに分かって聞いている、実際セシリーの表情は悪戯する子どものソレだ。京は苦笑を漏らしながら、「そんな訳ないじゃないですか」と肩を竦めた。

 ウドールから武官制服を貰った後、京とセシリーは午後を屋敷探検に費やす事にした。

 そして始まったセシリー主導の屋敷案内、彼女の言った通り屋敷は非常に広く、確かに地図でも無ければ迷ってしまいそうだった。()()に広いかどうかは、人の感性に依るだろうが。

 

「此処が食堂、こっちは中庭よ、真っ直ぐ行くと花園(フラワー・ガーデン)があるわ、フェルビっていう園芸師が手入れしているの」

 

 人が千人は入れそうな巨大食堂、ズラリと並んだ長テーブルに椅子。京は前世の病院食堂を思い出していた、システムとしては大して変わらない。中庭は食堂からも真っ直ぐ行ける様になっていて、花園と同様に屋敷の使用人にも開放しているのだとか。

 どうにも、この屋敷には貴族の次男坊や次女が多く在籍しており、そう言った施設の運営にはそれなりに力を入れているらしい。やはり高位の貴族ともなれば相応の屋敷が必要なのだろう、改めて凄まじいところに身請けされてしまったと実感する。

 

「後はそうね、遊技場(カジノ)とか乗馬場とか、水泳場(プール)なんて施設もあるわ」

「……貴族って、凄いんですね」

「凄いから貴族なのよ」

 

 いや、その通りです。

 一体どれほどの金を費やしているのか、恐らく京が一生かけても目にする事は無い大金だろう。いや、闘技場に一生籠って戦い続ければイケるだろうか、何て意味のない事を考えてみたりする。

 

「京も自由に使って貰って構わないわ、守護者(シュヴァリエ)には我が家と同じ権利が認められているから――何なら遊技場で一山当てる事も出来るわよ?」

「あぁ、いえ、賭け事(ギャンブル)は経験が無いので……」

 

 京は申し訳無さそうに眉を下げながら、やんわりと利用を断る。前世の人生、その殆どを病室で過ごした京は勿論ギャンブルなどの経験がない。よって京の頭の中ではギャンブル=ドラマやアニメの中の、ヤクザとかマフィアとかがゴロゴロ居る、何か良く分からないけれど怖そうな感じと言う、なんとも残念なイメージになっていた。

 

 あれでしょう? 何か運良く勝っても「テメェ、イカサマやりやがったなゴラァ!?」 「アァン!? 俺はタコサマじゃワレェッ!」って因縁つけられて喧嘩に発展するのでしょう? ヤダ、怖い、絶対行かない。

 

 京の肉体があればこの世界のヤクザ紛いの人物も一発ノックダウン可能なのだが、当の本人はヤクザやマフィアの様な存在に自分から近付きたくないと思っていた。闘技場の存在が前世でいうヤクザやマフィアのソレに近い、しかし京はその事に全く気付いていなかった。

 

 そもそもの話、セシリーが言った『一山当てる事も出来る』とは、本家に名を連ねる人間――アルデマ家の一員になった今なら、遊技場に足を運べば運営側が配慮して何をやっても勝たせてくれるという意味で言ったのだ。それこそ、その立場を利用して一財産を築く事も出来るだろうと。

 しかし、ソレを京はやんわりと断った。

 それがセシリーの目には金に目の眩まない、無欲で清廉な人間に見え、増々(ますます)好感を抱いた。尤も最初からカンスト(上限値)近い好意を抱いていたので、大した変わりは無かったが、兎に角京の言葉に好感を抱いたのである――好感を抱いたのである!

 

「ふふっ――(わたくし)、貴方のそういうところ、好きよ?」

「えっ、あっ、ありがとうございます――俺もセシリーさんの事好きですよ」

「―――――」

 

 絶句。

 

 その言葉に尽きる。

 それとなくジャブを当てるつもりで、京に好意をアピールしたところ、特大のカウンターを当てられた気分であった。

 無邪気な「好き」、下心や俗物とは全く反対にある純粋な好意、恐らく自分を身請けしてくれたからとか、こんな自分に良くしてくれたからとか、真っ当な職を用意してくれたからとか、そういう前置きが幾つか入るのだろう、しかしセシリーにとっては兎に角破壊力抜群であった、好きの言葉が頭をリフレインする。

 

 無論、京に自覚は無い。リースが気軽に京に対して「結婚する?」「もう子づくりしちゃう?」「(むし)ろする、した」と真顔で告げる様に、京も気軽(ジョーク)に好意を伝えただけに過ぎない。その表情が少しだけ照れた様な、恥ずかし気であるのはリースの様な親しい仲ではなく、知り合って間もない女性に口にするからであった。

 相手にどう映るかは別として。

 

「はァッ――!」

「せッ、セシリーさんッ!?」

 

 セシリーが突然胸を抑えてその場に蹲る。セシリーの心臓が早鐘を打ち、過剰供給された熱が頬を赤く染めた。その額にはじっとりと汗を掻き、セシリーは京に顔を見られない様にと俯く。

 

「だ、大丈夫ですか? 誰か人を呼んで――」

「大丈夫よっ! えぇ、大丈夫、私は大丈夫だから」

 

 京が慌てて人を呼ぼうとするが、セシリーは彼の裾を掴んで叫ぶ。二人きりで屋敷を歩ける機会を逃して堪るものかと。

 下手をすると頬が緩んで、へにゃっと無様に緩んだ顔を見せそうになる、しかしソレを何とか堪え絶妙に笑ったような、引き攣った様な表情で京を見上げた。

 

「ほ、本当に大丈夫ですか? 顔赤いですよ……体調が悪いなら、自室で寝ていた方が」

「本当に大丈夫よ、少し、そう、少し足を(もつ)れさせただけなの、だから問題無いわ」

「胸を抑えた様にも見えましたが……」

「気のせいよ」

 

 貴族には知られたくない事があるのだ、何も聞くな、斯く在れかし(そういうものである)

 京はセシリーを心配そうに見つめ、彼女は震える足で立ち上がり深呼吸を繰り返す。落ち着くのよセシリー、この程度で恥ずかしがっていては彼と結ばれるのなんて夢の又夢だと。そう言い聞かせ自分の精神の安寧を得る。

 そう、この程度――それこそ「好き」程度で赤面していたら、彼を抱き絞めたり、キスしたり、ましてやその先、「大好き」や「愛してる」なんて告げられた日には。

 

「はァッ――――!」

「セシリーさんッ!?」

 

 彼に真剣な表情で「愛してる」なんて言われた日には、恐らく悶えた上に心臓が破裂して死ぬ。そんな想像をしたセシリーは先程以上の衝撃に襲われ、再度崩れ落ちた。誰が見ても自爆である、しかし彼女とて十九歳の乙女、しかも碌に恋愛経験のない真っ(さら)な女性であったのだ。

 

「セシリーさん、やっぱり医務室に行きましょう! 何かの病気ですよ、放っておいたら悪化します!」

「い、嫌よっ、絶対嫌ッ! 医務室に運ばれる位なら舌を噛み切って死んでやるわッ!」

「そんなに医務室が嫌いなのですか!?」

 

 差し出された京の腕にしがみ付き、イヤイヤと首を横に振るセシリー。その赤く染まった表情も、僅かに濡れた瞳もそのままだ。セシリーは二人きりで屋敷を散策すると言うデートに近い行為を決して手放しはしないと抵抗する。今日は屋敷内の使用人が多く出払っており、伸び伸びと散策できる唯一のチャンスなのだ。

 京は京で、絶対これは風邪をひいていると確信し、無理して案内していたのだと見当違いな方向で自分を責めていた。

 互いに互いを誤解していた、しかし肝心の誤解を解く人物が居なかった。京は迷う、自分の意思としては今すぐにでも医務室に連れて行きたいが、しかし自分の主人であるセシリーの意向に反する、それは果たして許される事なのだろうかと。

 

「お、お姉様?」

 

 そんな京の迷いを審判者(神様)が聞き届けてくれたのか、或いは単なる幸運か。京が振り向くと食堂の入り口に何やら見慣れぬ女性が立っていた。

 髪色はセシリーと同じ金髪で、しかし彼女のように長い訳ではなく、肩の辺りでバッサリと切られている。その顔立ちは幼く、年齢は京と同じか更に下に見えた。セシリーがパッとした美人であるなら、彼女は可愛らしいと言える女性だ。服装は貴族らしい仕立ての良い、しかし落ち着いたドレスでセシリーとは対照的である。

 これは何というタイミングだろう、京は大いに喜ぶ。

 セシリーを「お姉様」と呼ぶ関係から、本家の人間だと推測できる。ならば彼女ならセシリーに意見出来る筈だと、京は呆然と立っている彼女に言葉を投げ掛けた。

 

「すみません、少し宜しいでしょうか!?」

「えっ、あっ、はい」

 

 こんな食堂で座り込んで一体何をしているのか、という視線を中断し、彼女は声のした方――京を見る。

 彼女は最初、京という男の大きさに驚き、それから彼の纏う守護者(シュヴァリエ)の制服に更に驚き、最後はこれでもかという甘いマスクに胸が不自然にときめいた。最初は姉の奇行に目が行くばかりで隣の男に意識が微塵も行っていなかったが、見てみれば中々どうして美しい男だ。

 彼女の心臓が早鐘を打ち、知らず知らずの内に喉が鳴る。

 視界に映った純白の武官制服を着こなす、体格の良い美男。はて、こんな男性が屋敷に居ただろうかと考えるが、それよりも先に熱い感情が胸の内に湧き上がった。セシリーの実妹という事は体内に流れる血が同じと言う訳で、つまり男性の好みもまた同じ。

 要するに彼女はセシリーと同じ感情を一時的とは言え、抱いてしまった。

 

「ぁ」

 

 ポッと頬に赤みが差す。しかし幸いな事に彼女――ユーリはセシリーと違って欲望に真っ直ぐ突っ込んで行く様な性格では無かった。比較的理性的で、寧ろ好意を抱いた対象に関しては、背後から延々と眺め続ける事で満足する様な人種であった。

 セシリーがデートをすっぽかされて、彼氏の家まで特攻していく様な女性であるならば、ユーリは彼氏が来るまで五時間でも六時間でも雨の中待ち続ける様な女性だ。

 また、彼女は見た目相応に幼く、それが恋心だとは気付いていなかった。ユーリ的には稀に見るレベルの容姿を目にして、「あっ、カッコイイ」程度の認識である。この場に於いてそれは非常に幸運な事だった。

 

「実はセシリーさん――あぁ、いえ、セシリー様が体調を崩してしまって……セシリー様の妹様ですか?」

「あ…えっと、そうです、ユーリって言います」

「良かった――ユーリ様、どうかセシリー様を説得して……」

「だ、大丈夫って言っているでしょう? 京、(わたくし)のいう事を聞きなさい、ユーリもよ! それと京、私の事は様と呼ばないでと何度も……!」

 

 京の裾を掴んだままセシリーは声を荒げ、ユーリは自身の姉の姿に困惑する。確かに言われてみれば顔も赤いし吐息も乱れている。熱があるのではないかとユーリは考え、セシリーに早足で近付くと額に手を当てた。

 熱い、驚く程熱い。

 ユーリは京を見上げると一つ頷き、セシリーの肩に手を置いた。その表情は酷く優し気で、病人を労わるソレである。

 

「お姉様、熱があります、一度医務室に向かいましょう」

「やっ、だからッ、私は――」

「お注射は痛くありませんから……ね?」

「ちッ、違いますの、私は別にお注射が嫌でこうしている訳では――!」

 

 そこまで口にして、ユーリは京の裾を握っていた手を無理矢理解き、「さぁ姉様、大人しく医務室に行きましょう」とズルズル彼女を引っ張っていく。必死に手を京に向けて伸ばしながら、セシリーは「嫌ですわっ、嫌ですわ!」と叫ぶ。その姿には貴族の威厳など欠片も見えず、京も思わず微妙な表情を浮かべた。彼女の普段の貴族然とした姿からは想像も出来ない滑稽さである、経緯を知らなければ二度見するレベルだった。

 

「それでは、京――さん、でしたか、お姉様の事は任せて下さい」

「すみません、宜しくお願いします」

 

 京はユーリに深く頭を下げ、ユーリは数秒ほど京を眺めた後医務室に向かって歩き始める。セシリーも途中で観念したのが、涙目で京を見つめ続けるだけに留まっていた。

 いや、しかし風邪をひいた主人を自分の都合に引っ張り回す訳にはいかないと、心を鬼にして見送る。やがて廊下の向こう側に二人が消えた事を確認し、京は独り安堵の息を吐いた。これで少し療養すれば、きっとセシリーさんも回復するだろうと。

 

 無論、彼女は風邪などではない。

 

 そして京は三分後に迷子になった。

 

 




 ポンコツお嬢様が良いと言うから……。

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