異世界の地下闘技場で闘士をやっていました   作:トクサン

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闘技場

 

「我がグラモワール闘技場、不動の頂きに君臨する闘士ィ! 拳で砕けぬモノは無し、立ち塞がるなら殴り殺すッ! 万夫不当、一騎当千、その称号を与えるに相応しい男は唯の一人ィッ! 新世代の怪物――エンヴィ・キョウ=ライバット!」

 

 少しばかり大袈裟――いや、かなりと言うべきか。

 持ち上げた紹介文を背にフィールドへと足を進める京。エンヴィ・ライバットとは京がこの地下闘技場に押し込まれた時から与えられた名だ。

 

前世で言う苗字の様なものである、尚並びはどの順でも問題は無い。大体は適当に割り振られるが、入荷した時から主力製品として売り出すつもりであったオーナーは比較的マトモな名前を付けてくれた。

 それに感謝するかどうかは兎も角、まぁ適当な苗字を付けられるよりは良いだろう。

 

 十年経っても慣れないアナウンスに苦笑いを浮かべながら、京はゲートを潜る。

 フィールド・アリーナはすり鉢状になっていて、選手が戦う場所を見下ろすように観客席がズラリと並んでいた。古代ローマのコロッセオ、アンフィテアトルムに近い形状だ。

 

 地面は石床で、頭上には魔力点灯による光が降り注いでいる。拳を突き上げながら入場すれば、周囲から万雷の歓声が鳴り響いた。

 ドッ! と全身を襲う轟音、臓物が数センチ浮き上がり、鼓膜が破けるのではと思う程の声量。それが京目掛けて降り注ぎ、それを浴びながら平然と中央まで足を進めた。

 この世界に来て一番最初に慣れたのは、この万雷の歓声であった。

 

 どうやら対戦相手は既に入場した後の様で、京と対峙する様に拳を構える男が一人。身長は百七十センチ程だろうか。

 

 この世界では魔力と言う概念が存在するからか、人間は比較的体が小さく、細い。具体的に言うと、この世界で百七十と言えば、前世の日本で言う百八十後半相当の身長で、この世界の男性の平均身長は百六十前半、女性は百五十前後である。

 

 つまり二メートル近い京は最早怪物クラス。元の世界で言うと二メートル二十センチの巨躯、最早見上げる高さだ。更には筋肉の鎧を纏った分厚い大男であり、対峙する男性の手は僅かに震えていた。

 

 大きさは恐怖の象徴だ、さらには闘技場のトップという肩書も存在する。先入観で恐怖を抱くのは仕方ないとも言える、だがこの場に立った時点で棄権は許されない。

 

 男は確かに弱くは無いのだろう、この世界では体格に恵まれ、この場所に堕ちて来るまではそれなりの猛者として名を馳せたのかもしれない。筋肉の付きも良い、拳の扱いだってお手の物だろう――だが、それだけだ。

 

 京は少しだけ、目の前の男に同情した。彼は恐らくこの闘技場に来たばかりなのだ、ここでのルールは単純、相手が死ぬか、自分が死ぬかだ。

 

 頭を砕いても良いし、心臓をぶち抜いても良い、骨をバキバキと砕くも良し、相手を立ち上がれないように叩きのめすか、審判が試合終了を宣言した時が終わりだ。尤も、このフィールドに審判など存在しない、つまりは建前という奴で、ピンチになっても救いの手など差し伸べられない。

 

 例外は格上殺し、何かの間違いで新人が有望な選手を殺しかけた時――つまり、闘技場の利益が損なわれる時、スポンサーと言う名のお偉いさんのストップが入る。このルールはどこまでも利益の為に設けられたモノだった。

 

 この地下闘技場を前世の格闘技に例えるのならば、何が最も近いだろうか。

 京はプロレスだと思った、見世物として、客を大いに盛り上げる為の試合――この場合は試し合いではなく、殺し合いだが。

 

「それではこれより、【闘技】第一幕、キョウ 対 クルギ の死合いを開始します アァ~観客席の皆々様に於きましてはリング上への干渉、妨害行為を行いません様、宜しくお願い致します――ってな訳でさァ、試合開始と行きましょォオオ!」

 

 この瞬間ばかりは慣れない。

 アナウンスが勝負開始を告げる瞬間、張り詰めた空気が爆発する前兆。闘志が殺意に、観客の興奮が絶叫に変わる数秒前。全身の筋肉が硬直して、心臓が動いていると自分でも分かる程知覚が鋭くなる。

 まるで空気が棘の様だ、京は小さく息を吐いた。

 

Get ready?(準備は良いかい?) ――レッツゥ、ファイトォッ!」

 

 試合開始のゴングが鳴り響く。

 

 銃声にも似たソレを聞き、京の体が今日(こんにち)この時まで叩き込まれて来た闘争本能を呼び覚ます。十年此処で過ごした、死ぬ思いもした、実際死にかけた、それを繰り返すうちに京の体は環境に適応した。

 

「う、おォおオオォオッ!」

 

 対戦相手の男が叫び、自身を鼓舞する。まるで引き攣った笑いの様な、或は悲観した悲しみを浮かべ絶叫。前世でこんな顔をしたまま街を歩けば、狂人だと思われるだろう。ガタガタと震えながら拳を振りかぶる男は余りにも痛々しい。

 

 拳はソレなり以上の勢いで京の腹部に飛来する、顔面は余りにも高く狙い辛かったのだろう、京のボディはがら空きだ、そもそも防御の構えすら見せない。

 

 京は敢えて動かなかった――否、動けなかった。

 それが京の役割だから。

 

 この闘技場での殺し合いは、単なる人間の闘争では無い、一種のパフォーマンスである。

 つまり、観客を楽しませなければならない。戦場で行う効率的で打算的、陰湿なモノとは訳が違うのだ。

 出来るだけ派手に、圧倒的に、勝利を脚色しなければならない。そこには勿論、相手の攻撃を『受ける』という必要性もある。

 

 だらこそプロレスと、京はこの死合いを表現した。必要があれば攻撃を受けよう、無抵抗で殴られよう、ソレが必要ならば。

 

 ――尤も、それ(攻撃)が通用するかは別の話。

 

 ゴッ! と肉同士が弾ける音がした。

 男の拳は確かに京の体に突き刺さった、腰の入った良い一撃だ、過去の彼なら悶絶して転げ回っただろう。

 素晴らしい。

 称賛に価する一撃だ。

 確かに強い。

 

 

 だが無意味だ。

 

 

 拳を打ち込んだ筈の男が、冷汗を流しながら歯を鳴らす。拳から伝わる感触、それが余りにも硬い。腹筋と言うには余りにも密度が高く、人間としては度が過ぎていた。凝縮された筋繊維の塊、審判者の言う『丈夫な肉体』という奴が遺憾なく発揮されている。

 男が京を見上げる。

 京が男を見下ろす。

 

 その表情は実に対照的であった。

 

「あ、アァああぁあアアアッ!」

 

 殴る、殴る、殴る、ただ殴る。

 全力で体を稼働させ、あらゆる角度でただ殴り付ける。その度に男の拳が軋み、鈍い痛みが走る。京の体が衝撃で揺れるが、その皮膚が赤く変色する事も、筋肉が緩む事も無かった。

 

 京の肉体は見掛け倒しなどではない、一目見ただけで分かる肉体の【厚み】、それがそのまま京の体に詰まっている。何度も拳をぶつけた男は、しかし徐々にその回転数を落とした。殴っても殴っても、殴っても殴っても、微動だにしないその肉体。

 

 男の拳が徐々に力を失い、遂には数歩退いてしまう。

 彼の攻勢は終わった、徒労と言う結果に。

 

「――もう良いのか?」

 

 京は男に問いかける、観客の絶叫の中でもソレは良く聞こえた。男の拳は京の肉体に傷一つ付けられず、逆に拳の方が赤らむ程であった。強度が違う、骨格が違う、なにより肉体の質が違う。

 

 男は歯を鳴らしながら京を見上げる。

 京は見せつける様に拳を掲げると、男の頬を小さく叩いた。

 

「良いか、良く聞け、今からお前をぶん殴る――ただ、ぶん殴る」

 

 それだけ。

 京はそう告げると、いくぞ、と声を掛けた。男は頭を抱える様に腕を突き出し、防御の構えを見せる。

 京はその動作を確認した後、無造作に、全力で、男の防御(ガード)の上からぶん殴った。

 

 人が宙を舞う。

 

 ミシリ、という筋繊維の軋む音。それから爆音が鳴り響き、殴られた男の体が地面に叩きつけられ、そこから凄まじい高さまでバウンドした。

 人外怪力、最早人の技とは思えない。

 

 京の一撃を防いだ男の両手は無残にも折れ曲がり、顔面に至っては陥没している。そのまま叩きつけられるようにぶん殴られた男は地面に叩きつけられ、その時点で絶命していた。高く宙を舞い、光に照らされた男の亡骸はグシャリと、地面に落下する。

 

 そこから湧き上がる観客の絶叫、興奮、熱という熱が伝搬し京の元へと雪崩れ込む。人の死を見て熱狂する、歓喜する、京はこの場所が嫌いだった。まるで人間の感情が悪魔そのものだと見せつけられている様で。

 

「勝者ァアア我らが王者ッ、キョウゥォオオオッ!」

 

 求められるがままに、拳を突き上げる。

 物言わぬ屍となった男の前で、堂々と勝利を宣言した。歓声が一際大きくなり、誰もがその絶対的な力の前に興奮を露にする。魔法を使わず、人間を吹き飛ばす怪力。

 生まれる時代が違えば、誰もがそう口にした。

 そんな事は、本人にとってどうでも良い事ではあるが。

 

 

 

「………ぁ」

 

 そんな彼を見る観客の一人、貴族御用達の特別観戦室。映像水晶を削り取った――京の前世で言うテレビに限りなく近い装置、それを眺める女性。

 

 仕立ての良い煌びやかなドレスに、艶々の髪の金髪。傷一つない手は特権階級の証、現在(アリーナ)で拳を突き上げる男とは、縁も所縁も無い貴族様。そんな彼女が、彼の雄姿に頬を赤らめ、目を惚けさせていた。

 

 元々父に連れてこられた場所だった、嫌々足を運んでみれば何と野蛮なと嫌悪した。しかし、初めて見た試合に彼女は魅入られた。あの男が入場した瞬間、胸が高鳴った。凄まじい肉体、整った顔立ち、粗暴だがどこか物腰の柔らかさを感じる所作。

 

 まるで躾けられた獣――縛られた暴力。

 欲しいと思った、心から思った。

 

 しかし、もし彼を傍に置くとして、果たして自分と釣り合うだろうかと考える。それは彼女に残った最後の理性、貴族としての矜持だったのかもしれない。

 

 顔は――貴族の社交界の中でも目を惹く美麗さ、正に美男と言って相違ない。更に強く、名誉もあり、見栄も良い。その奴隷階級という出自にさえ目を瞑れば欠点など無かった。

 そこまで考えて女は最後の鎖を断ち切った。元より、一度欲しいと思ってしまえば終わりだ、事あるごとに欲求が首を擡げる。

 

 過去の経歴など、どうとでも弄り回せる。階級は金で買えるのだ、幸いな事に女の家柄は国でも上位に食い込む大きさだった。その気になれば役所だろうが買収し、偽の戸籍を発行させる事さえ出来る。

 

 ――欲しい、誰かに盗られてしまう前に。

 

 人はソレを、一目惚れと呼ぶ。

 しかし彼女はその感情が何であるか理解していなかった、単純に、今まで手に入らなかったものが無かったから。ただ欲しいと思った、彼女から言わせれば、ただそれだけだった。

 

「お父様――お願いがあります」

 

 





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 オールド・ワンの方の執筆と合わせて中々時間が厳しく……申し訳ない(´・ω・`)

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