異世界の地下闘技場で闘士をやっていました   作:トクサン

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消える光

 大襲撃。

 

 後にそう呼ばれるアルデマ家最大の襲撃に遭遇した日、それは京が毒を受けた日から二日後。丁度セシリーの護衛へと復帰し、何事も無く過ぎ去った深夜に起きた。

 

 最初は巡回していた武官の叫び声だったと思う。京が声に反応しベッドから飛び起きた時には、既に賊は屋敷の中に侵入していた。武官制服を素早く着込み、僅かに凹みのある手甲を身に着けて部屋を飛び出す。

 廊下に出た京は騒然とする屋敷内を見渡した、周囲の部屋からも何だ何だと剣を携えた武官が飛び出し、各々の配置へと駆ける。京は自分の目の前を駆け抜けようとする武官を捕まえ、「何があった!?」と叫んだ。

 

「襲撃だ、賊が攻め込んで来たんだよッ!」

 

 まさか、という気持ちが強かった。

 前日の襲撃に続いて、またもや賊が来たとは。武官は京に手早く事情を説明すると、直ぐに駆け出した。京も、こうしてはいられないと自分の仕事を果たすべくセシリーの居る場所へと駆ける。賊に狙いがあるとすれば、まずはセシリーだと考えたのだ。ヴィルヴァ氏は未だ屋敷に帰還していない。

 

「セシリーさん、失礼しますッ!」

 

 京の部屋からセシリーの部屋までは三十秒と掛からない。手甲を身に着けた手で扉を開け放つと、整理整頓された煌びやかな内装が目に飛び込んだ。女性らしい甘い香りが部屋の中に充満しているが、ソレを気にしている余裕は無い。

 

「セシリーさん――?」

 

 京はセシリーが横になっているだろうベッドに歩み寄る、しかしそこに本来居る人物の姿は無く、シーツには乱れ一つ無かった。手甲を外して手を当ててみても、暖かさは感じない。つまり彼女は今夜、自室に戻っていないという事になる。

 

 一体何処へ――まさか、既に賊の手に?

 

 京は手甲を嵌め直すと、素早くセシリーの部屋を飛び出した。すると丁度、武官と賊が斬り合っている場面に遭遇する。

 

 賊が剣を奮い、対峙する武官が防ぐ。しかし賊は短剣を逆の手に隠し持っており、武官は二撃目に突き出された短剣を防ぐ事が出来ず、呆気なく絶命した。首に突き刺さった短剣をグルリと捻じ込み、そのまま抜き出す。赤い線が宙に描かれ、武官はその場に崩れ落ちた。

 崩れ落ちた武官を蹴飛ばし、賊は新しく姿を現した京に剣を向ける。顔を黒い布で覆った、どこまでも淡々とした男だった、京は手甲を打ち鳴らすと無言で構える。

 

 しかし賊が斬り掛かって来る様子は無く、何か探る様な視線で京を見ていた。その視線の意図が分からず、京は顔を顰める。出方を伺っていると言うより何かを確かめている様な視線だった。

 

「お前――エンヴィ・キョウ=ライバットか?」

「何?」

 

 突然、賊の口から自身の名前が飛び出る。京の反応が肯定であると受け取った賊は、剣を構えたまま静かに告げた。

 

依頼主(クライアント)からの伝言だ、『貴族地、噴水広場にて待つ』、亜人の少女、京の恋人より」

「!」

 

 京は男の言葉を聞き、耳を疑った。亜人の少女という部分に覚えがあったのだ、更に自分の恋人を自称するという事は十中八九――

 

「リース……?」

 

 言葉が口から零れる。

 しかし男は否定も肯定もしなかった、京は何故ここでリースの名が出て来るのか分からなかった。目の前の賊は今、依頼主と言った。つまりそれは、リースがこの賊を送り込んだという事なのか? ――だとしたら何故。

 

「――お前、セシリー様を攫ったか?」

「? セシリー……」

 

 京はリースの事を考えながらも、セシリーの行方を男に問うた。突然の事に京の頭は混乱したが、流石に自分の雇い主を放って置くことは出来ない。京の問いかけに男は眉間に皴を寄せ、それから「あぁ、此処の長女か」と納得がいったように頷いた。

 

「何故そんな事を聞いたのかは知らないが、長女をどうにかしたと言う報告は聞いていない、アンタがどう考えているかは知らないが、俺達は何もしてねぇよ」

「………」

 

 京は男の言葉を聞きながら自分の中で噛み砕く。信じるべきか否か、しかしこの連中を雇った人物がリースならば、その目的は彼女では無い筈だ。彼らの独断という可能性も考えられるが、その可能性は低いと京は考えていた。

 

 目の前の男から感じる、機械的な価値観。リスクと金を冷静に計る人間の目だ、京はそう言った人間を地下闘技場で何度か目にした事があった。目の前の男はその類の人間に良く似ている。

 

「――なら」

 

 京が再び口を開こうとした時、賊が不意に屈んだ。その頭上を斬撃が通過し、そのまま大きく距離を取る賊。京に背を向け、その正面に佇んでいたのは――シーエスであった。

 

「京、無事かっ!?」

「シーエス!」

 

 京は友の無事を純粋に喜び、安堵する。彼は武官制服に愛用の剣を持ち、油断なく賊の前に立っていた。

 

「セシリー様はどうした!? お前、守護者だろう、今すぐセシリー様の元に――」

「部屋に居なかったんだ、見当たらない!」

「何!?」

 

 シーエスは驚きの声を上げ、京を見る。その隙を突く様に賊が駆け、シーエスに肉薄した。直前でシーエスは賊の動きに反応し、振るわれた一撃を正面から捌く、二対の剣が火花を散らした。

 

「依頼主から対象との戦闘は禁止されているが……お前は別だ」

「――ッ、京、行けェ! セシリー様を探すんだ!」

「シーエス!」

 

 賊の剣は速く、鋭く、人を殺す為だけに特化された剣技だった。恐れを知らない踏み込み、相打ちを恐れない勇猛果敢な攻め、それが最も相手の嫌う剣だと理解している動き。シーエスは賊の猛攻を防ぎながら叫び、京は逡巡した。

 このままシーエスを盾に去るか否か。

 

「俺の剣を信用しろッ、お前が倒した、俺の剣をッ!」

 

 シーエスが叫び、京の背を押す。その間にもシーエスと賊の剣は幾度と無く交わり、薄暗い廊下が一瞬の昼を取り戻していた。

 猛攻を防ぐだけだったシーエスの瞳に、闘志が灯る。京との戦闘で学んだ一つ、それは己の死と向き合う覚悟。防ぐだけの剣筋が変わる、受けた傍から刃を跳ね上げ相手の剣をズラす、そのまま一瞬の空白を突き接近して一閃。

 相手の懐に自ら飛び込み、危険に身を晒す戦い方。賊はシーエスの一閃を短剣で防ぎ、眉間に皴を寄せた。

 

「行けェッ!」

「―――」

 

 シーエスの声に、京は背を向け駆け出す。此処で悩む時間が惜しかった、その決断を後押ししたシーエスは小さくなっていく友の背を見つめながら剣をもう一度握り直す。シーエスは目の前の男の力量を理解していた、命を懸けた戦闘に於いては一歩も二歩も遅れを取っている。

 相手は手練れだ、命を奪うという事に何の躊躇いも無い。

 

「死ぬと分かって挑むのか、武官(坊ちゃん)

「ハッ――生憎と、アンタより強い男を知っているんでね」

 

 シーエスはそう言いながら構えを解き、剣を降ろした。その動作に男は顔を顰め、「諦めたか?」と失望を露にする。それに対して薄笑いを浮かべ、シーエスは口を開いた。

 

「何か勘違いしている様だが、俺は何も一人で戦う何て言ってないぜ? 確かにアンタは強い、命のやり取りなんて経験の無い武官からすればな――だが、三人なら負ける気はしねぇッ!」

「何――」

 

 シーエスが叫んだ瞬間、彼の背後から二つの影が顔を覗かせた。それは嘗て京に喧嘩を売った三人組の二人、デルフォ、エンツェである。彼らは手に剣を持ちながら、飄々とした態度で賊の前に姿を晒す。

 

「探したぞシーエス、全く、何一人で戦おうとしているんだ?」

「向こうで五人は倒したぞ、凄いだろう、これはシーエスの立場が危ういのでは?」

「うるせぇ、俺も今丁度戦ってた所なんだよ!」

 

 軽口を叩きながら横一列に並ぶ武官を前に、賊は剣を構える。

 一人から三人に増えた、確かに人数的には劣勢であると言える。だが事前情報によれば武官の数は五十人足らず、総勢百名を超える集団で押し入った賊に対し数的有利は此方にあった、であれば一人に三人掛かりになっている時点で他の団員が金品の奪取を行っているだろう。

 

 ――なら、適当に相手をして、隙を見て逃走する。

 

 賊はそう判断を下した。

 それを知ってか知らずか、三人は順に剣を構えて小さく息を吐き出す。確かにシーエスという個人の武はそれ程ではない、武官の中で言えば上の下、所詮貴族の剣技に他ならない。しかし、だからこそシーエスは貴族の強みを磨き続けていた。

 

「デルフォ、エンツェ、奴にジェット・ストローム・アタックを仕掛けるぞ!」

「応ッ!」

「任せろ!」

 

 瞬間、シーエスを先頭にデルフォ、エンツェが背後に並び、それぞれ上段・中段・下段の構えを見せる。その光景を見た賊は思わず一歩後退り、シーエスは獰猛な笑みを隠さずに告げた。

 

「見せてやろう――アルデマ家の白い三連星をなッ……!」

 

 瞬間、急激に加速するシーエス一味。その加速力は凄まじく、気付いた時には既に賊へと肉薄していた。これはとある特殊な歩法――『すり足』と呼ばれる移動法であった、傍から見れば殆ど動いていない様に見えるが、その実凄まじい速度で足首を動かしている。地面を滑る様に接近したシーエスは、上段から一気に剣を振り下ろした。

 

 単純な振り下ろしであれば、カウンターで胴に一閃を叩き込める程度の隙がある、しかし賊は咄嗟にシーエスの一撃を剣で捌いた。なぜならば、続く第二撃――デルフォの横薙ぎが迫っていたからだ。

 

 三人が一列に並び、高速のすり足で地面を滑りながら相手に肉薄。その状態で上段・中段・下段の攻撃を繰り出す必殺の陣形。賊はシーエスの攻撃を剣で捌き、デルフォの薙ぎを短剣で受け止めた。

 最後にエンツェの剣が足を狙い、辛うじて跳んで躱す。しかし反応が遅れた結果、剣先が僅かに皮膚を裂き血が弾けた。

 

 擦れ違った三人と賊はそのまま距離を取り、再び対峙する。シーエスを先頭にデルフォとエンツェが一列に並ぶ、今度はシーエスを始めに中段・下段・上段の順。一度攻撃する度に攻撃する箇所が入れ替わるのだ、相手からすれば面倒な事この上ない。

 苦悶の表情を見せる賊に、シーエスはこれ以上ない程の笑顔を見せて言った。

 

見っとも無い姿(マンマァアァア!)を晒させてやるよ、坊ちゃん?」

 

 

 

 ☆

 

 

 

「………何故、此処に居るの?」

 

 リースは目の前の人物に問いかけた。

 京を待っていたリース、貴族地の中央にある噴水広場。その街灯に照らされながら噴水に腰かけていた彼女は目の前に現れた人物に困惑を露にする。

 

 深夜の広場、人影などある筈もなく、基本的に深夜の外出が推奨されていない貴族地は静かなモノだ。偶然なんてありえない、だとすれば彼女は自らの意思でこの場に――リースに逢いに来た事になる。

 京ならば理解出来た、しかし何故彼女が。

 

 

 

「セシリー」

 

 

 

 リースが名を呼ぶ、彼女――セシリーは暗い表情でリースを見つめると、ポケットから一枚の紙きれを取り出した。いつかリースが渡した伝言紙(メッセージカード)、セシリーはそれを握り締めると、「これで、魔力線を辿ったのよ」と口にした。

 

「……魔法使い?」

「えぇ、そうよ、その通り」

 

 セシリーはあっさりと頷いた、魔法使いは国内に十人といない稀有な才能だ。リースは純粋に驚き、しかし訝し気にセシリーを見る、何か腑に落ちないといった表情。セシリーは儚げに笑うと、リースの目の前で伝言紙を魔法で燃やした。

 炎に照らされ、黒く変色した伝言紙が虚空に散る。

 そして灰になったソレを握り締めると、ハッキリとした口調で告げた。

 

「先程、私の屋敷が賊の襲撃を受けましたの」

「!――………そう、そういう事」

 

 リースは突然の行動に驚きながらも、しかしセシリーの一言で彼女がこの場に来た意味を理解した。

 街中で偶然出会った貴族令嬢、京と待ち合わせた場所に突然現れた点、そして彼女の名前はセシリー、京を身請けした貴族の家名はアルデマ、その当主であるヴィルヴァとやらにばかり目を向けていたが――成程、どうして中々、運命という奴は悪戯好きな様だ。

 全ての点と点が繋がった、最初から探す意味など無かったのだ、つまりは。

 

「京を身請けしたアルデマ家の長女、その名前は……」

 

 

 

「ヴァン・シヴィルハッサ・ジ・アルデマ=セシリー」

 

 

 

 リースの言葉を遮る様に、セシリーは自身の名を告げた。

 その次の瞬間、リースの瞳孔が開く。その艶やかな頬に龍の鱗が僅かに生え、彼女の感情が激しく揺れ動いている事を現わしていた。

 罅割れた様に蠢く彼女の頬を目にしながら、セシリーは苦笑を零す。

 

「そう、貴女亜人でしたのね……地下闘技場の闘士ならば強い筈だと思っていましたが、その様な見た目でも亜人ならば納得ですわ」

「それで、此処に来たって事は、何、もしかして自殺しに来た?」

「まさか」

 

 セシリーはリースの言葉を鼻で笑い、その場で足を交差させると社交界仕込みの優雅な一礼を見せた。ドレスのスカートを摘まんで僅かに足元を見せる、その姿にリースは眉を顰めた。

 そして顔を上げた彼女は暗い瞳をリースに向ける、どこか見覚えのある瞳だった。

 

「――私、貴女に決闘を申し込みますわ」

 

 どこまでも自信に満ち溢れた口調。

 セシリーは薄っすらとした笑いを顔に張り付け、リースは不快そうに目を細める。

 

「……威張るしか能のない、貴族が、私に?」

「えぇ、その威張るしか能のない貴族が、貴女に」

 

 二人の視線が交差する。

 その視線の温度は冷たく、相手を敵としか認識していない。相手は自分の最愛を奪い得る恋敵、互いが互いに理解していた。二人だけで和解など不可能、彼女達は何処まで行っても平行線。それは己が最優先事項に置いている人物が重なっているが故に、それは絶対に譲れないものであった。

 

「高々魔法が少し使える程度で、私に勝てると思うの?」

「あら、人間の英知を随分と侮っていらっしゃる様で……少なくとも、貴女程度(愛の障害)、軽く倒して差し上げますわ」

「……言ってくれる――ッ!」

 

 ボッ! とリースの体から業火が吹き上がる、そして頬から体へと鱗が生え揃い、額に二本角が綺麗に並んだ。リースは激怒していた、自分の京を奪っておいてこの言い草、最早我慢ならないと。

 

 その姿を見て、セシリーは僅かに汗を流す。それは彼女から吹き上がった業火が予想以上の熱を持っていたから、まるで彼女の胸の内を現わしている様だ。

 その業火、鱗、生え揃った二本角、余りにも有名な亜人の種族。

 しかし、此処で退くという選択肢は無い、リースにも、セシリーにも。

 

「お生憎様、人間には人間の意地と言うものがありましてよ? 最愛(愛しい人)を守る為ならば、男女関係無く、全力で障害に立ち向かいましょう! そこには貴族も平民もありません、(わたくし)、ヴァン・シヴィルハッサ・セシリーという個人の戦いがあるだけッ! なら尚更、負ける訳にはいかないッ!」

 

 セシリーが目を見開き、叫ぶ。

 同時にセシリーはドレスの胸元を掴み、勢い良く引き裂いた。爆音と雷鳴が轟き、セシリーのドレスが散り散りに弾け飛ぶ。魔法による繊維崩壊、ドレスの下から現れたのは白い魔法礼装。

 体に張り付く様なデザインで、その表層は非常に厚い。アルデマ家が大金を叩いて開発した魔法使いの為の戦闘服、その効果は大気中に分散した魔力を効率的に収集できるというモノ。

 

「そんな玩具で――身の程を分からせてあげる」

 

 リースはセシリーの魔法礼装を一笑し、その両手に業火を纏わせる。手に分厚い鱗が生え、その上からどんどん重なっていく。そして膨大な熱量を両手に携えたリースは、そのまま両手を打ち鳴らし、爆音を鳴り響かせた。

 

「怪物は怪物同士、人間の恋愛に横やりを入れないで下さる、ねぇ? ――龍種(ドラゴニア)

「―――殺す」

 

 貴族地中央、噴水広場。

 そこで人間と亜人の、己の命より大切な物を賭けた戦いが始まった。

 

 

 


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