異世界の地下闘技場で闘士をやっていました   作:トクサン

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出会ってしまった二人

 

 休日――それは誰もが欲する週末、祝日の総称。有給休暇でも何休暇でも良いが、とにかく休日である。休む日、読んで字のごとく与えられた英気を養うべき日。

 

 京もまた、武官生活初の休日を与えられていた。

 因みにこの世界での暦、月日という考えは前世と変わらず、呼称が少々変わる程度である。京の休日は前世で言う水曜日と日曜日に該当する、完全週休二日制である。本来は雇い主――この場合はセシリー――の休日に合わせて決められるのだが、セシリーが確実に屋敷に居る日がその二日らしいのだ。まぁ、駐在の武官が守ってくれるので大丈夫という事なのだろう。

 それ以外は朝から晩まで護衛という名の話し相手だが中々にホワイトなのではないだろうか。

 

 京はいつもより少しだけ遅い時間に起床し、休日の有難さというものを噛み締めていた。地下闘技場に居た頃は戦う、休み、休み、戦う、休み、休み、戦う、といった三日に一度仕事がある様なサイクルだったので、武官の仕事スケジュールは京にとって新鮮だった。何より普通の職業という点が素晴らしい、これこそ京の求めていた日常、普通という奴である。

 

 さて、今日は休日、何をしても良いのである。

 日がな一日太陽光を浴びるも、街に繰り出すも、読書に勤しむも、何らかの施設で暇を潰すも、誰かと会話に興じるも、部屋で自堕落に過ごすのも自由。フリーダム、何と言う素晴らしい響きか、自由万歳、人類は休日を得る為に生まれて来た。

 

「日向ぼっこはセシリーさんと散々したし、そうだな――」

 

 京はベッドに座ったまま腕を組み、考える。

 先程食堂で少し遅めの朝食を済ませた所であり、後は自由に過ごせる時間だ。地下闘技場では何だかんだで常にリースが傍に居たので、本格的な独りの時間という奴を味わった事が余りない。リースと出会う前だって同室のルームメイトが五人程おり、彼らと雑談やゲームに勤しんだモノだ――その彼らは全て試合中に命を落としてしまったが。

 

 誰かと会話すると言っても京はこの屋敷内に友人は居ない、また外出しようにも京は街に詳しくなかったし、何より金が無かった。オーナーから貰ったカードは手元にあるが、アレはこの仕事をクビになったか、或は退職した時に使おうと決めていた。最初の買い物は自分の金、初任給で――これだけは譲れない。

 

 さて、そうなると本格的に手持ち無沙汰になる訳だが。

 

 そう考えていた京の耳に、コンコン、とノックの音が聞こえた。

 この部屋に訪れる人間は多くない、京はセシリーさんだろうかと首を傾げた。彼女はこの屋敷に来てから何度も自室に突撃を掛けて来ている。朝、彼女の部屋に向かおうとしていたら、あちらから来たと言う事が何度もある。言っておくが京が時間にルーズという訳ではない、彼女が異常に早いのだ、一秒でも早く京に逢いたいと日に日に早起きになっている、このままでは日も昇らぬ内に勤務する羽目になるのではと最近不安に思っていた。

 

「はい、今出ます」

 

 京は扉に向かって声を上げながら、掛けてあった守護者の上着を着込む。今日は休日なので私服でも問題ないのだが、地下闘技場から未だに京の私物が送られていない為、今部屋には守護者の制服と支給された部屋着しかない状態だった。

 オーナーは多忙だろうし、仕方ないと京は勝手に納得している。

 

何方様(どちらさま)でしょう――か」

 

 京は扉を開けながら途中で驚愕の表情を浮かべた、京の部屋の前に立っていたのは予想した人物とは異なり、寧ろ斜め上をぶち抜く人であった故に。

 

「……おはよう」

 

 シーエス。

 武官制服をキッチリと着込んでいた時とは異なり、カジュアルな私服で京の前に立っている男。その表情はどこか気まずそうで、若干目が泳いでいた。その短く切られた金髪、少しつり上がった目元、間違いなく彼だ、そっくりさんではない、京がぶっ飛ばした本人である。

 京は咄嗟に敬語が出そうになるが、何とか呑み込んで砕けた口調で話しかけた。

 

「シーエス、だよな、どうしたんだ、何か用か?」

「あ~……その、何だ、少し付き合ってくれないか」

 

 今日、時間あるか?

 そう問われて、京は困惑しながらも頷く。するとシーエスは少しだけ笑って、「私――いや、俺が奢るから、カフェに行こう」と言った。どうやら貴族地に良い店があるらしい、京も知人とコーヒータイムというのも悪くないと思った。そこで友人と言えないのが何とも歯痒いが、彼との間柄を考えれば知人でも十分。

 

 こうして京の初休日は幕を開けた。

 

 

 

 ☆

 

 

「さぁ京、今日も一緒に日向ぼっこをするわよ、何なら私の部屋のベッドの上で日向ぼっこでも良いわ、折角の休日ですもの、有意義に使わないと勿体ないわ、別に他意がある訳では無いのよ? 本当に、まぁ私の魅力に耐え切れなくなって一線を越えてしまっても何らおかしくは――」

 

 セシリーはいつもより遅い時間に京の部屋へ突撃を掛けた。何故いつもより遅くなったかと言うと、「折角の休日だし、朝は少し寝坊したいわよね」と言う彼女なりの心遣いである。尚、彼女の中に休日を共に過ごさないという選択肢は無い。

 私or私、どちらを選んでも私である、休日なんて存在しない。

 彼女にとっては休日でも、彼にとっては平日である。

 

 しかし、彼女が意気揚々と京の部屋に合鍵を使って突撃したものの、中は蛻の殻であった。いつもならば突撃して来た彼女に驚きながらも、しかし「仕方ない」といった風に苦笑する京であるが、その巨躯が見当たらない。

 それは初めての事であった。

 

「――あら?」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 京とシーエスは貴族地の中にあるカフェ、屋敷から徒歩十分程の距離だろうか、外見から既に高級感あふれる店舗へと足を運んでいた。恐らく京一人ならば絶対に入店しない店である、煉瓦造りで頭上にはガラス細工の魔法灯が光っている。シャンデリアの様な灯りに綺麗に磨かれたテーブルと椅子、それらが整然と並んでいた。

 うわぁと、京は内心で悲鳴を上げた。

 如何にもメニューが高そうな店である、いや、実際高いのだろう。しかし店内にはドレスコートをした貴族風の男も居れば、シーエスの様にカジュアルな格好で来る貴族も居る。敷居はそれ程高く無いのだろうか、しかしソレはあくまで貴族基準である。

 

「どうした?」

 

 幾分か砕けた雰囲気のシーエスが、入り口で足を止めた京に問いかける。店内の高そうな調度品に目を奪われていた京は、何でも無いと口にして一歩踏み出した。幸いだったのは守護者の制服を着込んで来た事か、もし普段着などで来ていたら速攻追い出されていたに違いない、京はそう思った。

 

「これはこれは、シーエス様、ご来店ありがとうございます、お連れの方は……その制服、アルデマ家の守護――失礼致しました、奥の席をご用意しましょう」

「あぁ、有難う、本日のお勧めを二つと、レティアーノを二つ、頼んだ」

「畏まりました」

 

 手慣れた様子で注文を行ったシーエスは、そのまま燕尾服に似たデザインを着込んだ初老の男性に付いて行く。京も慌ててその背に続き、案内されたのは店内の奥、完全な個室であった。京とシーエスを案内した男性は一礼した後退出し、京とシーエスは面と向かって座る。

 その高級感あふれる椅子に座るのは非常に躊躇われたが、内心のソレを悟られない様に、京は至って何でもない様に腰かけた。

 

「随分と手慣れている、此処には何度も?」

「そうだな、週に一度は来ている、顔を覚えられちまったらしい」

「そうか――しかし、何と言うか意外だ」

 

 京は驚きを隠そうともせず、素直にそう口にした。「お前を誘った事か?」と首を傾げるシーエスに、京は否定を露にする。

 

「いや、それもあるけれど、一番はその口調だ――もっと丁寧な男かと思っていたんだ」

(武官)(本音)は使い分ける様にしているんだよ、気に障ったなら悪いな、セシリー様の前で見っともない真似(マンマァァアアアア!)は出来ねぇし」

「気に障る何てとんでもない、フランクで接しやすい、御堅いのはどうも、苦手だ」

 

 シーエスと京は視線を交差させ、どちらからという事も無く自然に笑った。どうにも波長が合うらしい、既に分かっていた事だが存外悪い男ではなさそうだ。テーブルに頬杖を着いたシーエスは、少しだけ眉を下げて言った。

 

「決闘の件では、悪かったな、あれは完全に私怨だった、完ッ璧にこっちが悪りぃ」

「いや、こっちも相当強く殴ったし、お互い様だ、あれから傷はどうだ?」

 

 京がそう言えば、シーエスはパンパンと腹を叩きながら「綺麗に治ったさ」と笑う。彼の担当医は腕が良いらしい、魔法を使う時点で腕が関係あるのかどうかは分からないが。ソレは良かったと、京は心から安堵した。

 

「しかし、お前の拳は効いたぜ、一発でやられちまった、闘技場の連中なんて取るに足らない存在だと思っていたが、これじゃあ丸っきり逆だ――地下闘技場の連中は京みたいな奴ばかりなのかよ?」

 

 だとしたら、武官は御終いだ。そう言って肩を竦めたシーエスに、「まさか」と京は首を振った。もし地下闘技場の闘士が京の様な審判者スペックの肉体を持っていたら、この場に京は立っていないだろう、別の戦う才覚を持つ闘士が立っていた筈だ。

 

「地下闘技場でも自分は王者だった、自画自賛みたいで嫌だけれど、それが事実だ」

「それを聞いて安心したぜ、少なくとも武官を辞めずに済む、お前みたいな奴がゴロゴロ居るなんて考えたくもねぇ、二度とあんな怪力で殴られるのは御免だ」

 

 自分とて理由もなく拳を振るう事は無い、安心して欲しいと京が言うと、「それは最初から分かってるよ」とシーエスは笑った。流石に誰彼構わずぶん殴る様な非道者ではないと、理解して頂いている様で何よりだ。

 シーエスは穏やかな目で京を捉えると、少しだけ恥ずかしそうにはにかんで言う。

 

「色々話してみたいと思ったんだ、お前と戦って勝手に私怨ぶつけといて何言ってんだって話だが、俺はお前と言う男を知りたい、まぁ邂逅こそ最悪だったが、その、なんだ……存外嫌いじゃないんだ、お前みたいな奴」

「それは――光栄だ、嬉しいよシーエス、君の事も是非教えて欲しい」

「おう……つっても、俺の話なんぞ何処にでも居る平々凡々な貴族次男坊の話だぜ?」

「それでも良い、いや、それが良い、自分は貴族の世界を良く知らない」

 

 シーエスにとっては平民――それも奴隷階級だった者の経歴など初めて聞く話だ、それは京とて同じで互いに互いの生い立ちが気になる。上か下か、そんな価値観を取っ払った先にあるのは対等と言う名の友人関係。

 シーエスと京の語り合いは確かな熱を持ち、仄かな友情の芽生えを感じさせた。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

「京は何処に行ったのかしら……」

 

 セシリーは現在単独で屋敷を抜け出し、京を探しに街へと繰り出していた。恰好は屋敷で来ていたドレス姿のまま、その上に外套を羽織っている。ドレスは兎も角、その外套も見る者が見れば貴族だと一発で分かる格好だった、本来ならば護衛として武官の一人や二人連れて行くのが当たり前なのだが、今の彼女に常識は当てはまらない。

 更には魔法使いという特異な才能から、そこらの武官よりも彼女の方が強いというのが問題だ。京の身請けに頷いたヴィルヴァの決定には、そんな背景があった。

 

 さて、貴族地を抜けて一般の国民が暮らす地区にやって来たセシリー。屋敷の使用人に声を掛け、門警備の武官が外に出掛けたのを見送ったと言うところまでは確認している。セシリーは京の性格をここ数日で把握していた、彼は貴族地でゆったりできる様な性格では無いと。

 そうなると自然、この一般区に居ると言う事になるのだが、流石に独りで区内全域を探し回る何て不可能だ。出て来たのは良いが、少々準備が足りなかったかもしれない。しかし、セシリーがその気になれば魔法で人探しをする事も可能、実際セシリーはそれで京を探すつもりであった。

 

 流石に国全土を対象には無理だが、区内の――更に言うと自分の守護者を見つける事ならば簡単だ、何故ならば彼女は京に対してマークを施していた。それは魔法陣に近いもので、対象を追跡する印の様なもの。

 

 何らかの事情で京が行方不明、自分の元から離れた際に必要になるだろうと、セシリーが半ば強引に京の体内に撃ち込んだものだった。コレはセシリーと同じ魔法使いの才を持つか、或は亜人でなければ気付けない。亜人本来の魔法よりも大分精度は落ちる為、対象の大凡の方角と距離しか分からないが、彼女にとってはそれだけで十分だった。

 さて、一般区まで来れば多少は反応を返してくれるだろうと、早速魔法を使おうとセシリーが意気込んだところで、ふとその光景が目に映った。

 

「ちょっと……貴女、大丈夫ですの?」

 

 それは今にも死にそうな青白い顔をした女性――否、少女と表現した方が良いか。それがフラフラと覚束ない足取りで表道を歩き、時折痛みを堪える様に顔を顰める光景。

 その肌は元々白いなのだろうが、今は白を通り越して青い、目元には濃い隈が出来ていて何日も碌に眠っていないのが分かる。美しい容貌の少女だ、美しいが故に青白く、疲労の見える彼女の姿はどこか不気味ですらあった。

 

 流石に京を探している途中とは言え、そんな明らかに体調不良な少女を放っておく事は出来ず、思わず声を掛けた。セシリーも中々どうして京にのめり込んではいるが、持つ者の義務(ノブレス・オブリージュ)を忘れた事など一度もない。

 それは彼女の矜持であり、同時に権利を持つ為の義務だと理解していた。

 

「……大丈夫、放っておいて」

「そんな明らかな不調で、放っておけなんて言われても無理ですわ」

 

 最初、少女はセシリーを不審な目で見つめ、それから顔を逸らしながら言葉を吐き捨てた。

 しかし何でもないと突っぱねる少女の手を、セシリーは無断で取る。相手は最初面倒そうな、或は邪魔臭そうな表情でセシリーを睨めつけるが、彼女に悪意が微塵も存在しない事に気付き舌打ちを零すだけに留める。

 セシリーと言えば彼女の手が異様に冷たい事に気付き、少しだけ驚いた。これは何か病にでも罹っているのかと。

 

「その辺で休めば問題無い、だから放して」

「――なら、私が何か御馳走するわ、そうね……こっちに来て」

 

 セシリーは少しばかり考え込み、それから何か体に良いモノを食べさせようと思った。目の前で困っている人がいれば助ける、貴族として生まれたからという理由もあるが、何よりセシリーはこれを人として当然の事だと思っていた。食べられないのならば休める場所を与えるまでだ。

 

 目の前の彼女は薬を突き出しても受け取らないだろう、ならばその場で消費出来るものが望ましい。しかし一般区の街にある店など知る筈もなく、ならば貴族地に戻れば良いと少女の手を引いて歩き出す。

 少女は最初こそ抵抗しようとその場から動かなかったが、自分を見る女性の瞳が余りにも力強く、この手の人間は適当に付き合った方が早く終わると考え小さく溜息を吐いて歩き出す。男なら問答無用で消し炭にしてやったと言うのに、なんて考えながら。

 

「貴女、名前は?」

「……それ、必要?」

「良いから、答えなさいな」

 

 セシリーが半ば強引に迫ると、少女は非常に鬱陶しそうに眉を顰めながら口を開いた。

 

 

 

「リース……リース=ライバット」

 

 

 

 

 





「お兄ちゃん、風邪ひいちゃったの!? 大変!」
「私が看病してあげるね! 全部、私に任せて!」
「ずっとずっと、私が面倒見てあげるから!」

 って状況を夢見て一週間くらい前から全裸で家を走り回っているのですが、一向に風邪をひく様子がありません、かなしい。
 こっちでは未だに雪が降ります、もう春だと言うのに、かなしい。
 あと私に妹は居ません、かなしい。

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