異世界の地下闘技場で闘士をやっていました   作:トクサン

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魔法使い

 

「圧勝――まぁ、当然の結果ね」

 

 何故か京よりも誇らしげに胸を張り、ふんすと威張るセシリー。その表情は満足そうに緩んでいて、同時に豊満な双丘が自己主張を始める。京は苦笑いを浮かべながら先程医務室へと運んだシーエスの事を思い出す、死なないだろうか、いや加減したから大丈夫、死なない筈、死なないと良いな――死んだら審判者(神様)が何とかしてくれるよ多分。

 

 しかし剣を持った相手と戦うのは初めてだったが、存外何とかなった。

 どれもコレも、審判者の用意してくれた肉体が高スペックであるが故。京は心の中で審判者に感謝の念を抱いた、お蔭で今日も生き延びられましたと。

 だからシーエスの事もよろしくお願いします。

 

 訓練場には既に人の姿は無く、セシリーと京だけが佇んでいる。何人かの見物人がシーエスを運び、後は各々解散という流れだ。途中何人かが京に話しかけるタイミングを伺っていたが、例外なくセシリーが訓練場より追い払っている。

 

「そう言えば京、貴方剣は扱えませんの?」

 

 訓練場の中央、その砂利の上に転がった剣を拾い上げたセシリーが言う。シーエスが使っていた剣、京が殴り付けた際に手から離れたもので、そのままになっていた。訓練場にあったモノらしく傷が多く見える。

 

「使えないって事は無いのですが、自信が無くて……」

 

 京はセシリーの言葉に眉を下げる、肉体的には高スペックな京であるが剣術の心得など皆無であった。前世の引き出しからナンチャッテ剣術を引っ張り出す事は出来るが、見様見真似の無様なモノに過ぎない。

 命をやり取りする場で、そんな力任せの剣を使いたくはないというのが本音だ。

 

「そう――まぁ、剣に拘る必要はありませんわ、強ければ十分ですもの、それとシーエスに渡されたその手甲(ガンドレッド)、少し貸して頂けるかしら?」

「えっと、はい、どうぞ」

 

 セシリーはふと京の手に目を向けると、そんな事を言う。京は両手の固定ベルトを外し、手甲をセシリーに手渡した。セシリーは剣を無造作に放ると、手甲を受け取った。受け取った彼女は予想以上に重かったのか、一瞬手がカクンと落ちるが辛うじて堪える。

 

「重っ――貴方、良くこんな重いモノを身に着けて動けますわね……」

「あはは……まぁ体だけは大きいですから」

 

 どこか感心した様な目を向けるセシリーに京は笑みを零す、地下闘技場でも定期的に筋力トレーニングは行っていたし、その賜物だろう、後は審判者の力だ。

 セシリーは両手の手甲をじっと眺めると、ポツリと何かを呟いた。

 

形状記憶(メモリー)

 

 ポッ、と緑色の光がセシリーの手に灯り、手甲を何本もの線が行き交う。それを見て京は純粋に驚いた、彼女が使ったのは紛う事なき魔法である。魔臓器を持たない人間には使用できない筈のソレを、彼女は京の目の前で使って見せた。

 

「……ん、何かしら、そんな目で見て」

 

 京がジッとセシリーを見ていると、視線に気付いた彼女が顔を上げる。その間にも手甲は光に包まれており、京は何と言うべきか逡巡した後、疑問を口にした。

 

「セシリー様は、その……亜人ではありませんよね?」

「あら、私が人間以外に見えるのかしら」

「いえ、しかし、その――それは、魔法ですよね?」

 

 京が恐る恐ると言った風に聞くと、セシリーは今気づいたとばかりに目を開く。そして京をじっと見つめた後、何度か納得した様に頷いた。

 

「……あぁ、言い忘れていたかしら――私、魔法使いの才を授かっていますの」

 

 魔法使い。

 京はその言葉を前世の知識として知っていた、それはつまり魔法を使う存在の総称。そしてこの世界でも意味合いは同じで、魔法を行使できる亜人以外、この場合は人類で魔法を扱える者を指す言葉だった。

 

 当たり前だが魔臓器――魔力を持たない人間は魔法を行使できない、しかし稀に魔力と高い親和性を持った人間が生まれる事がある。それは魔臓器こそ持たないものの、空気中に存在する非常に薄い魔力を操り小規模な魔法を行使する事が出来る才を持つ、いわば魔臓器を持たずに魔法を行使できる存在だった。

 

 勿論、純粋な亜人が使用する魔法と比較すると威力も規模も格段に落ちる。そもそも空気中に存在する魔力そのものが非常に薄く、どれだけ掻き集めたとしても魔臓器の生成する魔力には到底敵わない、また親和性があると言っても亜人の様に体の中に取り込む事が出来る訳ではない。だからこそ体内に作用する様な魔法は使えないし、あらゆる点で亜人に劣る。しかし人の身でありながら魔法を行使できると言う事は、それだけで凄まじい事だった。

 

「そんな才があったなんて……驚きました、流石(さすが)セシリーさんです」

 

 京は純粋に驚き、自分には到底扱えぬ神秘を使用するセシリーに尊敬の念を抱いた。そんな暖かい視線を受けたセシリーは、京の視線に尊敬の念が多分に含まれている事に気付き、頬を赤くしながら口を緩めて照れる。

 

「ま……まぁ、栄えあるアルデマ家の次期当主としては才の一つや二つ、当然の事よね、えぇ――もっと褒め称えてくれても良くてよ?」

「えっと……流石です、素晴らしいです、天才的、美人魔法使い、アルデマ家の次期当主は格が違った、美人、美女、最強、可愛い、凄く可愛い」

 

 ――古今東西、どこの女性も褒められて悪い気はしない。確か前世で読んだ創刊号四百八十円の『女性はこう口説く!~東の幼女も西の熟女も、これで貴方にメロメロ~』に書いてあった気がする。友達が恋愛事皆無な病院に、冗談半分で持ち込んだモノだったが、まさかこんな形で役立つとは。

 これも主との関係を良好にする為だと、京は思いつく限りの褒め言葉を連発した。

 最初は口をV字にして、ちょっとだけ照れた様に「ふふん」と胸を張っていたセシリーだが、度重なる褒め言葉に段々と頬を赤くして、肩がプルプルと震え始める。心なしか涙目になっているが、これは効いているのだろうかと内心首を傾げつつ、更なる攻勢に出ようとしたところでストップが掛かった。

 

「も、もう良いですわっ! わ、私の素晴らしさは十分に――えぇ、十分すぎる程に伝わりましたから……!」

「そうですか」

 

 セシリーは顔を真っ赤にして叫び、京は満足した。一見怒っている様にも見えるが、その実口元は笑っている。どうやら喜んでいるらしい、『女性はこう口説く!~東の幼女も西の熟女も、これで貴方にメロメロ~』は正しかった、流石『女性はこう口説く!~東の幼女も西の熟女も、これで貴方にメロメロ~』である、此方の世界でも売っていないだろうか。

 

「すー、はー……良し、私は大丈夫、私は強い、頑張りなさい、セシリー――さぁ、この手甲(ガンドレッド)はお返ししますわ、記憶はもう終わったので」

「わっと……はい」

 

 無造作に放られた手甲を上手い具合にキャッチし、京はソレをじっと見つめる。外見上は何も変わっていないが、記憶とは一体何だろうか。聞いてみたくもあるが、彼女のやる事成す事に一々疑問を挟んで良いものかと考える。主人に毎度疑問を投げかけるのは、武官として駄目な気がした。

 

「ふぅ……貴方の雄姿も見れた事ですし、もうシーエスが突っかかって来る事も無いでしょう、そろそろ戻りますわよ京、まだ今日の成分を貰っていませんの」

「成分……?」

「腕枕ですわ!」

 

 京はその言葉で日向ぼっこの事を言っているのだと理解した、意気揚々と訓練場を後にするセシリーに慌てて続く。手に持った手甲を訓練場に戻すべきか一瞬だけ逡巡し、シーエスの「貰ってくれ」と言う言葉を思い出して、京は有り難く頂戴する事にした。武官としての仕事を行う上で、また剣を持った相手が出てこないとは限らない。寧ろ何らかの武器を持っているのが当たり前だろう、それらを相手取る上で手甲は非常に心強かった。

 

 

 因みにシーエスはこの三日後に全回復した。流石大貴族の屋敷と言うか、怪我をした際の回復措置も万全であるらしい。取り敢えず棚にズラリと並んだ回復薬(ポーション)――怪我した部位を凄まじい速度で再生させる、使うと死ぬ程痛い――を見た京は戦慄した。

 尚彼は回復薬の痛みに耐え切れず、回復魔法を使用して貰ったらしい。何でも彼の実家の亜人医師を態々呼んで来たのだとか、そこから彼の両親に今回の件が露呈し再びシーエスは瀕死の重傷を負うハメになったのだが……それは又別の話。

 

 

 

 


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