流星のロックマンS 未来からの守護嫁-セイバーブライド -   作:マスターベーコン

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【キャラクター紹介~サターン編~】


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◆ロックマンS(ノーヘル)
メテオニウムアーマーを装備した状態のスバル。
これでもかなり強い。
アーマーを装備するのに十分以上掛かるのがたまにキズ。


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◆ロックマンS(フルアーマー)
メテオニウムアーマーのすべてを装備した状態のスバル。
スバルキラーズとも同等以上に戦える。
左手のロックンアームであらゆるものを粉砕する。


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◆サターン
未来のスバルが開発した生体兵器。
運用パターンとして、生物の遺伝子組み換えによる環境破壊を目的としている。
特殊な電波ホシカワウェーブを身にまとっていて通常の攻撃が通用しない。
ジャングルをホームグランドとしている。


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◆オヒュカスとハープ
スバルの良き理解者。
オヒュカスは洗濯を担当していて、ハープは掃除を担当している。
もしかしたらお互いがウォーロックを狙う恋のライバルなのかも?


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◆アース
未来のスバルが開発した地震兵器。
運用パターンとして、地震による国土破壊を目的としている。
特殊な電波ホシカワウェーブを身にまとっていて通常の攻撃が通用しない。
普段はホームレスと野良犬とともに高架下で雨風をしのいでいる。


第四話 生まれ変わった英雄 ◆挿絵あり

「待つのじゃ」

 

 隠れ家のある洞窟からジャングルに出る滝の裏までスバルたちが走ったところ。

 おや、奥からワイリーが飛んできた。スバルたちを呼び止めた彼は、ふわふわと浮遊しながら進み出て、泥となった地面の土を一掴み。牛糞のようなそれをスバルの頬に塗りたくった。

 

「今のお前じゃスバルキラーズには勝てん。勝率は、ゼロパーセントじゃ」

「うっ……口に入った。と、とにかく、僕は急いでいるので」

 

 少し先でウォーロックたちで何事かとスバルとワイリーの様子を訝しんでいた。今はもたもたしている場合ではなかった。

 スバルは幽霊みたいな三体が待つジャングルの方に目をやり、ワイリーに付けられた顔の泥を拭った。ジャリジャリと口の中で含んだ泥を吐き捨てた。

 それでもワイリーは滝から跳ねてきた水しぶきを吸った土を鷲掴みにすると、その泥をスバルの顔に塗った。ひとしきりやると、説明不足だったかと彼は地面に目を落とした。

 この泥は普通と違った。スバルキラーズが未来からやって来て以来、周りの自然環境は変わってしまったから。

 

「ここの泥……<ホシカワウェーブ>に汚染されておるのは分かるか? おそらくサターンがこの辺りで糞尿――オイルを垂れてマーキングしたのかもしれない」

「ええと、ホシカワ……ウェーブ?」

 

 急げ! と呼びかけるウォーロックを背に、スバルはワイリーに対して首を傾げた。

 サターンのオイルに含まれていたホシカワウェーブ……それは、

 

「未来のお前が兵器に採用した特殊な周波数を持つ電波じゃ。スバルキラーズから常に発生されており、それがある限り……あらゆる電波を分解してしまう」

 

 確かにスバルの頬はなんともないのに、汚染された泥の影響でワイリーの手がバラバラに崩れ始めていた。

 スバルは少しばかり驚くけど、すぐに気を取り直して腕の力こぶを誇示した。

 

「電波が駄目なら筋肉で……っ」

「筋肉の出力は、電波のそれに劣る」

 

 ワイリーは首を振り、白衣のポケットから黒ずんだ金属片をスバルに手渡した。

 

「そこで、こいつの出番じゃ。さっきロックマンSの装甲から削り取ったメテオニウムのクズじゃ」

「なんだ、この小汚いの。こんなクズじゃどうにもならないよ」

「いいや、メテオニウムからはホシカワウェーブに唯一対抗できる<アンチホシカワウェーブ>が発生しておる。これで勝率がほんの少しだけ上がるじゃろう」

「それはありがたいけども、博士はロックマンSにやけに詳しいな。ほら、さっき発掘したばかりじゃないか」

「未来のスバルがな、似たようなものをよく知ってたからの。ほら、そんなことより急いでるんじゃろう? 今はそのメテオニウムで活路を見いだすのじゃ」

 

 スバルは金属片に目を落とすと何も言わずにしまいこんで、ジャングルの方へ駆けだした。

 スバルのことを見届けたワイリーはやれやれと肩をすくめ、遅れて洞窟から出てきたキララの方を振り返った。

 

 密集した木々の中を無理に通ると、枝がパキパキと折れ、葉が落ちたりする。

 道なき道が続く、うっそうとしたジャングルを転がるように走り抜けていくスバル、ウォーロック、オヒュカス、ハープ。どんどん足場が悪くなり、沼地を避けるよう木々の間を跳んで渡ったり、ツルをブランコ代わりにして崖を飛び越えたりと道のりは険しかった。

 さて、流星群のように射し込む日光をキラキラと反射する渓流を渡りきったスバルたち。はたと一行の中で、オヒュカスが立ち止まった。そばの木で実っていた紫色の果実を口に放り込むと、

 

「んぐんぐ……。人間の温度が見えるから、もうすぐ村ね。ええ、襲われているのはジャングルの奥にあるD区画の村。布教のためにミソラと私が訪れてたところだったかしらん?」

「ってことはだよ、オヒュカス。つまり新政府未来軍は村の反乱因子を潰そうとしているってこと? ほら、あのロックマン教ってやつのせいで。信じる者は救われるって、希望の教えだったはずなのに……」

「そ、だからこそミソラの歌を嘘にしちゃあ、駄目。信じる者は救われる、それがキズナの力だものね?」

 

 うふふ、と、かすかに笑ったオヒュカス。そのなんというか悩ましい表情にスバルがドキドキしていると、彼女はきびすを返しヘビのように高い樹木を登り始めた。スバルが見上げると、彼女は目を閉じながら、何かこう、匂いを嗅ぐように鼻の辺りをひくひくさせていた。

 上空で吹く風でも感じているのか? とスバルが様子をうかがっていると、ウォーロックが渓流の水を大きな手のひらですくいながら、オヒュカスの特殊能力を教えてくれた。ゴクゴクと喉を潤しつつ、樹上へ目をやる。

 

「やつぁ、FM星人の中でも珍しい体質の持ち主だ。なんでも熱を見ることができるらしい。目で見るよりも、広範囲の情報を察知することができるんだと。つまり、お前のぶっ壊れたビジライザーの上位能力ってわけだ」

「ポロロン、地球で言うところのピット器官ってところかしら。ジャングルでの戦いで、オヒュカスの右に出る者はいないわよ~。心強いわねえ、スバル君?」

「うん、そうだね。……よーし! こんな世界でもロックマンを信じてくれた村の人を助けるために頑張ろう! ねえ、ハープ?」

 

 と、ハープのヒラメみたいな平べったい青いボディを肩に担いだところだった。

 ピロロロロ~!

 どこからか……そう、アラビアンナイトな笛の音色が聞こえてきた。

 ふと足元を見ると、スバルの足首にとぐろを巻いたキングコブラが。首のあたりにリボンがついていて、可愛い盛りのメスの三歳児。これはニョロ子。あっという間に肩まで登ってきてハープの居場所を奪ってしまった。

 

「ニョロ子! それに、この笛の音色は……」

 

 独特だけど情熱的な音色の方へスバルが振り向くと、木のツルからスルスルとミソラが下りてきた。ロックマン教の聖書を片手にした魔女っ娘的な服装をした女の子が、はい、どうぞ! と星の形をした可愛らしいお弁当を渡してきた。

 

「は~い、私だよ。まったくもう、夕飯も食べずに飛び出しちゃうんだもん。駄目だぞ、スバル君っ。ちゃんとご飯食べないと強くなれないんだから?」

「あ、これはお弁当。わあ、あったかい」

「おかずの種類は七種類。頑張ったね、ミソラ」

 

 オヒュカスが温度視でお弁当内部のおかず情報を探ると、ミソラがてへへと舌を出した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「えへへ、スバルくんが心配で来ちゃった。あ、お弁当箱はね、キララさんが用意してくれたんだ。僕の分まで頑張ってね! だってさ」

「ってことは、キララさんはここには来てないんだね。良かった、さすがにあの体じゃ戦えないもの。じゃ、さっそくお弁当を食べようか。せっかく作ってくれたんだし」

 

 今日はまだ何も口にしていなくてお腹が減っていたスバルは、いそいそとマントを地面に敷きピクニックを始めようとした。

 だけど弁当箱を開ける前に、茂みの向こうから誰かに咎められてしまった。声が高いから女の子らしい。それもため息まじりで呆れた様子だった。

 箸がとまったスバルの元に、ガサゴソと茂みの中からルナが転がり出てきた。

 

「星河く~ん? こらっ、今はピクニックなんかしてる場合じゃないでしょう! ほら、D区画の村に急がないと。でしょ、オヒュカス?」

 

 ルナがボリュームのある巻き髪に絡みついた葉っぱやら木の枝やらを取り除きながら、木の上で状況を探っているオヒュカスに呼びかけた。

 スバルが残念そうに弁当箱をしまっていると、オヒュカスが状況を説明してくれた。

 

「ルナ、あなたの言う通りみたい。巨大熱源が、ひーふーみー……あーあ、村にはかなりのクリーチャーが流れ込んでいる。残念だけど、お弁当は走りながら食べるしかなさそうだわね」

「はい、というわけなので、急ぎましょうか。星河くん、ミソラちゃん」

「というか、ルナちゃん。どうして君たちがここに? 博士の相手はどうしたのさ」

「おじいちゃんなら、隠れ家の研究室でロックマンSの相手をしてるわ。いい研究材料が見つかったって、嬉しそうにしてる」

「はあ、まったくあの人は……と、とにかく、ルナちゃんたちは帰った方がいい。ここから先は危険だ。足手まといだよ」

 

 腹ごしらえの邪魔をされたので、少しいじわるな態度を取ってしまうスバルだったが、ルナはフン、とそっぽを向いて、こちらも退く様子はなかった。

 スバルがジャングル奥の村へウォーロックたちと行こうとするけれど、ルナが彼の行く手を阻み自分の胸をどんと叩いた。

 ちょっと強く胸を叩きすぎてむせつつも、ルナは主張した。自分にもできることはあると。

 いつの間にか、スバルの肩からニョロ子がいなくなり、ルナの肩に乗っていた。一対二といった形勢だった。

 

「そ、そりゃあ、ミソラちゃんみたいに実戦経験はないし、ましてやあなたみたいにクリーチャーと戦ったりはできないわよ。でも、村の人を安全な所まで誘導することならできる。私だってね、地下迷宮でそれなりに修羅場は潜ってきてるの。足手まといにはならないわ」

 

 ルナの言葉にミソラも加わって、スバルはもう断ることはできなさそうだった。

 

「うんうん、ルナちゃんも私も頑張るよっ。元はと言えば、私がまいた種だしね。私の歌を……ロックマンを信じたみんなを助けるんだ!」

「で、でも二人とも。やっぱり危険だよ。スバルキラーズを相手にしたキララさんがどうなったか、知ってるでしょ?」

 

 ミソラたちの熱意に、スバルは顔を伏せた。肉体を欠損したキララの件があっただけに、彼は新政府が支配した世界の厳しさを身をもって理解していた。

 肉体を鍛えたのは何のためだったか? と歯を食いしばったところ、やれやれとウォーロックがスバルの肩に手を置いた。

 

「電波変換で変身できない以上、条件は全員同じだ。例え、鍛えた筋肉でロックマンに近づくことはできても、同じになることはねえ。言っとくが、今のおめーは小学生の全盛期に比べると雑魚だ! カッコつけててもなんにもならねえ」

「は、はっきり言うな。ま、そうなんだけどね。うん、実はずっと分かってたさ。いくら、体を鍛えてもロックマンみたいになれることはないって」

「安心しろ。ロックマンに変身できるかどうかは重要じゃない。俺たちがいるんだ。歴戦の戦士が三人と勇敢なガールフレンドが二人、十分だろ?」

「はあ、分かったよ。この三年間、それでやってきたんだものね。……ルナちゃん、ミソラちゃん、村の人たちを助けるために協力して。クリーチャーは僕とウォーロックたちがなんとかするから、君たちは村の人の安全確保をお願い」

「ええ、当然でしょ!」

「もちろんだよっ」

 

 話もまとまったところで、D区画の村へ向かおうとしたところだった。

 樹上からオヒュカスが声を荒げた。彼女は戦闘態勢を取るよう、みんなに命じた。彼女の温度視が不穏な熱源を捉えていた。

 出鼻をくじかれたスバルたちが怪訝そうな表情を呈するも時は遅し。

 

「あなたたち! ここにすごい速さで、異常な熱源を持つ個体が向かってるわ。交戦は避けられそうにない……準備してて」

「ちっ、どれくらいの速さで、どの方角から来てる?」

「村のある九時の方角から……速さはまずいわね。どんどん加速してて、ジャングルの中を弾丸みたいに駆け抜けてるみたい」

「了解だ。ルナとミソラは物陰に隠れとけ。スバル、ハープ、オヒュカスは迎撃準備だ」

 

 ウォーロックが爪を構え、渓流の流れと森のざわめきだけが辺りを支配する中、耳を澄ませる。どこから敵が襲い掛かっても迎え撃てるようにしている……はずだった。

 瞬間、オヒュカスが樹上から飛び降りてきて、ミソラの前に立ちふさがった。

 

「駄目よ、ウォーロック。もうそこまで来てる! 侵入方向から、狙いは多分ミソラよ」

「なんだと、速すぎるだろ――」

 

 ガサッ!

 ウォーロックが言うや否や、木々の間から黒い影が飛び掛かって来た。

 真っ先に反応したのは、温度視のあるオヒュカス。襲撃者からミソラを庇おうと、ジャングルのヘビを操って雨のように木から降らせた。

 

「スネークレギオン!」

 

 が、襲撃者は異常な反射神経でヘビを回避。勢いのまま走り抜けると一本の木に掴まって、力を溜めると弾けるように跳躍した。

 襲撃者はミソラの首を狙っている。

 しかし攻撃をかわされ、後ろを取られたオヒュカスでは庇えない。

 

「貰ったニャ!」

「させるかっ! ぐわあっ」

 

 襲撃者がミソラの首をはねる前に、ウォーロックがミソラを突き飛ばして、襲撃者の一撃を貰ってしまった。

 

「きゃっ!」

 

 突き飛ばされたミソラは短い悲鳴を上げると、樹木に頭を打って気絶。

 ウォーロックは腹部を鋭利な刃物のようなもので切り裂かれて、その場を転がり気絶してしまった。いや、もしかしたら死んでいるのかもしれない。腹から下が真っ二つに切り落とされてしまっているから。

 襲撃者は屈強な四肢で木に張り付いて跳躍の勢いを殺すと、ウォーロックの緑色の血がついた爪をペロペロとなめ始めた。猫のような仕草だけど眼差しは冷たげで、気絶したミソラのことを捉えていた。

 スバルはミソラを抱きかかえ、発達した爪をのぞかせる人形兵器を睨みつけた。

 

「この異常な戦闘能力……君、<スバルキラーズ>の<サターン>だな。どうしてここが分かったんだ?」

「ニャニャーン。なにを隠そう、あたちは生物の遺伝子組み換えによる環境破壊を目的とした<生体兵器>ですにゃ。……ほうら、上の方であたちのお気に入りが飛んでいるニャン」

「ん、なんだあれは……トンボ?」

「おかしいわ、私の温度視では見えなかった」

「ニャニャニャ、遺伝子組み換えであたちが作った。<ステルストンボ>ニャア~。未来でオヒュカスさんの能力はちゃんと対策しておりますニャン」

「……やられたわ、スバル。ごめんなさい」

 

 オヒュカスが唇を噛みしめると、サターンはくりくりとした、それでいてどす黒い沼のような瞳を見開いた。猫のような見た目で陽気な口調だけど、いぜんとして彼女はミソラの命を狙おうと爪を研ぎ続けている。

 ハープはミソラを庇うように、小さな体を盾にサターンの前に立ちふさがった。

 

「地の利は敵にありそうね。スバル君、ミソラのことは頼んだわ……。なんとかしてここを切り抜けましょう」

「ニャニャア? まさか、そこのロックマン教の伝道師を守り切れるとでも? ムリムリ、あたちが相手な以上それはできなあニャ。……そいつの歌は人々に希望を与えちまわーニャ。危険だあニャ、始末しないとニャーな。ニャッニャッニャア」

 

 ロックマン教を通して、人々に希望を与えるミソラ。そんな彼女を殺そうとするサターン。

 スバルは敵の危険さを改めて認知すると、ゴクリと喉を鳴らし、ゆっくりと斧を取り出した。勝てるかどうか……ロックマンとしてではなく、生身の体を通して伝うかつてない緊張感に冷や汗が頬を伝う。

 女性型の人形兵器とはいえ、破裂寸前までに膨張した脚部は風船のようで異様だった。これから生み出される先ほどのサターンの速さを見る限り、逃げ切れる相手ではない。

 ウォーロックが戦闘不能になってしまった以上、オヒュカス、ハープと協力してスバルは勝利しなければならなかった。

 自然、ハープとオヒュカスがルナとミソラを守るようにスバルの元へより固まった。

 スバルは鍛え上げた腕でミソラを強く抱くと、巨大な斧をサターンに向かって構えた。

 

「サターン、君がこの世界の希望であるミソラちゃんを殺すというのなら! 僕が命にかえても食い止める!」

「ニャニャニャ! 子供のころの博士はカッコいーニャア。そんなあなたを殺さなくてはいけないなんて残念でなりませんニャ。ニャニャア……あまり動かないでくださいニャ? 楽に死なせてあげられなくなりますからニャ」

 

 サターンの癖のある毛髪もとい、マイクロセンサーアンテナが針のように逆立った。

 

「来るわ、スバル!」

 

 オヒュカスはジャングルのヘビを射出。脚部にエネルギーを溜めて跳躍しようとするサターンに、巨大なヘビが何十匹も絡みついた。まるでヘビ人間のような様相となるが……、

 

「ヘビを操っているのかニャン? ニャンだ、くだらん技だーニャッ!」

 

 サターンは構わず脚部のエネルギーを解放、弾丸のごとく跳躍した。オヒュカスとハープの間を、目にもとまらぬ速さで縫うように抜けて、相変わらず狙うはミソラの首。

 スバルがサターンを迎撃しようと斧を振るが、ウォーロックが言うように筋肉を鍛えてもロックマンに近づくだけで、それになることは決してできないのだった。

 

「キャアアァア! 星河くん!」

 

 

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 鮮血が噴き上がると同時に、斧を持っていたスバルの腕が宙を舞った。いいや、それだけではなくて、片足も切り落とされていた。

 一瞬の出来事で何が起きたのか分からなかったスバルだったが、ルナの悲鳴で我に返った。同時に意識が遠のき、足腰立っていられなくなって目の焦点が合わなくなる。胸の中にある心臓の存在感がやけに強く感じられていた。流れる血潮の音さえも耳に聞こえるほどで……。

 

「か……はっ……」

「ニャアア……だーから、動くニャって言ったのニャーにねえ。狙いがずれちまったーニャ」

 

 サターンのゴミを見るような目に対し、意識を失いかけたスバルは崩れ落ちた。

 ずっと聴いてきたミソラの歌を守ろうとするけれど、それは無理そうか。ぼんやりと意識が霧散していく。

 

 

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「ミソ……ラちゃん……は……僕が……守……る……彼女の……歌……を……守……る」

 

 うわ言のようにそう呟くだけで血が止まることはなかった。スバルは死を覚悟しながら、走馬灯だろう過去のことを振り返っていた。

 スバルキラーズのリーダー格<サンスター>によって、キララの肉体が欠損した時のこと。

 キララはこう言った。

 

『大好きな人のために命を懸けたからね、へっちゃらだよ。例えこの身を引き裂かれたって、まだこうして君と一緒にいられるから。僕のいた未来じゃ、できなかったことだもん』

 

 走馬灯というには、たった一つのそれだけがスバルの頭によぎった。それは、キララが身を挺して教えてくれたことだった。

 スバルは木に掴まり、ずるずるともたれかかりながら、ようやく立ち上がった。血を大量に失って、もう目は見えていないけど、キララはそれでも戦った。腕もないけど、足もないけど、キララはそれでも戦って、未来を切り開いた。

 変身できるかどうかは重要ではなかった。最後の最後まで、戦う姿勢と負けない気持ち。それがロックマンになるということだった。

 

「僕が忘れそうになっていたことを、キララさんが教えてくれた……誰かを守るために戦うこと……それが生み出す力の強さ……っ」

 

 死を直前にして、スバルはかつての全盛期を越えた。

 震える指でサターンを差し、スバルは断言した。

 

 

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「ミソラちゃんやみんなに手を出してみろ……僕が許さない……っ」

「ニャニャア? 死にぞこないが何を言いますかーニャ? ……って、イタッ」

 

 サターンは自分の頬を伝うオイルに気付き、表情を強張らせた。引っ掻いたような傷口に小汚い金属が埋まっていた。

 

「これはあたちの天敵の金属。ニャるほど、さっき腕を切り落とした時に……」

 

 サターンはおぞましい物を見るように震え、メテオニウムを投げ捨てた。そしてスバルの油断ならなさに、認識を改めて身構える。

 しかし、当の相手はすでにこと切れてしまっていた。

 

「ありゃま、もう死んでるニャ」

 

 死を直前にしたスバルの全盛期はあっという間に終わってしまった。糸が切れた人形のように、木にもたれたままずるずると崩れ落ち、息を返すことはもうない。木漏れ日に抱かれ、彼の死体は永遠の眠りへ落ちた。けれど、かつてのロックマンとしての揺るぎない強さを取り戻した結果、その死に顔はかつて地球を救った英雄と同じ精悍なものだった。

 サターンがつまらなさそうに目を細め、ミソラを狙ってハープとオヒュカスの元に向かう。はち切れんばかりの脚部からは異様なほど、ゆったりとした歩調だった。

 パキパキと、枝が折れる音。湿った風に葉が揺れる音。川の流れ、水が弾ける涼しげな音。サターンは大自然の中に溶け込むように、獲物を狙うジャガーのごとく、ゆっくりとミソラの命を狙い、進む。

 オヒュカスが消えかけた蝋燭のように瞳を揺らし、死を覚悟した面持ちでハープと示し合わせた。その時。

 大自然の音色から、一つ外れた音が。咳払いと共に、ジャングルの奥から、一人の幽霊老人がサターンの元に現れた。

 

「やあや、サターン。しかしまた、ワシの未来の弟子に酷いことをしたな」

 

 ワイリーがモノクルのチェーンをチャリチャリといじりながら、死んだスバルの方へ顎をしゃくった。

 サターンがずらりと並んだ歯を、裂け広がった口元から覗かせた。自然、歩を止めていて、本能からワイリーの様子をうかがっていた。

 

「ごきげんよう博士。ニャるほど、ニャるほど、これで分かったニャン。どうしてセイバーブライドがこの時代にいるのか納得だ~ニャ。でも一足遅かったニャ? スバル博士はちょうどさっき殺したところニャの」

「うーむ、こんなことになるとは未来のスバルにロボット技術を教えたのは間違いじゃったかのう……。じゃが、ワシの知ってるロックマンはこんなところでは終わらんぞ、と。……のう、キララ?」

 

 ワイリーが視線を流すと、そこの茂みから杖を突いたキララが現れた。

 

「僕のわがまま聞いてくれてありがとね、おじいちゃん。もう一度、セイバーブライドになるチャンスをくれて」

「ワシのは、魔法じゃあない。わしとスバルは違うからの。じゃから、代償は覚悟しろよキララ? その変身はお前の活動限界を縮めるのじゃから」

「……そんなの、未来でダーリンが死んじゃった時から覚悟してる――電波変換! ロックマン・セイバーブライド!」

 

 月のように白いドレスを纏ったロックマンが現れた。彼女はサターンが投げ捨てたメテオニウムを拾うと、悲しそうに、だけど穏やかに微笑んだ。

 

「この石の感じ……うん、未来はちゃんと変わっていってる。僕が未来からやってきた意味はちゃんとあったんだ」

「なにをごちゃごちゃ言ってるんだニャ? アースを倒したその力、見せてもらうニャン!」

 

 白い影と黒い影が交錯した。

 時間にして一分弱。

 白い花嫁衣装のセイバーブライドとなったキララは終始サターンと互角以上に渡り合った。が、以前ほどの力はやっぱりなくて、仕留めるまでには至らず、サターンを退却させることにとどまった。

 

 隠れ家にスバルとウォーロックの死体を連れ込んだところで、ワイリーはオヒュカスたちに告げた。彼は研究室の方へスバルたちを運びながら、モノクル奥の瞳に炎を宿らせていた。

 

「これからスバルとウォーロックの蘇生手術を行う」

「おじいちゃん、ダーリンを助けてあげてね」

「ジャングルの暑さのせいで死体が腐り始めておる。サターンにやられた傷といい、なるほど損傷が激しい。こうなったらロックマンSに移植するしかなさそうじゃ」

「そ、それでも、ダーリンが助かるなら……」

「いいのかキララよ? あのロックマンSとかいう人形、おそらくワシの推測じゃと――」

「ううん、余計なことは考えないでダーリンを助けようよ! きっとそれが一番だから」

「うむ、そうか」

 

 ワイリーは研究室に消えた。

 

 

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 見立て通り、手術は何日にもわたった。

 ワイリーはロボット工学には明るかったが、それでも死んだ人間を機械人形に移植するようなことは今までしたことがなかった。結果、手術は困難を極めた。

 何日も経てば、室内で腐敗臭が漂う。死体の腐敗が進むばかりだった。残念なことにワイリーの研究室は設備の整った病院ではなかったし、そもそも未来軍が支配した世界にそんな設備は望めなかった。

 やはりスバルが人間のまま復活することは到底望めず、ロックマンSに移植する作業が進んでいった。

 ワイリーにとっては手術というよりも新たなロボットの開発に近かった。そのため手術道具が彼の手に渡ることは、室内でほとんどなかった。彼の手では、ドリルがギラリと輝いていた。

 

 キララ、ルナ、ミソラが研究室の外で来る日も来る日もスバルの復活を祈って三回目の朝。ようやく研究室の重い扉が開かれた。

 少しやせたワイリーが出てくると、三人は襲い掛かるように詰め寄った。

 

「ダーリンはどうなったの?」

「星河くんの手術、成功したの?」

「スバル君、助かったよね?」

 

 ワイリーはこくりと頷いた。

 

「手術は成功じゃ。スバルはロックマンSとして生まれ変わった。もう目を覚ましておる。顔を見せてやるといい」

 

 表情が晴れやかになったキララたちはさっそく研究室に跳びこんだ。

 そこにスバルはいた。ベッドで寝ていたが、キララたちに気付くと上体を起こし笑顔を浮かべた。

 見た目はどうだろう、ワイリーが上手く皮を縫い合わせたのか、痛々しい縫い目がある以外は生前とあまり変わりなかった。でも彼がもう人間でなくなった証拠として、研究室の隅で横たわるホルマリンカプセルがあった。液体で満たされたそれの中では、かつてスバルの肉体に収まっていた臓器や骨の多くがぷかぷかと浮かんでいた。

 唖然とするルナとミソラをよそに、スバルはいつもと何も変わらない笑顔を浮かべていた。無機質さなど感じさせないものだった。

 

「おはよう、キララさん、ルナちゃん、ミソラちゃん。どうやら僕は大変な目に遭ったようだね」

「体、大丈夫なの、星河くん?」

「うん、不思議とすっきりしてる。内臓はほとんど抜かれちゃったし、骨だって入れ替えた。筋肉も人工素材さ。自前なのは皮だけ。中身は丸ごとロックマンSだけど、でも僕はスバルだよ。ワイリー博士が上手く僕の脳内をプログラミングしてくれたみたい」

 

 と、ホルマリンカプセルの中の自分の脳みそを見つめて、スバルはくすくすと笑う。

 なんて恐ろしいことを、と言いたげに、ルナは顔を青ざめさせていた。

 

「そ、それって本当に大丈夫なのかしら? ほ、本当にあなたって星河くんなのよね?」

「うん、当然だよ。たまに、変な記憶が入り混じるけど……多分、大丈夫だと思う」

 

 ミソラが不安そうに眉をひそめた。

 

「変な記憶って?」

「えっとね、女の子の声が僕に呼びかけてくるんだよ。ほとんど聞き取れないんだけどさ、なんだか、どこかで聞いた声な気がするんだよね……」

 

 スバルが少し深刻そうに頭を抱えたところで、キララが勢いよくスバルに抱きついた。

 

「わ~い、ダーリン! 元気そうでなによりだ~! えいっ」

「うおっ、キララさん? って、わわ!」

 

 

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 なんとキララが抱きついた衝撃でスバルの首が外れた。どうやら、首のあたりのネジが緩んでいたらしい。

 ルナはそのショッキングな光景に気絶してしまった。ミソラが慌てて支えてあげるけど、スバルの首がベッドから転がり落ちて、さあ大変。

 

「わあ、ま~ず~い~。首が転がって、ちょうどルナちゃんのスカートの下に。わあ、すごい、これが生首からのローアングルか!」

 

 中々の光景に生首のスバルが興奮を禁じえないでいると、首なしのスバルの方が諭すように生首を抱き上げた。

 そうこうやっていると黒い棺桶を押したワイリーが大荷物を運んできて、

 

「おう、調子はよさそうじゃな。それじゃ、さっそくロックマンSとしての初仕事じゃぞ、スバル」

 

 彼は棺桶から鎧のようなものを広げた。

 

「ロックマンSのメテオニウムから削り出した<メテオニウムアーマー>じゃ。こいつを装備すればロックマンSの戦闘能力が上がる。これでサターンに遅れをとることはないはずじゃ」

「わあ、すごい」

「すごいのは、それだけじゃねーぞ。スバル」

 

 スバルが首をはめてアーマーの元に歩み寄ったところ、ウォーロックが研究室に現れた。彼もワイリーによって蘇生されていた。そしてその時、新たな力に目覚めた。

 ワイリーがウォーロックの言葉を受けて頷いた。

 

「ロックマンSの能力は、ユニット換装じゃ」

「つまりスバル、こういうことだ!」

 

 ウォーロックがスバルの左腕を引っこ抜くと、左腕用の武器に変形、なんと肩口にドッキングしたのだ。

 いきなりのことにスバルが驚いていると、ワイリーが補足する。

 

「ロックマンSはそのままじゃと武器がない。そこでウォーロックを左腕に装備する。それがユニット換装じゃ。ウォーロック装備の場合、名付けて<ロックンアーム>という」

「ロックンアーム……」

『おう、スバル。これでスバルキラーズどもをぶちのめすことができるぜ!』

「じゃな、サターンに連れ去られた村人たちを救い出すのじゃ! 場所はジャングル最奥、Z区画にある新政府アッフリク軍事基地じゃ」

 

 こうしてここから新たなロックマンである<S>の反撃が始まった。


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