流星のロックマンS 未来からの守護嫁-セイバーブライド -   作:マスターベーコン

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二章 生体兵器サターン編
第三話 筋肉とジャングルと青い人形 ◆挿絵あり


 アースを撃退してから、スバルたちの日常は大きく変わった。

 スバルキラーズの猛追により始まった苛烈な逃亡生活。

 ニホンを遠く離れて三年が経過した時、キララは18歳に、スバル、ルナ、ミソラは16歳となっていた。

 キララの活躍により、何とか逃げ延びた大地はアッフリクだった。そこは常軌を逸した動植物が支配するトロピカルインフェルノ。

 

 どこまでも広がる草原、揺れる葉、高い青空、そんなある日のこと。

 ジャングルの外れにあるアッフリクの小高い丘。そこで黒人の子供たち相手にキララが教鞭をとっていた。

 集まった子供たちは十人と少し。ノートもない、机も椅子もないけれど、子供たちは熱心にキララの言葉に耳を傾けている。

 キララは石版に黒炭の棒で文字を書きながら、子供たちにこの世界の情勢を話して聞かせていた。

 スバルキラーズが起こした天変地異によって、文明の多くは崩壊。世界から学校がなくなって、もうずいぶん経つ。

 

「この世界は滅びました。未来からやってきた悪い奴らのせいでね」

「せんせー、うちのママンはロックマンが悪者で、新政府がいなければ世界が滅んでいたって言ってたよー」

 

 チョコレートみたいな肌をした少年はキララに質問を投げかけた。彼は、未来軍が築いた新政府のカリキュラムによって洗脳されている。

 この三年で、一般人の間ではロックマンは悪の象徴であると教えられている。新政府こそが正義だと信じなければ生きていけない世界になったから。

 不幸なのは、ロックマンの活躍を知らない小さい子供たちだった。

 キララは肩を落とすも、すぐに気を取り直し、ううん、と首を振った。彼女は少しずつだけど着実に、子供たちへ本当のことを教えようと、地道に活動している。そう、先生として。

 

「ロックマンは悪者じゃないよ! ええ、新政府はいずれ自分たちの存在を脅かすロックマンを抹殺したいのです。事実、わずかに残った文明遺産は新政府が独占しています。それはおかしなことです。だって、独り占めはよくないもんね?」

「で、でも、ママンは新政府が正義だって言ってたんだ。逆らっちゃ駄目だって言ってたよ。だって逆らわなければ……生きていくことができるんだって、ママンはそう言ってた」

「それは違うよ。誰かに支配されて生かされるなんて、そんなの間違いです。だから、みんなは自由を夢見てください。あなたたちが諦めなければ、いつかきっとヒーローが現れてくれますからね」

「本当?」

「ええ、きっと!」

《ゥウウゥウウウ――――――――ッ》

 

 キララが微笑んだ時、ふいに空でサイレンが響き渡った。

 そろそろ新政府の監視時間が始まる。監視クリーチャーが見回りにやってきて、不審者を発見次第、監獄へ連れ去ってしまう。そうなったら最後、もう帰ってこれない。

 もちろんキララが今やっていることは、新政府の見解では万死に値する。

 キララは杖を突きながら平たい岩の教壇から下り、ビリビリと震える空気の中、授業を切り上げた。手をパンと叩き、

 

「時間だね。……はいっ、今日はここまで、じゃあねみんな、また今度~」

 

 はーい! と元気のいい挨拶の後、子供たちがそれぞれの集落に散っていった。

 その中で一人の少年がキララに声をかける。

 

「今日の哨戒時間は早かったな。さ、キララさん、ここを離れよう。奴らがすぐに来るから」

 

 授業の様子を後ろの方で見守っていたスバルだった。立ち上がり、纏っていた獣の毛皮をはためかせながらキララに歩み寄る。

 けど、スバルが声をかけたのにもかかわらず、キララは探り探りでスバルはどこだ~どこだ~、と杖を突きながら草原をふらふらしていた。義足のせいで足取りは危なっかしかった。

 

「えーと、えっとえっと、ダーリン、ど~こ~?」

 

 このままでは転んでしまっていけない、と、スバルは急いで駆け寄った。

 

「今いくよー。石とかあって足元が危ないから、じっとして待ってて」

 

 注意した矢先、石に躓いて転んだキララ。

 あ、やっちゃった、と、駆け寄ったスバルはキララを抱きかかえた。それで、悲しみにさいなまれる。擦りむいた膝小僧の土を掃うのも何度めだったかと、思い出しては切ないばかり。

 一年前のことだった。スバルキラーズと交戦した際、キララは顔面に攻撃を貰って視力を失った。二年前は右足を、三年前は左腕だったか。

 でも、キララはスバルたちを守った証なのだと、ハンデを苦にしなかった。

 スバルは小さく溜め息を吐いて、キララに肩を貸す。自分の力のなさを実感しつつ隠れ家へ歩き出した。

 

「キララさん。今日の授業、よかったよ」

「ありがとうダーリン。でもごめんね、僕の目が見えないばっかりに送り迎えをしてもらってさ」

「そんなの言いっこなしだよ。未来のため、小さい子たちに勉強を教えてくれるあなたには感謝してるから」

「う~へ~へ~、小卒のスバルに先生役は無理な相談だもんな~」

 

 遠くでカバと水遊びをしていたウォーロックがひょっこりやってきた。ビショビショの彼は、ニヤニヤしながら、スバルに嫌味を飛ばす。

 

「あ、ロックか、驚かさないでよ。急に声をかけるから監視クリーチャーかと思ったじゃないか」

「おーおー、そう睨むなって」

 

 冗談はそこそこに、ウォーロックは態度を改めて神妙な面持ちとなった。顎をカリカリと爪でかきながら、

 

「ま、先生にはなれねえが、おめーはおめーでやることがあるはずだぞ」

「うん、分かってるよ。今の僕には<筋肉>が必要だからね! って、おやおや、ロックったら、カバさんの糞がボディについてるじゃないか~」

『おっと、これはいけねえ。一本取られちまってたあな。カバって格闘が強くてなあ……まあ、とりあえずはだ。電波変換なしで戦うために体を鍛える他はねえぞお!』

「そだね。さ、帰ろっか二人とも」

 

 スバルはコクリとうなづいて歩き出した。歩く動作だけで、以前とは身のこなしが違うと分かる。彼の肉体はアッフリクでの原始的な生活によって、美しく仕上がっていた。ここ二年ほど筋肉をいじめ、鍛えた結果、15歳を超えたあたりで鋼の鎧ともいえる筋肉を纏うに至った。今では、アッフリクの野生動物相手に狩りを行う日々を送っている。そうやって来たる日に備え、実戦経験を積む日々。

 新政府が電波環境を破壊してしまったので、もう電波変換はできない。頼りに出来るのは自分の肉体のみ。今度は自分がキララを守る番なのだ、とスバルの筋肉は静かに語る。

 

 ジャングルに向かうと、草の背が高くなってきた。今では膝くらいある。足元に注意しないと、ヘビを踏んでしまうこともあるくらい。

 地下の隠れ家に戻る途中、キララはスバルに甘えていた。ダーリンと連呼すること、数歩に一回。キララが健常者でないことを踏まえても、おかげで足取りは鈍るばかり。

 余談だが、キララは成長を経てその胸囲は恐ろしいものとなっていた。先ほど、授業で少年たちの視線を集めていたのだって、授業が上手いからと言うだけではなかった。

 それだけ、今はすごいやり取りの最中だった。三年の間で、スバルはキララに一目置くようになったのも一因か、スバルの抵抗はあまり強くない。

 ウォーロックはふむふむと二人の様子を観察しているところ。そうしながら、ミソラとルナのペット用にレポートを紙に綴っている。ルナもミソラもキララと同じようにそれぞれの役割があったので、彼にこうして二人の監視を頼んでいた。

 スバルはオホンと喉を鳴らし、キララから距離を置こうとするが、駄目。

 ウォーロックはペンを走らせつつ、ふと空を見上げた。イチャついている場合ではない、急がないと。

 

「おうおう、仲がいいことじゃねえか。でもよ、あんまりちんたらしてると、監視クリーチャーに見つかっちまうぜ? ……ほら、あそこだ」

 

 さて、黒炭のペンをしまったところで、ウォーロックは空飛ぶ浮遊物を指差した。一見プロペラ機のようだけど、あれは遺伝子組み換えによって生み出された監視用の巨大トンボ。アッフリクを管轄するスバルキラーズの一体<サターン>の忠実な下僕だった。

 政府のネットワークに接続されたトンボクリーチャーに発見されると大変なことになる。

 サターンが施す動植物の遺伝子組み換えによって、アッフリクはクリーチャージャングルへと変貌していた。

 

「クリーチャー……、捕まっちゃうと大変だね。というわけでキララさん、歩きづらいんでもう少し離れてて。ほら、手は握っててあげるから」

 

 スバルはキララの手を引き、遠くで茂るジャングルへ足早に向かった。ジャングルの奥にある洞窟から地下の隠れ家に行ける。

 だけど、キララの足取りはおぼつかない。隻脚で、足場も草だらけだから。

 

「もう、ダーリンったら~。そんなに急いだら、僕、こけちゃうよ。ほら~ほらほら~」

「っ……とりあえず、急ごう! ほら、キララさん、早く」

「スバル、とっととジャングルに身を隠した方がいい。ほら、キララもちゃっちゃと歩け。それにおめー、ジャングルの中でハチミツを見つけたんだぜ。クリーチャーに掴まってる場合じゃねえ」

「むう~、目が見えないからさ、あまり急がないでよねえ? ああ、足がもつれる」

 

 スバルは立ち止まり、転びそうになったキララを抱っこした。足と腕がないので案外軽くて、いい具合。それに筋肉は嘘を吐かないし、これだとスイスイ進める。

 キララが思いのほか喜んでいるのも、足取りが軽くなる要因だった。さっそくウォーロックが見つけておいたと言うハチミツスポットまで向かうことに。

 

 ジャングルの中に入ってしばらく歩いていると、ハチミツスポットまでたどり着いた。そこからさらに歩いて、川上にある滝のところまで行けば隠れ家となる。

 スバルは、蚊に刺されたキララの頬をかいてやりながら、蜂の巣を木から取り外した。

 ハチがわらわら出てくるけれど、ウォーロックがすぐさま鷲掴みにして頬張っていく。彼はゲテモノ大好き、戦士としてなんでも食べる。

 一方スバルは手にべっとりと付着した黄金色のハチミツを見つめて、おもむろにキララの口元に運んでやった。ぺろぺろぺろ、爪の間まで舐められてしまうけど、もう慣れた。驚きもしない。

 

「おいしい、キララさん?」

「甘くて癖になりそう」

「よしよし、これで糖分をたっぷりとれそうだな。持ち帰って、ミソラちゃんに料理してもらおうっと。それにしてもロック、いいスポット見つけたね」

「俺は、ジャングルの王者だからな。トラさんにカバさん、ほら、そこでぶら下がっているキングコブラさんともお友達だぜ」

 

 スバルが視線を上に向けると、木のツルからキングコブラが忍者のようにぶら下がって、ブランコのように揺れながら顔を出した。チロチロと頬を舐められて、スバルは思わず腰を抜かしそうになったが……。すぐにやれやれと、肩をすくめた。

 

「うわっ、びっくりしたー……って、このヘビ、オヒュカスの友達のニョロ子じゃないか。今がきれい盛りのメスでね、ほら、ピンクのリボンが可愛らしい」

「おう~ニョロ子、散歩中か~あ? よーしよしよし……イテッ、噛まれたっ。それにしても、俺が王者だとすると、あのクソ女はジャングルの性悪ヘビヘビ女ってところか」

 

 首のところでリボンを巻いたキングコブラ。それをウォーロックが首に巻いて、成金風のファッションとなったところ。

 ピーヒョロロ~。ピーピーピ~。

 どこからか笛の音が聞こえてきて、キングコブラが躍り出す。と思ったら、ガサガサっと女が二人、木から降ってきた。

 

「性悪女~? えへへ、ただの悪口じゃないかな、それ。ヘビ師匠に失礼だよー」

 

 聖書を小脇に、魔法使い的な衣装で身を包む怪しげな女の子は笛をピーヒョロ吹いて、キングコブラを楽しげに操っていた。

 隣では、半透明な幽霊的な体をした女が咳払いをしていた。

 

「おほん……ウォーロック、あたしの悪口とはずいぶんじゃあない。ジャングル中のヘビであんたを毒殺してあげてもいいんだよ?」

 

 指をパチンと鳴らせば、ジャングル中のヘビが目つきの悪い幽霊女の元に集まってきた。

 草をかき分け、地面を蠕動するヘビの群れ。そんな気持ち悪い光景に顔を青ざめさせているスバルをよそに、ウォーロックはもしゃもしゃとハチを噛みしめていた。幽霊女ことオヒュカスを一瞥する。

 

「ミソラとつるんでるなんて珍しいじゃないか。ええ、オヒュカスさんよう? 今日はルナとは一緒じゃないのか」

 

 ルナのペットであるオヒュカスに、ウォーロックはハチの毒針をペッと吐き出した。

 スタイルの良い体をくねらせると、オヒュカスは顎に手を当てくすくす笑う。

 

「……今日、ルナは例のジジイと迷宮に潜っちまったのよ。ええ、退屈してたからねえ、暇つぶし。ほら、ミソラの活動って面白いでしょ? だから付き合ってやってた」

「そうだよロックくん。今日はD区画の村で布教ライブをしてきたんだ。ジャングルの奥の村だったからね、ヘビ師匠にヘビ避けをしてもらってたの。あ、それで布教のあとね、ヘビ師匠にヘビ笛を教えてもらってたんだ。ほらほら、上手にできているでしょ?」

 

 と、笛の音でそこらのヘビを操るミソラ。

 その類まれな音楽センスにオヒュカスも踊り出しそうになるが、女戦士としてのプライドで何とか踏ん張って、踊らないようガシッと木にしがみついていた。腰の辺りがくねくねするけれど、オヒュカスはそういう生き物だから。

 

「う、くぅう……っ。ミソラ、上達したじゃないか。思わず、あたしも小躍りしたくなっちゃうほどよ? 陽気なステップを踏んじまいそうだ。ふん、あたしにゃ足がないけどねえっ!」

 

 ウォーロックはやれやれと肩を落として、ジャングルの奥へ向かう。

 

「やれやれ、アホくせーなオヒュカス。気持ち悪い動きしてねえで、とっとと隠れ家に向かうぞ。それとミソラ、道の途中で今日の収穫を教えてくれ」

「うん、そうだねっ。行こう行こう」

 

 ガサガサガサ。ゴソゴソゴソ。

 ミソラとオヒュカスと合流して、ジャングルの中を歩くスバルたち。

 ミソラは聖書を片手に、今日の布教活動の成果をスバルたちに報告を始めていた。

 

「でね、D区画の村長さん、ロックマンを信じてくれるってさ。これで、周辺の村はロックマン教シンパになってくれたね」

 

 キララが教師だとしたら、ミソラはアッフリクで僧侶をしていた。新政府の恐怖政治に対抗するため、<ロックマン教>なるものの布教に勤しんでいる。

 私、歌でみんなを元気づけたいんだ! という思いがいつの間にか、歌を通じてロックマンを母体にした宗教に発展してしまった。タチが悪いことにミソラの歌は本当に人心を掌握するから、気休め以上の力を持ってしまう。もうロックマンはいないというのに、いや、だからこそ人々の意識の中ではロックマンに対する期待が膨れ上がっていった。

 えらいことになったなあ、とスバルは今でも背中がゾワゾワ。けど一方で、これを上手く利用しなければ、とも思っていた。ジャングルを進みつつ、戦いの日はそう遠くないと息を呑む。ハチミツをペロリ。あ、おいしい。

 

「ロックマン教ってのはまだ慣れないけどね。でも、これで潜在的な新政府への反乱因子が育ってきたってわけだ」

「うん、やっぱり大人の人はロックマンの活躍を知ってるから。私の歌にラブとピースな魂を乗せれば、思いは届いちゃったね」

「さすがはミソラちゃんだ。すごく心強いよ。……となると、あとは僕の筋肉次第か。よしロック、隠れ家に戻ったら、僕と一緒に筋肉を鍛えよう。腕をもう少し太くしたいから」

 

 スバルは右腕に力こぶを作って、ニッと白い歯を見せた。彼が筋肉を信仰しているのは、現在行方不明の父親、大吾の影響が大きい。あの男のように強くありたいと、ロックマンに変身できなくなってより強く願うようになった。

 もちろん、今のスバルは強い。ウォーロックと互角の戦士として成長し、背負った巨大な斧で、アッフリクの野生動物を圧倒する。まさに狩人、それが今のスバル。ロックバスターにはまだ威力は及ばないけれど、それでも日々、その領域にスバルの筋肉が生み出すエネルギーは近づいていた。

 ウォーロックはかつての大吾を思わせるスバルを見つめ、懐かしそうに笑った。が、すぐに何かを感じたようで、宙で止まって表情を険しくする。耳の辺りをコンコンと叩き、スバルたちに注意を呼びかけた。

 

「どうやら、サターンの監視がこのジャングルまでおよんじまったみてーだ。体長三メートルくらい……ああ、クリーチャーだなこいつは。草木をかき分けてこっちに来てやがる。明確に俺たちを得物視している足取りだ」

「なんだって、それはまた大変だ……。ハチミツの匂いにつられてきたのかな?」

「いんや、ミソラの体臭だな。ハチミツなんてレベルじゃねえ……。オヒュカス! お前ら何日遠征に出ていた? くせーぞ!」

 

 オヒュカスは口元を歪めて、面白おかしく鼻をつまんでみせた。ミソラがムッとすると、頭をポンと叩く。

 

「そ、五日間。残念、お風呂には入っていない。池も川もなかったのよ。ジャングルでは、そう、葉っぱに溜まった雨水をね、こう……体にこすり付けてたかしら。ねえ、ミソラ?」

「そそ、大変だったんだよー。でも、ヘビ師匠も大概だけどね」

「電波化できないものねえ、だからあたしもヘビ臭くなっちまう。でもそれが、大人の女性の香りってところかしら?」

「まま、ミソラちゃんもオヒュカスも、隠れ家に戻ったらすぐに体を洗うってことでね。でも、今はそんなこより……」

「そうだわね」

 

 チロチロと唇を舐め、オヒュカスは悩ましげに体をくねらせた。

 臭いのことより、今はクリーチャーを優先する。

 スバルはオヒュカスと示し合わせて、立ち止まった。抱っこしたキララにハチミツは預けて、ゴクリと喉を鳴らした。ウォーロックを真似て耳を澄ますけれど、草木のざわめきと動物の鳴き声が秩序をなしているようにはとても思えなかった。彼はううん、と首を振ってウォーロックに目をやる。

 ウォーロックは、チッチッチッと指を立てた。

 

「急ぐなよ、スバル。まだ、距離はある。けどな、このまま隠れ家に向かうのはよくねえ。敵にしっぽを掴ませるだけだ。邪魔者は消せ、だな」

「すごいなロック。僕の耳じゃ、何も聞こえないよ」

「戦士として修羅場をくぐった数が違うからな~スバル君?」

 

 ウォーロックは少しおどけると、表情を一転引締めジャングルの奥へ飛んでいく。

 

「スバル、お前は少し遅れてついてこい。多分、クマのクリーチャーだ。俺が注意をひきつけている間に、お前は迂回して、背後からきつい一撃をお見舞いしてやれ。久々のクリーチャー狩りだ、野生動物とは一味違うぞ」

「了解。前のクリーチャーには殺されかけたからね。今度はサクッと倒しちゃおう」

 

 スバルは背中から斧を取り出し、そして壊れたビジライザーで間に合わせた眼帯を装着した。壊れてしまったのでかつての機能は失ったけれど、温度を視覚化して見ることはできる。なので、ジャングルのような視界の悪いところでは役に立つ。眼帯の調子は良好、遠くへ飛んでいくウォーロックは青色で表示されていた。

 さて行こう、と、スバルが木のツルを斧で叩き切れば、オヒュカスが呼び止めた。スバルの足元でヘビがうごめいている。赤いのや、青いの黄色いのと毒々しいのが、足に絡みついている。

 

「スバル、あたしも手伝おうか? ほら、あのアホに任せておくのも心配だからねえ。このお姉さまが手を貸してあげようじゃない」

「いや、いいよオヒュカス。今の僕がどれくらいやれるのか知っておかないと。君たちは先に隠れ家に帰ってていいよ」

「そう……せいぜい怪我しないようにね。ヘビの毒ならあたしが何とかしてあげるけれど、クマに首の骨をおられてたんじゃあ、どうしようもないから」

「分かったよ。さて、今日の夕飯はクマ肉になりそうだな」

 

 スバルは息を整えた。自分の体臭をなるべく消そうと、まとっていた獣の毛皮にくるまる。斧を構え、眼帯で示される巨大な熱源の元へ向かった。

 

 しばらく草木をかき分けて進むと、ウォーロックとクリーチャーの戦闘音が聞こえてきた。川が近いのか、気がへし折れるような音と共に水の弾ける音が耳に入った。

 スバルは木をよじ上り始めた。そこから枝を伝いながらウォーロックの元へ向かう。脳天を上手く狙って斧の一撃をくれてやれば何となるだろう。と、スバルは泥と葉っぱでカモフラージュしつつ、木から身を乗り出して、下の様子をうかがった。

 

「やってるな」

 

 青いのと黒いのがいた。

 下ではウォーロックと巨大なクマのクリーチャーが交戦中。そばで実っていた赤い果実を頬張りながら、スバルは眼帯の感度を上げた。

 熱量は非常に多い。新陳代謝の促進で運動性が飛躍的に上がっているのが分かる。

 サターンによって遺伝子を組み換えられた生物は、クリーチャーとして生命力が桁違いに上がる。腕を一本もいだところで、死にはしないだろう。ただでさえクマは強いのに、分厚い脂肪と筋肉の鎧を突破して、なおかつ急所を的確に突かなければならない。

 敵の命を刈り取るには、ウォーロックの発達した爪できちんと狙いを定められてようやくと言ったところか。が、電波環境を破壊されて、電波化できなくなった彼では、以前のようなスピードも体力もなかった。おまけに体格差は倍以上、クリーチャーを前にすればウォーロックも小型の獣に等しいか。

 

「大きい獲物だな……ちょっと準備をしないと」

 

 スバルは果実の種をがりがりと噛み砕きながら、木を伝って川下に向かった。そこで獣の毛皮を川に浸して水を吸わせ、斧の先端に巻きつける。刃が上手く出るように細工して……準備完了。水を吸った毛皮の分、斧がかなり重くなった。スバルは重量級に細工した斧を担いで、再び木に登り機会をうかがう。

 刃を伝って水滴が、樹上から地面にポタポタと注ぐ。

 クリーチャーとの戦いから五分くらいか、ウォーロックが少しだけ押され始めた。

 スバルは気配を殺し、焦ることなく機会をうかがっていた。クリーチャーの大木みたいな腕から繰り出される一撃に、ウォーロックのボディが少し抉られるが、まだ機会ではない。

 何とかクリーチャーの一撃を回避しているウォーロックだったが、やがて後方の大木へ追いやられた。彼の意識がぶつかった木へと向かい、それが小さな隙となる。彼はチッと舌打ちし、同時にクリーチャーが雄叫びを上げた。

 だが、スバルは動じず、斧に巻いていた毛皮を雑巾のように絞って、多量の水を上から注いでやった。

 ばしゃり、と爪を振りかぶっていたクリーチャーに水がひっかけられる。突然の出来事に宙に目をやったクリーチャーとスバルの目が合った。その瞬間。

 

「ビーストスイングッ!」

 

 隙を突いたウォーロックの一撃に、クリーチャーがバランスを崩す。

 同時に、スバルは斧を振りかぶった。

 

「もらったっ」

 

 その隙をスバルは逃さなかった。すぐさま木から飛び降り、水を吸わせて重くした斧でクリーチャーの脳天をかち割った。

 クリーチャー狩り達成、今日の夕飯は豪華になる。

 

 川上に向かって歩いて行ったら滝がある。その滝の裏に洞窟があって、奥へ進めば地下へいける。そこがスバルたちの隠れ家だった。巨大クリーチャーを引きずり、ようやくスバルは隠れ家に帰ってきた。

 岩肌が剥きだしのそこで、キララがスバルを出迎えてくれた。杖を突き、よたよた寄ってきて、

 

「おおう、ダーリン。やっと帰って来たねえ~。スンスンスン、おやおやこの匂いは、クマさんかな~?」

「キララさん、ただいまー。今日はクマ肉のはちみつ漬けとかどうだろう? 糖分は欠かせないエネルギー源だからね!」

 

 と、ハチミツたっぷりハチの巣を探すけれど、それはどこにもなかった。

 どこにいってしまったのか? と、そこらで転がる石をどかして探し回るスバルだったが、ふいに洞窟横の石扉が開いた。

 そこから出てきたオヒュカスが紫色の部屋着を着こみつつ、スバルを見下ろす。はあ、と溜め息を一つ。

 

「残念、ハチミツはもうないわよ。そこのキララが全部ペロペロしちゃったものだからねえ。ったく、あたしも楽しみにしてたのにさ」

「そんな~」

「はいはい、それは置いといてよ。ルナがさっき、ジジイと一緒に迷宮から戻ってきたわ。見てもらいたいものがあるから、迷宮入り口で待ってるってさ」

「三日は潜ってたから……うん、ルナちゃんも相当臭そうになってるかもっ」

「そうね、かなり強烈な匂いだったわ……って、女の子にそれは失礼だわね」

「うん、ミソラちゃんとはルナちゃんは趣向は違うからね。今から楽しみだ」

「……スネークレギオン」

「イテッ、噛まれた!」

「アホなこと言ってないで、早く行きなさいな。でないと今度は毒入りで噛んじまうよ?」

「わ、分かったよ……」

 

 スバルはオヒュカスの軽蔑の眼差しから逃げるように、隠れ家の奥の方にある迷宮の入口へ向かった。さっそくキララが抱きついてきたので、仕方なく一緒に行く。

 石の扉を三つほど潜れば、迷宮の入り口がある部屋に着いた。

 おや、とスバルたちは眉をひそめた。

 一際大きな、髑髏の模様がついている扉の前、何やら半透明の幽霊じいさんがしゃがみ込んでいた。

 スバルとキララは怪しげなじいさんに声を掛けた。

 

「なにしてるんですか、博士」

 

 彼はワイリー博士という。スバルにとってのウォーロックみたいな存在で、キララのペットとして共に未来からやって来た天才科学者。キララはもとより、スバルたちのよき理解者となっている。

 よき理解者だけどエロいのが玉にキズ、長い年月の果て、エロを発明の糧にしてしまったのが彼の失敗か。結局、ワイリーはスバルの方を向こうともしなかった。

 

「邪魔をするな! ……今は、いいところじゃ」

 

 禿げあがったじいさんは扉の隙間に顔を近づけて、真剣そのものだった。彼はいつも言う、発明には刺激が必要だと。

 覗きは感心しないな、とキララは首を傾げた。

 

「おじいちゃーん、また覗きかな? まったく懲りないねえっ」

「おう、キララ。肉体の完成度ではお前の勝ちじゃよ。対抗馬はミソラちゃん、といった感じかのう。ルナちゃんからは可能性を感じないのじゃよ、悲しいのう……」

「ははは、どうやらルナちゃんは着替え中みたいだね。でも博士、そんなところでコソコソしてないで、堂々といきましょうよ」

 

 スバルはとっとと用を済ませようと、扉を開けた。

 部屋の中、やはりルナは着替え中だった。だけど、三年経っても彼女は背くらいしか伸びていなかったので、スバルは特に気にしなかった。抱っこしてるキララの方がずっとすごいから。

 

「やあ、ルナちゃん」

「ひゃぁっ! ほ、星河君? 見ての通り、私、着替え中なんだけど! 出てってよ」

「えっとイスはどこかな~、っと。……あ、あった。で、ルナちゃん、今回の探検で何か収穫があったみたいだね。で、見てもらいたいものって何かな。まさか、君の貧乳とか言わないでよ?」

「空気抵抗の少ないフォルムじゃと、ロボットの運動性能が上がりそうでいいのう」

「あ、あんた達ねえ、デリカシーってもんがないの?」

「やれやれ、ぐちぐちとうるさいなあ。で、用って何さ」

 

 スバルは適当なイスに座り、探検について尋ねた。キララとミソラが教師、僧侶をしているように、ルナはアッフリクで探検家をしていた。今はパンツ丸出しだけど、探検用の服を着て、ワイリーと一緒に地下迷宮へ挑戦していた。

 

「というかねえ、私、着替え中なんだけど」

「ええ、でも呼んだのは、そっちじゃないか」

「……はあ、もういいわ。あなたって、女の子に興味無いの?」

「いやいや、可愛らしいパンツだと思うよ。うん」

 

 言うことを聞かないスバルに涙目になりながら、ルナはいそいそと短パンを履き始める。でも恥ずかしいという気持ちから、慌てたりして、足がもつれてこけた。スバルが手を差し伸ばすと、最初は嬉しそうにして手を取るけど、顔を赤くして振り払った。

 

「も、もうっ。話ならそこのおじいちゃんに聞けばいいでしょう? とりあえず、あなたはあっち向いててよ」

「よしよし、わしから話してやろう。じゃあルナちゃん、わしをおんぶしてくれんか?」

「な、なーんでそうなるのよ! あのねえ、おじいちゃんはすっごく重いから嫌なのよ。探検の時もずーっと私がおんぶしてて、おかげで腰が……」

「老人はいたわってほしいの~。なあ、キララ?」

「そだねー、僕と一緒でおじいちゃんも要介護者だもんね!」

「はあ、キララさんがそう言うなら仕方ないわね。はいはい、分かりましたよおじいちゃん、おんぶしてあげますよ~。はいっ、これでいーい?」

 

 ワイリーはルナにおんぶされて、ドリルみたいに巻き上げた髪に顔をうずめた。

 

「うむ、ボリュームのある髪が汗臭くて堪らんのう!」

「あ~あ、失礼なおじいちゃんだことっ。まったく、私もキララさんみたいに星河君にお姫様抱っこされたいのに……」

「残念、キララさんは目が見えないから特別なんだ」

「いっそのこと、私も目ん玉潰しちゃおうかしら」

「……そ、それはちょっと」

「じょ、冗談よう? もう星河君ったら、やーねえ」

「と、とりあえず博士、話を……」

 

 ルナが目玉を潰すと大変なので、ワイリーは迷宮での出来事を話し始めた。

 

「さて、と。今回の迷宮探索での収穫なんじゃが……ほれ、ルナちゃん、アレ、アレじゃよ」

「はいはい、おじいちゃん。アレでしょ、分かってるわよ~」

 

 ルナは壁に立てかけていた棺桶らしきものを、うんしょ、うんしょ、と運んできた。

 一息ついて蓋に手を掛けると、ワイリーが語る。

 

「こいつはのう、地下遺跡の研究所らしき場所におった。うむ、青い機械人形じゃ」

「とりあえず中を見てちょうだいよ。ん、よいしょっ。……えっとほら、どことなくロックマン様に似てると思わない?」

 

 ルナが棺桶の蓋を開けると、埃をかぶった線の細い人形が現れた。

 咳き込むルナをよそにワイリーは人形をまじまじと見つめる。目がギラギラしていて、最高の研究材料に胸が躍っているようだった。

 

「スバルよ。もしかしたらこいつが新たなロックマンになってくれるやもしれん。地下遺跡研究所に記されていたこいつの識別コードは<S>じゃ」

「S……えーっと<ロックマンS>って感じかな?」

「えへへダーリン、なんだか僕たちの逆転劇の始まりの予感がするね!」

「どうだろ、あんまり期待はしない方がいいと思うけどね。とりあえず、博士はこのSって機械人形について調べておいてください。僕は僕で体を鍛えて戦いの時に備えないと」

「おうおう、わしに任せておけ」

「じゃ、話はこれで終わりね。きっとロックマンSが私たちを勝利に導いてくれるわよ。そうよ、そしたら星河君だって危険な目に遭わなくてすむっ。ええ、よかったじゃない」

「どうだろうね、それは」

 

 嬉しそうに言うルナを見て、スバルは首を振った。この無機質な人形には何も期待してはいけない、と、スバルは直感していた。これは使い物にならないポンコツだと、ワイリーを差し置いて、不思議とスバルは一目見て理解したから。

 スバルがその場を後にしようとした時、お玉を持ったミソラが部屋に入ってきた。そろそろ夕飯の時間だった。

 

 

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「みんな、夕飯できたよ~。今日はスバル君がクマを狩ってきたから、腕によりをかけて作っちゃった!」

 

 と、同時に慌てた様子のオヒュカスが転がり込んできた。

 

「いいえ、夕飯はあと! スバル、大変なことになったわ! あなたの力が必要だから、すぐに来て!」

「ど、どういうこと、ヘビ師匠ー?」

「珍しいなオヒュカス、そんなに慌ててどうしたんだい?」

「……近くの集落がクリーチャーの群れに襲われているらしいの。村長がここに助けを求めに来たのよ」

「そうか、ついにこの時が来たのか。ロックマンじゃなくて、僕の星河スバルの力が試される時が……」

 

 すぐにスバルは走り出した。

 

「ちょ、ちょっと、スバル君? 夕ご飯はどうするのさー」

 

 ミソラには目もくれず、スバルはオヒュカスを連れて隠れ家を後にした。途中で合流したウォーロックとハープと共に、クリーチャーが溢れる集落へ走る。




【キャラクター紹介~サターン編~】


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◆星河スバル
狩猟担当の少年。
大吾みたいになりたくて筋肉信者と化したスバル。
というのは表向きの理由で、本当はキララをこれ以上傷つけたくなかったから。
電波変換ができないけれど、その身一つで戦う現代のモンスターハンター!


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◆白金ルナ
探検担当の少女。
実は一番ワイリーに気に入られている。
隠れ家の奥にある迷宮からいろんなものを発掘してくる重要な役目を任されている。
元はお嬢様だったけど、汗臭いのはもう気にしない!


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◆響ミソラ
布教担当の少女。
かつてのアイドルは気が付いたら歌の力で宗教を作ってしまっていた。
オヒュカスとはジャングルでよく遊んだりしていて、大の仲良し。
熱狂的ファンはミソラの狂信者へ……ロックマン教はさらなるステージへと駆け上がる!


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◆狭間キララ
教育担当の少女。
スバルキラーズと唯一互角以上に戦える存在だったけど、今はハンデ持ち。
だけど、目が見えないことを利用してスバルに甘えることを覚えたから気にしない。
実は大学を出ているので、先生の時は良識ある女性!


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◆ワイリー
機械担当の老人。
キララとはただならぬ関係であり、未来のスバルとキララの秘密を知る数少ない人物。
元々は悪者で世界を恐怖で支配したこともあったけど、そういうのは卒業したエロジジイ。
普段はキララのペットだけど、実はルナのペットになりたいと思っている!


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◆ロックマンS(素体)
戦闘担当(予定)の人形。
特殊金属<メテオニウム>で作られた謎の地下遺跡人形。
スペック的にスバルキラーズとも互角以上に戦えるとワイリーは語る。
ウォーロック、オヒュカス、ハープ等を装備して臨機応変に状況を突破する!

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