流星のロックマンS 未来からの守護嫁-セイバーブライド -   作:マスターベーコン

2 / 4
第二話 複雑な恋愛関係 ◆挿絵あり

 ブロック塀の上、猫が思い出したようにそそくさと軒下へ消えた。

 帰り道、昼過ぎから出始めていた雨雲が濃くなっていた。どこか、スバルの人間関係の怪しさを思わせる雲行きだった。彼は最新型の携帯端末〝スマートリンク〟通称スマリンをシュッシュと弄りながら、不安そうに右隣のペットへ視線を送った。

 スバルのペットことウォーロックは、地蔵みたく押し黙って数秒。

 

「こっちを見るんじゃねえ! お前の問題だ、俺は知らんっ」

 

 野蛮なウォーロック。ぶっきらぼうに突っぱねるだけで、特に助け舟を出す様子は見せなかった。不安そうな飼い主をよそに、その身を電波データへと変換させて、携帯端末スマリンの中に納まってしまった。

 スバルは動作が重くなったスマリンをシュッシュするのをやめ、悲しそうに「あわわわ……っ」と呻いた。

 スマリンの中から、野蛮そうなガラの悪いウォーロックの声が聞こえてきた。

 

『俺様のデータ容量は690,000メガバイトだ。おいおいスバル~、この携帯端末はお部屋が狭いなあ! ケッ、居心地が悪いぜ。そんなお前に俺は断固とした態度を続けるね!』

「言いたいだけ言うなあコイツ。ああ、ロックのいぢわる。もういやだ……死にたいよぉ」

『うるせー! そんな情けないから、お前は中防になってもお小遣いが120ゼニーなお子ちゃまなんだ。な、ぺろぺろちゃん?』

 

 ウォーロックの問いかけ。スバルを悩ませる女の子がちょうど、スバルの隣にいた。

 ポツポツと、雨が降り始めた。スバルの頭の寝癖のようなとんがった髪の毛がしんなり。

 その点、天気なんてなんのその、女の子は対照的だった。雨だって彼女の体に触れれば、まるで香水。いい匂いがしていた。

 

「うふふ、ロッくん。それは可愛いらしい勘違いっ。未来のスバルはだね、んんもうっ、それはもうっ、すごい権力者なーのだ! 十五歳の僕をお嫁さんにしても、周りは文句さえ言えないくらいの支配力はあったから!」

 

 自称、スバルの将来のパートナーは嬉々とした様子。この、右側から左側へショートヘアーからロングヘアーになる独特なヘアースタイルをした美少女がキララ。彼女はスバルの腕に抱きついて、満足げ。

 これがスバルの不安の元凶。胃が痛い彼は深く溜め息を吐いて、自らの腕を挟み込むボリュームのある胸に目を落とした。中学生とは思えない、肉体の完成度に彼はもう一度、深く息を吐いた。

 

「……あの、キララちゃん。ううん、キララ先輩? あの、先輩は本当に将来の僕のお嫁さんなのででしょうか? だとしたらいやだね。三歳も年上の先輩と付き合うなんて。僕、年下の方がいいのにっ」

「ああ、スバル。いいえ、ダーリン。〝年下がいい!〟という、あなたのその台詞。うん! 僕はそれを待っていた。やっぱりスバルはスバル、その精神に偽りはな~し。ああん、あなたが僕の旦那様だよぉっ! ぺろぺろ」

 

 ペロッと耳を舐められる。これが大変なんだ! と、スバルは目をギュッと閉じて、身を縮こまらせた。プルプルと雨に濡れた子犬のように弱々しい姿……。

 助けを求めても、ウォーロックは笑い飛ばすばかり。スマリンの中から出ようともしなかった。

 

『ぎゃはは! お前ら、最高だな! ……ま、情報によると、だ。未来のお前は三十近く歳が離れたキララを嫁にしたらしい。なるほど、本当に年下が好きな野郎だぜ! ワーハハハ!』

「笑うなよロック! でもこれ、本当どうするんだよ。最初は出会いがしらの一発だと思ってたけど、長引きそう。あーあ、母さんになんて説明したらいいか分かんないよ!」

「ほ~ら、早く帰ろ? あかねさんと大吾さんにあいさつしないとだよぉ! ねーえ、ダーリン?」

「うわあ、キララ先輩。ついてくる気満々だ……っ」

『ぎゃははは! せいぜい家庭が崩壊しないよう祈ってるぜ』

 

 と、ウォーロックが下品な笑いを上げたところ。ガサゴソ、とスバルたちの後ろでゴミ袋の山が崩れる音がした。

 うん? と、ゾンビのような足取りを止め、スバルが振り返れば、

 

「あわわ、見つかっちゃったよぉお。ルナちゃんっ」

「ふん、だったら出向いてやるまでよ!」

「うん。そうだね、私たちとの友人以上、恋人未満の関係が終わりそうだもんね!」

 

 ちょうど、電柱の裏側から、女子中学生が二人現れた。ゴミステーションになっているスペースに上手く身を隠していたらしい。

 短めのスカートにバナナの皮を引っ掻けた金髪の女の子、白金ルナは鼻息を荒げていた。ストッキングをカラスについばまれている。

 赤紫色の髪のショートヘアーで、お団子みたいな髪飾りを付けた女の子、響ミソラは頭に野良猫を乗せていた。しとしとと雨が降っていて、猫は雑巾みたいだった。

 ふいに現れた二人の様子をスバルがうかがっていると、ルナがバナナの皮を投げつけてきた。

 それをスバルはひょいと避ける。

 キララがすってんと転び、てへへ。

 スバルは不快気に眉をひそめた。

 

「うわ、きたな……っ。君は汚い女の子だな、ルナちゃん。ここ最近、距離を感じていたけど、久しぶりの触れ合いがこれだよ」

 

 スバルの言い草に、ルナは込み上げる怒りを堪えるように笑っていた。カラスがびりびり~と、依然彼女のストッキングを破っていて、きれいな肌がチラリ。

 スバルは彼女の絹豆腐のような生足に固唾を呑んだ。

 カラスがどこかへ飛んでいくと、やがてルナが吠えた! 勢いよく前傾姿勢を取れば、ビヨヨ~ンと背中のくるっくるヘアーが楽しそうに跳ねた。

 

「ふふ、ふふふ! はあ、汚い? どの口が言ってるのかしら~ね? あなたの方こそ十分、汚い男の子よねえ!? 何よその女っ! 私の知らない女だわ! ええい、ののしってやるわ! この変態星河君! ええ、そうだわよ、男装の麗人が好きなエロモヒカン野郎っ! ほら、ミソラちゃんもののしって、ほらぁ!」

「う、うん、ののしるよ! やい、スバル君の変態野郎君っ! その場にひざまづいてニャンと鳴けえっ! この猫ちゃんみたいにね!」

 

 ミソラの頭の上で野良猫が鳴いた。けれど、にゃあという可愛い鳴き声ではなくて、フヒーヒュゴゴゴ、という風邪気味のおっさんみたいな呻き声だった。可愛らしい鼻から、鼻水がでろん。

 

「ごろごろぶひひゅーびゃびゃあん」

「わわっ、猫ちゃんの鼻水が髪の毛にかかっちゃったよ!? わあ、新感覚のコンディショナーみたい」

「ミソラちゃんも汚いな」

 

 雨のせいか、いつの間にか肌寒いなあ、とスバルは鼻をこすった。

 するとスマリンの中のペット、ウォーロック。

 

『おい、スバル……』

 

 ウォーロックがスマリンの中で、ゴクリと喉を鳴らした。非常に面倒くさそうに、

 

『なんだかお二人さんは偉くご立腹らしい。これは……付き合うだけ時間の無駄だ。スバル、ぺろぺろちゃん、走って逃げろ!』

「ここは仕方ない……ルナちゃんとミソラちゃんと距離を置かないと! あれと関わると大変だ」

「そうよダーリン、早く僕たちの愛の巣へ逃げよう! あのドリルロールちゃんとお団子リボンちゃんをふっきるよぉ!」

「あう、手を引っ張らないで下さいキララ先輩。あと、指を絡めないで」

『ラブラブ手つなぎだぁ! がーはっはっは。それ、走れ走れ~』

 

 身の危険を感じたスバルたち一行は、ウォーロックの笑い声と共にその場を後にした。

 

「あ、こら。待ちなさ~い」

「あはは、なんだか鬼ごっこみたいだね。待ってよ~」

 

 しとしとと冷たい雨が降る中で、ゴミ捨て場の少女二人もスバルたちを追いかけた。

 

 星河家の前。ルナとミソラは結局家までついてきてしまった。こう、キララがスバルにベタベタすれば、二人が諦めることはなかった。

 家の庭で、スバルはやれやれと肩を落とした。雨の中、出しっぱなしになっている洗濯物を取り込みつつ、邪魔くさい女の子たちを一瞥する。

 

「え~と……言っとくけどさ、お三方。お茶なんか出さないよ?」

 

 母、あかねの紫ブラジャーを手に、スバルはふん、とそっぽを向いた。

 父、大吾の桃ブーメランパンツを手に、キララがブーメランパンツをスバルの頭に被せた。えいやっ、と。

 

「酷いよう、ダーリン! 僕はこんなにもお嫁さんをしてるのにぃ~」

「わあっ、父さんの匂いだ! って、やめてよキララ先輩。思わずはしゃいじゃったよ……!」

「おっと、いけない。洗濯物が濡れちゃう濡れちゃ~う。あ~は~は~は~」

 

 キララは率先して、星河家の洗濯物を取り込んでいた。もちろんスキンシップも忘れてない。こう、身を寄せてスバルの乳輪の辺りを指でなぞっている……。まるで手練手管のマッサージ師みたいだった。

 スバルは一瞬だけ我を忘れてしまうが、すぐに思いなおって、

 

「ふぁああぁあぁ~……って、こらこら、キララ先輩。手伝ってくれるのは嬉しいけれど、おもむろに僕の制服に手を突っ込むんじゃないよ。そうだね、おへそに指を入れないで。ゲリピーになっちゃうから」

「一緒にお腹ゆるゆるになろうよ~」

「いやだ!」

 

 と、イチャイチャ? していると。

 ルナがイライラした様子で声を荒げた。

 

「な、なにを~イチャイチャしてるのよ! おへその穴って……わわ、普通じゃないわ、そんなの。不潔よぉっ。この変態!」

「キララ先輩は僕のあらゆる穴にチャレンジしてくるんだよ。とにかく帰ってくれよ、キララ先輩」

「急がないと大変だねダーリン。おっと、大吾さんとあかねさんの下着が濡れちゃうよぉっ! それそれ~」

「お、悪いですね、キララ先輩。しかし父さんと母さんの衣類から取り込むなんて、先輩は分かってらっしゃる」

「えへへ~ん。褒められちゃった~!」

 

 と、いちゃいちゃやっていると、

 

「……な、何よ、見せつけてくれちゃって。わ、私だってねえ、洗濯物くらい取り込んであげるわ! え、ええい、見てなさい! あなたのパンツ類をきれいに畳むことだってできるんだから!」

 

 ルナは勢いよく、濡れてしまったパンツに手を伸ばし、

 

「あら、中々ご立派なおパンツねえ。でも、こうして濡れた下着を見ると、お漏らしした星河君を想像してしまうわね! ふふん、なんだか楽しくなってきちゃった。そう思うと、やる気も出るってもんだわ!」

 

 パンツ類だけを率先して取り込みだしたルナ。

 ウォーロックがスバルのポッケから、ひそひそと困惑の様相であった。

 

『あ、あの女、張り切り出したぞ。まったく、面倒な女どもに囲まれたな』

「はは、本当困っちゃう」

『おっと、そうこうしているうちにミソラのターンだ! 目を見張れスバル、あいつも相当しかけてる』

「!? ……あっ、ミソラちゃん!」

「スバル君、私を忘れてない? 言っとくけれど、私はニホン全国民のアイドルで、さらにコダマ中学校のアイドル。だけど忘れないで! まずはあなただけのアイドルだから」

「ミソラちゃん……言ってくれる。草食系オタク男子にはもったいない言葉……リア充イケメングループに聞かれてたら、僕の命はきっとなかったね」

「ふっふっふ。今日から、星河家のキッチンは私の居場所になるよっ」

『へっ、そりゃそうだ。いい嫁になるための条件はなにも洗濯物を取り込むことだけじゃねえ……! 衣食住……ああ、その中でも食は、女を見せるにもってこい! ミソラの野郎、考えている!』

 

 ミソラはいつの間にか、コダマデパートの買い物袋を提げていた。ひょっこり顔を出したネギや、色とりどりの野菜、新鮮そうな肉なんかも確認できる。

 少し引いているスバルに対して、ウォーロックは情報端末の住民として彼に説明を始めた。その口ぶりはどこか興奮しているようだった。

 

『聞け、スバル。おそらく変身して光速でデパートに買い物に行ったんだ。このままだと分が悪いと判断したんだろうよ。お前の胃袋を掴みにかかった!』

「ロック、なんでちょっと嬉しそうなんだよ……」

 

 スバルを取り巻く女の子たちの熱い戦いが始まりを告げようとしていた。

 

  ◆ ◆ ◆

 

 結局キララ、ルナ、ミソラは家の中にまで入ってきた。ミソラの料理は大変おいしく、四人は満腹となった。

 

「げふっ、お腹いっぱいになっちゃった! スバル君もたーんと食べてくれたね! ありがとー」

「歌が上手くて、可愛くて、そしてお料理が上手で心優しい、おまけにちょっとアホ! これが響ミソラだから、参っちゃう。うるさいだけのルナちゃんとは大違いだね!」

『ま、今はそんなことどうでもいいんだけどな!』

「それもそうか。さて、と」

 

 さて、腹も膨れたところだし、ゆっくり言いわけでも始めよう。と、スバルは椅子から立ち上がる。喉をゴクリと鳴らして、リビングの様子を確認。不幸中の幸い、家にスバルの両親はいなかった。

 スバルの父、大吾は科学者として滅多に帰宅しない。しかし母、あかねはそろそろパートから帰ってきてもおかしくない。

 けれど、あかねが帰ってくるまでに彼女らを帰してしまえばどうだろう。雨が降る中、スバルは窓のカーテンを閉めて、手早く話を切り出した。

 

「じゃあ、お二人さん。君たちの誤解を解かないと……ああいや、誤解じゃないのかもだけど……」

 

 言いながら、スバルの口調は歯切れが悪くなっていく。彼は彼女たちの方へ向くことができず、さっきからずっとカーテン相手に、にらめっこをしていた。雨足が強くなり、やがて雨音に押し負けたように黙り込んだ。

 困ったことに、キララのぶっ飛んだ話を、ルナとミソラに話さなければならない。これは自分でさえ冗談としか思っていない話。二人を怒らせてしまう可能性は高い。

 キララの主張は、僕は未来のお嫁さんだ~! という、ただそれだけ。アホだろうね、というのがスバルの見解だった。

 スバルはますます困った。

 ゴロゴロと、空の動きが怪しくなってきた中、やがてスバルは意を決した。どう考えても、キララは頭がおかしいアホだ。そう思って説明することを彼は決めた。タイミングを探りつつ、おもむろに口を開いた。

 

「……突然の出来事だったんだ。出会いがしらの一発、うん、交通事故みたいなもんさ。だってさ、三つ年上の先輩がだよ、なぜか僕たちのクラスに紛れ込んでいてさ。初対面なのに、僕のお嫁さんだ! って言って、ずっとついてきてるんだもの。悪夢と言ってもバチは当たらないね」

「私は、まだ怒らない、怒らないわよ。でも、そうね、なんでまた先輩がお嫁さんなの? 変な話よ。だって、初対面よ! それがお嫁さんだなんて。スバル君と先輩の頭がおかしいとしか思えない」

 

 脚を組んだルナ、イライラした様子で息を殺していた。タイマーが作動した時限爆弾みたいに小刻みに震えている。神経質そうに、トントントンとテーブルを叩いている。

 何か急かされているような気がしたスバルは、頬をかいた。そして咳払いして、恐る恐る口を開いた。

 

「……あ、あ~、そのさ、なんでもキララ先輩は〝未来〟から来たらしいんだ。そう、未来! なんだかすごいよね。未来では、僕のお嫁さんだったみたい。妄想もここまで来ると、感心しちゃう」

「アホくさ! この~っ、バカにして――」

「え、未来!? 先輩は未来から来たって言うの? スバル君! それって素敵なことだと思うな! だってロマンチックだもの」

 

 ルナが立ち上がろうとしたところ、ミソラがびっくりした様子で、スバルの方へ目を向ける。疑っているというよりは、本当に信じているようで、ただでさえ大きい目を見開いていた。

 人を疑うことを知らないミソラの純真さに、スバルは苦笑い。いやいや、と大げさに手を振る。

 

「いや、ミソラちゃん。キララ先輩はおそらく頭がおかしいんだよ。だって、未来だよ? そんなことあるわけないもの。アホなんだよ、きっと。みんなキララ先輩はアホなんだ。僕は被害者だ~!」

「そっかな~。私はアホだけど、キララ先輩は賢そうな顔してると思うけどな」

 

 ミソラは赤々とした頬をさらに赤くして照れたように舌を出した。無邪気な笑顔だった。

 対してルナはフンっと鼻を鳴らし、腕を組んで不満げに目を閉じた。

 

「まあ、アホかどうかはおいといて……そうね、そこだけは星河君に同意しておくわ。先輩は頭がおかしい! もちろん、そんなおかしな女に鼻の下を伸ばしている星河君も大概ね!」

「え、ルナちゃん。怒らないでよ。僕は決して鼻の下を伸ばしてなどは……」

『いや、鼻の下が伸びていた。ぺろぺろちゃんのダイナマイトなボディにお前は確実に屈していた』

「あ、バカ……余計なことを」

『うるせー! 胸はでかい方がいいんだ。結局は、そういうことだろうが!』

「ほら~っ! そ、そりゃあ、私は先輩やミソラちゃんに比べたら胸は小さいけれども! もぉ~」

「……そりゃ、まあ。というか、胸が大事なんだね」

「おバカッ、この年代の女の子のお胸は大事な要素じゃないの! で、でもでも、私はだって中学生になって、女を磨いたつもりなの! それなのにあなたといったら、クラスの隅っこでおかしな女といちゃついてるんだもの! 最悪よ!」

 

 ルナは自分の平らな胸を見つめると、涙目になっていた。鎖骨のあたりに手のひらを当てて~、おへそのあたりまでするする~と気持ちよく手が滑る。キララだと胸が邪魔でこうはいかない。彼女の鼻先は赤らみ、ずびー、と鼻水をすするお嬢様。

 

「えっと、ルナ、ちゃん……? 今は胸のことはいいじゃないか。アホみたいだから、やめて」

「眼中にないってわけね。最悪よ、星河君は……」

 

 最初はルナの忙しい感情の動きにオロオロと狼狽するスバルだった。が、やがて思い至って、パンと一つ手を叩く。

 活路を見出したスバルだった。今、ルナは弱っている! そう確信し、追い打ちをかけることにしていた。

 どこかで雷が落ち、雷鳴にリビングの窓がカタカタと音を立てていた。壁に掛けられた時計が、落ちる。

 キララは二人の間で、なんだか楽しそうに笑っている。が、スバルの腕に抱きついてルナを挑発していた。

 ミソラは雷を恐れてテーブルの下にもぐって、ぶるぶる。ちょうど、スカートからお尻の割れ目が覗いていた。

 スバルは、ふは、ふはははは……っ、と亡霊のように立ち上がり、ゆっくりと口を開いた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「胸が……小さい……? そんなことはどうでもいいんだよ。というかだね、そもそも僕が誰と付き合おうが、ルナちゃんには関係ないだろう! 帰れよ、もう! 中学デビューに失敗して僕はイライラしてるんだ」

 

 スバルがフンッ! と鼻を鳴らして、ルナに言い返せたことをちょっぴり誇りに思う。

 すると、ガシャーン! と音を立てて、ミソラがテーブルをひっくり返して立ち上がった。彼女の頭にはタンコブができており、お団子リボンと合わせって三つのこぶができていた。もちろん皿の多くは割れ、被害額は結構なもの。

 イテテ、と頭をさすりながら、ミソラは残念そうに首を傾げた。

 

「えっとさ、関係あると思うよ? それは、もう酷い言い方だよスバル君」

 

 ミソラはスバルの頬についていた、肉団子のカスをつまみ、食べた。

 スバルはミソラの頬についていた、ラーメンのカスをつまみ、捨てた。

 

「いやいや、関係ないよ。ルナちゃんにもミソラちゃんにも。……君たちは僕をからかって遊んでいるだけなんだから。クラスの誰もが憧れる美少女である君たちだ! どうして、僕に構う必要がある? 君たちと関わるとだね、僕は中学デビューに失敗する! その証拠に僕の友達の数はいまだ0だ!」

『ま、お前みたいな理屈をこねたアホと友達になりたい超アホはいないだろうよ。ロックマ~ンとちやほやされているうちが花だったな。平和な世界じゃ、お前はただのオタクなアホ野郎だ』

「う、うるさいっ! 意味もなくボロクソに言うなよ! 普通に傷ついちゃったじゃないか……」

『ハハハ、悪い。まあ、でも今回ばかりはスバルの言い分が正しいか……。確かにこいつが誰とくっつこうがルナとミソラには関係ねえ』

 

 スバルはコクリと頷いた。あくまで素っ気ない態度に努めて、この場の面倒な女どもは大した存在ではないと言いたげに。

 

「ひ、酷いわ、星河君もウォーロックも」

「うるさい! 早く帰ってくれ」

「ふん、誰が帰るもんですか。居座って、嫌がらせするからね! ふふん、だ! ……ぐす」

 

 ルナは涙を溜めながら、スバルとウォーロックの主張に耳を傾けていたが、そっとハンカチで涙を拭う。そして静かになって、部屋の隅っこでうずくまった。テレビを点けようと手を伸ばすが、手が届かず、観葉植物の影に隠れるように逃げ込んだ。

 ルナの豊かな感情表現にスバルは首を傾げ、やがて床に散らばった皿を拾い始めた。

 カチャ……カチャ……あ、イテ! 指切った! と、やることしばらく。

 ミソラがプク~っとほっぺたをおもちみたいに膨らませて、スバルに詰め寄った。ツン! と指先で彼の額を小突く。油たっぷりの皿にちょっとバランスを崩すが……小突く!

 

「アホ~! スバル君のアホたれ~! 君なんか、工事現場の事故に巻き込まれてぺしゃんこになっちゃえ! えっと……ルナちゃんみたいに上手に罵倒できないけどさ……スバル君はアホの子だよ」

『……や~い、や~い、スバルのあほたれ~。しょんべんたれ~。昨日もおねしょしてたもんな!』

「~~っ。今はいいだろそれは! そ、そもそもだ、ミソラちゃんたちなら、僕以外に素敵な人を見つければいいだけの話じゃないか。わざわざ、文化系のオタクを選ぶことはない。特に君なんか一流のアイドルじゃないか。僕に営業したってしょうがないよ」

『ま、将来の賃金を比較してもスバルの年収はせいぜい150万ゼニーが関の山だ。だったら、今のうちにプロ野球選手の卵に唾をつけておくのが女子力ってもんじゃねーのか?』

「珍しく意見があったね、ロック」

 

 スバルがうんうんと頷いていると、

 

「本当にアホなスバル君。がっかりだよ、もうカッコ悪すぎて目も当てられないよ! 確かにあなたはもう、ただの文化系のオタクかもね。かっこよかった君はもういないんだね~……っ。……ア~ホ~」

 

 しょんぼりと俯いてしまい、ミソラも部屋の隅に向かった。

 すると、ニコニコと笑うだけだったキララがふいに立ち上がった。青紫色の髪の少女は、どこか悪戯っぽい仕草でスバルに抱きついて、

 

「ルナ先輩とミソラ先輩は、大事にしないとだよダーリン? 確かに将来、星河スバルは最終的に僕と結ばれた! だけどねえ、その裏には悲しい出来事があったのだ~よ~」

「今さら突っ込むのも面倒臭い。はいはい、そういう設定だもんねキララ先輩。未来の僕は変な人に引っかかった。今の僕みたいにね」

「も~お、ダーリンったら。まだ、信じてくれてないみたいだね~?」

「ルナちゃんとミソラちゃんもそうだけど、キララ先輩の相手も相当疲れる……」

 

 そろそろあかねが帰ってくるなあ、といよいよ三人を帰らせたいスバル。

 そうして額に手を当てて考え込んでいたところ、キララがスバルの耳元でささやいた。彼女は特別スバルの耳が好きらしい。ささやきつつ、甘い吐息を吹きかけていた。

 

「さてさて、ダーリンに問題です。僕が何で未来から来たのだと思う~? 考えてみてよ」

「……僕は今、君たちを帰らせる方法を考えるので忙しいんだよね。答えなんか知ったことじゃない!」

「むむむ、しょーがなーいなあ。じゃーあ、答えを教えてあげる! 僕はね、ルナ先輩とミソラ先輩と〝恋の真っ向勝負〟をするために未来からやって来たの!」

『恋の真っ向勝負ゥ!? お前、だとしたら先手を仕掛けすぎだろう』

「ああんもう、頭が痛い。んもうっ、キララ先輩、あなたの設定にはついてけません。もう構ってられないから、なるべく早くお家に帰ってください。そして二度と僕の目の前に姿を見せるな!」

 

 と、キララをロックバスターで追い払おうと決心したところ。 

 ピンポーン!

 星河家に誰かがやって来た。そろそろあかねが帰ってくる時間だったが……。

 

「まずい、もしかして母さん? しまったなあ、長々と下らない話をしすぎた」

『むっふっふ、これはまた面白い修羅場になりそうだな! とりあえずミソラが割った皿の数々に卒倒すること請け合いだ!』

「……最悪な展開だ」

『おっと、逃げるんじゃねえぞスバル。ここがテメエの家である以上、もはや逃げ場所なんてねえ』

「わ、分かってるよ、うるさいなあ。あとは野となれ山となれ~だ! 家族会議でもなんでも来いっ!」

 

 スバルはもはや逃げ場所なんてないと悟り、勢いよく玄関へ向かった。覚悟を固めた兵士のように足取りはきっかりとしたものに。追い詰められたことにより、その歩みからは迷いが消えていた。

 土壇場まで来てしまった以上、いくつかを用意しておいた言いわけを並べるだけ。

 ああ、色々なことが起きすぎた、とスバルは熱の孕んだ息を吐く。混乱はあったが、玄関の取っ手に触れれば、ひんやりとした感覚に落ち着きを少し取り戻した。玄関扉をゆっくりと開けた時、笑顔を浮かべることができていた。

 

「おかえり~母さん。あのさ、ちょっと大変なことになっててさ――」

 

 数秒もなかったうち。笑顔が顔に張り付いたまま、スバルは固まり、そこに、

 

『スバル! 逃げろ!』

 

 ウォーロックの叫び。

 

「わわっ!」

 

 玄関にいたのは、スバルの母、あかねではなかった。

 雨、そして雷を時折交える灰色のコダマタウンを背景にいたのは、異形の機械人形。それが起こした行動はスバルへの破壊的行為。

 手に持っていた大槌でスバルを叩き潰そうとしたのだ。

 

「う、うぉお!?」

 

 腰を抜かしたのが幸いした。おかげでスバルはすんでのところで大槌の一撃を避けることができた。

 が、大槌――アースシェイカーは地面を砕き、その衝撃は地球を貫いた。その衝撃波たるや世界を揺るがすほど。

 地響きで星河家が傾き、砕け、今にも倒壊を起こす勢い。玄関はおろか、廊下、風呂場、奥の庭まで地割れで真っ二つ。スバルから見て、地割れの西側が地中の奥深くと飲み込まれていった。

 

「あ、わわわ! ……え、ええ!?」

 

 足場がみるみる沈みはじめ、スバルは訳も分からずジャンプ! 何とか割れた廊下にしがみついた。さっきまで廊下だったのに、もはや崖となっていて理解が追いつかない。

 ガラガラと音を立て、フローリングの板が奈落へと転がり落ちていく……。

 ゾッとしたスバル。ウォーロックに引っ張り上げてもらい、すぐに電波変換。スーパーヒーロー、ロックマンに変身する。

 ロックマンは信じられない悲劇に息を呑み、狼狽。

 星河家を境にコダマタウンの西側一帯が全て沈んでいく。地鳴りと共に、目に見えて地面が視界から消えていく。

 気が付いたらロックマンは、目の前の青い人形兵器をギッと睨みつけ、ロックバスターを発射していた。

 

「う、うわああ! ロ、ロックバスター!」

 

 青い光弾が二発、人形兵器に直撃するが、磨かれた鏡のような装甲にすべて溶けてしまった。熱せられた鉄板に水玉が蒸発した、そんな光景だった。

 ゴゴ、ゴゴゴゴ、とどこかの建物が傾きながら、地球の底へと飲みこまれていく。

 人形兵器は顎に指を当て、ガコ、ゴキ、と首を鳴らした。冷たげな機械の目でロックマンを捉えれば、唖然とする少年戦士が二つの瞳に映される。そして液体金属を思わせる唇がスライムのようにうごめいた。低い声だったが、生真面目そうな口調だった。

 

「あなたが星河スバル博士、だな?」

「あ、……え? なんなんだよ、お前! く、食らえ、ロックバスター!!」

 

 何発も撃ち込んだが、ロックバスターの光弾はすべて霧散してしまった。

 

『ど、どうなってるんだ? 俺たちのロックバスターが効かねえ!?』

 

 ロックマンは膝が砕けたみたいに、よろよろと三歩も後退。ガコッと、ささくれ立った地面に転げた。ペタンとしりもちをつく。

 

「私はアース、元スバルチルドレンの軍用兵器。この身を守るホシカワ粒子の前ではすべては無意味」

「ス、スバル……チルドレン? ホシカワ粒子?」

「私は未来の世界で星河スバル博士、あなたに製造された兵器ということだ」

「? !?」

「スバルチルドレン改め、現在は〝スバルキラーズ〟として、作戦行動中だ。むろん未来の世界で、あなたは既に抹殺済み。あとはあなただけ」

「え? ええ……!? なにを言ってんだ? な、なにが起きている……。わ、わけが分からないぞぉっ!」

『俺だって、分からねえ! とにかく全力をぶち込め! 今までの敵とはまるで違うぞこいつは!』

 

 ウォーロックの尋常ではない焦り。

 ロックマンは強張った表情のまま、今出せる全ての力を発揮した。左腕を物質化した電波の剣へと変えて、アースへと切り込んだ。

 しかしアースには何一つ、届かなかった。ハエを掃うような手首の返しだけで吹き飛ばされた。壁を破り、リビングで転がったロックマン。腕の感覚はなくなっており、ひしゃげた左腕の電波データが破壊されていた。

 家が壊れて、屋根のなくなったリビングに雨が降り込んでいる。ロックマンにとって、泣きたくなる光景だった。

 転がり、宙を仰ぐロックマンの視界には、変身したキララの姿があった。彼はもう、状況についていけていなかった。

 

「キララ、先輩……? これはどういう設定、ですか……?」

 

 ロックマンはわけが分からないと言いたげに、薄ら笑みを浮かべ、ゴポゴポと血を吐いた。

 目の前のキララは透き通るような白いドレスを身に付けたロックマンになっていた。

 ロックマンの混乱が極まる。

 アースがキララに因縁を付ければ、カオスの成長は加速した。

 

「セイバー・ブライド……! お前も来ていたのだな!」

 

 キララは今、白いウエディングドレス姿のロックマン。彼女は、ロックマンとルナとミソラを守るようにリビングに侵入してきたアースと対峙している。

 身の丈が倍は違う相手を前に、キララは落ち着き払っていた。いや、いつもと何も変わらない愛らしいいたずらっ子な様子そのままだった。

 未来からやってきたというわけのわからない敵を相手に、自称花嫁は意気揚揚と語る。

 

「ちょっとわけが分からないかもだけど~。うふふ~、落ち着いてねダーリン! うんとね、僕は未来からやってきたの。そこのスバルキラーズからあなたを守るために! もちろん、あなただけじゃない。あなたの未来のお嫁さんたちだって守るために、私は来た!!」

「!? キララ、先輩……?」

「僕は三番手! ルナ先輩とミソラ先輩の後のお嫁さん。おーけー?」

 

 青い機械人形、アースがぐっと顎を引き、キララを睨んだ。

 

「セイバー・ブライド……お前がなぜ、この時代にいるのかは問わない。だが、私たちの邪魔はしないでもらおうか」

「そうは問屋が卸さな~い。ダーリンがおかしくなって殺されたのは、そもそもルナ先輩とミソラ先輩が殺されたから。まずはここから変えていかないと、未来は始まらないのさ。だから邪魔、しちゃうぞ~っと!」

「お前がいくら頑張ったところで、変わらない。博士の手によって、私たちは生まれ、自我を持ち、そして博士を越えて倒した。もう博士はいらない! どの世界からも時間からも消し去ってやる!」

 

 顔面の液体金属を鬼気迫る表情に変化させ、アースは一喝。振り下ろされたアースシェイカーで大地を砕く。

 人形兵器の力は恐ろしく、ガクンと海抜が下がり、ニホン国の存在が危うくなる。空がどんどん遠くなり、地獄へと呑み込まれていく。

 崩れた壁から、温泉街のように地熱の煙を上らせるコダマタウンが見えていた。地鳴りが強くなり、大地の沈下速度が加速した。

 横殴りの雨の中、ルナとミソラが悲痛な声を上げていた。地下の溶岩層へ呑み込まれていくコダマタウンの光景もそうだが、キララの言うことがいよいよ真実味を帯び始めていた。宣告された自分たちの死さえも、そうだ。

 

「わ、私たちが殺される!? ど、どういうことよ! キララ先輩」

「お、落ち着いて、ルナちゃん。あんまり前に出ると危ないよ!」

 

 ミソラが制止するが、ルナはすっかり気が動転していた。這い這いの体で訴えた。

 

「危ないですって? もうコダマタウンはめちゃくちゃじゃないのよぉっ。安全な場所なんてないじゃない! 世界はもうおしまいよ!」

 

 ルナの言うとおり、地割れが連鎖的に広がり、地盤はめちゃくちゃ。コダマタウンは星河家を中心に沈もうとしていた。コダマタウンの西から向こうはもう何も見えず、数十キロ先のビル群が沈んでいくのがうっすらと見えるだけ。

 目の前の光景は恐ろしい。そしてルナをパニックにさせるものは、なにも大地の崩壊だけではなかった。気が付いたら、雨が降り注ぐリビングで、テレビのニュースが流れていた。倒れたテレビ、ノイズの混じった音声が雨音と混じって、不安げな調子だった。

 

《世界のクニグニが突如としテ、空前絶後の天変地異に襲われてイマス。

〝ニホンは大地震の影響で沈んデイき消滅〟

〝アメロッパは謎の光二包まれ〟

〝シャーロのキオンは-200℃ヲ越え死者はケイソク不可〟

〝チョイナの大気ハ謎の闇に包まレ〟

〝ヨーリカでは大陸を抉るハリケーンが巻き起コリ〟

〝アッフリクでハ食人植物がタイリョウ発生〟

〝アジーナは大津波にノみコまれカイメツ〟

〝ブラゼンチリは火山ノ大噴火〟

世界はモウ、終わりでス。モう終わリ、オワリ……セカイノ終わり》

 

 不吉な宣告と共に、テレビは地響きによって傾斜のついたカーペットの上を滑り、やがて地割れの中に消えていった。

 ウォーロックが固唾を呑み、スリルを楽しむかのように短く笑った。

 

『ヘッ、マジかよ。まったくいきなりの展開だ。チクショウめ』

「ほ、ほら、世界はもう終わりなのよ! その上、私たちが死ぬですってよ、この変態女! 頭がどうにかなっちゃいそうよ!」

 

 ルナがひくひくと笑う。

 

「お、落ち着いてってばルナちゃん。キララ先輩の話を聞いてあげようよ」

 

 ミソラの言葉に、キララが真っ白い剣を取り出し構えた。天使の羽のような剣をアースに向け、

 

「うふふ、安心して二人とも~! 私がこうして未来からやってきたからには~もう大丈夫! ダーリンが愛したあなたたちを死なせはしないんだから!」

 

 すぐにアースへと飛び掛かり、

 

「そのために私はやってきたんだからぁっ! てやー!」

「血迷ったなっ! セイバー・ブライドォオオッ!!」

 

 瞬目のうち、アースシェイカーを振りかぶったアースと、キラキラと白い光をちりばめるキララが交差した。

 思いのほか体勢を崩したキララ。彼女はゴロゴロと転げ、顔面から便座に突っ込んで沈黙。

 一方でアースの一撃でニホンの地盤は完全に破壊された。コダマタウンを中心に崩壊を始め、数百キロ先の海岸線から迫ってきた海水が流れ込む。コダマタウンの周囲は超巨大な滝で囲まれた……。

 いつの間にか、大瀑布の霧によって雨がかき消されていた。島や、大陸プレートすらも流れ落ち、地底へ消えていく。

 身の毛もよだつ獣の咆哮だけを大瀑布は上げ続け……しばし、破壊の時間が流れていた。

 キララの無様な姿を一笑にふして、アースは一歩、二歩とロックマンたちに向かって歩む。重量のあるボディは、リビングのカーペットにくっきりとした足跡を残し、ロックマンたちに迫った。液体金属の顔面は無機質な表情を作っており、無慈悲な悲劇を予感させている。

 

「……う、うわあっ、来るな! ロックバスター!」

「効かん!」

『ホシカワ粒子ってやつか? クソ、マジで未来の兵器なのかこいつは!?』

「だ~か~ら~、さっきから僕たちは未来から来たって言ってるのにさ~どうして分かってくれないかな~!」

 

 便座ごと体を起こし、キララは立ち上がった。便座を被ったせいで、前が見えないのかあさっての方向を指差して、えっへんと胸を張った。

 

「スバルキラーズが一人、地震兵器アース。よ~し、そっちの負けだ~っ!」

 

 キララはロックマンたちに背中を向けていた。

 

「ちょっ、ふざけてる場合じゃないでしょ! 目の、目の前まで来てるのよ! な、何とかしなさいよう!」

 

 ルナがぶるぶると震え、ロックマンの後ろに隠れた。

 

 キララはさらに明後日の方を向きながら、腰に手を当ててご自慢の胸をさらに張る。どこか誇らしげだった。

 

「大丈夫だって、ルナ先輩。もう勝負は終わっている。だってね~、私はだね~、ロックマン・セイバー・ブライドだから! スバルキラーズなんかには~負~けないのだ~っ!」

「ほざいてろ、出来損ないが!」

 

 アースは再びロックマンを叩き潰そうとアースシェイカーを振りかぶった。

 と、同時に、

 

「まずは一人! ダーリンと僕の未来の一歩目だ。じゃあね、アースっ」

 

 キララがパチンと指を鳴らすと、アースの体は縦に真っ二つに割れてしまった。

 

「なっ……、ば、馬鹿な……理論上のスペックではスバルキラーズの方が……上回っているはず……ど、どうして……?」

「うふふ~ん。だって、僕は星河スバル博士に愛されていたもの! 分かるかな~? これが愛の力ってやつさ!」

「く、くそぉおっ……セイバー……ブライドーーーー……ッ!」

 

 断末魔の後、アースは絶命。二つに分かれた死体は大槌の重さに引きずられ、地割れの中に転がり、そして消えた。

 ついでにキララの頭部にはまっていた便座も割れた。

 汚水を拭うと、いつもの愛らしくて、悪戯っぽい笑顔をキララは浮かべた。未来への希望を見ているような瞳は、キラキラとしていた。夢が詰まったような柔らかそうなほっぺたはニマ~とふっくら。

 ロックマンたちは唖然とし、未来からやって来たという少女を見つめるばかり。

 

「うふふ~! 信じてくれた? 僕はルナ先輩とミソラ先輩より先にダーリンと結婚するためにやって来たっ! さあ、未来を変えるぞっ!」

「キララ先輩、あなたは一体……」

『うははは、こいつはマジだ。まったくとんでもねえな! いかれてやがる』

「いや~、もうどうなっちゃうのよ~私たち! 意味不明よぉ! うええ~ん」

「う~ん、よく分かんないけど、キララ先輩には負けないぞっ! うお~」

 

 崩壊した世界にて、こうしてスバルと三人の女の子たちのお嫁さんレースが始まった。

 これは生き残った男女が未来を変える物語。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。