帝国建国記 ~とある休日、カフェにて~   作:大ライヒ主義

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第死話・・・神のご加護がありますように

                 

 進歩の時代、急速な科学の発展と産業革命は光と闇の両方を生み出した。伝統的な職人技に頼っていた生産現場と市場は大きなパラダイムを迎えつつあり、至る所に工業化と自由貿易の波が押し寄せている。

 

 変化は勝者と敗者を生み出し、社会を二分する。

 富める少数の資本家と、貧しき多数の労働者。

 勝者はいっそう進歩的に、敗者はいっそう保守的に。

 

 

 かくして勝者の側は自由化によって工業化に成功しつつあった旧「王国」であり、敗者の側は関税と規制に守られた時代遅れの旧「二重帝国」であった。

 

 

 そしていつの時代も、少数の資本家や進歩的な知識人が改革を先導し、大多数の民衆は古い迷信と因習に囚われたままで保守的だ。

 

 科学と技術が発展すれば発展するほど、変化を嫌う民衆は保守的になっていった。長年現場で培ってきた経験が役に立たなくなり、雇用が機械に代替されるとなっては保守の他に頼るべきものが無かった。

 

 

 それは恐怖であった。知らないあいだに世界が変わっていき、しかも変化の流れから自分たちが取り残されることへの怯えでもあった。

 

 

「では、軍人さんにも神のご加護がありますように」

 

 

 科学と工業の町、ベルンでは聞かれなくなって久しい挨拶が、ここヴィエンナでは日常的に聞かれるのもそういった理由からだろう。笑顔で手を振って去る給仕の後ろ姿を、やや引きつった表情で見つめるターニャ。

 

 

(まったく、人間というのは度し難い。己の弱さゆえに、理性よりも迷信を信じるようになる)

 

 

 古の宗教が再び力を持ち始めたのも、こうした時代背景があったからだろう。古い権威と権力が加速度的に削られていく時代にあって、反動のように熱心な信者の数も反比例的に増えていく。

 

 

 今でもそうだが、帝国の宗教は二分されている。すなわち「旧教徒」の多い「二重帝国」および「同盟」南部と、「新教徒」の多い「王国」および「同盟」北部であった。 

 

 

 

 もっとも三者のうち『同盟』というのはフランソワ第一帝政が作った傀儡政権を基にしており、中身は雑多な領邦の寄せ集めである。

 すなわち4つの王国、5つの大公国、13の公国、17の侯国、3つの自由都市の連合体であった。

 

 しかし現「帝国公用語」を話すという、ただ一点において彼らは繋がっていた。

 

 

 やがてアルビオンとフランソワに端を発した「民族自決」の時流が広まると、「帝国公用語の届くところ、そこが帝国の境界である」として統一の動きが加速する。

 

 もちろん、現実的な問題もある。工業化に成功しつつあった「王国」を中心に、各国の経済界は「統一された帝国」という市場を欲していた。

 

 

(ここまでは、転生前の世界と同じなのだがな……)

 

 

 帝国統一………それは、『帝国』人なら誰でも知っている歴史の話である。転生者ターニャ・デグレチャフが知っている世界の歴史と似ているようで、微妙に違っている物語。

 

 

 ターニャは大学でそれを学んだとき、大いに驚愕したものだ。まさかの歴史IFが、そこにはあった。

 

 

 

 **

 

 

 

 帝国の統一を巡る方向には、二つの選択肢があった。「二重帝国」を含めた「“大”帝国主義」、そして二重帝国を含めない「“小”帝国主義」である。

 

 

 焦点となったのは、「二重帝国」に住む少数民族の存在であった。

 

 多民族国家の「二重帝国」ではこれら少数民族を合計すると実に人口の75%にも上り、彼らを組み込めば流行りの「一民族、一国家」を基本とする「国民国家」を建設することは不可能となる。

 

 

 中には「二重帝国」から少数民族地域を独立させ、無理やりに同一民族の統一国家を作るという案もあったが、領邦の不可分を宣言していた二重帝国がそれを認めるはずもない。

 

 そもそも二重帝国における帝国統一の動機は、国内の少数民族の封じ込めという政治的な理由にある。

 ほぼ単一民族から構成されている王国と同盟を組み込むことで、国内の少数民族比率を下げることにあった。

 

 

 様々な思惑が重なり合った結果、統一運動を目指した「国民議会」は二つに割れ、「二重帝国」の推す「“大”帝国主義」と王国の推す「“小”帝国主義」が正面からぶつかり合う。

            

 

 統一を巡る「王国」と「二重帝国」の主導権争いに、先手を打ったのは「二重帝国」の方であった。

 

 旧教教会に独自の裁判権や学校教育権を認める代わりに、皇帝家による支配体制の維持への協力を約束させた「政教条約」を結んだのだ。

 教会は二重帝国を支える大きな支持基盤となり、貴族の特権廃止などの改革が漸進的に進んでいく。

 

 科学の黎明期、宗教勢力は衰退しつつあるとはいえ、未だに無視できない力をもっている。

 教皇のお墨付きを得た「二重帝国」側は南部を中心に「同盟」の取り込みを着実に進めていた。

 

 

 だが王国もまた、「鉄血宰相」の指導のもとで遅れを取り戻そうと動き出していた。

 

 

 具体的には帝国統一案において、少数民族を除いた「男子普通選挙」を約束するという手だ。これは多くの民衆の望みであり、多くの自由主義派の支持を得た。

 

 しかし「二重帝国」と「同盟」に所属する全ての国家はこれを拒否――理由は単純で、男子普通選挙が実施された場合、最大の議席を獲得するのは単一民族人口では最大を誇る「王国」が圧倒的に有利となるからだ。

 

 

 一方の「二重帝国」。最大の人口を持つとはいえ、選挙権をもつ覇権民族の割合はせいぜい25%ほど。近代的な男子普通選挙など堪ったものではない。

 

 とるべき道はただ一つ。昔ながらの特権階級による貴族政治である。その点で「二重帝国」と「同盟」の利害は一致していた。

 




 「ドイツ統一」って高校レベルの世界史だと「普墺戦争で工業化の進んだプロイセンにオーストリアが負けたからオーストリアがハブられた統一ドイツが成立した」ぐらいの説明ですけど、実はプロテスタントとカトリックの争いや、自由貿易か保護貿易かの争い、地方分権か中央集権か、あと当時の外交関係など色々な要因が相互に重なった結果なんですよね。

 それが面白くもあるんですが、ヘッセン=カッセルやらバイエルン王国やらザクセンなど中小国の事情まで調べ始めると頭が痛くなってくる・・・。

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