帝国建国記 ~とある休日、カフェにて~   作:大ライヒ主義

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第惨話・・・死してなお

                       

 『帝国』は皇帝の国家である。皇帝ただ一人の威光の下に、万民が集い繋がれる。それゆえ戦争中であろうと、皇帝の式典とあれば豪華で厳めしいものでなくてはならない。

 

 

 大聖堂にて、開始を告げる鐘が鳴る。それが始まりの合図だった。

 

「あっ、航空ショーが始まりましたよ! 」

 

 ヴィーシャが窓の外を指差す。そこから空を見上げれば、いくつもの飛行機が紙吹雪を降らしながら一糸乱れぬ編隊飛行を組んでいる。

 

 飛行機が去ると、お次は魔導師の出番だ。縦横無尽に天を駆け巡り、すれすれの場所で互いにすれ違い合ったりとスリリングな曲芸が大空をバックに繰り広げられていく。

 

 

「お客様」

 

 やがて航空ショーが終わるタイミングを見計らって、中年の愛想の良さそうな給仕の女性が声をかけてきた。

 

「ご注文の品をお持ちいたしました。こちらが当店自慢のヴィエナー・クーゲルクップフになります」

 

 そう言うと、流れるような動作でターニャたちの机に小奇麗に盛り付けられたケーキを置く。 

 

 

「わぁ………!」

 

 

 クグロフのような形の、小麦色をしたケーキにヴィーシャが目を輝かせる。

 

 

 ヴィエンナー・クーゲルクップフとは「ヴィエンナの丸く小高い丘」という意味で、結婚式や祭事のときに出される特別なケーキだ。

 今回の式典を記念して、パン職人でもある店主が腕によりをかけて作ったのだという。

 

 

「うぅ~ん、このレモンとバニラの香り……レーズンもたっぷり入ってて、濃厚なのに食感が軽い……!」

 

 美味しそうにケーキを頬張るヴィーシャに、給仕も誇らしげに胸を張る。

 

「ウチのケーキは、その食感が自慢なんです。砂糖とバター、そして卵の混ぜ方と温度がコツですね」

 

「流石です! まさに職人の技、ですね!」

 

 

 機械化と合理化の全盛期において、いまだヴィエンナでは古き良き伝統を頑なに守り続けている店が多い。

 

 自分たちの歴史を、変わることなく後世に伝え続ける……その保守の気風こそが「二重帝国」時代から続く、ヴィエンナ人の誇りなのだ。

 

 

 それゆえか、敬虔な旧教徒の信者もまたヴィエンナでは多く見られる。科学の全盛期でさえ、日曜の礼拝を彼らは欠かすことがない。

 食事の前にはほとんどの人間が十字を切るし、司祭は尊敬される職業のひとつであった。

 

 

「ほらほら、聞いてください! ヴィエンナの少年聖歌隊ですよ!」

 

 

 航空ショーが終わると、続いて控えていた聖歌隊によって讃美歌が歌われる。

 

 帝都中に響く華麗な調べにヴィーシャはうっとりと聞き惚れ、ヴァイス中尉もまんざらでも無さそうにコーヒーに口づける。

 

 

(ちっ……)

 

 もちろん、というか案の定、ターニャは不機嫌だ。

 

(どいつもこいつも神……いや存在Xがそんなに有難いか。祈ったところで助けてくれるものか)

 

 そもそも、とターニャは思う。

 

 

「神が助けてくれるのなら、最初から我がライヒはこうも苦労はしていないだろうに」

 

 

 無神論者としては当然の見解だ。皮肉にも、神などいないということが今まさに彼女がいる場所――ヴィエンナを帝都に頂く軍事大国『帝国』で証明されようとしているのだから。

 

 

 歴史を紐解けば『帝国』の起源は、ほぼ現在の帝国領と同じ領域を支配していた『神聖ロマヌム帝国』にまで求められる。

 イルドア王国の祖先、かつて大陸に覇をとなえた古のロマヌム帝国の系譜を引き継ぐとされる、1000年続いた『帝国』のご先祖様だ。

 

 

「……ここにあるのは、その“亡霊”とでも呼ぶべきか」

 

 

 元より、そんなモノがあったかどうかも怪しいシロモノ。名前こそ存在するが、それ以上の実体があるのかと問えば哲学の領域に入ってしまうほど。

 

 

 

 “神聖でもなければロマヌムもなく、そもそも帝国ですらない!”

 

 

 

 同時代の偉人にそう評され、『帝国の死亡証明書』と揶揄されたオスナブリュック=ミュンスター講和条約にて解体された過去の遺物である。

 宗教を原因とする戦争によって、神聖ロマヌム帝国は200年以上も昔に一度滅びたはずであった。

 

 結果、この地方の集権化は遅れに遅れていく。

 

 なにせ300以上もある、帝国内の全ての領邦に主権が認められたのだ。大国はもちろん、都市国家規模の自由都市や公国に司教領など数えればキリがない。

 

 

 それでもしぶとく形だけは存在していたが、それもフランソワ第一帝政によって解体されてしまう。

 とうのフランソワ第一帝政も後にルーシー遠征の失敗によって崩壊するが、続く反動保守のヴィエンナ体制が「諸国民の春」によって瓦解するまで、旧帝国領は大きく3つに分けられていた。

 

 

 

 すなわち北方の『王国』、西方の『同盟』、そして南方の『二重帝国』

 

 

 

 運命の歯車が僅かにでも変わっていれば、彼らは別々の国として違う道を歩んだのかもしれない。

 

 だが歴史は未来への前進を許さなかった。数多の人々の想いに翻弄され、帝国は全力で過去へ向かって猛進する。

 

 

 ゆえに神聖ロマヌム帝国は死してなお成仏を許されぬ。

 

 

 墓は暴かれ、骸骨は棺桶から引きずり出されてしまった。

 

 

 

 かの屍は今なお『帝国』として現世を彷徨っている――。

 

 




 改めて考えると『帝国』の地図ってほぼ神聖ローマ帝国だよなぁ……

 微妙にセルビアとかガリツィアとかトランシルバニアとか入っているけど。

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