帝国建国記 ~とある休日、カフェにて~   作:大ライヒ主義

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 オーストリア=ハンガリー二重帝国を愛する、全ての人々に本作を捧ぐ
  
  
 
 
  


第遺血話・・・帝都ヴィエンナ

              

  大陸には幽霊が出る――『帝国』という名の幽霊が。

 

        ハンス・フォン・ゼートゥーア「回想録」

 

 

 

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 その国はかつて、『民族の牢獄』と呼ばれた。

 

 

 戦争に負け、改革に失敗した。

 

 民主主義は弾圧され、自由主義は鎮圧された。

 

 

 ゆえに産業革命は起こらない。未だ彼の国は時代遅れの封建国家である。

 時代遅れの因習に取り憑かれ、諸国民は今も牢獄に囚われている。

 

 

 ――その牢獄の、またの名を『帝国』と呼ぶ。

 

 

 

 時は「良き時代」と呼ばれしベル・エポック。科学が古き伝統を駆逐し、未開拓地が次々と地図に塗り替えられていく。文明開化と民族主義の嵐が吹き荒れ、誕生したばかりの国民国家が世界中で産声をあげていた。

 

 その進化と発展の荒波の中にあってただひとつ、その国だけは動かない。偉大なる『帝国』だけはまるで時を止めたかのように、古き時代へと回帰していく。

 

 

 時よ止まれ。お前は誰より美しい――。

 

 

 それはひとつの歴史が生んだ狂気。純粋すぎる願いが生んだ呪い。栄華の過ぎ去った後でなお、それを維持せんが為に産み落とされた忌み子であった。

 

 

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 どんっ、と豆鉄砲のような気の抜けた銃声が響く。

 

 それもそのはずだ。儀仗兵の射撃パフォーマンスで実弾は入っていない。実用性より装飾性を優先した煌びやかな礼服に、見栄え優先の一糸乱れぬガチョウ脚行進………死線を潜ってきた前線帰りには、さぞ滑稽に見える光景だろう。

 

「……まるでハイスクールのお遊戯だな」

 

 いつもの通り、いつもの様子でターニャ・デグレチャフ少佐は浮かれ騒ぐ街を歩いていた。前線での長期勤務が終わり、戦況も落ち着いたということで休暇の真っ最中である。

 

 しかし彼女がいる場所は、タバコ臭い上司のいる『首都』ベルンではない。1000年以上の歴史と格式を持つ古都にして『帝都」ヴィエンナである。

 

 

 『首都』とは国家権力の中心であり、中央政府が所在する拠点である。

 

 『帝都』とは国家権威の中心であり、皇帝陛下のあらせられる場所である。

 

 

 

 帝都は勅令により、皇帝のおわす場として定められた。しかし帝都ヴィエンナは帝国の中心とは必ずしもいえない。

 

 なにせ『帝国』の行政機構はいくつもの領邦に分散されている。しかもそれぞれの領邦が中世さながらの高度な自治権を保有していると来るから、とうてい単一国家とは呼びようもない。

 たとえば王冠領は固有の政府と軍隊を保持していたし、選帝侯国もそれぞれ独自の法律と裁判権を保有している。しかも諸外国の目には奇異に映るそれが、『帝国』では当たり前のこととして受け止められていた。

 

 そしてこの権力の分散こそが中央集権型の国民国家というより、まとまりと求心力と中心を欠いた、緩やかな領邦国家の連合になり下がった、伝統と格式ある『帝国』の実態を表していたのである。

 

 

 **

 

 

 たとえ世界を巻き込む大戦争の最中であろうと、『帝都』ヴィエンナの美しさが損なわれることは無い。

 

 白亜の大理石で作られた彫刻に、壮麗な石畳のメインストリート。その両脇に緑豊かな街路樹が植えられ、背後には重厚な石造りの高層建築群がそびえる。

 

 ターニャがこの都に来るのは初めてではない。士官学校時代、卒業を控えた生徒たちは全員がこの都に出向く決まりになっている。偉大なる皇帝陛下の御前で、「帝国と皇帝への忠誠」を宣誓するためだ。

 

 

「あれから2年……どこも戦時下ムードだというのに、さすが帝都は違うな」

 

 

 それは讃美か皮肉か。あるいはその両方か。

 

 どちらにせよ、伊達に十世紀以上も続いている古都ではない。この街には帝国の歴史、すなわち帝国千年の伝統と妄執が今なお息づいているのだ。

 

 

 

 しばらく歩くと、メインストリートの先から手を振る女性の姿があった。  

 

 

「少佐! 席を確保してきました!」

 

 

 ヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ少尉……通称:ヴィーシャはルーシー連邦領土からの亡命者の娘で、ライン戦線からターニャと共に戦い続けている古参の魔導師である。

 

 

「道の反対側にある、木組みの建物の二階がカフェになってます。ヴァイス中尉が窓際のテーブルを確保したので、パレードもよく見えますよ」

 

 

 「コーヒーの味も確認しました!」と胸を張るヴィーシャは、ターニャが認めている数少ない“使える”魔導師だ。

 

 最初こそ根性ぐらいしか取り柄が無かったものの、実戦を経てめきめきと成長し、いまや兵站・部隊運営になくてはならない副官となっている。

 

 そして何より、コーヒーを淹れるのが上手い。そのヴィーシャが太鼓判を押すのだから、少なくとも不味い店ではなかろう。

 

 

(パレードにあまり興味は無いが、このまま人ごみに揉まれているよりかはマシか……)

 

 そう判断したターニャはゆっくりと頷き、ヴィーシャの提案を受けることにする。

 

「感謝する。これで多少は有意義な時間が過ごせそうだ」

 

 鷹揚にも取れるターニャの返答だが、付き合いの長いヴィーシャにとっては慣れたものだ。軽く受け流すと、一緒に歩きながら鼻歌を吹く余裕すらあった。

 

「ふんふ~ん♪ ふんふふ~ん♪」

 

 

(少尉め、随分とご機嫌だな……)

 

 気楽そうでおめでたいことだ、と喉まで出かかった言葉を呑み込む。敢えてウキウキ気分に水を差してやるほど、ターニャも悪魔ではない。

 

 それに――浮かれているのはヴィ―シャばかりではない。誰もが胸を躍らせ、これから始まる出来事に心をときめかせている。人々はこの場に居合わせることが嬉しくて堪らない様子だ。

 

 

 ――『帝国』皇帝即位八周年記念軍事パレード

 

 

 彼らはこの儀式にその身を委ねるためにここにいる。今日は特別な日で、おめでたい祝日である。そして祭りの中心には、『帝国』そのものがあるのだ。

            




 作者のオーストリア=ハンガリー二重帝国愛の爆発した作品です。

 つたない文章ですが、楽しんでいただければ幸いです。

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