ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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 ムーパパさん、誤字報告ありがとうございました!


 ※注意※
 この第三話にはグロテスクな表現が含まれています。
 


第3話 心ガ壊レル音

 時刻未明 場所不明

 

 

 少年はうめき声をあげて目を覚ました。

 目を凝らさねばならないほどの暗い部屋、視界には鉄格子があった。こちら側とあちら側を隔たるように断絶されている。

 鼻につくのは謎の異臭。何やら肉が腐ったような、不快感を加速させる刺激臭。肉が腐ったような、ではない。文字通りそれは腐敗していた。壁に、床に、到るところにへばりついており、虫が集るように飛んでいる。

 

 極めつけは少年の腕を縛り上げている鎖だ。

 それは銀色のモノではない。もっと粗末な外見で、所々が錆びついている。

 絶対に破壊することが出来ない縛鎖。両腕に巻き付いたそれは天井から伸びており、少年の足は床とギリギリ届かない高さで調整されていた。

 

 少年が身に纏っているのは拘束衣だ。

 最初は白色であった筈が、今となっては黒く淀んだ色に変色しており、到るところが破れており素肌が露出していた。

 

 誰が見ても痛々しい姿。

 身に纏っている衣類、少年がいる環境、不快感しかない状況。

 何よりも痛々しいのは少年の表情であった。焦点が合っていない濁った蒼い眼で、ただ虚空を見つめている。表情からは感情も、意思も読み取ることが出来ない。少年はただその場所に“ある”だけだ。ただそこにいるだけの存在と化していた。

 

 身動き一つ取らない。

 もしかしたら死んでいるのではないか、と思えるほど少年の存在感は希薄なモノであった。

 

 光源などない。

 窓も扉も、電球すらない暗黒の空間に、少年はただ拘束されていた。そこが少年のあるべき場所、少年のいるべき部屋であるというかのように、部屋主である少年は中央で拘束されていた。

 

 そんな人間がいるべきではない場所へ、一人の男が現れた。

 突然現れた男は、独房に入るや否や、顔を不快感に歪ませたて、侮蔑しきった声で口を開く。

 

 

「相も変わらずここは、君に相応しい部屋だね?」

 

 

 そうは思わないかい?と言う長身の男に、少年はただ無反応を貫いていた。

 意図的に反応していないわけではない。ただ単純な話し、少年には“余裕”が無いのだ。

 情報を最低限遮断していなければ、心が壊れてしまうから。生きるための最大限の防衛本能の結果、少年は無意識に感情を希薄なものにしていた。

 

 それが自分に対する反抗であると認識したのか。

 長身の男は自分の波打つ金髪を苛立ちながらかき分けると、わざと踵を鳴らすように少年に接近して。

 

 

「妖精王である僕がわざわざ出向いてるんだ。その反応は失礼じゃない、かな!?」

 

 

 その頬を思いっきり殴りつけた。

 苦悶の声すら上がらない。ギシギシと鉄と鉄が擦り合わさるような音が、少年の捕縛している鎖から響く。

 

 血の味はしなかった。

 何せこの場所は――――仮想空間であることを少年は知っている。

 こうして痛めつけられたことなど数知れず。両足を切り落とされることもあった、肉を順に削ぎ落とされることもあった、全身を串刺しにされて放置されたことも合った。

 それでも死なないのは、仮想世界であるからだと少年は結論付ける。

 

 ここで初めて、少年は『妖精王』と自称する男の存在を認めた。

 波打つ金髪が豊かに流れ、その額には白銀の王冠。身体を包むのは濃緑のゆったりとした長衣。何よりも注目するべきなのは、その背に生えている羽だろう。人間にはない器官、それは蝶のようなな美しい四枚の羽。

 なるほど、妖精の王を自称するだけあってその外見は優雅なものであった。

 

 だが表情が何もかもを台無しにしている。

 下卑染みた笑みを浮かべて、満足するように頷いて妖精王は言った。

 

 

「おっ、いいよいいよ。死んでないみたいだね?」

「……あぁ、お陰様でな?」

 

 

 皮肉げに口元を歪めて、少年は笑みを浮かべた。

 小馬鹿にするように、妖精王の存在を今気づいたと言うかのように、少年は気軽な口調で言うと。

 

 

「最近、結構な頻度で来るよなテメェ。まさか暇なのか?」

「いやいや、わざわざ君のような男の顔なんて見に来るほど暇じゃないよ。それもこれも、科学の発展の為。仕方ないことだ」

「ハッ、笑わせんじゃねぇよアーパー野郎。コイツはテメェの趣味みたいなもんだろ」

 

 

 どれほど痛めつけても、少年の減らず口は収まらない。

 妖精王は不快気に顔を歪めると、直ぐに笑顔に変えて楽しそうな口調で少年に言った。

 

 

「そう言えばね、今日初めてキリト君にあったよ」

「――――」

 

 

 妖精王の言葉が少年にどれほどの意味を与えたのか。

 目に見えていた嘲笑がピタリと止まると、少年は表情を殺して応じる。

 

 

「おい、あのヘタレ剣士には何も出来ねぇよ。そっとしておいてやれ」

 

 

 その反応が気に入ったのか、妖精王は笑みをますます深めていく。

 ヒッ、ヒッ、と甲高い声を笑い声を漏らしながら、妖精王は軽い足取りで少年の周りを歩き始めた。

 

 

「それは難しいな。何せそれは、僕と君との約束に含まれていない」

「…………」

 

 

 ギリッ、と奥歯を噛みしめる。

 このまま歯を砕くような勢いで、苦虫を粉々に噛みしめるかの如く、少年は極めて低い声で唸った。

 

 

「もう一度言うぜ。アイツに、何も、するな」

「……君は何もわかっていないなぁ?」

 

 

 呆れた口調で呟きながら、妖精王は少年の視線の前で動きを止める。

 それから再び顔面を殴りつけて、少年の金色の髪の毛を乱暴に掴んで、ゆっくりと丁寧な口調で言った。

 

 

「何もしないで下さい、だろ? 僕に命令できる立場なのか茅場ぁ??」

 

 

 その言葉は人間の尊厳を踏み躙るモノであった。

 丁寧に足蹴にし、丁重に踏み潰し、手厚く叩き潰す。それは折り紙のようでもあった。一折、一折、折り紙を折るかのように、妖精王は少年の尊厳、心を折っていく。

 

 自分には何も出来ない事を少年は痛いほど理解していた。

 だからこそ少年に出来ることと言えば――――。

 

 

「――――お願いします」

「ん、何だって?」

「……お願いします、妖精王オベイロン様。オレと貴方の約束にはありませんが、キリトにだけは手を出さないで下さい。これはアイツには関係がないことです」

 

 

 ――――自身のつまらないプライドを捨てることくらいしか出来ない。

 吊るされた状態で、少年は頭を下げる。

 怒りに任せて八つ裂きに出来る状態ではなく、少年の燃え盛る程の感情で神経細胞が焼き切れようとも、関係がなかった。

 

 自身を守る為の誇りなどどうでもいい。

 誇りを投げ売って、仲間を守れるのなら、いくらでも誇りなど捨ててやる。そんな誇り(つまらないもの)、犬にでも食わせてしまえばいい。

 

 そんな少年が妖精王は気に入ったようだ。

 内面ではない、その姿に機嫌が目に見えて良くなっていく。自分に頭を垂れる少年が――――“茅場”に悦を見出していた。

 そしてその愉悦は最高潮に達し、堪えきれないと言わんばかりに腹を抑えて身体をくの字に曲げて哄笑し始めた。

 

 

「ヒャハハハハッ!! そうさ、それでいい! 君は僕に逆らうことは出来ない。だってそうだろう? 君はただそうやって捕まっているだけ、対して僕には300の駒があるんだからねぇ!」

「……」

 

 

 そこまで言うと、妖精王は手元に青色のシステムメニューウィンドウを開くと、ある映像を映し出した。

 

 そこには見覚えがある顔があった。

 何よりも守りたかった者、傷つかないでいてほしかった者、いつだって自分の傍にあった光が、そこに確かに居た。

 鳥かごのような牢獄で、俯いて表情すら読めないその者の名は――――。

 

 

「君には何も出来ない。ティターニアを――――明日奈を守ることもね」

「…………」

 

 

 少年の表情に怒りはない。

 ただまっすぐに明日奈を見つめている。表情を殺して、握りこぶしすら作らずに、ただ不気味なほど静かに見つめていた。

 

 それに妖精王は気付いていない。

 少年の変化に気付かないまま、背を向けて誇らしげな口調で続ける。

 

 

「君が悪いんだ。明日奈は僕の物なのに、君のような低能が彼女に近付くからこうなるんだ。もう少し賢く、分を弁えていたらこうはならなかった――――」

「――――オイ」

 

 

 ビクッ、と肩を大きく震わせた。

 恐る恐る妖精王は振り向くと、少年の蒼い双眸はまっすぐに妖精王を見つめている。

 

 その眼にあるのは。

 

 

「――――テメェこそ、弁えてんだろうなァ?」

 

 

 怒り、純粋な怒り。殺意で人を殺せるほどの視線を、まっすぐに妖精王に向けている。

 思わず妖精王は一歩後ずさる。何も出来ない癖に、捕縛から逃れる術すらないくせに、どう言うわけかまるで――――剣先を向けられているような。説明がつかない感覚を妖精王を襲った。

 このまま不用意に発言すれば殺されるかもしれない。そう言い切れるほどの殺気を言葉に乗せながら少年は言う。

 

 

「人質をひけらかすのも結構だ、ソイツを盾にするのもいいだろう。だがな、それは最後の引き金だ」

「な、何を言って……」

「人質ってのはな、居てこそ意味があるんだよ。約束が違えたら、一人でも手を出したものなら、オレはオレを押さえきれる自信がねぇぞ?」

 

 

 そこで漸く、妖精王は気が付いた。

 目の前の不遜な輩は、自分を脅しているのだと。盾にしている300人、一人でも何かあったものなら八つ裂きにする、と暗に少年は語っていた。

 

 おかしな話だ。

 今にも死にそうな虫けらが何を言っているのか、妖精王は冷や汗を掻きながらも薄く笑みを貼り付けて、震える声で問う。

 

 

「な、何も出来ない癖に――――」

「言葉には気をつけろよ色男。オレは我慢弱いからな、直ぐにブチギレる。伊達にアインクラッドの恐怖って呼ばれた訳じゃねぇんだ」

 

 

 そう言うと、少年は嗤う。ただ嗤う。

 口元を左右に引き裂くような嗜虐的笑みを浮かべて。

 

 

「テメェ程度の雑魚――――叩き潰すのなんざわけがねぇんだ」

「じ、実験を始めろ!」

 

 

 悲鳴を上げながら言うと、妖精王は白い光に包まれながら部屋から出ていった。

 残されたのは少年のみ。ポツンと一人取り残されて、ぼんやりと考える。

 

 

 ――これで、野郎が明日奈に手を出すことはねぇだろ。

 ――暫くの間、って期間限定だけどな。

 

 

 彼と少年が交わした約束は唯一つ。

 自分以外の300人を見逃すこと。その代りに自分を好きにしていいというモノだった。

 

 いわゆる交換条件と言うやつだ。

 少年を含めて301人を拉致した理由――――人体実験を行うためであると妖精王から説明された瞬間、少年の選択肢は決まったようなものだった。どういう実験なのか、少年にはそこまでわからなかった。

 だがそれでよかった。300人ほどのSAOユーザーに何もないのなら、明日奈に危害が向かわないなら、何も文句はなかった。

 

 実験と称し痛めつけられたのは数知れず。

 斬り裂かれたこともあった、意識がありながら焼かれることもあった、全ての指を千切られたこともあった、腕の肉を丁寧に剥がされることがあった、そのまま腕に彫刻を入れられることもあった、中世の変態染みた延命方法すら試されることもあった。ありとあらゆる方法で、痛めつけられた。

 死なないのは、簡単な理由だ。ここが現実世界でないからに他ならない。痛みによるショック死はありえるものの、血が出ないのだから失血死はありえない

 

 そうして少年はあらゆる苦痛、あらゆる屈辱にまみれてきた。

 妖精王とやらは“茅場”に執着しているようで、妄執の粋にまで達している。執拗に少年を痛めつけて、自分と茅場の力の差に悦に浸っている。

 

 それでも心が折れずに、意識を保っているのは――――。

 

 

 ――何も、何も心配はない。

 ――明日奈はオレが、守るから……。

 

 

 ――――彼女の存在があるからだろう

 かけがえのなかった日常の象徴、何にも変えられない存在、いつだって優しかった光。

 

 そのためだけに、少年は辛うじて保っていた。

 もはや助かるすべなどない。苦痛も千を超えた辺りで数えるのを止めた。

 どれだけの時が経ったのかわからないが、途方もない時間が過ぎた。なのにもかかわらず、未だに外部からの接触などはない。

 

 ――――今の状況は、限りなく、詰んでいると言っても良い――――。

 救出される目処は立たない。自分の心が擦り切れるのが先か、実験が終了するのが先か、妖精王がモルモットに飽きるのが先か。

 そのどちらでしかないだろう。どちらにしても、少年が助かる可能性はない。それは誰よりも少年自身が理解していた。

 

 助けられた人達の分まで生きる。

 何気ない願いでさえ、世界は少年を許してくれないようで――――。

 

 

「それでもいい」

 

 

 キッパリと一人呟いた。

 言霊のように世界に告げて、何度も心の中で負けないように言い聞かせる。

 

 あの世界で、アインクラッドで手を汚してきた。

 ストレアを犠牲に、止めたかった叔父を犠牲にしてきた――――両親すらも犠牲に生きてきた。

 

 この辺りが潮時なのだろう。

 犠牲にしてきた人間達の分まで生きるのを世界が許さないというのなら、この辺りが自分の終着なのだろう、と少年は受け入れる。

 だとしても――――。

 

 

「アイツだけは、明日奈だけは守る。オレがどんなことになっても、アイツだけは――――」

 

 

 ビリっ、と。

 身体が痺れるのをのを感じた。

 

 思わず顔をひきつらせる。

 今から来る苦痛を想像し、顔を強張らせて少年は言う。

 

 

「今回は“電流”か。ホントに趣味が――――」

 

 

 

 悪い。

 そう言う前に少年の身体がビクッと大きく跳ねた。

 視界で電流が走り、どこか肉の焦げた嫌な匂いが充満する。眼球はがグルンと上に向き、口角からあぶくを吐きながら少年は。

 

 

「ガ、ァァァああアァァあアァあ!?!?」

 

 

 叫んだ。力一杯叫んだ。

 だがそれは虚しく、響き渡る。

 少年を助けるヒーローは訪れない。手を伸ばす者はいない。

 

 今日も、仮想世界の何処かで、少年は。

 ――――茅場優希は苦痛に塗れることになる。

 

 

 

 




 ドン引きされそう……。
 だ、大丈夫だよね。うん、これくらいの展開、大丈夫だよね……!


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