ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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 glintさん、誤字報告ありがとうございました!


第7話 『聖騎士』ヒースクリフ

 

 2024年1月24日 PM13:10

 第十八層 主街区『ユーカリ』

 

 十八層の主街区『ユーカリ』は昼時ということもあり、大層な賑わいを見せていた。

 ちょうど昼時、そして場所が中層ということもありプレイヤー達も行き来しやすい、加えてユーカリの街並みが一層の『はじまりの街』によく似ているということもあり、この階層を拠点とするプレイヤーは実のところ多かった。

 

 だからだろうか。道端で商売をする“商人”も多い。もちろん、それはNPCではなくプレイヤーである。

 彼らが十八層で商売をしようと目をつけるのは理にかなっているだろう。単純な話し、プレイヤー数が多いのだから、商売も人が多い場所で行ったほうが効率が良いというもの。

 

 故に、路上では露店のようにアイテムを広げて商売をしているプレイヤーが数多く存在していた。

 自身がダンジョンで潜った際に手に入れたアイテムを売るプレイヤーも居れば、鍛冶スキルを上げて武器の強化を請け負っているプレイヤーも居る、中には家事スキルを上げて料理を作り販売しているプレイヤーもいた。

 

 とてもではないが、のんびり過ごせる状況ではない。

 絶え間ない喧騒、頻繁な人の行き来、呼吸も歩調も合わない人の歩み。人が忙しなく動くには充分過ぎる材料が十八層には溢れかえっていた。

 活気というものなのだろう。とてもではないが、デスゲームに囚われているとは思えない。プレイヤーの眼が輝いており、生き生きしているのは誰が見ても明らかであった。

 

 そんな中、大通りに面したオープンカフェに二人は丸いテーブルのある席に座っていた。

 普通であれば、この二人を見れば忽ち辺りはザワつき、衆目を浴びることだろう。それだけ二人の顔は知れ渡っており、注目されるのも話題にされるのも仕方ないことである。

 しかし今はそんな心配もない。周りのプレイヤー達も人の大波に乗ることで手一杯なのか、二人の存在に気がついている人間はいなかった。

 

 二人には会話がない。

 一人はどこか興味深げに行き来するプレイヤーを観察しており、もう一人は黙ってその姿を見ていた。ただ見ているだけではない。警戒している、と言っても過言ではない眼でもう一人を見守っている。

 

 警戒している彼――――キリトは突然の来訪者の意図を測りかねていた。

 キリトとアスナが買い物をしている所に、突然目の前にいる男が来訪してきた。いつもであれば、偶然ということでこの出会いは処理される筈である。

 だがタイミングがタイミングだ。鼠のアルゴから茅場晶彦は血盟騎士団に所属している可能性が高いという推理、ユーキが血盟騎士団のギルドホームに向かった現在。どう考えても、彼の来訪するタイミングがおかしい。

 

 故に、キリトはアスナを先に帰らせることにした。そして自分はと言うと、眼の前の彼が妙なことをしないように見張っている。もっと詳しく言えば――――。

 

 

「――――まるで、見張られているようだな」

「――――っ」

 

 

 目の前の男――――ヒースクリフは口元に不敵な笑みを張り付かせて自らが置かれている状況を言う。

 

 ヒースクリフの的を得た指摘に対して、キリトは焦ることもなく注文していたカップに指を引っ掛けて飲む。

 口内には苦いブラックコーヒーの味が広がり、思考がクリアになり彼もまた笑みを口元に浮かべて返した。

 

 

「そう思うってことは、団長殿はやましいことでもしてるのかな?」

「さてそれはどうかな」

 

 

 両肩をすくめて困った笑みを浮かべるヒースクリフを、カップをテーブルの上に置くとキリトは愛想笑いを浮かべた。まるでそれは「冗談だよ」と言うかのような友愛を示す笑みだ。

 

 

 ヒースクリフが茅場晶彦という確証はない。

 曰く『聖騎士』。

 曰く『アインクラッド最強の剣士』。

 この世界に三人しか存在していないユニークスキル『神聖剣』の一人目の発現者。

 言ってしまえば、この男は茅場晶彦と真逆に位置する人間だった。下層プレイヤー、中層プレイヤーはおろか、攻略組でさえ彼に希望を見出しており羨望している者も数多く存在する。

 物事を常に俯瞰的に捉え、指示は的確であり、まるで“賢者”のような雰囲気を身に纏っている。そのカリスマ性、器の広さ、そして未だにHPバーを1ドットすら削られていないプレイヤースキル。どれをとっても最高クラスであり万能だ。『アインクラッド最強の剣士』というもの肩書通りである。

 

 誰もが茅場晶彦とヒースクリフが同一人物とは思わないだろう。顔も違うし、声帯も違う。何よりも彼は希望であり、絶望を与えた茅場晶彦と同一人物な訳がない。それが周囲の共通認識であるだろう。

 だがしかし、だからこそキリトは疑惑の眼を向けていた。

 ヒースクリフは完璧だ。いいや、“完璧すぎた”。

 人には欠点が存在する。それこそ誰にでもだ。キリトにも、アスナにも、リズベットにも、ユイにも、ユウキにも、エギルにも、アルゴにも、クラインにも、この場にいない――――彼にも存在する。

 だがヒースクリフにはそれがなかった。ありえないほど彼は完璧な存在であり、その姿はどこか役割(ロール)を遵守する機械のようでもある。

 

 断言するとキリトはヒースクリフが茅場晶彦であると思っている。そしてこれは誰にも言っていない。彼の胸の内にしまっている疑惑だ。

 この疑惑を確信に変えたい。だからこそこうして一つの席に腰を落ち着かせているのだが。

 

 

 ――隙がない。

 ――それもそうか、相手はヒースクリフ。

 ――アインクラッド最強の剣士だぞ。

 ――安々と尻尾を出す訳がない。

 

 

 それでも諦める訳にはいかない。

 “彼”だって血盟騎士団のギルドホームに向かっているのだ。自分だけ何もしない訳にはいかなかった。“彼”と対等であるためにも、自分も自分なりに戦わなければならない。キリトはそう思っていた。

 これからどう揺さぶっていくか。それだけを考えていると。

 

 

「フフッ」

 

 

 ヒースクリフから笑みが零れる声。

 四苦八苦しているキリトを嘲笑っている――――訳でもないようだ。彼は行き来する人の波を見て、笑みを向けていた。

 

 

「何か面白いことでも?」

「いいや、別に特別なものを見たわけではないさ」

 

 

 ただ、と言葉を区切ると。

 

 

「この層は一際活気があるな、と思ってね」

「活気?」

「そうとも。見てみたまえ」

 

 

 ヒースクリフに促されて、キリトも人混みへと視線を向けた。

 それを見て、なるほどと納得して口を開いた。

 

 

「どこぞのバカが深夜にギルドホームから抜け出して、見回っているからさ。だから治安が良いんだろう」

「ほう?」

 

 

 キリトが言うどこぞのバカが誰なのか、ヒースクリフは特定すると興味深そうにキリトに視線を向ける。

 呆れた口調で、探るようにキリトは続けた。

 

 

「そのバカはアンタのギルドホームを襲撃してる訳だけど、こんなところで油売ってて大丈夫なのか?」

「そのようだ。立ち止まって考えるよりも、少しでも前に進む。実に彼らしい」

 

 

 どこか懐かしむようにどこか遠い目で、まるで気にしないような口調でヒースクリフが言うが、キリトには違和感を覚えた。

 まるでその口調は“彼”を良く知っているようである。だがキリトの記憶が正しければそんなことはない。ありえないと言っても良い。

 

 

「それは変だな」

「変、とは?」

「アンタの口調はアイツのことを知っているみたいだけど、アンタとアイツは今まで会ったことがない筈だ」

 

 

 攻略会議でも、フロアボス攻略の際にも、“彼”とヒースクリフが顔を合わせることはなかった。

 “彼”がフロアボス攻略に出張るときはヒースクリフが不在で、ヒースクリフが攻略に先頭に立つときは“彼”は参加せずにいた。

 偶然、ここまでくると運命と言っても過言ではない。『アインクラッドの恐怖』と『聖騎士』が顔を合わせることはなかった。

 

 だというのに、ヒースクリフは“彼”という人間を知っているかのようで、長年から付き合いがある友人のような気軽さで“彼”を評している。

 これほど違和感を覚えることはない。

 

 しかし当のヒースクリフは当たり前のような口調で返す。

 

 

「三人目のユニークスキル『蒼炎剣』の発現者だ。どんなプレイヤーか調べるのは当然だろう」

 

 

 出現条件もなく、さらに熟練度達成でも得ることが出来ないスキル。それが『ユニークスキル』である。

 キリトの『二刀流』とは違い、“彼”の蒼炎は心意(インカーネイト)システムによるものだ。だがどういうわけか、いつの間にか“彼”が纏う蒼炎は『蒼炎剣』というユニークスキルを習得したからということになっており、“彼”もそれに応じることにしていた。

 心意(インカーネイト)システムを公表すれば済むのではないか、と思うのだがそれこそ得体の知れないシステムだ。イメージによる具現などと信じる者はいないだろうし、何よりも信じて発現させ無茶をし最悪死ぬプレイヤーが現れるかもしれない。

 現に“彼”は死にかけた。そんな危険なシステムは公表できる訳がなかった。

 

 そんな事実を知らない筈のヒースクリフは“彼”三人目のユニークスキル発現者であると捉えて、“彼”の情報を集めたらしい。

 しかしそれでも、キリトは納得が出来なかった。“彼”その口調、その態度、その信頼は情報を集めたから築ける代物ではないだろう。顔を合わせたことも出来ない人間に対して、一定以上の信頼を築ける筈がないのだ。

 

 そう思うと、自然とキリトは背にある黒い直剣『エリシュデータ』に手を伸ばす。

 コイツは自分の、自分達の、いいや――――“アイツ”の敵であるかもしれない。得体の知れない感覚、ヒースクリフという正体不明の脅威に理屈ではなく、本能で敏感に察知すると自然と手を伸ばしていた。

 遂に右手にエリシュデータの柄の感覚を握りしめたと思いきや――――世界がブレた。

 

 

「……っ!?」

 

 

 正確に言えば、時間が僅かに盗まれたと言った方が正しいのかもしれない。

 キリトの視界がピタリと停止したと思いきや、スローモーションで動く周囲とは裏腹に、ヒースクリフはその何倍以上の速度で動いていた。その速度の落差は、消えたと認識させるほどのものであった。

 

 そうして『はじまりの英雄』の目の前にいた『アインクラッド最強の剣士』は――――。

 

 

「キリト君、見給え――――」

 

 

 後ろからポン、と。軽い衝撃で肩を叩いて、ヒースクリフは何事もなかったようにキリトに話しかけていた。

 

 

「……どこを?」

 

 

 疑問を口にする。

 正体不明の現象を目の前にして冷や汗が流れる。なるべく平常心を保ち、ヒースクリフへ疑問を投げかけた。

 顔を横に向けて肩口からヒースクリフへと視線を向けた。彼はキリトが剣を手にしたことを気にする様子はない。むしろその反応は予想通りと言わんばかりである。

 

 ヒースクリフは人混みに視線を向けており、キリトもその視線を追う。

 誰もがデスゲームに囚われているとは思えない顔つきをしている。いいや、囚われていると認識した上で、それを受け入れて懸命に生きている。そんな顔を全員が全員している。そんな印象をキリトは受ける。

 

 

「誰もが“絶望”して諦めるわけでもなく、押さえつけるでもない。受け入れた上で懸命に明日を目指して生きている」

 

 

 キリトは人の波からヒースクリフへと視線を移す。

 口元には笑みを張り付かせているが、その笑みは嘲笑うものではない。どこかわずかに慈愛の色が見え、まるで世界の創造主が「こんな世界を見たかった」というかのようなそんな笑みを浮かべていた。

 

 

「……まるで絶望(デスゲーム)を肯定しているみたいな言い方だな」

「まさか。私もこの世界から一秒でも早く抜け出したいと考えているさ。しかし彼らにとっても、私達にとってもこの世界が今の現実(リアル)だ」

 

 

 変わりようがない事実。HPバーが削りきられれば死ぬ現実。出口は第百層のフロアボスを倒さない限り脱出が出来ない真実。

 それをキリトは突きつけられる。その上でヒースクリフは元いた自分の席に座り直して、テーブルに両肘を付き手を組んで問いを投げる。

 

 

「キリト君から見て、この世界はどう映っている?」

「俺から、見て……?」

「現実と遜色のない仮想空間。ここに何一つ現実世界のものはない。仮初の肉体、テクスチャで貼られた景色、感覚だけで実感がない風。そんな偽物ばかりの世界で、君はどうして必死に生きている?」

 

 

 生きている理由。そんなもの考えたことがなかった。死にたくないから剣を取り、死にたくないからレベルを上げて、死にたくないからここまで歩いて来た。

 そうして巻き込まれて直ぐに、彼は行動に移していた。死にたくないから、生きて家族に会いたかったから。父親に、母親に、義妹――――直葉に会いたいから。キリトは死にたくなかった。

 最初の生きている理由なんてそんなものだった。今でもそうだろうか。

 

 

「……いいや、そうじゃないな」

 

 

 ポツリとキリトは自然と言葉が溢れた。

 そうではない。最初は家族に会いたいというありきたりな理由だった。キリトの運命を決定付けたのは一つの出会いだった。

 偶然出会ったプレイヤー『コペル』にMPKされかけて、心が折れかけていた自分に“彼”ぶっきらぼうに言った。

 

『オマエ、オレ達と組め――――』と。

 

 第一印象は最悪に尽きる。

 第二印象も最低に尽きる。

 キリトと“彼”の関係はその程度のものだった。しかしいつしかキリトの中の“彼”に対する心境が変わっていた。

 自己を犠牲にする精神、決して止まることのない強い意志、何事も偽悪的に解決しようとする思考回路。その全てが気に入らなくて、一人で前に進む彼の背を追うようになっていた。“彼”に負けたくないから、“彼”と対等でありたいから、“彼”を追いかけて肩を並べることが出来た。

 それは紛れもない現実であり、仮想などではない。

 

 

「確かに、アンタの言うとおりだ。この世界は偽物だ」

 

 

 キリトは眼を閉じる。

 笑みを浮かべるアスナがいた、世話を焼いてくれるリズベットがいた。手を握ってくれたサチがいて、黒猫団の面々が満足気に頷いている。姉妹仲良く手を繋いでいるストレアとユイがいた。肩を組んでくるクラインもいれば、それを見て笑みを浮かべるエギルがいた。剣を向けて勝負をしようとせがむユウキがいて、悪戯するような笑みを浮かべるアルゴが居た。

 そして――――。

 

 

「――――でも、俺がこの世界で出会った人達は、間違いなく本物だ」

 

 

 ――――両腕を組み、背を向けている素直ではない彼がいた。

 閉じた眼を開き、キリトの双眸がヒースクリフを捉える。

 

 

「レベルやデータじゃない、この世界にはそれ以上にたくさんの大事なモノが詰まっていた」

「君にとって大事なものとは?」

「――――絆だ」

 

 

 臆面もなく、キリトは言い放った。

 ヒースクリフはその言葉を眼を閉じて静かに受け止めている。自分の心に打ち込むかのようにキリトの言葉を受け止めていた。

 

 

「俺はアイツらと現実世界に帰る。その為なら何だってやってやるさ。それこそ、何でもだ」

「アイツらということは、“彼”も入っているのかな?」

「そうだ」

 

 

 間髪入れずに、キリトは返す。

 ヒースクリフは解せないと言った調子で問いを投げた。

 

 

「それは妙だな、君と“彼”は仲が悪い筈だ」

「アンタの言うとおり、俺はアイツと喧嘩ばかりしてる」

 

 

 今までの自分たちの言動を振り返る。

 第一層から今まで、喧嘩ばかりしていた。ときには言い争い、ときには競争し、ときには決闘してここまでやってきた。

 

 

「この前だって喧嘩したばかりさ。アイツとの決着も付いてない。125回も争って、俺達はまったく進歩がない」

 

 

 誰がどう見ても仲がいいとは言えない間柄だ。そんなこと、自分たちが一番良く理解している。だがそれでも――――。

 

 

「だがそれがどうした? 普段から仲良しだから良いってわけじゃないだろう」

 

 

 それに、と言葉を区切りキリトは続けた。

 

 

「友達とか親友とか悪友とか簡単な言葉では収まりきらない。そんな甘っちょろいモンじゃないんだよ俺達は」

「……そうか。君は、君達はこの世界で生きてきたのだな」

 

 

 それだけ言うと、ヒースクリフは席を立つ。

 そして空を見上げた。その視界には本物の空はない。それでも彼は満足気に口元を緩めて。肩の荷が降りたような安心するかのような優しい口調で続けた。

 

 

「彼が変わった理由がわかった気がするよ」

 

 

 それだけ言うと、ヒースクリフは慣れた手つきでメインメニュー・ウィンドウを開くと。

 

 

「これは、興味深い」

 

 

 何が興味深いのかキリトが尋ねる前に、ヒースクリフが答えた。

 

 

「そちらの“彼”と、こちらの副団長が決闘するようだよ――――」

 

 

 




 バレンタインが近いですね。
 バレンタイン記念に番外編投稿してみたいですねー
 幼馴染と後輩がとんでもない暴走しそうな内容ですが

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