ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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裏設定 優希の父ちゃんと明日奈の母ちゃんは幼馴染。


第4話 鼠の刃

 

 2024年1月23日 AM11:20

 第五層 主街区『カルルイン』

 

 石造りの街並。

 第五層のテーマは『遺跡』。その名の通り、 岩をくり抜いて出来た家や、巨大な石を積み上げられて出来た建物があちこちに建っている。

 風化している為か、ところどころ石や岩が削られているが、倒壊する様子は微塵もなく、それがいいアクセントとなっているのか猥雑に街を賑わしていた。

 

 その賑わいをBGMに、主街区中心とは少し離れた第五層の路地裏を――――アスナとユーキは歩いていた。

 

 彼らが歩く路地裏はまるで迷路のようである。

 何重にも入り組んでおり、家々が密集しているような地形。しかし彼らの足は戸惑うことなく、足を進めていく。

 

 こうして数分後。

 迷路のような路地裏を踏破し、目的地に到達した。

 石壁にはランタンがぶら下がっており、その手前には小さな看板が立っている。そしてその看板には『Tavern Inn BLINK&BRINK』という店の名前があった。

 

 ユーキはその店舗に見え覚えがある。

 かつて彼が『アインクラッドの恐怖』として活動していたときに、彼の義妹――――ユウキに連れらて来た店だった。

 アレから一年経ったのか、とぼんやり考えていると。

 

 

「ここで合ってる?」

「間違いねぇよ」

 

 

 アスナの問いに、ユーキがいつもの調子で答える。

 しかし彼女はどうやら違うようだ。どこか緊張しているようで、肩に力が入ってるとも言える。表情もどこか強張っており、いつも柔らかい雰囲気の彼女とはかけ離れたモノであった。

 

 今からでも右足と右手が同時に出かねない。そんなガチガチの様子に、見兼ねたユーキは「おい」と声をかけて軽くアスナの頭を小突く。

 

 

「まだ話も聞いてねぇだろ。ンなに緊張すんなよ」

「だ、だってぇ~……」

 

 

 小突かれた頭を擦りながら、アスナは拗ねた表情に変わる。

 

 

 しかしアスナの気持ちもわからないでもなかった。

 彼らは『鼠』のアルゴにメッセージで呼び出され、ここまで足を運んできた。ただの世間話なら彼らも下層の、しかも誰も来ないような入り組んだ路地裏でしなくてもいい筈だ。

 だが内容が内容だ。アスナが緊張してしまうのも無理も。それほどの重大な内容をアルゴから聞こうとしていた。

 

 

 ユーキがある一定の理解を示す一方で、自分だけ緊張して、ユーキだけが緊張してない。それが不満に思ったのか、口元を尖らせながらアスナは不満をぶつけることにした。

 

 

「ユーキくんはいつもどおりだね?」

「ん? ……まぁ、そうだな」

 

 

 言われてそう言えば、とユーキは気付いた。驚くほどいつも通りだと、ユーキは言われて始めて気が付いた。

 以前の自分ならば、アルゴから話しの内容を聞いた瞬間、自分一人だけ突っ走りアルゴに詳しい話を聞きに来た筈だ。

 

 だが今は違う。

 メッセージが届いたときは驚いたが、すぐに冷静になるとアスナにメッセージを伝えて、待ち合わせ場所を決めて、こうして足を運んできた。

 あんなに斬りたかったのに、怒りにまみれていたのに、どういう訳か今では冷静だという事実を、ユーキは受け止めていた。

 

 しかし戸惑っていないというのは嘘になる。

 今までの自分との差に戸惑いつつ、少し前の自分とは対応がまったく違うことを自覚する。だがそれを悟らせまいと彼は軽口を叩いた。

 

 

「そんなに緊張すんなら、来なきゃよかったんだよ」

「だって、ユーキくんだけ行かせたくなかったんだもん……」

 

 

 それはどう言う意味だ、と尋ねる前にアスナは口元に笑みを浮かべて、ユーキに微笑みながら続ける。

 

 

「それにわたし良いと思うよ。今のユーキくん」

「あ?」

「戸惑ってたでしょ、今の自分に」

「……別に」

 

 

 見事に言い当ててくる幼馴染に対して、ユーキはプイとそっぽを向いた。照れ隠しであるのだろうか。隠していたものを言い当てられるほど、恥ずかしいものはない。

 あまりにも子供のような態度に、アスナは微笑ましく映ったのかクスクス笑みを零す。

 

 

「さっ、入ろっか!」

「……チッ、少し前までガチガチだった女が何を仕切ってんだか」

 

 

 ユーキの軽口に、アスナは気にも留めていない。

 店に続く扉を引いて入って行き、ユーキもその後に続く。

 

 

 店内を見渡して思わずユーキは納得した。

 店の中には人が一人もいなかった。いるとすればそれはNPCのみで、プレイヤーの姿はどこにもいない。

 

 考えてみれば、ここは下層でしかも第五層のフロア。既に踏破された層であり、この場所に近づくプレイヤーは限られてくる。極めつけはこうした路地裏であり、穴場の中の穴場のような店。こんな真昼間にプレイヤーがここにいる方がおかしい、そう断言できるほど閑散としていた。

 場所を指定したのはアルゴ本人である。これほど内密な話に適した場所もないだろう。

 

 アスナもユーキと同じ気持なのか、感心するように頷いて。

 

 

「さすがアルゴさんね」

「伊達にアイツも名の知れた情報屋じゃねぇんだ。この程度の穴場、知ってて当然だろ」

「もう、捻くれ発言禁止!」

 

 

 アスナの言葉もどこに吹く風。ユーキは敢えて無視するかのように、そもそも最初から耳に入ってないかのように辺りを見渡す。どうやら自分達をここに呼び出した張本人を探しているようである。

 だがその人物は直ぐに見つけることが出来た。

 

 

「よう、アーちゃん。それと――――」

 

 

 店の中にある席の一角。

 そこで片手を軽く振って声をかけてくる女性が一人。女性の頭上にグリーンのアイコンがあることから、彼女がプレイヤーの一人であることが分かる。

 金褐色の頭髪に、両頬に髭のような三本のペイントのような線が特徴的とも言える彼女――――アルゴはユーキの顔を見て笑顔だった表情から、露骨にガッカリしたそれに変わると。

 

 

「なんだお前かヨ。キー坊じゃないのカ……」

 

 

 キー坊とはつまるところのキリトのことを指していることは、ユーキも理解していた。何度か耳にしたこともある。

 ガッカリされるのは構わないが、ここまで露骨であると癪に障るらしい。ユーキもニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて、買い言葉で応戦する。

 

 

「残念だったなぁ『鼠』。生憎だが、キリトくんはオマエなんぞに眼中にねぇんだと。いやいや、同情するぜホント。ご愁傷様」

「いやいや、本当に残念だヨ。キー坊のような美少年が来て欲しかっタ。お前みたいな奴じゃ目の保養にならなねーナ」

「保養? おいおい、視姦の間違いじゃねぇのか?」

「へぇ、これは驚いたナ。『アインクラッドの恐怖』って視姦って言葉の意味わかってるのカ。意外に物を知ってるんだナ」

 

 

 売り言葉に買い言葉。インファイトの言葉の打ち合い。

 しかしお互いに、嫌悪感はないようである。これが彼らの言葉のキャッチボールとでもいうかのような、当たり前のやり取りであった。

 ユーキもアルゴも第二層からの付き合いだ。この程度の罵り合いなど、日常茶飯事なのだろう。

 

 現にアスナも二人のやり取りを聞いて、咎めるような真似はしない。むしろいつも通りとでも言うかのように、動じない態度で聞いていた。

 だがこのままでは話しが進まないと思ったのか、困ったような笑みを口元に浮かべてアスナは話しの間に入ることにする。

 

 

「まぁまぁ、二人とも。そろそろ本題に入りましょうよ」

「……それもそうだな。こんなところで時間を無駄にする必要も――――」

「――――アルゴさんって、キリトくんのこと好きなの?」

「……いいや、そうじゃねぇよ」

 

 

 眼をキラッキラに輝かせて、アスナはアルゴに問いをぶん投げる。古今東西、どの世代においても女性というものは他人の恋バナが好きであるようだ。

 思わずツッコミを入れるユーキに対して、不思議そうにアスナは首を傾げる。

 

 

「え?」

「え、じゃねぇよ。話しが進まねぇ」

 

 

 アルゴの座っている一角のテーブルまで足をすすめると、彼女の真正面に座る。同時に「ほら、座れ」と椅子を引きアスナに着席するように促した。

 アスナも驚いた様子はない。むしろいつもやってもらっていると言わんばかりに驚く様子もなく「ありがとう」と笑みを浮かべてユーキに礼を言う。

 

 二人のやり取りを見て、関心するように。そしてニヤニヤと冷やかすような笑みを浮かべてアルゴは観察して口を開いた。

 

 

「へぇ、『アインクラッドの恐怖』ってアーちゃんには紳士的なんだナ?」

「うるせぇよ。いちいち古いあだ名を引っ張り出してきてんじゃねぇぞ」

「だったら『蒼炎』の方がいいカ?」

「話しが進まねぇって言ってんだろ。さっさと本題に入れよ」

 

 

 痺れを切らしたユーキは単刀直入にアルゴに問う。

 真っ直ぐに、眼を逸らさずに、有無を言わさずに。

 

 

「――――茅場晶彦の正体が掴めたらしいな?」

「……おウ」

 

 

 それがアルゴが彼らを呼び出した理由。アスナが緊張していた理由でもあり、徹底的に人払いをして密談する理由でもあった。

 

 2023年3月2日。

 『カーディナル』からキリトとユーキは接触されて、茅場晶彦がプレイヤーとしてソードアート・オンラインにログインしていることを知った。本来であればありえない、と一蹴される内容であったが『カーディナル』からの情報であり、それを伝えるために彼女は散っていったのだ。信憑性はあるものであると結論付けて各々調査を始めた。

 しかしここまで誰一人、茅場晶彦を特定した者はいなかった。だが――――。

 

 

「聞かせてもらおうか。どこのどいつが、あのクソ野郎なんだ?」

 

 

 感情を押し殺す声に、アルゴは一度頷くと。

 

 

「まずこのソードアート・オンラインはMMORPGだってことを頭に入れてほしイ」

 

 

 その言葉に、アスナは頷きユーキは無言で返す。

 

 

「だがこのゲームは普通のMMORPGじゃなイ。どこが普通じゃないと思ウ?」

「えーと、それは……」

 

 

 アスナは少しだけ考えて。

 

 

「デスゲームだから?」

「そうダ。オイラ達はデスゲームをしてるんだヨ。そこが他のゲームと違うところダ」

 

 

 HPゲージがなくなれば、現実の死を意味する。

 そんなデスゲームと化したMMORPGに数万人いるプレイヤーたちは捕らえられていた。

 

 その変わらない事実を再確認して、アルゴは話を続けた。

 

 

「クリア条件は至ってシンプル。第百層まで到達し、フロアボスを攻略すればいイ。となるとダ――――」

「――――攻略組に紛れている可能性が高いってことか」

 

 

 ユーキの言葉に、アルゴは頷く。

 

 ソードアート・オンラインの全ては攻略と言ってもいいだろう。

 そうでもなければ、第百層のフロアボスを攻略したらプレイヤーたちの勝利となり、現実世界の帰還が約束される、なんてルールを作る筈もない。本当にデスゲームを行いたければ、それこそプレイヤーが一人になるまで殺し合わせるといったルールにする筈だ。

 しかし茅場晶彦はそれを行わなかった。まるで“攻略させることに意味がある”とでもいうかのようでもあった。

 

 攻略こそが全てのMMORPG。

 その中に全ての元凶となった男がログインしている。となれば、茅場晶彦が攻略組でプレイヤーとして紛れているのは明らかだろう。

 

 

 アルゴは片手でメインメニューウィンドウを開くと、アイテムストレージから羊皮紙を取り出し、二人の前に並べた。

 

 

「とまぁ、ここまでがキー坊の推理ダ。オイラはそこからギルド内部の情報を洗っタ」

「うわぁ、これ全部のギルド情報ですか?」

 

 

 アスナが驚くのも無理はない。

 その羊皮紙一枚一枚にギルドに所属しているプレイヤーの詳細が記載されていた。一枚ごとにギルドの詳細が記載されており、その数は十枚を遥かに超えている。

 レベルから得意な武器、習得スキルから日々いかにして過ごしているか。これが世に出回ったら問題が起きると断言出来るほどの情報量である。

 

 ここでアスナが気付いた。

 

 

「あれ、わたし達の情報はないみたいですね?」

「アーちゃん達は信用出来るからナ。除外してあるゾ」

 

 

 それに対して、ハッとユーキは鼻で笑うと口元を意地の悪い笑みに変えて口を開いた。

 

 

「いいのかよ、そんなんで。オレ達が悪用するかもしんねぇぞ?」

「お前達なら、大丈夫だロ」

 

 

 アルゴはキッパリと言い放つ。含みなどもない、彼女の本心。いつも一癖も二癖もある情報屋としての『鼠』としてではなく、素のアルゴという女性の感情を聞いてユーキは面倒くさそうに返す。

 

 

「一方的な信頼ほど、鬱陶しいものはねぇな」

 

 

 意地の悪く、捻くれた感想である。

 しかしそれを言葉通りに受け取ればの話しである。付き合いが長ければ長いほど、少年の複雑な内面がわかるようである。

 

 それを証拠に、ニコニコとアスナは笑みを零してユーキの内面を訳す。

 

「ごめんね、アルゴさん。でもユーキくんかなり喜んでますから、気を悪くしないで下さいね?」

「……おい、勝手に誤訳してんじゃんねぇぞポンコツ」

「えー? そんなこと言って、顔に書いてるもん」

「…………」

「やめへぇー……! ふぉふぉをひっはるのやめへぇ~……!」

 

 

 無言で頬をつね始めるユーキと、それを抵抗もなく受け入れるアスナを見て、アルゴは呆れるような深い溜め息を吐く。

 

 

「お二人さン。イチャイチャするのはいいけど、オネーサン話し進めてもいいかナ?」

「イチャイチャだなんて、そんな……!」

「……ンで、この中にあのクソ野郎がいるってわけか?」

 

 

 顔をボン!と音を立てて赤く染めるアスナと、そんな彼女に何の反応を示さないユーキは話しの続きを促した。

 お互いがお互い、深く触れない様子を見て、どうやら二人にとってこう言ったやり取りは、日常茶飯事と言えるのだろう、とアルゴは分析しながらユーキの問いに応答した。

 

 

「攻略ギルドは大規模から小規模まで数多イ。その中でも、攻略を担っているのはコイツらダ」

 

 

 そう言うと、数多くある羊皮紙から四枚の選んで二人の前に並べる。

 そのギルドの名前は『月夜の黒猫団』『風林火山』『聖龍連合』そして『血盟騎士団』の四組。

 

 そこからアルゴは手を伸ばし二枚の羊皮紙――――『月夜の黒猫団』と『風林火山』の羊皮紙を注目させて、彼女は続ける。

 

 

「『月夜の黒猫団』。平均レベルは50~60。リーダーはケイタって奴ダ。サチって女が後衛に移ってから力つけていったナ。お前達でいうところのリズベットみたいなポジションだナ」

「あっ、このギルド知ってます。前にキリトくんが手伝ってました」

 

 

 ね、ユーキくん? とアスナが話を振るとユーキは「あぁ」と一度頷いた。それ以上のことは知らないようで、視線を『月夜の黒猫団』の羊皮紙から『風林火山』の詳細が書かれた羊皮紙に移す。

 

 

「コイツはキリトのダチが頭張ってるとこだろ?」

「そうダ。この二組は除外するゾ」

「なんでだよ?」

 

 

 ユーキの問いに「あとで説明する」と言うとアルゴは一枚の羊皮紙を差し出して話しを続けた。

 

 

「となると残るのは二組。その中の一組である『聖竜連合』にも茅場晶彦はいなイ」

 

 

 二人が疑問を口にする前に、アルゴは自分の集めた情報に基づいた結論を話す。

 

 

「“最大”の攻略ギルドなんて聴こえはいいが、実際の連中は烏合の衆ダ。リーダーに指揮能力はなく、人を率いる器でもなイ。それを証拠に先日のコーバッツの独断行動ダ」

 

 

 ユーキにとってそれは記憶に新しい。

 アルゴからメッセージを受け取って、キリトと共に救いに行ったことを思い出して、直ぐにどうでもいいと思考の外に弾き出した。

 

 なによりも、とアルゴは言葉を区切り話を続ける。

 

 

「連中はこの世界を、一番楽しでいるといってもいい」

「楽しんでいるですか?」

 

 

 解せないと言う表情で問うアスナに、アルゴは頷いて答えた。

 

 

「攻略ギルドっていうのは、この世界で注目を浴びる存在ダ。だから連中は血盟騎士団やお前達に対抗意識を燃やしていル。この前なんて血盟騎士団よりも上層に本部を移転したってだけで、パーティーを開いてたんダ。楽しんでない筈ないだロ?」

「あったなー……。アレにはわたしもちょっと引いた……」

 

 

 ハハ、と呆れるような乾いた笑みをアスナは浮かべる。

 ユーキは無言で腕を組みアルゴの話しを聞いているが、聖竜連合に茅場晶彦が紛れていないことを納得しているようだ。彼の性格を知っているからこそ、その結論に至ったのだろう。あの男に“楽しむ”という機能が備わっているとはユーキは到底思えなかった。例え演技だとしてもありえない。ユーキはそう断ずる。

 何よりも――――。

 

 

「もし仮にアイツが聖竜連合にいたとしたら、ゆにパックだかコーバッツだかの勝手を許す筈がねぇな」

「そういうことダ」

 

 

 となると残りは一組。

 アルゴは散乱していた羊皮紙を、一枚を除き全てアイテムストレージに収納する。

 その残った一枚こそ。

 

 

「断言するゾ。茅場晶彦は『血盟騎士団』にいる」

「根拠は……?」

 

 

 アスナの問いに、アルゴは答えた。

 

 

「情報の速度ダ」

 

 

 それだけ言うと、アルゴは教鞭を振るう先生のようにアスナに問いを投げた。

 

 

「攻略するにあたって、情報って重要だロ?」

「う、うん。モンスターの出現場所、クエストの内容、経験値の効率から何をドロップするか知っているだけで大分安心する」

「情報ってのはそれだけ重要なんダ。特にデスゲームと化したこの世界ではナ」

 

 

 どこぞのバカはこの重要性を理解してるか怪しいけどナ、とアルゴはユーキを見るが当の本人はどこに吹く風で受け止める。

 自覚はある。情報なんて聞くこともなく、一人で突っ込み何度も叱られてきた。

 

 だがそれよりも先の話しが気になるのか、ユーキは眼で「さっさと進めろ」とアルゴに訴え、彼女はその視線に応える。

 

 

「先ず情報っていうのは、“噂”を聞いて、何度も“検証”を重ねて、初めて生まれるものなんダ。例外はあるが、大筋はそんな感じ何だヨ」

 

 

 だが、とアルゴは言葉を区切ると。

 

 

「血盟騎士団は“検証”をしない。最初から到達した階層に何があるか知っているように進めて行くんダ」

「え、アルゴさんの情報よりも早いんですか?」

 

 

 眼を丸くさせてアスナは驚き、アルゴは悔しそうに頷いた。

 アルゴは『鼠』と称されるくらい情報屋としての腕は確かなプレイヤーだ。自分達の武器が“剣”であるのなら、アルゴの武器は“情報”。そうして彼女はこれまで生きてきたし、情報屋としてアルゴに並ぶプレイヤーはいないとアスナは思ってきた。アルゴもそれに関してはプライドを持っているらしく、頷いた彼女の表情は悔しそうである。

 

 だがそれを上回る存在。

 そうなってくると――――。

 

 

「開発者じゃねぇとありえねぇと?」

 

 

 ユーキは結論だけ言う。

 誰も知り得ない情報を知っている不可解。不可解を可能としているからこその“最強”のギルド。それが血盟騎士団である。

 

 なるほど、と。ユーキはようやくアルゴが『月夜の黒猫団』と『風林火山』を除外したことに納得した。

 背もたれに寄りかかり、彼は口を開く。

 

 

「確かにその目線で考えるなら、『黒猫』と『風林」はハブかれんな」

「うん。レベルが上がるのは早かったけど、レベリングしていた場所もアルゴさんのオススメしていた場所だったもんね……」

 

 

 そこまで言うと、アスナは「あっ!」と何かに気付いたような声を出して。

 

 

「茅場さんじゃなくて、関係者が血盟騎士団にいてその階層に何があるか知ってた可能性は?」

「ねぇな。この世界は全部あのクソが一人で作ったもんだ。手伝いはいても、些細な手伝い。どこに何があるかなんて、アイツ以外誰も知らねぇよ」

 

 

 忌々しげに応えるユーキに、アスナは納得したようでそれ以上何も言わなかった。

 

 誰も口を開かない。重たい空気が流れる。

 無理もない。攻略組において、血盟騎士団とはそれだけの存在であった。紅い甲冑に身を包み、攻略組を牽引してきた最強の攻略ギルド。それこそが、血盟騎士団であった。

 その中に問題の元凶が紛れいてる可能性が高いという事実。空気も重くなるというものだろう。

 

 そうして口を開くのが。

 

 

「ごめんナ」

 

 

 アルゴであった。

 彼女は本当に申し訳なさそうに続ける。

 

 

「オイラじゃこれが精一杯だっタ。ギルドは特定出来ても、誰が茅場晶彦なのかわからなかった。これ以上はお前達に託すしかなイ……」

 

 

 悔しそうに、歯がゆいとでも言うかのように、アルゴは両手を力いっぱい握りしめる。

 プレイヤーを特定するとなると、血盟騎士団と同じ前線に立つしかない。しかし自分はそこまで強くない現実。となると、彼らに丸投げするしかない。その事実がアルゴにとって情けなく、悔しかったのだろう。

 

 それは違う、とアスナは反射的に立ち上がる。

 だがそれよりも早くユーキが口を開いた。

 

 

「これはオマエが、勝手にやったことだ」

「そうだナ。お前の言うとおり、オイラが勝手にやって、勝手にお前達に託ス。自分勝手にダ」

「あぁ。オマエは勝手に動いた。誰に頼まれた訳でもなく、自分で考えて動いた。その過程で何があるかも知ってた筈だ。もしかしたら、オマエはあのクソに殺されてる可能性すらあった」

 

 

 だが、と言葉を区切り力強く断言する。

 

 

「オマエは諦めずに、自分の武器を最大限使って茅場晶彦と戦い、その刃は間違いなくあの野郎に届かせた。その過程を想像出来るほど、オレの想像力は豊かじゃねぇ。だが恐かった筈だ、いつ殺されてもおかしくないと怯えていた筈だ」

 

 

 その言葉には力があった。

 アルゴの背中を押す力強い言葉であった。自分の行いを全肯定するように、託すことは決して間違いではないかのような力強い肯定があった。

 

 

「オマエはやり遂げた。誰に頼まれた訳でもなく、勝手に行動した結果、オレ達に道を示した。オレはそれが――――凄いと思った」

 

 

 ユーキは真っ直ぐに、アルゴを見つめる。

 普段の捻くれた様子も、意地の悪い調子でもない。それはシンプルな、真っ直ぐな敬意を言葉に乗せていた。

 

 アスナもそんなユーキを見て、笑みを零す。

 彼なりにアルゴを励まそうとしていたことを、彼女は最初から理解していた。だからこそ邪魔をしないで見守ってきたわけだが、ここでアスナは口を開く。

 

 

「そうだよ。アルゴさんのおかげで、希望が沸いてきたもん!」

「アーちゃん……」

 

 

 ユーキは立ち上がる。

 アルゴに背を向けて、真っ直ぐ前へ、ただ前へ視線を向けて宣言する。

 

 

「ありきたりな言葉だがよ――――あとは、任せろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 2024年1月23日 PM17:20

 第十八層 主街区『ユーカリ』

 

 

 アレからアルゴと別れて、ユーキとアスナは帰路についていた。

 空は夕暮れ。赤く染まった夕焼けが、アインクラッドの十八層の空を染め上げていた。

 

 すれ違うプレイヤーも帰路につく者達が大半で、これからクエストに臨むプレイヤーは数が少ない。

 それが中層と上層の違いであろう。五十層に近ければ近いほど、夜でもクエストに向かうプレイヤーが増えるというもの。

 

 その中を、二人は歩いていた。肩を並べて、お互いの歩調を合わせるかのように。

 会話はなかった。それでも居心地が悪い雰囲気はない。まるで隣にいるのが当たり前とでも言うかのように、二人の間に心地よい空気が流れていく。

 

 そこで。

 

 

「なぁ」

 

 

 ユーキが口を開いた。

 こうして彼から話しを振るのは珍しいことであるが、アスナは特に驚いた様子もなく応じる。

 

 

「どうしたの?」

「オマエさ、茅場晶彦のことどう思っている?」

 

 

 アスナは少しだけ考えて。

 

 

「わからないなー」

「それはどう言う意味だ?」

「そのまんまの意味。ユーキくん達からプレイヤーとしていることは聞いていたけど、いざ考えると、ね……?」

 

 

 えへへ、と照れくさそうに笑みを零してアスナは問いを投げる。

 

 

「ユーキくんはどう思ってるの?」

「オレは……」

 

 

 言葉に詰まった。

 

 もちろん、彼を許したわけではない。

 関係のない人間を巻き込んで、デスゲームなんて下らないことをやらせた彼が許すわけがなかった。ましてやアスナを巻き込んだ。それが一番許せなかった。

 怒りはある、憤りもある、憎んでいたのかもしれない。

 だがその感情も、最初の頃よりも薄れていていた。斬らなければならないと思った。あの男だけは、自分が斬らなければならないと思った。憎悪も嫌悪も憤怒も確かに残っている。にも関わらず、少年の中には別の『願望』が宿りつつあった。ありとあらゆる負の感情とは違う別の感情、異なる願望。

 

 それがなんなのか、ユーキにはわからない。

 茅場優希は、全ての元凶である茅場晶彦になにを思っているのか、わからないでいた。

 

 だからこそ答えられない。

 答えが見つからないのだから、言葉を紡ぐことが出来ない。

 

 

「ユーキくんはさ、自分が思っているよりも器用じゃないよ」

「あ?」

 

 

 ユーキは隣を歩くアスナに顔を向けると、彼女は困ったように、しかし慈愛の笑みを浮かべて口を開く。

 

 

「君はわからないんじゃなくて、見えてないだけよ。晶彦さんをどう思っていて、何をしたいのかちゃんと答えは出ている筈」

 

 

 それだけ言うと、アスナは足早にユーキの前に立つとニッコリと満面の笑みで。

 

 

「――――大丈夫! ユーキくんがどんな答えを出しても、わたしは君の味方! だから君は、君のやりたいようにやっていいんだよ?」

「……オマエ、まさか」

 

 

 オレとアイツの関係を知ってたのか?と尋ねる前にアスナが何かに気付いて視界をユーキから外す。

 それからメインメニューウィンドウを開く動作を始め、メッセージ画面を開いた。どうやら彼女にメッセージが届いたらしい。

 

 内容を目で追い、アスナは問いを投げた。

 

 

「ユーキくんって明日時間ある?」

「……何かあったのか?」

 

 

 うん、とアスナは言うと。

 

 

「リズからのメッセージなんだけどキリトくんと素材集めてたんだけど、途中で知り合ったモンスターテイマーの子の使い魔を蘇生するために明日クエストするんだって」

 

 

 そうか、とユーキは応える。

 少しだけ考えると「いいや」と首を横に振った。

 

 問題のモンスターテイマーがどんな人物か知らないが、キリトがついているのだ。自分が出張らなくても問題ないだろうと結論付けてユーキは答える。

 

 

「オレは別行動をとる」

「一応聞くけど、どこに行くの?」

 

 

 アスナの表情からもうすでに何を言うのか知っているようでもある。

 ユーキも当たり前のような口調で。

 

 

「オマエならわかんだろ――――」

 

 

 ユーキは確かめに行くだけだ。いつも通り、今まで通り、少年は実直に前に進む。

 自分が何を想っているのか、茅場晶彦をどうしたいのか。

 

 

「――――血盟騎士団のとこだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アルゴ「キー坊に惚れてなければ、惚れるとこだっタ」

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