ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~ 作:兵隊
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第1話 第五十層
2024年1月15日 PM13:50
第五十層 迷宮区最上階
――――こんな筈ではなかった――――。
それが彼の――――コーバッツの心を占める感情だった。
ソートアート・オンラインに閉じ込められて一年二ヶ月が経過した。
最初は誰もが絶望し嘆き、いつデスゲームと化した世界から脱出できるかわからないと途方に暮れていた。
しかし今。一年が過ぎてようやく百層までの折り返しである五十層まで到達することが出来た。
ここまで到達するのに様々な経験をした。
他人を欺くなど日常茶飯事。時には裏切り、時には裏切られ。騙し、騙され。死にかけたこともあった。
一般の日常生活を過ごしていれば到底味わえない経験をコーバッツは味わっていた。それに対して、別に悲観に考えたことはない。幼い頃から強くあれと育ってきた育ってきた彼としては、この程度の状況など苦でもなかった。
勿論、修羅場を潜ってきたのは彼だけではない。
自分が所属するギルド『聖龍連合』のメンバーも中々の面構え。自分ほどではないが、腕が立ち見所のあるプレイヤーが揃ってきたとコーバッツは思っていた。
だからこその驕り、経験を積んでしまったからの慢心。脱出不可能と絶望してからの、第百層までの折り返し地点に到達出来たという希望による高揚感。そしてつまらない功名心。
それらがコーバッツの判断を曇らせた。
――――この調子なら、我々だけでフロアボスを倒せるのではないか――――?
最悪にも五十層の迷宮区のマッピングが完全に完了しており、あとはフロアボスを倒すだけであった。
数日後には攻略組で会議を行い、攻略開始の日取りを決める予定だった。
しかしコーバッツはこれを無視。
精鋭三十人引き連れてフロアボスの攻略に乗り出したところ――――。
「た、隊長! もう持ちません……ッ!」
「い、嫌だぁ! 死にたくない!」
「隊長指示を、指示を下さいッ!!」
呆然と立ち尽くすコーバッツの目の前に広がるのは地獄絵図だった。
助けを乞う者、逃げ惑う者、絶望に膝を折る者、必死にコーバッツに手を伸ばし助けを乞うプレイヤーは――――。
「隊長! 助け、助けて――――」
フロアボスに殴り飛ばされ、壁に激突したと同時に壁が破砕する。轟音が鳴り響くが、逃げ惑うプレイヤーの悲鳴に掻き消されていく。
見ればいつの間にか、三十人の精鋭部隊のHPバーが赤く点滅しており、これでは攻略など出来る訳がない。
――――こんな筈ではなかった――――。
五十層はクォーター・ポイントであり、各層のフロアボスよりも攻略難易度が跳ね上がっていることはコーバッツも理解していた。
二十五層で既に経験しているコーバッツにとってどれほどの物か理解している。しかし今回はその経験が命取りとなってしまった。一度経験してしまったのだから、どの程度の物か目安がついてしまう。
今回の層も二十五層ほどのものなのだろうと高をくくっていた。
自分達が攻略し、手柄を立てる。
そうなった暁には、自分は英雄と持て囃されることだろう。そうすれば『はじまりの英雄』なんて眼ではない。それ以上の名声を手にし、誰も彼もが尊敬の眼差しを向けてくるに違いない。
そうだ。
誰も彼もが自分を尊敬する。
――そうだ全員だ。
――私を放り投げたあの小僧も。
――歯向かった
――全員……ッッ!
数時間前に過ぎった夢物語。今となってはそんなものを見る余裕すらない。どうすればこの状況をくぐり抜け、無事に生還出来るか。もはやコーバッツに甘い夢を見る暇すらない。
しかし考えても考えても答えは出ない。
それどころか思考がまとまらない。呼吸は荒く、ガタガタと歯を震わせる。
自信の塊ともいえるコーバッツの自尊心は、明確な死の恐怖によって既に粉々に砕かれた。彼にとって自信とは一番の武器であり、拠り所でもあった。それが壊されてしまったのだ、正常な判断が出来る訳がない。人はそこまで強くない。
そしてその気配は、いつの間にか目の前に。
「…………ぁ
小さく声を漏らす。
五十層のフロアボスは全長十メートル程ある。
全身金属で仏像のようなシルエット。その腕は丸太のように太く力強く、軽く見積もって五十本は生えている。
その手は全て徒手であり、人形の原型であるのにもかかわらず武器の類を一切持っていない。そう言う意味では今までのフロアボスとは異質とも言える。
一年前に第一層を騒がせていた『モンスターキラー』よりもその力は力強く、一撃で何もかもを削りとっていく。それこそ命の残価であるHPバーも、死の恐怖に打ち勝ってきた戦意も何もかも。
『チェンレジー・ザ・ゴッド』。それこそが五十層の、クォーター・ポイントのフロアボスの名である。
「ぁ……ぁ……ぃ……!」
コーバッツの自尊心を粉々に砕き、部下を殺していった怪物は何も語らずに見下ろしている。
剣を取り、立ち上がり、態勢を立て直さなければ殺される。
コーバッツにはわかっていた。
しかし。
「…………」
何も出来ない。
身動ぎすることも出来ずに、ただただチェンレジー・ザ・ゴッドを見上げる。
生への渇望はある。彼は諦めた訳ではないし、死にたいわけでもない。ただ感情が殺されていた。圧倒的暴力の前に、思考が追い付かずに理性が殺されてしまっていた。
これこそが恐怖。
何も出来ずに、何をすることもなく、何でもなく殺される。
チェンレジー・ザ・ゴッドは数あるうちの一本だけ手を上げた。
そのまま叩き潰す。それこそ人が虫を潰すように、簡単にただ手を振り下ろす。
ゴウっ、という風切り音。
それは正に隕石だ。人一人など容易く覆い隠してしまう隕石。避けようとしたところで、逃げ場などない面積。
「……ヒィ!」
ギュッとコーバッツの両眼が閉じる。
迫りくる死に眼を向けられない。彼はそこまで強くないのだ。
だが次に聞こえたのは、地面を砕く音でもなければ、コーバッツのアバターが砕けた音でも、ましてや彼の消滅音でもなかった。
ガギイィィィン、と。
まるで金属と金属がぶつかりあったような音が、高く強くフロア全体に響き渡る。
「……チッ、このボケッ! 縮こまる暇があんなら立て!」
聞いたことがある声だった。
恐る恐る眼を開くと、コーバッツの視界の端に炎が揺らめく。その色は“蒼”。透き通るような、蒼い炎が揺らめいていた。
コーバッツは生きていた。
正確に言うのなら、チェンレジー・ザ・ゴッドの一撃を間に入った“少年”が両手剣を頭上に掲げて受け止めていた。
“蒼炎”は絶え間なく、少年の身体を覆っている。見知った背中、見知った黄金の頭髪。
そして一際激しく燃やし上げると同時に――――。
「オラァ!」
口元から聞こえた怒声と共に、少年は鋼鉄で出来た人六人分はある巨大な手の平を――――弾き返す。
金髪の少年の足元をよく見れば深く陥没しており、どれほどの暴力だったのか想像が出来る。
それほどまでの一撃。必殺を確信した拳。
それを小さな人間に受け止められ、なおかつ弾き返されるという事実。
屈辱だったのか、恥辱だったのか、侮辱と捉えたのか、チェンレジー・ザ・ゴッドは声にもならない叫びを上げて数十本の手の拳を握り、少年に向ける。
「――――――――!!!!」
「……安い野郎だ」
対する少年の顔に焦りはない。
鬱陶しいと言わんばかりに大きなため息を吐くと、背中を向けていたコーバッツの方へと振り返る
同時に――――黒い影がチェンレジー・ザ・ゴッドへと疾走していった。
まるで金髪の少年が振り返ることを黒い影は知っており、黒い影が来ることを少年は知っていたかのよう。
二人の攻め手の切り替えに無駄がない。
黒い影も少年であった。全身黒ずくめ、黒いコートを羽織り両手にそれぞれ一本ずつ握られた直剣――――二刀を縦横無尽に振るう。
チェンレジー・ザ・ゴッドの背中、足、腕、胸、と休むことなく斬り捨てて行く。その速度は眼で追えるものではない。黒い線がチェンレジー・ザ・ゴッドの身体を這っていくように、何をしているのか正確に視界に収めることが出来ない。
しかしチェンレジー・ザ・ゴッドの身体に走るのは紅い斬り傷のようなエフェクトが深く刻まれている。それから推測するに、黒い影は一人で“斬っている”ことがわかった。
それを証拠にチェンレジー・ザ・ゴッドは怯み、大きな十メートルはある身体が揺らぐ。
同時にコーバッツを助けた少年は、片手で彼を引きずりながら乱暴にすくみ上がっていた聖龍連合のプレイヤーに放り投げる。
別にコーバッツが軽いわけではない。
現に、聖龍連合のプレイヤーはコーバッツを受け止めることは出来たが、支えきれずに押しつぶされている。
それを視界に収めて、金髪の少年はチェンレジー・ザ・ゴッドへと再び身体を向けて。
「さっさとそのアホを連れて逃げろ。足止めくらいはしてやる――――!」
乱暴にそう言い放つと、背中に蒼炎を集約させて噴出させる。
まるで弾道ミサイルのように、爆発的な推進力を生みながら駆けて行く。
しかし方向がズレている。
チェンレジー・ザ・ゴッドの胴体ではなく、足元へと金髪の少年は推進していく。
その方向には黒い少年が、今にもチェンレジー・ザ・ゴッドの拳が叩き込まれようとしているところだった。
このまま振り下ろされれば、黒い少年は潰されて最悪ゲームオーバーになるかもしれない。だが――――。
「フンッ……!」
「―――――――!?!?」
――――そんなことはありえない。
振り下ろすよりも前に、金髪の少年が蒼炎を纏った一撃を加えて大きくずらすと同時に、黒い少年は地を蹴り上げて再びチェンレジー・ザ・ゴッドの胴体を大きく斬り抉る。
本来であれば、複数の連携には『スイッチ』といった掛け声、もしくはハンドサインが必要不可欠だ。
前衛が攻撃を弾いてスイッチの掛け声で後ろに下がり、もう一人が前線に上がり仕留める。それがないとスムーズに攻守の切り替えが出来ない。掛け声や合図というのはそれだけ重要になってくる。
これらがスムーズに行えなければ、入れ替えにタイムロスが生じ連携の意味をなさない。
しかし二人の少年の連携は奇妙だった。
彼らは――――合図の類を一切行っていなかった。
掛け声や合図といった行動をしないにも関わらず、二人の連携はスムーズである。スムーズすぎるといっても過言ではない。確かに掛け声などをしていないのだから、タイムロスなどある筈がない。
どれだけ息が合っていようと、連携には合図が必要不可欠であるし、合図がなければ連携など出来る筈がない。
だが彼らにはそんなもの必要ないというかのように。
まるでどのタイミングで攻撃を弾き、どのタイミングで前線に上がってくるか。
お互いがお互いのタイミング、攻め手の呼吸、攻守の切り替え時などをわかっているかのよう。
時に弾き、時に斬り。時に殴り飛ばし、時に蹴り飛ばす。
フロアには斬撃音、金属同士の衝突音、そしてチェンレジー・ザ・ゴッドの叫び声しか聴こえなかった。
それが数十分続いたところで、二人の少年は同時にチェンレジー・ザ・ゴッドから距離を取った。
黒い少年が二刀を持つ両手は構えることなくぶらつかせて、金髪の少年は両手剣を地面に突き刺して一呼吸を置く。
お互い構えも武器も違うものの、共通していると言えば肩で息をしており、頬からは汗が何度も伝っているということだ。
黒い少年は袖で汗を拭い、乾いた笑い声を上げて。
「それにしても、アルゴ凄いな」
「いきなりなんだオマエ?」
「だってさ、今回の
「知るかよ。ンなことより、この後の展開が解せねぇよ」
「あー、怒られるな俺達……。二人だけでフロアボス足止めしてるし、だいぶ無茶苦茶してるし……」
「人助けしてキレられるとか、正直割に合わねぇだろ実際」
「いやホント、まったくだ」
気軽な口調で、極めて緊張感がない調子で二人は会話を初めていた。
とてもクォーター・ポイントのフロアボスと対峙しているとは思えない。日常会話レベルの軽いやり取りのまま、二人は話を進める。
黒い少年は顎を軽く上げてフロアボスを促し、軽い口調のまま問いを投げた。
「俺達で倒せると思うかアレ?」
見ればHPバーは十分の一を削られていた。
アレだけ斬ってまだ十分の一。しかし相手も相手で、二人の少年に攻撃を与えられていない。
それを踏まえて、金髪の少年は息を整えて返す。
「やれねぇことはねぇが、分が悪い。それにオマエの片手剣の消耗もハンパないだろ」
「……最近お前変わったか?」
「……何が言いたいんだ?」
「いやだってさ。前なら『分が悪い上等。視界に入ったら皆殺し。経験値置いてけ』イノシシスタイルだったじゃん?」
「おうおう、ヘタレ剣士がよく言うじゃねぇかよ。あの木偶よりも先にオマエを斬ってやってもいいんだが?」
「イノシシ頭なのは本当のことだったろ」
対する金髪の少年はチッ、と短く舌打ちをすると地面に刺していた両手剣を引き抜きながら、様々な想いを織り交ぜながら呟いた。
「こんなところで分が悪いギャンブルしても仕方ねぇだろ。オレの死に場所はここじゃねぇ」
それだけ言うと、真っ直ぐにチェンレジー・ザ・ゴッドを見据える。
黒い少年はコーバッツと三十人いた聖龍連合の撤退を確認すると、一度大きく頷く。金髪の少年はそれを視界の端で確認すると一呼吸置いて。
「逃げるぞ」
「うっす」
正に脱兎の如く。
今まで死闘を繰り広げていたとは思えない離脱。
フロアボスはポツンと立ち。
「――――――――――!!!!!」
怒声ともとれる声にもならない叫び声を上げるしかなかった。
しかしそんな事など二人の少年は知ったことではない。
何せ目的が違う。フロアボスを攻略するつもりはなく、情報屋『鼠のアルゴ』から受け取った聖龍連合の凶行を止めに来ただけなのだ。結果的に全滅は免れ、被害を最小限に留めることが出来た。
蒼炎を纏っていた口が悪い金髪の少年――――ユーキ。
二刀を操り切り込んでいた黒髪の少年――――キリト。
二人はこの後の説教を考えて憂鬱になりながら帰路を駆ける――――。
紅閃@殴る「えいえいっ」
恐怖@無視「……」
紅閃「怒った?」
恐怖「……怒ってねぇよ」
義妹@殴る「えいえいっ」
恐怖@無視「……」
義妹「怒った、にーちゃん?」
恐怖「怒ってねぇよ」
英雄@殴る寸前「えいe(ry」
恐怖@ぶん殴る「オラァァァァ!!!」
英雄@スウェー「なんと――――!?」
クリエイター「超反応でスウェーで躱した。流石ね」
紅閃「取っ組み合いの喧嘩になっちゃった」
クリエイター「そうなるわよ」
クライン「えぇ!? なんで君達そんな冷静なの!?」