ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~ 作:兵隊
~べるせるく・おふらいん~
恐怖「この、お人好し野郎!」
英雄「だから無茶ばかりするな!」
紅閃「また喧嘩してる……」
恐怖「好きなディズニーキャラクターはなんだよ!」
英雄「プーさん」
クリエイター「流れ変わったわね」
恐怖「オマエはプーさん好きでも、プーさんはオマエが嫌いだよ!!」
英雄「なんだと!?」
紅閃「ユーキくん、いきなりプーさんを味方につけてきた」
クリエイター「しかもキリとのヤツ、かなりショックを受けてるわね」
野武士面「いいや、止めろよ!? 喧嘩をよぉ!」
2023年7月5日 PM20:20
第十八層 丘の上。
空は雲で覆われており、辺りは漆黒に包まれていた。
本来であれば届く筈の月の光。しかし今は厚い雲に遮られ、アインクラッドのフィールドを照らすことはない。
見上げても視界は変わらず分厚い雲があるだけ。
月の光も空も見えないのだから、当然のことながら綺羅びやかな星々など見ることも出来ない。
太古の昔、携帯やコンパスがなどがない時代において人々は空を見上げ、北の空に浮かぶ北極星を見て自らの進むべき場所を定めてきた。
北の空にほぼ動かない北極星は北といったように、人々は空を見上げ、自らの進むべき場所を定めてきた。
しかし今ではそれは出来ない。
空は雲で遮られ、月の光も届かないこの大地で、彼女は自身の進むべき道を見つけられずに居た。
「……………」
彼女――――サチというプレイヤーは十八層の主街区である『ユーカリ』を一望できる丘で、座り込み膝を抱えていた。
生暖かい風が頬を凪ぎ、サチの頬を優しく撫でる。
だが彼女は無反応。
膝を抱えたままうずくまっていた。
自分は恵まれている、とサチは自覚していた。
仲間がいる、狩りをする時も一人ではない、それに――――頼れる英雄を知っている。この閉鎖的なデスゲームにおいて、彼女は誰よりも恵まれているという自覚があった。
だとしても――――。
「……………ッ!」
――――彼女にとって、その恵まれた環境が、苦痛であった。
戦うのが恐い、何よりも恐い、誰よりも恐い。
サチという少女は、そんなに強い人間ではなく、むしろ弱い人間だといっても過言ではない。
争いを好まず、人を傷つけることも出来ない。そんな平和主義の少女、それがサチという少女なのだ。
レベル上げのため狩りに行けば手が震えて仲間の足を引っ張り、死ぬのが恐いからと言って進めない弱い自分を、サチは何よりも嫌悪していた。
弱虫で心の弱い自分が仲間の為に何が出来るのか。それを見つめ直すために、彼女はこの場所にやって来た。一人で考えて、必死に自分の可能性を模索する為にやってきたのだが。
「……」
答えは、見つからなかった。
どう考えても、自分の進むべき道が見出だせない。仲間の為に何が出来るのか考えても、答えなど見つからない。
正に堂々巡り。弱い自分は何を考えても無駄に終わるのか、と泣きそうになった所に。
「よう」
「……え?」
どこか気軽に、軽い調子な声が聞こえて、サチは漸く顔を上げた。
そこには、漆黒の辺りと溶け込むような装備を身に纏っていた剣士の姿、何度も『月夜の黒猫団』を助けてくれた英雄の姿がそこにあった。
勿論、自分がこの場所にいることは誰にも話していない。むしろ、一人になって考えたいからこそサチはこの場所を訪れたのだ。
思いがけない来訪者に眼を丸くさせて言葉を詰まらせながら黒い英雄――――キリトに向かって問いを投げる。
「どう、して、キリトが、ここに……?」
「勘、かな?」
身体を伸ばし、一呼吸置いてキリトは直ぐに続けた。
「ごめん、嘘付いた」
「え、嘘なの?」
「うん。フレンド登録したら、フレンドリストからマップ追跡出来るだろ? それでサチの場所がわかったんだ」
「どうして嘘なんかついたの?」
「何となく?」
悪びれもなく、疑問を疑問で返すキリトに対して、サチはどこか毒気を抜かれたようにクスクスと笑みを零して。
「もう、何なのそれ」
「ハハッ、悪い悪い。……隣、いいか?」
「……うん」
サチの了承を得て、キリトは彼女の隣に座り込んだ。
んー、と彼は身体を伸ばし、足も伸ばす。いまだに膝を抱えているサチとは対称的に、どこか開放的ともいえる仕草。
視線の先にある十八層の主街区『ユーカリ』の街灯り。
フィールドは漆黒に染められても、主街区だけは変わらずに灯りが灯っており、どこか活気付いているようにも見える。
そんな光景を目の当たりにしてキリトは感心するように呟いた。
「へぇ、ここから見える景色って本当に良かったんだな……」
「来たことなかったの?」
「仲間がちょくちょくここに来るみたいでさ。話しには聞いてたけど、本当だったとは思わなかった」
「……女の人?」
「いいや、男だよ」
「それって、いつも話してくれる眼つきの悪い人?」
「……そうだけど、いつもは話してないだろ?」
どこか不貞腐れるように言うキリトが面白かったのか、サチは呆れるような口調で返した。
「結構な頻度だけど?」
「……そんな話してないぞ。絶対、多分、きっと、恐らく」
「仲、良いんだね?」
「まさか! 俺とアイツは顔を合わせる度に喧嘩してるんだぞ? 仲が良い訳ないだろ?」
肩をすくめてどこかオーバーに否定するキリトに、サチは力無く笑いながら首を横に降ってやんわりと否定しながら。
「仲、良いよ」
「……サチ、何かあったのか?」
キリトは問う。
もちろん、何があったのかはケイタから話しは聞いていた。しかしそれは、サチの様子がおかしいという漠然とした状況だけである。詳しい内容までは知らないし、何よりもケイタもわかっていなかった。
そして、サチの様子がおかしいということはこの場所に来て、サチの様子を見れば一目瞭然であった。
だからこそ、キリトは問いかける。
落ち込んでいる彼女に何かできるかもしれない、何か力になれるかもしれない。そんな希望を持ち、キリトは問いかけた。
対するサチは沈黙。
口にするかどうか考えて、一拍置いて彼女は暗い表情と共にポツリポツリと力無く言葉を吐き出した。
「私の武器を、槍から盾持ちの剣士にするって話しあったでしょ?」
「あぁ、あったな」
サチの盾持ちの剣士に変更。
それはキリトが『月夜の黒猫団』に手伝ってから数日後、ケイタから相談された内容だった。
キリトが手伝うまで、『月夜の黒猫団』の前衛が一人だけであり、バランスの悪い陣形でモンスターを相手にしなければならない。それが、ギルド『月夜の黒猫団』の現状であった。
もっと上を目指すのであれば、もう一人前衛が出来るプレイヤーが必要となる。そのプレイヤーに白羽の矢が立ったのが、サチであった。
端的に言えば、サチの盾持ち剣士転向の進歩状況は芳しくないモノであった。
しかし、それは無理も無いだろう。至近距離で凶悪なモンスターと相対する際に必要なのはステータスだけではない。それよりも必要で、重要なモノが必要となってくる。それこそが“度胸”であり“胆力”である。
そしてサチには、残念ながらそのどちらも圧倒的に不足していた。
サチという少女は、大人しく、臆病で、怖がりな性格である。
戦いを恐れる者が、戦えるわけがない。それはキリトも理解している。
「私ね、恐いんだ」
「恐いって?」
サチは力無く笑い、膝を抱えていた両腕が少しだけ強まる。
キリトから見たサチは弱々しい少女であった。肩が震えて、ひたすら恐怖に耐えて、ただ怯える。そんな少女は、ポツリと今にも泣き出しそうな声で続ける。
「戦うのが、恐いの。モンスターが恐い、今が恐い、凄く恐い、恐いよ……」
「そっか。そうだよな、恐いよな?」
「うん……。ケイタの気持ちもわかるよ? 私が前衛が出来るようになれば、月夜の黒猫団はもっと楽が出来るし、盾を持って防御力を優先した方が傷つかないし、死ぬ可能性も減る」
そう、これがケイタの配慮だった。
前衛が一枚増えれば、『月夜の黒猫団』はもっと上を目指せる。だがそれは建前。ケイタの本音は、サチの安全の確保にあった。
サチはとてもではないが、戦闘が得意というわけではない。メインの長槍だって満足に使いこなせる訳ではなかった。防御手段もなく、ましてや機動力を優先している長槍装備では、サチが安全とは言えない。むしろ危険であり、最悪ゲームオーバーとなり死ぬかもしれない。
だったら、盾を持たせて、装備を防御優先に固めれば、死ぬことはないだろう。それがケイタの配慮であった。
サチもそれがわかっている。
長い付き合いで、
しかしそれでも――――。
「『血盟騎士団』は凄いよ。私達よりも後にギルドを結成したのに、もう攻略組を代表するギルドだもん。キリト達はもっと凄い。君達はみんなの希望なんだから」
でも、と言葉を区切りサチは一際肩を震わせた。
涙は流すまいと、耐えるように身体を震わせながら、サチは悲鳴を殺すような小さい声で自身の苦痛を叫んだ。
「私は無理だよ。『血盟騎士団』みたいに、キリト達みたいに強くなれない。私は弱くて、臆病者で、この世界にいることが恐い……!」
「それが、君の気持ち?」
「ごめんね、幻滅したよね? ……必死で考えた。自分に何が出来るか考えたけど、ダメだったの。私はもう戦いたくないし、何より弱い自分が情けない……ッ!」
このまま、丘から飛び降りることが出来ればどれだけ楽だろう、とサチは少しだけ考える。
だがそれも出来ない。戦う度胸もない自分が、死ぬ度胸がある訳がなかった。
サチは奥歯を噛み締める。
悔しそうに、自分を呪うように、キツく抱える腕に力を籠める。
同時に、後悔がサチを襲いかかった。
こんな情けないことを言って、呆れられ、嫌われたかもしれない、と。
サチの中にあった叫びは既に言葉となってしまった。最早取り返しはつかない。
しかも対象は、自分の救ってくれた英雄、御伽噺に出てきそうなヒーロー、モンスターに襲われていた自分を救ってくれた男の子。
いつの間にか特別視していた男の子に、よりにもよって自分の汚い部分をぶちまけてしまった。
もうサチには顔を上げる度胸はなかった。ただ恐怖に耐えて、後悔の波を押し寄せる。
「そっか……」
サチの耳に入ってくるのは、極めて静かな声。
怒っているとも、呆れているとも、失望しているとも捉える事が出来ない声。
その調子で、キリトは首を傾げて、一つだけ疑問をサチにぶつけた。
「別にそれでいいんじゃないか?」
「えっ?」
思わず、サチは顔を上げる。
その際、彼女の肩まである黒髪が揺らし、眼は驚愕に染まり、口は半開きで上手く言葉に出来ないようだ。
キリトはそんな彼女が少しだけ面白かったのか、笑みを浮かべて何気なく続けた。
「仲間が言ってたんだ。あれは……そうだ。モンスターキラーを倒す少し前だ」
一人の少年が語った。 眼つきの悪く、人相も悪く、おまけに性格も悪い。
そんな少年は、苛立ちを隠すことなく、自分の考えを口にしていた。
「サチみたいな人は、弱い訳じゃない。戦うことに向いてるか向いてないかってだけの話だ、って」
「…………」
「戦える人が偉い訳じゃない、戦えない人が情けない訳じゃないだ。当たり前なんだよ、剣を取って戦える人も居れば、戦えない人もいる。それだけのことなんだよ」
「でも、それだとケイタ達に申し訳ないよ……」
覇気が篭められてない反論を、キリトはやんわりと横に振って否定する。
それは違う、と言う意味を込めて首を横に振り、優しい表情と口調で少年は続けた。
「剣を取るだけが戦いじゃない。プレイヤーの中には、アイテムで支援するヤツもいれば、鍛冶スキルを上げて武器や防具を作り戦力を整えてくれるプレイヤーもいるぜ?」
どっちも仲間のことなんだけどな、とキリトは照れくさそうにしながら、どこか誇らしげに言うと。
「だからさ、サチ。君が自分を責める理由なんて、どこにもないんだ。戦いだけがこの世界の全てじゃない。そんなものよりもっと、大事なものがあるんだ」
「でも、私――――」
そこから先の言葉は出なかった。
何故なら、サチが言葉を続ける前に、キリトは彼女を抱きしめる。優しく、しかし強く。弱っている彼女を庇護するという、絶対の意思と共に言葉に出す。
「――――大丈夫」
「あ――――」
優しい声が、サチの心を溶かしていく。
温かく、安心させるように、優しく抱きしめる。キリトの温もりはサチの恐怖を和らげるものであり、彼女の眼からは涙が溢れ始める。
今まで我慢していたのに、今まで耐えていたのに、ここに来て安心したのか眼から涙が溢れ始めた。
ポンポン、と背中を優しく叩き、子供を宥めるようにキリトは続けた。
「泣きたいなら、泣いていいんだ。一人で何もかもを背負わなくていいんだ」
「でも、迷惑かけるよ……」
「迷惑な訳ないだろ。サチも、月夜の黒猫団のみんなも、俺が守る。だからサチ、君は絶対に死なない。俺が絶対に、守るから」
その言葉が引き金となったのか、サチは大声で泣いた。
今まで耐えていたモノが吐き出されるように、我慢することなく彼女は泣いた――――。
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数十分後
「落ち着いた?」
「うん……」
二人の様子は数十分前と変わらないモノになっていた。
キリトは足を伸ばして寛ぐように座り、サチは膝を抱えてうずくまる。
差異があるとすれば、サチの様子であった。
彼女は先程とは違い、恐怖に震えている様子もなければ、顔を悲観に染めている訳でもない。ただただ、彼女は恥じるばかりである。顔を真っ赤に染めて、耳まで赤く染め上げて、羞恥の色を隠せない。
このまま、頭上から湯気が出るのではないか。そんな錯覚をさせるくらい、彼女は顔を赤く染め上げていた。
彼女としては、気になる男の子の目の前で情けない姿を見せて、尚且つ抱き合って泣いていたという事実を恥ずかしく思ったのだろう。年頃の女の子としては当然とも言える反応である。
対するキリトは困ったような笑みを浮かべて、先程のサチの言葉を思い出す。
思い出すのは『血盟騎士団』のギルドを結成した期間である。
――血盟騎士団は、月夜の黒猫団の後に結成した。
――考えてみれば、妙だ。
――たった数ヶ月で、攻略組を牽引するギルドに成長するなんて。
――攻略に必要なのは、情報だ。
――どの場所が狩場に適しているか、どこで強い武器が手に入るのか、ボスの弱点は何か。
――血盟騎士団は何もかもを“知っている”。
そこまで考えて、情報屋がいるのかもしれない、とキリトは考えるも直ぐにその考えは否定する。
もしそうであれば、その情報屋は『鼠のアルゴ』以上の情報屋である。出回っていない情報を、血盟騎士団は掴み、攻略することに心血を注ぐ。そんな彼らのあり方を賛同し、情報を提供する情報屋がいるだろうか。
その情報で、莫大なコルを稼げるにも関わらずそれを行わない高潔なプレイヤーがいるだろうか。答えはNOである。誰もが自分の利益のために行動するし、何よりもアルゴ以上の情報屋がいるとは思えない。
加えて、血盟騎士団が攻略する際に用いる情報はどこか異質であった。
――アレは、そう。
――このゲームを知り尽くしている人間の動きだ。
――『ソードアート・オンライン』がどういうモノなのか、理解している動きだ。
――そんなこと出来る人間は、この世に……。
一人しかいない。
そう結論付ける前に――――キリトは立ち上がる。
「――――ッ!?」
それは反射的なモノ。
彼は立ち上がると同時に、背にある黒い直剣“エリュシデータ”に手をかる。
突然の行動に、眼を丸くさせるサチを有無を言わさずに守るように背を向けた。
キリトが感じたのは殺気。
ただ純粋に、キリトを殺すだけに向けられた意識。それを彼は積み重ねて来た戦闘経験から察知して、警戒心を露わにする。
隙がなく、付け入る事も出来ない。
観念したのか、それは暗闇から姿を表した。
「流石、だな」
それはカーソルがオレンジのプレイヤー。紅眼で紅髪の髑髏を模したマスクを着けているソレが現れると同時に、黒いマスクで顔を覆っているプレイヤーと筆頭に十数人のオレンジプレイヤーが現れた。
黒いマスクで顔を覆っているプレイヤーはニヤニヤと笑みを浮かべて、紅眼で紅髪の髑髏を模したマスクを着けているプレイヤーは自身の獲物であるエストックを片手に注意深くキリトの一挙一足に意識を向ける。
「何だ、お前らは?」
「……聞いたな、『はじまりの英雄』。お前は、俺の名を、聞いたな?」
紅眼は喜々として、答えた。
狂喜に笑みを浮かべて、狂気的に紅眼をキリトに向けて、彼は万感の想いを言葉にする。
「俺の名は、ザザ。お前の、何もかもを、奪う男だ」