ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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後輩「ねぇ、先輩。アナタ、SAOプレイヤー達に何て呼ばれてるか知ってる?」
先輩「ンだよ……」
後輩「加速世界(アクセル・ワールド)のヤベー奴」
先輩「は?」
後輩「加速世界(アクセル・ワールド)のヤベー奴」
先輩「……」
後輩「ヤベー奴」


第8話 英雄と恐怖の関係

 某月某日 時間不明

 

 

 アインクラッドに存在するとある洞窟の中に、二人の人影が存在していた。

 もちろん、その場所は圏外である。それはつまり、モンスターが際限なく湧く事を意味している。

 

 しかし、二人の人影は怯える様子はない。

 一人、黒いマスクで顔を覆っている少年――――ジョニー・ブラックは手頃な岩に腰掛けて、片足を細かく揺らす。表情は読み取れないものの、その様子から苛立ちを募らせていることがわかる。

 

 もう一人は、そんなジョニーを視界の隅に捉えているものの、なだめるつもりがないようだ。

 紅眼で紅髪の髑髏を模したマスクを着けている彼――――ザザは片手に持つエストックを弄ぶ。

 

 ザザがジョニーをなだめないのは簡単な理由である。

 彼もジョニーと同じく。いいや、ジョニー以上に苛立ちを募らせているからに他ならない。

 

 

 

 取るに足らないプレイヤーを殺害し、己の欲望と温情の赴くまま、ザザはアインクラッドを駆けてきた。それこそ獣のように、彼の中には秩序というものが存在しない。気に入らなければ殺し、欲しいものがあれば奪う。

 それが、自分に与えられた権利だと身勝手に主張し、自分がこの世界に生きていると吠える。親にすら認知されない自分が、他人を踏みにじり生を謳歌する、他人の人生を奪う。奪う喜びを知ってしまったザザにとって、それはある種の麻薬のようなものだった。

 

 一度、知った快感は止められない。

 奪い、奪い、奪い尽くす。欲望のまま、ザザという男はこれからも他人の何もかもを奪っていくことだろう。

 そう言う意味では、ザザにとって笑う棺桶(ラフィン・コフィン)というギルドは最高であった。自身のような思想を持ち、それを是とするPoHという男。相棒のジョニー・ブラックという存在。彼らの中に、友情と言う言葉はない。利害が一致しただけの関係、それだけである。偶々、獲物が同じで組んだ方が効率が良いと言うだけにすぎない。

 

 ザザに仲間意識というものは、存在しない。

 他人に共感することなく、自身の欲望のまま彼は行動し、今日までに至る。

 

 哀れな男だ。

 父親からも見捨てられて、友情を育むこともなく、自分至上主義のままザザはひた走る。

 そんな彼が、『はじまりの英雄』に執着するのは必然と言えるだろう。

 

 何も持っていないザザとは違い、彼の眼から見た『はじまりの英雄』は何もかもを持っていた。名声も、名誉も、友情すらも『はじまりの英雄』は持っている。

 対してザザはどうだろうか。彼は何も――――持っていなかった。

 

 プレイヤーを殺害しても、心は満たされない。確かに、殺した瞬間の高揚感はある。殺したプレイヤーの所持するエストックをコレクションにし、欲望を満たすことは出来る。

 しかしそれは、その瞬間だけものモノだ。我に返り、虚しくなるばかり。そして、凶行を繰り返すばかり。一向にザザの心は満たされず、乾いていくばかりである。

 

 

 そんな彼だからこそ、『はじまりの英雄』に執着する。

 何もかもを手にしている『はじまりの英雄』を殺すことが出来れば、ザザという存在は何者かになると信じて、彼は行動していた。

 しかし。

 

 

「…………ッ!」

 

 

 弄んでいたエストックを握る手が強くなる。

 殺すことなど出来ず、更に『はじまりの英雄』と差を付けられるばかりの現状に、ザザは苛立ちを募らせていく。

 

 

 ザザは辺りを見渡す。

 アインクラッドで存在するギルドの中でも、最悪のギルドと言われてきた笑う棺桶(ラフィン・コフィン)であるが、今では見る影もない。

 笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のアジトである洞窟にいるのはザザとジョニー・ブラックの二名のみ。笑う棺桶(ラフィン・コフィン)に所属するプレイヤーは、笑う棺桶(ラフィン・コフィン)を狩る『アインクラッドの恐怖』に怯え、蜘蛛の子を散らすように、この場に寄り付かなくなった。

 

 活気があった、薄暗い洞窟。

 今日は何人殺した、レアアイテムを奪ってやった、などと狩り自慢をしていたプレイヤー達はもはや存在しない。

 暗い洞窟に二人。それこそが、これからの笑う棺桶(ラフィン・コフィン)というギルドの行く末だ、と言わんばかりであった。

 

 

「ヘッドは?」

「……今日も、連絡が、ない」

 

 

 事実だけザザは淡々とした口調で伝えると、ジョニーは大きく舌打ちをすると勢い良く立ち上がり、木箱を蹴って八つ当たりをする。

 それは商人を演じていたプレイヤーから奪ったものであった。木箱は破壊され、中から林檎が勢い良くぶち撒かれていく。

 

 ジョニーの怒りは、それだけで収まらない。

 地面に転がる林檎を、片っ端から踏み付けて潰していく。地団駄を踏む子供のように、力任せに潰していく。

 

 

「クソッ、クソッ、クソがァ!」

「……うるさいぞ」

「あー、ムカつく! ヘッドはどうして連絡をよこさない! なんで俺達が『アインクラッドの恐怖』何かに潰されないとならないんだ!」

 

 

 ジョニーが笑う棺桶(ラフィン・コフィン)に思いれがある以上に、ザザにとって笑う棺桶(ラフィン・コフィン)は、自分の写し身のようなものとなっていた。誰からも何者からも見放されたギルドに、同じく親に見捨てられた自分を投影しているのだろう。

 

 全くもって、ジョニーに言うとおりだ、とザザは思う。

 自分達は“何も悪いことをしていない”のに、何故あんな化物に潰されないとならないのか、とザザは本気で疑問に思っていた。

 

 笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のリーダーであるPoHには連絡がつかない。『アインクラッドの恐怖』に怯えているのか、そうでないのか。

 もはやザザにとって問題ではなかった。

 

 

「ジョニー」

「なんだよ!」

「準備を、しろ。笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のメンバーに、連絡を取れ」

 

 

 それだけ指示すると、弄んでいたエストックを腰に収めて、ザザは腰掛けていた岩から立ち上がる。

 当然、ジョニー何の準備をすれば良いのかわからないようで、目を合わせない相棒に肩をすくめて疑問を口にした。

 

 

「準備って、何だよ?」

「決まってる、だろ」

 

 

 そして今度こそ、ザザの紅い眼がジョニーの姿を捉える。

 マスク越しから見える紅い眼、それは爛々と光、狂気と狂喜を同時に孕んでいた。

 

 ギョッと身体を固めて、一歩下がるジョニーを視界に捉えた上で、ザザは笑みを零す。

 口元を引き裂くように、口角を釣り上げて。

 

 

「――――はじまりの英雄を、殺す」

 

 

 もはやザザに足枷はない。

 ストッパーとなり、あれこれ指示していたPoHは消えた。そうなってしまえば、彼は欲望のまま振る舞うだけである。

 鎖に繋がれてない獣が、その場に留まる道理などないのだから――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 2023年6月27日 PM13:15

 第三十層 迷宮区 安全エリア

 

 

 

「うわぁ、美味しそうなお弁当だねキリト?」

 

 

 目を輝かせながら丸顔の少年――――ケイタはキリトに向かって朗々とした口調でそう言った。

 目線の先には、胡座をかいて座っているキリトの太腿にある物体にある。

 

 それは弁当であった。

 色とりどりに具材が敷き詰められて、盛り付けも鮮やかなもの。どこぞの店頭に並べられても、不思議ではない代物となっていた。

 ケイタが目を輝かせるもの無理はない、とキリトは苦笑いでケイタの感想を受け止めて。

 

 

「仲間が作ってくれたんだ」

「仲間って、加速世界(アクセル・ワールド)の?」

「あぁ」

 

 

 朝に、リズベットに渡された弁当から卵焼きを一つキリトは頬張る。口の中で広がる甘みを噛み締めて、満面の笑みで幸せを享受していた。

 いつの間にか、キリトにはリズベットが、もう一人の目付きの悪い少年にはアスナが、それぞれ弁当を作ることとなっていたのは記憶に新しい。

 

 どうして自分に弁当を作ってくれるのか、とリズベットに聞いても答えてくれない。むしろ顔を赤くさせて顔を俯かせて、アスナには白い目で見られる。首を傾げるのは自分と、目付きの悪い少年だけである。

 

 

「誰が作ったの?」

「えーと、リズってヤツだよ」

「リズって……」

「あぁ、リズっていうのは愛称で、本当はリズベットって言うん――――」

「――――えぇ!? 『クリエイター』のリズベット!?」

 

 

 キリトに詰め寄り、身を乗り出しながら言うケイタに「あ、あぁ……」少しだけ引き気味にキリトは返す。

 だが当の本人であるケイタは全く気付いていない。むしろどこか熱意を込めた口調でケイタは続けて。

 

 

「凄いなぁ! 『クリエイター』は料理スキルまで習得してるのかい?」

「そうだな。確かアスナと同じくらい――――」

「――――『紅閃』も料理を!?」

 

 

 うっひょー! と飛び跳ねるようなテンションでケイタは立ち上がる。

 無理も無い。彼にとって、加速世界(アクセル・ワールド)は憧れるギルドである。『紅閃』のアスナ、『クリエイター』リズベット、そして『はじまりの英雄』キリトにケイタは憧れていた。

 まるで子供のように目を輝かせるケイタに、キリトは苦笑を浮かべる。

 

 サチを救ってからというもの、キリトは月夜の黒猫団のレベル上げを手伝っていた。そして、漸くケイタはキリトに慣れたようである。今ではタメ口であるが、ケイタはキリトに対してずっと敬語で接していた。

 ケイタはキリトに憧れていた。それは態度、口調、雰囲気に隠すことなく出ており、分かりやすいものはなかった。

 

 だからこそ、ケイタは熱狂していた。

 憧れていたプレイヤー達の意外な姿を垣間見ることが出来て、彼はわかりやすいほど興奮していた。

 

 

「やっぱり凄いな、キリト達は!」

「……いいや、凄くないよ」

「凄いよ。君達は、プレイヤー達の希望と言ってもいい。僕も君達のようになれたら……」

「……希望、か」

 

 

 ケイタの言葉に対して、キリトはやんわりと首を振りながら。

 

 

「違うよ、ケイタ。俺は、俺達はそんな立派な人間じゃないんだ」

「え、でも……」

「事実だよ。俺達に立派な思想なんてないんだ」

 

 

 キリトは笑みを浮かべながら零して。

 

 

「俺達は必死だったんだ。仲間の一人が無茶して、一人で進み続けて、俺達は必死に追いかけた。そしたらいつの間にか、はじまりの英雄だの、紅閃だの、クリエイターだの呼ばれるようになった」

「他のプレイヤー達を助けるために強くなった訳じゃないんだ……」

「そうだよ。幻滅、したよな……?」

「ううん、全然」

 

 

 むしろ、と言葉を区切りケイタは笑みで返す。

 

 

「距離感が縮まって嬉しく思うよ。キリト達も僕達と変わらない、仲間を大事にしているってわかったからさ」

「大事、か……」

 

 

 キリトは照れくさそうに、ポリポリと右手で頬を掻く仕草をする。

 ケイタの言う大事という言葉、それを言葉にすると照れくさく、とても本人の前で言えない言葉であった。

 

 確かに、キリトは直ぐ無茶をする目付きの悪い少年を大事に思っていた。

 その事実は最早覆らない。キリトが何を言った所で、目付きの悪い少年以外には筒抜けも良い所であった。

 

 困っている他人に迷わず手を差し伸ばす。その行為に、少年の中には損得勘定などありはしなかった。

 他人が困っているから、泣いているから、悲しんでいるから、少年は迷わず手を伸ばす。仮にそれが払われた所で関係がない、少年は見過ごす自分が許せなくて手を伸ばしているだけに過ぎないのだから。

 

 全くもって自分勝手なモノだ。

 しかし、その自分勝手な行動に、キリトは救われた。一人で折れかけた所に、粗暴な口調と最悪な態度で手を伸ばされ、勝手に絶望の淵から引き上げられる。

 そしていつしか、少年のようになりたいと、思い憧れるようになった――――。

 

 

「そう、だな……」

 

 

 認めざるをえない事実を静かに受け止めて、キリトは懐かしむように笑みを零し。

 

 

「本当に勝手で、目を離すと直ぐ無茶して死にそうになる奴だけどな……」

「ねぇ、キリト」

「ん?」

「その人って、どんな人なの?」

「どんな人、か……」

 

 

 キリトは腕を組み首をひねって少しだけ考えて、直ぐにケイタに見上げて目線を合わせてハッキリとした口調で答えた。

 

 

「第一印象は最悪だな」

「そうなの?」

「最悪だよ、超最悪。口調は悪いし、眼つきも悪いし、態度も悪いし、一人で『聖竜連合』に喧嘩を売るし」

「あー……」

 

 

 ケイタはどこか納得するような表情で頷いた。

 彼も噂には聞いたことがある。加速世界(アクセル・ワールド)に一人で聖竜連合に喧嘩を売ったプレイヤーがいると。

 

 最大のギルドが相手だ。

 そんな無茶苦茶なプレイヤーがいるとは思わなかったのだが――――。

 

 

「アレって、本当だったんだ……」

「本当なんだよ。本当に無茶苦茶するやつだよ。アイツが何て言われてるか知ってるか? “加速世界(アクセル・ワールド)のヤベー奴”だぞ? 少しは自重しろよ、本当に……!」

 

 

 フォローする身にもなれ、とキリトは苛立ちげにそう言うと、新しく卵焼きを持っていたフォークで指し、口に運び甘みと旨味を噛み締める。

 力いっぱい噛み締める彼の姿が印象的だったのか、ケイタには見守ることしか出来なかった。

 

 直ぐにキリトは噛み潰した卵焼きを体内に流し、ため息を吐いて一言だけ告げる。

 

 

「――――でも、悪い奴じゃないんだ」

「そう、なんだ?」

「あぁ。アイツが怒ったのは、俺達がバカにされたからだってアスナが言ってた。アイツは何時だって、自分が何かされても怒らない。なのに、アイツが俺達がバカにされて怒った。怒ってくれたんだ……」

 

 

 先程の不満はどこに消えたのか、キリトは極めて優しい口調で続ける。

 

 

「俺は嬉しく思ったよ。アイツは基本捻くれてるから、素直に言葉に出さないからさ。俺達のことをどう思っているのか、言わないから」

「大事に思ってなきゃ、他人のために怒らないもんね」

 

 

 ケイタの言葉に、キリトは頷いて。

 

 

「アイツは捻くれてる。“優しい”なんて表現したら、アイツは否定するだろうし、第一印象も最悪だ。でも俺にとって、俺達にとって大事な仲間なんだよ」

「そうか……」

 

 

 ケイタは力無く笑みを零す。それはどこか羨んでいるようにも取れる笑みだった。

 キリトは違和感を覚えるも、その答えは直ぐにケイタから聞くことが出来た。

 

 

「君達が羨ましいよ」

「羨ましい?」

「うん。だって、メンバーのことを理解し合ってるから。僕はギルドリーダーなのに、メンバーのことを何もわかってないから……」

「どうしたんだ?」

 

 

 ケイタは問いの答えに対して、口を開きかけるも直ぐに閉じる。

 言うか、言わない方がいいのか。少しだけ考えて、ケイタは意を決して口を開いた。

 

 

「あのねキリト、サチの事なんだけど――――」

 

 

 

 


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