ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~ 作:兵隊
ここまで長かった……。
2023年2月15日
PM15:46 第十八層 迷宮区最上階
――――ディアベルという男は、優秀なリーダーだった。
アインクラッドナイツのギルドリーダーであり、その信頼は厚い。
指示も的確なもの。人を率いる魅力も十分備わっている。現に、第十八層の中でどこのギルドよりも大規模な人数となったのは、ディアベルの力とも言える。
公平で、弱きを守り、そして自分が率先して盾となる。そしてベータテストで培ってきた知識。
正に、
しかし、そんな高潔な人格者でも、人の負の感情には敵わなかった。
第一層から第十七層まで、単独で攻略をするプレイヤー。名前は不明、素顔も不明。誰よりも前線で戦い、自分の身すら省みない戦い方する怪物。エネミーモンスターすら恐れるその戦い方に、いつしか『アインクラッドの恐怖』と呼ばれるようになった。
ディアベルからしてみたら、危うい戦い方。
身を削るかのように戦うアインクラッドの恐怖を彼は心配していた。
一度、アインクラッドの恐怖の戦い方をディアベルは見たことがある。凄まじい、と感嘆すると同時に、危ういと危惧していた。
アレでは、いつか必ず命を落とす。故に、いつか。自身のギルドであるアインクラッドナイツに誘うつもりであった。アインクラッドの恐怖だけに無理はさせられない、とそんな理由で迎え入れるつもりだった。
彼らしい、人を導く人間らしい理由である。自ら進んで傷つこうとしている人間を放っておけない、彼らしい高潔な理由である。
しかし、周りも同じ意見だろうか。残念ながら、そうではなかった。
アインクラッドナイツは攻略ギルドだ。文字通り、攻略することを第一として集まったプレイヤー集団である。そんな連中が、アインクラッドの恐怖に良い感情を持っているわけがない。
誰よりも、下手をしたらオレンジプレイヤー以上に、目障りだったに違いない。
それでも、ディアベルは彼らを抑えていた。それこそ、彼のカリスマ性がなせる人望とも言える。
だが相手が悪かった。ディアベル以上のカリスマ、加えて扇動の天才とも言えるPoHという男。PoHは言葉巧みに誘惑し、都合のいい言葉を並べて、人の心の中へと入り込む化物だ。
その言葉は居心地が良く、人を惑わせる。
人の根底にある悪意を、PoHは誰よりも熟知している。
あいつが憎い、あいつが嫌いだ、あいつには負けたくない、あいつを蹴落としてやる。人類はそうやって悪意を磨きここまで文明を発達させてきた。 国家も、法律も、兵器も、スポーツも、カルチャーも、根底にあるのは悪意だ。
それを誰よりも、PoHは理解していたのだ。
そうしてアインクラッドナイツは暴走を始める。
自らのちっぽけな自尊心を守るために、ディアベル以外のプレイヤーは躍起になる。
ディアベルに無断で迷宮区に踏み入り、運良くフロアボスの大部屋を見つけて、功を焦るかのようになだれ込む。
準備も不十分。決意も足りず、覚悟も足りない。待っていたのは名声でも、羨望でもない。待っていたのは――――蹂躙だった。
壁に鎖で繋がれたボスエネミー『ザ・ダイアータスク』。片手には斧が握られており、三メートル以上ある屈強な体躯で、頭部は猪のようなエネミー。
最初はアインクラッドナイツの面々の優勢であったが、HPゲージが半分以上削った頃にその異変は起きた。ザ・ダイアータスクは壁に繋がれていた鎖を引き抜いて、鎖を腕に巻き自由の身となるや否や、プレイヤー達を蹂躙し始める。
そうなれば、陣形などズタズタになっていた。
ディアベルが駆けつけた頃には、攻略どころではない。
泣き叫び逃げ惑い、聞き届けられない命乞いが虚しく木霊する。プレイヤーは阿鼻叫喚となり、無様にも這いつくばっている。
もはやトッププレイヤーとして自尊心などなかった。ただただ自分達が生き残るために、彼らは逃げ惑う。幸いにも、死人は出ていなかった。
助ける。
ディアベルが行動する前に、一人の影がザ・ダイアータスクの前へと躍り出て、一撃を受け止める。
衝撃が空気を叩き、数十人プレイヤーは吹き飛ばされるも、踊り出たプレイヤーだけは組み合ったままだった。
そのプレイヤーは、全身フルプレートに身を包んでおり、その格好は不格好極まる。兜は羊を思わせる角の生えたモノで、頭部を完全に覆っているので表情など読み取ることが出来ず、その外観は敵を威嚇するような造形となっている。胸甲板や前当ては黒、篭手は紅で、下半身の鎧の部分は蒼。配色も装備の種類もバラバラ、まるでツギハギのような出で立ち。首からは紅い宝石が装備品としてぶら下げていた。
それは――――アインクラッドの恐怖と呼ばれるプレイヤー。
突然の乱入者に、ザ・ダイアータスクが吠える。
威嚇、にも似た咆哮が辺りに鳴り響き、石造りの壁が頼りなく揺れた。それと同時に、ザ・ダイアータスクの戦斧が勢い良く振り下ろされる。
「――――ッ!」
落下してくる落石を押しとどめるように、アインクラッドの恐怖はその攻撃を迎え撃つ。
――――空間が揺れる。
松明だけが明かりとなった大部屋で、二つの影が交差する。ザ・ダイアータスクは圧倒的だ。
薙ぐ一撃が暴風であるのなら、振り下ろされる一撃は落雷そのもののようで、まともに身体の何処かにくらえば、プレイヤーにとって致命傷なり得る。そこまで強力かつ、悲しいほどまでに力の差があった。
だがそれを正面から。
怯むことなく、全力でアインクラッドの恐怖は弾き返す。大嵐のようなどうしようもない脅威に対して、彼はただ全ての力を用いて弾き返す。ただ弾き返す。
それを何合繰り返したか。
ザ・ダイアータスクも埒が明かないと見るや否や、固唾を呑んで見守っていたプレイヤーに標的を変える。
「――――――!!」
「ヒィ……!」
咆哮しながら距離を詰めてくる怪物に、狙われたプレイヤーは情けない声と共に尻餅をついた。
情けない表情で、顔を必死に振り、後ろへと後退るも、その行動に意味はない。
抵抗も虚しく、ザ・ダイアータスクの獲物は振り下ろされて、プレイヤーのHPゲージを削り取られ、無数の硝子片となり仮想世界から消え失せることだろう。それはつまり、現実世界の死を意味している。
無情にも、被害者としてそのプレイヤーは名を連ねる。だが――――。
「クソ……ッ……!」
それは、アインクラッドの恐怖が許さなかった。
彼は再び、ザ・ダイアータスクとプレイヤーの間を割って入ると、自身の石斧剣で戦斧を受け止める。
防ぐのに精一杯。反撃できる余力など、少年にはなかった。
アインクラッドの恐怖だけ戦わせるわけにはいかない。
そういう思いがディアベルの原動力となり、加勢しようと駆け寄ろうとするが。
「逃げ……ろ……!」
悲痛にも似た訴えに、足を止める。
しかし直ぐに、ディアベルは反論してみせた。
「だがそれでは君が――――!」
「――――いいから!」
遮るように、少年は叫びながら懇願した。
「オレなんぞは放っておいていい。だから頼む、早く逃げてくれ……!」
「行ったか……」
アレからディアベルと言い争って、彼が折れる形でアインクラッドナイツは撤退した。
大部屋を去り際に「待っててくれ、直ぐに助ける!」と彼が凛とした声で告げたのは記憶に新しい。
それを思い出し、アインクラッドの恐怖――――ユーキは兜の奥で自嘲するように、呆れた口調で。
「どこの誰かは知らねぇが、あの野郎も人が好すぎる」
「―――――――ッ!!!!」
そこで、ぼんやりとした様子でユーキは、吠えるザ・ダイアータスクへと意識を向けた。
「獲物を横取りしちまったからな、そりゃ怒るよな」
「―――――――!!」
「仕方ねぇだろ、オレも必死だったんだ。これ以上、オレのせいで誰かが殺される訳にはいかなかったからな」
他人事のように呟く彼は、剣を構える素振りすら見せない。
咆哮と共に、怪物が自身に駆けるのを見て、少年は静観を保っていた。まるでそれは、罪人が死刑を受け入れるようであり、どこか悟りを開いている様でもある。
彼は――――限界だった。
左腕の感覚はなく、左目の視力はとうの昔に擦り切れている。
ここに来るまで、そして到着してからの時間稼ぎとして。自身の『力』を十全に奮い、その代償が今。欠陥製品とも言える状態で、彼はその場に存在していた。
だがそれでいいと思う。
むしろ最後の最後で、自分の不始末の尻拭いを出来た。これだけで、充分過ぎるくらいだ。とユーキは受け入れていた。
――あとは、あのデカブツがオレを殺すのを待っているだけか。
――それで、オレは終わることが出来る。
――やっと、やっと。
――やっと、父さんと母さんを見殺しにしたクソが死ぬ。
長かった。
ここまで長かった、とユーキはぼんやりと思う。
両親を見殺しにして、ここまで贖罪のように生きてきた。
死んでしまえば楽になれるというのに、自分は何故かここまで生きてきた。死ぬわけにはいかない何かがあった筈だが、今となっては思い出すことも出来ない。
それよりも、ようやく茅場優希という人間が終わることが出来る。それだけで、感極まる心境だった。
だが――――。
――あぁ?
震える右手が、石斧剣を握りしめていた右手がゆっくりと、ユーキの意志に反してザ・ダイアータスクへと剣先を向けていた。
自分自身、理解出来ない。どうしてここで、怪物に立ち向かうための武器を、構えてしまうのか。
――どうしてだ?
――何でオレは……?
――まだ……。
いつの間にかザ・ダイアータスクが目の前に立ち塞がる。
ユーキが見上げると同時に、怪物は戦斧を振り下ろす。シンプルな攻撃かつ、単純故に強力無比な一撃。思考するよりも早く、少年は行動した。
受けるのではなく避ける。
右方向へと無様に転がりながらも、必死に避ける。
瞬間、轟音。
戦斧が地に着弾すると同時に、衝撃波が石造りの壁、空間に炸裂して、ユーキは敢え無く吹き飛ばされる。
――何で、オレは……。
転がりながらも、体制を立て直して片手で石斧剣を構える。
兜の奥の蒼い瞳は伽藍堂となっており、光など灯っていない。何もかもを諦めたような眼をしているのに、彼は――――。
――何で、オレは。
――まだ諦めてねぇんだ……?
諦めなかった――――。
ディアベルの言葉を信じているわけではない。誰かが自分を救いに来るなんて考えていない。
だがそれでも、ユーキの思考とは裏腹に、折れない何かが意志となり、今のユーキを支えていた。
ユーキ本人も理解が出来ない。
先程まで諦めていた、死を受け入れていた。両親を殺した仇をようやく討つことが出来る、と高揚していた。なのにどうしてここに来て、今になってコイツはまだ生き汚く足掻くというのか。
勝手に行動し、その結果の果てが現状のような惨状だ。関係のない連中を巻き込んで、下手したら死人も出たかもしれない。
だが確かに、その勝手な行動の結果救われた命もあることだろう。しかし、ユーキにはその結果など勘定に入れていなかった。勝手に行動し、勝手に迷惑をかけた最悪の人間。ユーキの自己評価はそんなものだった。
だからこそ、ユーキは死ぬしかないと思った。
こんなクソが生き残った所で、迷惑をかけるだけだと。しかし――――。
――あぁ、そうか……。
ユーキは諦めなかった。
再び、ザ・ダイアータスクが目の前で戦斧を強引に横へ薙ぐも、無意識に石斧剣を盾にして防ぐ。だが勢いまで防ぐことは出来ずに、砲弾のように吹き飛ばされて、地面を転がるもそのまま停止することなく、石造りの壁へとユーキは叩きつけられる。
しかし直ぐに立ち上がる。
ゆらり、と立ち上がる。まるで蜃気楼のような、芯がないかのような異様な立ち姿。
――そうか。
――オレは結局、死ぬことも許されないらしい……。
ここで死ぬことは簡単な話だ。黙って立って、眼の前の怪物の凶刃の餌食になってしまえばいい。それに別に恐怖はない、それが報いだと本気でユーキは思っている。
だがそれは違う、と心の奥底で叫ぶ。
思い出すのは、紫ローブの娘の言葉――――生き別れた妹になるはずだった少女の言葉。
『ボクも君も、死んじゃダメだよ。だって、ボク達があの二人の、生きた証なんだから……』
全くもって、その通りだと思う。
両親は自分達ではなく、ユーキを選び、彼らは死を選んだ。
つまり彼らに生かされて、ユーキは今の今まで生きてきた。それなのにも関わらず、ユーキは死にたがっている。
それでは道理が合わない。助けられたのに死ぬ何て、道理が合わない。
――そんな簡単なこと、今になって気付くかよ……。
――しかも妹に教えてもらうなんざ、兄貴失格にも程がある。
皮肉気に、ユーキは口元を歪ませる。そして自分という人間に、嫌気が差した。
結局のところ、ユーキは楽になりたがっていただけだった。
死んで、罪悪感から解放されたい。それだけのために、彼は死を選ぼうとしていた。
――ふざけんな。
――オレがそんな真っ当な死に方、出来る筈ねぇじゃねぇか。
――そんな資格すら、オレにはない。
死んで楽になろうなんて、ありえない。
両親を見殺しにしたのが贖罪だというのなら、背負って生きて償わなければならない。
二人の生きた証として、自分は生きなければならない。
――そうだ。
――死んでいられない。
――無様にも、生き汚く、地を這いずってでも。
――オレは生きなきゃならねぇ。
――じゃねぇと、二人がオレを助けた意味がねぇ……!
今一度、ユーキの蒼い双眸に光が灯る。
右手に力を込めて、獲物を握りしめて、剣先をザ・ダイアータスクへと向ける。
「オレは――――生きる」
それは宣言だった。
押しつぶされそうな罪悪感に負けない、己を焼くほどの強い怒りに屈しない。
本来であれば息をすることすら苦痛。それでも、彼は無様に生きることを選ぶ。
「こんな所で死ねるか。オレは生かされた、なら生きなきゃならない。この世界で生き抜いて、父さんと母さんの生きた証明をし続けなけらばならない――――」
戦力差は絶望的だった。
左腕の感覚はなく、左目は見えない。加えて『力』を使えば、決定的な崩壊が待っている。だがそれでも、諦めるわけには行かなかった。
左腕が使えないなら右手で、左目が見えないのなら右目で見る。例え死んでも、絶対に生き残る。そして―――。
「オレは、もう一度会わなきゃならねぇんだ。アイツらに会って、勝手な真似をしたことを謝らなきゃならない――――」
アイツら、とは誰のことなのかユーキも思い出せない。
見知らぬ黒髪の少年プレイヤーと言い争いをしている。
呆れた様子で仲裁に入るやはり見知らぬ桃色の髪の女性。
そして、視界の端には、困ったように笑うこれまた見知らぬ――――栗色の長髪の少女の姿。
それが誰なのか。それがどこで、何もかも取りこぼし抜け落ちている。何も、思い出せない。
だがそれでも、彼の心が訴える。もう一度会って、詫びなけれならないと、心が訴えるのだ。
「だから死ねない。こんな所で――――!」
死んでたまるか、と言う前に――――それは現れた。
桃色の頭髪の少女で、左手にバックラーを構えて、右手にはメイスのような打撃武器。
彼女は一言も話すことなく、ザ・ダイアータスクの前に躍り出ると、右足の部分をメイスでぶん殴り、態勢を崩す。そして――――。
「キリト、スイッチ――――!」
「ナイスだ、リズ――――!」
また新しい人影。
それは黒い少年で、軽やかに飛ぶと、片手剣でザ・ダイアータスクに斬り込む。瞬間、不自然に少年の片手剣が光り始め、ザ・ダイアータスクの顔面へと『ほぼ同時』に斬りつける。その数――――4回。
「――――アスナ、スイッチ!」
「――――――」
最後に現れたのは――――紅い閃光だった。
眼にも留まらぬ速さで、土煙を撒き立てながら、紅い閃光はザ・ダイアータスクの腹部へと突き刺さる。
それは細剣のソードスキル『リニアー』。基本技であるものの、紅い閃光はそれを必殺の粋まで鍛え上げられていた。現に、ザ・ダイアータスクはそのまま吹き飛ばされて、石造りの壁に激突して漸く停止する。
「オ……マエら……」
目の前の三人の背中。
ユーキは見覚えがあった。忘れるわけがない、忘れるはずもない。取りこぼした記憶を拾い集める。
―――あらゆるものを拾い集めて――――あらゆるものが再生され――――あらゆるもので縫い集める――――。
ユーキは呆然と、万感の想いを込めて、言葉にする。
「リズベット――――」
「なに呆けてんのよアンタ」
「キリト――――」
「構えろよユーキ、ここからだぞ」
リズベット、キリトは背中越しに答えていく。
そして。
「――――アスナ――――」
紅い閃光――――アスナは振り向いて、泣きそうな笑顔で。
「やっと、やっと追いついたよ――――ユーキ君」
その胸元にはペンダントが、蒼い宝石が首からぶら下がっていた――――。
冒頭のここまで長かった。
それはアレです、初期メンツが再集結という意味で。結局折れなかったオリ主……。
え、もっとボコボコにしろ?オーケー、皆まで言わないで欲しい。Vol4から本気出すので(愉悦部的な意味で)
次回はフルボッコタイム(予定)
ダイアータスクさん、涙目