ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~ 作:兵隊
皆さん、よろしくお願いします。
2022年 12月7日
PM20:30 第二層 『ウルバス』周辺フィールド
――――第一層が攻略されて、数日が経った。
一体どこの誰が、どんなプレイヤー達が攻略したのか不明だが、フロアボスが存在していた大広間は無人となっており、第二層へと続く転移門が有効化されていた。そのことからどこかの団体が突破したのだろう、とプレイヤー達は決めつけていた。
そしてその事実から作り出された『攻略組』という単語。
それは文字通り、ソードアート・オンラインを攻略することを最優先事項とする団体の呼称。
第一層を突破したプレイヤー達を『攻略組』と称し、自分たちも『攻略組』という名を欲し、プレイヤー達は己を高めんとレベリングを行う。
ただしそれは自己犠牲の精神から来るモノではない。ただ単純に、置いて行かれて遅れるのが不安だから。自分たちの知らないところでボスを倒されるのが我慢できないから、といった理由に過ぎない。
だがそれでも、戦えないアインクラッドに囚われているプレイヤー達からしてみたら、攻略組は希望の象徴でもある。
ソロで行動する者、ギルドに属する者、ギルドという派閥を作らずにパーティーを組んで行動する者。
攻略組にも様々なプレイスタイルで行動するプレイヤー達が増えてきていた。
そんな中、エネミーモンスターが犇めくフィールドにて。
奇妙なプレイヤーが存在していた。
片手には短剣。
膝上まで包む、艶消しの黒ポンチョを羽織って、目深くフードを被っている男は自身の短剣を弄びながら、手頃の岩に腰掛けている。
その雰囲気はどこか不気味で、他のプレイヤーとは一線を画するものだ。
男の雰囲気もそうだが、何よりも眼に引くのが彼の頭上にあるカーソルの色。その色はグリーンではなく、オレンジに染まっている。それはつまり、何かしらの犯罪を犯した証拠。このデスゲームにおいて、他のプレイヤーへの殺傷は最も禁忌とするもの。しかし男は何も隠すこともなく、堂々と近場の岩に腰掛けている。
あまつさえ――――。
「~♪ ――――♪」
鼻歌を歌いながら、機嫌が良いような調子で装備の手入れをし始める。
どこの歌だろうか、少なくとも日本の音楽ではない。
「ヘッドー!」
そんな彼に声をかけてきたプレイヤーが一人。いいや、その後ろにもう一人が追随している。このことから黒ポンチョの男の仲間は最低でも二人いることがわかる。
仲間ということもあり、その頭上のカーソルはやはりオレンジ。彼らも何かしらの犯罪を犯していた。
装備の手入れをやめて、黒ポンチョの男の意識は声をかけてきた頭陀袋を思わせる黒いマスクで顔を覆っているプレイヤーに向けられた。
「おう、どうだった?」
「ダメだわー。また『はじまりの英雄』が邪魔しやがった!」
問いかけられた黒いマスクで顔を覆っているプレイヤー――――ジョニー・ブラックが甲高い声で憤りを隠さずに叫んだ。
それに同調するかのように、紅眼で紅髪の髑髏を模したマスクを着けているプレイヤー――――ザザは静かに、だが苛立ちを隠しきれない口調で。
「アイツを、殺す。もう我慢の、限界だ……」
「俺も限界だっての。アイツ殺しちゃおうぜ」
――――プレイヤー同士、無様に殺し合う姿を見たい――――。
彼らが結束している理由は、つまるところそんなものだった。
そのために、彼らは攻略するために必死にレベリングをしているプレイヤーの影で暗躍を始める。ときにベータテスターの悪評を広めたり、ときに情報屋と称し嘘の情報を流したり、ときに強化詐欺の方法を伝授したり。
もちろん、彼らはオレンジプレイヤー。
この仮想世界において何かしらの犯罪したプレイヤー達だ。何を行ったところで警戒する者が現れることだろう。
そこで彼らは暗躍する前に、同士を募ることにした。自分たちと同じような思想を持つプレイヤーを煽動し、手足のように扱い争いの火種を生ませる。
通常ならばそんなもの成功する筈がない。
だが計算外なのは、彼ら――――いいや、黒ポンチョの男は類稀なる人心掌握術と卓越された扇動技術の持ち主だったということ。
黒ポンチョの男は言葉巧みに誘惑、都合のいい言葉を並べて洗脳し、自身の手足を増やしていく。そうして自分の手を汚さずに、プレイヤー達の殺し合いを蚊帳の外から見物するつもりだったのだが――――。
――あの時は急ぎすぎた。
――忌々しいことに、俺がオレンジになるとはな。
黒ポンチョの男の意識は自身の頭上、オレンジに染まったカーソルへと注がれる。
らしくない、と自身でも思うものだった。
下準備をしていた最中に現れたモンスターキラー。これを利用する手はないと、策謀を張り巡らせようとした最中にモンスターキラーが討伐されて、『はじまりの英雄』という余計な希望が生まれ、活気付いてしまった。
そして積極的に初心者を救済活動されたことにより、ベータテスターと初心者の間で起きる不和による殺し合いという計画の一つも潰されたことになった。
ならば『はじまりの英雄』を殺害し、希望を絶望に叩き落とせばいい、と画策するのだが、手段がらしくなかった。
自身は手を汚さずに、他人に行わせる。それがソードアート・オンラインでの黒ポンチョの男のやり方だった。それがここに来て、自分自身の手を汚してしまい、オレンジになってしまった。
正直に言えば、黒ポンチョの男は焦っていたのかもしれない。
イレギュラーに続くイレギュラーに、正常な判断が出来なかったのかもしれない。
――だが、別に良い。
――今は、ンな事どうでもよくなる野郎を見つけた。
口元を笑みで歪ませる黒ポンチョの男に対して、ジョニーは声を荒げる。
どうやら無視されている、と認識しているのだろう。
「ヘッド、もういいっしょ? はじまりの英雄をぶっ殺そうよ!」
「あ?」
そこで黒ポンチョの男はようやく、意識を再びジョニー達へと向けられた。
そして考える『はじまりの英雄』を殺害するためのプラン。
結論から言って、今ではそれは不可能となっていた。
黒ポンチョの男が襲撃してから、はじまりの英雄の周りは強固な守りとなっている。
フィールドに行くにも、数人で行動しているし、取り巻きも多い。
――斧使いのエギル。
――そして無精髭を生やした赤バンダナのプレイヤーの仲間数人。
――はじまりの英雄様の追っかけ数人。
――数的にも不利極まりねぇ。
ならば不和を狙い、非ぬ噂を流せばいい、と考えるも直ぐに無理だと断じた。
――今のアイツらは気持ち悪いくらい団結力が高い。
――内部から崩壊させんのはもう不可能だろう。
だがその結束力も妙なものだ、と同時に黒ポンチョの男に疑問が生まれる。
襲撃してから、翌日にははじまりの英雄の周囲は今の体制となっていた。これはいくら何でも早すぎる。
となれば、何者かが、はじまりの英雄の周囲を固めるために情報を操作していたことになる。
それは何者か。はじまりの英雄――――キリトの仕業かと考えるも、それはすぐに違うと黒ポンチョの男は断じた。これは確証などない、ただの直感でしかない。
――お前だろう。
――地盤を固めて、外敵から守ろうとした。
――情報を流して、健気に守ろうとしてんのはお前だろう。
――なぁ『俺の恐怖』……!
黒ポンチョの男の脳裏に過るのは、アレからキリト達の輪から消えたプレイヤー。
プラチナブロンドの頭髪に、蒼い双眸、そして何もかもに苛立ちを覚えている雰囲気を纏った少年の姿。
賢しい手を打ってきやがる、と。
黒ポンチョの男は喉をクツクツと鳴らし笑いながら。
「今はやめとけ。分が悪すぎる」
「でもさぁ、調子に乗ってるアイツがムカつくしさぁ!」
「あぁ。本当に、癇に障る野郎だ」
癇癪を起こしたように騒ぐジョニーに、ザザが同調するように頷いた。
状況が読めていない二人に、どこか苛立ちを覚えたのか黒ポンチョの男は舌打ちをするも、二人は気付いていない。
「いいよ、俺達だけで行こうぜ」
「そうだな。次に、迷宮区に行く所を――――」
殺す。
そうザザが言う前に、黒ポンチョの男は立ち上がっていた。
同時に二人の様子が変わる。
不平不満が募っていたものから、人心洶洶と身体が震える。
絶対零度。そんな冷たい殺意が黒ポンチョの男から放たれており、彼らはそれを一心に浴びた。
「――――おい」
声も冷たいものだった。
いつの間にか短剣を握られて、二人に近付くとジョニーの頬を刀身で叩き、次にザザの肩をポンと軽い調子で手を置く。
そのまま冷たい声で。
「今は、やめとけ。俺はそう言ったつもりだったが、聞こえなかったのか?」
「……ッ!」
「――――」
殺意が篭められた言葉に、ジョニーは必死に首を横に振り、ザザは反応出来ないくらい固まる。
誰がどう見ても、二人は恐怖していた。黒ポンチョの男に、怯えていた。
しかしそれを冷たい目で見ながら黒ポンチョの男はどこかつまらそうに。
――アイツの『恐怖』はこんなもんじゃねぇ。
――この程度の代物じゃあなかった。
黒ポンチョの男。
プレイヤーネーム『PoH』。リアルネーム『ヴァサゴ・カザルス』。
望まれて生まれた。
しかしそれは世間一般的な『望まれる』モノではない。望まれたのはヴァサゴ本人でなくその臓器。父の本当の家族の臓器提供するための部品として、彼は望まれてこの世に生を受けた。
母からは恨まれて、父からはモノとして認識されて育った。物心がつく頃にはそれを認識しており、自分が生まれた意味も理解して育ってきた。父の本当の家族へその臓器を提供すれば、自分は捨てられる。そう考えたヴァサゴは母と別れて、生きるために日本へ渡る。
そこでヴァサゴを待っていたのは、輝かしい現実ではなく、不平等極まる世界だった。
まともに生活も出来ず、生活費も満足に稼げない。だが生きるためには金がいる。そうして彼が選んだ道は暗殺者としての道。
何度か仕事をこなして、記念すべき10回目の暗殺。それがこのソードアート・オンラインであった。
ゲーム内で要人を殺せ。
などと指示を受けて、最初はヴァサゴも意味がわからなかった。どうしてゲーム内で殺すことに、暗殺となり得るのか。
その疑問も直ぐに解消されることになる。
デスゲーム。
ゲーム内での死が、現実の世界の死に繋がる。なんとも簡単なモノだ、とヴァサゴが思うと同時に、かなり面倒くさいものだ、と彼は辟易することになる。
なにせソードアート・オンラインは所詮はゲームだ。プレイヤーキルするものなら、それはログとして残る。つまり明確な証拠として残ってしまうのだ。暗殺者の自分が暗殺した事実がバレる。これほどマヌケなことはないだろう。
それを踏まえて彼が取った手段は、プレイヤー同士の殺し合いだった。
裏で扇動し、巧みに話術で誘惑し、殺し合いに差し向ける。そうすれば証拠も残らないし、仕事も遂行できる。
こうしてヴァサゴは途中参加と言う形で、ソードアート・オンラインの世界に降り立つことになる。
何もかも偽物の世界。偽りの名前に、偽りの姿、偽りの景色、偽りの凶器。
そこでヴァサゴは無意識に抱いていた感情を爆発させる。それは――――憎悪。
眼に映るプレイヤーはどこか自身を部品として見ていた父によく似ており、苦労などない安穏無事に生きてきたような顔。
それを見て彼は――許せない――と憤りを感じた。
どうして自分だけがこんな理不尽に苦しまなくてはならなかったのか、母からは恨まれ父からはモノとして認識される。どうして自分はこんな不平等な世界で生きなければならなかったのか。
そうして彼は己の中に眠っていた『憎悪』を自覚し、仕事は別に己の欲望のまま、プレイヤー同士を殺し合わせるために行動するために暗躍を始める。
その過程で、彼は出会った。
自分と同じような眼をしていた少年に。
自分のように世界に憎悪しているかのような、闇よりも深く、墨よりも黒い眼を宿した少年に。
――アイツは俺だ。
――俺もアイツも、世界ってやつを憎んでいる。
まるで鏡を見ているかのような感覚。同じと言えば性別だけだ。それ以外は何もかもが違う。だというのに、ヴァサゴは瞬間的に理解した。この男は自分と同類だ、と理解した。だからこそ彼は戸惑い妙な問いを投げてしまった「ところで、お前ぇは何だ?」と。
だが少年は答えない。
それもその筈だった。少年の怒りの矛先は、ヴァサゴに向けられていない。あの瞬間、少年に斬られる瞬間まで、少年はヴァサゴを見ていなかった。
怒りの矛先は自分自身へ。墨よりも黒い憎悪も、業火よりも激しい怒りも、少年自身に向けられていた。
――アイツも、俺を見ないのなら、嫌が応にも振り向かせてやる。
――アイツの怒りを、憎しみを、俺に向けさせる。
――アイツを理解できるのは俺だけだ。
――俺を理解できるのはアイツだけだ。
――それ以外は邪魔でしかねぇ。
そこで思い出すのは、少年が後生大事に抱えていた女性プレイヤー。名前は――――アスナ。
はじまりの英雄を守るために周りを固めたのではなく、アスナを守るために守りを固めたのだろう、とヴァサゴは勝手に思い込んだ。
同時に生まれるのは嫉妬心。
どうして自分自身を見ないくせに、同じ存在である自分を認識しないくせに、あの女だけ特別なのか。
――あぁ、そうか。
そうしてヴァサゴは思いついた。
自分へと意識を向ける方法を、彼は思いついた。
――あの女を殺せば、少しは俺を見てくれるかな?
――あの女を殺せば、お前も俺と同じようになってくれるかな?
――お前だけは、俺を見てくれるかな?
――なぁ、『俺の恐怖』よ……。
もはや『はじまりの英雄』への興味は失せていた。
プレイヤーの希望を摘み取るよりも、自分の欲望を満たすために彼は行動する。
その為には、人数を集めなければならない。
周囲を強固に固められているのならば、自分も同じくらいの人数を揃えなければならない。
つまりはギルドの結成。
自分の欲望を満たすために、彼は再び暗躍を始める。
『はじまりの英雄』ではなく、誰にも存在を認可されていない、たった一人のプレイヤーを殺すために、彼は動き始める。
――――『俺の恐怖』。
少年のプレイヤーネームも知らないが、少年の存在だけあれば充分。そう言うかのように――――。
同時刻。
第二層が攻略された。
これもまた誰が攻略したのか不明。
同時にあるプレイヤーが頭角を表す。
フルプレートアーマーに身を包み、見栄えを捨てて、効率だけを求めたツギハギの装備。
素顔も隠れており、プレイヤーネームも不明。
戦い方も荒々しく、自身が傷つこうが構う様子もない。まるで命を捨ててるかのような鬼気迫るもの。エネミーモンスターすら恐怖させるような出で立ちに、こう呼ばれるようになる。
――――『アインクラッドの恐怖』――――。