ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~ 作:兵隊
ラストのシーンは感動モノですね。特に一人隕石に残り、その場で起爆しようとするキバオウさんの勇姿が最高でした。
それにしてもノーチラス氏とユーキの相性は最悪だな、と思ってみたり。
というかノーチラス氏から一方的に嫌われてそう。
PM18:15 『第一層』はじまりの街 噴水広場
はじまりの街は、明るい月明かりに照らされていた。
太陽が沈み、街灯が灯り始める。それでも広場にはポツポツとプレイヤーが存在しており、まだ一日が終わっていないことを教えてくれている。
露店ではNPCの呼び込みが耳に入り、酒場からは人々の喧騒が聞こえてくる。
そんな中、不機嫌そうな様子で歩く女性プレイヤー――――アスナがズンズンと力強く歩を進めていた。
朝から置いてきぼりをくらったアスナは、こうして一人で情報収集に励み、現在に至っている。彼女が不機嫌そうにしているのは単純な理由だ。一人で情報を集めていることではない、もっと単純な話、自分だけ置いてかれて、除け者にされた。そういった簡単な理由で、彼女は不機嫌になっていた。
「二人は本当にもう! 本当にもう!」
と、怒っていてもアスナは周りの目を集めていた。
ソードアート・オンラインでは珍しい女性プレイヤーかつ、誰が見ても美少女と判断するくらいの容姿をしているのだ。眼を引かない訳がない。
通常ならばここで、行動力のあるプレイヤーの一人や二人、声をかけることだろう。
怒っている彼女の話を聞いて、あわよくば仲良くなりフレンド登録して、それ以上の関係に発展しようと努力するだろう。だがだれも声をかけない、いいや、声をかけられないと言った方が正しいのかもしれない。
アスナに声をかけるとしたら、彼女が一人のときだろう。
だが生憎、今の彼女は一人で行動していない。
隣には屈強な男が。
肌が黒いアフリカ系アメリカ人。身体も筋骨隆々としており、一目見たら誰もが道を譲る。そんな体格をしている男性プレイヤーと、アスナは一緒に歩いていた。
男性プレイヤーは困ったような顔をして、アスナを宥めようと口を開く。
「まぁまぁ、そんなに怒るなよアスナ」
「でもドリューさん! 二人ったらいつも顔を合わせると喧嘩ばかりするんですよ!?」
ドリューと呼ばれた男――――アンドリュー・ギルバート・ミルズはそれを苦笑しながら受け止める。
アンドリューとアスナが再会したのは偶然だった。はじまりの街でアスナがモンスターキラーの情報を集めていると、同じく行動していたアンドリューと偶々バッタリとここで再開したのだ。
そうして二人は現在に至る。
お互いの近況を報告していたら、いつの間にかアスナの愚痴のはけ口とアンドリューは化していた。
「男ってのはそういうもんだ。俺にも若い頃あったなぁ、そういうの……」
「本当に理解出来ません……」
どこか懐かしむような口調で過去を振り返るアンドリューに対して、アスナはジト目で呆れたように見つめる。
それはそうと、と言うかのように、アンドリューは窘めるようにして。
「それよりもアスナ。今の俺はお前たちの知るドリューさんじゃない、俺は『エギル』だ。もう一人の自分、素敵な自分、俺は斧使いのエギル」
「あ、それ重要なんですね?」
「重要に決まってるだろ。こんなことになっちまったが、もう一人の自分を作ってMMOを楽しむ。それがMMOの醍醐味なんだからな」
むしろ、と言葉を区切りアンドリューは――――エギルは呆れた口調で。
「本名をプレイヤーネームにするのはどうかと思うけどな。アスナといいユーキと言い」
まぁ、アイツはMMOをピコピコって言っちまうくらいだから仕方ないが、と感想を漏らす。
それを聞いたアスナはどこか恥ずかしげに、うぅ……、と唸りながら。
「始める前に、ちょっと勉強してきたんですけど……」
「……ちなみに、何を勉強したんだ?」
「めくり、の重要性について……」
「……アスナ、それは格ゲーだ。MMORPGにまったく関係ない」
あう、と耳まで真っ赤に染めて、アスナは視線を地面に落とした。恥ずかしすぎて、眼と眼を合わせて会話もできない、と言わんばかりの様子である。
その様子を見て、エギルはニカッと気持ちのいい笑みを浮かべる。
「俺としては呼びやすいけどな」
「わたしも、ドリューさんって呼び方が呼びやすいんですけど……」
「ダメだ、今の俺はエギル。もう一人の自分、素敵な自分、俺は斧使いのエギル」
そこは譲らないのか、エギルは頑なとなっている。
そもそも今のエギルは、現実世界での姿。つまりはアンドリュー・ギルバート・ミルズに他ならない。いくらエギルに拘ろうと、現実世界の姿なのだから、その拘りは無意味な気がしないでもない。
笑みも勿論、アンドリューのもの。
どこかホッとしたように、胸を撫で下ろすような口調でエギルは続ける。
「しかし安心したぞ。デスゲームが始まって、俺もお前達を探してたんだが、元気そうじゃないか」
「んー、実はわたしも初めは参ってて……」
あはは、と当初の頃を思い出しながら、アスナは乾いた笑みを浮かべて。
「でもユーキ君はいつもどおりでしたよ」
「この状況で、いつも通りってある意味おかしいけどな……」
エギルはユーキのいつも通りを想像した。
口が悪く、粗暴な態度で、どこかいつも苛ついている様子。どこかぶっきら棒で、不器用極まりない少年を思い出して、エギルは口元を緩めて。
「アイツもモンスターキラーを追ってるんだろ?」
「はい。話を振ったのはわたしだけど、聞いたら黙ってないと思ったから……」
「一人で突っ走るだろうな。だったら先手を打って、話を振ってついていこう、と」
それに同意するように頷くアスナをみて、エギルはどこかからかうように顔に笑みを張り付かせて。
「よく理解しているんだな?」
「ユーキ君はわかりやすいですから」
「そうか? かなーり、捻くれてると思うがね俺は」
エギルの言うことも尤もだ、と感じたのかアスナは言葉に詰まる。
そうしていると――――。
「ん?」
アスナはフィールドに続く道が騒がしいことに気付いた。
どこか切羽詰ったような、必死な大きな声が聞こえる。
エギルもその声に気付いたのか、訝しむように口を開く。
「何かあったのか?」
「さぁ?」
二人は駆け足気味で近付いた。
そこにいたのは六人の男性プレイヤー。全員が全員、通るプレイヤーにしがみついて何か懇願しているようである。
あまりにも必死過ぎる形相に、プレイヤーたちは遠巻きに見守ることしか出来ない。
その六人の中で、リーダー格のような赤いバンダナを巻いた男性プレイヤーが、膝をつきながら大きな声で叫ぶ。
「頼むよ! みんな、力を貸してくれ! 友達が危ねぇんだ!」
「おい、落ち着けよ。何があった?」
いつの間にかエギルは近付いて、落ち着かせようと穏やかな声で問いかける。
だがそれで赤いバンダナの男性プレイヤーは落ち着くはずもなく、むしろ興奮気味にエギルに掴みかかり。
「アンタ、頼む! 一緒に来てくれ!」
「ま、待て! まず何があったか説明しろ!」
「モンスターキラーだよ! モンスターキラーが出たんだ!」
それを聞いた、遠巻きに見ていたプレイヤー達は息を呑んだ。
モンスターキラー。最近この周辺に出没している謎のエネミーモンスター。その行動パターンもありえないもので、モンスターを狩り続ける異端の存在。かなり強力なモンスターで、死者は出てないものの全員が全員返り討ちとなっている。
エギルとアスナ以外のプレイヤーの心は一つだ。
モンスターキラーが出たのなら、関わり合わなければいい。放っておけば凌げるモンスターだ、圏内である街まで来ないのだから放っておけばいい。故に、誰も耳を貸さない。触らぬ神に祟りなし、ここで立ち向かい死ねば元も子もない。
彼ら以外のプレイヤーの見解である。
それを聞いたアスナとエギルはお互い顔を見合わせて頷いた。
そこでエギルはエネミーモンスターがどこにいるのか、聞こうとするも遮られる形で。
「頼むよ、一生のお願いだ! 一緒に来てくれ! じゃないとキリトが、俺の友達が危ないんだ!!」
「え……?」
思いがけない名前が出た。
キリトといえば、この数日自分とユーキと共にしていた彼のことを言っているのだろう、とアスナは直ぐに判断する。
となれば、彼だけではない。今は自分と別行動の、もう一人とキリトが今は行動を共にしている筈――――。
そこまで考えるとアスナは思わず、反射的に赤いバンダナの男性プレイヤーに掴みかかり、彼以上の必死な声で問いかける。
「あのっ、もう一人いませんでしたか? キリト君以外にももう一人!」
「あ、あぁ。金髪の兄ちゃんがいたけど――――」
そこまで聞くと、アスナはモンスターキラーが出たというフィールドに疾走した。
背後から「アスナ!」とエギルから呼び止められる言葉が耳に入るが、それで停止するつもりは彼女にはない。
だって、今も戦っているのだから。
このデスゲームに巻き込んでしまった彼が、自分よりもオマエの方が辛いだろう、と断言してしまう彼が。
――ユーキ君……!!
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同時刻
――――ゴウッ、と風を裂く音が聞こえた。
ユーキとキリト。二人同時に弾けるように事で、仮想世界の大気は切り裂かれて、空を切る。
ユーキは右方から、キリトは左方から。
それぞれ挟撃するような形で、彼らは赤い色の巨人――――モンスターキラーの元へと突き進み剣を振るう。
対するモンスターキラーは何の反応も見せなかった。
ただそこに在るかのように、佇んでいるだけで。
あまりにも隙がありすぎる。
それを見逃すほど、二人は甘くない。
「オラァ!」
「ッ!」
ユーキはモンスターキラーの腕めがけて剣を両手で持ちながら上段から振り下ろすように、キリトは片手で脇腹を横に薙ぐように斬りつける。
だが――――。
「何だと……?」
それはどちらの声だろうか。
モンスターキラーは無傷。その皮膚に剣が通らず、かすりもしない。モンスターキラーのHPゲージが微かに削れただけで、大したダメージにもなっていない。
――何て出鱈目……!
思わずキリトが忌々しげに、心の中で吐き捨てた。
それと同時に、モンスターキラーは鬱陶しいハエを追い払うように、ただ乱暴に片手で石斧剣を構えて横に一閃する。
キリトはそれを紙一重で避けるものの。
「グッ……!」
ユーキは避けきれずに、剣で防御する。
そのまま彼は弾き飛ばされて、地面に叩きつけられるものの、直ぐに態勢を立て直し地に膝をつけることなく、再度モンスターキラーへと突進する。
――これは、ヤバイ……!
それを見ていたキリトは、紅い巨人の乱雑な剣を避けながら結論付ける。
このままでは負けるのは目に見えていた。
攻撃が届かない、ポテンシャルが違いすぎる、何よりもまるで歯が立たない。
これではいいとこ、勝負を長引かせるのみだろう。それほどまでの相手。キリトとユーキの二人がかりでも、紅い巨人との差は埋まることがない。
それはユーキも理解しているのか、忌々しげに舌打ちをする。
――こうなると、ジリ貧だ。
――いったん距離を開けて、態勢を立て直す。
それすら許さない。
そう言うかのように、紅い巨人がキリト目掛けて、大雑把過ぎる石斧剣を一閃する。
圧倒的リーチ。後ろに下がっても、そのまま避けきれずに腹を横に斬りつけられてゲームオーバーになるだろう。ならば――――。
――前に、跳ぶ……!
瞬時に判断すると、キリトは敢えて前へ跳躍し、紅い巨人の身体を蹴りつけて後方へと飛び一気に距離を開けた。
そして着地するや否や。
「ユーキ、一度距離を開けろ!」
その声に、ユーキは頷いた、ように見えた。
何度か紅い巨人と斬り結び、縦に割るような剣を防御して、その勢いでユーキは後方へと吹き飛ばされながら下がる。
そして直ぐに立ち上がり、ユーキはキリトと今一度、肩を並べてモンスターキラーを見据えた。
「――――――――――ッッ!!」
咆哮。
その場から一歩も動かずに、威嚇するようにモンスターキラーは絶叫する。
「チッ、露骨な野郎だ。勝鬨のつもりか?」
吐き捨てるように言うと、ユーキはキリトに問いを投げた。
「距離を開けたが、オマエ何か策でもあんのかよ?」
「…………」
そんなもの、キリトにはなかった。
距離を開けた、その後どうすればいいのか。まったく考えもつかない。今までは、攻略法が頭によぎった。どうすればモンスターを倒せるのか、今までの経験を踏まえて回答を導き出すことが出来た。
だが、眼の前にいる紅い巨人は別格。レベル差がありすぎる、こんな装備では歯が立たない、何よりも――――勝てるビジョンが浮かんで来ない。
キリトの沈黙が答えと見たのか、ユーキは軽い口調で。
「仕方ねぇ、今からオレが斬り込む。オマエはあの三流を観察して、弱点でも探っとけ」
「な、何を言ってるんだお前!」
隣にいる男が何を言っているのか理解出来ない。
そう言いたげな表情で、眼を丸くさせてキリトは慌てる。
しかしユーキの様子は変わらない。
特別問題視してないように、当たり前の口調で。
「オマエは視野が広い、洞察力もオレよりも上等だ。この人選に間違いはねぇ筈だが?」
「でも、それだとお前が……」
死ぬかもしれない、と心の中でキリトは呟いた。
そう、死ぬかもしれない。あの怪物に単身で斬り込むというのだ。二人でも全く歯が立たないというのにも関わらずだ。それがどう言う意味なのか、理解していないユーキではないだろう。
ユーキはメインメニュー・ウィンドウを開く。そしてアイテムタブから回復ポーションを実体化させると、それを一気に飲み干して。
「オレの心配する前に、オマエはオマエの仕事をしろ。さっさと弱点見つけねぇと、オレが死んじまうぞ――――!」
「ま――――」
待て、とキリトが言い終わる前に、ユーキはモンスターキラーへと推進する。
――一人で行かせるか!
――無茶をするやつと思ってたけど、ここまでとは思わなかった……!
反射的に、キリトもユーキの後を追うように、モンスターキラーへと突進しようとする。
同時にモンスターキラーの石斧剣がユーキに振り下ろされて。
「――――ッ!」
落下してくる落石を押しとどめるように、ユーキはその攻撃を迎え撃つ。
――――空間が揺れる。
漆黒に染まり、月明かりが目印となっているフィールドに、二つの影が交差する。紅い巨人はやはり圧倒的だ。
薙ぐ一撃が暴風であるのなら、振り下ろされる一撃は落雷そのもののようで、まともに身体の何処かにくらえば、ユーキにとって致命傷なり得る。そこまで強力かつ、悲しいほどまでに力の差があった。
だがそれを正面から。
怯むことなく、全力でユーキは弾き返す。大嵐のようなどうしようもない脅威に対して、彼はただ全ての力を用いて弾き返す。ただ弾き返す。
「グッ……!」
ユーキの表情は苦悶のそれに変わる。
それもそうだろう。何度も続く間断なき剣戟、その一撃一撃が重く響き、ユーキの身体が軋みを上げる。
だがこうして僅かに拮抗出来ているのは、ユーキが『防御』ではなく『攻撃』に回っているからに他ならない。
防御に回れば最後、モンスターキラーの嵐のような連撃にHPゲージが削られて敗北することを、先程の戦闘で彼は理解している。ならば攻撃で、キリトが弱点を見つけるまで、粘ればいいだけの話なのだ。
――アイツ、本気で俺に任せるつもりか……。
――あー、クソッ。
――本当に無茶ばかりする奴!
――何か、アスナの気持ちがちょっとわかった気がする!
ならば、と。
仕事をしっかり全うしてやる、とキリトは集中して怪物に意識を向ける。
キリトの耳に入るのは絶え間ない剣戟の音。火花が散り、鳴り響く度に、世界が震える。
確かに見ようによっては拮抗出来ているのかもしれない。だがそれも長くは持たないだろう。間合いが違う、レベル差が違う、速度が違う、何よりも――――威力が違う。
ユーキに出来るのは、避けきれない剣圧に真正面から剣を打ち立て、威力を相殺すること。
戦力が違いすぎる。が、それはユーキも百も承知している。それでも、彼はキリトに千載一遇の機会を賭けた。
それを見て、キリトは。
――凄、い……。
思わず、息を呑む。
一撃毎に、微かにユーキは傷ついている。
それはHPゲージが削られ形となって残っている。だがそれでも、ユーキは怯まない。この場において誰よりも前を向いており、誰よりも愚かに前へ前へと進んでいる。
「――――――!!!」
紅い巨人が吠える。
その咆哮は先程の自身を誇示するものではなく、アレは威嚇、困惑が混じっている物だった。
自分のほうが明らかに勝っている、それでも倒れない、諦めようとしない。モンスターキラーの中に処理しきれない困惑が生まれていた。
この男をこれ以上存在させてはならない、と。
モンスターキラーは痺れを切らしたように、石斧剣を乱雑に横に薙ぎ、ユーキを弾き返す。
だがそれでも――――。
「ハッ、響かねぇぞ!」
彼は倒れない。
地面に叩きつけられようとも、 直ぐに立て直してモンスターキラーへと推進する。
――だが、それも限界だ!
――ユーキの奴、息も乱れてるし、動きも雑になってきている。
――これじゃ、長くは……!
そうしてキリトの眼に映ったのは、何度目かの激突。
再び、剣戟が巻き起こるのだが。
――なん、だ……?
キリトはある何かに気付いた。
その視線は紅い巨人へと向けられる。それは胸部、紅い巨人はどこかその辺りを守るようにして、戦っていた。
――アレか!
――あそこが、アイツの弱点!
わかるや否や、キリトは声を上げようと口を開く。
だが同時に、ユーキの身体が弾け飛んだ。アレは剣戟によるものではない、ユーキは烈風じみた一撃を防御して、まともに受けてしまった。
「このっ……!」
すぐに立ち直り、剣を構えるも。
「――――――!!」
ようやく見せた隙を見逃さず、紅い巨人は咆哮と共に肉薄する。
大振りの横薙ぎの一閃。その一撃は致命的だ。今のユーキでは避けきれ――――。
「バカが! 下手こきやがって、この三流がァ!」
彼は身を低くして掻い潜り、紅い巨人の胸元を斬り上げる。
だがそれでも、HPゲージは僅かに削れるのみである。だが――――。
「――――――!?」
モンスターキラーは大きく後方へ跳躍して、ユーキと距離を開けた。
ここで限界だった。ユーキは膝を地面につかないものの、剣を地につきたて何とか支えることにより立っている。息も荒く、汗も滴る。
HPゲージも既にレッドゾーンになっており、あと一撃喰らえばゲームオーバーとなっていただろう。
「ユーキ!」
「よぉ――――どうだよ、弱点――――わかったか……?」
肩で息をしながら尋ねるユーキに、駆け寄ったキリトはどこか表情を暗いまま。
「あぁ」
「どこだよ?」
「胸だ。多分、あそこが弱点」
「あ? ……そうか、だからあのデカブツ一度引いたのか」
自分が斬りつけた場所が胸部だったことを思い出して、ぼんやりとした口調で言う。
すぐに息を整えて、地に刺していた剣を引き抜いて、粗暴な口調で。
「策も思いついたんだろ?」
「……あぁ」
弱点がわかると同時に、キリトはモンスターキラーを打倒しうる策を思いついた。
だがそれは、彼を危険に晒すことになるものだ。だからこそ――――。
「ユーキ」
「あ?」
「ここに選択肢が二つ用意できる」
この方法ではないやり方を選択させなければならない。
だがユーキの態度は淡白なもの。どこかキリトの思惑を見透かすような言動で。
「言ってみろ」
「一つは増援を待つか。ここにいたクラインってやつは俺の友達だ。ソイツが援軍を連れてくると言った。だから――――」
「却下だ」
迷いない発言に、キリトは言葉をつまらせる。
ユーキはキリトから目を逸らさずに、嘘をつくのは許さないと言うかのように、真正面から視線を送りながら。
「オマエだってわかってんだろ。アレは戦力が増えたところで結果は変わらねぇ。増えんのは死体の山だけだ」
「だけど……」
「良いからオマエの策を言えよバカ」
これ以上聞く耳持たない、とユーキの視線がそう語っている。
その視線を受けて、キリトは意を決して、残酷な言葉を口にする。
「一度、アイツの胸に、傷をつけることが出来れば、突破できる。傷の上から攻撃すれば、固くても攻撃は通るだろう」
でも、と言葉を区切り。
「俺のステータスは敏捷に振ってる。とても俺の攻撃力じゃ傷をつけることが出来ない」
それは暗に、ユーキを捨て石にして、キリトがトドメを刺す。と言ってるようなものだった。
この作戦は一番最初に、特攻をかけて弱点を傷つけて、二発目の人間の剣でトドメを刺すというシンプルな作戦だ。となると一番危険なのは、最初に特攻をかける人間である。
もちろん、全力で斬りつけるのだから、その後は無防備だ。十中八九、モンスターキラーの反撃を食らうことになる。そうなると待っているのは――――ゲームオーバー。仮想世界での死であり、現実世界の死にも繋がる。
だからこそ、この作戦を進める訳にはいかない。
キリトはやめよう、と声をかけようとするも。
「オレが斬り込んで、傷口作りゃいいんだろ?」
「お、お前わかってるのか!?」
思わずキリトは掴みかかる。
まるで自分の命を勘定にいれてないような口ぶりに、キリトは自分自身わからない憤りを感じていた。
「死ぬかも知れないんだぞ!」
「どうせ人ってのはいつか死ぬ、それが遅いか早いかだ。もしここでオレが死ぬのならそのときだ、死ぬ直前でどうするか考える」
「お前――――」
「いいかキリト、よく聞け」
掴まれていた手を強引に引き剥がして、ユーキは真剣な表情で続けた。
「アイツを倒さねぇと、この辺りの未来はねぇ。そうなればゲームオーバーだ。茅場の勝ち、あのクソッタレが笑うことになる」
「…………」
「あのクソの思惑をひっくり返すためにも、アイツは倒す。今日、ここで」
そう言い捨てると、ユーキは再びメインメニュー・ウィンドウを開き、アイテムタブから回復ポーションを選択し実体化させ、強引に飲み干して捨てた。
「一撃くらい食らってもギリギリ持つだろう」
「……アイツを傷つけることが出来るのか?」
「まァ、一撃くらいならな。だから二撃目はねぇ、一撃で何もかも込める。だから――――」
三歩キリトの前へと進み、俄然の敵を――――モンスターキラーを睨めつけながら、背後にいるキリトに告げた。
「――――オマエが倒せ」
「―――――――」
本当にこの男は前しか見ていない。
自分の命を二の次に、誰よりも真っ直ぐに前だけを見ている。
――本当に頭に来る。
――無茶ばかり。
――フォローする身にもなってほしい。
でもだからこそだろう。
キリトはこの男には負けたくないと思った。負けられないと思った。この感情が何なのか、自分でもわからない。この感情を知るために、この男をここで死なす訳にはいかない、そう思った。
ユーキは構える。
剣を両手に持ち右方に構える。剣先を天に掲げ、その様子は昇り龍のようで、一撃に何もかもを掛ける。そういった構えだ。もはや二撃目など考えていない。
元より二撃目など必要がない。二撃目はキリトだ、アイツが何もかも決める、と心の中で結論付けて。
彼は眼を閉じる。
思い出すのは『怒り』の感情。世界を理不尽の呪い、世界に無慈悲な憎悪を向ける。
これは儀式。怒りを力に変える儀式。
思い出すのは、今までの人生。両親を理不尽に奪った世界、茅場晶彦の顔、そして無様に生き残ってしまった何より許せない自分自身。
蒼い瞳に、暗い感情が宿る。それは怒りであり、憎悪であり、憤怒である。絶対的な殺意、確固たる殺気。
漆黒の意思を眼に宿し、ユーキは告げる。
「――――合わせろ」
「わかってる――――!」
同時に、二人は駆け出した。
縦一列に、まるでフォーメーションを組んでいるかのように彼らはただ疾走する。
「――――――――!!!!!」
それを、玉砕と紅い巨人は捉えたのか。嘲笑うように咆哮を上げる。
そして横一閃に薙ぎ払おうとするが。
「――――――――――ッッ!!」
それよりも早く、疾く、ユーキの剣が紅い巨人胸部目掛けて振り下ろされる――――。
斬、という音が聞こえて、紅い巨人の悲鳴が響き渡る。攻撃は――――通った。弾かれることなく、ユーキの全霊の一撃が通る。
だがそれが癪に触ったのか、紅い巨人攻撃は止まらない。
致命傷となる横薙ぎの一撃にユーキに襲いかかる――――!
「チッ――――」
舌打ちがあった。
完全に防ぐのは不可能、かといって避けるのも不可能。
咄嗟にユーキは横に大きく跳躍し、勢いを殺そうとするも
「ガ――――ッ!!」
咄嗟に腕を上げて防御する。
しかしながら、それで防げる生易しい攻撃じゃなかった。ユーキの身体と石斧剣が接触した瞬間、ユーキの片腕は斬り飛ばされて、このまま振り抜けば地面に叩きつけられ、交通事故があったように数メートル跳ね飛ばされるだろう。
キリトは思わず立ち止まる。
ユーキ、と声を上げそうになるが。
「スイ――――ッチ――――!」
今までいがみ合ってたユーキが、初めて連携の合図を口にした。
その言葉が教える――――まだ戦闘が終わっていないことを。
その眼光が訴える――――オマエが倒せと。
ならば応えなければならない。
あの男が、自分が勝ちたいと願っている男が、自分に願っているのなら、応えなければならない。今までいがみ合ってたヤツから『スイッチ』なんて言われたのだ。応えなければならない――――!
そう心が理解したキリトは。
「うォおおおおおオオォォォォォ!!!」
跳ね飛ばされたユーキに目をくれず、キリトは雄叫びを上げてモンスターキラーへと斬りかかる。
そうして剣が光る。繰り出すソードスキルは『バーチカル・スクエア』片手剣のソードスキルの一つ。4連撃垂直に斬り込む連続技だ。
――それじゃ遅い……!
――ただの四連撃じゃ遅いんだ!
――それじゃ倒せない。
――それこそ、『同時に叩き込まないと』遅すぎる……!!
「届けぇええええええええええ!!!」
キリトの咆哮に答えて、彼が持つアニールブレードが一際輝き始める。
そして彼は胸元に、剣を斬りつける。その数は十、それを『ほぼ同時』に紅い巨人に叩き込む――――。
瞬間。
「――――――――!?!?」
絶叫にも似た劈く悲鳴が、夜のフィールドに響き渡る。
同時に、ビシッと音を上げて紅い巨人の身体がヒビ割れ始める。片腕に装備していた石斧剣が地面に突き刺さり――――紅い巨人はガラス片となり、四散し仮想世界から姿を消した。
思わずキリトは虚脱感から両膝を地面につく。
肩で息をしているキリトの視界に『You got the Last Attck』という紫色のシステムメッセージが現れ、壮大な音が鳴り響く。
そこで眼を丸くした。
――な、何でLAボーナスが……?
――LAボーナスはフロアボスを最後に倒したヤツが貰えるモノ。
――コイツはフロアボスじゃないのに……。
――それよりも……!
それよりも、と。
キリトは紅い巨人に弾き飛ばされたユーキに意識を向ける。
LAボーナスを知らせるウィンドウを消すと、キリトは前のめりになりながらも、ユーキの倒れている方へと走り寄る。
「ユーキ!」
声がなかった。
キリトは最悪な結末が頭に過ぎり、必死に掴みかかりながら声をかける。
「おい、ユーキ! 生きてるのか、オイ!」
「――――うるせぇな」
と、不機嫌そうに、吐き捨てるようにユーキが口を開く。
「見りゃ分かんだろ。死に損なったよクソッタレ」
「お前……! 最初に声をかけたときに返事をしろよ!」
「……泣くのか嬉しがるのか怒るのか、どっちかにしてほしいもんだなキリトくん?」
泣いてもいないし、嬉しくもない!という声を無視して、ユーキは起き上がる。
「チッ、腕は斬られ、剣も折られるかよ。我ながら情けねぇやられっぷりだ」
「――――でも生きてる」
そう言うと、キリトはユーキの隣に座り、天を仰ぎ見た。
それを見て、ユーキは「あぁ」と同意すると。
「生き残っちまった」
「何だよ、嬉しくないのか?」
「別にどうでもいいだろ。それよりも、オマエのあのソードスキルは――――」
「ん、どうした?」
不思議そうに尋ねるも、ユーキはいいやと首を横に振る。
――コイツ、気付いてないのか?
――一撃に四回『同時』に斬ったことを。
――わかってないのか?
どうやらキリトは分かっていない。
ならば尋ねても無意味だろう、とユーキは判断して。
「何でもねぇよ。それよりも――――」
「何だよ?」
「勝負だよ勝負。オマエがトドメ刺したから、21戦10勝11敗ってことになるな」
「あっ」
今思い出したと言うかのように、キリトは少しだけ考えて。
「いいや、21戦10勝10敗1引き分けだ」
「あ?」
「今回のは、お前がいないと勝てなかった。だから、引き分けだ」
だから、と言葉を区切る。
そしてキリトはメインメニュー・ウィンドウを開き、アイテムストレージからLAボーナスで手に入れたユニーク品を実体化させて。
「これはお前の物だ」
差し出されたのは、紅い巨人――――モンスターキラーの獲物としていた石斧剣だった。
岩で作り上げられたそれは大雑把過ぎる作りとなっており、斬るというよりも叩き潰すとったニュアンスの方が近い。
ユーキはそれを見ながら、訝しむ眼で。
「何でオマエがそれを持ってやがる?」
「LAボーナスで手に入れたんだよ」
「何だそりゃ?」
「LAボーナスっていうのは……あとで説明するよ、いいから受け取れ」
フン、と鼻を鳴らして斬られてない方の手で石斧剣を握る。
ずしり、と重みがある。
想像通り重いそれは、片手剣のカテゴリーに属さない。武器の種類で言えば両手剣であるようだ。
「まだ両手剣装備出来ねぇから、しばらく使う機会がねぇな」
「――――なぁ、ユーキ」
「何だ?」
キリトは視線を空へ向けながら、ポツリと呟いた。
「お前、ベータテスターが後ろめたいなら、胸を張って名乗れるよう努力してみろって言ったろ?」
「言ったな」
「俺、頑張ってみるよ。俺も前を向いて見る、誰かさんに負けないためにも」
「……好きにしろよ。オマエがどうなろうが、オレの知ったことじゃねぇ」
この腕は、本当に治るのか?とマイペースに考えていると。そうだ、と。キリトが声を上げると。
「ユーキ」
「ンだよ?」
拳を突き出してきた。
達成感に満ちた笑みを口元に浮かべて。
「GJ」
「―――――」
それが何の略なのか、ユーキには理解出来ない。
だが何となく心で理解して。
「ハッ――――」
鼻で笑うと共に――――。
「――――互いにな」
軽く、キリトの拳と自身の拳を合わせるのだった――――。
その後駆けつけた、アスナに「また勝手に無茶をして!」とユーキとキリトが叱られたのは語るまでもない――――。
そしてそれを見ていた紫色のフードを被った女性プレイヤーが一人。
視線の先にはユーキ。アスナに怒られて、ヘイヘイと気のない返事をしている彼に注がれる。
「あの人だ、間違いない。蒼い瞳、金髪、乱暴な口調。全部あの二人にそっくりだ――――」
フードを取り、長い髪の毛が露わになる。
それは――――紫。
どこか特徴的なヘアバンドをした少女は様々な思いを込めて言葉を漏らす。
「見つけた、あの人がボクの――――」
→エギル
もう一人の自分、素敵な自分、彼は斧使いのエギル
→モンスターキラー
恐怖を直接叩き込んで、弱らせてくるチートモンスター。
→石斧剣
両手剣。斬属性もあって、打撃属性も在る。
大雑把過ぎる造形
→それでも倒れない、諦めようとしない
モンスターキラー「あらやだ、何このゾンビ!? 怖い!」
→紫色のフードを被った女性プレイヤー
大人気。例の彼女。