ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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 気分転換の話です。
 本当の番外編、本編と何一つ関係のない妹との話しです。
 
 ユウキ誕生日、おめでとう!(遅)

 アリシア・アースライドさん、誤字報告ありがとうございます!


番外編 義妹との猛暑日

 

 仮想世界での経験を経て、自分――――茅場優希はどれほどの変化を遂げたのかぼんやりと考える。

 いつも一人、というわけではなかった。常に優希の周りには誰かがいた。それが幼馴染であったり、その家族であったり、後輩であったり――――叔父であったり。

 周囲には恵まれていた方であると自負している。何せ自分のような男に付き合うほどのお人好しばかりだ。彼女達がどれほど希少な存在なのか、そんなもの茅場優希が一番理解していた。

 

 だがそれでも、優希は本当の意味で笑うことはなかった。

 いつだってしかめっ面で、退屈そうに斜に構えて、俯瞰的視点で世界を見下していた。

 

 だが今は違うと断言できる。

 何が変わり、何を失ったのか。

 何が終わり、何が始まったのか。

 優希には説明がつかないものの、自分の中で何かが変わったことは明白である。

 

 そんなセンチメンタルなことを考えて鬱陶しそうに一言。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……熱っ……」

 

 

 柄にも無いことを考えていた。

 それもこれもこの気温のせい、湿気たっぷりの猛暑を迎えた今日この頃のせいであると、優希は結論付ける。

 

 

 夏の日の午後――――世間で言うところの猛暑日に、優希は自らが住まうアパートに寝そべっていた。

 もちろんオンボロのアパートなどに、クーラーなど存在しない。温度調整が行えるハイテクがあるとすれば、それは壊れかけの扇風機のみ。だがそれも今となっては鉄くず同然である。

 

 

「…………」

 

 

 涼しい風などもっての外。

 嫌ってほど熱い空気が、扇風機が回るプロペラに押されて優希に直撃する。不快である、不愉快である、こんなことなら扇風機など引っ張り出してくるんじゃなかった。

 そんな後悔の念が、優希に襲いかかる。

 

 出来ることなら、ここから抜け出したかっただろう。

 だがそんな気力、優希に残されていない。外に出れば溶けそうになるほどの気温、真上で燦々と輝く太陽、そしてアスファルトに立ち上る蜃気楼のおかげもあり、優希のやる気はゼロに等しいものにまで落ち込んでいた。

 

 タンクトップと短パン姿で寝っ転がっていると、ふと幼馴染の顔を思い出す。

 ハイテク技術が盛り込まれた、幼馴染の家。パンッと手を鳴らせば電気が付き、幼い頃に一緒に入ったジャグジー付きの大きな浴槽。

 

 きっと幼馴染は自分の部屋で、優雅にアイスを食って、優雅に鼻歌混じりに小説を読んでいることだろう。

 

 

 雲一つ無い、青い空――

 強烈な日差しにうんざりしながら、優希は『アイス』という単語に何かを思い出すかのようにのっそりと寝っ転がりながら進み、冷蔵庫を開ける。

 

 

「アイス」

 

 

 一言、思考能力も低下しているのか、ポツリと無感情に呟いた。

 このときの為に買って冷やしておいたスーパーカップバニラ味。ハーゲンダッツなど買えない。今も昔も、茅場家の家計は火の車。金銭に余裕があれば、バイトを掛け持つなんてこともないし、もっと高級なマンションに引っ越している。

 だが現実は厳しいもの。茅場優希ともう一人が住んでいるのはボロアパート中のボロアパート。築何年かなど見当もつかないほどの生きた化石に住居を構えている。

 

 そんな悪環境で、猛暑日にアイスはご馳走だった。

 一個だけ残っているというのも、日頃の行いの良さだろう、と優希は自画自賛しつつ無表情ながらもほくほく顔で手を伸ばして。

 

 

「ずるいー……」

 

 

 伸ばした手が止まる。

 その声は扇風機の前から、一人陣取るもう一人の同居人からの抗議だった。

 

 黒髪に白いヘアバンド、優希と同じようにタンクトップに短パンとどこか危なっかしい格好をしている少女――――木綿季は感情のない声のまま気怠そうに言う。

 

 

「ボクも食べたいー」

「オマエ、昨日の夜食ったろ」

 

 

 明日は猛暑日だから残しといた方がいい、とアドバイスを送ったのは記憶に新しい。

 だが木綿季は喜々として、笑顔で、満面の笑みで、食べてしまったのだ。

 

 木綿季はもちろん、覚えている。

 それを証拠に「うぐっ」と若干言葉を詰まらせて、立ち上がり両腕を上げて抗議し続ける。

 

 

「食べたい食べたい、ボクも食べたーい!」

「バカ。水道水でも飲んでろよ」

「水道水オンリー!?」

 

 

 ガーンッ、と勝手にショックを受ける妹に完全に興味をなくして、兄は非情にも冷凍庫からアイスを取り出す。

 

 キンキンに冷えた状態だった。それだけで、ありがたい。これを顔につければどれほど気持ちいだろうか、と優希はぼんやりと考えている。

 

 

「ねっ、にーちゃんお願い! 一口、一口分けてよ―!」

「うおっ、背中にしがみつくなバカっ! 暑苦しい、汗でヌメヌメする!」

 

 

 首にしがみつき、背中に密着する木綿季に思わず声を上げた。

 柔らかい二つの感触を味わう――――なんて余裕は優希にはない。絞まっていたのだ、ガッチリと。抜けられないくらいのホールドをかけられている。

 

 見れば木綿季の顔は紅く染まっている。

 汗、という単語のせいで彼女は恥ずかしがっているのか、その力は万力の如く徐々に優希の首を締め上げていた。

 

 

「あ、汗でヌルヌルするって言わないでよ! ボクだって女の子なのにっ!」

「女の子って自称するならよぉ、不用意に野郎に抱きつくな……!てか、絞まってる、首が……ッ!」

「自称じゃないもん、女の子だもん! ボクだって成長してるんだよー!?」

「わかった、わかったから! 本当に一回離れろ……ッ!」

 

 

 無理矢理、妹を引き剥がす。

 思いの外しっかりキマっていたのか、何度か兄は咳き込んでアイスを一旦冷凍庫に入れて。

 

 

「オマエさぁ、もう少しお淑やかに出来ねぇのか?」

「むぅ、どう言う意味?」

「そのまんまの意味だよ。どこの世界に、ンな薄着で野郎に抱きつくバカがいるんだよ?」

「ここにいるよっ――――って痛っ! に、にーちゃん、それ結構痛いよっ!?」

 

 

 ビシビシと木綿季の頭にチョップを叩きつけて不満を全てぶつけた。

 

 

「威張ることかよ。オマエさ、まさかと思うが学校でも他人に抱きついてるわけ?」

 

 

 もしそうなら、一大事だ。

 木綿季が男に、しかも思春期真っ盛りに抱きつくとなると勘違いする奴も増えるばかり。こうなれば全力を上げて、悪い虫を叩き潰すのも辞さない考えである。

 

 だが木綿季の返答は違う。

 ううん、と首を横に振って兄として考えれば幸か不幸か、微妙なラインの返答を満面の笑みで言った。

 

 

「ボクが抱きつくのは、にーちゃんだけだよっ!」

「…………………おう」

 

 

 ならいい、と納得しかけて直ぐに考えを改めた。

 抱きつくのは自分だけ、その返答そのものがおかしいと、優希は気付いて直ぐに行動に移す。

 

 

「痛っ! なんで、またチョップするのさ!?」

「だから、抱きつくなって言ってんだよ」

「にーちゃんでも?」

「兄ちゃんでも」

「なんで?」

「なんでも」

 

 

 いまいち納得していないのか、木綿季は不思議そうに首を傾げて。

 

 

「でも好きな人には押せ押せだって、詩乃は言ってたよ?」

「アイツは後で叩き潰す」

 

 

 脳内で無表情でクールにサムズアップする後輩を、優希は頭の隅に追いやった。

 論ずるのは後輩の処遇ではなく、木綿季の異性に対する距離感である。

 

 

「オマエは野郎に対する距離感を覚えろよ。将来、クソ野郎が勘違いしたらどうする気だ?」

「大丈夫だよ、ボクが抱きつくのはにーちゃんだけって言ったでしょ? それに何かあったら、にーちゃんに守ってもらうし」

「最低限、自分の身は自分で守ってほしいんだけど?」

 

 

 ため息をついて、呑気に構えている木綿季に呆れた視線を送る。

 対して「もしかして」と木綿季はどこか顔を赤らめて、嬉しそうな口調でチラチラ優希の顔を伺うように。

 

 

「にーちゃん、照れてる?」

「……………」

「あ、ごめん、ごめんなさい。謝るから、無言でチョップの構え止めて欲しいなーって!」

 

 

 全力で手を合わせて懇願する木綿季を見て、再び深い深い、それはもう深いため息を吐いて優希は立ち上がった。

 思わず、木綿季の両肩がビクッと震える。怒られた、と彼女は認識したのか先程の明るかった表情は見る影もない。シュン、と顔を伏せていると。

 

 

「ほら」

「――――うひゃ!?」

 

 

 顔に何か冷たいものが当てられて、木綿季は飛び跳ねた。

 頬に手を当てて、何が当たったのか見てみると――――。

 

 

「……ククッ、何て声出してんだオマエ」

 

 

 小さく笑みを零す兄の片手には――――アイスが収まっており、それを木綿季の頬に当てたのだろう。

 木綿季は反応が出来ない。思っても見なかった兄の行動に、ボーッとフリーズしていると訝しむ口調で。

 

 

「……ンだよ?」

「怒ってないの?」

「怒るって、オレがオマエに?」

 

 

 力なく頷く木綿季に、首を傾げて。

 

 

「怒る理由がねぇだろ。それよりアイス、欲しいんだろ?」

「えっ、くれるの?」

「あぁ。やるから、それ食って大人しくしてろ」

 

 

 そこまで言うと、スプーンと食器棚から取り出して、アイスと共に木綿季に手渡す。

 

 受け取ったアイスはひんやりとしていた。

 もしかしたら、兄は最初から妹に譲る気だったのかもしれない。そう思わせるほど、素直すぎるほどスムーズに譲渡していた。

 

 思わずギュッと、アイスを大事そうに抱える。

 ぶっきらぼうで、口が悪いのに、優しさに溢れている兄が愛おしく思う。

 

 

「ねぇ、にーちゃん」

「あ?」

「はんぶんこ、しない? ボク、にーちゃんとはんぶんこしたいな」

「……ハァ」

 

 

 ため息をついて、優希は一つの丸テーブルの前に座った。

 それが答えであると木綿季は認識すると、笑顔でその隣に座る。

 

 外は猛暑、室内は同じくらいの気温、それでも兄妹は肩を並べて座る。

 暑苦しいにも程が有る光景だ。クーラーはなく、扇風機も温風しか送ってこない。汗も流れて不快感が増すばかりの筈なのに。

 

 

「えへへ」

 

 

 木綿季は幸せそうに笑みを零す。

 まるで、こんなことをやってみたかった、と言わんばかりに。一つのものを分け合うことが夢であったかのように、嬉しそうに本当に嬉しそうに。

 

 

「にーちゃん」

「ンだよ?」

「ボクね、にーちゃんの妹で良かったよ」

「……そうかよ」

 

 

 ぶっきらぼうに言った言葉に、うん、と花が咲いたような笑顔で答える。

 

 

 

 全てが解決して、何もかもを背負った。

 もしかしたら、これから妙な事件に巻き込まれるかも知れない。もしかしたら、何か取り返しのつかない事がまっているかもしれない。

 

 今の生活が幸せなのか、不幸なのか、優希には明確な返答が出来ないが。

 狭い部屋で、ボロいアパートで、冷房機器もないけど、一つのアイスを分け合う現状であるけれども。

 人の幸せなんて、案外この程度のなのかもしれない――――。

 

 

 

 

 

 

 




 ユウキマジ天使。



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