ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

17 / 170
第5話 着せ替え人形INデパート

 2022年9月18日 AM10:10 東京都内

 

 

 残暑――――。

 9月に突入したにも関わらず、気温は高いままを維持していた。

 遠くへと目線を向けると、ゆらゆらと地面から炎のような揺らめきが立ちのぼっている。それはつまり陽炎、強い日射で地面を照らさないと起きない現象である。陽炎が立ち上っていることを考えても、まだまだ気温が高いことがわかる。

 

 そんな中、茅場優希は大通りを歩いていた。

 今日は日曜日である。大通りには人混みの山、人垣の山、集団の山。家族連れ、カップル、子供、老人、はたまた芸能人と様々な人種が乱れている。そしてこの猛暑日。本来であればアルバイトに向かって汗水垂らして働くところであるが、生憎本日は休日。だからこうして優希は外に繰り出していた。

 

 とは言っても、本来の茅場優希という少年は、活動的に外に出歩く人間ではない。アウトドア派というよりも、インドア派の彼がこうして外を歩いているのには理由がある。

 それは数日前にまで遡る――――。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 数日前 ハンバーガーショップ

 

 

「ありがとうございましたー!」

 

 

 ハンバーガー屋でアルバイト中のことである。

 バイト先の制服を身に纏い、頭にキャップを被っている優希は作られた笑顔で接客し、作られた満面の笑みで客を送り出す。それを短い時間で、繰り返してきた流れ作業。客が混む時間、つまりはラッシュを突破してそれは起きた。

 

 

 ――このバイトが終わったら次は酒屋だっけか?

 ――まぁ、今日中には帰れんだろ。

 

 

 最悪夜中の1時を回るかもしれないが、問題ねぇだろう。と考えていると新しい客が来店する。

 ラッシュが終わっても、客が衰えることはない。優希は再び満面の笑みという仮面を顔面に張り付かせて接客をするが。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 ピタッっと止まる。満面の笑顔のまま、彼は器用に凍りついた。

 来店者は知り合いだった。知り合いというよりも、長い付き合いの幼馴染――――結城明日奈が笑みを浮かべてカウンターへと立っていた。

 

 なんでここにいるのか、バイト先を教えていない、何を笑っているんだ。

 様々な疑問が生まれていき、上手く処理が出来ないでいた。

 

 対する明日奈は笑顔で口を開く。

 

 

「制服、似合ってるね?」

「……いらっしゃいませー……」

 

 

 笑顔のまま、覇気のない声で接客する。「何しに来た?」と言った言葉を押さえ込み、「いらっしゃいませ」と無理矢理でも歓迎する辺り無駄にプロ根性を持っているようである。

 だがお客様はそのプロ根性、つまりは貼り付けられた笑みが気に入らないのか。明日奈は注文を言わずに、面白くなさそうな顔をしながら。

 

 

「今、わたし達以外誰もいないよ?」

「……オマエ何でこのバイト先知ってんの?」

 

 

 周囲を確認し、人影がいないと判断するや否や猫被り解除。口調が粗暴になり、眼つきも悪い。おまけに態度は最悪。

 カウンターに身を預けながら嫌そうに見つめられても、明日奈は笑みを浮かべる。あまつさえ、堂々と自信満々に胸を張りながら答えてみせた。

 

 

「わたしは何でも知っているからね!」

「あっそ……」

 

 

 うんざりするような口調で優希は返す。

 

 

 ――まぁ、コイツなんてまだ可愛いもんだろ。

 ――晶彦くんの方が質悪りぃ。

 ――アイツにも教えてねぇのに、毎回新しいバイト先に二日後くらいには来やがる。

 ――この前なんて、ハンバーガー一つ買って普通に帰ってったし。

 

 

 無表情に「ハンバーガー一つ。お持ち帰りで」と言って何を言うでもなく、帰っていった従兄弟を優希は思い出す。

 完璧な奇襲だった。あまりにも完璧過ぎて、マニュアル通りに対応して、どうしてここにいるのか聞きそびれたくらいである。

 

 そんな強烈な前任者がいて、印象がどこか薄くなってしまったことを知らない明日奈は、不満そうに僅かに頬を膨らませた。どうやら自分がぞんざいに扱われていると思ったようである。

 

 

「何かテキトーじゃない?」

「適当にもなんだろ、こっちとらずっと猫被って疲れてんだよ。さっさと注文言えよ」

「……何か納得いかないけどいいや。えーっと……、ポテトS下さい」

「へいへい、ポテトー」

「ヘイは一回だって!」

「ヘーイ」

 

 

 手慣れた手つきで、ポテトを袋に入れて明日奈に手渡し、料金も受け取ってレジに入れて優希は不思議そうに問いかけた。

 

 

「何しに来たのオマエ? マジでポテトだけ食いに来たのか?」

「違うよ。優希君の制服姿見たくて……」

 

 

 えへへ、とはにかみながら笑みを浮かべる明日奈に対して、優希は自分の制服姿をチェックするために視線を落とす。誰がどうみても、普通のハンバーガーショップの制服である。珍しくもないし、わざわざ見に来る必要もないだろう、と優希は思いながら。

 

 

「別に普通だろ」

「ううん、似合ってるよ」

「そうかい、嬉しくねぇよ」

 

 

 心の底からげんなりとした声をあげるものの、明日奈は怯まないし動じなかった。

 

 

「今日はいつ終わるの?」

「あと一時間。で、その次はまた違うバイト入ってる」

「そっか……」

 

 

 少し残念そうな声を漏らす明日奈に、「家に来るつもりだったのか?」と優希は問いかけようと口を開くも。

 

 

「あのさ」

「ん、どうした?」

「18日空いてる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在 東京都内

 

 

 ということで、優希は待ち合わせ場所へと向かっていた。

 別に家で待ち合わせて、一緒に行ってもいいだろう、と優希は思うのだが明日奈がそれを断固拒否。どうせなら待ち合わせ場所を決めて、そこで合流したいとのこと。

 

 そのことを前日の夜に電話をかけてきた後輩の朝田に言ったら。

 

 

『待って、待ちなさい』

『明日奈さんって、いつも話に出てくる明日奈さん?』

『ふーん、その人と次の日にデート? ふーん』

『え、デートじゃない? 遊びに行く?』

『……ふーん』

 

 

 と、冷ややかな声を上げたと思いきや何を言っても『先輩、私とも遊びなさいよ』の一点張り。

 

 

 ――何を意地になってんだ朝田のやつ。

 ――アレか? 自分と遊んでくれなくて嫉妬みたいなもんか?

 ――子供かよ……。

 

 

 どこか的外れな。

 朝田本人がその場にいるものなら激怒しそうな結論を出しながら彼は歩いて行く。

 

 そもそも、優希にはデートという認識はない。

 何よりも格好がデートらしくない。赤色のポロシャツに、下はダメージジーンズ。足にはサンダルとラフ過ぎるくらいラフな格好をしていた。彼にデートという認識があれば、幾分マシな格好になるだろうが、今回は遊びに行く程度の感覚でしかなかった。

 

 

 ――チッ、しっかし暑いなぁオイ。

 ――太陽頑張りすぎじゃねぇか?

 ――こんな時に外で歩くヤツの気が知れねぇわ。

 

 

 自分を全力で棚に上げていくスタイルを遺憾なく発揮しつつ、優希は目的の場所に辿り着いた。

 

 そこは大きな公園。

 噴水があり、花壇があり色鮮やかにハイビスカスやカーネーションやキキョウといった夏に咲く花が植えられている。

 ただ公園と言う割に遊具がほとんどない。子供のための安全な公園作り、とかいう一環で遊具は全て撤去されているようだ。そのせいもあってか、ほとんどが家族連れ。子供単体で遊んでいる様子はなかった。

 

 その辺りの事情に優希は関心が涌かなかった。

 理由はない。ただ単純に興味がないだけである。それよりも待ち人を探そうと、辺りに意識を向ける。

 それは直ぐに見つけることが出来た。

 

 待ち人――――結城明日奈は白いワンピースを着て、その上からデニムジャケットを羽織るように着こなしている。

 片手には小さめの手提げバック。しきりにキョロキョロと辺りを見渡す。が、ここで――――。

 

 

「ぁ……」

 

 

 優希を見つけた明日奈は小さく言葉を漏らすと、はにかみながら優希に向かって小さく手を振る。

 なんと消極的な自己アピールなのか、と優希は思いながらも近づいて一言。

 

 

「待ったか?」

「ううん、今来たところ」

 

 

 やり取りが完璧にカップルのそれだったが、本人達は気付いてないだろう。

 優希はとりあえず、明日奈の格好を頭のてっぺんから爪先まで見て。

 

 

「似合ってんじゃん」

「うん、ありがとう……」

「ちょっと化粧もしてんのか、良いじゃん」

「う、うん……」

「あぁ? 香水してんのか? 良いじゃん」

「――――ッ!!」

「違うか、シャンプー変えたのか? 良いじゃん」

 

 

 明日奈の顔が真っ赤に染まる。

 どうやら何から何まで気付いてくれて嬉しい、じっくり見られてたのが恥ずかしい。これらの感情が複雑に混ざり合い、どういったリアクションをすればいいのかわからないようだ。

 だからなのか、明日奈は優希の片手を握ると、そのまま力付くで引っ張っていく。優希から見えた明日奈は後ろ姿のみ。表情は読めないものの、耳が真っ赤になっていることだけはわかる。

 

 

「お、おい。何で引っ張んだオマエ!」

「もう! 君は本当にもう!」

「オマエ、人の話を聞け!」

 

 

 優希も無理矢理引き剥がせないので、されるがままになるしかない。

 そのまま彼は首をかしげる。それは不思議そうに、何故かわからないように。

 

 

 ――おかしい。

 ――浩一郎兄の手順通りやったのに。

 ――何でコイツ暴走してんだぁ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 PM15:45 東京都内 大型デパート

 

 

 アレから数十分後、落ち着いた明日奈に優希が連れて来られたのは、都内にある5階建ての大型デパートだった。

 休日のデパートということもあってか、大層な賑わいをみせていた。客層はバラバラ。まだ小さい子供もいれば、学生らしき若者が歩いているし、家族連れは勿論だが、還暦を迎えてそうな男性や女性も存在していた。

 それだけでこのデパートが人気であることがわかるが、ピカピカに磨き上げられた床や壁。通路に面した豊富な喫茶店や洋服店。加えて天井は吹き抜けており、天井はガラス製で作られているからか暗いイメージを持たせない作りとなっている。

 清潔で、ちょっとした工夫で見る側が楽しそうと感じさせる作り。このデパートが人気なのも頷ける。

 

 

 ここに来たのは簡単な話だった。

 秋物の服を見たいから、一緒に付き合って欲しい。そんな簡単な理由。

 

 

「女同士の方が良くねぇ?」

 という優希の意見に。

 

「優希君と決めたい」

 と明日奈がその意見を封殺。

 

 なるほどと納得するや否や、優希の行動は早かった。洋服店を片端から回り、明日奈を着せ替え人形にするように次から次へと促す。

 そうして優希から開放されたのが15時45分。長いこと拘束されていたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、二人はデパートの中にあるファミレスにいた。

 窓際、デパートの通路を見れる位置に二人は座っている。

 

 

 優希は周囲を見渡しながら満足気に。

 

 

「もう9月だっつーのに、冷房が効いてるとはスゲぇな。改めて考えると」

「もう少しで暖房に切り替わると思うけどね……」

 

 

 対する明日奈はどこか疲れ切っている様子で、テーブルに突っ伏していた。

 それもその筈。今の今まで、着せ替え人形になっていたのだ。疲れない筈がない。

 

 

「ここまで親身になって選んでくれるなんて……」

「オマエから言ってきたことだろうがよ。何でそっちがグロッキーになってる訳?」

「だってぇ……」

 

 

 若干涙目になりながらも、突っ伏したまま顔を上げて優希を睨みつける。

 彼はそれを涼しげに受け止めて。

 

 

「ンなことより、いいのか? 何も買ってねぇみたいだけどよ」

「うん、いいの。どんなのがあるのか見たかっただけだし」

 

 

 それに、と言葉を区切り上体を起こし笑みを浮かべて明日奈は続ける。

 

 

「優希君の好みの服がわかったしね」

「ンなもん、わかって何になるんだか」

 

 

 そこまで言うと、丁度ウェイトレスが水を運んできたので、優希は注文する。

 

 

「コーヒー一つ下さい」

「苦手なくせに、カッコつけて」

「あぁ?」

 

 

 優希は少し睨みつけるも、明日奈はクスクスと笑いながら楽しそうに続ける。

 

 

「知ってるんだから、コーヒー飲めないの」

「飲める」

「いつから?」

「二年前くらい前から」

 

 

 視線を泳がせて言う優希を無視して、明日奈はメニュー表を見て店員にすみません、と声をかけて。

 

 

「コーヒーキャンセルで」

「おい、勝手に――――」

「わたし、二つパフェ食べたいんだけど多いから、優希君も頼んで半分ずつ食べよ?」

 

 

 ピタッと抗議の声が止まる。

 優希は少し考えて、不機嫌そうな声で明日奈に問いかけた。

 

 

「……ちなみに何がいいんだ?」

「優希君は何が食べたいの?」

「……ストロベリーパフェ」

「それじゃわたしはチョコレートパフェで」

 

 

 ウェイトレスは二人のやり取りが面白かったのか、笑みを浮かべながらマニュアル通り注文を繰り返して厨房へと引っ込んでいった。

 

 どこか手綱を握られてる感が否めない。

 優希は舌打ちを一回すると、面白くなさそうに口を尖らせながら。

 

 

「負けてねぇからな」

「勝ち負けの話なのこれ?」

 

 

 クスクス笑いながら明日奈は続ける。

 

 

「そういえばさ、優希君って『ソードアート・オンライン』始めるの?」

「何でだ?」

「だってほら、ナーヴギア貰ってきてたし始めるのかなぁって……」

 

 

 そういえば、と優希は思い出す。

 アルバイトの最終日、茅場から受け取っていたことを彼は思い出した。ゲームに一切興味がなかったので、今の今まで忘れていた。

 

 

 ――そう言えば、晶彦くんが「絶対にやれ」って念を押してきてたな。

 ――ぶっちゃけ、面倒くせぇ。

 

 

 やりたい人間がいれば、喉から手が出るほど欲しい代物だし、プレイするためにどんな手段でも使おうとしている人間が聞いたら卒倒することを考えていた。

 別に興味がない。興味がないのだが「もう一度、ダイブしてもいいか」と、心の中で思いながら口を開く。

 

 

「始めるかは考え中だ。気が向けばやるかもな」

「わたしもやるから、よかったらやらない?」

「あぁ? オマエ、ナーヴギア持ってんの?」

 

 

 うん、と明日奈は頷くと嬉しそうに続ける。

 

 

「お兄ちゃんが持ってたんだよね。それで少し貸してくれるっていうから……」

「ヘぇ、浩一郎兄がねぇ」

「ねーねー、ちょっとやってみない?」

 

 

 上目遣いになりながら明日奈はせがむように頼み込んで来るのを見て、優希は「どうするか」と考えながら窓から見えるデパートの通路をぼんやり見ると。

 

 

「ん?」

 

 

 視界にあるものが映り込んだ。

 それは小さく、まだ幼く、まだ世界の不条理を理解していない。年端もいかない幼女の姿。歳はだいたい5歳ほどだろう。綺麗な金髪に綺麗な翠眼、フランス人形を連想させる整った容姿をしていた。

 ただ奇妙なことと言えば。

 

 

「……あ」

 

 

 明日奈も優希の視線を追い、気付いた。

 幼女は泣いていた。優希たちのいるファミレスまで聞こえないが、幼女は大きな声で泣いていた。

 

 だが誰も足を止めて声をかけようとしない。

 休日だ。人が多くいるにも関わらず、誰も声をかけようとしない。むしろ腫れ物を触るように避けている節がある。

 

 誰にも気付いて貰えずに、ただ世界に一人であるかのように、幼女は一人泣いていた。

 

 

「チッ、面倒くせぇなぁ」

 

 

 舌打ちをしながら、本当に億劫そうに乱暴な調子で優希は立ち上がる。

 そして自分の財布からお金を出しテーブルの上に叩きつけるように置くと。

 

 

「オマエ一人で食べてろ」

「行くんだね?」

 

 

 明日奈は嬉しそうに笑うと、嫌ってほど面倒くさそうに優希は答える。

 

 

「あのまま泣かれても、目障りだからな」

 

 

 

 

 

 

 

 




→結城浩一郎
 明日奈の兄貴。
 優希からは浩一郎兄と呼ばれている。
 仲良し。

→「わたしは何でも知っているからね!」
 ヤンデレ成分微レ存?

→「ハンバーガー一つ。お持ち帰りで」
 保護者 茅場晶彦くん

→ストロベリーパフェ
 優希の好物の一つ。
 実は甘党、コーヒーは泥水と思っている。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。