ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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第20話 BoB本選 ~先輩と後輩~②

 

 ガンゲイル・オンライン

 BoB本選 ISLラグナロク 都市廃墟

 

 

 

 ガンゲイル・オンラインにおいて、狙撃主(スナイパー)はそこまでの脅威の対象となりえない。

 

 狙撃に重要なのは場所を悟られないこと。

 どこにいるかわからない状況を作り、狙われているかもしれないという危機的状況を演出し、完璧な奇襲で以て最小限の行動で最大限の戦果を手に居れ、辺りに混乱と焦燥を創造する。それこそが狙撃に重要なものである。故に、撃ち合いなどありえず、位置を悟られることは狙撃主(スナイパー)にとっては致命的なミスであると言うほかない。

 

 そして、ガンゲイル・オンラインにおいて、狙撃主(スナイパー)は向かい風である。

 原因は弾道予測線(バレット・ライン)というシステム。銃口を向けられたら見える赤色のライン。それがある限り、誰がどこに居ても、視を隠そうとも、射手の位置は丸わかりと言うもの。何せその先に、必ず銃口を向けている射手がいるのだから。

 故に、ガンゲイル・オンラインの狙撃主(スナイパー)はそこまでの脅威となり得ない。場所がわかっているのだから、斜線を切って行動をすれば必ず狙撃されることはない。こればかりはどれほど優れた狙撃主(スナイパー)でもどうしようもない。何せ当たらないのだ。神出鬼没に現れようが、弾道予測線(バレット・ライン)よって場所を特定されてしまい、対策されてしまう。

 

 だからガンゲイル・オンラインでは、狙撃主(スナイパー)は脅威となり得ない――――筈だった。

 

 

 右手に軍用スコップを持ち、モブ(ユーキ)は遥か彼方に聳え立つ、今となっては無人となっている高層ビルの一角を睨め付ける。

 無人、であった。今となっては、新たな主の住処。そこへ陣取る脅威に意識を集中させる。

 

 モブ(ユーキ)の身体に弾道予測線(バレット・ライン)はない。

 となれば、今は狙われ居るわけではない。ガンゲイル・オンラインの知識がある経験者であれば、そう判断することだろう。

 

 しかしモブ(ユーキ)の結論は違った。

 今の状況は不味い、と。危機的状況であると、モブ(ユーキ)は一歩も動けない。

 

 

 ――全身が鳥肌立っている。

 ――隙を見せたら撃たれる。

 ――面倒な気配だ。

 

 

 下手な行動を取ったら最後、自分の身体に無慈悲に放たれた弾丸が穿たれる。

 そんな直感が、モブ(ユーキ)の頭の中で警報が絶えず鳴っていた。

 

 モブ(ユーキ)も知識はある。

 先程戦った女性――――ピトフーイの恋人に狙撃主(スナイパー)のレクチャーを受けたことがある。弾道予測線(バレット・ライン)が自分に向けられてないのだから、狙撃される心配はないことはわかる。

 

 しかし、モブ(ユーキ)は否であると断じる。

 狙われていない、なんてとんでもない。今正に、この状況は危機的状況。詰んでいる一歩手前であると、今まで培ってきた彼の戦闘経験から来る直感が訴える。

 

 

 ――間違いなく、アイツはオレを狙っている。

 ――だが、どうやって?

 ――ラインなしで狙撃することは可能なのか?

 

 

 そこまで考えて、モブ(ユーキ)は思い出した。

 ピトフーイの恋人のレクチャーの中に、ラインなし狙撃、という単語があったことを。

 射手側にあるアシスト機能弾道予測円(バレット・サークル)を使わないことにより、弾道予測線(バレット・ライン)を見せないというテクニック。言葉にすると単純で簡単に見えるが、現実は違う。弾道予測円(バレット・サークル)を使わないということは、全てを人力で行なわないとならないということだ。

 今の位置とスコープから覗かれた場所の位置を計算し、風の向きはどの方角か、また風速がどれほどのものか、様々な計算を狙撃主(スナイパー)本人が行わないとならない。そして、撃つ寸前まで指を引き金にかけてはならないという制約まである。

 

 そんなことが出来るのは、現実世界でも実銃射撃の経験がある者、それも訓練された人間にしか出来ない、実質不可能な高等テクニックと言う他ない。

 ピトフーイの恋人も練習しているが、全く上手く言ってないと聞いたことがある。

 

 それを、そんな無茶を、物にしている。

 であれば、話は変わってくる。

 

 

 ――物騒な異名だと思っていた。

 ――なるほど、道理だ。

 ――それが出来れば、恐弾の射手なんて言われるようにもなる。

 

 

 ラインという、本来あるべき保険。

 弾道予測線(バレット・ライン)を見せないという初見殺し。

 不可視でありえない状況から、狙撃される恐怖は絶大な戦果あげることだろう。それこそ現実世界での狙撃のように、最小限の戦力で最大限の戦果をあげるように。

 

 故に――――恐弾の射手。

 彼女の存在が、恐怖の象徴となる。

 

 

「厄介なヤツだ」

 

 

 吐き捨てるように、忌々しげに呟く。

 しかし表情は裏腹に、嬉しそうに、楽しそうに、笑みを浮かべている。

 

 絶対的な状況。

 少しでも気を抜けば最後、恐弾の射手は見逃すことなく、無慈悲に撃ち抜いてくるだろう。

 まるで達人同士の立ち合いだ。どちらかが先に動いた方が悪手となり、それは挽回できない致命的な敗因となり、勝者と敗者が別れる事となる。

 

 そんな緊迫した状況。

 先に動いたのは――――。

 

 

「――――ッ!」

 

 

 ――――モブ(ユーキ)であった。

 

 性に合わないと。

 一息にその一歩を力強く踏み込み、放たれた砲弾の如く速度で以て推進する。

 

 しかし、一撃。

 彼方より銃声が聞こえ、遅れて弾丸がモブ(ユーキ)へと放たれた。

 

 ぞくり、と。

 寒気のした方――――胸部の部分へと、モブ(ユーキ)は素直に軍用スコップのプレートを面にする。

 そこで衝撃。面にしたプレートは弾かれ、ビリビリと片手が痺れる感覚を覚える。

 

 間一髪。

 出鼻を挫かれる形で減速するも、再びモブ(ユーキ)の二本の脚が疾駆を始める。

 

 

 

 

 されど、狙撃主(スナイパー)は動かない。移動することなく、今だに高層ビルの一角に救う主は、ボルトを引き不要となった薬莢を排莢し、次弾へ備える。

 

 狙撃主(スナイパー)――――シノンは冷静であった。

 何せ状況は圧倒的に有利。今まで観察し、戦略を練り、勝利する算段もつけた。全ては標的である茅場優希を倒すために。勝ち残ることなど考えていない。全ては今このときのため、彼女はありとあらゆる物を使い、ありとあらゆる物を捨てて、この場にいる。

 

 スコープ越しに、態勢を崩した標的を視る。

 辛うじて防いだがようだが、それも当たり前だ。大口径の対物ライフルを片手で持っていた軍用スコップで受け止めたのだ。微動だにしない筈もない。

 

 それでも軍用スコップを離さずに、右手に持ったままなのは流石と賞賛されるべきだろう、とシノンは思う。

 

 

 ――穴すら開いてない。

 ――となると、生半可な素材で造られていない。

 ――宇宙戦艦の装甲板を素材にしている?

 ――どちらにしても……。

 

 

 やることは変わらない、とシノンは雑念を切断(カット)する。

 考えるのは、先輩の強さに感服している暇も、彼の武器の素材が何で出来ているのかではない。どうやってあの怪物を撃ち倒すかを考えるべきだ。

 

 息を吸い込み、そのまま留める。

 

 

 ――距離、修正。

 ――風向、風速共になし。

 ――状況は圧倒的に有利。

 ――態勢を崩した今なら、必ず当たる。

 ――普通のヤツなら、ね……。

 

 

 二撃目。

 先程と同じように、銃声が鳴り、遅れて弾丸が大気の壁を引き裂きながら、モブ(ユーキ)へと推進していく。

 先程のように、軍用スコップで防がれることはない。走り出したと同時に、放ったのだ。完璧に不意をついた一撃。必ず当たると核心を持った。

 

 なのに――――。

 

 

「……ッ!?」

 

 

 シノンは思わず息を呑んだ。

 凍りついた心から、微かな動揺が生まれる。

 絶対に当たると確信した一撃は空を斬り、標的に着弾することなく、地面を穿っていた。

 

 なんてことはない。

 避けたのだ。無様に飛び込むように、勢いを殺さぬまま身を前方に投げ出し、受身を取って素早く立ち上がり、そのまま疾走を再び開始される。

 

 ありえない。

 初めからわかっているように、しかもどこを狙われているか解っているかのように、彼は事前に回避行動に移していた。

 見えてない筈なのに。彼から弾道予測線(バレット・ライン)は絶対に見えてない筈なのに、どうして撃たれるのがわかっているのか。

 

 あまりにも常識の外側にいる。

 人間の五感を屈指しても、察知できる筈がない。この危機的状況で、彼は直感で動いているというのか。

 

 

 ――いいや、今更ねそんなこと。

 ――だって相手は先輩よ。

 ――彼を常識に当てはめるのが可笑しい。

 ――それこそ非常識だわ。

 

 

 ただ上手いわけではない、才能(センス)が恵まれているわけでもなければ、圧倒的な技術(スキル)をもっているわけでもない。だからこそ、彼は強いのだ。

 ずっと観察して、それは理解していた。彼のありえない戦い方を視て学習した筈だ。それでも、それでもだ――――。

 

 

「……ん?」

 

 

 ――――情報がある前提でも、埒外な状況は存在する。

 

 三撃目を放とうとするシノンの視界に、不可解なモノが移りこんでいた。

 視線彼の左手。空拳であった彼の左手に、何か銀色の棒状のものが握られている。それは棒状のクリーニング・ロッド。先程戦っていた相手――――死銃(デス・ガン)の片手を切り落としたときに、装備していた獲物だ。

 どうして彼が持っているのか考えて、直ぐに理解した。転がった際に拾ったのだろう。しかし、拾ったところでどうするつもりなのか。遠距離にも対応できる銃を拾うならまだしも、あれは近距離に特化した得物。どう考えても脅威とはなりえない。シノンはそう判断するが、

 

 

 疾駆していた足を止めて、大きく上半身を反らす。

 まるでその姿は弓を引き絞る弓兵のよう。左手に持っていたクリーニング・ロッドを順手に持ち直し、大きく固く引き絞る。

 

 その姿に、ゾワッ、と。

 背筋が凍りつく感覚をシノンは覚える。

 脳内が、直感が、経験が、ありとあらゆる感覚が、今の状況が不味いことであると、シノンを訴える。

 

 何をするのか解らない。

 解らない以上、迎撃の仕様がない。ならばどうするか。やられるよりも先にやるしかない。

 シノンは三撃目を放とうと引き金に指をかけるが――――遅かった。

 

 

 それよりも先に、モブ(ユーキ)は行動していた。

 力強く踏み込んで、引き絞られた上半身はバネのように前方へと傾き、そして――――。

 

 

「――――オラァ!!」

 

 

 ――――順手に持っていたクリーニング・ロッドを思いっきり投げつける。

 

 何かが飛んできた、とシノンが感知すると同時に、それは空を切り、シノンの真横を通り過ぎて、廃ビルの天井へと突き刺さった。

 

 思わず、シノンは振り返る。

 ビィィン、と揺れるクリーニング・ロッド。その余波か、ビルも少しだけ揺れている気すら感じる。それほどまでに、力強さが伝わってくる投擲。

 

 冷や汗が頬を伝って流れる。

 反応が出来なかった。まるでその威力と速度は、鯨を捕まえるために用いられる捕鯨砲のよう。当たったら、ひとたまりもないことが安易に想像が出来る。何よりも驚嘆したのが。

 

 

 ――遠距離に対応する術がない。

 ――だからといって、あんな物を投げる?

 ――落ちていた武器を拾うとか、本当に出鱈目。

 

 

 だからこそ、彼は“アインクラッドの恐怖”と呼ばれたのだろう。

 何が何でも勝つために、目の前の敵を倒すために、無様になろうとありとあらゆる手段を使って、敵と言う敵を全て鏖殺し尽す。埒外の化物、それこそが“アインクラッドの恐怖”と呼ばれる所以なのだろう。

 なるほど、そう考えると確かに、と。彼が自分を力不足、と評したのは理解が出来る。彼ほどの者が言うのなら、そうなのだろう、と。だが――――。

 

 

「それで、はいそうですか、って引き下がれるほど、私の愛は軽くないのよ……っ!」

 

 

 既に怪物は廃ビルの真下まで来ていた。

 中入り、階段を使って掛がる――――訳がない。

 

 老朽化が進み、若干の傾きがある廃ビルを、彼は二本の足を使って踏破し始める。傾きがあるとはいえ、壁であることには変わりない。それを壁を走りながら上るとは何たる非常識だろうか。

 

 しかし、シノンは驚きはしない。

 各階に設置した罠が無駄になったが、目の前の脅威に比べれば些細なことである。

 

 既に彼を肉眼で視認出来る。

 着ている装備も、表情すらも視察できる。

 彼は笑みを浮かべている。獰猛に、肉食獣のように、本当に楽しそうに、笑みを浮かべて、シノンだけを見ていた。

 

 

「ハハッ」

 

 

 シノンも思わず笑みが零れる。

 もしかしたら、自分も彼のようにな笑みを浮かべているのかもしれない、と考えるだけで笑えてくる。

 

 接近されれば終わる。

 遠距離での戦いにおいて、狙撃主(スナイパー)ほど無敵な者は存在しない。相手の攻撃が届かない位置で、狙撃主(スナイパー)だけが一方的に攻撃できるのは大きなアドバンテージという他ない。

 しかし近距離戦に持ち込まれれば、戦況はガラリと変わってくる。近づかれればスコープを覗き狙い打つことも出来ず、かといってスコープを使わずに撃っても命中するわけでもない。ましてや、狙撃銃よりも接近戦に特化した得物を装備しているのなら、不利になることは明らかだ。

 

 だからこそ、接近を許してはならない。

 

 だがシノンが慌てる様子はない。

 今正に、真下に迫り来る脅威に対して、焦ることなく照準を合わせ三度発砲するが、モブ(ユーキ)は両手持った軍用スコップで弾く。

 

 

「獲った……ッ!」

 

 

 既に次弾を放つ時間もない。

 同じ土俵に立ちさえすれば、近距離に持込さえすれば、一撃で仕留められる自信がモブ(ユーキ)にはあった。

 

 登頂は完了している。

 同じ位置、同じ視線、同じ地面。ここに来て、やっと二人の視線が交わった。

 既に一息で距離を詰められる。まともに戦えば必ず勝てる。そんな確信があった。対するシノンは笑みを浮かべている。観念している、ようには見えない。目が諦めていない。ここで終わるものかと、双眸は力強く訴えている。

 

 一体何をするつもりなのか、と思わずモブ(ユーキ)は身構えると――――。

 

 

「は――――?」

 

 

 モブ(ユーキ)の予想を大きく上回る行動をシノンは取った。

 

 シノンは大きく後退するように飛ぶ。

 その先に地面は――――ない。

 空へと、躊躇なく、一寸の迷いもなく、その身を投げ出していた。

 

 思わず唖然とするモブ(ユーキ)に、落ちながらシノンはスコープ越しから狙いを定めて一撃放つ。

 

 意識外からの一撃。

 不味い、と思ったが既に遅い。放たれた弾丸は、モブ(ユーキ)の左肩を穿ち抉った。

 

 

「――――ッ!」

 

 

 苦悶の声を上げるが、視界は落ちたシノン。

 彼女はそのまま重力に従い、地面に叩きつけられることはなかった。生い茂る木々がクッションとなり、落下ダメージを最小限にし、重心を上手く制御し、そのまま高所から落ちる猫のように見事な着地を決めると脱兎の如く逃走する。

 

 左肩に灼熱の痛みを感じ、モブ(ユーキ)は呆れた口調で呟いた。

 

 

「なんて、厭な戦い方をしやがる」

 

 

 まるで自分の命すら顧みないように、一歩間違えれば致命傷となる行動を戸惑いもなく実行する。

 きっと落下した位置に偶々木があったのは偶然ではない。こうなることを見越して、彼女は躊躇なく身を投げ出したのだろう。それでも間違えれば、致命傷は避けられない。

 

 

「さて……」

 

 

 最後となるであろう、サテライト・スキャン端末を操作し、生き残っているプレイヤーの位置情報を確認する。

 既に数は6名。草原地帯にいる二名。田園地帯にいる二名。砂漠地帯に移動している一名に、都市廃墟に居る一名――――つまりはモブ(ユーキ)

 

 この二名でいる二組のうち、どちらかがキリト達で、アイツらなのだろう、とモブ(ユーキ)は分析する。

 

 

「合図を送って死銃(カス)が終わったことを、キリト達(アイツら)に知らせるか。ストレアとユイ経由で伝わるだろう。ユウキも喜ぶだろうな」

 

 

 そこまで言うと、モブ(ユーキ)は片膝をつく。

 苦しそうに過去急を起こしたように呼吸は荒く、玉粒のように汗が噴出し、流れ伝う。視界の端が狭まりながら、何とか意識を保つ。

 

 境地(ゾーン)とは極限の超集中状態。

 人間、いつまでも集中できる生き物でもないし、必ず負担は掛かる。体力は大きく消耗し、どこかで限界が訪れるのは自明の理である。

 

 だが、と。

 それでも、と。

 

 

「まだだ、そうだろう? こっからだよな、盛り上がるのは―――――!」

 

 

 笑みは絶やさない。

 立ち上がり、口元を割くような凶悪な笑みで、シノンが向かった先へと視線を向ける。

 

 砂漠地帯。

 斜線を切る障害物もなければ、有利と取れる高所もない。

 

 ハイになっていることは自覚している。

 楽しくて堪らない。純粋な勝負など、キリト以来だと思い出しながら、

 

 

「いいな、オマエは最高だ――――」

           「――――往こうか、オマエに勝つ算段は、もうついた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 ガンゲイル・オンライン

 同時刻 ISLラグナロク 田園地帯

 

 

「クソッ、クソッ、クソッ……!」

 

 

 倒壊した家屋の中で、悪態をつく声が聞こえる。

 忌々しげに、納得がいかないように、現実を受け入れられない子供のように、癇癪を起こす。

 物に当たろうにも、それすらも声の主は出来ない。家屋にある家財を蹴り飛ばしたところで、破壊不能オブジェクトとして処理される。

 

 だからだろう。

 苛立ちを隠しきれない割に、テーブルも椅子も、食器すらもひっくり返っているだけで、特に破損している様子もない。

 その事実が、声の主を更に苛立ちを募らせる。そんなものだ、と言われているようで、戦わずに逃げることを選んだお前はその程度だと世界に蔑まれているようで。

 

 

「何だアイツは!? 弱くなった筈だ。なのにどうして――――!!」

 

 

 思い出すのは戦っていた化物の姿。

 最初は圧倒していた。相手にもならなかった。いつでも殺せる雑魚だった筈なのだ。それなのに、どうして自分は()()()()()になっているのか――――。

 

 右腕を見る。

 そこにあるべき右腕。それがない。

 ソードアート・オンラインに居た頃に装備していた自慢であったエストックを模した得物もない。拾う余裕すらなかった。それよりも先に、彼は戦場から逃走することを選んだ。

 

 相手にすらならなかった。

 本気を出した怪物に、全力を出した怪物に、一蹴されてしまった。事実、彼自身の装備は紛失し、片腕すら斬り落とされている。耐え難い現実が彼――――死銃(デス・ガン)を叩きつける。

 英雄を殺すために、殺意を滾らせて生きてきた。計画も練った、英雄を誘き寄せるために。その結果がこれである。ソードアート・オンラインのときと同じように、恐怖(かいぶつ)がまたもや立ち塞がる。

 

 

「やっと、見つけたのに。今度こそ、アイツを殺せると、思ったのに……!」

 

 

 感情のまま、残っている左腕で壁を殴りつける。

 許さない、と。このままでは終わらない、と。狂気染みた感情を胸に滾らせて、奥歯をかみ締める。

 だが手段がない。武装は消耗し、片腕すら斬り落とされた状況で、勝ち目などゼロに等しい。

 

 そこへ――――、

 

 

「兄さん」

 

 

 入り口から、声が聞こえた。

 聞き覚えのある声。死銃(デス・ガン)はそちらへゆっくりと視線を向けた。

 

 銀髪の髪の毛、後ろに一つに纏めている迷彩服を着込んだ男。

 見間違うはずがない。死銃(デス・ガン)計画の賛同者であり、音信不通となっていた腰抜けでもある――――自分の弟の姿なのだから。

 

 

「お前、今更、何の用だ……?」

 

 

 もう怒りでどうにかなってしまいそうだった。

 どの面下げて、自分の前に現れたのか本当に理解が出来なかった。

 

 殺意を伴って問いかけに対して、彼の弟――――シュピーゲルでもある新川恭二は答える。

 

  

「兄さんにやっと協力できそうだからね」

「――――は?」

 

 

 軽く両手を挙げて、自分は無害であることをアピールしている弟が、何を言っているのかわからない。

 そんな彼に追い討ちをかけるように、シュピーゲルは続けて。

 

 

「協力したいんだ、兄さんに」

「協力、だと?」

「うん。兄さんは“アインクラッドの恐怖”を殺したいんでしょ?」

「――――ッ!?」

 

 

 どうして、と彼が問いを投げる前にシュピーゲルは言う。

 

 

「あの人、僕が味方だと思っているからさ、今なら容易く近づけると思うよ」

「何だと……?」

「言っておくべきだったね。僕はあの人を油断させるために、近付いたんだよ?」

 

 

 本当に苦痛でしかなかったよ、と両肩をすくめて言い放つ弟にぞくりと、死銃(デス・ガン)は背筋を凍りつかせる。

 満面の笑み。気弱であった記憶の中の弟と一致しない表情。無邪気で、どこか残酷な声色で、同居してはならない感情を弟は宿して――――。

 

 

「さぁ、殺しに行こう。邪魔者を消しに行こう。アイツさえいなければ、シノンはまた僕を見てくれる筈だから――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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