ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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第14話 BoB本選前 ~当事者達~

 

 

 12月14日 AM10:45

 ガンゲイル・オンライン 路地裏のバー

 

 

 現在のガンゲイル・オンラインは熱狂に包まれていた。それもその筈。何せあと数時間後にはBoB本選が始まる。

 表通りは人だかりで大変なことになっていることだろう。何者が優勝するのか、誰が注目されているのか、そんな話題が尽きない。

 

 しかしそれも今だけだ。

 BoB本選が始まるころには、誰も彼もが足を止めて巨大パネルに映し出されるBoB本選の映像を見上げることだろう。

 

 そんな中、人の喧騒とは隔離されたような路地裏にひっそりと構えているバーにて、一人の人影があった。

 

 外の熱狂とは裏腹に、その人物の雰囲気は冷め切ったそれだ。

 非日常の方に騒がしい外には一切意識を向けずに、バーの中にある椅子に腰掛けて、一枚の紙切れを片手に持ち睨み付けている。

 姿形は幼い少年にも見えるし、年端もいかない少女にも見える。まるで迫力がない、とは言い難い。気安く話しかけることすら許さない。そんな原始的な恐怖を彷彿とさせる雰囲気を、その人影は纏っていた。

 

 睨み付けている一枚の紙切れ。

 それはBoB本選の参加者名簿に他ならない。

 人影には覚えがある名前があった、無視できない名前もあった、興味が注がれる名前もあった。だがそれらを一切無視する。それよりも優先すべき名前を人影は見つけたからだ。

 

 ――――シノン。

 本選で勝ち抜いた30人の名簿の中に、突き放した後輩の名前を見つけた。

 その名前を、穴が開くような眼力で、人影は見つめる。

 そこへ――――。

 

 

「らしくないね?」

 

 

 声をかける人物が一人。

 人影が放つ剣呑な雰囲気などおかまいなし。アタシには関係が無いといわんばかりに、気軽に気安く馴れ馴れしく、人影に声をかける。

 

 顔を上げる。

 そこにはありえない人物がいた。

 思わず眼を見開く。何でオマエがここにいるのか、どうしているのか、どうやって。頭によぎるのはそんな言葉達。

 

 戸惑いは言語化すること叶わず、混乱する頭のまま声を上げる。

 

 

「……いいや、待て。ちょっと待て。は?」

「えへへ、来ちゃった」

「来ちゃったじゃねぇよ。なに軽く世界の壁越えてんだオマエ?」

 

 

 えへへ、と笑う少女。

 少女と言う割には、これでもかと強調する両胸。さりとて、大人な女性と言うにはまだまだ経験不足なあどけない表情。

 紫色の髪の毛、黒と紫を強調としたボディラインがハッキリとした格好をした彼女の名は――――ストレア。

 

 

 思わず人影――――モブ(ユーキ)は頭を抱える。

 この世界にはいない人物を目の前にした人間は、こうなってしまうのかと自身を客観視し、どうにか落ち着きを取り戻した彼は改めて問いを投げる。

 

 

「軽く越えれるもんなのか?」

「ちょちょいって感じで、やって来れちゃった」

「ンでオマエがちょっとびっくりした感じになっとんだ?」

 

 

 困ったねぇ、と笑うストレアに彼はため息を吐いた。

 

 そして同時に思い出す。

 コイツはこういうヤツだった、と。自分達のようなプレイヤー側ではなく電脳世界の住人側のAIである。ならばこうして、世界の行き来など容易い、のかもしれない。

 それ以上は考えようがない。門外漢の自分にとってこれ以上は考えるだけ無駄であると切り上げて、改めてストレアに尋ねた。

 

 

「それで何の用だ?」

「様子を見に来たんだよ」

 

 

 椅子に座る彼を足の先から、頭のてっぺんまで観察して、困った笑みを浮かべてストレアは続けた。

 

 

「重症みたいね?」

「どこがだ。いつになく絶好調だっつーの」

「どうかなー?」

 

 

 そこまで言うと、彼女はモブ(ユーキ)の隣に座り、彼を見ながらニヤニヤと笑みを浮かべて。

 

 

「へぇ?」

 

 

 対する彼は不機嫌なそれだ。

 そこか余裕のあるような、見透かしたような笑みが気に入らないようで、苛立ちを覚えながら口を開く。

 

 

「なんだよ?」

「初めて見るなぁって。アナタもそんな顔できるんだね?」

「何が言いたいんだオマエ?」

「後悔してるんでしょ?」

 

 

 心に突き刺さる感覚。

 しかしモブ(ユーキ)は白を切るように、ストレアを睨み付けながら言う。

  

 

「ハナシが見えねぇんだが?」

「シノンって人を突き放したこと、後悔してるんでしょ?」

 

 

 思わず反射的に否定しようと口を開きかけるが、待てよ、と。無視できない事実に彼は困惑しながらも問う。

 

 

「待て。オマエどこから見てた?」

「見てないよ? 会話ログと音声ログを見て聞いただけ」

「いよいよ何でも有りかオマエは……」

 

 

 プライバシーも何もない。

 その場にいなくても、隣に座っているAIは見聞きすることが出来るという事実に、彼はため息を吐く。独り言の一つ、ぼやきの一つでもすれば、聞かれるということになる。下手なことなんて言えたものじゃない。

 

 とはいっても、彼女には無駄なのかもしれない。

 何せソードアート・オンラインにおいて、文字通り一心同体であったのだから。自分が何を思っているか、どんなことを考えているか、行動原理や思考パターンを記憶している彼女にとって、手に取るように明らかなのだろう。

 

 現にストレアは揺るがない。

 答え合わせをするかのように、自信に満ちた表情で彼を見つめている。

 

 

「それでどうなの?」

「うるせぇな。後悔なんざするかよ」

「嘘だー。なんかいつもより暗いし、いつもより歯切れ悪いし、調子も良くなさそう?」

「オレに聞くな」

 

 

 本当に調子が狂う。

 妙に勘が鋭い幼馴染とはまた違ったやり辛さ。見透かされているような、居心地の悪さを彼は感じていた。

 

 

「まぁまぁ、話してみてよ。楽になるかもよ?」

「おいおい、妙なことを口にしてるぞオマエ。まるでメンタルケアするヤツみたいじゃねぇか」

「……一応、あたしってメンタルヘルスカウンセリングプログラムなんだよ?」

「そういえば、そういう設定だったなオマエ」

「設定じゃなくて! 事実なんですけどっ!!」

 

 

 もー!っと手足をバタつかせて講義をしてみせるストレアを横目にどうするか考える。

 

 このままはぐらかし続けても無駄であろう。

 モブ(ユーキ)の本音を聞こうと付き纏い、最悪BoB本選が開始される時間まで付き纏われるかもしれない。それは良くない、普段であればノイズ程度に聞き流す余裕があるが、今の彼は心に余裕がない。それは本人が一番自覚している。

 

 ともなれば、諦めて正直に口にする方が一番なのかもしれない。

 不服であるが、心の安寧のためにも、ぽつり、と口にした。

 

「別に後悔してる、ってわけじゃない」

「となると、自己嫌悪ってやつ?」

「……」

 

 

 思わず黙ってしまった。

 改めて言われると面白くなく、言い当てられるのはあまり気持が良いものじゃなかった。

 

 本当に調子が狂う、と言わんばかりに忌々しげに舌打ちをして。

 

 

「……やり方は間違ってる。どんな理由があれ、他人を傷つけるのは正しいやり方とは言えない」

 

 

 その通りだ。

 こんなこと間違った選択であることは彼本人が一番理解している。

 だがそれでも――――。

 

「それでも、だとしても。……取り返しのつかなくなる事態になるよりは、遥かにマシだ」

 

 

 脳裏に過ぎるのは、自分が助けられなかった者達の顔。

 助けたかった叔父の顔があった、自分の身を犠牲に救ってくれたストレアの顔があった、名前もしらない人達の絶望に染まった顔があった。そして――――両親の姿があった。

 

 手を伸ばした。

 助けたかった、守りたかった。それでも両手から溢れ出してしまった。必死になったところで、容易く茅場優希の両手からそれは漏れ出す。

 

 故に、マシであると断じる。

 いくら嫌われようが、憎まれようが、死なれるよりはマシであると。

 生きていてくれるのなら、それだけでいいと。茅場優希は結論付ける。

 

 

「あの死銃(カス)はどうにかなる。アイツが処理することだろうさ。今の状況も願ったり叶ったりだ。標的がオレ達絞られてるなら問題ねぇ。あんなカスに負けるほど、オレの妹もアイツも弱くない」

 

 

 その言葉には信頼があった。信用があった。絶対な確信があった。

 自身を打ち負かした英雄たるアイツは負けないし、どれだけ突き放しても後を追いかけ続けてくれた妹であれば、あの程度の輩に負ける筈がない。

 しかし、

 

 

「だがアイツは、朝田はそうか? アイツらのように動けるのか? 巻き込んで、最悪なことになったら、それこそどうする」

 

 

 それに、と言葉を区切り。

 

 

「アイツは今まで頑張ってきた。歯を食いしばって、辛いことにも耐えて、それでも精一杯生きてきたんだ」

 

 

 どこか含みのある言い方であるとストレアは思った。

 まるでシノンという少女の過去を知っているかのような口ぶり。

 

 シノンに何があったのか、どのようなことを経験をしたのか、改めて説明するつもりはないのか、彼は続けて言った。

 

 

「これ以上頑張る必要なねぇ筈だ。命を張って、オレ達に付き合わなくてもいい筈だろ」

 

 

 

 そして、暗に語る――――もう誰かが、目の前で死なれるのはごめんであると。

 

 今に思えば、彼はずっと考えていたことをストレアは思い出す。

 ユウキとキリトが意見を交えているときも、一人でずっと考えていた。

 思案するのは、死銃の正体なのではなかったのだろう。どうやって後輩を巻き込まないか。その一点のみに思考を絞らせていた。死銃が何者なのかなどどうでもよく、ただ後輩を安全な場所へ。それだけを考えていたのだろう

 しかしついぞ思いつかなかった。当たり前だ。今まで彼はこのやり方しか知らない。このやり方しか選んでこなかった。ならば此度も、そういった選択になるのは火を見るよりも明らかだ。

 どれだけ変わろうが、そこだけは変わらない。己を悪に見立てて、何としても助けようとする。それだけしか、彼は知らない。

 

 だから後悔はせずに、ひたすら彼は自己嫌悪を繰り返す。

 こんな最悪で最低な選択しか選べない自分自身を憎悪し続けることだろう。

 

 ストレアには何も言えない。

 間違っていることだけはわかる。だが彼の過去を見てしまったストレアには、彼が誤った選択を取るのも理解できてしまうからだ。

 傷ついてほしくないから、突き放してでも守ろう、と。矛盾に満ちた彼の行動原理が理解できてしまう。

 

 彼女は複雑そうに顔を伏して。

 

 

「でももしかしたら、今回のアナタの対応は正しいのかもしれないよ?」

「どういう意味だ?」

 

 訝しむ表情でストレアに顔を向け、ストレアは気まずそうに目を泳がせて。

 

 

「実はね、死銃(デス・ガン)の正体探ってみたの」

「オマエ、大丈夫だったのか?」

「うん」

 

 

 勝手な真似をしたことを咎めるのではなく、まず無事であるか確認するモブ(ユーキ)に対して、どこか嬉しそうに笑みを浮かべるが、直ぐに表情に影を落としストレアは続ける。

 

 

「個人情報を見ちゃおうと思ったら、なんか妙な奴に邪魔されたんだよね」

「妙なヤツ?」

「アレは多分だけど、人じゃなかった。黒い霧みたいな、モヤみたいな。あたし達と同じっていうのかな?」

 

 

 妙にハッキリとしない物言いであった。

 ストレアらしくない、と言ってもいい。

 

 

「随分と歯切れが悪いじゃねぇか」

「んー、どこかで見たんだよねぇ。どこだったかなぁ?」

「一番大事なことじゃねぇかそれ?」

「もう必要が無いと思って、記憶容量から消したんだと思う。多分ね」

「わざわざ消すことでもねぇだろうに」

「えへへ、忘れるとか人みたいだね?」

「何で嬉しそうなのオマエ?」

 

 

 深く深く、これまた深く。

 彼はため息を吐いて、何者かわからない気配に意識を向けた。

 

 何者なのか、死銃に協力するメリットは何なのか、何が目的なのか。

 考えたところで材料が少ない以上、これ以上の推理をするのは無駄だろう。

 だが、

 

「どちらにしても、だ。死銃(カス)のバックに何者かがいるってことがわかったことはでけぇ」

「悪意はなかった感じだけどね。ただ邪魔をしたかっただけみたい」

「ますます意味がわからねぇな。死銃(カス)が何らかの合図を出して、その影が殺しているとかそういうのでもないのか?」

「多分無理。アミュスフィアはナーブギア違ってセーフティ機構があるし、人の脳を焼けるほどの出力を出せないから、影が何かしたところで関係ないよ」

 

 

 何か出来るとしても、パソコンにウィルスを送り込むくらいじゃない? と、軽く言うストレアを意識の端に捕らえてモブ(ユーキ)は黙り込んだ。

 

 可能性は考慮していた。

 死銃に協力者がいるかもしれないことは考えていたが、まさかストレアやユイのような電子の世界に生きている住人が協力しているとは思わなかった。

 

 しかしこれで合点もいく。

 どうして死銃が“はじまりの英雄”や“絶剣”、そして“アインクラッドの恐怖”の存在を知っていたのか。

 恐らくその影に聞いていたのだろう。

 

 

 ――ってことは、オレ達のこと知っている野郎なのか?

 ――逆もありえるだろう。

 ――その影を、オレ達は、知っている……?

 

「ねぇ?」

 

 

 前に人の気配。

 見上げるとストレアはどこか心配そうにモブ(ユーキ)を見下ろしていた。急に黙り込んだ彼を心配したのだろうか、それともまた別の理由で危惧しているのか。ストレアは表情を変えないまま。

 

 

「シノンって人がそれでも、BoBに参加してきたらどうするの?」

「ありえねぇ」

 

 

 きっぱりと、否定する。

 

 

「わからないよ?」

「わかる」

 

 彼の答えは変わらない。

 ありえない、と口にしながら。

 

 

「アイツは一人じゃ立ち上がれない。絶対な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 同時刻 都内

 

 

 あと数時間でガンゲイル・オンラインでBoB本選が始まる。だというのに、私はログインすらしていなかった。

 本来であれば、装備のメンテナンス。決戦となる戦場に、どんなギミックがあるのか、何があるのか。参加者がどのような人物達で、何を得意とし、何を不得意としているのか。勝利するためにも、ありとあらゆる準備、情報収集に奔走しなければならないのに、私は行なわなければならない必要最低限のことすらも怠っていた。

 

 そう、勝つために、行なわないとならない。

 認めよう。私にとってBoBなんてどうでも良くなっていた。

 

 理由がなくなったのだ。

 あのときから、先輩に否定され、拒絶されてから、私に戦う理由なんてなくなっていた。

 

 今まで私が、ガンゲイル・オンラインで戦っていたのも、戦場に赴いていたのも、全ては先輩の隣に立つため。そのための準備のため、強くなった私を見てもらうため、対等になるために私は戦ってきた。

 

 しかし先輩は言った。

 必要が無いと、ずっと後ろについて回られて迷惑だったと、足手纏いはいらないと。

 今までやってきたことを否定され、無駄であると突きつけられてしまった。

 

 先輩のことだ、何か理由があるのかもしれない。

 そう思いたかったが、私にはそんなことを思える強さすらないみたい。

 先日の光景を思い出しただけで動機が激しくなり、あのときの先輩を思い出しただけで眼から涙が溢れ、絶望が心を支配していく。

 

 ならば、と。

 先輩と過ごした思い出の地へと足を運び、先輩の気持を怒りで満たし、行動原理にしようとした。

 

 怒りや憎しみは単純な理由となってくれる。

 もしかしたら、弱い私でも、怒りや憎しみを理由に何かしらの行動に移せるかもしれない。

 

 

 ――ダメね。

 

 

 初めて救ってくれた小学校の中庭にいった――――そこで私は助けられた。

 初めて会話した小学校の図書室にいった――――そこで会話らしい会話をした。

 一緒に帰った通学路へ足を運んだ――――いつも帰りたくないと思ったことを覚えてる。

 道草を食って公園に行ったこともあった――――ずっと続けばいいと思っていた。

 先輩の前に住んでいたアパート――――一緒に住めたらいいのにな、って。

 先輩が入院していた病院――――帰ってこないんじゃないかって恐かった。

 高校の校門前――――先輩がまた助けてくれた。

 その後に行ったアーケード街――――帰ってきた先輩と歩けて嬉しかった。

 初めて先輩とのデート――――買ってくれたイヤリングはいつも身に着けている。

 

 私の思い出の場所。

 先輩と過ごした掛け替えのない時間。

 足を運ぶ度に先輩の顔を思い出し、心が満たされていくのを感じる。

 

 あぁ、本当に。本当に私は――――。

 

 

 ――本当に、先輩のことが好きなんだ。

 ――あんなことを言われたのに。

 ――あんなに拒絶されたのに。

 ――やっぱり、私は、先輩を好きなんだ……。

 

 

 無意識に、私は耳つけていた三日月型のイヤリングを触っていた。

 もはや今となっては、私と先輩の繋がりがあるもの。幸せだったあの日々を思い出すものを、私はいつの間にか触っていた。

 

 怒ることなんて出来ない、憎むことなんて出来ない。

 私にとってあの人が全てだった。あの人がいれば何もいらなかった。他者との繋がりも、他人との絆も、私には必要がない。私にはあの人がいれば、それだけで十分だった。

 

 どこで間違えたのか、私の何が悪かったのか。

 考えても考えても、答えは見つからない。

 

 そこでふと思い出す。

 桐ヶ谷くんの言葉を、妹ちゃんの言葉を、思い出した。

 『今回だけじゃない。君はアイツと、これからも喧嘩し続ける覚悟はあるか?』『まだ君の中に、アイツを振り向かせたいって気概が残っているか?』

 

 それが私にとって、どれだけ難しいことなのか。どれだけ苦難なことなのか。

 しかしそれが出来たから、桐ヶ谷くんも妹ちゃんも篠崎さんも、隣に立つことを認められたのだろう。

 

 無理だ。私には出来ない。絶対に、無理だ。

 

 

 ――……あの人もそうなのだろうか。

 ――先輩の幼馴染の、あの人も……。

 ――先輩と喧嘩し続けて、認められたの……?

 

 

 絶対にありえない。きっと喧嘩なんてしたところがないのだろう。

 あの人はズルい。何もせずに、先輩の隣に立っている。いつも笑顔で、幸せそうで、先輩の隣にいることが当然のようにしている。

 私が欲しかった、一番欲しかった、先輩の笑顔を、あの人は向けられている。

 

 嫌な女だ。

 あの人がじゃない。私がだ。

 何て醜い嫉妬だろうか。本当に自分が嫌になる。

 

 立ち止まる。

 目的地に着いてしまった。

 

 先輩との最後の思い出の地。

 路地に面した場所にその喫茶店があった。名前は――――ダイシーカフェ。

 

 ここが最後。

 これで何も心に生まれなかったら、先輩の言うとおり、BoB本選は棄権する。

 

 深呼吸。

 一度大きく息を吸って深く吐く。

 先輩はいない。今日が本選だ、バイトなんてしている場合じゃない筈だ。いるのはきっと店長さんとレヴィ。先輩はいない、きっといない。

 

 意を決してドアを開ける。

 木材で作られた内装で、店内の角にはジュークボックスが置かれており、いい意味で手作り感のある内装。

 いつもどおりの光景が広がっていた。だけど―――――。

 

 

「ぁ……」

 

 

 思わず声をもれる。

 カウンター席に座っている人を見て、目を見開いた。

 そこにいたのは―――――、

 

 

「あっ、こんにちわ。今ドリューさん……じゃない。店長さん出掛けてて……」

 

 

 今、最も私が出会いたくなった人がそこにいた。

 その人は、その人の名前は――――結城明日奈さん。

 

 先輩の幼馴染で、先輩の大切な人――――。

 

 

 

 

 

 

 





 あーあ、出会ってしまいました。

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