ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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 ある者に命じられた―――俺の恐怖に手を出すな、と。
 ある者に告げられた――-絶剣は俺が犯る、と。

 勝手にすればいいと思った。
 自分はそれらに興味はない。またあの世界のように、弱者を嬲れるのならそれでいいと彼は思っていた。

 しかしそれも、後ろ姿を見た瞬間、忘却の彼方へと吹き飛んでいった。
 “恐怖”がいるのは知っていた、“絶剣”がいるのも知っていた。自分たちの協力者である男からの情報があったから。

 だが“アイツ”がいるのは、聞いていなかった。
 手を出すなと言われた、絶剣を犯るとも聞いた。しかし全てが狂喜に塗りつぶされていく。

 関係がなかった。
 “アイツ”を殺すのなら、“恐怖”も“絶剣”を利用するのも厭わない。
 
 彼は“アイツ”に近付いた。
 フラフラと、しかし確かな足取りで近付き告げた――――。

 ――――おまえ、本物、だな――――。




第8話 過去の亡霊~予選開始前~

 2025年12月13日 PM14:50

 ガンゲイル・オンライン SBCグロッケン 総督府

 

 

 

 あれから興奮冷めきれぬBoBエントリー端末機がある総督府のメインフロアをあとにし、キリトとシノンは予選会場へと向かった。

 

 件の騒ぎを引き起こしたのは間違いなく自分であると、キリトは自覚している。

 しかし予想外。思いの外、“キリト”という名が広がりすぎていることを、彼は漸くここで自覚し始めた。名前を入力しただけで、キリトという大した珍しくもない名が出ただけで、あそこまで盛り上がりを見せるとはキリト自身想像もしなかった。

 あの盛り上がりはまるで、BoBの優勝者が決まったようなそれ。まだ予選すら始まっていない今の状況で、周囲があそこまでのテンションになるのはおかしく、キリトも若干引いていた。

 

 しかしそれも当然のことだった。

 

 キリトは知らないが、はじまりの英雄の名前は凄まじい影響力を持っている。

 

 曰く、はじまりの街付近に存在したモンスターキラーを狩った英雄。地獄のような状況であったソードアート・オンラインで囚われていた者たちの最初の希望。攻略組で先頭を切って未開の地を切り開き、ソードアート・オンラインのクリアへと導いた。そして、アルヴヘイム・オンラインでも未帰還者であった300人を救うためグランドクエストの完全制覇を導いた二刀流使い。

 

 

 

 もはやキリトはVRゲームプレイヤーの中でも生きる伝説となりつつあるのは言うまでもない。

 

 それこそ、キリトの名を使うプレイヤーが居るものなら、そのプレイヤーは排斥されかねないほどに、ある意味で“キリト”という名は他人が語ってはならない名と化している。

 

 しかしここで、暗黙の了解とも言われていたルールが打ち砕かれた。

 

 

 

 キリトを名乗る者。

 

 そんなものが居たものなら、よっぽどの馬鹿でしかない。

 

 偽物であるのなら、そのゲームをプレイしているプレイヤーを全員敵に回すことになるのだから。

 

 厄介事でしかない。そんな名前を誰が好き好んで使用するだろうか。よっぽどの自殺志願者か、もしくは――――。

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 ――――本物ということになる。

 

 

 

 そして問題の本物であるキリトはというと、自分に置かれた問題を腕を組みながら、目を瞑り黙考していた。

 

 彼らは予選会場でもある地下20階を目指すべくエレベーターに乗りひたすら下っていた。

 

 

 

 これからBoBの予選が始まる。

 

 にも関わらず、キリトが考えるのは今の自分の状況だ。

 

 目立っていた、ひたすらに目立っていた。これ以上にないくらい目立っていた。

 

 元来、キリトは目立ちたがりの性格ではない。できれば目立たずに、事の成り行きを読み、自分にとって最善の方向へと進んでいくタイプの人間だ。

 

 だが今の状況はどうだ。それとは真逆、キリトが右といえば周囲は右と言い、キリトが黒といえば周囲も黒と同調するかのような状況。

 

 

 

 

 

 ――やりづらっ。

 

 

 

 

 

 考えるのはどうしてこうなったのか、と今の彼に出来るのは過去の追憶。

 

 必死に剣を振るってきただけなのに、がむしゃらだっただけなのに、どうしてこんなことになってしまったのか。

 

 今の状況はまるでアイドル。人はがむしゃらに生きていけば、自然とアイドルになってしまうものなのか。

 

 

 

 否である。

 

 その理論から行けば、誰も彼もがアイドルになってしまう。

 

 世は正に大アイドル時代になってしまう。

 

 

 

 考えても考えても答えが見つからない。

 

 いっそのこと、キリトではない違う名前を名乗ってしまうか、とまで考えてふと同じエレベーター内にいるシノンの方へと視線を向けた。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 彼女は無言を貫いていた。

 

 キリトに背を向けている彼女を見ても、表情が見えないのだから感情を読み取ることなどできない。

 

 

 

 元々口数も少ないシノンであったが、ここに来て沈黙を保っていた。

 

 何を考えているのか検討もつかない、だが原因は推察できる。

 

 

 

 

 

 ――アインクラッドの恐怖、か……。

 

 

 

 

 

 キリトも耳にしていた。

 

 小さな声で、はじまりの英雄を称える歓声に消えてしまった彼女の確かな呟き。その小さな口は、間違いなく“アインクラッドの恐怖”と口にしていた。

 

 その表情も普段の彼女からは想像ができない苛烈なものであったことを覚えている。冷静とは程遠い憤怒、嫌悪といってもいい表情を浮かべ、目には殺意の炎が宿っていた。

 

 

 

 その様子を察するに、何を目にしたのかなど安易に想像ができる。シノンは目にしてしまったのだろう、参加者の中から“アインクラッドの恐怖”の名を。

 

 そして彼女は許せなかったのだろう。シノンの先輩以外の人間が、アインクラッドの恐怖を名乗っている輩がいるということを。

 

 

 

 だがそれは、見当違いであるとキリトは断じていた。

 

 あのユーキが、あの茅場優希が、アインクラッドの恐怖という名を誇りに思うはずがない。

 

 彼にとってその名は、間違った選択を続けた結果呼ばれるようになった汚名でしかないのだから。

 

 現に、ガンゲイル・オンラインにてアインクラッドの恐怖を名乗るプレイヤーが現れても、優希は放置していた。どうでもいい、と言わんばかりに何の反応も見せなかった。つまりは彼にとってアインクラッドの恐怖という名はその程度の価値でしかない。自分からは決して名乗らず、誰が名乗っても自由。その程度の価値でしかなかった。

 

 

 

 しかしシノンは違ったようだ。

 

 アインクラッドの恐怖の名を語るのは先輩だけ。有象無象が名乗っていいものではない。先輩以外の人間が名乗ることこそが、侮辱に他ならない。彼女はそう考えていた。

 

 

 

 そういう意味で、キリトとシノンの間に埋めようのない温度差が感じられた。

 

 片や、どうでもいい、とすら思っているだろうと分析し。

 

 片や、許してなるものか、と沈黙を保っている。

 

 

 

 キリトも指摘しようか、とも考える。直ぐになんて言えば良いのか、といった新たな問題に直面した。

 

 慎重に言葉を選ばないと伝わらず、最悪逆鱗に触れかねない。どれだけ彼女が優希を慕っているのか、そんなに交流がなかったキリトですらわかる。気付いてないのは“あの捻くれ者のバカ”だけだろうとキリトは思う。

 

 

 

 さて、なんて言ったものか、と考えていると、リアルな減速感があり、直ぐにエレベーターの扉がスライドし開いた。

 

 どうやら目的地でもあった地下20階に到着したらしい。

 

 

 

 作りは半球形のドーム状で、広さはエントリー会場でもあった総督府の一階くらいの広さだろか。

 

 照明は申し訳程度の明るさで、ギリギリ見えるか見えないかくらいまで絞られている。

 

 床と柱は黒光りする鋼板、壁も同じような作りだが、所々で錆びついた金網が使用されており、それが荒廃感を演出させていた。天井部には巨大なホロパネルが吊り降ろされており、画面にはノイズ混じりに【BoB3 preliminary】という文字が映し出されている。そして辺りには低音のメタル系のBGMが響き、その中で聞こえない程度の囁き声。

 

 

 

 

 

「……へぇ」

 

 

 

 

 

 キリトは思わず声を漏らした。

 

 圧倒、されているわけではない。むしろその逆、彼は若干の高揚を覚えていた。

 

 

 

 見渡す。

 

 壁際の円形テーブルに座っているプレイヤーが居た。

 

 数人集まっているプレイヤーがいた。

 

 床に座っているプレイヤーが居た。

 

 愛銃をメンテナンスしているプレイヤーが居た。

 

 

 

 十人十色。

 

 各々、それぞれがそれぞれで、これから始まる予選へ備えていた。しかし視線と意識は同じ方へ、つまりはキリトとシノンの方へと向けられている。

 

 

 

 元々、シノンは優勝候補の一人でもあり、ガンゲイル・オンライン内では凄腕の賞金稼ぎであり、“恐弾の射手”とまで呼ばれているプレイヤーである。どのような姿をしているのかなど知れ渡っているというもの。

 

 問題はキリトだ。彼はガンゲイル・オンライン内ではまだ無名のプレイヤーである。なのにも関わらず注目されている理由は簡単――――。

 

 

 

 

 

「……情報が回るの速いわね」

 

「えっ?」

 

 

 

 

 

 今まで沈黙を貫いていたシノンが口を開いたことに、キリトは驚きを隠せず声を漏らした。

 

 そんなキリトの心情なぞ露知らず、シノンは若干の呆れを含ませて答えた。

 

 

 

 

 

「あんたが“はじまりの英雄”ってことがバレてる、って言ってるのよ」

 

「……あぁ、そうみたいだな」

 

 

 

 

 

 驚いたのはそっちじゃないんだけどな、という言葉を口の中で呟いてキリトは周囲を見渡した。

 

 

 

 とはいえ、まだ半信半疑といったところだろう。

 

 ただの同じ名のプレイヤーなのかもしれない、という疑念が半分。

 

 もし本物であれば要注意である、といった警戒がもう半分。

 

 どちらにしても、キリトが注目されていることに変わりない。一挙手一投足、キリトの動きを観察し、装備がなんなのか探りを入れている眼であった。

 

 

 

 ただならぬ雰囲気。

 

 対してキリトは怖気づくこともなく、そういった挑戦的な視線を堂々と受け、口元には若干の笑みを浮かべていた。

 

 

 

 高揚している理由はこれだ。

 

 リアルに近いゲームと言っても、所詮はゲーム。だというのにも関わらず、陽気に騒いでいる人間はいなかった。囁き合う様に言葉を交わしているプレイヤーも居るが、笑みを浮かべて談笑しているわけではない。恐らくあれは、情報交換の類。もしくは話し相手の装備を探ろうとする駆け引きの真っ最中なのだろう。戦う前から勝負は既に始まっていた。

 

 

 

 誰もが勝つためにここにいる。

 

 アルヴヘイム・オンラインで行われた【統一デュエル・トーナメント】とは違ったベクトルの熱気が辺りを包んでいた。

 

 もしかしたら、その熱気にあてられたのかもしれない。これから起きるであろう純粋な力比べに、キリトは高揚感を覚えていた。有り体で言うのなら――――血が騒ぐ。

 

 ゲーマーとしての性なのだろうか、はたまた“アイツ”の影響と言えるのだろうか、いつも以上に好戦的になっているのをキリトは自覚する。

 

 

 

 

 

「感想は?」

 

 

 

 

 

 要領を得ないシノンの問いに、キリトは何も考えることなく問い返す。

 

 

 

 

 

「感想って?」

 

「周りの連中の感想よ。どう、強そう?」

 

 

 

 

 

 あぁ、そういうことか、と納得してキリトは再び周囲を見渡して一言。

 

 

 

 

 

「かなりやる、と思う」

 

「何よ、思うって。はっきりしないわね」

 

「しょうがないだろう。雰囲気でわかるにも限度ってものがある」

 

 

 

 

 

 銃の種類すら全く把握していないガンゲイル・オンライン初心者の言葉に、シノンは確かにと頷いた。

 

 その道を極めた達人でもあるまいし、キリトの言う通り雰囲気や立ち姿で判断など出来るはずがない。

 

 

 

 

 

「そういうシノンはどうなんだよ。連中がどれくらいの腕前か把握しているのか?」

 

「関係ないわ。全員討てばいいんだもの」

 

 

 

 

 

 キッパリと、清々しいくらいはっきりと、彼女は言い切ってみせる。

 

 確かにシノンの言い分は正しいのかもしれない。相手が誰であろうと、どんな難敵であろうと、生き残っていれば必ず相対する。BoBとはそういう大会だ。予選で決勝まで勝ち進み、最終的には勝ち進んだ者達で最後の一人になるまで執り行われるバトルロイヤル。

 

 そう考えれば、シノンの言っていることは正しい。どの道、誰と敵対しようと一人になるまで続くのだから。

 

 

 

 対するキリトは乾いた声で笑みを漏らした。

 

 既視感。どこか好戦的で、あまりにも狂戦士的な思考の持ち主を、キリトは知っている。

 

 

 

 

 

「……なによ、その微妙な反応」

 

「いいや、なんか似てるなって思って」

 

「誰によ?」

 

「優希に」

 

 

 

 

 

 そう。言い分がとても茅場優希によく似ていた。

 

 この場に彼が居たものなら、シノンと似たようなことを口にしていたことだろう。数年行動を共にしていたキリトにとっては安易に想像がつく。彼の幼馴染が何度か口にしていた「優希くんは分かりづらいけど、わかりやすい」とはこういう意味だったのか、とキリトはぼんやりと考えて、シノンの方へと意識を向けた。

 

 

 

 

 

「……」

 

「シノン?」

 

 

 

 

 

 なにやら様子がおかしい。

 

 眼を丸くしたと思ったら、顔を俯かせて、両肩が小刻みに震え始める。

 

 

 

 怒ったのだろうか、だがどのタイミングで? キリトはそう思っているとシノンは直ぐに顔を上げた。

 

 その表情はまるで無表情。しかしどこか浮ついた声で、

 

 

 

 

 

「――――ふーん、そう。先輩と私が似ている。ふーん、そう。そうなの。ふーん」

 

「どうした? 嫌だったか?」

 

「――――っ!? べ、別に嫌なわけ――――ンンっ! 別に気にしてないわよ」

 

「のわりには、なんか雰囲気が――――」

 

「―――気にしてないわよ。いいわね?」

 

「……うっす」

 

 

 

 

 

 これ以上つっこむのはやぶ蛇だ。

 

 実のところなんとなくだが、キリトも勘付いている。シノンが今何を思い、何を感じ、何に歓喜しているのか、なんとなく予想がついていた。

 

 

 

 だが言わない。いいや、言えないというべきか。

 

 シノンの鬼気迫る言葉に、そして身が震えるくらい嬉しいにも関わらず、それを表情に出さない凄まじいポーカーフェイスに、キリトは何も言えないでいた。

 

 自分には一生習得し得ないかもしれない鉄仮面なシノンを見て、内心拍手を贈る。同時に、表に出して素直に喜ばない彼女を見て、その辺りも似ているな、とぼんやりマイペースに感想を漏らしていると。

 

 

 

 

 

「まぁ、そうね。私から見たら、平均的に層が薄い感じかも」

 

「えっ?」

 

 

 

 

 

 シノンが何を言っているのかわからず、キリトは思わず首をかしげる。

 

 対する彼女はジト目でキリトを睨みつけて呆れた口調で。

 

 

 

 

 

「あんたが聞いてきたんでしょう。連中の腕前って話しよ」

 

「あぁ、その話か」

 

「どうでもいいなら教えないけど」

 

「いいや、ごめん。是非聞かせてくれ」

 

 

 

 

 

 似ているという言葉に気分を良くしたのか、シノンは最初の頃よりも饒舌になっている。

 

 ガンゲイル・オンラインにおいてキリトは初心者も初心者だ。情報は多いに越したことはない。だからこそシノンの見解を聞くために、彼は続きを促した。

 

 

 

 

 

「ここでは、使用武器を知るだけで有利になるの。例えばハンドガンやショットガンは遠距離相手に弱く、サブマシンガンやアサルトライフルは最初の二点と比べて遠い距離からでも交戦出来るけど、取り回しが難しいから近距離では最初の二点に比べて劣るとか」

 

「……なるほど」

 

「武器に手を加えたら、別物にもなる。ライフルに銃剣バヨネットを取り付けて近接戦闘を想定したり、ショットガンにスラッグ弾を込めて遠距離でも戦えるようにしたり」

 

「アルヴヘイム・オンラインとは全然違うんだな」

 

「そっちはファンタジーよりで、こっちはガチガチの近未来。違うに決まってるわ」

 

 

 

 

 

 どのような武器を選ぼうが、どのような魔法を使おうが、最終的に真正面から斬り合い、魔法を叩き落としていたアルヴヘイム・オンラインとは根底からまず違う。

 

 ガンゲイル・オンラインは情報が何よりも大事だ。使う武器によっては、戦う前から勝敗が決することも十分ありえる。

 

 

 

 

 

「それを踏まえて、周りを見て」

 

「周り?」

 

 

 

 

 

 キリトはシノンに言われるがまま、辺りを見渡した。

 

 未だに、周囲は彼らを警戒しているが、無視して言われるがまま周囲を観察する。そしてキリトは直ぐにあることに気がついた。

 

 

 

 

 

「……自分の武器を見せている?」

 

「そう。対策をしてくれって言ってるようなものでしょ?」

 

「わざと見せて、自分の武器を特定させないってことは?」

 

「ないわね、持ち込める武器数は制限されてるもの。メインアーム一丁とサイドアームが多くて二丁。あとはグレネード系くらいだもの。だから本当に警戒すべきなのは――――」

 

「――――未だに武器を見せてないやつら、ってことか」

 

 

 

 

 

 キリトの視線が数人のプレイヤーへと移っていく。

 

 壁に持たれながら静観している者、荒くれに絡まれている気弱そうな者、マントを眼深く被り表情すら見えない者、様々な者がいるが、共通して自身のメインアーム、サイドアームですら携帯している様子はなかった。状況を考えて、予選が開始するまでメインアームを手にすることはないことが考えられる。

 

 

 

 これはソードアート・オンラインやアルヴヘイム・オンラインと同じような感覚だったらやばかったかもしれない。

 

 戦略の多様性に考えを改めて、キリトはシノンに向き直り改めて礼を口にした。

 

 

 

 

 

「ありがとう、貴重な情報だった」

 

「別に。私もあんたに負けられると困るし」

 

「なんでだ?」

 

「私があんたを倒すから」

 

 

 

 

 

 へっ? と素っ頓狂な声をあげようとするも我慢して口を噤み、改めて何故かと聞こうとするもシノンに遮られる。

 

 

 

 

 

「いずれ言うつもりだったけど、いい機会だから今言うわ。――――はじまりの英雄、あんたに宣戦布告をする」

 

「なんでだよ?」

 

「……あんたが、私の憧れに、認められているから」

 

「それって――――」

 

 

 

 

 

 ――――アイツのことか、とキリトが口にする前にシノンは頭を下げて謝意を口にした。

 

 

 

 

 

「身勝手でごめんなさい。でも私にはそれが全てだった」

 

「…………」

 

「あの人があんた達を見ている視線が、私は欲しい。先輩と対等なあんた達のように、私もあの人の隣に立ちたい――――あんたを倒して、私も先輩に認められたい」

 

「シノンそれは……」

 

「だから私はあんたを倒す。ここで、必ず。私の身勝手な願いのために、あんたを踏み台にしてあの人の元へ登る。何としても登らないといけないのよ。そうでないと私は───」

 

 

 

 

 

 それは確かな宣戦布告だった。彼女は標的に告げて、標的はその言葉を耳にした。これ以上、語ることはないとシノンはキリトに背を向ける。

 

 

 

 だが違う。

 

 キリトは手をのばす。それは違うとシノンを引き止めようとする。

 

 見当違いだった。キリトを倒せたからといって、茅場優希がシノンをキリト達と同じ扱いにするかといえば、ありえないことである。勝利の意味はなく、達成感もなく、彼女はまだ守られる側のままだろう。

 

 誰に勝った、誰に負けた、その程度の結果で茅場優希という男の価値観が変わることはありえない。優希の幼馴染程ではなくとも、それくらいはキリトにも確信出来た。

 

 

 

 故に見当違い。

 

 この戦闘に意味はなく、無意味なことをキリトは告げようとする。

 

 

 

 だがどうやって?

 

 今のシノンはそれに耳を傾けるだろうか。彼女から見た今の状況は、千載一遇のチャンス。BoBを優勝するよりも、わかりやすい又と無い好機が舞い込んできた。なにせシノンはキリトを倒せば、優希が認めてくれると本気で思っている。

 

 

 

 無論、本来の思慮深い彼女であれば気付くことだろう。もっと違う方法を模索し、行動に移していたに違いない。

 

 しかし無情にも、今のシノン――――朝田詩乃に余裕などなかった。もはや形振り構ってはおれず、最短距離で走るしかない。間近で見てしまった、優希の戦友達を見る優しい眼差しが、詩乃を駆り立て狂わせてしまった。

 

 

 

 故に、彼女は立ち止まらなければならない。

 

 間違った選択の果てに、傷つくことも意に介さずに剣を振るい続けて止まらなかった大馬鹿野郎を、キリトはよく知っている。

 

 

 

 

 

 ――違う、違うんだシノン。

 

 ――アイツに認めさせるなんて簡単なことだ。

 

 ――俺なんて相手にしなくていい。

 

 ――君がアイツを……!

 

 

 

 

 

 そこまで考えて、キリトは口にしようとするも――――ゾッ――――と。

 

 今まで感じたことがない悪寒が。背筋が凍りつくのを感じた。それは殺意であり殺気だ。殺伐としているものの、生死の心配をしなくていいこの場において、居てはならない存在がそこにいた。

 

 

 

 いいや、感じたことはあった。

 

 それがどこで覚えがあるのか。言うまでもない。ゲームオーバーが現実の死に直結していた世界。電脳の牢獄とも言える――――ソードアート・オンラインで経験した感覚だった。

 

 

 

 振り返ると、確かにそれはいた。

 

 裾が擦り切れたマントに身を包み、フードは目深に下し、骸骨を彷彿とさせる金属製の仮面が顔を覆っておりその表情を窺う術はない。

 

 その目は、仮面の奥からもはっきりと見える赤目はハッキリとキリトを射抜いていた。まるでレーザーサイトで標的に狙いを定めたかのように、その男は言う。

 

 

 

 

 

「おまえ、本物、だな」

 

 

 

 

 

 意味不明。

 

 不可解な男の言葉に、キリトは眉を顰める。

 

 声を加工しているのか、倍音の混ざった不快な声。もちろん、キリトには心当たりがない。目の前の不気味な男、いいや、男かどうかもわからない人物から少しでも情報を得ようと上から下へと目を見やる。

 

 

 

 何かを装備している形跡はなし。

 

 幽霊のような格好であるものの、NPCではなくプレイヤーということがわかる。

 

 得られる情報はこの程度しかなかった。

 

 

 

 シノンのレクチャーがあったように、出来る側のプレイヤーであり、ここにいるということはこの男もBoBの出場者であることは安易に判断できる。

 

 

 

 無視すればよかった。無視しなければならなかった。

 

 こんな男は捨て置き、シノンの暴走を止めなければならなかった。

 

 だが――――、

 

 

 

 

 

「……なんだよ、お前。取り込み中なんだ。後にしてくれないか?」 

 

 

 

 

 

 眼を離してはならない、意識を集中していなければならない、この男を野放しにしてはならない。

 

 キリトの生存本能とも呼べる装置が、ありとあらゆる可能性を考えて警報鳴らす。全く見に覚えのないこの男が、危険であると、ソードアート・オンラインで培ってきた危険信号がそう告げていた。

 

 

 

 くつくつ、と男は楽しそうに笑みを零した。

 

 歓喜ともいえる感情を宿した声は続けて。

 

 

 

 

 

「やっと、やっとだ。この時を、俺は、待っていた」

 

「お前、誰だ……?」

 

「怯えて、いるな。俺に、“恐怖”して、いるな。はじまりの英雄」

 

「誰だお前は!」

 

 

 

 

 

 振り払うように、明確な殺意の気配を前にしてキリトは声を荒げた。

 

 男は告げた。今の自身の名を、確かに口にする。

 

 

 

 

 

死銃(デス・ガン)

 

「っ!」

 

 

 

 

 

 無意識に、キリトは片足を半歩後ろに引いた。

 

 相手は銃。人を殺せる力があると噂される、と菊岡より聞いている。どのような仕組みなのかわからないが、最悪ここで打たれても絶命には至らないようにと、いつでも動ける準備をしてしまった。

 

 

 

 これが不味かったのか。

 

 死銃と名乗った男はクツクツと喉を鳴らしながら。

 

 

 

 

 

「いいぞ、俺を、知って、いるな」

 

「何のことだ? わからないな」

 

「恍け、るなよ、はじまりの英雄。俺の、動きに、お前は、備えた。それ、だけで、充分」

 

 

 

 

 

 警戒心を顕にするキリトに対して、死銃と名乗る男とは余裕な態度。

 

 正体不明な上に意味不明、なんとかして情報を得たいキリトは、挑戦的な笑みを浮かべて死銃に挑発の言葉を投げた。

 

 

 

 

 

「確かに俺くらいなものかもな。お前みたいなマイナーキャラ知っているのは」

 

「なに?」

 

死銃(デス・ガン)なんて大層な名前の割に、知名度だけならアインクラッドの恐怖の偽物に負けてるじゃないか。名前を変えたほうがいいと思うぜ? ジミ・ガンとかにさ」

 

 

 

 

 

 挑発に成功したのか、今まで目に見ていた死銃と名乗る男の余裕の態度が変わった。

 

 アインクラッドの恐怖の話題が地雷だったのか、どこか苛つくような、忌々しげな声色で。

 

 

 

 

 

「いずれ、アレも、殺す。本物も、含めてな」

 

「無理だろ。本物はここにはいない」

 

「なんだ、おまえ、知らない、のか」

 

 

 

 

 

 嘲る声で死銃と名乗る男は続けた。

 

 

 

 

 

「やつは、ここに、いる」

 

「な、に……?」

 

「ヤツと、“絶剣”は、所詮前菜だ。“紅閃”と、“クリエイター”が、いないのが、残念だが、お前が、メインディッシュなのには、変わりない」

 

 

 

 「おまえは、俺が、殺す。お前を、殺すまで、俺の、ソードアート・オンラインは、終わらん」




>>――やりづらっ。
 有名になりすぎた男の末路。
 対するアインクラッドの恐怖はフリー素材。誰でも名乗れる。
 お前もアインクラッドの恐怖にならないか?(上弦の参感)

>>BoB予選会場
参加者A「うわ、はじまりの英雄だ」
参加者B「かわいい……」
参加者C「サインくれないかな」
参加者D「フレンド登録お願いしたいな……」
参加者E「シノンに踏まれてたい」
参加者F「ちくわ大明神」

>>「――――ふーん、そう。先輩と似ている。ふーん、そう。そうなの。ふーん」
 内心ウッキウキである。

>>「―――気にしてないわよ。いいわね?」
 嘘である。


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