ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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 やばい、銃撃戦の戦闘描写凄い難しい……!!


第5話 恐弾が強さを求める理由

 

 作戦は完璧だった。

 

 GGO内での古参プレイヤーで、かつ名の知れた男――――ダインを撃つ為の段取りは完璧だった。

 

 彼とダイン、どうして争うことになったのかなど実際の所覚えていない。SBCグロッケン内、数多く点在されている酒場にて、自分とダインは言い争いをしたところまでは覚えている。しかし肝心のそれ以上の記憶が、何が原因で争うことになったのか、彼はどうしても思い出せずにいた。

 

 だがそれはきっと、ダインも同じだろうと彼は結論付ける。

 どうしてこうなったのかもわからず、どうして敵対することになったかも不明瞭。あまりにも漠然としている闘争であると彼自身が理解していた。

 それでも謝ることはしない。正直な話し、彼にとって原因などどうでも良かった。彼という人間は、どうしてもダインという男が気に入らなかった。その嫌悪は根が深く、一目見るだけで苛立ちが募り、声を聴くだけで虫酸が走るほど。

 

 理由は特にない。

 古参と言うだけででかい顔をして、軽薄そうな性格から、一手一足何から何まで気に入らなかった。

 

 だから、少しは痛い目を見せてやろう、と。

 彼は持ちうる人脈と仲間のコネ、更に言うとダインへの行き過ぎた嘘偽りを広め、ダインだけを殺すためのチームを作った。

 とは言え所詮、烏合の衆に過ぎない。ダインという男を良く知るプレイヤーも中には存在しており、彼が語るダイン像と自分たちが良く知るダインとかけ離れており、彼が私怨で動いていることは明白であった。

 

 少しでも粗があれば、チームは瓦解する。

 だが彼は断言する。作戦は完璧であったと。

 

 この戦いに備えてきた。

 ダインと争うのに渋る仲間を金で黙らせて、GGOプレイヤーが多く集う掲示板にはダインへの虚言を吹聴し尽くし、大金をはたいて“ベヒモス”を用心棒として雇った。

 彼が用いる力を、ダインを倒す為だけに注ぎ込んだのだ。これで負けていい筈がない、いい筈がない。

 

 

 何度も彼は思う。

 ――――作戦は完璧だった――――。

 

 ダインには気心の知れた仲間達がいる。

 だがそれ以上に厄介な、とある名の知れた狙撃手と親交があることは、彼も把握していた。ならば当然、この戦いに用心棒として雇うのは当然。

 

 その狙撃手は、賞金首を専門に狩るプレイヤー、賞金稼ぎ(バウンティハンター)。その勇名は彼の耳にも入っている。“恐弾の射手”、それが彼女の異名であった。狙った獲物は逃さず、必ず脳天へと弾丸を叩き込む。悪天候だろうが、強風が吹こうが、関係ない。彼女の弾丸は空気の層を切り裂き、無慈悲に世界を駆けて、標的を絶命足らしめる。

 

 聞こえによっては物騒だ。

 しかし彼にはその程度の驚異でしかない。

 

 いくらAIMが優れていようが、異名などという肩書があろうが、所詮は狙撃手。一人では何も出来ないし、近距離で戦闘すれば何も出来ずに銃弾の雨に倒れることだろう。

 だからこその包囲。用心棒として雇ったベヒモスと数名を囮としてダインと仲間達にぶつけさせて、彼と他の者は“恐弾の射手”を仕留めるために包囲殲滅という一手を打つ。

 

 

 狙撃手が存在する戦場が放つプレッシャーは計り知れない。狙撃は特定の目標に対して、致命的な攻撃を行うことができる。いつどこで、いかなる状態で、狙撃手という人種は正確な精度で兵士たちを撃ち抜いてくる。仲間の戦意を削がせるためにはいかないず、ダイン達の士気を挫く、だから“恐弾の射手”を討ち取る、というのは建前。

 彼が“恐弾の射手”を討つ本当の理由は別にある。

 それは名声欲だ。巧みにチームを指揮し、かの“恐弾の射手”を討ち取った。それだけで周囲は彼を羨望するだろう、と彼自身は考える。

 そして何よりも“恐弾の射手”が獲物としている対物狙撃銃――――ヘカートⅡの存在だ。ギリシャ神話において冥界の女神の名を冠するそれは、レアリティの高い武器でもある。GGOのシステム上、プレイヤーが何者かにキルされることがあれば、所持しているアイテムをランダムにドロップする。となれば、“恐弾の射手”を殺せば、もしかしするとヘカートⅡがドロップする可能性があるということに繋がる。

 

 これが彼の思惑である。

 気に入らないダインを狙うのではなく、目先の欲に眼がくらみ選択する。

 私欲に走った彼が、自身の欲に滅ぼされるのは必然と言える。故に――――。

 

 

「はぁ?」

 

 

 ――――彼が撃たれれるのも時間の問題だった。

 

 もう一度言おう。

 作戦は、完璧、だった。

 

 だった。つまりは過去形。

 狙撃手を包囲する。その選択は間違いではないだろう。長距離から標的を撃ち抜く。それが狙撃手であるのだから。

 狙撃されないために近付く。それも間違いではない。狙撃手として仕事をさせないために、不利である近接で決着をつける。

 だから機動力のないベヒモスを囮にする。これも間違いじゃない。そうなればベヒモスは邪魔でしかなく、動けない的は前線でダイン達と撃ち合っていた方が良い。

 

 彼の策は間違いではない。

 ただ間違っていたとすれば――――。

 

 

「――――」

 

 

 彼女の、“恐弾の射手”の戦力を、見誤っていたということだけだ。

 

 誰が近接が不利と言った。

 誰が狙撃手は近づけば何も出来ないと言った。

 誰が――――“恐弾の射手”など大した相手ではないと決めつけた。

 

 包囲は完了した、と勝利を確信しニヤける彼の頬はすぐに引きつるソレに変わる。

 

 

 “恐弾の射手”は狙撃するために身体を安定させて、地面に伏せた伏射(ブローン)と呼ばれる姿勢を取っていた――――訳ではない。

 彼女はなんと、二本の足で地面を踏みつけ、堂々とその場に立っていた。まるで彼が、自身を襲撃すると予期していたかのよう。だがそれでもおかしい。場所を変えずに、装備も変えずに、対物狙撃銃を持ったまま、彼女は迎え撃とうとしている。

 

 まだ彼の中で勝利への確信は揺るがない。

 何を血迷ったのか、とせせら笑っている余裕すらある。

 だが問題はその後。彼が“恐弾の射手”の愛銃ヘカートⅡの状態を見て、戸惑いが生まれた。

 

 狙撃する際、銃身を安定させるためにライフルのフォアエンドはバイポッドを装着するはずだ。しかしどういうわけか、今の彼女にはそれがない。

 

 右手にヘカートⅡを持ち、右手の人差し指は引き金に。そして左手はフォアエンドを持ち銃身を支えている。

 装備も軽装。深緑のジャケットを羽織り、その下はボディラインを強調させるインナー。そして黒色のホットパンツに、膝上丈ほどの長さのブーツを履いていた。

 女性のアバターであるものの、マフラーや首飾りといったアクセサリーなどない。本当の意味での軽装、まるで戦うためだけに特化したような姿。

 

 彼女は深く息を吐き、目を閉じる。

 そして一言、ポツリと呟く。

 

         ――――音を殺して

                   私の弾丸は世界を駆ける――――

 

 次の瞬間、彼女は駆け出し引き金を引いた。

 

 

「なっ……!?」

 

 

 彼が驚愕する間に、一人の男の脳天が射抜かれる。同時に射抜かれた男の身体はその場に存在せず、変わりに極小のオブジェクト片がその場を漂い地面へと落ちていく。それは射抜かれた男が、キルされたことを意味していた。

 間髪入れずに、“恐弾の射手”と呼ばれた狙撃手はヘカートⅡのボルトハンドルを引く。金属音と共に薬莢が排出され、次弾が装填された。もう一人の男へと接近しながら、その胴体を撃ち抜く。

 

 ここでやっと、彼は状況を正しく認識した。

 排出された薬莢が地面に落ち、空の特有音が鳴る。眼球がグラグラと揺れて、ありえないモノをみるかのような怯えた眼で、“恐弾の射手”を見つめる。

 

 

 ――こ、コイツ、狙撃手のくせに……!

 ――突撃してきやがった……!

 

 

「う、撃て! 撃て、この凸スナ女をぉ!」

 

 

 思考が定まらず、残りの二名へ漠然とした指示を告げる。

 叫ぶ彼の声はどこか悲鳴にも似ている。ありえない存在を認めないかのように、今目の前で起こっている現状をそむけるように、彼は叫んでいた。

 

 二名の男たちが瞬時に反応できたのは、きっと彼と同じ気持ちだったからだろう。

 一刻も早く、“恐弾の射手”を討ち倒したい。その一点のみが、彼を結束させている鎖でもあった。

 

 故に、照準など定まっていない。

 狙い澄ますこともなく、自棄にも近い。木霊するは連続する銃声。それは二人の獲物であるアサルトライフルが火を吹いた音でもあった。

 

 これで“恐弾の射手”は蜂の巣――――とはならない。

 彼女は直ぐに――――。

 

 

「――――っ!」

 

 

 左方へと飛びその場から離脱した。

 その身軽な様子は、どこか猫のようでもある。危険を予知して、理性が働くよりも先に本能で身体を動かす。

 とはいえ、猫のように脱兎する“恐弾の射手”は、銃弾の雨を避ける事が出来るほど規格外の人種ではない。彼らが黙ったままでは終わらないことを読み、彼らの行動よりも速く動いていただけに過ぎなかった。だが彼らにとってそれだけでも、“恐弾の射手”は恐怖の対象に映ったようだ。

 

 “恐弾の射手”はその場を瞬時に離脱して、近場にあった遮蔽物に隠れる。

 だというのに、彼らはアサルトライフルを乱射をやめない。

 一人は死ね死ね、と連呼しながら。一人は遮蔽物を睨めつけながら。二人は引き金を引き続けている。

 

 そして彼はいち早く冷静さを取り戻して。

 

 

「くそっ……!」

 

 

 悪態をつきながら、彼は手に何かを握りしめていた。

 銃ではない。 ボール程の大きさで、銃口がないそれを銃とは呼べない。それは――――手榴弾。

 安全装置であるピンを抜き、そして片手で放り投げる。場所は数寸違わず、“恐弾の射手”が潜伏している遮蔽物の向こうへと。

 

 真っ直ぐ飛ぶ銃弾とは違い、手榴弾は手で放ることにより、曲線上に軌道を描いて投げる事が出来る。

 そして彼の放った手榴弾は、彼の狙い通り遮蔽物の向こう側へと落ちようとしていた。

 

 彼は笑みを浮かべて、ダブルアクション式のリボルバーを構えた。

 詰みだ。手榴弾に気付き、“恐弾の射手”が遮蔽物から逃げようとしたところで待っているのは銃弾の雨。距離は50メートルもない。彼にとって必中の距離であり、外すことはまずないと断言できる。

 手榴弾に気付かなくても同じだ。そのまま遮蔽物に隠れたままでも、手榴弾は地面に落ちると同時に爆発する。爆発した手榴弾は爆風や破片を数メートルから数十メートルで四散し範囲内の人間を殺傷させる。そして彼が投げたのは、フラグメンテーション呼ばれる手榴弾。周囲に生成破片を飛散させる。破片は銃弾より軽量であるものの鋭く、殺傷力には申し分ない。近場で爆発したものなら、まず助からないだろう。

 

 故に、詰み。

 だからこそ、詰み。

 彼はどう転んでも勝者となりえてしまう。

 

 面を食らったことは認めよう。

 まさか狙撃手のくせに、突撃してくるとは思わなかった。しかも彼女は最初から彼らを近接戦闘で仕留めると決めていたのだろう。

 しかしそれが命取り。自身の腕を確信していたからこそ出来た油断。出来ないことを出来ると思い上がった女の哀れな末路。その結果を彼は思い描いていた。無様に撃ち抜かれるさまを、間抜けに爆発四散するさまを。彼は速くも想像し、笑みを浮かべていた。

 

 だがそれは――――。

 

 

 

「――――」

 

 

 ――――それは、ただの妄想へとなってしまった。

 

 なんと“恐弾の射手”は遮蔽物に隠れたまま、銃口を空中で漂っていた手榴弾に向けて、引き金を引いた。それはまるでクレー射撃のようだが、ソレとはまったく違う。クレー射撃はあくまで飛んでくるとわかった上で射出される素焼き皿を撃ち落としていくスポーツ競技。

 今回は違う。手榴弾の投擲など、“恐弾の射手”の頭には想定していなかった行為であり、完全なる奇襲でもあった。

 

 だというのにも関わらず、“恐弾の射手”は慌てる様子もなく空中に漂っていた手榴弾を取り付けられていたスコープすらも覗かずに狙撃してみせた。

 

 次に起こるは爆発。

 撃ち抜かれた手榴弾は空中で爆発し、破片は文字通り雨となり彼らの身体へと降り注いだ。

 彼以外の二人は、手榴弾の存在など知りもしない。何せ彼自身が合図もせずに、手榴弾を投げたのだ。それが狙撃され爆発し、敵対していた者の武器へと利用される。そんなこと誰が想定しているだろうか。 

 

 それが二人の最後だった。

 自分がどうやって、どうして、どのようにして、殺されたのか。それがわからないまま殺されることとなる。

 

 そして彼と言えば――――。

 

 

「……ぅ」

 

 

 運良く生き残っていた。

 彼は自身が放り投げた手榴弾が空中で爆発したと同時に生まれた衝撃が身体を叩き付けられ、後方へと数メートルも飛ばされ地面に倒れている。

 

 意識が朦朧とする。視界が白く染まる。爆発時に耳がやられたのか耳鳴りが止まることがない。

 もはや自分がうつ伏せなのか、仰向けなのかもわからない。

 

 

「――――チェックメイト」

 

 

 声が聞こえた。

 彼は定まらない視線を声のした方向へと向ける。

 視線の先には件の“恐弾の射手”が立っており、躊躇うことなく銃口を彼へと向けていた。

 

 ここで漸く彼は自分が仰向けで倒れていることを正しく認識する。

 

 チェックメイトと彼女は言った。

 それは言葉通りなのだろう。命乞いをしたところで無意味、と。むしろ下手な素振りを見せただけで、“恐弾の射手”は情け容赦なく引き金を引くに違いない。

 

 

「終わったわよ。えぇ、多分彼がそう」

 

 

 独り言、ではない。

 彼女は、右耳に装着している通信するためのヘッドセットで何者かと連絡を取っていた。恐らく彼女の雇い主であるダインと連絡を取っているのだろう。

 

 

「それでそっちは? ……そう。まぁリーダーがやられたんじゃ当然よね」

 

 

 彼女は驚く様子もなく、さも当然といった調子だ。

 ベヒモス率いる囮達は返り討ちにあった、もしくは彼がやられたと判断するや否や逃走したのだろう。仇討ちに士気が上がる、ということはない。何せ烏合の衆だ。彼えの忠義など存在せず、義理など参加しただけで果たしたも同然。

 

 

「それじゃ殺るけど、何か伝言ある? わかった、伝えとくわ」

 

 

 それだけ言うと、今度こそ意識を彼へと向ける。

 そして“恐弾の射手”は感情を乗せることなく簡潔に言った。

 

 

「ダインからの伝言。『喧嘩を売るなら相手を選べ』だって。まぁアイツも隙が多いヤツだし、次頑張りなさい」

 

 

 彼は思わず笑みを零した。

 それは自身に向けられたモノではなく、彼女に対してのモノだ。

 

 ダインが言った、喧嘩を売るなら相手を選べ、とはダインに対してのものではなく、彼女に対してのものだ。

 だと言うのに、目の前で銃口を向けている女はまるで理解していない。自身がどれだけ強いのか、正しく認識してい。自己評価が極端に低いのか、はたまた目標としているモノが高すぎる故に気付いていないのか。

 

 どちらでもいい。どちらだろうと関係がない。

 彼女が見下ろし、彼は見下されている。

 彼女が勝者であり、彼が敗者。

 その事実だけは変わらない。

 

 ――――“恐弾の射手”。

 もう二度と敵に回さないと彼は誓う。

 彼女の名は――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 2025年12月13日 PM13:10

 ガンゲイル・オンライン SBCグロッケン 空中回路

 

 

「はぁ」

 

 

 サラサラと細いペールブルーの髪を揺らして彼女――――シノンは歩を進めていた。

 そして億劫そうに吐いたため息は、先の戦闘で疲弊し自然と出てしまった――――ということではなかった。

 疲労困憊というよりも、彼女の表情は非常に面倒くさそうなもので、億劫であると表した方が正しいのかも知れない。

 

 現に彼女は呆れていた。

 何に呆れていると言えば、男のつまらない意地。

 

 本日12月13日、土曜日。

 朝早くからダインから連絡があったと思いきや、切羽詰まった様子で用心棒を頼まれた。シノンとしてもダインは仲間――――とまではいかないものの、顔馴染みの間柄である。現在GGOを騒がせている無差別PK【アインクラッドの恐怖】の情報を何度か教えてもらったこともあった。断ることも出来る。ダインはシュピーゲルのような友達ではない。他人に近い知人だ。断ることなど容易い。

 だが、世話になったのもまた事実。ここで断るのは“彼”風に言うと、筋が通らない。

 

 渋々といった調子でシノンは、ダインの要請に応じることにした。

 しかし直ぐにそれは、後悔へと変わることとなる。

 

 ダインとその仲間達は、とあるチームと抗争を始める。

 その内容も下らない。ダインにとって、敵対するチームリーダーが気に入らないから戦う程度のモノ。要は子供の喧嘩と変わらない。表面上だけ取り繕い、仲良く演じておけばいいのに、だ。

 

 

「どうして男って、こう、幼いのかしら」

 

 

 呟いた声へ応じる人間はいない。

 だがこれで、ダインへの義理は果たした。次このような下らない争いに巻き込もうものなら、相手に変わって自分がダインの眉間に風穴開けてやろう、と物騒なことを考えていると。

 

 

「シノンちゃーん!」

 

 

 件の問題男――――ダインが駆け寄ってきた。

 このまま来た道を引き返してやろうか、とシノンは考えるが直ぐに改めた。避けるよりも、文句の一つや二つ言う事を選んだようである。

 

 そんな殺伐とした胸中も知らずに、ダインは茶目っ気たっぷりにウィンクしながら。

 

 

「待った?」

「死になさいよ」

 

 

 目の前でテヘッ☆と言わんばかりに可愛い子ぶる男にイラッとしたのか、反射的にシノンは冷たく斬り捨てる。

 

 

「辛辣過ぎません!?」

「うるさい。今度あんな下らない喧嘩に巻き込んだら、私があなたを殺してあげるから」

「殺伐!」

 

 

 鬱陶しい。

 シノンは一人で騒ぐダインをそう言いたげに睨めつけて、進行方向へと進む。

 対するダインは慌てながらもその後を追いかけながら。

 

 

「どこ行くんだよ、シノン」

「あなたに関係ないでしょ」

「そう言うなって。今回の報酬は倍支払うからさー」

「当然」

 

 

 ふん、と鼻を鳴らして強い口調でシノンは言うも、依然として自身がどこに向かっているか口にはしなかった。むしろ話しは終わりだと言わんばかりに、ダインが存在していないように振る舞っている節すらある。

 

 とはいえ、ダインも気にしている様子もない。

 彼女が他人には冷たく、その癖妙なところで律儀であることを、理解している。どこの誰に教育されたのかは知らないが、シノンという少女は悪い人間ではない。

 

 となれば予測しなければならない。

 SBCグロッケンは広大なフロアが幾重にも連なって存在する多層構造だ。そして彼女の進行方向にはガンショップや酒場といった娯楽施設は存在しない。となれば一つ、ダインには心当たりがあった。

 

 

「総督府か?」

 

 

 ピクっ、とシノンの細い方が揺れる。

 

 

「……まさか、BoBのエントリーがまだ済んでないとか?」

 

 

 ピクピクっ、と小刻みにシノンの肩が揺れる。

 

 

「って、マジかよ。大丈夫か? 確かエントリーの締切って15時までだろ?」

「だからこうして急いでるんでしょう。邪魔しないで」

「いやまさか、まだエントリーしてないとは思わなくてよ。やる気ある、シノンちゃん?」

「……うるさい」

 

 

 やる気はもちろんある。

 エントリーしようとは思っていたのだが、連日シュピーゲルと賞金首を狩り続けており、エントリーするのを忘れていたのだ。だがそれをダインにバレるわけにはいかない。バレたら何を言われるかわからず、間違いなく笑われるに決まっているからだ。

 

 ちなみに、相棒のシュピーゲルは既にエントリーを済ませている。要領がいいとは彼のことを言うのだろう。

 

 

「……あなたは済ませているの?」

「もちろんだろ。俺のスコードロン仲間も済ませてるぜ?」

「ぐっ……!」

 

 

 謎の敗北感がシノンを襲う。

 まさかマヌケ(シノン基準)なダインが自分よりも早くエントリーを済ませているとは思わなかったのだろう。

 

 だが負けない。今は歯を食いしばろう、負け犬と罵られよう。

 敗北は人を成長に繋げる大事な要素の一つだ。次があるときは、ダインよりも早くエントリーを済ませることを、ここでシノンは誓う。

 

 

「次は負けないわよ」

「お前は何と戦ってるんだ?」

 

 

 呆れた調子で言って、ダインは何かに気付いた。

 彼とシノンが歩いている進行方向の先、そこには下層へと降りるエレベーターがあり、何やら人垣が出来ている。

 

 なんだ、とダインは疑問に思うと同時に、足早にエレベーター前で順番を待っている男に適当に声をかけた。

 

 

「なんでそんなに急いでる?」

「M9000番系のヤツが、アンタッチャブルに挑むんだってさ!」

「へぇ」

 

 

 アンタッチャブル。

 それは下層にあるギャンブルゲーム、のようなものだ。

 プレイするには500クレジットを支払わなければならず、十メートル突破で1000クレジット、十五メートルで2000クレジットが賞金として貰え、最終的にガンマンに触れることが出来れば、それまで注ぎ込まれたクレジット全額賞金となる。

 プレイ方法もシンプル。プレイヤーは所定の位置から進み、NPCガンマンの銃撃を躱しどこまで近づけるか競うゲーム。聞こえによっては簡単だ。だが問題は、プレイヤーが行動できる範囲だ。左右に移動できるのであればいざしらず、ガンマンへ近付くには一直線に進むしかない。

 

 本来であれば攻略不能のゲーム。

 GGOでプレイする人間は誰もが不可能であると断じていた。故に、アンタッチャブルに注ぎ込むのは相当の物好き、もしくはGGOを始めてまもない初心者であるというのが暗黙の了解。

 

 本来であればこのような挑むだけで見学者が集うゲームでもない。

 本来であれば、だ。

 

 

「数ヶ月前にクリアした奴か?」

「違う奴さ!」

 

 

 興奮気味に言う男に対して、ダインは冷静に納得した。

 

 そう。以前までは攻略不可能と匙を投げられていたアンタッチャブルであるが、ほんの数ヶ月前にとあるプレイヤーが攻略していたのだ。

 それもM9000番代と呼ばれるレアなアバターのプレイヤー。もしかしたら、再び奇跡が見れるかも知れない、とプレイヤー達は見学するためにアンタッチャブルへと集っていた。

 

 対するダインは興味が失せたようで、反応は淡白なモノ。

 元々興味がないのだろう。銃弾を避けるわけでもないし、クリアしたのがたまたまM9000番アバターだった者だったというだけで、まぐれだったという可能性すらある。現にクリアしたとされる黒髪のM9000番の女はあれ以降アンタッチャブルに顔を出していないとダインは聞いていた。

 

 今回もクリアするとは限らないし、期待して見学しに行き十メートル突破も出来ず、肩透かしを食らう可能性すらある。

 

 

「M9000番代……」

 

 

 呟いたのはシノンだ。

 どうやら彼女も途中から話を聞いていたようで、何やら考え込んでいる。

 それから何かを思い出したかのように、ダインへと問いを投げた。

 

 

「ねぇ。確かアインクラッドの恐怖の情報を集めてるって二人のプレイヤーもM9000番代だったわよね?」

「あぁ。黒髪と金髪の女らしい」

「今は?」

「さてな。最近は“毒鳥”とツルんでるくらいしか聞いてないな」

「毒鳥?」

「あぁ、お前と同じ異名持ちだ。名前は何だっけか……」

 

 

 うーん、と考え進むダインに対して、シノンは立ち止まったまま。

 視線の先にはエレベーター。

 

 

「おいおい、まさか見学しに行くのか?」

「悪い?」

「悪くはねぇけど、お前エントリーはどうすんだ?」

「終わったら行くわよ」

「知らねぇぞー、エントリー出来なくても」

「うるさいわね。さっさと行きなさいよ」

 

 

 へーへー、とダインは総督府に向かう道を進みながら、シノンに手の甲を向けながら手を降った。どうやら本当に彼は興味がないようだ。

 それを静かに見送ったシノンはエレベーターが上がってくるのを待つ。

 

 彼女は奇跡が見たいわけではない。

 M9000番系のレアアバターはコンバート前のアカウントを使い込んでるほど出やすい、と噂で耳にしたことがある。

 となれば、現在アンタッチャブルをやろうとしているプレイヤーはVRMMOの経験者という可能性がある。となれば、自身の敵になるかもしれない。

 

 

 ――これは敵情視察。

 ――将来、敵になるかもしれない。

 ――私が求める強さを手にする上での障害になるかも知れない。

 

 

 そこまで考えて、まだ見ぬアンタッチャブル挑戦者にシノンは敵意を向ける。

 両手はいつの間にか握り拳へと変わっており、表情は険しいモノへと変貌を遂げて、【恐弾の射手】が放つ雰囲気へと変化していく。

 まるでそれはスイッチだ。今までのシノンがオフだったのに対して、今の【恐弾の射手】としてのシノンはオン。何者だろうが阻むことを許しはしない、邪魔するのなら叩いて潰す、一発の弾丸。

 

 

 ――負けない。

 ――私は誰にも負けない。

 ――今度こそ並び立つために。

 ――あの人達のように。

 ――いいえ、あの人達よりも特別になるためにも。

 

 

「私は、先輩の、特別になるためにも――――」

 

 

                 ――――負けられない――――。

 

 

 

 

 


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