ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~ 作:兵隊
オリ主が出ないほうがやりやすかったってどういうことなのか……?(幕間と今回の話しを比べて)
2025年6月16日 PM17:10
某所 喫茶店
――――生きた心地がしなかった。
学校帰りなのだろう。
一人の少年が学生服姿のまま、喫茶店の席に腰掛けている。その様子はどこか妙なもので、肩狭く居心地が悪そうである。
初めての訪れる場所だからかしこまっている――――といった調子ではない。むしろその真逆。現在、彼が訪れている場所は慣れ親しんだ喫茶店。時間に余裕があれば、一人でも訪れる事が出来る程度には常連となっていると言えよう。それこそ他人に紹介できるくらいには、ここの喫茶店を知り尽くしている。
現に、彼以外の二人と
とある事情で気になっている同級生、そしてその先輩と、彼は来たことがあった。
となると、彼が何故ここまで肩身狭くしているのか。
慣れ親しんだ、それこそ彼のホームとなり得るフィールドがこの喫茶店。
だというのにオロオロと、どこか言葉を選ぶかのように、視線は右往左往している。まるで生きた心地がしない、というのが彼の今の心境である。ならば原因は何か、どこにその理由があるのか。
“それ”は彼の近くにいた。というよりもそれは、彼の目の前の席に座っている。メニュー表を見ながら、どこか浮ついた調子で何を頼もうか迷っている“それ”は様子を窺う調子の彼の視線を察したようだ。目付きの悪い眼は一寸のブレもなく彼を見つめて。
「どうした?」
「いや、あの……」
はたしてどう言えばいいのか。
聞きたいようで、あまり聞きたくない。聴いたら最後、本題に入ることになる。
正直に言うと、彼はかなり怯えていた。
それもその筈。眼の前に座っているのは、ここいら一帯を仕切っていた不良グループを壊滅させた男だ。しかも他のチームを率いて争った、つまりは抗争といった類のものではない。ただ気に入らないからという理由だけで、たった一人で喧嘩を売り、打ち勝ってしまった程の戦力を一人が有しているという事実。
つまるところの、彼の前で座っている男は規格外の存在。人間の皮をかぶった獣と対峙しているかのようであり、そんな規格外から連絡があり、喫茶店でこうして席を共にしている。
正直に言うと落ち着かない。
連絡があり、こうして直に会うとなると、何か話しがあるということだろう。
彼にとって心当たりが有りすぎる。内容によっては、対応も変わってくるというものだ。だとしても、このまま保留にしても話しが進まない。
意を決して彼――――新川恭二は自身を鼓舞するように声を張り上げて。
「あ、あのっ!」
「お、おう?」
規格外の存在が怯んだ。
何事かと驚いた調子で恭二の方へと視線と意識を向ける。
ここで畳み掛けようと、恭二は身を乗り出す。
「聞きたいことがっ――――」
「ちょ、ちょっと待て新川くん」
「はい?」
「周り。周りを見てみろ」
「周り?」
言葉に従い、周囲へと視線を向ける。
この場にいるのは彼らだけではない。ちらほらと、カウンター席に数人、テーブル席にも数人、確かに客は存在しており、全員が奇異な眼で恭二を見つめていた。
声の張り上げる場所が、それ相応の場所ならば問題はなかった。しかしここは喫茶店であり、しかも物静かな雰囲気を売りとしている場所。恭二のように声を張り上げるのは不釣り合いとも言えるだろう。
恭二もその辺りを理解しており、羞恥のせいもあってか見る見るうちに顔を赤く染め、先程の肩身狭くしていた調子よりも更に小さくなって着席する。
その様子を最初から見ていた規格外の存在――――茅場優希は不謹慎であると自覚しているものの面白かったのか、口元に小さく笑みを浮かべて逆に問いを投げた。
「いきなりどうしたんだ?」
「すみません。優希さんが僕を呼び出した理由を知りたくて、気が動転して、テンパちゃって……」
「そんなことか」
恭二の聞きたいことがわかった、しかしどうしてそれで気が動転するのか理解が出来ないのか、優希は不思議そうに首を傾げて。
「つーかよ、呼び出した理由って前に言ってたヤツなんだけど」
「前に言ってたやつ……?」
皆目検討がつかない。
恭二と優希、この二人は確かにお互いの連絡先を知っているし、知っているからこそこうして二人で喫茶店に訪れる事も出来る。
だからと言って、頻繁連絡を取り合っているというわけでもない。それに自分から連絡することはどうにも恭二は気げ引けた。理由はわかっている。彼は恭二が憧れている人の――――。
そこまで考えて、恭二は首を横に振った。
雑念を払うように、事実から目を背けるように、恭二は今ある問題に専念することにする。
「前に言ってたやつって、なんですか?」
「なんだ、忘れてたのかよ」
軽く肩を竦めて、優希は続ける。
「朝田にちょっかいかけている連中のこと教えてくれただろ」
「言いましたね……」
「ンで、今度礼をするって言ったべ」
「……あっ」
すっかり、忘れていた。
と言うよりも、社交辞令として受け取っており、恭二本人が本気で受け止めていなかった。何せ自分は情報を流しただけだ。実際に行動に移したのは優希なのだから、礼を言われる謂れもない筈。
そんな恭二の心境も知らずに、優希は退屈そうな口調で述べる。
「だからここではオレが奢らせてもらうぜ。ちなみにここのパンケーキはデラウマ」
「ぱ、パンケーキ? 甘い物好きなんですか?」
「まぁな。暇な時は一人で食べ歩いてる」
「意外ですね……」
「あまり知られたくねぇけどな。オレもそう思うよ」
「どうして僕に教えてくれたんですか?」
「あまり仲良くねぇからじゃねぇの?」
そこまで言うと、悪い、と直ぐに謝罪して優希はバツの悪そうな顔で言葉を選びながら続けて。
「悪い意味じゃねぇんだ。オレもそうだが、新川くんもオレを良く知らねぇだろ? だから言いやすかった。別に新川くんがどうのこうのって意味じゃない」
「あぁ、そういう意味だったんですね」
「悪いな。最近気がついたんだが、どうもオレは言葉が足らない節があるみたいだ」
人のイメージとは払拭し難いものだ。
人は外見、対応次第で枠に嵌めて考えようとする。外見が強面だがその実、可愛いもの好きなのがギャップを産むように。軟弱そうな外見なのに、アウトロー漫画を好む意外性が存在する。
それを人によっては、ギャップがあり好みが別れるだろう。しかし優希は仲間内に、彼が親しくしている人達にバレたくないようだ。だから自分が甘い物好きという事実を、恭二に伝えることが出来たのだろう。
恭二は考える。
優希が甘いもの好き。それは意外なものだ。
あまり付き合いがない恭二がそう感じているのだ、優希という人物を恭二以上に知ってい者が聞くと強烈な事実として伝わるに違いない。
それにしても何と律儀なことだろうか、と恭二は思う。
何もしてないに等しい自分にまで礼として奢りに来るのだ。義理堅いにも程がある、と考えながら。
「優希さんの気持ちも嬉しいですけど、何も奢ってくれなくても大丈夫ですよ」
「新川くんが大丈夫でも、オレが大丈夫じゃねぇんだ。歳下は黙って歳上に奢られろ」
「でも僕がやったことなんて些細なことだし、それに朝田さんなら何とかすると思うんですよ」
「それはどういう意味だ?」
訝しむ視線で優希は恭二に問う。
しかし恭二は自信満々な調子で彼は断言するように答える。
「だって、朝田さんって強いじゃないですか?」
「アイツが、強い……?」
「はいっ!」
疑うことなく力強い頷きを持って応じると。
「彼女はクールで、超然としてて、何事も動じなくて、絡まれている僕を助けてくれて――――!」
――――悪人を撃ち殺す事が出来る、強い人ですから。
そんな言葉が最後まで続くことはない。
恭二は熱が籠もりつつある弁論を控えた。控えざるを得なかった。
熱狂する彼の心を冷やすように、目の前に座っている人物は口元を片手で覆い何かを考えている。それが恭二には眼についた。自身の言葉に同意することも否定することもなく、そういう見方もあるのかと受け入れて、その上で茅場優希という先輩は後輩を考えている。
違和感があった。
自分と優希の間に無視できない程の温度差があることを、恭二はここに来て気付く。その原因がどこにあるのか、確認するように恭二は恐る恐るといった調子で尋ねる。
「……どうか、しました?」
「あ、いや。新川くんはそう考えているのか、って思ってな」
その言葉は明らかに恭二とは違うモノを感じていた。
朝田詩乃という女性を強いとは思っていない、ということは弱いと思っているとしか考えられない。それはつまり、自身の意見を否定されたということ。
とは言え、恭二の顔色に不快な表情は見られない。むしろ興味深かった。彼もまた強者側の人間と言える。強者が強者をどう評価するのか、恭二は純粋に興味を惹かれていた。
「優希さんはどう思っているんですか?」
「オレは、そうだな……」
オレなんぞが評価するのもアイツに申し訳ねぇが、と言うと続けて。
「腹立った」
「腹……?」
強いでもなく、弱いでもない。腹が立つと評した優希の心理をいまいち推し量れない。
何を持って朝田詩乃見て癪に障ったのか、そう尋ねる前に優希は口を開いた。
「オレとアイツは結構長い付き合いでな。何となく把握しているつもりだ」
「朝田さんから聞きました。小学校からでしたっけ?」
「あぁ。その時からアイツは妙なクソに絡まれててさ。結構エグいこともされてた」
「それで優希さんが助けた……」
その言葉に間髪入れずに、優希は否定する。
いいや、と。力強い否定があり、忌々しい舌打ちを以て、苦虫を噛み砕いたような苦い顔で、納得しない調子で。
「助けてねぇよ。目障りだったから首を突っ込んだだけだ。朝田もアイツに絡んでたクソも」
「えっ、朝田さんも目障り!?」
意外そうに目を丸くする恭二を見て、おう、と首を縦に振って優希は続けて言う。
「どっちも目障りだっつーの。どんな仕打ちされようが、どんな扱いを受けようが、朝田は泣き言一つ言わなかった」
「それがどうして目障りに……?」
「泣き言一つ言わなかったが、泣いてたからなアイツ」
「朝田さんが、泣いていた……?」
そんなに意外だったのか、呆然とした口調で恭二は呟いた。
「その癖、理不尽な仕打ちされても当たり前だって受け入れやがる。いつか壊れるに決まっているのに、悲鳴一つも上げない。見ようによっては強くも見えるし、実際アイツはそこまで弱くはねぇよ」
でもな、と言葉を区切ると忌々しげに続けて。
「アイツは辛い目ばかりあってきた。確かに自業自得かもしれない、アイツがやらかした事は手放しで褒められたモノでもないだろう。だがな、幸せになっちゃいけないなんてルールもない筈だ」
チッ、と苛立たしそうに舌打ちをして。
「アイツにも、アイツを害する連中にも、オレはムカついた。小学の頃のアイツは自分に降りかかる理不尽すら抵抗するつもりがなかった。違うだろ。辛い目にあったんだ、その分幸せになってもいい筈だ。やめてって叫べばいいのに、アイツは何も言わなかった。だからオレは腹が立って首を突っ込んだ」
「だから優希さんは腹が立った、と」
「ガキみたいな理由だろ? 当時のオレは、アイツが強い弱いなんて考えてなかったけどな。今は――――」
「今は?」
「その、なんだ。朝田は凄い事やったと思うわ。オレには出来ないことをやった訳だしな」
どこか遠い目で、されど憎悪がり、その中には微かな悲壮が覗いていた。
何があったのか、とは恭二には聞けなかった。きっと過去、彼も何かあったのだろう。それこそ今でも後悔するような、悔いるような何かを経験しているのだろう。それがソードアート・オンラインでの出来事なのか、はたまたもっと過去の話なのか、それ以上踏み込めない恭二には何もわからない。
しかしこれだけは断言出来る。
自分は二人との間に、大きな開きがあると。何も経験を積んでいない、何も体験していない、ゲームが取り柄だけの自分。
兄とは違って、死線を潜ってきた訳でもない。新川恭二という人間はなんとも弱い人間で、何も出来ない存在なことか。
「二人共、凄いですね。比べて僕なんて大したことなくて……」
無意識に、そんなことを口にしてしまった。
次に起こるのは憂鬱だ。気が落ちて、何もかもが鬱陶しく、自分自身を卑下する。
だが――――。
「何言ってんだ?」
「え……?」
俯いていた顔を上げる。
そこには恭二から見た強者の一人である茅場優希が首を傾げて不思議そうに。
「新川くんだって凄いことしただろ」
「それって、優希さんに情報を流したことですか?」
「あぁ」
頷いて断言する優希に、思わず恭二は小馬鹿にした態度で鼻で笑うと。
「実際に行動に移したのは優希さんでしょう。慰めならやめて下さいよ」
「バカ。情報があったから、オレは動けたんだろうが。新川くんから連絡がなければ朝田がどうなってたかわからねぇよ」
「それは、そうですが……」
「それに、だ。アンタがオレに連絡をくれたってことは、クソ連中を止めることが自分には出来ないってわかってたからだろ?」
口にされると惨めさが加速する。
恭二は小さく頷いた。言葉にすると自分の惨めさが浮き彫りになると考えていたから。
だが優希は否定する。
恭二は惨めではないと、むしろ感心するような口調で。
「自分には出来ないことを、何者かに頼る。とある人の受け売りだが、頼ることも一つの強さだと思うぜ」
「一つの、強さ?」
「出来ないことを認めるのも大したもんだ。何でもかんでも一人でやろうとして、大失敗したクソ野郎がいる。一人では成し遂げられないことがあるってわからないで、一人で突っ走って、周りに迷惑をかけてな。本当にクソ野郎だ、そいつはマジで死んだ方がいい野郎だとオレは思ってる。そのクソに比べたら、新川くんは大した奴さ」
「僕が、大したヤツ……?」
恭二にとって強さの定義は実にシンプルなものだ。
誰よりも強く、誰よりも疾く、誰よりも負けずに、絶対に勝つ。それが恭二のもつ強さの定義。それが全てであり、それを有していたからこそ、朝田詩乃に彼は憧れを抱いていた。
しかしここで、その定義が崩れつつある。
強者の一人である茅場優希は断言した。誰かを頼るのも強さであり、自分には出来ないことを認めることも強さでもあると。
あまつさえ彼は、新川恭二は大した人間だと。
まるでそれは――――恭二という人間を見ているかのような言葉だった。
「少なくとも、アンタは凄いヤツだと思ってる。アンタがいたから、朝田は救われたんだ。だから、まぁアレだ。アンタはもっと胸を張っていいと思うぜ?」
「――――――――」
ここで言葉を失った。
優希は間違いなく言った。朝田を救ったのは恭二であり、自分ではないと。それこそありえない。確かに情報を流したのは恭二であるが、実際に遠藤とその仲間達を止めたのは優希だ。その事実は間違いなく、覆りようのない真実でもある。それが分かっていない優希ではない。わかった上で断言しているのだ。朝田を救ったのは自分ではなく、恭二であるのだと。
聖人君子と謳うには歪。
悪逆非道と避難するには潔すぎる。
茅場優希という人間は、付き合いの浅い自分にはそれだけでは推し量れないナニかを内に秘めている。
だが、これだけは言える。
――ありがとう、優希さん。
――誰かに称賛されるなんて初めてだった。
――僕という存在を認められるなんて、初めてだった。
――両親にも、兄にも、認めてくれなかった僕を認めてくれた。
「そういえば朝田って学校来てんのか?」
「来てるけど、どうかしました?」
「最近アイツと連絡取れてねぇからさ」
「多分、朝田さんですけどね――――」
――――もう少し速く、貴方に会いたかった――――
――――そうしたら僕も、変われたかもしれないのに――――