ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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第2話 ボロアパートだって住めば都

 2022年8月23日 PM19:20 優希のアパート

 

 

 私立中学校から数時間の距離にあるその建造物は、築何年が経過しているのか見当も付かず、建物自体が小さなひび割れやツタに覆われているような状態だ。東京大空襲も乗りきったかのような、佇まい。現存する化石と言っても差し支えがない風格を漂わせている。

 二階通路には、洗濯機が設置している辺り、風呂場が存在しないらしい。

 つまるところボロアパート。誰が見ても古びたアパートの二階。一番奥の部屋の一室で、ボロアパートの家主――――茅場優希はスマートフォンを片耳に当てて、通話をしていた。

 

 

「ハァ? 今から来る?」

『うん、いいかな?』

 

 

 電話口の相手は幼馴染である結城明日奈だ。

 優希はチラッと壁にかけてある質素な時計を見やる。軽く19時を超えていた。この物騒な世の中、年端もいかない少女が歩いてくる。加えて、明日奈の家とここまでかなりの距離があることを優希は知っている。

 

 チッ、と小さく舌打ちを一つすると、すぐに優希は立ち上がる。

 

 

「待ってろ。今迎えに―――」

『あ、うん。大丈夫』

「大丈夫なわけねぇだろ。すぐに―――」

 

 

 ぶっきらぼうに言い捨てるが、同時にチャイムの音が聞こえた。

 まさか、と。無言で優希は玄関まで近付くと、ドアをまた無言で開ける。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 ドアの前に立っているのは少女。

 スマートフォンを片耳に当てて、どこか気恥ずかしそうな顔で優希をチラチラと見ていた。

 そして恥ずかしそうにはみかみながら口を開く。

 

 

「『えへへ、来ちゃった……』」

 

 

 携帯から、肉声から。同時に声が優希の耳に入ってきた。

 ボロアパートらしからぬ格好、ロングスカートを履いて、クリーム色のジャケットを羽織どこかお嬢様オーラを醸し出し、いつもの髪型ではなく、両端の髪をしばりおさげにしている。

 電話口の相手――――結城明日奈がそこに立っていた。

 

 優希は一瞬だけ面を喰らうも、溜息を深く吐き後頭部をガシガシ掻きながら呆れた口調で口を開く。

 

 

「来ちゃった、じゃねぇよ。来る時は迎えに行くから待ってろって毎回毎回言ってんだろ」

「だって、そこまでしてもらうの悪いし……」

「急に家にまで来て、今更何言ってんのオマエ?」

「うぅ……」

 

 

 本当に申し訳なさそうにする明日奈に対して、再び深い溜息を吐いて優希は促す。

 

 

「オマエが人の話聞かねぇのはいつものことで、昔からだしな。まぁいいや、入れよ」

「うん、お邪魔します……」

 

 

 ボロアパートの外観をしている割に、内装は綺麗な部類だった。

 無駄がない、と言ったほうが正しいのかもしれない。ワンルームである部屋にあるのはテレビ、冷蔵庫、扇風機、机、従兄弟から貰った使わないパソコン以上。洒落た家具もなければ、ふかふかのソファーなどもない。

 

 

「相変わらず綺麗にしているね?」

 

 

 ボロボロになっている畳の上に座りながら明日奈は感想を漏らすも、優希はそれを一蹴するかのように鼻で笑いながら返した。

 

 

「何もねぇからな。散らかしようがねぇのさ」

「その割に机の上が散らかってるよ?」

 

 

 そういうと、明日奈の視線の先にあるのは参考書やノートが開きっぱなしで乱雑に置かれていた。

 

 

「……もしかして、勉強中だった?」

「いいや、今終わったとこだ」

 

 

 ぶっきらぼうにそう言うと、優希は冷蔵庫を開けながら麦茶が入っているピッチャーを取り出し、戸棚からはコップを二つ分取り出した。

 

 

 ――まぁ、嘘なんだがな。

 ――気を使われるの面倒くせぇし。

 ――終わったってことにしておこう。

 

 

 菓子どこにあったか、と探している優希の背を見て明日奈は見抜いていた。

 

 

 ――嘘だね。

 ――多分これから勉強するつもりだったんだ……。

 ――ありがとうね、優希君。

 

 

 長年の付き合いからなせるのか、それともただ単に優希が嘘つくのが下手なのか、簡単に看破されていたようだ。

 

 

「悪い、菓子はなかった――――って、何を笑ってるわけ?」

「ううん、何にも?」

 

 

 悪いなと思う反面、気を使ってくれたのが嬉しかったのか、明日奈の表情に自然と笑みが溢れる。

 そんな明日奈を見て、不思議そうに優希は首を傾げながら机の上にピッチャーとコップを置いた。と、同時に優希のスマートフォンが鳴り始める。その着信は電話ではなく、どうやらメールのようである。

 

 

「あっ、わたしが注いでおくから」

「ん、悪いな」

 

 

 明日奈は慣れた手つきでコップに麦茶を注ぎ、優希は返信するためにスマートフォンを片手に操作していく。

 受信者の名前は『朝田』タイトルは『先輩』のみである。本文はどうした、とツッコミを入れるのも面倒くさい様子で、優希は『どうした?』とだけ文字を入力すると返信した。

 

 それから数秒もしないうちに返事が返ってくる。

 受信者の名前はやはり『朝田』。今度は本文も入力されているが、やはり簡略なもので『先輩は今何してんのかなって思って』といった内容だった。

 これは長くなりそうだ、と優希は思いながらスマートフォンから机を挟んで座っている明日奈へと視線を向ける。

 

 

 ――めちゃくちゃチラチラ見てんなコイツ。

 ――そんなに気になるもんかねぇ?

 

 

 ここで「気になんのか?」って質問するものなら明日奈は絶対に「いいや別に気にならないよ?」と答えることだろう。だが誰がどう見ても、今の明日奈は優希が誰とメールをやり取りしているのか気になって仕方ないようだ。

 その証拠に、既に麦茶を飲み終わっているにも関わらず、コップに口をつけたままチラチラと優希の方へと視線を向けている。本人はバレてないと本気で思っているのだから、余計質が悪いと優希は結論付けて口を開いた。

 

 こうなったら先手必勝である。

 自分から暴露した方が手っ取り早いし、別に隠したところで何の問題もない。

 

 

「後輩からだった」

「え、中学の?」

「いいや、小学校の。朝田ってヤツだ」

 

 

 明日奈は少しだけ考えながら。

 

 

「うーん、居たかなー?」

「つーか、オマエとオレって別の小学校だったし分かる訳なくね?」

「それもそっか」

 

 

 うんうん、と納得するように頷いて明日奈は続ける。

 

 

「朝田君とは仲がいいの?」

「どうだろうな、別に普通じゃねぇかな?」

 

 

 ここでナチュラルに『朝田』を男扱いして話を進めている明日奈であるが、実のところ『朝田』なる人物は女性である。だがこれを優希はスルーを決め込んだ。いちいち訂正するのも面倒だし、話が進まないからだ。

 

 話を進めるために、メールのやり取りを中断しスマートフォンをポケットにしまい込み、優希は問いかけた。

 

 

「ンなことより、オマエここに来ること誰かにちゃんと言ったのか?」

「うん、大丈夫。お兄ちゃんに言ってあるよ?」

「浩一郎兄か。なら別にいいか」

 

 

 誰かに伝えて外出してくるならいい、と納得するとコップに入っている麦茶を一口飲んで問いかけた。

 

 

「何があった?」

「……何のこと?」

 

 

 無理して愛想笑いを浮かべる明日奈に、優希は呆れた口調で続けた。

 

 

「無駄に長い付き合いじゃねぇんだ。オマエに何かあったなんてことは一目見ればわかんだよ」

「……凄いね、何でもわかっちゃうんだ」

 

 

 元より、優希は他人の感情の起伏を読み取るのが得意な部類である。何かあればそれが何かしら癖と言う形で自然と出てくるのを少年はよく知っている。加えてそれが幼馴染であるのなら、尚更わかってしまうというものだ。聞いてほしいからこそ明日奈はここに来たのであり、優希もすぐに家の中に招いたのだ。

 わかった上で問いかける。何があったのか、と問いかけるも明日奈は答えない。

 

 もちろん何かしら答えなければ話は進まないが、優希は黙って見守っていた。

 これは自分から話さなければならないことだ、と優希は考える。きっかけを与えた、それで話したくないのならこの話題はそれまでである。深く追求することはしない。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 沈黙は数秒か、数分か。

 時計の秒針の音だけが周りを支配していく。そうしていると明日奈は口火を切った。

 

 

「もし、もしね? 決まった人生を歩まないといけないと誰かに決められたら、優希君はどうする? その通りに進む?」

 

 

 顔を下に向けて、まったく表情が読めないが、弱々しい声で明日奈は問いかけた。

 そうだな、と優希は相槌を打ちながら、明日奈の身に何があったのか分析し始めた。

 

 

 ――誰かってのは、明日奈の親か。

 ――浩一郎兄に言ってきたって辺り間違いねぇな。

 ――京子さん達にここに来るって言ってねぇのはアレだ、飛び出してきたなコイツ

 ――親と何かあったことを伏せるのは、親がいねぇオレに気を使ってんだろう。

 

 

 下らないことで気を使いやがって、と眼を細めて明日奈を見る。

 

 親と喧嘩をする。

 恵まれている証拠である。喧嘩と言うのは一人では出来ない。意見をぶつけ合えて、己の主張を聞いてくれる人間が居て初めて成立するものだ。その対象がましてや二度と会話もできない人間が居る身からしてみれば、どれだけ恵まれているのだろうか。

 

 だが優希はそんなことを言うつもりはない。

 

 

 ――悩みってのは大なり小なりみんな抱えてるもんだ。

 ――オレには出来ないから、オマエは恵まれてる、だから我慢しろ。

 ――なんてクソのような意見はまかり通らねぇ。

 ――悩みは悩みだ、なら親身に聞いてやらねぇと。

 

 

 そこまで考えると、優希は優希の意見を提示する。

 迷うことなく、朗々とした口調で、後ろめいたい気持ちなどなく、自分の言葉を口にする。

 

 

「進むわけがねぇ。絶対に反抗するし、絶対に叛逆する」

 

 

 明日奈は顔を上げる。

 その言葉が来るのを明日奈は分かっていたと言わんばかりに、口元を緩ませていた。

 

 

「知っての通り、オレはひねくれてるからな。決められたのなら、絶対に思い通りにならねぇ。違う道を進んでやる」

「うん」

「確かに決められたのなら、後はその道を歩くだけだ。それは簡単だろう、それは安易だろう」

 

 

 そこまで言うと、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて優希は続けた。

 

 

「だがそれじゃつまらん。困難でもオレは別の道を選ぶ。最短距離で進んでやる、そうなったら振り返る暇もない。全速力で、自分が決めた道を突っ走るだけだ」

「転んでも知らないよ?」

 

 

 クスクス笑いながら言う明日奈の言葉に、優希は鼻で笑いながら。

 

 

「受け身取るから問題ねぇよ」

「大丈夫だよ。転んでもわたしが助けるから」

「ゲぇ……」

「何で心底嫌そうな顔をするの……?」

 

 

 両頬を膨らませて不満そうにしている明日奈を見て、優希は無視して話を続けた。

 

 

「と、まぁこれがオレの感想だ。参考になったか?」

「うん、何か君ならそういうと思ったよ。前しか見ないもんね、優希君って」

「だったらオレに聞くなよ」

 

 

 悪態を軽くつくと、優希はテレビの電源を入れる。

 

 どうやら丁度特番だったようである。

 それは優希がよく見る単語。鉄仮面である従兄弟が開発に携わっており、いつもより熱が篭った説明を受けたことを優希は思い出す。

 

 

「あ、これお兄ちゃんが欲しがってるやつだ」

 

 

 明日奈の言葉を耳に入れながら、それの名前を思い出す。形状は頭全体を覆う流線型のヘッドギア、もちろん頭から被る物である。世界初のフルダイブ技術を用いた家庭用ゲーム機のその名前は――――。

 

 

「ナーヴギア、か……」

 

 

 

 




→鉄仮面の従兄弟
 身元保証人。
 実は感情が豊か(優希曰く)

→ボロアパート
 家賃が安い。
 大家と仲良くしておけば、一ヶ月免除とかしてくれる。
 チョロい。

→朝田
 優希の後輩。
 噂ではメガネを掛けてて女の子。

→絶対に前に進むマン
 もしかして:茅場優希

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