ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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 あと三話ほどでVol.6も終わります。
 よろしくお願いします!

 これもある意味、修羅場……(の筈)


第18話 先輩にとっての他人とは

 ここに来るまで、幾百ものシミュレーションを行った。

 ありとあらゆる角度から物事を分析し、ありとあらゆる視点で想像し、ありとあらゆる観点から結論付ける。

 何が起きても、今の私なら瞬時に反応し、冷静に対処することが出来るだろう。

 

 だから緊張する筈もなく――――。

 

 

「ふぅ」

 

 

 気を紛らわせるように、私は息を深く吐き出した。

 

 訂正するとしよう。

 私は酷いくらい、緊張している。

 動機は激しくなるばかりで治まる気配がない。思考は乱れに乱れ、両足は本当に地面についているのか疑ってしまうほど不明瞭なものだ。

 

 扉の前で数分、開けた先にはあの人が――――先輩がいるというのに、私はドアノブへ手をかけられない状態にある。

 何度も確認した服装をチェックし、ニキビがないかカバンから手鏡を取り出して確認する。寝癖もついてなければ、目ヤニもついているわけがない。外面でいえば、何も問題となっている箇所はない。加えて、メガネも装着済みだ。

 何も問題はない。何も問題がない筈なのに。

 

 

「すぅ……はぁ……」

 

 

 深呼吸。

 心を落ち着かせるために行っているのにも関わらず、私の心臓は逆に激しくなるばかりだ。

 

 先輩を前にすると気分が高揚することはいつものことだが、今回はいつにも増しているのを自覚する。

 遊びに行くとかプライベートとは訳が違う。私を取り巻く謎の緊張感の正体。それは恐らく、ここが先輩の職場だからだろう。私と先輩の間柄は、先輩と後輩だ。だが今日はその他にも、店員と顧客という立場が付与されることになる。その立場は曖昧なものではなく明確な立場。客としての領分を超えた振る舞いをしたものなら、先輩に嫌われるのは必然。何よりも――――普段の先輩とは違う彼が見れるかもしれないということ。

 

 

「……えへへ」

 

 

 そう考えるだけで、自然と頬が緩んでしまう。

 はたして先輩はどんな感じに私に接客してくれるのか。笑顔で応対するのか、それとも普段と変わらないのか。はたまた私の想像とは違う感じになるのか。

 ぶっちゃけ、どちらでも構わない。私と先輩、カウンターを隔てて対面する。それだけで新鮮味が増すし、何よりも働いている先輩を見てみたい。きっと普段にはない先輩が見られる、筈だ。

 

 そう思えば、緊張の一つや二つするというもの。いつも想っている人の別の側面を見れるか見れないかの瀬戸際が今なのだ。それはドキドキもするし、緊張もする。

 見逃すなんて乙女的にNO。絶対にNO。断じてNO。ついでに言うと、カメラを持ってくればよかったと今更後悔。

 

 

「よしっ……!」

 

 

 お腹の内側から気合を入れる。

 対ショック防御は完璧。どんなことが起きても、何を見ても私は慌てることはない。

 心は凍らせて、まるで氷のように冷ややかに、俯瞰的に物事を観察する。

 ……完璧だ。私の心は正に静まり返っている。もはや明鏡止水の境地に達したといっても過言ではない。

 

 それに気合十分。

 意を決して扉を、ダイシーカフェ店内に続く扉を開く。

 最初に目に映ったのは――――。

 

 

「いらっしゃいませ、お嬢様――――って朝田か。よく来たなオマエ」

 

 

 柔和な一人の店員。

 ギャルソンの制服に身を包み、綺麗な長いブロンドは後ろに縛っている。

 完璧に接客、完璧な応対、そして何より完璧な恰好。何度か妄想したことがある、店員――――先輩がどのような服装が似合うか、何度か妄想したことがある。その中の一つが今の先輩の姿。ギャルソン姿の先輩だ。

 

 私は無意識に。

 

 

「――――」

 

 

 先輩に手を合わせて、一礼していた。

 どうやら人には尊いゲージというものがあり、それが満タンに貯まると無意識に拝んでしまうものらしい――――。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 2025年6月10日 PM18:30

 ダイシーカフェ

 

 

 どうやら私は動転していたらしい。

 ギャルソン姿の先輩を見た瞬間から、何やら記憶がない。ひと目見ただけで何かが弾けた。頭の中がスパークして、無意識に手を合わせて拝んでしまっていた。

 しかし、しょうがない、しょうがないのだ。今の姿はこれでもかというくらい画になってるし似合っている。私の気が動転するのも無理はないというもの。決して常日頃、私はこんな訳のわからない女ではない。

 

 正直な話し、まだ私は冷静ではない。

 カウンター席に座り、カウンター越しに先輩がいるという現状。プライベートのときよりも確かに距離があるし、店員と客という立場を考えても離れていると言える。

 だけど、だからこそ、落ち着かない。何を話したものか、どう言えばいいものか、私の頭の中は真っ白になっていた。

 

 誤魔化すようにメニュー表を見るも、内容が頭に入ってこない。

 食事を取ればいいのか。しかし、目の前で食事をするというのは、物を頬張るというのはどうなんだろうか。乙女的にアリなのか、ナシなのか。正直に言うと判断に困る。

 

 

「……ご注文は、お嬢様?」

「それじゃ、先――――」

 

 

 反射的に「それじゃ先輩で」と答えそうになる勝手な口を理性で抑えることに成功する。

 危なかった、非常に危ない状況だった。私は何を口走りそうになったのか、浮ついているにも程がある。対する先輩は怪訝そうな顔で。

 

 

「せん? なんだって?」

「あ、いや。何でもないわ」

 

 

 なんとかして誤魔化さないと。

 

 状況を把握する。

 今ここにいるのは、私、先輩、それからレヴィのみ。人は数少なく、現状を打破するにはどうすればいいのか。私は自身の思考速度を加速させていく。「注文は先輩で」というあまりにもバカバカしいことを口走りそうになった尻拭いをするために。

 そこでふと、いるべきはずの人物がいないことに気付き私は疑問に思ったことを口にした。

 

 

「店長さんは?」

「マスターなら――――」

「ダディはマミィとお買い物です」

 

 

 遮るように、私の隣にレヴィが座りながら言った。

 彼女はまだ小さい。どうやらカウンターに設置されているカウンターチェアにレヴィのサイズは合っていないようだ。それを証拠に、なんとか座ることに成功しているものの、地と足が離れすぎている。

 

 それも相まってか、私から見たレヴィは愛くるしく見える。

 普段も可愛い彼女だが、今は白と黒の色合いの小さなウェイトレス服に身を包み、頭の上にはホワイトブリム。加えて落ち着かないのか、地につかない足をパタパタとさせている。非常に愛くるしい。店長さんが親バカになるのも無理はないというもの。

 自然と笑みも溢れるのを抑えることなく、私は思ったことをつい口にしてしまう。

 

 

「可愛い。似合ってるわよ、レヴィ」

「ほ、本当ですか?」

「えぇ。物凄く可愛い」

「詩乃さんに言われると、嬉しいですっ」

 

 

 大人びているとは言えレヴィもまだ小さい子供だ。

 何とか必死に、喜ぶのを我慢しているのは見て取れるが、嬉しそうにしている雰囲気だけは我慢できていない。むしろ溢れんばかりであり、そこも愛らしい要因ともなっている。

 子供なのだから我慢することはない、と私も思ってはいるが、恐らくレヴィのプライドが許さないのだろう。意地を張り、冷静を装い、背伸びをしたがる年頃であるに違いない。そういうところも可愛いのだけど。

 

 

「そう言って貰えて、私も嬉しいわ。お母さんとお父さんは買い物だっけ?」

「そうですけど、そうじゃないと思います」

「と言うと?」

「お買い物というより、アレはデートだと思います」

「あら、素敵じゃない。仲良しなんだ?」

「そうなんですけど……」

 

 

 それだけ言うと、レヴィはどこか不満そうに唇を尖らせて続けて言う。

 

 

「もう少し、しっかりしてほしいです。店をほったらかしにして自分たちはデートするとか、ゆーきに示しがつかないです」

「まぁまぁ、そう言わずに。息抜きも必要じゃない?」

「確かに、詩乃さんの言うとおりですけど……」

 

 

 渋々と言った調子で、レヴィは納得してくれたようだ。

 私も彼女が微笑ましく見えて、口元に笑みを浮かべていると。

 

 

「へぇ?」

 

 

 どこか感慨深いような口調で、意外な物を見たかのような視線を送っている先輩に気付いた。

 不快なものではない。むしろ何となく、私は居心地悪く思う。簡潔に纏めてしまうと、照れているのだ私は。先輩に観察されて、見つめられて、恥ずかしく思う。

 

 悟らせないように、突き返す口調で私は応じることにした。

 

 

「……なにか?」

「朝田が誰かの“先輩”をやってんの初めて見るからな。ちょっと意外だった」

 

 

 確かに先輩の言うとおりなのだろう。

 私と先輩は付き合いが長い。それこそ小学校からの付き合いであるし、その時から私達の関係は“先輩と後輩”であった。今更、私達の関係は変わることなく、現状だけで言えば関係は続いたままだ。

 となれば、先輩の感想も納得がいく。今まで私は先輩に接するときは後輩であったし、年上として先輩に接したことがない。しかし今はレヴィに接しているときの私は年上の対応。意外と称するのも頷けるというもの。

 

 しかしそれを言うのなら先輩もだろう。

 

 

「先輩に言われたくないわね」

「どういう意味だ?」

「貴方だって、人によっては対応が違うじゃない」

 

 

 ざっくりで言ってしまえば、先輩の対応は三段階に別れている。

 どうでもいい相手には基本丁寧に接して、気を許しかけている輩には砕けた口調になり、完全に気を許している人には口悪く応対する。

 

 その姿はまるで仮面を付け替えているようでもある。

 特に丁寧に対しているときは目を疑うほどだ。目つきは悪く口も悪い先輩が、満面の笑みで綺麗な言葉使い接しているのだ。それは目を疑うし、未だに馴れていない。

 

 だからこそ私は嬉しかった。

 先輩がぶっきらぼうで接しているということは、心を開いているということ。つまり演技しなくてもいい人間ということだ。何者かを演じる必要もなく、ありのまま茅場優希という彼を曝け出せるということ。

 そしてその対象に、恐らく自分も選ばれている。まだ“後輩”という立場であるがいつか、いつの日か、先輩の特別に――――。

 

 頬が緩むのを我慢して、意地の悪い笑みを浮かべることで何とか誤魔化す。

 

 

「本当に先輩って人を見るわよね?」

「人聞き悪い。空気を読んでるって言えや」

「物は言い様。便利よねー日本語って」

「うるせぇなー。さっさと注文しろよばかやろー」

 

 

 フンッ、と少しだけ拗ねた調子で言う先輩が可愛く微笑ましく思う。

 先輩を良く知らない人は、こんな彼の表情も見えないのだろう。そう考えると、少しだけ可哀想にも思えてくる。

 

 

「オススメって何かある?」

「そうだなぁ」

 

 

 店員専用のメニュー表なのか、私が持っている物とは違い、小さいノートのような物を取り出して先輩はページを捲ると。

 

 

「ケニア茶とルワンダ茶のブレンド。意外と美味いと思うぜ?」

「え、紅茶?」

 

 

 茶葉を発酵させて作る飲み物。それが紅茶だ。

 言うのは簡単だが実際に淹れるとなると難しい。というのが、素人から見た私の感想だ。お茶と違って、素人には扱いが難しい。根拠はないが、難易度が高いという飲み物。そんな連想をさせる何かが、紅茶にはある。

 

 だからこそだろうか。

 常日頃、妹ちゃんに食事を用意しているとは聞いているものの、先輩が料理上手とは思えない。

 思わず、恐る恐るといった調子で私は口にしてしまう。

 

 

「先輩、淹れれるの?」

「どういう意味だ? って、言いたい所だが、まだマスターが淹れるような美味いもんは作れねぇ。人並み程度の腕前だ。で、どうする?」

「それじゃ、それで」

「かしこまりました。少々、お待ち下さい」

 

 

 どこか芝居がかった仕草で、恭しく一礼すると先輩は作業に入った。

 人並み程度の腕前、と彼は言った。だがその作業は流れるようで、一片の迷いもなければ躊躇もない。まるで感覚を身体が知っているかのような、何度も反復練習したような、染み付いている動きだった。

 だが私が注目していたのはそこではない。私が本当の意味で見ていたのは――――。

 

 

「大丈夫ですよ」

「え、何が?」

 

 

 隣りにいるレヴィが自信満々に、先輩に聞こえない程度の声量で。

 

 

「木綿季ちゃんから聞いてます。ゆーき、夜中ここに出されるメニューを作って練習しているみたいです」

「そうなの?」

「はい、だから詩乃さんも安心してください」

「……えぇ、ありがとう」

 

 

 レヴィの頭を撫でると、彼女は目を細めてどこか嬉しそうに預けてくれた。

 きっと彼女はじっと見つめている私を不安に思っている、と勘違いしてしまったのだろう。だが違う。レヴィには悪いが、それは違う。

 

 

 ただ私は――――見惚れていただけだ。

 真剣にお湯の温度を図り、茶葉の分量を計算し、遊びのない先輩の眼差しに、私は見惚れていただけだ。

 先程まで軽口を叩いていたとは思えない。その後姿は男らしく、その横顔は凛々しい、その在り方に心が激しく揺れ動く。

 ギャップ、というものなのだろう。今まで見たことがない、プライベートでは絶対に出会うことが出来ない、仕事人としての先輩の顔。動機は激しくなり、思考も定まらず、おまけに顔が熱くなるのを感じる。今の私はきっと、恋する乙女のそれなのだろう。頬は紅潮し、ぽーっと熱い視線を送っていることだろう。しかし先輩は気付いていない。それほどまでに、彼は真剣に没頭している。

 

 出来れば永遠に眺めていたい。

 真剣に何かをする先輩を、ずっと眺めていたい。

 しかしそれは叶うことがない。始まりがあるのなら終わりがあるように、この時間も永遠というわけではないのだから。

 

 

「お待たせしました――――って、何だよ?」

「べ、別に……」

 

 

 眺めていたいとは言ったが、だからと言って気付いてほしいとは言ってない。

 私の心情を見透かされないように慌てて言うが、先輩は「まぁいい」というとポットに淹れている紅茶をカップに注ぎ。

 

 

「ほら、グイッとイケ。グイッと」

「……言い方ってものがあるでしょう」

 

 

 呆れながら言うと、私はカップを受け取り口に運び、目を見開いた。

 不味くてではない。むしろこれは――――。

 

 

「美味しい……」

 

 

 カップに注がれた紅茶は、かなりの濃い赤銅色。しかし完全に透き通っており、味にも色とは裏腹に染みが全くといってほどない。加えてほんのり甘く、これならミルクなどは寧ろ要らない。紅茶の粋を集めたような味だった。

 

 良かった、とホッとする先輩――――な訳がない。

 あとは勝手に自分で淹れろ、と持っていたポットを置いて、彼はぶっきらぼうに言い放つ。

 

 

「……そうかよ。さっさと飲んで、さっさと金置いて帰れ」

「何か言い方が癪に障るけど、本当に美味しいわよこれ。今日色々あったけど、これ飲んでると落ち着いちゃう」

「色々って?」

 

 

 可愛らしく首を小さく傾げて問うレヴィに、苦笑を浮かべて私は答えた。

 

 

「学校でちょっとね」

「何かあったんですか?」

「うーん、仲良くなかった人から一方的に絡まれてるって感じかなー?」

 

 

 いまいち要領を得ないのかレヴィは首をかしげるばかり。

 だがこれ以上説明のしようがない。なにせ事実なのだから。

 

 

「ねぇ、先輩。前に学校の校門前で絡んできた女子生徒覚えてる?」

「……あー、居たな」

「ソイツ、遠藤って言うんだけどね? 今日学校に来たのよ」

「へぇ。それで?」

「私を見て何て言ったと思う?」

「何て言ったんだ?」

「姐さんよ、姐さん。しかもいきなりで、私が何をするにしても着いて来ようとするし、パンとか雑誌買って来ようとするし……」

「あっ、知ってます。そういう人、舎弟っていうんですよね!」

 

 初めて聞きました! と眼を輝かせて言うレヴィに、違うと首を横に振ることが出来なかった。

 本当にそのとおりだからだ。まるで今の遠藤の振る舞いは舎弟そのもの。高飛車で自分勝手であった筈の遠藤は消えて、何故か私の舎弟みたいなことになっている遠藤がそこに居た。

 最初は罠なのではないか、何が狙いなのかと疑ったが、どうやら彼女にそんなつもりはないようで、不自然なまでに自然に私へ絶対服従を誓っている。不気味、あまりにも不気味。どうしてそうなったのかわからないからこそ、余計に不気味に見える。

 

 

「オマエは嫌なのか?」

「嫌というか、馴れてないというか……」

「だったら問題ねぇだろ。いちいち気にすんな」

 

 

 そこで私は違和感を覚える。

 いいや、普通の言い回しだ。他人が聞けば、先輩の言い分に何一つ疑問を感じる箇所など存在しない。だがそれは、先輩という人となりを知らない人から見ればの話しだ。

 いつもの先輩なら、ここで「何かあったら言え」とぶっきらぼうに言い放つことだろう。だがそれがない。むしろ気にするなという言う彼の言い分はまるで、何かを知っているようにも思える。

 

 

「先輩、もしかして――――」

 

 

 何かを知っている? という疑問を口にしようとしたところで、ダイシーカフェの入口のドアが開いた。

 

 

「やっほー、遊びに来てやったわよー」

「サボってないだろうな?」

 

 

 先輩に軽口を言うのは二人の男女だ。

 聞いた覚えがある声。私は二人と仲が良い――――という訳ではなく、顔見知り程度の間柄だ。男の子の方は桐ヶ谷君で、女の子は篠崎さん。どちらも先輩の仲間であり、かつてSAOで助け合ってきた間柄であると聞いている。

 

 ここでふと、何となく、先輩の顔を見る。

 そこには――――。

 

 

「オマエら、金置いてさっさと帰れ」

「いや、せめて何か飲ませろよ!」

「店員の態度じゃないわよあんた!」

「うるせぇなぁ。んじゃ、塩と砂糖だしてやる。これでいいだろ? ほら、千円払えや」

「どこの国だよ!?」

「日本だよ馬鹿野郎」

 

 

 あまりにも粗暴で、雑な言い分である。他人が聞けば、とても態度がでかく、口の悪い人間に聞こえることだろう。しかし違う、真実はそれとは真逆。口調とは裏腹に、その態度には確かな親愛が存在していた。

 先程、先輩の態度には三段階あると私は言った。それは大きな間違いだ。四段階目が、私の知らない先輩がここに存在している。気の所為やなどではない、確かに存在していた。

 

 何よりも眼だ。

 二人を見つめている先輩の眼が、剣呑なモノではなく、見たことがない優しい眼で二人を見つめている。恐らく、二人は気付いていない。私が気付けたのは、先輩をずっと見ていたから、先輩のことを想っているからだろう。

 

 心臓が嫌に響く。

 内側からは良くないものが這い出てきそうになり。

 黒い感情が渦巻いているのを自覚する。

 傲慢に嫉妬し、激情に駆られ、強欲に羨望する。自然と、私は拳を握りしめていてた。

 そう。私は二人を羨んでいる。その特別は私が欲していたモノであり、私だけに向けられたかったモノだから。

 

 

「……明日奈はどうした?」

「あの子なら遅れるって言ってたわよ?」

 

 

 追い打ちをかけるように、先輩から無視できない言葉が口にされた。

 明日奈。それは結城明日奈さんに他ならず、先輩の幼馴染であり――――先輩の特別の一人でもある女性の名前だ。

 きっと彼女も二人と同じような眼を、いいや、それ以上に優しい目を向けられるに違いない。

 

 ズルい、と思う。

 同時に、当たり前のだ、と納得している自分もいる。

 彼女達は文字通り、今まで先輩と戦ってきた。私は詳しくは知らないが、ときに助け、ときに助けられ、共通の敵を見据えて、戦ってきたのだろう。楽しいことだらけではなく、そこには辛いことも悲しいこともあったに違いない。だが彼女達は戦った。一緒に戦い、こうして生き延びてきた。

 ならば、先輩の対応も頷ける。先輩にとって、彼女達は自分以上の存在であり、そう簡単に壊れることのない絆が出来ている。だらこその粗暴過ぎる口調であり、優しすぎる眼なのだろう。先輩に何かあれば彼女達は命をかけて助け、先輩も彼女達に何かあれば生命をかけて手を貸すことだろう。

 

 だが私はどうだろうか?

 もちろん、私も先輩に何かあれば命を賭ける。

 しかし逆は? 先輩は、私を、助けて、くれるだろうか――――?

 

 

「……先輩」

「ん、どうした?」

「帰るわ」

 

 

 それだけ言うと、私はお金を丁度払って、足早に店を出る。

 背後から先輩の声が聞こえるが、今では嬉しくもなく、虚しいばかり。

 

 酷く場違いだ。

 明日奈さんと争っている気でいた。出し抜くつもりで今まで行動していた。

 しかし現実は違う。彼女と私には見たくもない大きな溝があり―――――私は全くと言っていいほど、同じ土俵に上がって居なかった。

 

 これ以上見たくない。

 先輩と彼女が楽しげに会話する姿など見たくない。

 そんな汚い感情に突き動かされて私は逃げた、ただ逃げるのだった――――。

  

 

 




 べるせるく・おふらいん
 ~その後のダイシーカフェ~

優希「なんだアイツ……?」
里香「あっ(察し)」
優希「オマエ、わかったのか?」
里香「まぁ、うん」
優希「教えろよ」
和人「お前のそういうところだよ」
優希「??」

 ガチャ

明日奈「ごめん、遅くなっ――――」
優希「明日奈、オマエそこでメガネを掛けた女と――――」
明日奈「優希くんの、制服、姿……」
優希「あ?」
明日奈「尊み(手と手を合わせて目を瞑る)」
優希「最近、流行ってんのかそれ?」


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