ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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 次で後輩とのデートも終わりです。


第9話 後輩とのデート ~灼熱編~

 

 2025年5月31日 PM13:12

 都内 大型雑貨店

 

 

 そうして茅場優希と朝田詩乃は仲睦まじく雑談をしながら、繁華街を練り歩いていた。

 何を練っていたのかといえば簡単に言ってしまえば、どこに目的地を定めるかと言ったところである。特に目的もなく、何をするでもなく、二人はブラブラと辺りを雑談混じりに散策していた。

 

 詩乃としてはそれでも良かった。

 想いを寄せている相手と共に歩く。そんな取り留めもない、当たり前のことでも、彼女としては満足であった。

 しかしそれは、彼女だけの話しだ。もしかしたら優希に不満があるのかもしれない。ただブラブラと、惰性に事を進めるのは、彼にとっては苦痛であるかもしれない。彼が自分と同じ気持ちであるとは限らないのだ。

 

 故に、詩乃は目的地を探していた。

 先輩を飽きさせないように、どこか健気とも取れる行動に、優希は全く気付いていない。むしろ慌ててどうしたのだろう?程度の疑問しか浮かんでいなかった。

 

 だが詩乃に焦った様子はない。

 何せこの日に備えて、この辺り近辺の情報は既に入手済み。学校帰りに立ち寄り予習復習は完璧という準備も怠っていない。

 もはやどこに何があるかなど、眼を瞑っても辿り着けると断言できるほど自負しているほどだ。

 

 だからだろうか。

 詩乃の足取りに迷いはない。

 休日ということもあってか、平日よりも目に見えて多い人波をスルスルとかき分けて、目的地に辿り着いた。

 

 

 そこは五階建ての雑居ビルに店舗を構える雑貨屋だった。

 入り口には乱雑に商品が積み重ねられており、どういった店なのかわかりかねる。

 何せ、ショウケースには高級そうな時計、その隣には某銀河帝国の悪役が被ってそうなマスク、その隣には木箱に入ったオルゴールとなんとも忙しない物の数々。とてもではないが、店の前だけでここが何屋なのか判断に難しい。

 中に入っても同じであった。右を見れば本があり、左を見れば音楽関係。正面を見れば家電といったように、業種の異なる商材を並べて陳列されている。

 

 

「何とまぁ、手広いことやってんな」

「面白いでしょ? 最近出来たのよここ」

 

 

 店内を散策しながら興味深そうに辺りを見渡す優希に対して、詩乃はどこか自信満々に言い放つ。

 

 だが否定はしなかった。

 優希から見た店内は新鮮なもの。洗練された商品を陳列している、といったわけでもない。寧ろどこかダラシない様子で、通路も物が多すぎて狭く、商品だってどこかマニアックなものばかりで、ゾンビ映画などに出てきそうな大口を開けている貯金箱や、人体模型を模した抱き枕など、誰が買うのかもわからない。ある意味で気持ち悪いモノが多すぎるくらいだ。

 それでも、何となくワクワクしている自分も確かに感じていた。

 

 商品は珍しいものばかり。

 いいや、珍しいものばかりであるからだろうか。

 オールディーズなどの音楽を店内で流したり、昔の懐かしいカトゥーンアニメを上映を上映していたり、雑誌などではカーグラフィックのバックナンバーを並べいたり、と見たことがないものばかり。

 どこか、そう。店の中には秘密基地感がある。ここにしかないものが存在し、陳列も乱雑であるがまたそれが良い。

 

 まるで童心に帰ったようだ。

 表情や態度には見せないが、得体の知れない探検欲が優希の内から湧き上がってくる。

 斜めに構え、捻くれた物の見方を良くしている優希であるが、彼もまた男の子だということだ。

 

 ほうほう、と店の真ん中に設置されている等身大のロボット的なメカメカしいモノに眼を奪われている中。

 

 

「先輩、アレを見てよ」

「あ?」

 

 

 肩をチョンチョン、と。

 人差し指で突かれ、詩乃の方へと顔を向ける。彼女は優希を見ていなかった。どこかを指差し、それを見るように促している。

 

 

「……………メガネ」

 

 

 キョロキョロと、物珍しく見ていたとは思えないほどに一点を見つめて。

 フラフラと、どこにでも興味を示していたとは者と同一人物とは思えないくらい真っ直ぐに。

 木材つ作られたテーブルの上に、それはたしかに合った。紅い分厚い牽かれた布の上に、それは確かにあった。

 それは眼鏡。視力を矯正したり、眼を保護したり、あるいは着飾ったりするための、目の周辺に装着する器具である。それ以上でもそれ以下でもない、ただの道具の一つであった。だが優希にとってはそれ以上を意味しているようだ。

 

 何せ一般人と反応が違う。普通で眼鏡があることを確認し、一目見て終わるところだろう。

 だが優希は違う。眼鏡を見つけて立ち止まり、そしてガン見している。まるで観察するように、鑑定するように、眼を輝かせて、ひたすら眼鏡を見つめていた。

 彼はそこで何分見つめていたのだろうか。しばらく動かずに、ジッと見つめてひと息ついて。

 

 

「…………なるほど」

「満足したの?」

「あぁ。たまにはこういう生真面目なメガネ以外のメガネもいいもんだな」

「生真面目メガネ……」

「生真面目メガネ」

 

 

 首をかしげる詩乃に、満足したと言う割にメガネから眼を話そうとしない優希は応える。

 

 正直な話し、この雑貨屋にメガネが設置されていることは知っていた。

 男心を擽り、飽きさせることなく、更に先輩の好きそうなものがある店。そういう条件を念頭に入れて、ここいらの繁華街を下見していたのだ。どこに何があるか、そして優希が好みそうな店など頭の中にインプットしている。

 だとしても、今の彼の反応、彼の言動、更に言えば彼の行動には予想外ばかりだったようだ。

 

 理解しようと努力しているものの、何一つ理解が出来ない。

 故に詩乃が質問してしまうのも無理はない話しだ。

 

 

「生真面目メガネとは?」

「しっかりしてないメガネだよ」

「しっかりしてないメガネ」

「しっかりしてないメガネ」

 

 

 おかしい。

 同じ日本語なのに何故こうもわからないものなのか。

 えーっと、とメガネをずらし目頭を抑えて考え込むも、詩乃にはてんでわからなかった。

 

 

「しっかりしてないメガネとは?」

「語っても?」

「何分かかりそう?」

「二時間くらいか?」

「巻いてちょうだい」

「そうだなぁ……」

 

 

 んー、と少しだけ考えて優希は口を開く。

 

 

「伊達メガネだな」

「秒で終わるじゃないの」

「バッカ、オマエ。断腸の思いで一言に纏めたんだよ!」

「相変わらずメガネフェチなのね、先輩」

 

 

 果たしてフェチなんて言葉で簡単に片付けていいのかどうかわかりかねるが、詩乃は微笑ましく笑みを浮かべていた。

 そこでそう言えば、と詩乃は何かをひらめき提案することにした。

 

 

「そう言う割に、先輩ってメガネを掛けないわよね」

「当たり前だろう。オマエみたいな可愛い顔した奴ならいいが、オレのような野郎がメガネをかけるとか、メガネさんに失礼だろうが」

「自然にメガネにさん付けしたわね――――んん?」

 

 

 何か、聞き逃してはならないことを言わなかったか?

 詩乃は笑みを浮かべたまま固まると、先程の優希の言葉を繰り返し反復し、恐る恐るいった調子で。

 

 

「ねぇ、先輩。さっきの言葉、もう一度言ってくれない?」

「メガネさんに失礼だろうが?」

「もっと前。むしろ冒頭から!」

「当たり前だろ?」

「あぁ、イキすぎ! もう少し後から!」

「?? オマエみたいな可愛い顔した奴なら良い?」

「―――――――」

 

 

 瞬間、目にも留まらぬ速さで180度回れ右をし、優希に背を向けた状態になった。

 あまりにも急だったもので優希も「なんだ!?」と少しだけ狼狽えるも、詩乃には反応できるほどの余裕はない。

 

 彼女は肩を小さく揺らす。

 口元を抑えて、顔を真っ赤にさせて。別に気持ち悪いというわけではなく、ましてや熱があるわけでもなく、寒気を感じているわけでもない。

 彼女は――――歓喜に身を震わせていた。

 

 口元を抑えているのはだらしなく浮かべる笑みを隠すため、背を向けたのは真っ赤になってしまった自分の顔を見せないため。

 それでも何とかいつも通りの、冷静である自分を思い出し、唇を一文字に閉ざすように力の限り努めるも、何もかもが徒労に終わる。

 

 キュッ、と結んだ口は直ぐ。

 にへら、とだらしなく笑ってしまう。

 

 

 ――ダメ、ダメよ……っ!

 ――ときめかないで、私!

 ――揺れないで、私の心!

 ――萌えは覚悟を鈍らせる!

 

 

 それでも自らを自制させようとする辺り、詩乃はまだ理性をギリギリ保っていると言えよう。

 だがそれも決壊寸前。もう一言彼女を褒める、あるいは彼女に軽くでも触れるなどした場合、彼女の理性は崩壊することだろう。もっと細かく言えば、理性を失くした獣と成り果て、愛に生きるビーストがアドベントすることになるだろう。

 正に瀬戸際。一つでも些細な事をしたものなら、物語は決着することになる際の際で。

 

 

「へぇ、珍しいものが置いてんな」

 

 

 優希は悠長な口調で口を開いていた。

 

 しかしどうやら、それのおかげで詩乃は冷静を取り戻したようだ。

 一度深く深呼吸。吸って、吐いて、をこれでもかというくらいゆっくり、そして深淵よりも深く行って。

 

 

「何が珍しいの?」

 

 

 何とか取り繕うことが出来たようだ。

 ズレたメガネをあげながら言うその姿は、どこか“出来る女”と思わせるには充分過ぎるほどの仕草。

 

 そんな見えない葛藤に打ち勝った後輩に気付かず、先輩は「ほら」と視線を珍しいと称したそちらに送りながら近付いていく。

 詩乃もその後を追い、直ぐにそれが何なのか理解することが出来た。

 

 そこにあったのはCD。

 それも陳列は綺麗なもので、器用に置かれているCDの中心部にはミュージックビデオが映し出されている。

 海をバックに、ギターを肩に掛け、弾き語りしながら歌う一人の女声の姿。

 どこか楽しそうに、幼さが残る黒髪は清楚と断言出来るほどの整った顔立ちをしている。

 

 神埼エルザ。

 最近ブレイクしている歌手である、と詩乃は記憶している。

 サブカルチャーに疎い優希が知っていることに少しだけ疑問に思うも、直ぐにどうしてか思い出して。

 

 

「妹ちゃんが好きなんだっけ?」

「まぁな」

 

 

 ジッ、と。優希はテレビに映し出されているミュージックビデオを見つめる。

 先程のメガネを見つめるときの眼差しとは違い、どこか値踏みするような。見惚れるとも違う、一挙手一投足見逃さない。その様子は何かに警戒したそれである。

 

 詩乃は優希の態度に違和感を覚えるも、大した気にすることなく何気ない口ぶりで。

 

 

「そう言えば知ってる?」

「何をだよ」

「神埼エルザってSAOの元ベータテスターって噂があるんだけど」

「知らねぇな。証拠でもあんのか?」

「さぁ? 私もネットで眼にした程度だし。先輩は何か感じる?」

「エスパーかよオレは」

 

 

 呆れたように呟き、警戒するような態度を崩さずに優希は続けた。

 

 

「まぁ、ムカつきそうだな見てて」

「何よそれ。嫌いなの?」

「わからねぇよ。でも何だか気に入らねぇ……」

 

 

 それだけ言うと、優希は神埼エルザのミュージックビデオから眼を離さなかった。睨みつけるように、この感覚がどういうもので、どこで感じたものなのか思い出しながら観察する。

 

 詩乃は思わず首をかしげる。

 彼女に何を感じているのか、聞こうと口を開きかけるも。

 

 

 ――あら?

 

 

 何かが眼に入り、フラフラとその何かに近付いた。

 それはアクセサリー。耳につけるタイプのもので、刺すピアスとも違う。世間一般的に、イヤリングに該当するモノだ。

 何の変哲もないシルバーアクセサリー。飾りっ気がなく、三日月の形を模したモノだった。だがどういうわけか、どういうわけか、それに何となく詩乃は心を惹かれる。

 

 無意識で手を伸ばしかけるが。

 

 

「どうした?」

 

 

 後ろから声をかけられる。

 驚きながら振り向くと、優希が不思議そうな視線を向けて詩乃を見つめていた。

 対して彼女はフルフル首を横に振るって、どこか誤魔化すように。

 

 

「私、先輩のメガネをかけた姿が見たいのだけど」

「あぁ? やだよ。メガネさんに失礼だろうが」

「いいでしょ。見たいのよどうしても」

 

 

 

 


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