ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~ 作:兵隊
もう(AW編が)始まってる!
復帰作がこれ。
後輩は原作とかけ離れている仕様になっています。怒られそうで、今から超心配。
それでも楽しんでいただければ幸いです……!
2025年5月25日 PM16:10
某都内高校 校門前
――――正直に言おう、どうやら私は浮かれていたようだ。
朝起きてから。いいや、昨日の夜から。それも違う、一週間前から私はこの日を心待ちにしていた。
朝起きても気分が高まり、学校に言っても上の空。買い物しても何かしら買い忘れ、夜にテレビを見ても頭に入ってこない。そしてそのまま、気分が高揚したまま就寝。そんな生活を、繰り返して来た。
出来ることなら直ぐにでも声を聴きたい。
私から連絡をすれば、きっと“あの人”は声を聴かせてくれることだろう。面倒くさそうな声で、気怠げに、それでも言葉とは裏腹に優しい声色で「どうした?」と言ってくれることだろう。
そんな身勝手な衝動を我慢して、グッと欲望を抑える。
私の欲望はあまりにも自分勝手なものだ。
“あの人”の声が聴きたいから連絡をする、それは簡単なことだ。“あの人”は優しい、私のワガママもため息を吐きながら付き合ってくれることだろう。
その程度のワガママで、“あの人”が私を嫌うことはない。でも万が一と言う場合もある。もし“あの人”が機嫌が悪かったら、もし“あの人”に何かあって私に構っていられなくなっていたら。
考えてもキリがない、不明瞭な『
何と弱いことか。“あの人”に嫌われる、考えただけで動機が激しくなる。考えたくもない、そんな最悪なこと想像したくもない。何もない私は“あの人”しかいないし、“あの人”さえいれば私は何もいらない。
自覚もしているし、理解もしている。
私の心の大半を、“あの人”が占めている。もはや“あの人”か、それ以外かと別けてしまっても問題はない程度に、私は“あの人”に溺れている。
そうだ。もう私には――――“あの人”しかいない。後はもう、どうでもいい。
「……」
足取りは軽い。
授業を終えて、HRも終わり、あとは“あの人”へ会いに行くだけだ。
この日をどれほど心待ちにしたことか。寝ても覚めても、ずっと考えていた。どんな店に行こうか、どんな会話をしようか、浮ついた気持ちは際限なく高まっていく。
鞄を持ち、教室を出て、階段を二段飛ばしに、下駄箱前まで到着する。靴を履き替えて、いつもよりも軽い足取りで校門前まで歩く。
そこまでだった。フワフワとした浮ついた私を、現実と言う名の重力を以て引きずり下ろしてくる。
校門前。
私の顔を見るや否や、それらは軽薄そうな笑みを浮かべて手を降ってくる。
数は三人。
それぞれが制服を着崩しており、スカートの丈も短い。とてもではないが、素行が良い生徒とは言えない。私と同じ制服だというのに、どうしてこうもだらしなく制服を着れるのか不思議でならなかった。
顔もやはりと言うべきか。薄い化粧ではなく、黒々としたアイラインを入れ、口紅も濃く明らかな校則違反。
「待ってたよぉ、朝田ぁ」
ニヤついた笑みを浮かべて、話しかけてきたのはリーダー格の女。名前は―――――何だったか。
正直な話し、彼女の名前も顔も覚えるつもりもなかった。ゲスく笑みを浮かべて、馴れ馴れしくすり寄ってくる彼女には嫌悪感しか湧いてこない。
それに黒い噂もある。何でも、身体を売っていたり、他校の札付きの不良と仲が良かったり、と真偽は別にして聞いていて気持ちのいい話しではないことは確かだ。
本当、嫌になる。
折角、気持ちよかった気分も台無しだ。苛立ちも覚えてくるというもの。
「……何か用?」
「冷たいじゃん。あたしら友達っしょ?」
微笑んでいるつもりなのか。
大粒のラメが光る唇を歪めるように汚い笑みを浮かべながら、リーダー格の女は気安く言った。
思わず私は、自分でもわかるほど不思議そうな声で問う。
「友達? 私と、貴女達が?」
友達、彼女は確かに友達と言った。
なるほど。入学直後、彼女たちは確かに私に声をかけた。一緒に昼食を誘われ、その帰り道にファーストフードに寄ったりすることもあった。
行動だけ見れば、確かに友達のそれだ。彼女達が勘違いするのも無理はないかもしれない。しかし残念なことに、私は今まで彼女たちが友達であると思ったことは、一度たりともない。
いつだって無理矢理に私を連れ回し、自分達の話しかせず、長い時間拘束される。
私に声をかけた理由も、察することが出来る。大方、一人暮らししている私の家を溜まり場にしようとしているのだろう。
仮に私が独りでいるのなら、彼女達の思う通りになっていたかもしれない。『あの事件』から逃れるために、独り暮らしている私であれば、彼女達の思い通りの人形になっていたかもしれない。
だが生憎、私は独りではない。
彼女達など必要ないくらい、私の心は“あの人”が占めているのだから。
それに気に入らないのだ。彼女達の眼が、気に入らない。
小学生の頃に見たことがある眼。自身よりも弱い人間を甚振ることを是としている人種の、下らない眼つきによく似ている。
「え、なに? 文句でもあんの?」
そしてニヤつく。本当に目に余る声と顔だ。
絶対強者であることをリーダー格の彼女はもちろん、その取り巻きである二人も信じて疑っていない。
この世で最も強いのは自分であると、無謀にも思い上がっている愚者の眼。となれば、今の構図は簡単なものだ。強者である彼女達と、弱者である私。それを遠巻きに見ている通行人と学生達。
自然とため息を吐いてしまった。
「文句あるに決まってるじゃない。むしろ迷惑よ」
「……は?」
キッパリと有無を言わせない私へ、眼を丸くさせている。
反論なんて想定していなかったのだろう。
それもその筈。彼女達は弱者を見つけることに関してだけ言えば、類まれなる観察眼を有しているのは確かだ。何せ間違った強者、つまりは他者を蔑むことによって生きてきた者はそういう連中だ。
誰が弱いのか狙いをつけて、にじり寄り、そして攻撃する。そうして彼女達は社会的地位を守り、それを繰り返してきたことによって自分達は強者であると勘違いしてしまった。
言ってみれば、生き残るための処世術のようなモノだろう。
今までの経験則に従って、弱者である私に眼をつけて、利用してやろうと画策していた。
しかし、ここで想定外。
私が反論したことによって、何もかもがご破産となってしまう。
見物客も多い。いつの間にか、私達を注目する取り巻きは数を増していた。
弱者からの反論など、彼女達からして見たら、あってはならないことだ。苛立ちなのか、それとも動揺しているのか、リーダー格の女は片眉を引くつかせて私に再度問いを投げる。
「朝田、いいの? あたしにそんな口を叩いて」
「いいと思うけど? あと、ごめんなさい」
軽く顎を引いて、私は頭を下げる。
それだけで気分を良くしたのか、リーダー格の女は機嫌が良さそうに口を開きかけるも、遮るようにして。
「あぁ、そうじゃないの。今までの言動を謝ってるわけじゃなくて――――」
――――私、貴女の名前を知らないの。
それが、その言葉が、引き金となったのか。
リーダー格の女子生徒は一歩踏み出すも、慌てた調子で取り巻きの二人がそれを止めた。
「ちょ、ちょっと! ここじゃ不味いって遠藤!」
「そうそう。先公が来たらどうするのさ!?」
二人の説得も効果がなく、鼻息荒く私を睨みつけてくる。
なるほど、彼女の名前は遠藤というのか。ぼんやりと考えて、私は彼女達から背を向けた。とは言っても、最初に名乗られていた気がするし、どうせまた私は忘れてしまうのだろう。
何せどうでもいい人間だ。記憶に留めておく必要もなければ、義理もないのだから。
「ちょっと待てよ、朝田ぁ!」
「……なに? 大声で呼ばないでほしいのだけど」
呆れた口調で言いながら、私はもう一度だけ振り返る。
断固とした拒絶、毅然とした態度。弱者である私の対応に、遠藤のつまらないプライドは幾重にも汚されてしまい、彼女は面子を保つのに必死なのだろう。
右の目元を引くつかせ、ドスの効いた低い声で、遠藤は口を開いた。
「テメェ、ナメてんじゃねぇぞ……!」
「まだ何かあるの? 申し訳ないけど、急いでいるのよ私」
そう、急いでいる。
これ以上足止めを食っている余裕もなく、時間もない。
チラリ、と右手の腕時計に目を向ける。既に約束の時間を過ぎていた。一刻の猶予もない。このまま“あの人”を待たせるわけにはいかなかった。
そして遠藤に目を向けると。
「ふーん、急いでんだぁ?」
下卑た笑みを浮かべて、私を見ている。
冷静になった、というわけでもない。苛立ちは尚も収まっていないのか、口元には笑みを張り付かせているものの、彼女の眼は決して笑っていなかった。
アレは笑みなどではない。もっと下衆な、私を辱めることを思いついたかのような、ひたすらに人を不安にさせるようなモノだ。
いつの間にか、抑えていた取り巻きの二人は遠藤から離れている。
嫌な予感がする。自然と私は一歩後ろに下がってしまい、それを見た遠藤の笑みはますます深まっていく。
「そう言えば思い出したよ」
「……何を?」
「朝田、アンタさぁ――――」
――――小学生の頃、何があった?
遠藤の声は明らかに楽しんだ人間のそれだった。
ニヤついた笑みを隠すことなく、表情も自身が優位であることを理解しているかのように、弱者を見下しているそれ。
何があった、などと白々しい。
彼女はわかっている。私が、朝田詩乃が、小学生の頃に、何て呼ばれていたか――――。
どうして知っているのか、そんなことは問題ではなかった。問題は、どこまで知っているのか。
自然に、ギュッ、と。私は両手を強く握りしめていた。
半歩、徐々に。少しずつ、後ろへ下がる。自分でも情けないことは理解している。それでも、だとしても、今の遠藤は厭な眼をしていた。
「おいおい、怯えるなよ朝田ぁ。ちょっと前の威勢はどこにいったのさ?」
「……貴女、何が言いたいの?」
「えっ、言っていいのぉ~?」
我慢が出来ないというかのように、遠藤は腹を抱えて大きく口を開けて哄笑をあげる。
何ともわざとらしい問いかけだろうか。しかしここで理解した。――――この女は、何もかもを知っていると。
「あたしって顔が広いんだわ。んで、たまたまあんたと同じ小学校だった奴が居てさ」
――――やめて。
「いやぁ、びっくりしたよ。あんたが“あんなこと”したなんてねぇ?」
――――お願い。
「見ろよ、朝田」
これ見よがしに、遠藤は右手をこちらにかざし、そのまま後ろへと右手だけ持っていった。
ニヤついた笑みは深まるばかりだ。ゆっくりと、少しずつ、私に見せつけるように、後ろに回していた右手を出していく。
右手首が見えた――――嫌な予感がした。
伸びる親指が見えた――――動悸が激しくなる。
伸びる人差し指が見えた――――確信に変わる。
遠藤の右手はいつしか、人差し指と親指の伸びたそれになっていた。それはまるで――――拳銃。子供が拳銃をもしたジェスチャーによく似ている。
それだけで、それだけの動作で、私は完全に冷静さを失っていた。
悪夢のように、二度と見たくない光景が、脳裏に蘇ってくる。
動けない。後ろに下がることも、眼を閉じることも出来ない。メガネのレンズ越し見える遠藤は悪魔のようにも見えた。それはあのときの再現かのように、私の足は地に根付いたように、何一つ動くことが出来ない。
人差し指が向けられる。
ただそれだけであるのだが、私にはまるで、それが――――銃口のように見える。
そして、遠藤は、そのまま、嘲る笑みを向けたまま、口を――――。
「――――ストップ」
――――開かなかった。
私と遠藤の間に入る一人の男の人。
この辺りには見たことがない、濃い緑を基調としたブレザータイプの制服。頭髪は黄金で、長い髪の毛は後ろで纏められている。
誰なのか、などと問うまでもなく、考えずともわかっている。何度もその背中を見てきたし、何度もその背中に助けられてきた。
意地っ張りで、強情で、何よりも捻くれている。そのくせに誰よりも優しい。
彼の、“その人”は――――。
「せ、ん、ぱい……?」
「やぁ、朝田」
柔和な笑みを張り付かせて、彼――――茅場優希先輩は私の方へと見た。
他人が見たら、その笑みは人を安心させるモノだ。現に私は先輩の登場で、安心しきっている。しかし残念ながら、彼の笑顔に安心したわけではない。私は知っている、今の先輩の対応は余所行きのモノ。つまるところ、猫を被っているに過ぎない。
キョロキョロと辺りを見渡し、先輩は首をかしげてマイペースな口調でボヤいた。
「待ち合わせ場所に来ないから、様子を見に来たけど凄いことになってるね」
そして、苦笑。
態度は演技が入っているものの、対応は何も変わらない。今も昔も、先輩はこうして私を守ってくれる。弱い私を、それでもいいと受け入れて、彼は庇護し続けてくれる。
強張っていた身体が、いつの間にかほぐれていくのを、私は自分のことながら感じていた。先輩がいるだけで、こうも安心してしまう。本当に彼に溺れていると思うし、頼りきってしまっている。
「あの、すみません。朝田が何かしました?」
「……あんた何、そいつの知り合いなんか?」
「知り合いというか、先輩って感じですかね小学生のときの」
あくまで敬語を崩さずに、あくまで柔和な表情を曇らせずに、先輩は遠藤の問いに応対する。
対する遠藤は、へぇ、と新しい獲物を見つけたような笑みを浮かべて、先輩を見つめている。瞬間、ゾクリ、と私の背筋が凍りつく。遠藤が今から何を言わんとしているのか、理解してしまった。
「あんた、名前は?」
「茅場優希って言います」
「茅場さぁ、こいつが小坊のときさぁ、何て言われてたか知ってる?」
やはり、そう来たか。
コイツは徹底的に、私を追い詰める気のようだ。私の唯一無二の味方らしき人を遠藤側へと引き込み、私を孤立させるつもりらしい。
その手は有効極まりない。
何せ先輩は知らない。私がどうして、小学生のときイジメられていた訳を、原因となった事件を、先輩は知らない筈だ。
そして今の私に、遠藤の言葉を遮らせる手段がない。
次の言葉が最後。
先輩が知らない私の真実を暴露され、それで最後。ただ一つの居場所が崩壊し、朝田詩乃は本当の意味で独りとなってしまう。
それは嫌だ。考えただけでも嫌で、それが現実となるのならもっと嫌なことだ。
何も考えずに、いつの間にか私は口を開きかけていた。先輩、と手を伸ばしかけるも。
「あー、悪いけどさ」
先輩は演技したまま、それでも声は幾分か苛立たせた調子で続ける。
「……オレは朝田が何をしたのかなんて興味ないんだよね。コイツは朝田で、オレの後輩であるわけで、それは変わらないことだし」
「……は?」
「こうして首を突っ込んだのは朝田の為じゃない。オレはアンタが気に入らないだけなんだ。寄ってたかって、一人に対して複数で、自分が強いって自惚れている。そんなアンタが、気に入らないだけなんだ」
言葉を紡ぎ、一歩、また一歩、遠藤へと近付いていく。
得体の知れない雰囲気。同じ人間であるはずなのに、どこか違う生き物のようで、先輩は有無を言わせない威圧を遠藤に向けている。
見たことがない。
あんな先輩、今まで見たことがない。
常に苛立ち、鋭利な言動で、厳格な表情。私を守って何度も喧嘩していたときは、声を何度も荒立てていた。
しかし、今の先輩はそれとは違う。怒っているわけでもなく、感情を発散させているわけでもなかった。威圧するかのように、人の感情に訴えるように、先輩は容易く遠藤と取り巻き二人を圧倒していた。
先輩の背中を見ている私でも感じ取れる。人が得体の知れない何者かに抱く原初の感情。それこそが――――恐怖である。
それを、遠藤達は真正面から受け止めている。
余裕ぶっていた仮面はいつしか剥ぎ取られ、ガチガチと身体を震わせ、双眸からは涙が溢れかけている。
「アンタは強くない。むしろ一人でも立ち向かった、朝田の方が強い」
「や、やめ……!」
「本当に面倒だ。――――テメェみたいな勘違いしたヤツは本当に面倒だ。ただのクソが、オレの後輩をイジメてんじゃねぇよ。なぁ?」
いつの間にか先輩は演技をやめていた。
気怠げに、苛立ちを隠そうともせずに、遠藤達にただ敵意を向ける。対して、遠藤達は震えるばかり。先程まで自分達が強者であると信じていた彼女達はどこにもいない。ただ食われるだけの草食動物のように、絶対捕食者を前にした動物のように、一手一足先輩の挙動に敏感に注目するばかり。
そうして先輩は、ポン、と。
気安く、遠藤の肩に右手を置いた。強くもない、むしろ弱く。遠藤の身体を労るように優しく。
「朝田にはもう手を出すなよ? 今度はオレが相手をしてやっからさ。いいか、オレは忠告はした。それでもコイツに構いたいってぇなら勝手にしろ。その時は――――」
それだけ言うと、先輩は遠藤の顔の横まで近付いて、何かを呟いていた。
私は何も聞こえない。きっと、取り巻き二人にも聞こえていない。その言葉が何なのか、発言主である先輩と、直接吹き込まれた遠藤にしかわからないことだろう。
そして、当の本人である遠藤は――――。
「ひぃ……っ!?」
まるでその顔は怯えきっており、化物を見るかようだ。
捨て台詞を吐く余裕もないのか、振り返ることもせずに遠藤は一目散に逃げ出した。そうなると、取り巻きも一緒に逃走するしかない。いつの間にか出来ていた人垣をかき分けて、必死な様子で先輩から逃げる。
それを見ていた先輩は、チッ、と誇るでもなく、むしろ自身に嫌気がさすとでも言うかのような調子で。
「女相手にイキるなんざ、ダセェにも程があんだろ……」
先輩は振り返る。
先程までいた、得体の知れない雰囲気を纏った先輩はいない。いつもの眼つきが悪く、素直ではない調子の、私が知っている優しい先輩がそこにいた。
呆然と立ち尽くす私を心配してくれたのか、先輩はぶっきら棒に言い放つ。
「大丈夫かよ?」
また、助けられてしまった。
しかし嫌悪感はない。むしろ嬉しくもあり、柄でもないが先輩が王子様のようにも見えてしまう辺り、私は重症なのかもしれない。
それほどまでに、私は彼に溺れている。嫌われたら自殺してしまうほど、彼に頼り切ってしまっている。
「えぇ、ありがとう。また助けられちゃったわね」
「別に助けたわけじゃねぇよ。連中が気に入らないから、首を突っ込んだだけだ」
嗚呼、本当に。
私の先輩は捻くれ者――――。
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2025年5月25日 PM17:10
アーケード街
それから私と先輩は、足早に学校を後にしていた。
どうやら思いの外、注目を集めていたようだ。私達と遠藤達とのやりとりを見物していた人垣が周囲に出来上がっており、好奇的な眼で誰も彼もが私と先輩を観察している。
目立つのは嫌いだ。
でも、先輩と一緒なら話しは別であるし、むしろ臨むところでもある。
問題なのはそこではない。人垣が出来上がるほどの見物人がいたにも関わらず、誰もが傍観者を気取っている。だと言うのに、翌日にでもなればまるで当事者であるかのように噂が流れていくことだろう。
面白半分で語り、まるで自分は関係がないと言わんばかりに、好き勝手に憶測を並べて話しが広がっていく。まるでそれは、あの時の再現だ。私がイジメられることになった再現。関係がない連中が吹聴し、私を贄として晒す。
もちろん、関係がない連中に首を突っ込んでほしくない。
煩わしいだけであるし、先輩と私の仲を邪魔するのはやめてほしい。そう考えれば、言うことはないのだが。
私達がやってきたのは、私が済んでいるアパートの近くのアーケード街だ。
いつも慣れ親しんだ光景。中央は歩行者が進むための通路があり、その両側には店が並んでいる。
時間も時間なせいもあってか、タイムセールを狙った主婦層とかなりの頻度ですれ違い、仕事帰りのサラリーマンも行き交っていた。
中でも、私達のような学生の姿は少なかった。むしろ、私達以外存在しないと言っても過言ではない。
そこで、ふと、目についた。
仲良く手を繋ぎ歩いているカップルの姿。和気あいあいと言葉を紡ぎ合い、そして幸せそうに笑みを零す。
何と微笑ましいことか。
……もしかしたら、私と先輩も、そう見られているのかも、しれない。
「――――オマエさ」
「…………っ!?」
そんなことを考えていると、突然先輩から話を振られた。
いつもどおり、億劫そうに、気怠げに。私の心のうちなど察している様子もない。
ならば私が取る行動もいつもどおり。
極めて冷静に、沈着に、眼鏡のブリッジにあたる部分を人差し指と中指で上げて。
「……なに?」
「いや、また面倒な連中に絡まれてんだな?」
「あぁ」
何だそんなことか、と。
私は先輩が言わんとしていることを汲み取り、どうでもよいと言わんばかりの口調で切って捨てた。
「気にしないで。あぁ言う連中は構うと、つけあがるだけなんだから」
「まぁな」
「その辺り、私達が一番詳しいかもね」
「……笑えねぇ冗談だなそりゃ」
ため息を吐く先輩に対して、私は思わず笑みを零してしまった。
でも確かに、それは先輩の言うとおりだった。小学生の頃、全校生徒に嫌われていた私達。私達と言っても、問題になったのは私だ。小学生では、いいや、人間からしてみたら許容出来ないことを、私は犯してしまった。それは文字通り罪であり、人間が人間として生きていく上で決して行ってはならない罪の一つ。
なのに先輩は私の味方になってくれた。見て見ぬふりが出来たにも関わらず、私を守ってくれて、汚れた私の手を握ってくれた。オマエはそのままでいい、と弱い私すらも受け入れてくれた。
小学生の思い出は辛いものだ。
でもそれ以上に、先輩と出会えた掛け替えのない思い出でもある。
「そういえば、気になることがあるのよ」
「ンだよ?」
「小学生の頃ね、先輩が卒業してからイジメられなくなったんだけど」
「そうか」
「先輩、何かしたでしょ?」
当時、私に味方をする者は先輩だけだった。
教師ですら私に対するイジメを暗黙し、腫れ物を見るかのように接してくることはなかった。
となれば、邪魔者なのは先輩のみ。先輩がいなければ、朝田詩乃を陥れる障害はなくなる。教師は黙認しているし、免罪符を得たと勘違いし、喜々として私を陥れることだろう。
しかし、それはなかった。先輩が卒業してから、ピタリと私に対するイジメは止まり、まるで最初からいなかったように、何も問題なく平穏に小学生生活を終えることとなる。
私はもちろん、何もしていない。
となれば誰が、一体何をしたのだろうか。
それこそ、自明の理と言えるだろう。学校からいなくなっても問題ないように、先輩が裏から手を回していたに違いない。
だが――――。
「……知らねぇよ」
キッパリと、自分には関係がないと断じるかのように、先輩は言い切った。
先輩という人間を深く知らない第三者が聞けばその通りに受け取る言葉だが、私は真逆に受け取った。先輩は何かを知っているし、きっと何かをしたのだろう。
彼のことだ。
内容は死ぬまで言わないだろうし、口が裂けても私に告げないことだろう。先輩は恩を売る様な真似はしない。誰かの為ではなく、あくまで自分の為。だがその根底にあるのは、やはり何者かも知らない誰かの為に彼は動いている。
本人は違うと反論するものの、少なくとも私からはやはりそう見えてしまう。
口が悪く、眼つきも悪い。そのくせ、度が過ぎるほどお人好し。
それが私の先輩、茅場優希なのだ。
言動と行動が正反対、矛盾っぷりに自然と笑みを浮かべてしまう。
「そういうことにしてあげます」
「……それよりも」
「ん?」
私は先輩を見る。
こちらに目を向けずに、先輩は前を向いたまま。
「ねぇとは思うが、オマエに絡んでいた女が何かしてきたら連絡しろ」
「……もしかして、心配してくれているの?」
「違ぇよ。首を突っ込んだのはオレだ、なら最後まで面倒を見るのが筋ってもんだろ」
……思わず悶えそうになる。
本当に素直じゃないと思う。どこか拗ねるように、意地を張る言い方が何よりも卑怯。先輩はどれほど私の心臓を高鳴らせれば気が済むのか。
ニヤつきそうな口元を、キュッ、と閉じ。
だらしなく崩れかけた表情を改めて引き締めて、
悟られないように大きい動作で、わざとらしく肩を竦める。
「はいはい、わかったわよ」
「万が一ってことがある。いつでもオレに連絡できるようにしとけ」
「……いつでも? それは文字通りの意味?」
「当たり前だろ。他に何がある」
言質をとった。
先輩の見えない角度で、グッ、と小さくガッツポーズを取る。
出来ることなら、今直ぐに飛び跳ねたいが堪える。いつでもとは、そういうことだ。これで好きな時間、好きなときに先輩に連絡を取れる事が出来る。
「まぁ、オレじゃなくてもいい。他に頼りになるヤツがいれば――――」
「いないわよ。先輩以外、そんな人」
「お、おう」
食い気味に言うと、先輩が微かに動揺する。
反応が早すぎたようだが、事実だから仕方がない。先輩以上に頼りになる人間なんて、この世にいるのだろうか。
「そう言えばよぉ、オマエ何の用なんだ?」
「え―――――?」
「え、じゃねぇよ。用があるから、オレを呼び出したんじゃねぇのか?」
そう言われると言葉に詰まる。
特に理由はない。先輩の顔が見たくて、先輩の声が聴きたくて、先輩と一緒にいたいから、呼び出してしまっただけに過ぎない。
素直にそう言ってしまえば、どれほど楽なことか。そして、それは私の性格上不可能だ。つまり――――。
「別に、特に理由はないけど?」
自分の気持を悟らせないように腕を組み、思ってもないことを口にしてしまう。
これでは先輩のことを言えない。どうやら私も、素直ではないようだ。
私の本心を知らない先輩は立ち止まり、呆れた眼で私を見つめて。
「……少しは考えとけよ。オレぁ、オマエの暇つぶし道具じゃねぇぞ」
「もしかして、何か予定でもあった?」
「いいや、別に。予定がねぇなら、ちょっと付き合えよ」
「別にいいけど、何かあるの?」
あぁ、と先輩は答えて。
「この辺りにCDショップってねぇか?」
先輩らしくない単語が出てきた。
いいや、普通の学生なら何一つ違和感がない単語だ。CDショップとはそのとおりの意味。CDを売買している店舗のことを言っているのだろう。
だが問題なのが当の本人、娯楽とは無縁の位置に属していた先輩から発せられた言葉だ。流行りのブランドから、人気の番組、更に言えばアイドルすらも知らない。年相応とは言えない感性を持っている先輩からCDショップ何て単語、聞くとは思わなかった。
固まる私を見て、訝しむ視線を送り先輩は口を開く。
「おい、何を固まってやがる」
「だって、先輩がCDショップって……」
「別にオレが聴くわけじゃねぇぞ」
「あっ、そうなの」
驚いて損した。
しかし新たな疑問が浮上する。先輩が聴かないのなら、はたして誰が聴くというのだろうか。
もしかして、それは先輩の幼馴染の――――。
「……誰が聴くの?」
「妹だよ」
その言葉に、緊迫していた緊張がほぐれていった。
自然と、安心した声で、私は応じる。
「妹ちゃん何を聴いてるの?」
「何だっけ、確か神埼エルザだったか」
「流行ってるものね。新曲出せば、毎回オリコンチャート1位よ」
「ふーん」
どうやら先輩は本当に興味がないらしい。
特に気にすることなく、制服のポケットから携帯を取り出して操作し始める。
メールが来たのか、慣れた手付きで操作し始めて。
「――――――」
「あ―――――」
些細な変化。
先輩の人となりを理解し、ある程度長い時間一緒にいなければわからない程度の変化。
それこそが――――笑顔だ。
口元を薄く、他人が見ればわからない変化であるが、何よりも眼が違う。
いつもの攻撃的な、何かに苛立っているような眼ではなく、愛おしそうで慈愛に満ちた、“例の事件”に巻き込まれる先輩からは想像もつかない表情を浮かべていた。
そこで、ふと。
先輩は呆然と見ていた私の表情に気付いたのだろう。
悪い、と一言謝る。
恐らく、私と話しているのに途中で携帯を見たことに気を悪くした、と勘違いしているのだろう。
「……どうした?」
そして、心配するように。
いきなり立ち止まり、先輩を凝視する私を伺うように先輩は問いをかけた。
心臓が高鳴る。
見つめられて照れている、といった理由ではない。
もっと人間の負の感情、悪性を凝縮したような感情が、今の私を駆け巡っていた。
こんな醜い気持ちを、先輩に悟られるわけにはいかない。それはどうしてか、簡単なことだ。単純な話し、先輩に嫌われたくないから。
だからこそ、私は普段どおりに振る舞っている演技をする。
静かな口調で、いいえ、と首を横に降って。
「誰から?」
それは誰よりも聞きたくない名前。先輩の口から聞きたくない名前。
でも私の願いも虚しく、その名前は無情にもその口から紡がれてしまう。
「明日奈だ」
――――あぁ、やっぱり。
先輩がそんな表情を浮かべる対象は、この世に一人しか存在しないだろう。
憧憬、情愛、恩義、忠義、それと親愛。それらが複雑に混ざり合い、言葉では説明出来ない感情を向けられている女性。恐らく、先輩がこの世で最も大切にしている人。その人物こそが――――結城明日奈。先輩の幼馴染であり、先輩の光と言っても過言ではない人だ。
私の意思と関係なく、自然と身体が強張り、いつの間にか両手に拳が作り上げられていく。
自覚しているし、承知している。私は彼女に――――嫉妬しているのだ。会話したことも、会ったことも、存在しか知らない彼女相手に、私は嫉妬している。更に言えば、羨んでもいる。本当にどうかしていると、我ながら自覚している。でも制御が効かないのだ。いくら私が自制しようとも、理性は反して暴れ回る。手懐ける術もなく、見ず知らずの彼女に醜い感情を向けている。
「オマエも見るか?」
「……何を?」
「ほら」
そう言うと、先輩は自身の携帯を投げて渡す。
そこに映っていたのは、数人が映っている自撮り写真であった。
両手にピースを作り満面の笑みで映る先輩の妹ちゃんがいた。気の強そうな女の人が、両側の髪の毛を赤いリボンで縛った女の子と肩を組んでいる。その中で唯一人の男性である桐ヶ谷君は居心地悪そうに苦笑を浮かべていた。
そして何よりも、遠慮がちにピースサインを作り、ハニカミながら笑みを浮かべている女性に目を奪われた。彼女こそが、明日奈さんなのだろう。先輩の見舞いに行くときに、何度か彼女の寝顔を見たことがあるので、間違えはしない。
グッ、と携帯を握る手が強まっていく。
あぁ、本当に私は醜い。
先輩の変化はとても喜ばしいことだ。丸くなったと言うべきか、以前まで纏っていた剣呑な雰囲気と比べて、纏う雰囲気は明らかに柔らかいものに変わっている。
良いことだ、良い事のはずなのに。私は素直に喜べない。
彼を変えたのはこの人達であり、明日奈さんなのだろう。
それが私はくやしい。何もせずに、ただ待っていた私とは違う。画面に映っている人達は、共に先輩と戦い、喜びも悲しみも、何もかもを共有しているのだろう。私が知らない先輩を、この人達は知っているのだろう。
あぁ、本当に。
「どうした?」
「――――ううん、何でもないわ」
私は、醜い――――。
>>朝田詩乃
後輩。依存度がハンパない系女子。先輩の敵は絶対に殺すウーマン。
原作と違って、強くなろうと躍起になっていない。それもこれも、弱い朝田を受け入れて、庇護し続けてしまった先輩のせい。そのせいか、依存度が高まり、先輩のことになるとリミッターが外れてすごい行動に出ることもある。先輩以外どうでもいい。やばい。トラウマ持ち。
今の所、VRMMOにまったく興味がない。今のところは。
>>遠藤
リーダー格の女子生徒。
原作と違い、後輩は他人との繋がりを求めていなかったため、友達と認識すらされず、名前すら覚えてもらえなかった。ある意味可哀想な人。
>>神埼エルザ
妹が今ハマっている歌手。
兄はあまり興味を持っていない。
新曲が出たら、とりあえず買う程度。妹のために。