ラブライブ! feat.仮面ライダー555   作:hirotani

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 お久しぶりです。まさか仕事しながらの執筆がこんなに大変とは思いませんでした。


第7話 センターは誰だ? / 555と333が重なる時

 灰色の砂漠を一歩一歩踏みしめる度に足が沈んでいく。足が抜けなくなる前に次の一歩を踏み出すも、また足は砂に沈んでいく。まるでアリジゴクの巣にはまったみたいに。足元に広がる砂は、正確には砂じゃない。砂よりもきめが細かく、俺が足を抜くと煙を立てる。

 俺は眼前に広がる灰の砂漠を眺める。空も曇天で灰色だ。所々で多くの人々が積み上げられて塔を形作り、その塔に青い炎が燃え上がっている。やがて下から徐々に灰になって崩れていき、塔を成していた人々の灰は砂漠へと還っていく。以前旅で行った土地で見た、正月の行事みたいだ。

 遥か前方、砂漠を超えた先にはオアシスが広がっていて、2人の男女が俺に手を振っている。

「巧!」

「たっくん!」

 久しい声。あいつらの声を聞かなくなってそれほど月日は経っていないのに懐かしさを覚える。俺は真理と啓太郎を目指して灰の上を歩く。青く燃えている人影には目もくれず、その横を通り過ぎて光を目指す。

 真理。

 美容師を夢見て、真っ直ぐに突き進んだ少女。強がりだけど、俺はあいつも弱さを持っていることを知っている。

 啓太郎。

 世界中の洗濯物を真っ白にすることを夢見る青年。気弱で頼りないが、クリーニング屋の仕事をするときはあいつほど頼もしい奴はいない。

 2人の夢を守りたい。

 それだけを願いながら、俺は歩き続ける。歩いても2人の姿は遠くにいたままで、その距離が縮まることはない。それどころか2人はどんどん小さくなっていて、その姿が光のなかへと飲み込まれていく。

 俺は夢を見つけても、2人のいる場所に辿り着くことはできないのか。俺はオルフェノクだ。人間じゃなく化け物。でも、俺は人間を捨てることができない。夢を諦めることができない。

 懸命に動く俺の足が何かにつまずき、灰の上に転ぶ。足元を見ると、灰が手の形をして俺の足を掴んでいる。いや、同じ色で同化しているように見えるが、その灰色の手は灰の地面から突き出ている。やがて顔が灰の中から出てくる。人間ではない、異形の怪物が。

「乾……、よくも殺したな………」

 オルフェノクが戸田の姿になる。戸田の顔が青い炎で燃え上がり、俺の足から全身へと燃え移っていく。

 俺の視界にある戸田の憎しみに満ちた形相が炎に覆われ、炎が俺の視界を満たしていく。視界に映る色は灰から青へ。青から白へと移り代わり、俺の意識は途切れた。

 

 ♦

「乾さん!」

 甲高い声で目が覚める。目蓋をゆっくりと開けて横を見ると、仁王立ちして巧を見下ろす雪穂の姿が視界に入り込んでくる。現実は様々な色があるから目眩を起こしそうだ。

「休みだからっていつまで寝てるんですか? ご飯居間に置いてありますから、食べたらお店の手伝いしてください」

 「ああ」と寝ぼけた声で返事をして、巧はゆっくりと起き上がる。伸びた髪が目元を隠してくれるのはありがたい。たまに泣いているときがあるからだ。

 この手の夢はよく見る。倒したオルフェノクが現れる夢だ。戸田のように、人間として生きていたオルフェノクを倒すと何日も連続で夢に出てくる。

 皆の夢を守る。そのためにオルフェノクを倒す。

 だが、巧は人間として生きようとするオルフェノクを倒した。絵里が襲われかけたから。オルフェノクに生徒が襲われたら、音ノ木坂学院の廃校が決定的になるから。穂乃果達の夢が壊れてしまうから。言い分はたくさんある。そんな御託を並べて罪から逃れようとしている自分が腹立たしく、巧は自分の膝に拳を打つ。痛みが膝の皿に響くが、胸に穴を開けられた戸田の痛みはこの比ではない。

 迷っていても仕方ない。

 そう思う事で巧は心に蓋をする。その蓋が人間としての心を覆ってしまうのではないかという恐怖が生じる。ファイズとしてオルフェノクを倒すうちに抵抗や罪悪が消失し、自分も怪物に成り果ててしまうのではないかと。がんじがらめだ。何をしても、何を考えても迷いは消えない。でも考えても仕方ないのだ。オルフェノクが出たら倒すしかない。それしか巧にできることはない。

 だるさの抜けない体を持ち上げるように起こし服を着替える。部屋から出ると雪穂も丁度自室から出てきたところだ。制服に着替えて学生鞄を提げているから、これから学校に行くのだろう。

「大丈夫ですか? うなされてましたけど」

「そんな珍しいことじゃないさ。心配すんな」

「もう、しっかりしてくださいよ。お姉ちゃんがやっと早起きできるようになったのに、今度は乾さんが寝坊なんて」

「ああ、悪かったな。早く学校行け」

 巧が憮然と言うと、雪穂も「行ってきます」と憮然とした返しをした。

 今日は平日なのだが、労働者として理事長も巧に休日を与えなければならない。とはいえ土日は休めていた。理事長が巧に休暇を与えたのは、戸田のことを配慮したからだろう。戸田を倒した4日前、巧は雨で濡れたまま絵里と共に理事長へ事を報告した。事情を聞いた理事長は少し悲しげに、でも毅然とした態度を崩すことなく「分かりました」と言った。

「乾さんはしばらくの間、ゆっくりと休んで下さい」

 短い間だったが、共に仕事をした同僚だ。巧の精神的負担は大きいと思ったのだろう。後で絵里から聞いた話だと、戸田は退職したことにされたらしい。目撃者も絵里だけだったから、いたずらに生徒を不安にさせるのはよくないと、その嘘を通すことになった。

 正直、休暇なんて必要ない。オルフェノクと戦うことなんて、3年前は日常茶飯事だったから慣れている。仕事をしていた方が気も紛れるし、自分がいない間にオルフェノクが出たら困る。

 だから、巧はせっかくの休日を穂むらの仕事にあてることにした。高坂母はゆっくり休んでいいと言っていたのだが、巧はとにかく何かしたかった。

 朝食を終えて食器を洗うと、巧はエプロンを着て店先へと歩いた。朝食にあった鮭の骨が詰まったのか、喉の奥に何かのつっかえを感じた。

 

 ♦

「たっだいまー!」

 店を閉める頃に穂乃果が客を連れて帰宅してくる。いつもは海未とことりなのだが、今日は凛と希という違う面子だ。凛はμ’sのメンバーだから別に違和感はないのだが、何故希がいるのか。しかも、凛は手にビデオカメラを持っている。

「お邪魔します」

「お邪魔しますにゃー」

 「いらっしゃい」と巧はぶっきらぼうに出迎える。続けて凛に尋ねる。

「何だそれは?」

「取材ですよ、乾さん」

 そう言って凛は巧にカメラのレンズを向けてくる。色々と省きすぎているから要領を得ない。察してくれたのか希が補足してくれる。

「生徒会で部活紹介のビデオを作成することになって、アイドル研究部の取材してるんです。スクールアイドルは今流行ってますし、μ’sの宣伝にもなるんで」

「そうか」

「せっかくなんで、穂乃果ちゃんのご家族にもお話を伺おうと思って」

 巧にとっては好きにしてくれと思うだけなのだが、お茶の準備をしていた高坂母は顔面を蒼白させて奥へと引っ込んでいく。

「そういうことは先に言ってよ!」

 がさがさと物音を立てながらぶつくさ言っている。仕方ないと巧は代わりにお茶を淹れて適当なお菓子を盆に乗せていく。

「生徒会の人だよ。話っていってもちょっとだけだから、そんなに気合入れなくても」

 穂乃果がそう言うと、暖簾をめくり上げて高坂母が「そういうわけにはいかないの!」と顔を出す。化粧をしていたようで、前髪をヘアピンで留めて目の周りに白いクリームを塗りたくっている。女の化粧過程は何度見ても慣れない。クリームだのパウダーだの何重にも塗り重ねていく様は極薄のマスクを作っているようで不気味だ。

 希は落ち着きを崩さないが、凛と穂乃果は苦笑いを浮かべている。

「ていうか、化粧してもしなくてもおんなじ――」

 最後まで言い切る前に、穂乃果の言葉は顔面に投げられたボックスティッシュによって遮られる。高坂母へのインタビューは化粧が終わってからということにして、3人は2階へと上がる。少し遅れて巧もお茶菓子を出しに階段をあがったのだが、丁度穂乃果が凛と希に雪穂を紹介しようと部屋の襖を開けた。

「もうちょい……」

 様子は見えないが、部屋から雪穂のそんな声が聞こえる。

「あと……、ひと穴………!」

 多分、ベルトを締めているのだろう。最近はやけに体重を気にしているようで、食事の量も控え目になっている。成長期なのだから、体重はむしろ増えた方がいいのではと思う。

 穂乃果は堪えかねたのか襖を閉めて、2人を自室へと案内した。巧はお茶菓子を置いて立ち去るつもりでいたのだが、希に引き留められた。

「μ’sのマネージャーとして、乾さんからもお話を聞かせてください」

「俺はマネージャーじゃない」

 「違うの?」と凛が聞いてくる。花陽を始めとして1年生メンバーの加入を手助けしたのは自分が楽をしたいからという理由だった。でも、あの1件で巧は完全にマネージャー扱いされるようになった。

「俺はオルフェノクと戦うためにお前らと一緒にいるんだ。それを忘れんなよ」

 「じゃあ」と凛は巧にビデオカメラを向ける。

「μ’sを守る正義の味方として、μ’sの魅力をひとつ!」

「歌って踊れる」

「それだけ?」

「ああ」

「つまんないにゃー」

 凛に続けて穂乃果も口をとがらせる。

「もう、たっくん。ちゃんとわたし達のこと宣伝してよ」

「そうやってお前がいちいち頼ってくるからマネージャーにされてるんだろうが」

 そう文句を言うと、希が含みのある笑みを向けてくる。こんな落ち着いた微笑は10代で作れるのだろうか。雰囲気といい物腰といい、穂乃果達と同年代とは思えない。

「でも乾さん、前エリちに言ってたやないですか。穂乃果ちゃん達の夢を守ることはできるって」

「え、たっくんそんなこと言ってたの?」

「乾さんかっこいいにゃー」

 そういえば、あの場には希もいたんだった。何て気障な台詞を吐いてしまったのか。巧は何も言い返す言葉が見つからず、ぶすっと不機嫌を装ってテーブルのポテトチップスをつまんで食べる。

「ここは、皆集まったりするの?」

 希は家まで尋ねた用件をやっと切り出す。質問には凛が答える。

「うん。ことり先輩と海未先輩はいつも来てるみたいだよ。おやつも出るし」

 穂乃果は苦笑いする。

「和菓子ばっかりだけど」

 「ふーん」と相づちを打った希は、床に無造作に置かれたキャンパスノートを手に取る。表紙には「歌詞ノート」と書かれている。

「これで歌詞を考えたりするんやね」

 「うん」と穂乃果は応える。続けて巧が補足する。

「考えてるのは園田だけどな」

 「え?」と聞く希に凛が。

「歌詞は大体、海未先輩が考えるんだ」

「じゃあ、新しいステップを考えたりするのは?」

「それはいつもことりちゃんが」

 巧は思い出したように言う。

「確か、衣装も南が考えてるよな?」

 「うん」と穂乃果は笑顔で応えるのだが、希には新しい疑問が沸いているようだ。

「じゃあ、あなたは何してるの?」

 今まで当然のような感覚に陥っていたが、傍から見れば希の言う通りだ。作詞は海未。作曲は真姫。ダンスと衣装考案はことりと役割が割り振られているなか、μ’sの発足人である穂乃果は何もしていない。

 穂乃果は顎に手を添えてしばし考え、1日のスケジュールを説明する。同居している巧がいつも見る様子だ。穂乃果の生活といえば、食事をしてテレビを観て、ネットで他のアイドルの動画を見る。そしてどのアイドルがどれだけ凄いかを巧に逐一説明する。海未とことりを家に招いて打ち合わせをするのだが、その際に2人は歌詞と衣装を考えているのに、穂乃果は応援するだけだ。

「……それだけ?」

 穂乃果の当たり障りない日課を聞いて、希はおそるおそる言った。気持ちは分かるが、それだけだ。客観的にものを見るのは悪いことじゃない。自分達じゃ気付かないことに気付ける。第3者である希は確信を突いた質問を重ねた。

「前から思ってたんやけど、穂乃果ちゃんてどうしてμ’sのリーダーなん?」

 

 ♦

 少しずつ気温も上がってきている。この日も用務員としての仕事は休日で、巧は穂むらの店先で昼下がりの陽光を浴びた紫陽花(あじさい)にじょうろで水を撒く。5月に咲いたばかりの頃は花弁が白かったのに、今は紫色に変わっている。色が紫に変わる頃には衣替えの時期だと、高坂母が言っていた。その言葉の通り、もう6月が近い。昨晩に押入れから出した穂乃果の夏服にアイロンをかけたこともあり、季節の移ろいを肌で感じられる。

 とても穏やかな日だ。桜の木もピンクから深緑へと変わり緑の香りを運んでいる。植物の匂いから砂糖の匂いがする店内へと入り、休憩を終えた巧は仕事を再開する。

 商品棚の整理をしているときに来客が訪れ、「いらっしゃいませー」と高坂母が迎える。巧も「いらっしゃい」と言って客の方へ視線を移すが、その客の顔に視線を貼り付けたまま動くことを忘れる。客の方も巧を凝視し、両者はその場で立ち尽くしたまま微動だにしない。

「乾………」

 巧をそう呼ぶのは、かつて共に戦った仲間。いつも頼りなさげな顔をしていた青年。

「三原………。何でお前がここにいるんだ?」

「皆に土産でも買おうと思って。それより君こそ………」

 2人の様子をただ見ていた高坂母が緊張した店内で一言を投じる。

「巧君のお友達?」

「あ、はい」

 三原は高坂母に会釈する。

三原修二(みはらしゅうじ)です。彼とは、えっと………」

 口をつぐんだ三原に巧は饅頭1ダース入りの箱を押し付けるように渡す。

「これ買って帰れ」

「な、何だよせっかく会えたのに」

「穂むら名物の穂むら饅頭だ。12個入りで1200円な」

「お、おい待てよ」

 「そうよ巧君」と高坂母が窘めてくる。

「せっかく来てくれたのに、すぐ追い出すなんてひどいわよ。積もる話もあるだろうし、上がってもらいましょ。今は暇だし」

「いや、大丈夫っす。おばさん、すぐ戻りますんで」

「別にいいわよ。2人でどこか行ってらっしゃい」

 巧はエプロンを脱ぐと、三原の手を引いて「ちょっと来い」と店の外へ連れていく。店の前には恐らく三原が乗ってきたと思われるサイドカー付きのバイクが停めてある。目立つデザインだからすぐに分かった。

 SB-913 V サイドバッシャー。

 かつて草加雅人(くさかまさと)が所有していたカイザのサポートマシン。主亡き後は三原が受け継いだことは知っていた。

「お前、何でここに……」

「俺はこれを海堂に届けようと」

「海堂が?」

 海堂直也(かいどうなおや)の行方は全く掴めていなかった。3年前、「王」との戦いの後、ふらりと何も言わずにどこかへ行ってしまったのだ。それ以来1度も会っていない。

「あいつ、今何してんだ?」

 三原はかぶりを振って答える。

「分からない。この前いきなり電話してきて、カイザのバイクを持ってこいって言われたんだ」

「この街にか?」

「うん。これから約束した場所に行くところなんだ。それよりも話を聞かせてくれ。何で真理達のところから出ていったんだ?」

 巧は質問に答えず、周囲に視線を這わせる。人通りはないが、ここで話をするのはあまり良くない。

「まず場所変えようぜ。結構込み入った話だ。それに海堂もこの街にいるなら、あいつにも会っておきたい」

 「ああ」と三原は頷き、サイドバッシャーに跨ってヘルメットを被る。巧は「少し待ってろ」と店に戻った。

「すいませんおばさん。少し出てきます」

「行ってらっしゃい。気を付けてね」

 まるで息子に言っているかのように穏やかな高坂母だが、巧はとても遊びに行く子供のような気分にはなれない。部屋からファイズギアを持ち出すと、その気分が一層重くなっていく。

 ヘルメットとギアケースを手に出てきた巧は、店の裏からオートバジンを引く。三原はファイズ専用のマシンを凝視している。だが三原はすぐに問うことはせず、サイドバッシャーのエンジンをかけた。巧がふと視線を向けたサイドカーには、スマートブレインのロゴが入ったアタッシュケースが積まれている。ベルトを使いこなせる2人にとっては必需品だ。三原が不在の間に向こうでオルフェノクが出たら不安だが、ベルトだけ置いても変身できるのは戦いに慣れていない阿部里奈(あべりな)だけだ。戦ったとしても奪われてしまうかもしれない。

 それぞれのバイクに跨る2人は秋葉原の街へと向かう。三原は街に慣れていないのか、少し速度が遅めだ。後ろを走る車に煽られても無視しながら走り続ける。2人は人が比較的少ない街外れの駐輪場でバイクを停めると適当なカフェに入った。サブカルチャーを前面に出したカフェばかりが立ち並ぶ秋葉では珍しい、落ち着いたオーソドックスなカフェだ。巧にとってはこちらの方がありがたい。メイドカフェなんて落ち着くどころか疲れそうだ。

「いいのか? 海堂と会う前にこんなところで油売って」

「まだ時間はあるし大丈夫さ。あと、君には聞きたいことがあるからね」

 ウェイトレスが運んできた水を一口飲むと、三原は巧をじっと見据えてくる。

「何で急にいなくなったんだ? 真理がすごく心配してたんだぞ」

「お前も知ってるだろ。オートバジンが啓太郎の家に届けられたのは」

「ああ、それは聞いたけど」

「スマートブレインはもう潰れたはずだ。なのに、オートバジンは直って俺のもとに送られてきた。もしかしたら新しく作ったのかもしれないけどな。何か悪い予感がする。またスマートブレインなのかは分からないが、真理と啓太郎が危ないことは確かだ」

「だからって何も言わずに出ていくことはないだろ? 2人のもとにオルフェノクが出たらどうするんだよ?」

「そのためにお前がいるんじゃねーか。それに、オルフェノクが出ても戦わせてくれないしな」

「でも、やっぱり君は2人のもとにいてほしい。頼むよ乾、帰ってきてくれ」

「そういうわけにもいかねーんだ」

「何で?」

 三原の問いに、巧は注文したアイスコーヒーを一口飲んでから答える。

「ここにもオルフェノクが出た」

 「えっ?」と三原は目を剥く。巧は続ける。

「ここの近くに音ノ木坂って高校があってな、何回かオルフェノクが学校を襲いに来たんだ」

「その音ノ木坂って学校に何があるんだ?」

「さあな。俺だって分からんさ。何で奴らが学校を廃校にしたいのか」

 三原は黙って自分が注文したコーヒーを飲む。巧も無言のままコーヒーを飲み、2人の間を沈黙が流れて吹き抜けていく。ここで議論しようにも情報が少なすぎる。現時点で巧に分かることは、この辺りに出現するオルフェノクは音ノ木坂学院の廃校を望んでいること。中には望まずに学校を襲うオルフェノクもいること。この2つしかない。オートバジンを送ってきた者、サイドバッシャーを要求してきた海堂をこの1連の事象に組み込むべきか判断に迷う。事柄は乱雑に散らばっていて、どれから手を付ければいいのかまるで分からないのだ。

「なあ、乾」

 コーヒーを半分まで飲んだところで、三原がそう切り出してくる。

「オルフェノクが出たってことは、ファイズとして戦ったのか?」

「ああ」

「体はどうなんだ? 君はもう………」

 三原は自分が言おうとしたことに気付き、直前で言葉を途切れさせてしまう。三原は3年間、体が崩れようとしている巧に代わって戦ってくれていた。巧は気付く。自分が戦うということは、真理と啓太郎、三原と里奈の気遣いを踏みにじっていることになるのだ。少しでも長く生きてほしい。彼等の願いから目を背け、耳を塞ぎ、やなこったと反抗期の子供のように戦いを続けている。

 申し訳ないとは思う。でもだからといって、巧はもう後戻りができないのだ。彼女らの夢から逃げ出すことは、ようやく夢を抱いた自分に嘘をつくことになる。

「俺だってまだ戦えるさ。お前らは心配のし過ぎなんだよ」

「でも……」

 「見ろよ」と、巧は掌を見せる。

「何度も変身したが、俺は平気だ」

 「今はね」と三原は反論してくる。

「変身したら、やっぱり体に響くんじゃないか? 君のことは信じられるけど、こればかりは信じられない」

 いつもなら無理矢理にでも自分の意思を突き通そうとするが、今の巧にはその気力がない。どうやら弱くなってしまったようだ。得意の強がりな言葉も出てこない。だから、巧は正直に告白することにする。矮小だが、三原になら話してもいい。

「三原。多分、俺はオートバジンがなくても、2人から逃げたと思う」

「逃げたって………」

「怖くなったんだ。俺が死んだとき、あいつらが悲しむんじゃないかってな」

 巧は思い出す。大切な人を失った2人の流した涙を。啓太郎には長田結花(おさだゆか)の死を伝えていない。啓太郎は誰かのもとへ行ったと解釈したようだが、彼は事実を悟ったのだと思う。啓太郎が見せてくれた結花のメールは、まるで遺言のようだった。

 真理も草加の死を嘆いた。オルフェノクのことになると過激な男だったが、真理にとっては大切な流星塾の仲間だったのだ。

 真理。啓太郎。ごめんな。

 巧は2人に懺悔する。

 草加も、長田も助けてやれなかった。

 2人にはもう、誰かが死ぬ様を見せたくない。それが自分なら尚更だ。2人には夢に向かって真っすぐ生きてほしい。だから巧は逃げた。灰になる自分を見られたくなかったから。2人の流す涙を見たくなかったから。

 巧は一気に残りのコーヒーを飲み干す。店を出ようと立ち上がったところで店内を大音響が包み込む。店の奥にある席へと視線を向け、それが悲鳴だと気付いた。客のひとりが煙を立てながら倒れる。客が倒れたはずの床にその姿はなく、代わりに大量の灰が。

「オルフェノク!?」

 三原が咄嗟に叫ぶ。それに応じるように、床の灰を見下ろしていた若い女が灰色の皮膚を形成した。顔面を覆う兜のラインが蝶の形に見える。その姿に店内が混乱に陥り、客と店員は一斉に外へと押しかけていく。

 気付けば巧はケースのロックを外している。中身を出そうとするが、その手が三原によって静止させられる。

「駄目だ。君は戦っちゃいけない」

「そんなこと言ってる場合か!」

「俺がやる!」

 三原は自分のケースを開け、収納されたベルトを腰に巻き、銃のグリップを思わせるデルタフォンを耳元に掲げてトリガーを引いた。

「変身」

『Standing by』

 三原はデルタフォンをベルト右側部に取り付けられたデルタムーバーに慣れた手つきで接続する。

『Complete』

 デルタギアから白のフォトンストリームが三原の体を覆い、眩い光を放って店内を照らし出す。その輝きはオルフェノクも(おのの)くほどだ。光がラインへ収束すると、三原はオレンジ色の目を光らせるデルタへと変身した。

「うああああああっ!」

 雄叫びと共にデルタはバタフライオルフェノクに組み付く。客も店員もいなくなった店内で、両者はテーブルやグラスの破片を撒き散らしながら戦闘を始めた。

 三原はすっかり戦いに慣れているようだった。隙もなく敵に拳と蹴りを入れ、間合いを取られればムーバーをブラスターモードにして射撃する。でも、やはり荒削りな部分は否めない。デルタの強力な力に依存しているところが大きい。やがてそれが浮き彫りとなり、デルタはバタフライオルフェノクが撒く鱗粉で視界を遮られる。その隙を突いた強烈な拳を頬に見舞われ、椅子を破壊しながらデルタは床に倒れる。

「ったく、見てられるか!」

 巧はファイズギアを腰に巻く。ただ傍観しているだけなんて我慢できない。子供と言われようが知ったことか。

 5・5・5。ENTER。

『Standing by』

「変身!」

『Complete』

 赤の閃光と共にファイズへの変身を遂げる。変身時の光に注意を向けた顔面に、ファイズは拳を打ち付ける。バランスを崩してよろけたバタフライオルフェノクの首根っこを掴み、ファイズはその灰色の体を店のショーウィンドウへと叩きつけた。バタフライオルフェノクがガラス片を撒き散らして外へと追い出される。まだ壁に残っているガラスを乱暴に手で払い落とし、ファイズとその後に続くデルタも外へ出た。

 立ち上がったバタフライオルフェノクの背中から蝶の羽が広がり、大きく羽ばたいて宙に浮く。だが浮いてすぐに、デルタの銃から放たれた光弾が羽を穿つ。ファイズはショットにミッションメモリーを装填し右手に装着する。

『Ready』

 バタフライオルフェノクが地面に倒れると同時にフォンのENTERキーを押した。

『Exceed Charge』

 エネルギーの充填を待たずにファイズは走り出す。バタフライオルフェノクの腹に右拳を叩きつけると同時に、充填が完了したばかりのフォトンブラッドがその体へと流れ込んでいく。Φの文字を前にしてバタフライオルフェノクの体が吹き飛んだ。後方から『Ready』という電子音が聞こえる。恐らくデルタがムーバーにミッションメモリーを装填したのだろう。

「チェック!」

『Exceed Charge』

 ベルトから右腕へ、フォトンブラッドが白のラインに沿っていく。デルタは待機音を鳴らすムーバーの引き金を引いた。光弾が目標へ命中すると同時に白亜の傘を開く。

「だああああああああああっ」

 己をたぎらせるようにデルタは叫ぶ。跳躍し、高層ビルの頂を背に必殺のキックを放った。エネルギーと一体化し、バタフライオルフェノクの体を貫き背後に降り立つ。バタフライオルフェノクの前にΔの文字が浮かび上がった。

「な……っ」

 振り返ったデルタは、赤い炎を燃やすことなく形を留めているバタフライオルフェノクを呆然と見つめている。ダメージはあるようで、バタフライオルフェノクは膝をついた。

「まだだ三原!」

 一撃で倒せないのなら、何度でも攻撃するだけだ。ファイズはベルトのポインターに手をかける。不意に、ファイズの目の前を1匹の蝶が横切った。鮮やかな青い羽をはためかせ、それはファイズのミッションメモリーを抜こうとバックルに触れる人差し指の第2関節に停まった。

 瞬間、3人のもとに胴の短いミサイルが無数に飛んできた。ファイズとデルタ、外れて地面に触れたそれらは一気に炸裂し、辺りにいくつもの小さな爆炎と噴煙を撒き散らす。衝撃で穿たれた地面に四肢を投げ出したファイズは地面が震える感触を確かめる。どすん、とまるで怪獣映画のような音を立てて、そのマシンは晴れつつある噴煙の中から現れた。

 ロボットと形容するには語弊がある。確かに手足が2本ずつあるのだが、その顔はバイクのカウルそのままだ。

「はーい!」

 まるで幼児に呼び掛けるように、カウルの奥からその声が聞こえる。その人差し指に青い蝶が停まった。煙が風で流されて、バトルモードに変形したサイドバッシャーと、そのシートに腰掛ける操縦者の姿が浮き彫りになってくる。

 人間だった。艶のある青という色調のタイトな衣装を身に纏った女。二の腕まで覆う手袋も、イヤリングも、髪のメッシュも全て冷たい青だ。その完璧な造形を求めて構成されたかのような整った顔は、完璧だがどこか冷たさのある笑みを浮かべる。

「お久しぶりです、乾巧さん。お姉さん、会えなくて寂しかったー」

 スマートという言葉が何よりも似合う女だ。まさにスマートレディ。3年という月日が経っているにも関わらず、彼女は全く変わっていない。外見はもとより雰囲気までも。誰しもが例外なく持つ時間という概念を捨て去ったかのように。以前と同じように、彼女は腰に手を当て、「こら」と子供を叱る保育士のように人差し指を突き立てている。

「でもいけない子。落し物は、ちゃんと持ち主へ還さないと」

 サイドバッシャーの四肢が折り畳まれてビークルモードになる。ファイズは痛みに軋む足を踏ん張り、ゆっくりと立ち上がる。

「お前……。スマートブレインがこの街のオルフェノクを操ってるのか?」

「んー、残念。答えちゃったら、わたしこっぴどく怒られちゃうんです」

 「えーん!」と両拳を目元に置き分かりやすい噓泣きを決め込む。だがすぐに両手をぱっと開いた。

「はーい! それじゃこれは返してもらいますね。できればファイズとデルタのベルトも返してほしいけど、今は危ないからやめておきます」

 スマートレディを乗せたサイドバッシャーがマフラーから排気ガスを吹かして走り出す。同時に羽を広げたバタフライオルフェノクが飛び立った。

「待て!」

 デルタが銃を乱射する。だがフォトンブラッドの光弾は危ういバランスで宙を舞う蝶に命中することなく、空へ飛んで消えていく。バタフライオルフェノクの姿はどんどん小さくなり、やがてビル群の影に消えて見えなくなった。

 2人は同時に変身を解いた。巧の体に疲労感が波のように押し寄せてくる。表に出すまいと、涼しい顔をする巧に三原がデルタギアを外しながら言う。

「スマートブレインは音ノ木坂を狙ってるのか?」

「さあな」

「さあな、って………」

「何にしても敵は分かったんだ。尚更戻るわけにはいかない」

 そう力強く言う巧の顔を見つめる三原も、逡巡を挟んで力強く言う。

「なら、俺もここに残る。今度こそスマートブレインを倒す」

 「駄目だ」とはねつけるように巧は返す。

「お前は戻ってくれ、三原」

「何で!」

 三原は巧の肩を掴んだ。以前の彼なら考えられない。その両眼を見ると、彼の魂が宿っているかのような確固たる決意を感じる。それでも、巧の意思は変わらない。

「真理と啓太郎を守ってくれ。俺はここでやらなきゃいけないことがある。音ノ木坂を守りたい」

「それで君はどうなるんだ? 戦い続ければ君は死ぬんだぞ?」

「それでもやらなきゃならねーんだよ。それに、ここでなら答えが見つかる気がする」

 木場が託した答え。何が正しいのか、「王」を倒しても見つけるに至っていない。オルフェノクの滅亡が決まっても、それは巧にとって何かの始まりにも終わりにもなっていない。だから巧はここで答えを見つけなければならない。時間はもう残されていないのだ。

「頼む、三原」

 巧は視線を逸らさずに告げる。三原は決意を汲み取ってくれたのか、肩から手を放す。

「………分かった。でも、あのオルフェノクを倒すまではここにいる。あいつは只者じゃない」

 「ああ」と返事をしながら、巧は手の中にある灰を零すまいと握りしめる。

 騒ぎを聞きつけて野次馬が集まるかもしれないので、2人は急いでその場を離れた。オートバジンを押しながら、巧は前を歩く三原の背中に懺悔する。

 悪いな、三原。

 しぶといオルフェノクは奴だけじゃない。どういうわけか、この街のオルフェノクは1発キックをかましたところで倒せないんだ。でも、お前はそれを知ったら意地でも帰らないだろ。

 

 ♦

 駅までの道を歩きながら、三原はサイドバッシャーを受け取るはずだった海堂に電話をかけたのだが、間の悪いことに彼と通話が繋がることはなかった。今日のところは適当にホテルを探すと、ホームにひしめき合う群衆の中へ消えていく三原を巧は見送った。

「たっくん?」

 穂むらへ戻ろうとオートバジンに跨ったところで声をかけられ、振り返るとμ’sの7人がいた。

「お前ら、ここで何してんだ?」

「誰がリーダーになるか決めようって話で、カラオケとゲーセン行ってたんだ」

 カラオケはまだ分かる。歌唱力を見るためだろう。だが何故ゲーセンと一瞬思ったが、ダンスゲームというものがあることを巧は思い出す。穂乃果は街を行き交う人々を眺めながら尋ねる。

「何かあったみたいだけど、たっくん知ってる?」

「さあな」

 白々しい嘘をつき、巧はヘルメットを被ろうとしたのだが、「そうだ!」と穂乃果が両手をぱちんと叩いた。嫌な予感がした。

「誰がリーダーになるのか、たっくんに決めてもらおうよ!」

 穂乃果の提案にメンバー達の反応は三者三様だ。驚いていることりと花陽。呆れ顔の海未と真姫。ナイスアイディアと笑う凛。絶句しているにこ。

 名案とは言い難い。だが「やだね」と拒否する体力も気力もなく、巧は成すがままに音ノ木坂のアイドル研究部部室へと連れ込まれた。どうしてこうなったのかは考えても無駄だと既に熟知してしまったから、移動中に巧は何も考えなかった。

 アイドルとはいえ高校生の部活動だ。年功序列で最年長であるにこが就任すれば丸く収まる。カラオケとダンスゲームのスコアでリーダーを決めると提案したにこ自身、そう望んでいることは分かる。だがにこは思うような結果を残せなかったらしく、部室の椅子に青ざめた顔で縮こまっている。やっぱりこいつは馬鹿だと思いながら、巧はスコアを記録したノートを見せてもらう。

 カラオケは全員が高得点だ。一番低いのはことりの90点で、歌唱力はある方と見ていい。ダンスのスコアもあまり差がない。殆どがB以上のスコアを叩き出しているし、唯一のC評価だった花陽は代わりとしてカラオケの点数が2番目に高い。

「皆同じだな」

 それが巧の感想だ。アイドルとしての実力を見れば、誰もがリーダーとして十分だ。ノートを眺める巧に穂乃果が尋ねる。

「誰がリーダーでいいと思う?」

「誰でもいいと思うぞ」

 自分達のことなのだから自分達で決めろ。そう説教する気にもなれずノートを海未に返す。海未もノートを見て「んー」と漏らす。

「確かに、誰かが特別秀でているというわけでもないですし」

「でも、どうするの? これじゃ決まらないわよ」

 多少顔に疲れの色が見える真姫がそう言った。「うん……」と隣に座る花陽は同意する。

「でも、やっぱりリーダーは上級生のほうが……」

 「仕方ないわねー」とにこが待ってましたとばかりに言ったのだが、それに気付かなかった凛と真姫が口々に自分の意見を言ってしまう。

「凛もそう思うにゃー」

「わたしはそもそもやる気ないし」

 何でアイドルをやっているのか、と聞きたくなるが、凛と真姫は花陽の「ついで」としてμ’sに加入したようなものだ。モチベーションは他のメンバーよりも低いのかもしれない。

 そんな2人を穂乃果は咎めることなく、何気なしに述べる。

「じゃあいいんじゃないかな? 無くても」

 他のメンバー全員が「ええ!?」と上ずった声をあげる。一見すれば無責任だ。「無くても?」とおうむ返しする海未に穂乃果は「うん」と返し、続ける。

「リーダーなしでも、全然平気だと思うよ。皆それで練習してきて、歌も歌ってきたんだし」

 メンバー達の反応はあまり好感触とは言えない。「しかし……」と海未が不安げな視線を穂乃果に向け、にこが興奮気味に言う。

「そうよ、リーダー無しなんてグループ聞いたことないわよ!」

「大体、センターはどうするの?」

 呆れた様子の真姫がそう尋ねる。「それなんだけど」と穂乃果は身を乗り出してメンバー達を見渡す。

「わたし考えたんだ。みんなで歌うって、どうかな?」

 いまひとつ意図を掴めないようで、穂乃果の言う「みんな」は首をかしげている。

「家で、アイドルの動画とか見ながら思ったんだ。何かね、みんなで順番に歌えたら、素敵だなあって。そんな曲、作れないかなあって」

 「順番に?」と聞く花陽に穂乃果は「そう!」と答える。

「無理かなあ?」

 穂乃果の問いに、海未はあごに手を添えてしばし考えた後に答える。

「まあ、歌は作れなくはないけど………」

 穂乃果が真姫へ視線を移すと、真姫は不敵な笑みを浮かべる。

「そういう曲、なくはないわね」

 「ダンスは?」と次はことりへ。

「そういうの無理かな?」

「ううん。今の7人なら、できると思うけど」

「じゃあ、それが1番いいよ。みんなが歌って、みんながセンター」

 穂乃果は両腕を広げる。その姿が、まるで陽を浴びて開く花のように思える。

 「わたし、賛成」とことりが控え目に挙手する。

 「好きにすれば?」と真姫が髪を指でいじる。

 「凛もソロで歌うんだー!」と凛が腕をいっぱいに伸ばす。

 「わ、わたしも………?」と花陽が頬を赤らめる。

 「やるのは大変そうですけどね」と海未が微笑み、やがてメンバー達の視線はにこへ集中する。にこはふっと笑みを零す。

「仕方ないわね。ただし、わたしのパートはかっこよくしなさいよ」

 「了解しました」とことりが答える。

「たっくん。どうかな?」

 穂乃果がそう言うと、にこへ向けられていたメンバー達の視線が巧へと移る。巧は笑みを浮かべる彼女らを見て、組んでいた腕を解く。

「それで良いと思うぜ。突拍子もない方が、お前ららしいからな」

 「もう」と真姫が苦笑する。

「相変わらず口が悪いわね」

「お前にだけは言われたくねーよ」

 こんな一触即発な会話でも、部室の雰囲気は明るい。これからの方向性が決まり、みんな浮足立っているのだ。大変なことは変わりない。それでも、喜びたいときは喜べばいい。「ようし」と穂乃果は両拳を握る。

「そうと決まったら、早速練習しよう!」

 メンバー達は次々と鞄を手にして立ち上がり部室から出ていく。先頭を行く穂乃果は気分が高揚するあまり、移動する時間も惜しいのか廊下を走っていく。他のメンバー達はその背中を追っていく。

 リーダー不在のグループなんて聞いたことがない。アイドルに詳しいにこがそう述べるなら、μ’sの体制は前代未聞なのだろう。でも、前例がないからといってやらない理由にはならない。むしろ、やってのける方が穂乃果らしい。

 穂乃果はμ’sを皆で作っていくことに重点を置いていた。自分だけが満足するのではなく、メンバー全員で成功させるのが穂乃果の望むμ’sのあり方なのだ。誰がリーダーで、誰がセンターなのか。そんなものはμ’sの色に合わない。無論、前例がないだけあって険しい道であることに違いはない。でもμ’sは立ち止まることをしないだろう。臆する者がいたとしても、穂乃果はきっと手を差し伸べて、引っ張っていくに違いない。

 リーダーを必要としないアイドル。廊下の角へと消えていく彼女らを見送る巧は思う。表向きでは不在でも、彼女らの中では既にリーダーは決まっているのだ。

 自分のやりたいこと、1番面白そうなことに怯まず真っ直ぐに進んでいく、μ’sを始めた者に。




 三原は今回だけの登場にするつもりでしたが、せっかくの登場で金星をあげられないのは流石に可哀想なのでまだ退場させないことにしました。

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