ラブライブ! feat.仮面ライダー555   作:hirotani

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 今回は「ラブライブ!」に偏った前回の反省を踏まえ、「555」色の強いエピソードです。


第6話 にこ襲来 / 戦いの意義

「たっくんおっはよー!」

「おう、おはよう」

 生徒が次々と登校してくる時間、気分が凄まじく高揚している穂乃果の挨拶を巧は受け流す。朝起きたときも交わしたから本日2回目なのだが、穂乃果はそんな指摘をしてもやめる気配がない。μ’sのメンバーが6人に増えてから、ここ2週間は毎朝こんな感じだ。

「お前、それどうしたんだよ?」

 巧は穂乃果の額に貼られた絆創膏を指差す。

「実は………」

 説明は一緒に登校してきたことりが務める。いつものように神田明神で朝練をしていた際、穂乃果に変な少女がデコピンをして気絶させた後、こう言い放ったという。

「あんた達、さっさと解散しなさい!」

 まあ、それだけ注目されるようになったと思えばいいのだが、最初に浴びせられた言葉が罵倒となると良い気分にはならないだろう。とはいえ、未だに仲間が増えた昂ぶりが冷めない穂乃果は気にも留めていないようだが。ポジティブ思考というか、能天気というか。

「で、そいつはどんな奴だったんだ?」

「えーっと……。コートを着てて、サングラスとマスクを着けてました。あと、髪をツインテールにしてました」

 新手のオルフェノクかと思ったが、ことりの口から出た特徴で巧のなかにとある人物が浮上する。全く同じ格好をした少女とUTX学院で会った。

「一体誰なんだろうね?」

 額をさすりながら穂乃果が言う。そんな穂乃果に巧は尋ねる。

「お前、覚えてないのか?」

「え? 何が?」

「………いや、いい」

 巧は諦めと共にそう言った。

 2人が校舎に入っていくと、離れたところの掃除をしていた戸田が近付いてくる。

「乾、お前あの子達と仲良いのか?」

「まあ、ちょっと」

「あの子達スクールアイドルだろ? アイドルに手出すのはご法度だぞ。ましてや女子高生だ」

「それは絶対に無いっす」

 そんな下世話な会話はそれで終了かと思ったのだが、昼休みになると戸田が青春を過ごした昭和時代のアイドルについて散々聞く羽目になった。山口百恵のファイナルコンサートに行った話をしたときは当時を思い出したのか泣いていた。中年親父の涙なんて見苦しいだけだ。しかもアイドル談義で。

 午後になると屋内設備の修繕に取り掛かる。トイレの排水管を掃除したあとは体育館のバスケットリングの補強へ。それが終わると水漏れしている蛇口の交換ときりがない。音ノ木坂学院は設備が充実している分点検作業が多い。だが慣れてきたこともあって、1日の仕事が早く終わった。

「最悪だなおい」

 着替えを済ませて帰ろうとしたところ、巧は激しい雨を降らす空に向かって愚痴を零す。降水確率60%と天気予報であったから振ってもおかしくはないのだが、同じく60%だった昨日と一昨日は持ち堪えていた。オートバジンは自動走行できるから置いてもいいが、傘を持っていない。いっそ盗んで明日戻しておこうと考えていると絵里が玄関にやってくる。

「乾さん。お疲れ様です」

「ああ」

 その短いやり取りで会話は終了すると思ったのだが、絵里は下駄箱にかけた手を一旦引っ込めて巧へ顔を向ける。

「乾さんは、ファイズに変身するための訓練を受けていたと言っていましたね?」

「ああ」

「どんな訓練ですか?」

「どんなって……、まあ筋トレとかだな」

「嘘ですよね?」

 苦し紛れの嘘を絵里は断じる。

「わたしは格闘技の経験はありませんけど、乾さんの戦い方は素人だと分かります。荒っぽいですし、ただファイズの力にものをいわせてるようにしか思えません」

 巧は弁解の言葉を探すも見つけることができない。確かに、巧の戦い方はファイズの性能に頼っているところが大きい。かつて草加と剣を交えたとき、格闘技の心得がある彼に歯が立たなかった。

「本当は、ファイズに変身するのに訓練なんて必要ないんじゃないですか?」

 巧は口をつぐむ。下手に何か言ったらぼろが出てしまう気がする。絵里はそれを良いことに続ける。

「わたしにベルトを渡してください。わたしがオルフェノクと戦います」

「駄目だ」

「どうしてですか!」

「学校のために何かしたいのは分かるさ。でもな、お前がやらなきゃいけないことは戦うことじゃないだろ?」

 今度は絵里が口をつぐんでしまう。何もできないことに歯がゆさを感じているのだろう。この様子だと、理事長から廃校対策についての承認はまだ受けていないようだ。巧はため息をつき、周囲に誰もいないことを確認するとファイズギアケースを開ける。

「試しに付けてみろ」

 差し出されたファイズギアを受け取った絵里は、ベルトを腰に巻いてフォンを開く。

「5を3回押した後にENTERだ」

 巧がそう言うと、絵里は言われた通りにコードを入力する。4回のプッシュ音の後に電子音声が鳴る。

『Standing by』

 待機音声が鳴り響くフォンを絵里は強く握りしめる。

「変身」

 バックルにフォンを装填すると、フォンに電流が迸る。

『Error』

 巧が付けた時とは異なる電子音声が鳴り、爆発に似た音をあげてファイズギアは絵里の腰から離れた。衝撃で絵里は後ろへ飛ばされる。床に倒れた絵里は困惑の眼差しをファイズギアに向けている。床に落ちた機械仕掛けのギアは何も答えない。

 巧は表に出さない安心を抱き、床に転がったファイズギアを拾い上げる。巧にとっても賭けに近かった。もし絵里に変身できたら、それは絵里が守る対象から狩る対象へ変わる可能性があるということだ。

「ほら、俺にしかできないだろ?」

 絵里は腰をさすりながらゆっくりと立ち上がる。さっきまでその目に備えていた強い意思が消えている。

「一体、わたしに何が足りないんですか? どうしてわたしは――」

「エリち、もうやめとき」

 絵里の弱々しい声を遮って現れたのは希だ。姿が見える前から、でたらめな関西弁で分かった。

「乾さんは特別なんよ。ファイズのベルトは、乾さんが持ってるのが一番良いんや」

「またカードがそう言ってたのか?」

「ううん。告げたのはカードじゃなくて、ベルトのような気がするんよ」

「相変わらず何言ってるか分かんねーけど………」

 ギアをケースに収めると、巧は絵里へと視線を向ける。

「とにかくそういうこった。お前は廃校をどうにかすること考えろ。いいな?」

 巧はそう言って歩き出す。2人の追いかけるような視線を無視して、職員用の下駄箱から靴を出す。外を見ると、雨は弱まっていた。

 

 ♦

「戸田さん、何かあったんすか?」

 雨が続いている翌日の昼休み。巧は幕の内弁当を食べながら全く箸を動かしていない戸田に声をかける。いつもは口うるさいのに、今日は朝から全く小言を言ってこない。静かなのはありがたいのだが、正直気持ちが悪い。戸田の皮を被った別人といる気分だ。

「ああ、ちょっとな………。腹を下したんだ」

 そう言って戸田は弁当の鮭を食べる。腹痛なら胃薬でも飲めば大丈夫だろう、と大して気にも留めず巧は弁当を完食した。年の割に大食いな戸田は半分以上を残していた。いつも米粒ひとつ残すなと言っていたのに。

 戸田の小言もなく、いつもより伸び伸びと仕事をしていると時間の経過が早く感じる。あっという間に放課後になり、生徒達は傘をさして下校していく。雨だから運動部の屋外練習はない。雨音ばかりが響くなか、巧は雨ガッパを着てアルパカ小屋へと歩く。アルパカの世話も用務員の仕事だ。一応生徒に飼育係を任せているようだが、生徒にやらせているのは餌やりと水の交換といった簡単な世話で、衛生面の問題から排泄物の片付けは用務員がやることになっている。

 正直、巧はこの学校のアルパカが苦手だ。ことりが最近可愛いとか言い出したのだが、臭い唾を吐いてくる動物のどこが可愛いのかと巧は思う。しかも、大きいだけあって力が強い。小屋の掃除をするときにどかそうとしても全く動かないのだ。

 憂鬱になりながらも仕事と割り切って小屋の前に来たのだが、巧は小屋の住人に加わっているそれを見てどうするべきかとその場で佇む。元から住んでいる2頭のアルパカは気にも留めずに草を食べている。新しい住人といっても子供が生まれたというわけではなく、ブレザーの下にピンクのカーディガンを着た生徒が干し草の上で大の字になって寝ているのだ。リボンの色からして3年生だろう。

 ことりみたいなアルパカ好きの生徒だろうか。そう思っていると雨のなか傘もさしていない凛が走ってくる。

「あ、乾さん。ここにアイドル研究部の部長さん来ませんでした?」

「………こいつじゃないのか?」

 「え?」と凛は巧が指差す小屋のなかへ視線を向ける。どうやらお目当ての人物だったらしく、「あー!」と声をあげた。巧は柵の鍵を開けて中へ入る。一体何がどうしてこうなっているのかは分からないが、取り敢えず仕事の邪魔なので生徒の首根っこを掴むと、白目をむいていた生徒は手足をじたばたさせて暴れ出す。

「ちょっと、服が伸びちゃうじゃない!」

 その声は、巧がUTX学院で会った怪しい少女と同じだった。穂乃果に解散するよう言ったのはこの生徒だろう。

「仕事の邪魔なんだよ。さっさと出ろ!」

 力づくで生徒を外にいる凛に押し付けようとしたのだが、生徒は落ち着く気配がない。凛は生徒を羽交い絞めにしながら言ってくる。

「乾さん。この人部室に連れてくの手伝ってください!」

「俺は仕事が――」

「お願いしますにゃー!」

「………………」

 いつの間にか深く巻き込まれている気がする。暴れる生徒を運んでいるなか、巧はそう思った。

 凛によると、部活設立に必要な部員数のノルマを達成したμ’sは生徒会に申請に行ったのだが、既に「アイドル研究部」という部が存在し、絵里のいたずらに部を増やしたくないという意向から申請を拒否されたらしい。統合という形にするべく話し合おうと部室を尋ねたら、アイドル研究部の部長で同時に唯一の部員であるこの生徒と部室の前で遭遇した。いきなり部長が逃げ出したものだから、追いかけてきて今に至るという。

 事の顛末を聞いた巧は率直な感想を部長に述べる。

「お前馬鹿だろ?」

「う、うるさいわね! いい加減放しなさいよ!」

「部室に着いたらな」

 凛の案内で部室まで来ると、部長はようやく落ち着きを取り戻して穂乃果達を中に入れた。というより、無理矢理入ってこられたのだが。部長はアルパカ小屋に飛び込む際にぶつけた鼻背にキャラクター柄の絆創膏を貼ると、頬杖をついて穂乃果達を睨んでいる。穂乃果達は部室に溢れるポスターやらCDやらDVDといったアイドルグッズを見渡している。

「こ、これは………」

 花陽が肩をわなわなと震わせながら手に持った箱を凝視している。いつの間にか眼鏡を外していることに巧は気付く。

「伝説のアイドル伝説。DVD全巻ボックス。持ってる人に初めて会いました」

 目を輝かせながら花陽は箱を示す。「伝説」というフレーズを付けすぎじゃないかと巧は思うが、それを言ったら花陽がそのDVDについて語り始めるかもしれないので黙っておく。

「そ、そう?」

 部長は戸惑いながらもそう返事をする。花陽はなおも止まらず部長に顔を近付ける。

「すごいです!」

「ま、まあね……」

 部長は気迫に押されたのか顔を背けた。その様子を見て穂乃果が一言。

「へえ、そんなにすごいんだ」

 「おい!」と巧は穂乃果に小声で注意する。それが危険な言葉であると身をもって知っているからだ。

「知らないんですか!?」

 巧の予想通り、花陽は穂乃果に詰め寄る。花陽は部室に備え付けられているパソコンでDVDの映像を流しながら、早口でそのDVDがどれだけ価値があるかを語り始めた。その講座は部室にいるほぼ全員が聞いていたのだが、ことりだけは本棚の上に飾られたサイン色紙を見ている。

「ああ、気付いた? 秋葉のカリスマメイド、ミナリンスキーさんのサインよ」

 部長がそう解説する。

「ことり、知っているのですか?」

 海未が聞くと、ことりは「いや」と歯切れ悪く否定する。メイドにカリスマなんてあるのだろうか。元は金持ちの家の使用人だろうに。

「ま、ネットで手に入れたものだから、本人の姿は見たことないけどね」

 部長がそう言うとことりは胸を撫で下ろす。その様子を見て巧はまさかと可能性を浮上させるが、ここで言っても仕方ないし、何よりどうでもいいので言わなかった。

「それで、何しに来たの?」

 部長の言葉で本来の目的を思い出し、穂乃果達は席につく。仕事に戻ろうとしたら「一緒に説得して」と穂乃果に引き留められた巧も立ち会う羽目になった。6人の代表者として穂乃果が部長に進言する。

「アイドル研究部さん」

「にこよ」

「にこ先輩。実はわたし達、スクールアイドルをやっておりまして」

「知ってる。どうせ希に、部にしたいなら話つけてこいとか言われたんでしょ?」

「おお、話が早い」

「ま、いずれそうなるんじゃないかと思ってたからね」

「なら――」

「お断りよ」

「え?」

「お断りって言ってるの」

 「いや……、あの……」と言葉を探しあぐねている穂乃果に海未が助け船を出す。

「わたし達は、μ’sとして活動できる場が必要なだけです。なので、ここを廃部にしてほしいのではなく――」

「お断りって言ってるの! 言ったでしょ? あんた達はアイドルを汚しているの」

 そういえば、昨日の夕食の席で穂乃果が言っていた。ハンバーガー屋でフライドポテトを盗んだ怪しい女からアイドルへの冒涜だの恥だの罵倒されたと。このにこという少女ではないかと、何となく思っていた。出来事を話した穂乃果は、再燃した怒りを食欲へぶつけご飯をかき込んでいた。

 その穂乃果はにこの言葉でまた火が点いたのか反論する。

「でも、ずっと練習してきたから、歌もダンスも――」

「そういうことじゃない」

 にこがそう言うと、6人は全員が瞬きして疑問の表情を浮かべる。「あんた達……」とにこは尋ねる。

「ちゃんとキャラ作りしてるの?」

 6人全員が口を半開きにして、穂乃果が「キャラ?」と聞き返すとにこは「そう!」と立ち上がる。

「お客さんがアイドルに求めるものは、楽しい夢のような時間でしょ? だったら、それに相応しいキャラってものがあるの。ったくしょうがないわね」

 そう言ってにこは背を向ける。

「いい? 例えば――」

 何が始まるのかと、6人と巧はにこの背中を注視する。そしてにこは満面の笑顔で振り返る。

 

「にっこにっこにー!」

 

 そのフレーズの後、一発ギャグのような文言とポーズが続くのだが、巧は最初のフレーズだけ聞いて後は聞くのをやめて顔を背けた。

「どう?」

 憮然とした表情に一転してにこが感想を求めてくる。

「う………」

「これは………」

「キャラというか………」

 穂乃果、海未、ことりの2年生組は絶句していたのだが、問題は1年生の3人の方で。

「わたし無理」

「ちょっと寒くないかにゃ?」

「ふむふむ」

 真姫と凛が正直に答えてしまい、花陽はにこをさっきのDVDで尊敬したのか熱心にメモを取っている。特に、にこは凛の感想が気に障ったようだ。

「そこのあんた、今寒いって……?」

 凛は慌てて立ち上がる。

「すっごい可愛かったです! 最高です!」

 凛に続けて他の面々も慌てて褒める方向へ転じるのだが、花陽を除いた彼女らの上辺だけの言葉に呆れ果てた巧は何気なく一言を投じてしまう。

「いや寒いだろ」

 全員が一斉に巧を睨んだ。まだ子供とはいえ、数の多さもあって迫力がある。だが最も迫力があるのはにこの形相だ。

「出てって」

 その言葉の後、にこの剣幕に押されて全員が部室から追い出された。ドアが大きな音を立てて閉じられ、奥から鍵のかかる音がする。

「もう! たっくんが酷いこと言うから!」

 穂乃果の文句に巧は悪びれず、頭を乱暴にかく。確かに決め手は巧の発言だったのだろうが、元はと言えば凛が寒いだなんて言ってしまったからだ。

「最初から話の分かる奴じゃなかったってことだろ。俺は仕事に戻る」

 そう言って巧はその場を離れた。しばらく仕事をさぼってしまったから戸田に小言を言われるかと思ったが、戸田は何も言わなかった。あの口うるさい戸田を黙らせてしまうとは、かなり深刻な腹痛らしい。

 その日の仕事を終えて、巧はしっかりと持参してきた傘をさして帰路につく。校門前の道路を挟んだ先にある階段で、いかにも少女趣味な蝶柄のピンクの傘をさした生徒がうずくまっているのを見つける。

「うっ……」

 巧に気付いたにこが呻く。

「何やってんだ?」

 返答は待たず、巧はにこが向けていた視線を追うと、その先には校門の前で笑い合う穂乃果、海未、ことりがいる。3人を見てにこが呟く。

「何仲良さそうに話してんのよ………」

「楽しくアイドルやってるあいつらが羨ましいのか?」

「別に」

「お前の部、部員はお前だけみたいだけど、最初からひとりだったわけじゃないだろ?」

「最初はしっかり5人集めて作った部よ。でも、皆辞めちゃった。根性のない子ばかりだったから」

「まあ、お前と一緒にいたら面倒臭そうだしな。理想が高いとろくなことがない」

 巧は木場勇治(きばゆうじ)を思い出す。オルフェノクでありながら人間と共存していくことを目指した青年。彼の理想は巧が諦めていたことだから、決して口に出すことは無かったが、険しい道を進もうとしていた彼を巧は尊敬していた。だから彼の考えに共感したし、彼が人間の心を捨てたときは激しく失望した。

「あんた、理想とか夢とか持ったことあるわけ? いかにも無関心て顔してるけど」

「俺にだって夢はある」

 巧がそう言うと、にこは逡巡の後に尋ねてくる。

「夢が叶わなかったらって、怖くなったりしない?」

「怖いさ。叶わないのも怖いけど、それより怖いのは叶ったとしても、その時に俺がいないことなんだ」

 「何それ?」とにこは少しだけ笑う。

「随分と大袈裟ね。そんなに大きな夢なの?」

「ああ、でかいな。お前の夢、あいつらと一緒にいれば叶うんじゃないか?」

「わたしはただアイドルになれれば良いってもんじゃないの。アイドルなんて自分から名乗っちゃえばアイドルよ。わたしがなりたいのは、暗い顔したお客さんも笑顔にできるトップアイドル」

「あいつらが目指してるのは、お前と同じだと思うぜ。お前から見れば酷いアイドルかもしれないけど、穂乃果の気持ちは本物だと思う。あいつは逃げたりしないさ」

 「あっそ」とにこは立ち上がって階段を下りていく。

「あんた、よくあの子達と一緒にいるところ見るけど、マネージャーとしちゃまだまだひよっこね」

「俺はマネージャーじゃない」

 巧は不機嫌そうに、離れていくにこの背中に言った。にこは振り返る。少し寂しげな笑みを浮かべている。

「あの子達に言っといて。また来ても無駄だって」

「それこそ無駄だと思うぜ。穂乃果は諦め悪いからな」

 巧がそう言うと、にこはまた笑って歩いていく。その足取りが少し軽やかになっているように見えた。

 

 ♦

「ありがとうございましたー!」

 割烹着を着た穂乃果がそう言って客を見送る。ここ数日は雨で練習ができないから帰りも早く、こうして店を手伝っている。床の水気をモップで拭き取りながら、巧は穂乃果の憂いを帯びた顔をちらりと見る。接客はしっかりやっているのだが、店に客がいないときは笑顔を殆ど見せない。

「悪かったな」

 ぼそりと、巧はモップを用具入れに片付けながら言った。「え?」と穂乃果は聞き返す。

「俺が余計なこと言って、あの部長怒らせたことだ」

「たっくんは悪くないよ。言い過ぎだとは思ったけど………」

 穂乃果は苦笑し、また少し沈んだ表情に戻る。

「わたし、にこ先輩にはμ’sに入ってほしい。あの先輩、すごくアイドルが好きなんだって伝わってきたもん」

「ああ、ありゃどっぷり浸かってるな」

「すごいと思うんだ。好きな事に一生懸命になれるって。わたし、にこ先輩からもっとアイドルのこと教えてほしい。μ’sに何が必要なのか」

「そうか。でも、また行っても追い出されると思うぜ」

 巧がそう言うと、穂乃果はいたずらな笑みを浮かべる。

「うん。だからわたし、考えたんだ。上手くいくかは分からないけど」

 巧は穂乃果の考えた案を聞いた。正直、勢いで乗り切ろうとしている気もするが、そもそもスクールアイドル結成も穂乃果が勢いに任せて起きたようなものだ。だから、危うさはあるけど穂乃果らしい。だから巧はそのやり方を否定しない。

「やってみたらいいさ。どうせやめるつもりは無いんだろ?」

「うん!」

 穂乃果はいつもの笑顔で返事をする。沈んだ顔をしたと思えば笑ったりして忙しい。

「何か、たっくんがそう言ってくれると上手くいく気がしてきたよ」

「お前なあ、いちいち俺を頼るなよ。お前まさか、その方法に俺を巻き込むつもりじゃないだろうな? 俺は手貸さないぞ、絶対にな」

「えー?」

「お前達のμ’sだろ? 自分で解決しろよ」

 

 ♦

 その日も雨が続いていた。屋内設備の修繕もできることは全てやってしまったから暇だ。雨では外の掃除もできない。天気予報では夕方には晴れるとあったが、放課後になっても空を覆う厚い雲は去っていく気配がない。

「乾、悪いが俺は早退するな」

「お疲れっす」

 今日も戸田は静かだ。休憩室でしけ込んでいる間、新聞を読んでいたが全くページを進めていない。日を追うごとに口数が少なくなっていく気がする。

「具合悪いなら、病院行った方がいいすよ」

 巧は部屋を出ていく戸田に何気なく言う。戸田は罰が悪そうに笑った。

「ああ、行ってみるよ。悪いな迷惑かけて」

「いえ」

 巧は座布団を枕代わりにして頭を預ける。目を閉じるとドアが閉まる音が聞こえる。どこでも眠れる性分の巧だが、雨音がどうにもうるさくて寝付けない。戸田の小言がないからゆっくりできると思ったのに。食後にコーヒーを飲んでしまったからか。どこか壊れた場所がないか見回りにでも行こうと、巧はゆっくりと立ち上がる。

 ファイズギアケースが置いてあるドア横の床へ視線を向ける。だが、そこにあるはずの金属製アタッシュケースは影も形もない。テーブルの下やトイレもくまなく探したが、さっきまで確かにあったはずのケースはどこにも見当たらない。

 巧はドアを開けて廊下を走った。校舎内を全速力で走り、途中で何度か生徒とぶつかりそうになった。盗んだ犯人が外に出ているかもしれない。そう思い傘もささずに外へ飛び出し、校庭やグラウンドを走り回る。休みなく走ったせいで、立ち止まった途端に息が苦しくなった。壁に手をついて懸命に酸素を取り入れようと呼吸を荒げる。自分の吐息と雨音に混ざって声が聞こえた。

「それ、乾さんのですよね?」

 半ば反射的に巧は声の方向へと走った。遠くない場所だ。玄関前に出ると、下校するところなのか鞄を提げた絵里が戸田と一緒にいる。そして戸田の手には、スマートブレインのロゴが入ったアタッシュケースが。

「乾さん」

 驚いたように、絵里はずぶ濡れで現れた巧を呼ぶ。巧には絵里の声が耳に入らず、意識を戸田へと向けている。

「あんた、何でそれを………?」

「乾……、絵里ちゃん……。ごめんな。でも、こうしないと俺は………」

 戸田は弱々しくそう言って口を固く結んだ。その顔におぞましい筋が走る。続けて戸田の体が、灰色の異形へと変貌した。カエルのようにぎょろりとした目に巧の姿が映っている。フロッグオルフェノクは水かきの付いた手を振り下ろした。巧はその手を避け、唖然と立ち尽くしている絵里の手を引いて走り出す。

「何で……、何で戸田さんが………」

 絵里は叫びもせずそう問いている。巧が無理矢理走らせてしまったため、傘を落としてしまい雨が容赦なくその顔に当たっていく。頬に伝う水滴が雨なのか涙なのか、巧には分からない。

 校舎裏へと走る2人の前にフロッグオルフェノクが空から降ってくる。結構な距離を走ったが、このカエルの能力を備えたオルフェノクはそれをたった1度の跳躍で移動してきた。所詮、オルフェノクを前にしては人間の力など無力なのだ。フロッグオルフェノクの右手にホースの付いた銃が出現する。その銃口がゆっくりと巧へと向けられる。

 突如、フロッグオルフェノクの右手から火花と共に銃が弾かれた。スラスターを吹かす音が聞こえる。空を見上げると、バトルモードのオートバジンが左手にホイールを掲げている。穂むらに置いてきたはずだが、巧の危機を察知して駆けつけてきたようだ。

 着地したオートバジンにフロッグオルフェノクは拳を打ち付ける。だが堅牢なボディは退くことなく、目の前にいるオルフェノクに強烈な拳を次々と見舞っていく。フロッグオルフェノクの体が大きく吹き飛び、その手からファイズギアケースが離れた。地面に落ちた拍子に蓋が開き、中身をぶちまける。

 巧は泥まみれになったベルトを拾い上げ腰に巻いた。フォンの泥をはたき落とし開く。

 5・5・5。ENTER。

『Standing by』

「変身!」

『Complete』

 巧はファイズに変身した。なおもフロッグオルフェノクに襲いかかるオートバジンを「よせ」と制止させ、胸部のスイッチを押してビークルモードにさせる。これは自分の手でやらなければならない。マスクの奥で巧は目尻を鋭く吊り上げる。

 ファイズはフロッグオルフェノクに組み付き羽交い絞めにした。

「あんたは人間として生きていただろ。生徒達に気持ちよく学校生活送らせるってのは嘘だったのかよ!」

「俺だってこんなことはしたくない! でもしなきゃ、俺は生きていけないんだ。怪物でも俺は死にたくない!」

 戸田の形になったフロッグオルフェノクの影が叫んだ。ファイズの拘束を解いて、背中のタンクとホースで繋がった銃を掴み引き金を引く。銃口から液体が噴き出す。寸前で避けたため直撃はしなかったが、微かに飛沫のかかったファイズの胸部装甲がじゅっと焼ける音と蒸気を立てる。装甲の表面が液化し地面に落ちると、雨で急速に冷やされ凝固した。

 ファイズはバックルからフォンを抜きコードを入力する。

 1・0・6。ENTER。

『Burst Mode』

 フォンを横へ折り曲げ、銃のように構えて引き金を引く。アンテナからフォトンブラッドの光弾が3連射され、1発がフロッグオルフェノクの銃を砕く。フォンをバックルに戻し、ファイズは手を抑えてうずくまるフロッグオルフェノクの顔面を蹴り上げた。

「誰かに命令されたのか? あんたに人間を襲えって言ったのは誰だ?」

 フロッグオルフェノクは答えない。ひどく錯乱した様子で、がむしゃらにファイズへ拳を向けてくる。ファイズは攻撃をいなし、その度に拳と蹴りを見舞う。

「答えてくれ。あんたは人間だろ!」

 地面に伏したフロッグオルフェノクにファイズは問う。フロッグオルフェノクの大きな目が、近くで戦いを傍観していた絵里に向いた。フロッグオルフェノクは絵里へと手を伸ばす。それよりも速く、ファイズはその手を掴み捻り上げる。鈍い音が聞こえて、フロッグオルフェノクの手首がだらんと垂れ下がった。

 彼は人間なのか。それともオルフェノクなのか。以前から何度も答えを求め、未だに見つけることができない問いを反芻する。どっちが本当の戸田なのか。登下校する生徒に笑顔で挨拶し、生徒を思って設備を修理する戸田は偽りだったのか。目の前にいるおぞましい姿が本当の戸田なのか。

 フロッグオルフェノクは逃げ出した。望んで絵里と巧を襲っていないのなら、もう人間を襲うことはないのかもしれない。

『Ready』

 ファイズはミッションメモリーを装填したポインターを右脚に取り付ける。迷ってはいけない。自分が迷ったせいで、これまでどれだけの命が失われてきたか。慈悲を抑圧し、フォンのENTERキーを押した。

『Exceed Charge』

 エネルギーの充填が完了すると、ファイズは跳躍したフロッグオルフェノクに右脚を向けた。ポインターから発射されたフォトンブラッドがフロッグオルフェノクの背中に突き刺さり、宙で拘束する。

「い、嫌だ……」

 ファイズは跳んだ。フロッグオルフェノクの叫びが聞こえる。それを打ち消すように吠えた。

「はああああああああっ!」

 ファイズの体がエネルギーに吸い込まれていく。必殺のキック、クリムゾンスマッシュはフロッグオルフェノクの体を貫いた。ぽっかりと穴を開けられた腹からファイズが飛び出してくる。フロッグオルフェノクの体が宙で青い炎に燃え尽き、灰がファイズへと降り注いだ。

 まるでシンデレラのように灰を被ったファイズは変身を解く。巧はよろめきながら、呆然としている絵里へと歩く。

「分かったか? オルフェノクを倒すのはこういうことだ。すぐ近くで人間として暮らしていた奴はオルフェノクで、いつ人間を捨てるか分からない。それでも、お前は奴らを殺せるか?」

 絵里は何も答えない。濡れた金髪が顔に貼り付き、それを直すこともせず巧に青い瞳を向けている。普段は凛々しい顔つきだが、今は目の前で起こったことに怯える少女そのものだ。

 いつの間にか雨は止んでいた。雲の切れ間から日光が射し込んでくる。巧は千鳥足で絵里の横を通り過ぎた。服が雨水を吸ったせいか、いつもより体が重く感じる。

「にっこにっこにー!」

 屋上からだろうか。何人かで復唱する声が聞こえてくる。穂乃果の作戦は上手くいったのだろう。そう思うと少し安心する。

 巧は立ち止まり空を仰いだ。木場は1度人間を捨てた。でも最後の戦いに駆けつけてくれて、巧に勝利をもたらしてくれた。あのとき巧が見た木場は、紛れもなく人間だった。かつての理想を否定しながらも、彼は再び自分が正しいと信じるもののために命を散らした。

 巧は託されたのだと思った。あのとき、青い炎に包まれながら強く頷いた木場に。木場の残した想いを自分は受け継いでいるのか。巧は実感が持てない。

 巧はもういない木場に尋ねる。

 

 木場。俺は、答えを見つけることができたのかな。

 




 大学を無事卒業しました。
 仕事が始まったら更新ペースが少し遅くなるかもしれません。

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