ラブライブ! feat.仮面ライダー555 作:hirotani
「乾さん。明日、放課後学校に来てくれませんか?」
昨日、今後のμ’sの打ち合わせをするために穂むらへ訪れたことりからそう言われた。ことりの母親である音ノ木坂学院の理事長が、巧と会いたがっているらしい。「分かった」と巧は2つ返事で了承した。意図は聞かなくても大体分かっている。巧は生徒の前でファイズに変身し、オルフェノクと戦った。巧から聞きたいことは山ほどあるに違いない。
事情を高坂母に話してバイトを早く上がらせてもらい、巧はすっかり慣れた道にオートバジンを走らせる。駐輪場に停めて玄関に行くと、絵里と希が出迎えてくれた。
「お待ちしてました」
「それじゃ、案内するで」
移動中は無言のまま歩く2人の後についていき、巧は教室よりも凝った造形の扉へと案内される。札には「理事長室」とある。絵里が扉をノックすると、中から「どうぞ」と女性の声が返ってくる。
「失礼します」
そう言って扉を開けると、絵里は巧に「どうぞ」と促した。素直に巧はカーペットが敷かれた部屋へと足を踏み入れる。学校運営のトップに用意された部屋なだけあって、木製の板が貼られた壁が落ち着いた雰囲気を醸し出している。
窓ガラスを背にして置かれている机の奥で、椅子に腰かけたスーツ姿の女性が巧に穏やかな笑みを向けてくる。親子なだけあって、その笑顔にはことりの面影がある。
「乾巧さんですね?」
「はい」
「音ノ木坂学院理事長の南です。あなたのことは娘から聞いています。ことりがお世話になっています」
そう言って理事長は頭を下げる。
「どうぞ、お掛けになってください」
理事長に促されるまま、巧は応接用のソファに腰を下ろす。理事長も反対側のソファに座って、テーブルを挟んで向かい合う2人を絵里と希は見張るように佇んでいる。
「乾さんにお茶を淹れてもらえる?」
不服そうな表情で巧を一瞥しながらも絵里は「はい」と返事をする。部屋に備えられているティーセットで紅茶を淹れて、巧と理事長の前にカップを置いた。理事長は湯気が立ち昇るカップの中身を啜るが、巧は手を付けない。
「飲まないんですか? 良い茶葉だから、冷めたら勿体ないですよ」
「茶飲むために俺を呼び出したわけじゃないだろ」
あえて巧は強気にそう言った。その不遜な態度に絵里と希が目を剥くが、理事長は穏やかな表情を崩さずにカップをテーブルに置く。
「そうですね。早速ですが本題に入らせていただきます」
理事長はそう言うと、神妙そうな表情に切り替える。
「この前の怪物が現れたとき、私もあなたが戦っているところを目撃しました。乾さん。あなたはあの怪物を知っていて、あれに対抗する術を持っている。そうですね?」
「ああ」
「では、説明していただけますか? 一体あれが何で、あなたが何者なのかを」
巧は湯気の立たなくなったカップをおそるおそる啜ってみる。まだ熱く、カップをテーブルに置いて語り出す。全てを語りえ終えた頃には紅茶も十分に冷めているだろう。
理事長と絵里と希。彼女達は一言も聞き逃すまいとするように、巧の顔から目を逸らすことなく話を聞いた。
オルフェノクが死を経験することで進化した存在であること。
急激に変化したせいで肉体が耐え切れず、命が短くていずれ滅亡する種であること。
オルフェノクを滅亡から救う「王」がいたこと。
「王」を守るために、オルフェノクが経営に携わっていたスマートブレイン社がファイズと他に2本のベルトを開発したこと。
そして巧が、「王」を倒してオルフェノクの滅亡を決定付けたこと。
巧は3年前に起きた戦いをつつがなく説明したが、ファイズに変身するための条件はどうしても話すことができなかった。言ってしまったとき、彼女達がどんな反応を示すか怖れてしまった。
「オルフェノク………」
理事長はその種族の名前を反芻する。
「まさか、そんなものがいたなんて。それにスマートブレインが……。社長が相次いで亡くなったのは知っていますが、負債も抱えていないあの企業がなぜ倒産してしまったのかは疑問に思っていました。乾さんは、ファイズとして人々を守っていたんですね」
「まあ、そんなとこだな」
「では、何故オルフェノクは音ノ木坂学院を狙ったのでしょうか?」
「それは分からないな。でも、この街で出たオルフェノクはこの学校を廃校にさせたがってるみたいだ」
「そうですか。何にしても、この学院は危険であるということですね」
理事長は巧がソファに置いたファイズギアケースへと視線を移す。
「ベルトを見せていただけますか?」
巧は「ああ」と製造元のロゴが入ったケースをテーブルの上に寝かせ、ロックを解除して開く。変身用のベルトにフォン、攻撃用のショットやポインターといったユニットを3人は眺めている。理事長は巧へと視線を戻す。
「乾さん。そのファイズのベルトを、学院に譲っていただけませんか?」
やっぱりか。そう思いながら巧はカップの紅茶を啜る。紅茶は巧が飲めるほどになるまで冷めきっていた。随分と長く話し込んでいたらしい。理事長は続ける。
「私は理事長として、音ノ木坂学院の生徒を守る義務があります。現時点で、そのベルトはオルフェノクに対抗できる唯一の手段です」
「俺の話を聞いてなかったのか? オルフェノクは元人間だ。皆、望んで怪物になったわけじゃないんだ。中には人間の心を持った奴もいる。オルフェノクを倒すことは、人間を殺すことと同じだ」
「確かに、無害なオルフェノクもいることは私も承知です。しかし、現に学院は襲撃を受けています。乾さんのおかげで犠牲者を出すほどの惨事は防ぐことができましたが、学院の廃校を決定的にするために彼等がまた現れることは十分に有り得ます」
「譲ったとしても誰が戦うんだ? あんた、まさか生徒にやらせるつもりじゃないだろうな。だとしたら尚更駄目だ。それに、ファイズは俺にしか変身できない」
「何故ですか?」
「俺は特別な訓練を受けてるからな。並大抵の奴じゃベルトに拒否されるだけだぜ」
自分でも驚くほどのでまかせが口から出てくる。理事長はしばしこめかみに指を当てる。考えるときの癖らしい。
「分かりました。ベルトの譲渡は見送ります。代わりに、乾さんを学院の用務員として採用させていただきます」
「常に学校にいろってことか」
巧がそう言うと理事長は「ええ」と首肯した。
「オルフェノクが現れてから駆けつけてもらっては手遅れになります。彼等と戦えるのは乾さんしかいません。廃校が濃厚ですが、在籍している生徒達が残りの学校生活を安心して過ごせるよう、協力してください」
♦
この街に長居するつもりはなかったのに、オルフェノクのせいで随分と面倒なことになった。巧はそう思いながら駐輪場からオートバジンを押した。もう桜の木も花が少なくなっている。あと1ヶ月もすれば深緑の葉が覆い尽くすことだろう。
校門を出てすぐにヘルメットを被ろうとしたのだが、すぐ横を通る生徒に自然と目が向き、また生徒の方もバイクが珍しいのか巧へと目を向けている。互いの視線が交わると、眼鏡を掛けた生徒が「ひっ」と控え目な悲鳴をあげる。
「お前、ライブに来てた奴か」
「あ、あの………」
「ん?」
ごにょごにょと口ごもる生徒に聞き返す。こういうものをはっきりと言わない者に対しては苛立つ質だが、流石に年下の少女に罵声を浴びせるほど巧も鬼じゃない。巧は一旦オートバジンのシートから降りて、彼女の顔に耳を近付ける。
「先輩達の、マネージャーさんですか?」
「ちげーよ」と巧は憮然と即答する。
「手伝わされてんだよ。俺だって暇じゃねーってのに」
スクールアイドルの活動に反対はしなかったが、何だかいつの間にか巻き込まれている気がする。昨日も穂乃果からメンバーをどう集めるか夜遅くまで相談に乗る羽目になって寝不足気味だ。
「ご、ごめんなさい………」
「別に怒ってねーよ」
ふと、巧は生徒の顔を見て考える。人数が増えれば、巧が手伝わされることはないのではないか。穂乃果達は仲間が増える。巧は負担が減る。どちらにも利点があることだ。善は急いだ方がいい。
「なあ、お前あいつらとスクールアイドルやらないか?」
「え………?」
直球すぎるとは思うが、遠回しな言い方は得意じゃない。それに、この生徒は押しに弱そうだ。
「丁度あいつらメンバーを募集してるらしいんだ。心配すんな。多分穂乃果は悪いようにはしない」
「あの、その……」
これはいける気がする。口は上手い方ではないが、彼女なら説得できるような気がする。
「だ、誰か助けてー!」
生徒はさっきとは考えられない声量で叫んだ。巧は咄嗟に彼女の口を手で塞ぐ。
「馬鹿! でかい声出すな。また不審者扱いされんだろうが」
じたばたともがく生徒の手から何かが零れ落ちる。それに気付いた巧は生徒の口から手を放し、足元に落ちた手帳を拾う。落ちた拍子に開いた手帳は学生証のようだが、貼られた証明写真に写っているのは目の前にいる生徒ではない。証明写真だから笑いはしないだろうが、普段から笑顔とは無縁といった生意気な顔に見覚えがある。名前を見ると「
「これ、届けに行くのか?」
「は、はい………」
生徒は消え入りそうな声で答えた。すっかり怖がらせてしまったらしい。
「じゃあ一緒に行こうぜ。そいつも誘う」
「西木野さんを、ですか?」
「ああ、さっさと行くぞ。住所は分かるか?」
「はい、学生証に書いてあるので……」
巧は被ろうとしたヘルメットをハンドルに掛けてオートバジンを押し始める。生徒の悲鳴で誰か来ないうちに早くこの場を離れたかった。予想できる事態ではないが、こんな事になるならヘルメットをもうひとつ持ってくるべきだった。
「そういや名前聞いてなかったな」
巧は半歩前を歩く生徒に尋ねる。何度も見ているが名前を知らないままだ。
「
花陽は控え目な声で名乗る。
「俺は乾巧だ。お前の友達、今日は一緒じゃないのか?」
「凛ちゃんですか? 凛ちゃんは陸上部の見学に行きました」
「そうか」
その巧の言葉を最後にして沈黙が訪れる。2人の間には足音とオートバジンが時折道路に落ちた小石を踏む音しかない。しばらくして沈黙を破ったのは、意外にも花陽のほうだった。
「乾さんは、どうしてわたしをアイドルに誘うんですか?」
「どうしてって、お前ならできると思ったからさ」
間違っても自分が楽したいからなんて言えない。いくら巧でも言葉の取捨選択ぐらいはできる。
「お前良い声してるからな。歌ったら結構いい線いくと思うぜ」
「でも、わたし地味だし………」
「そうか? 別に変な顔じゃねえと思うぞ。十分人前に出していい顔だ。アイドルなんて顔が良くてある程度歌えて踊ればすぐ人気出ると――」
「アイドルはそんな簡単なものじゃありません!」
巧が最後まで言い切る前に、花陽の声が遮ってくる。その顔つきが別人のように変わっていた。目が据わり、下がっていた眉尻が吊り上がっていて口を真一文字に結んでいる。さっきまでの小声で大人しげな少女はどこへ行ったのだ。
「可愛いだけの女の子はたくさんいます。アイドルとは偶像という意味。神様や仏様を祀ったいわば御神体と同じ存在。歌って踊れるだけなんて今やアイドルにとって必要最低限のスキルです。お客さんを魅了するほどのカリスマを持ったほんの一握りの――」
「分かった分かった! 分かったから落ち着け!」
巧がそう言うと、花陽は我に返ったのか眉尻が下がった。頬を紅潮させて顔を背ける。この少女の前でアイドルを陥れることを言うのは止めよう。巧はそう誓った。
「そんなにアイドル好きならやればいいじゃねーか。穂乃果達は喜んで歓迎するぞ」
「好きだから、凄いアイドルをたくさん知ってるから、わたしなんかがやってもいいのかなって思うんです………」
「やっちゃいけない理由でもあんのか?」
「………いえ」
「ならお前の気持ち次第だろ。うじうじ考える前にやってみたらどうだ? 何もできずに後になって後悔したって、どうにもなんねーよ」
最後に自分の私情を挟んでしまったことに気付き巧は口をつぐむ。花陽もどう答えれば分からないようで、2人の間に再び沈黙が流れる。
丁度いいタイミングで目的地に近付いたらしい。花陽が真姫の学生証を開いて住所を確認する。
「この辺りだと思うんですけど………」
取り敢えず巧は住宅街のなかでかなり目立っている豪奢な家の表札を見る。長方形の金属製プレートに「西木野」と彫られている。
「おい、ここじゃないのか?」
巧の隣に立った花陽は西木野邸を見上げて「ほえー」と感嘆の声をあげている。高飛車で生意気だとは思っていたが、まさか金持ちのお嬢様だったとは。
「す、すごいなあ………」
「ああ」
巧は表札の下に設置されているインターホンを押す。すぐに女性の『はい』という声がスピーカーから返ってくる。
「ほら」
巧が促すと、花陽はおそるおそるスピーカーに話し掛ける。
「あ、あ、あの……。真姫さんと同じクラスの、小泉……です」
「付き添いの乾です」
『あら、真姫のお友達かしら。開けるから上がって』
すぐに自動式の門が開く。オートバジンを路肩に停めた巧は花陽と玄関へ足を踏み入れる。
「お邪魔します」
「お、お邪魔します……」
そう言って中へ入ると「いらっしゃい」と娘によく似た夫人が2人を微笑と共に迎え入れる。リビングに通されて値が張りそうなソファに並んで腰掛けると、西木野母は紅茶を出してくれた。
リビングに入ってから花陽はずっと部屋中を眺めている。部屋の棚には金色に輝く賞状や盾やトロフィーがいくつも飾られている。
「ちょっと待ってて。病院の方に顔出してるところだから」
「病院?」
花陽が尋ねる。何かの病気なのか。巧は気になりながらも無言で紅茶のカップに息を吹きかける。
「ああ。うち病院を経営していて、あの子が継ぐことになってるの」
「そう、なんですか……」
お嬢様で跡継ぎか。こんな厳しそうな家でスクールアイドルなんてやってもらえるのだろうか、と巧は多少不安になる。
「良かったわ。高校に入ってから、友達ひとり遊びに来ないから、ちょっと心配してて」
西木野母は嬉しそうに言った。娘もこれくらい愛想があってもいい。西木野母の視線が巧へと移り、一旦カップをソーサーに戻す。
「あなた、真姫のボーイフレンド?」
「いや違います」
「あらそう」
夫人は控え目に笑う。自分で言うのもなんだが、こんな怪しい男がボーイフレンドだったら心配すべきじゃないのか、と巧は再びカップに手を掛けながら思った。丁度いいタイミングで玄関からドアの開く音がする。
「ただいま。誰か来てるの?」
質問に答えず、西木野母は無言のまま娘をリビングへ促す。部屋に入った真姫はソファに座る花陽と巧を見て「あっ」という声をあげる。花陽は軽く会釈し、巧はソファに背中を沈めながら紅茶を啜る。まだ熱い。
「こ、こんにちは……」
「邪魔してるぞ」
「お茶淹れてくるわね」と西木野母は出ていった。真姫は驚いたように花陽を見て、その後に怪訝な顔を巧へ向ける。
「ごめんなさい、急に」
「何の用?」
真姫は向かいのソファに座りながら尋ねる。花陽はおずおずと学生証を差し出す。
「これ、落ちてたから。西木野さんの……、だよね?」
学生証を受け取った真姫はページを捲って中身を確認する。
「何であなた達が?」
「ごめんなさい……」
「何でお前が謝んだよ?」
花陽は悪いことをしたわけじゃないし、真姫も怒っているわけではないだろうに。どうにもこの少女はすぐ謝罪するきらいがある。真姫は巧をじっと睨む。同じことを思っていたことが腹立たしいようだ。
「そうよ、別に謝ることじゃないし。………あ、ありがとう」
真姫は俯きながら礼を言う。言い慣れていないらしい。素直じゃない。そう思うも、巧もこの年下の少女と同類であることを再認識する。
「μ’sのポスター、見てた……よね?」
花陽がそう言うと、真姫は顔を背けた。
「わたしが? 知らないわ。人違いじゃないの?」
「お前、アイドルに興味あるのか?」
「だから、人違いって言ってるでしょ!」
花陽には比較的柔らかい口調なのに、巧には棘のある口調になっている。花陽は2人の間に漂う雰囲気に怖気づきながらも言う。
「で、でも……、手帳もそこに落ちてたし」
「ち、違うの!」
慌てた様子で身を乗り出した真姫の膝がテーブルにぶつかる。乾いた音がして、痛みに打った膝を抱えた真姫はバランスを崩してソファへと倒れた。その勢いでソファもドミノ倒しのように倒れる。
「だ、大丈夫?」
「ったく、お前もそそっかしい奴だな」
屈辱なのか、真姫は顔を真っ赤にして巧を睨む。
「うるさいわね! 全く、変なこと言うから」
普段の振る舞いからは見られない姿におかしくなったのか、花陽は口に手を当ててくすくすと笑った。
「笑わない!」
真姫がそう言うも、花陽の笑みは消えなかった。少しだけ、張り詰めていた空気がほぐれた気がした。
「わたしがスクールアイドルに?」
倒れたソファを戻し、西木野母が持ってきた紅茶のカップを持ちながら真姫が尋ねる。花陽は怯えが消えた声色で「うん」と答える。巧はまだ冷めない紅茶に息を吹きかけながら、続けて花陽が紡ぐ言葉を聞く。
「わたし、いつも放課後音楽室の近くに行ってたの。西木野さんの歌、聞きたくて」
「わたしの?」
「うん。ずっと聞いていたいくらい、好きで……、だから――」
「わたしね……」と真姫は紅茶を置いて花陽の言葉を遮る。その目蓋が物憂げに垂れる。
「大学は医学部って決まってるの」
「そうなんだ……」
真姫はため息をついた。
「だから、わたしの音楽はもう終わってるってわけ。それよりあなた、アイドルやりたいんでしょ?」
「え?」
「この前のライブのとき、夢中で見てたじゃない」
確かに。あのときの花陽は誰よりも大きな拍手をμ’sに贈っていた。
「西木野さんもいたんだ」
「わたしはたまたま通りかかっただけだけど……」
真姫は慌てた様子で両手を振る。
「やりたいならやればいいじゃない。そしたら、少しは応援してあげるから」
真姫がそう言うと花陽は笑った。
「ありがとう」
何やら微笑ましい雰囲気になっているが、本題はまだ解決していない。巧はようやく冷めた紅茶を一口啜ると、カップをソーサーに戻す。
「お前はどうなんだよ? アイドルやらないのか?」
「え?」
「お前自分の音楽が終わってるとか言ってたけど、進路が決まってるからもう終わりってのは早いんじゃないか?」
「わたしは将来親の病院を継がなきゃいけないんです。だから、医学部入るために勉強しないと」
「それはお前の母親から聞いたさ。でも、お前穂乃果達に曲作ってやったろ」
「え、西木野さん……、μ’sの曲作ったの?」
花陽がそう聞くと、真姫は「違う」と即答する。
「お礼って前にも言ったでしょ。あれは最初で最後です」
「良い曲だと俺は思ったけどな。思い出作りみたいなノリでやってもいいと思うぜ。毎日ピアノ弾いて歌ってるってのは、まだ音楽やりたいってことなんじゃないのか?」
「分かったようなこと言わないでよ!」
真姫は苛立った様子で巧を睨む。
「そういえば、あなたに聞きたいことがあります。この前、あなたが怪物と戦ってるところ見ました。あれって何なんですか?」
「おい話逸らすなよ」
「逸らしてるのはそっちじゃない。わたしがアイドルやるかより怪物の方が問題です。わたし達が通う学校に出たんですよ?」
「あーその事なら心配すんな。出たら俺が倒すって理事長と話してきたとこだ」
「そういう事じゃなくてあれが何なのかって聞いてるの。それと、あなたは何で変身したわけ?」
「んな事どーでもいいからお前はこいつと一緒にμ’s入れ。歌上手いしブスじゃねーから大丈夫だ」
「もっとましな誉め言葉言えないわけ? スカウト下手すぎよ」
「口下手なのは生まれつきなんだよ!」
「何それ意味分かんない!」
この小娘が。巧はいつの間にかため口になっている、目の前の生意気な少女に苛立ちを募らせる。花陽は不安そうに緊迫した2人を交互に見ている。
今後に楽をするために多少の面倒は仕方ないと思っていたが、こんな生意気娘と下らない意地の張り合いをしているくらいなら穂乃果に振り回される方がましだ。相手が年下の子供だと思うと余計に自分の低次元さが際立っている気がする。
「ったく、俺はもう帰る。ご馳走さん」
巧はソファから立ちあがり玄関へ向かう。後ろから花陽の「お、お邪魔しました」という声が聞こえる。
外に出ると、もう陽は今にも暮れかけている。茜色だった空は深い紫へと変わっていて、彼方には沈みかけた太陽がなけなしの光を照らしている。とても疲れる1日だった。体の全細胞に疲労が染み渡っているような気がする。
「暗いから家まで送ってやる」
「あ、ありがとうございます……」
街灯が灯る道路を歩きながら、花陽が「乾さん……」と切り出してくる。
「乾さんが戦ってるところ、わたしも見てました。学校中で噂になってます」
「そうか。でも心配すんな。俺学校で用務員として働くことになったから、またあいつらが出たら倒してやる」
聞きたいことはもっとあるのかもしれないが、花陽はそれ以上聞いてこなかった。受け入れというより、恐ろしいことを聞こうとしていることへの自制なのかもしれない。実際、オルフェノクは人間にとって恐怖の対象だ。オルフェノクのなかにも自分達を殺そうとする人間を恐れる者がいる。オルフェノクと人間。殺し殺される両種族の立場は時に逆転する。「王」が倒されて滅びを待つ今、本当に殺される側なのはオルフェノクの方なのかもしれない。
家までの道のりで通りかかった穂むらの前で、花陽は足を止めた。
「どうした?」
「お母さんにお土産買っていこうと思って。お母さん、ここのお菓子好きなんです」
「そうか。まあ確かに、ここの饅頭美味いからな」
「乾さんもよく来るんですか?」
「よく来るっていうか、住み込みでバイトしてるんだ」
「そうなんですか………」
引き戸を開けると「いらっしゃいませー!」と元気な少女の声が聞こえる。
「先輩……」
花陽は割烹着を着て頭巾を被る穂乃果を見て驚きの声をあげる。巧が早くバイトから上がったから代わりに手伝っているのだろう。
「花陽ちゃんと、たっくん」
「ただいま」
「たっくん、何で花陽ちゃんと一緒にいるの?」
「ちょっと成り行きでな。おばさんは?」
「お母さんなら商店街の集まりに行ったよ」
「そうか」
「ふーん」と漏らした穂乃果は花陽に笑みを向ける。
「花陽ちゃん、せっかくだから上がって」
穂乃果は抱えていたお菓子の箱をショーケースの上に置いて、花陽を中へと案内する。
「お、お邪魔します………」
「わたし店番あるから、上でちょっと待ってて」
「は、はい………」
花陽が階段を上がっていくと、穂乃果は急須に茶葉とお湯を入れながら尋ねる。
「たっくん、理事長と何話してたの?」
「ファイズのベルトを寄越すように言われた」
「渡したの?」
「断ったさ。だけどオルフェノクが出たときのために、学校に用務員として働くことになった。おばさんが許してくれるんだったら、明日から働くことになってる」
「そうなんだ。でも、何でオルフェノクは学校を廃校にしたいのかな?」
「さあな。お前は何も心配しなくていいさ。メンバー集めること考えろよ」
「うん……」
穂乃果は釈然としない様子だが、巧にもオルフェノクの目的が分からない。滅ぶことを宿命づけられた種族が今更何をしようというのか。オルフェノクのため。仲間に殺されたオウルオルフェノクはそう言っていた。廃校がオルフェノクに何をもたらすというのか。
ただ脳内を駆け回っていくだけの思考を止めて、巧は急須と湯呑みと穂むら名物の饅頭をお盆に乗せていく。
「そろそろお店閉めるから、片付けたらわたしも部屋に行くね。もう海未ちゃんが来てるし、ことりちゃんも来るから」
「ああ」
お盆を手に階段を上る途中で、穂乃果が花陽をひとりで部屋に行かせたことを思い出す。初めて来る家なんだから、部屋の場所なんて分からないんじゃないか。もしかしたら廊下でうろついているかもしれない。そう思いながら2階へ上がると、巧はその光景を現実と認識するのに多少の時間を要した。
何が起こっているかというと、花陽が「リング」の貞子のように髪を振り乱した海未と風呂上りなのかバスタオルを裸体に巻いた雪穂に挟まれているという訳の分からない状況だ。巧に気付いた雪穂が振り向いてくる。「ハロウィン」に出てきたブギーマンのようで一瞬身じろぐが、すぐにそれが美容パックであることに気付く。巧は何がどうしてこうなっているのかは分からないが、取り敢えず一言だけ投じてみる。
「雪穂、服着ろ」
巧がそう言うと、雪穂は自分の格好に気付いて部屋へと引っ込んでいった。丁度そのとき穂乃果が上がってきたところで、巧と同じく状況が吞み込めずともひとまず錯乱した海未と怯え切った花陽を自分の部屋に入れた。
事情を聞いてみると、穂乃果の部屋が分からなかった花陽が適当に襖を開けると風呂上りの美容ケアをしていた雪穂の部屋で、もうひとつの襖を開けるとマイク片手に壁に手を振っていた海未と遭遇したらしい。
「ご、ごめんなさい………」
話し終えた花陽は罰が悪そうに謝罪した。
「だから、そうやってすぐ謝んなよ」
「こっちこそごめん。でも海未ちゃんがポーズの練習してたなんて」
からかうように穂乃果は海未の顔を覗き込む。あれだけ恥ずかしがっていたのに実は楽しんでいるのではないか。そう思いながら、何故か打ち合わせに参加させられている巧は饅頭を食べる。穂乃果に男の意見も聞きたいとせがまれたのだ。
「穂乃果が店番でいなくなるからです」
海未が反論し、花陽が「あの――」と何か言いかけたところで襖が開いて「お邪魔しまーす」とことりが入ってくる。互いに気付いた2人が視線を交わし、花陽が照れながら「お邪魔してます」と挨拶する。ことりは嬉しそうに花陽の隣に座った。
「もしかして、本当にアイドルに?」
「たまたまお店に来たからご馳走しようと思って。穂むら名物穂むら饅頭、略してほむまん。おいしいよ」
そう言って穂乃果は饅頭が乗った皿を示す。花陽は饅頭を一口食べて「美味しい……」と漏らす。
「穂乃果ちゃん、パソコン持ってきたよ」
「ありがとう。肝心なときに限って壊れちゃうんだ」
ことりが鞄からノートパソコンを出すと、花陽はテーブルに広げられた饅頭や煎餅の乗った皿を退ける。海未がパソコンを開くことりに尋ねる。
「それで、ありましたか? 動画は」
「まだ確かめてないけど、多分ここに……」
キーボードを打ってウィンドウを開くと、液晶を覗き込んでいた穂乃果が「あった」と嬉しそうに言う。続けて海未も「本当ですか?」と穂乃果の隣に移る。巧も覗いてみると、画面の中で3人が踊っている。
「誰が撮ったのかしら?」
「すごい再生数ですね」
「こんなに見てもらったんだあ」
3人が口々に感想を漏らす。両手に饅頭の皿と煎餅の皿を持ったままの花陽も近くに寄って画面を見ている。映像を見てライブを振り返っている3人は画面に見入る花陽に気付く。
「あ、ごめん花陽ちゃん。そこ見づらくない?」
穂乃果がそう声を掛けるも、花陽は気付いていないのか無言のまま視線をパソコンの画面へと固定している。3人は顔を見合わせると、互いの意図が分かったのか笑う。何となく巧にも読めた。
「小泉さん」と海未が声を掛けると、花陽は上ずった声で「は、はい」と返事をする。
「スクールアイドル、本気でやってみない?」
穂乃果がそう言うと、花陽は困ったように笑った。
「でも、わたし……、向いてないですから」
「わたしだって、人前に出るのは苦手です。向いているとは思えません」
海未に続いて、ことりも言う。
「わたしも歌忘れちゃったりするし、運動も苦手なんだ」
「わたしはすごいおっちょこちょいだよ!」
得意げに言うことか、と穂乃果に突っ込みを入れたくなるが、ここで巧が口を挟むのは野暮だ。後は3人に任せたほうがいい。
「でも………」
花陽はそう口ごもる。押しに弱いと思っていたが意外と強情だ。ことりが立ち上がって言う。
「プロのアイドルなら、わたし達はすぐに失格。でもスクールアイドルならやりたいって気持ちを持って、自分達の目標を持って、やってみることはできる」
穂乃果と海未が力強く頷く。
「それがスクールアイドルだと思います」
「だから、やりたいって思ったらやってみようよ」
「もっとも、練習は厳しいですが――」
「海未ちゃん」
「あ、失礼………」
あれだけの失敗をして、まだ諦めないところは素直に凄いと思う。彼女達は夢を見出し、それに向かって突き進んでいるのだ。
なら自分はどうか、と巧は思う。ようやく夢ができたというのに、叶える努力もせずただ無為に毎日を過ごしている。今は彼女らの夢を守るという目的があっても、果たして自分にそれだけの時間は残されているだろうか。巧は自分の手を見つめる。指先には灰がこびりついていた。
「ゆっくり考えて、答え聞かせて」
「わたし達は、いつでも待ってるから」
穂乃果とことりがそう言うと、花陽は安心したように笑った。
話し込んでいるうちにすっかり暗くなってしまったので、花陽は饅頭を土産に持たせて帰すことになった。夜道は危険ということで巧がオートバジンに乗せて、案内通りのルートを通って家の前で降ろした。
「あの……、ありがとうございました」
ヘルメットを手渡しながら花陽がそう言った。巧はヘルメットをリアシートに括り付けながら「ああ」と返し、続ける。
「最終的に決めるのはお前自身だけど、自分の気持ちには正直になった方がいいぜ。やせ我慢したって、ただ虚しくなるだけだからな」
そう言って巧はヘルメットを被りオートバジンを走らせた。
♦
翌日、高坂母から許可を貰った巧は朝早くから音ノ木坂学院に出勤することになった。用務員になった理由については、理事長に気に入られたと適当な理由をつけた。元々店番は高坂母ひとりでやっていたから、問題ないということで快く承諾してくれた。
そんなわけで巧は作業着を着て、戸田という中年男性と共に仕事をすることになったのだが、用務員という仕事は幅が広い。校舎の掃除は勿論、傷んだ箇所の修繕といった技術が必要な仕事もしなければならない。
「おい乾。こっちまだゴミ残ってるぞ」
戸田はとにかく細かい。度を越した神経質だ。巧が入念に箒で掃いた場所に目ざとくゴミを見つけて文句を言ってくる。
「生徒達がここを通ってゴミを見つけたらどう思う? 気分を悪くするだろ」
「こんな隅っこのゴミなんて誰も見ないっすよ」
「いいや駄目だ。気持ちよく学校生活を送れるよう綺麗にするのが俺達の仕事だ」
まるで年を取った啓太郎だ。こんなに神経質で疲れないのだろうか。
「なあ乾、お前何でいつもこんなケース持ち歩いてんだ?」
戸田は巧が仕事中も肌身離さず持っているファイズギアケースを指差した。
「ああ、仕事道具っす」
「工具入れか?」
「そう、それそれ」
1日中戸田の小言を聞き続けて、放課後になる頃には巧も反論する気力を使い果たした。戸田は食事中も巧に箸の使い方がなってないだの、物を食べるときにくちゃくちゃ音を立てるなだの文句をつけてきた。しかもお節介なことに、巧が猫舌だと知ると鍛えろとか言って無理矢理熱いお茶を飲ませようとしてきた。必死の抵抗でどうにか口を火傷せずに済んだが、これからこの中年男と一緒に仕事をするのは耐えられない。早く仕事を覚えて1人で作業できるようにならなければ。
「戸田さんさようならー」
「はいさようなら。気を付けて帰りな」
下校する生徒達に挨拶しながら、戸田はゴミ袋を抱えて収集所へ運んでいく。戸田は後ろでペットボトルの詰まったゴミ袋を持つ巧にまた小言を言ってくる。
「生徒に挨拶くらいしろ。こんなおっさんとお前みたいな無愛想な男にも挨拶してくれるいい子達じゃないか」
「はいはい」
学校中のゴミ箱の中身を全て収集所に集めてようやく、この日の仕事が終わった。巧は自販機で買ったアイスコーヒーを一口飲んでため息をつく。一気に何十年も年を取ったかのような疲労感だ。
「乾さん」
声がした方向へ振り向くと、笑みを浮かべた希が立っている。
「作業着似合ってるやん。働く男って感じが出とるよ」
「嬉しくないね。あの戸田ってのと一緒にいると疲れてオルフェノクと戦えやしない」
「戸田さんはええ人やよ。皆に挨拶してくれるし、壊れたところとか言えばすぐに直してくれるし」
「そうかよ」
それだけ言ってコーヒーを飲む巧を希はじっと眺めている。落ち着いてコーヒーが飲めない。
「何だよ?」
「やっぱり乾さんは不思議な人やね。カードもそう言っとる」
希はそう言ってポケットから1枚のカードを取り出す。カードには何やら車輪のようなものが描かれている。
「タロットだっけか? それ」
「そう、運命の輪の逆位置。良いことも悪いことも皆運命の輪の上。物事はみんな必然のような偶然で偶然のような必然。何が起こるかは運命の女神の気分次第。でも、その運命にも歪みがある」
「どういう意味だよ?」
「うちもよく分からんけど、乾さんがこの学校に来ることで、何かが起こる気がするんよ」
「何かって、何だ?」
「さあ? カードはヒントを与えるだけやからね。でも乾さんからは、運命を超えたものを感じるんや」
馬鹿馬鹿しい。巧はそう密かに断じて残ったコーヒーを飲み干しゴミ箱に捨てる。占いなんて当てにならない。啓太郎がテレビの占いコーナーで一喜一憂して、その日の仕事に支障をきたすのを見てうんざりしていたのだ。真理が専門学校に入学してからは実質2人で店を切り盛りしていたから、啓太郎がミスした仕事は決まって巧に回ってきた。
「誰か助けてー!」
唐突にその声は聞こえた。花陽の声だ。巧は足元のファイズギアケースを持って走り出す。声がした中庭へ着くと、予想通り強引に両手を引かれた花陽がいる。でも、花陽の手を掴んでいるのはオルフェノクではなく、真姫とショートカットの生徒だった。最悪の事態ではないことにひとまず安心し、巧はゆっくりと3人のもとへ歩いていく。
「おい、何してんだ?」
巧がそう言うと、花陽が「乾さん……」と安心したように呼ぶ。真姫は昨日と同じ生意気に睨んでくる。
「あなたこそ、ここで何してるのよ?」
「今日から用務員として働いてんだよ」
「かよちん知り合いなの?」
ショートカットの生徒は目を丸くしながら花陽に尋ねる。多分、花陽が凛と呼んでいた陸上部志望の友人だろう。
「ちょっとね………」
「んなことより、こいつに何してたんだよ?」
答えたのは真姫だ。
「小泉さんをμ’sに入れさせるために、これから先輩達のところに行くの」
だとしたら何で左右の手を別々に引いているのか。まるで連行されているみたいだ。とはいえ、花陽がμ’sに入ることは巧にとっても都合が良いことなのは違いない。
「連れていくのは凛だよ!」
「わたしが行くの!」
花陽を抱えながら真姫と凛が口論を始める。よく分からないが、巧にとって下らない争いであることは見当がつく。
「分かったから喧嘩すんな! どっちにしろ連れてくなら早く行くぞ。穂乃果達はどこにいんだ?」
「お、屋上で練習してるみたいです………」
花陽の腕から手を放さない2人は険しい視線を交わしながら歩き出す。2人を交互に見て涙目になっている花陽は抵抗せず、というよりできずいた。
屋上に着くと、穂乃果達は休憩しているところだった。
「つまり、メンバーになるってこと?」
要件を聞いたことりが反復する。凛が早口でまくし立てるように言う。
「はい。かよちんはずっとずっと前から、アイドルやってみたいと思ってたんです」
「そんなことはどうでもよくて」と真姫が対抗するように言う。
「この子は結構歌唱力あるんです」
「どうでもいいってどういうこと?」
「言葉通りの意味よ」
「だから喧嘩すんなっつの。真ん中にいるそいつが一番疲れてんじゃねーか」
巧がそう言うと、2人は一旦休戦して花陽を解放する。花陽は俯いていた顔を上げた。
「あ、あの……、わたしは、まだ……、何ていうか……」
じれったいのか、凛が強い口調で遮る。
「もう、いつまで迷ってるの? 絶対やった方がいいの!」
「それには賛成」と真姫が続ける。
「やってみたい気持ちがあるならやってみた方がいいわ」
真姫は花陽の肩を掴んだ。
「さっきも言ったでしょ? 声出すなんて簡単。あなただったらできるわ」
真姫から奪うように凛が花陽の肩を掴む。
「凛は知ってるよ。かよちんがずっとずっと、アイドルになりたいって思ってたこと」
凛は花陽の顔から目を逸らさず真剣な顔つきになる。それを見る花陽は「凛ちゃん……」と漏らす。振り向いて「西木野さん……」と呼ぶと、真姫は優しく笑った。凛は更に言葉を紡ぐ。
「頑張って。凛がずっと付いててあげるから」
続けて真姫が。
「わたしも少しは応援してあげるって言ったでしょ?」
花陽はしばし俯いて、「乾さん……」と巧へ視線を向ける。
「お前の夢、簡単に諦められるもんじゃないだろ?」
そして、真姫と凛が笑って花陽の背中を押した。1歩前に踏み出した花陽の目に光が灯ったような気がした。花陽の目に涙が浮かぶも、花陽は目をきつく閉じて弾き、目を開く。背筋を伸ばし、胸を張り、はっきりとした声で穂乃果達3人に言う。
「わたし、小泉花陽といいます。1年生で、背は小さくて、声も小さくて、人見知りで、得意なものは何もないです。でも……、でも、アイドルへの想いは誰にも負けないつもりです。だから、μ’sのメンバーにしてください!」
ビニールシートの上に座っていた穂乃果達は立ち上がり、花陽に歩み寄る。穂乃果は手を差し伸べ満面の笑みを浮かべる。
「こちらこそ、よろしく」
穂乃果の手を見る花陽の目尻から涙が零れた。でも花陽は笑っていて、差し伸べられた手を取って握手を交わす。
「かよちん、偉いよう……」
凛は涙を指で掬いながら言う。
「何泣いてるのよ?」
そう言いながらも、真姫の目にも涙が浮かんでいる。
「って、西木野さんも泣いてる?」
「誰が。泣いてなんかないわよ」
「それで」とことりが切り出す。
「2人はどうするの?」
「え?」と目を丸くした2人は互いに顔を見合わせて「どうするって?」と同時に言う。
「お前らも入れってことだ」
巧がそう言うと、2人はまた同時に「ええ?」と上ずった声をあげる。いがみ合っていたのに息が合っている。
「まだまだメンバーは募集中ですよ」
海未がそう言って、ことりと共に手を差し伸べる。2人は戸惑いながらも、さっきの花陽と同じように笑ってその手を取った。
「たっくん」
穂乃果が笑いながら巧へ顔を向ける。
「たっくんが花陽ちゃんを後押ししてくれたの?」
「そいつの背中押してやったのはあいつらだろ。俺は何もしてない」
「でも」と花陽が穏やかに笑って言う。
「乾さん、わたしを応援してくれましたよね。嬉しかったです」
「そんな大したこと言ってねーだろ」
「もう」と穂乃果が肘で巧の脇腹をつついてくる。
「素直じゃないなー。むすっとしてないで、嬉しいときは笑っていいんだよ?」
「こういう顔なんだよ」
眉間にしわを寄せて言い放つも、穂乃果と花陽は巧に笑みを向けてくる。2人だけでなく、海未とことり、凛と真姫も。一気に6人に増えたμ’sのメンバー達の笑顔を夕陽が照らしている。彼女らの笑顔の輝きがより一層増したような気がして、自分には不釣り合いな輝きが眩しくて巧は顔を背ける。そんな巧の目蓋のない耳孔に、穂乃果の声が入り込んできた。
「これで正式に部として認めて貰えるよ。ありがとう、たっくん!」
サブタイトルは「まきりんぱな」なのですが、内容は実質「まきぱな」になってしまいました。凛ちゃんのコンプレックスに焦点が当たるのは2期だからなあ。
真姫ちゃんと巧の口論は書いていて楽しかったです。一番巧らしい台詞を書くことができたと思います。少し調子乗ってます。すみません。
てか、巧がギャルゲーの主人公みたいになってきたな。「555」のストーリーも介入していく予定ですが、もう少し先になります。少々お待ちください。