ラブライブ! feat.仮面ライダー555   作:hirotani

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 更新が遅れてしまい申し訳ございません。
 引越しが完了し、ようやく落ち着きました。


第4話 ファーストライブ / 女神の守り人

 西木野が曲を渡した日から、穂乃果はこれまでとは比べものにならないほど張り切って練習へ出掛けた。毎朝早く、夜は遅く。休日は1日中練習に励んでいた。正直、彼女がここまで真面目にやるとは思わなかった。穂乃果が頑固なのは一緒に暮らすようになって次第に分かってきたことなのだが、ここ最近の頑張りは巧の予想以上だったと思う。

 穂乃果は辛さを見せない。ファーストライブの日が近付くにつれて気合を増しているように見える。ことりに頼んだ衣装も完成が近いらしく、全ては順調に進んでいる。

 そう。順調だと、穂乃果からは聞いていた。

「何で俺までチラシ配りしなきゃいけないんだ?」

 バイトが休みだから家でのんびりしていたところ、電話で穂乃果に呼び出されて秋葉原まで来た巧は愚痴を零す。

「お願いたっくん。海未ちゃんのために!」

 チラシの束を差し出しながら、穂乃果は深々と頭を下げる。隣でことりも「お願いします」と物欲しそうな視線を巧に向けている。何でも海未が人前で歌って踊るのが恥ずかしいとのことで、人に慣れさせるために繁華街である秋葉原でチラシ配りをすることになったらしい。携帯電話の着信が鳴ったときはオルフェノクではと思った自分が馬鹿みたいで余計に腹が立つ。

「ひ、人がたくさん………」

 横目でちらりと海未を見ると、行き交う人々を見て震えている。初めて会ったときの威勢はどこへやら。巧はため息をつくと穂乃果からチラシを受け取った。チラシ配りのバイトならやったことがあるから、多分できるだろう。

 道行く人々に「ライブやりまーす」と適当に声をかけてチラシを1枚ずつ手渡していたのだが、近くにいるはずの海未がいないことに気付いて周囲を見渡す。やがてガシャポン販売機の前で小さくうずくまる海未を見つけ出す。

「あ、レアなの出たみたいです」

 カプセルを開けた海未が呟いた。いつも海未に叱られてばかりいる穂乃果が嗜めるように彼女を呼ぶ。その隣ではことりが苦笑を浮かべていた。

「海未ちゃん!」

 やっぱり慣れたところでやろうということで、場所を音ノ木坂学院に移してチラシ配りを再開した。

「ここなら平気でしょ?」

「まあ、ここなら………」

「じゃあ始めるよ」

 そう言って穂乃果はチラシを配り始める。ことりも道行く生徒に声を掛けてチラシを配っている。海未は意を決して「お願いします」と髪を両サイドでまとめた小柄な生徒にチラシを差し出したのだが、生徒は海未を一瞥した後に「いらない」と言い捨てて行ってしまった。

「駄目だよそんなんじゃ」

 様子を見ていた穂乃果が海未にそう言ってくる。

「穂乃果はお店の手伝いで慣れてるかもしれませんが、わたしは………」

「ことりちゃんだってちゃんとやってるよ。たっくんだって配ってるし」

 一応頼まれたからやってはいるが、巧のチラシは減る気配がない。女子高という場で若い男の存在は珍しいらしく、女子しかいない生徒達は巧を遠目から眺めるばかりでこちらが近付いても距離を取られてしまう。動物園のパンダの気持ちが少しだけ分かったような気がする。この学校は若い男の教師を雇っていないのだろうか。

「ほら海未ちゃんも。それ配り終えるまでにやめちゃ駄目だからね」

「ええ? 無理です」

 海未がそう言うと、自分の持ち場へ行こうとした穂乃果は足を止めて悪戯な笑みを海未に向ける。

「海未ちゃん。わたしが階段5往復できないって言ったとき、何て言ったっけ?」

 穂乃果がそう聞くと、海未は口ごもってしまうもすぐに強気な声色で答える。

「分かりました。やりましょう」

 海未は「よろしくお願いしまーす」と声を張ってチラシを配り始めた。その様子を見て微笑んだ穂乃果に「あの……」と眼鏡を掛けた生徒が声を掛けてくる。

「あなたは、この前の」

 穂乃果は既に顔見知りらしい。何気なく声を掛けた生徒を見ていた巧だったが、穂乃果とUTX学院に行ったとき、モニターに映るA-RISEを見ようと走ってきた少女であることを思い出す。

「ライブ、観に行きます……」

 人見知りなのか、少女は弱々しい声で言った。穂乃果は嬉しそうに言う。

「本当?」

 少女の言葉が聞こえたのか、ことりと海未がチラシ配りを一旦止めて穂乃果の隣へ歩いてくる。

「来てくれるの?」

「では、1枚2枚と言わずこれを全部」

「海未ちゃん」

 持っているチラシを全て渡そうとした海未を穂乃果が嗜める。「分かってます」と罰が悪そうに海未はチラシを引っ込める。

「あのー」

 一向に減らないチラシを抱えている巧に生徒が話し掛けてくる。「ん?」と巧はショートカットの少女を見下ろす。

「友達見ませんでした? この辺りにいると思うんですけど」

「どんな奴だ?」

「眼鏡を掛けた可愛い子です」

 漠然としすぎちゃいないか。そう思いながら巧は特徴のひとつには確実に当てはまっている、穂乃果達のところにいる少女を指差す。

「あいつじゃないのか?」

「あ、そうです。ありがとうございました」

 巧が差し出そうとしたチラシには目もくれず、少女は「かーよちーん」と友人のもとへ駆けていった。

 結局、巧は学校でチラシを1枚も配れないままその日の宣伝は終わった。

 

 ♦

 夜も更けてきた頃、窓の奥に広がる夜空には雲がなく無数の星が煌いている。星の光は星それぞれだ。強い光を放つ星もあれば弱い光を放つ星もある。だが星空にも関心を持たない巧には数秒見れば飽きてしまうもので、布団の上に寝そべり雑誌のページを捲る。

 さっきは穂乃果が部屋で海未、ことりと3人で明日のライブの打ち合わせをしていたらしく、話し合いが済むと神田明神に行くと家を出ていった。散々騒いでいたせいか、今はとても家が静かに感じる。

 巧に与えられた部屋は客間として使われていたらしい。だから家具なんて背の低いテーブルと座布団が置いてあるだけで、良く言えばシンプルなのだが悪く言えば飾り気がない。まるで自分の心を映しているみたいだな、と思っていたところに(ふすま)がノックされる。

「たっくん、入っていい?」

「ああ」

 雑誌を閉じた巧がそう言うと、襖が開いて穂乃果が入ってくる。穂乃果はテーブルの席に敷いてある座布団に腰を落ち着かせた。

「お参りはもうしてきたのか?」

「うん、大成功しますようにって」

「ずっと練習してきたんだ。多分成功すんだろ」

 巧がそう言うと、穂乃果は少し困ったように笑った。何か悪いことでも言ったか、と巧は眉を潜める。

「うん。歌もダンスもばっちりだし、きっと成功するって信じてる。でも、やっぱり不安かな。海未ちゃんとことりちゃんの前じゃ言えないけど。何か変な気分だね。楽しみなのに不安って」

 巧は穂乃果の気持ちが少しだけ分かったような気がする。自分もまた、穂乃果と似た気持ちを抱いているからだ。巧は穂乃果の気持ちを端的に告げる。

「それ、夢ができたってことなんじゃないか?」

「夢か……。うん、確かにそうかも。わたし、今まで夢とか持ったことないから、まだよく分からないけど」

 自分の気持ちをどう整理すればいいのか。探すように宙を眺める穂乃果に巧は言葉の列を投げかける。説教じみたことを受けるのは嫌いだし、自分がするのも好きじゃない。でも、彼女から教えられ自分が感じたことを誰かに伝えたい。単純にそう思った。

「夢を持つとな、時々すごく切なくなるけど、時々すごく熱くなるんだ。まあ、受け売りなんだけどな。俺も夢ができて、やっとその意味が分かった気がする」

 「そうなんだ……」と穂乃果は巧を意外そうに見る。

「たっくんにも夢はあるの?」

 巧がその質問に答えるのに、しばらくの逡巡を挟んだ。

「ああ、でかい夢がな」

「どんな夢? 教えてよ」

「やだね」

「えー」

 穂乃果は口を尖らせた。巧は斜に構えた笑みを浮かべる。

「夢や願い事ってのはな、人に言うと叶わないらしいぜ」

「そんなの迷信だよ。たっくんのケチ!」

「はいはい」

 巧が適当にあしらうと穂乃果は笑った。弱気なところを見せないが、彼女も明日のライブに緊張を抑えられないのだろう。リラックスできたのならそれでいい。口には出さないが、巧もμ’sのライブ成功を祈っている。3人でやってきて良かったと思いたい、と穂乃果はよく言っていた。汗をじっとりと滲ませながら努力してきたのだ。それくらいの報酬は与えられたっていい。

「明日のライブ、たっくんも来てね」

「俺、学校に入ってもいいのか?」

「ことりちゃんが理事長に許可貰えるようにお願いしてくれるって。うちの学校の理事長、ことりちゃんのお母さんなんだ」

「そうか。バイト終わったら観に行ってやるよ」

「うん!」

 穂乃果は満面の笑みを浮かべた。同時に襖が開く。開けたのは雪穂だった。

「あ、2人とも一緒にいたんだ。お母さんがご飯だから降りてきてって」

 雪穂はそれだけ言うと襖を開けたまま階段を降りていく。

「よーし、明日に備えてたくさん食べなきゃ」

「馬鹿食いして太るなよ」

 

 ♦

 

「巧君、今日はそろそろ上がって」

 いつものように穂むらの仕事をしていると、唐突に高坂母がそう言ってきた。

「いつもより早いすよ」

 巧がいつも上がるのは店を閉める頃だ。まだ2時間くらいはあるし、暇なわけでもない。店内では客が数組いて何の菓子を買うか吟味している。

「穂乃果から頼まれたのよ。ライブを観に来てほしいから早く上がらせてってね。行ってあげて」

「はあ。それじゃお先っす」

 早上がりした巧はファイズギアケースを手にオートバジンで学校へ向かった。ここ1ヶ月近くはオルフェノクが現れていない。でも彼等がいつ現れるかは予測不可能なため、常にファイズギアは持ち歩くようにしている。

 学校に着いた巧は朝穂乃果に言われた通り事務室に行って来客用のネームプレートを貰った。この札を首から提げておけば校舎を歩ける。ことりが理事長に口利きしてくれたおかげで、名前を言うとすんなり貰えた。

 放課後のようだが校舎内は賑わっている。1年生のために部活の体験入部を実施しているらしい。青春だな、と思いながら巧はまだ(のり)のきいた制服に身を包む1年生の生徒達を眺める。真理も高校に行っていたら、どこかの部活に入っていたのだろうか。とはいえ、美容師になることばかりに熱を上げていた彼女が別のことに目移りするとは思えないが。

 校舎を歩けるようになったのは良いが、巧はライブ会場である講堂がどこにあるのか分からないことに気付く。何度か場所を聞こうと生徒に声を掛けたのだが、女子高の生徒はどうにも警戒心が強いらしく巧から逃げてしまう。巧の不機嫌そうな顔つきで怖がらせてしまったようだが、いきなりにこにこするのも気持ちが悪い。やがて校内放送が聞こえてくる。

『スクールアイドル、μ’sのファーストライブ、間もなくでーす。ご覧になられる方は、お急ぎくださーい』

 勘を頼りにしながら廊下を歩いていると、この国では目立つ金髪の生徒と遭遇する。

「あなたは………」

「ああ、丁度良かった。講堂がどこにあるか分からないんだ。案内してくれないか?」

「ライブを観に行くつもりですか?」

「ああ、誘われたからな」

 絵里は真っ直ぐと巧に両の碧眼を向けてくる。巧は尋ねる。

「どうしてあいつらを認めてやらないんだ?」

「アイドルなんて、今更やったところで学校のためになりません」

 絵里は断言する。口調と険しい眼差し。それらからは妙な緊迫感が発せられている。

「会長!」

 不意に生徒が走ってくる。巧に一度視線を向けるも、それどころではないらしく息を切らしながら絵里へと視線を戻す。

「どうしたの?」

「こ、校庭に不審者が………」

「不審者?」

 絵里は窓から外を見下ろす。釣られて巧も。その不審者らしき人物はすぐ目に留まった。女子高という場で男は目立つ。スーツを着込んだ男の体がぼこぼこと隆起し、冷たい灰色の異形へと姿が変わる。1ヶ月近く前に現れたソードフィッシュオルフェノクだ。校庭から甲高い悲鳴が湧いて校内の空気を震わせる。

「あれは………!」

 絵里は目を剥いてオルフェノクを凝視している。巧は持っていたファイズギアケースを開きツールを取り出した。巧の行動に疑問を抱いたのか、絵里の視線が巧へと移る。できれば人前ではしたくなかったが、物陰に隠れる余裕はない。巧はフォンにコードを入力する。

 5・5・5。ENTE。

『Standing by』

「変身!」

『Complete』

 フォトンブラッドの赤い閃光が全身を駆け巡り、巧はファイズに変身した。変身時の光に目を瞑っていた絵里と女子生徒は、再び目を開くとファイズの姿に言葉も出さずただ視線を固定している。

 ファイズは窓を開けて、3階の廊下から地面へと一気に飛び降りた。

 

 ♦

 校庭に怪物が出た。

 穂乃果達がその知らせを同級生のフミカから聞いたのは、衣装に着替えていよいよ本番と士気を高めていたときだった。穂乃果は海未とことりの静止を振り切って校庭へと走った。何が出たのかすぐに分かった。そして、校庭に出ると予想は当たった。

 少し遅れて海未とことりが穂乃果の両隣に立つ。戦いは既に始まっていた。両手に剣を構えたオルフェノクにファイズは一歩も退かずに立ち向かっている。

「あれって………」

 ことりが怯えた声で言う。オルフェノクの剣がファイズの右肩を掠めて火花を散らした。

「たっくん!」

 穂乃果は思わずファイズに変身している彼の名前を呼んでいる。それを聞いた海未が恐怖を隠しきれていない声色で呟く。

「まさか……、あれは乾さんなんですか?」

 「あっ」と穂乃果は我に返る。巧からファイズであることは内緒にするよう言われていたことを思い出す。

 オルフェノクが剣をファイズの腹に一閃する。ファイズの体が吹き飛び、地面に力なく倒れる。だがファイズはすぐに立ち上がらない。ベルトの側面からデジタルカメラのようなものを外し、バックルから外したチップをレンズ部分に差し込む。

『Ready』

 グリップが展開したカメラを右手に付けるとオルフェノクが距離を詰めようと走ってくる。ファイズは気怠そうに立ち上がり、バックルの携帯電話を開いてキーを押した。

『Exceed Charge』

 バックルの右側から赤い光がラインに沿って右手へと走っていく。カメラに取り付けられたチップが発光すると同時に、ファイズは剣を振り上げたオルフェノクの腹に右拳を叩き込んだ。オルフェノクの体がよろめき、目の前にΦの文字が浮かび上がる。

「っ………」

 穂乃果は息を飲んだ。初めて巧がファイズに変身したとき、あの文字が浮かぶとオルフェノクは灰になって崩れた。でも今戦っているオルフェノクは、拳を受けた腹をまるで埃でも落とすように叩いている。地面に落ちたオルフェノクの影が人の形に変わった。

「この程度でやられるほど、脆くはありませんよ」

 影は不気味な笑みを浮かべている。

「オルフェノクが現れて犠牲者が出れば、そんな学校はもう廃校にするしかないでしょう」

 嬉々とした声で影はそう言っている。人の姿をした影は元に戻り、オルフェノクの灰色の目が穂乃果達に向く。海未とことりが声にならない悲鳴をあげる。

「そうはさせるか!」

 穂乃果達のもとへ歩き出したオルフェノクをファイズが背後から羽交い絞めにする。だがすぐに引き剥がされる。ファイズは左手首にある腕時計からチップを引き抜き、ベルトのバックルに挿入した。

『Complete』

 ファイズの胸部装甲が左右に開き肩に収まる。黄色だった目が赤く輝き、全身に巡っていたラインが赤から銀へと変わる。

 ファイズはカメラのチップをベルトの右側面に装着されていた筒状のツールに移した。

『Ready』

 右脚にツールを取り付け、腕時計のスイッチを押す。

『Start Up』

 電子音声が鳴ると同時にファイズの姿が消えた。その姿を探そうと視線を周囲に這わせるオルフェノクを囲むように、無数の赤い閃光が飛んでくる。傘のように開いた光は、槍のように次々とオルフェノクの体へと刺さっていく。光が刺さる度に巧の吼える声が聞こえる。全身にいくつもの風穴を開けられたオルフェノクは、顔面にぽっかりと穴が開くと青い炎をあげて燃え始める。やがて炎が消えると、その体は灰になって崩れ落ちた。

『3・2・1・Time Out』

 カウントが終わると同時にファイズの姿が視界のなかに戻ってくる。ファイズはバックルのチップを抜く。

『Reformation』

 開いた装甲が閉じて、ファイズは元の姿に戻った。ツールを所定の位置に戻したファイズはバックルから携帯電話を抜き取ってコードを押す。光と共にベルト以外が消えて巧の姿になる。巧は崩れ落ちるように地面に膝をついた。

「たっくん!」

 穂乃果は巧のもとへ駆け寄る。額に汗を浮かべる巧は酷く苦しそうに顔を歪めている。

「怪我したの?」

 肩を支えようとしたのだが、巧は穂乃果の手を「してねえよ」と跳ねのけて立ち上がる。足元がおぼつかないように見えた。

「穂乃果、ライブはどうしたんだ?」

「オルフェノクが出たのにライブなんて――」

「散々練習してきたじゃねーか。今更やめるのかよ?」

 巧は衣装に着替えた穂乃果を見てため息をつく。

「始まる前に衣装見せてどうすんだ。ほら行くぞ。講堂まで案内してくれ」

 巧はそう言って歩き出す。戦いで疲れたのか、足取りが危うくて支えていないと倒れてしまいそうだ。

 穂乃果は巧の後を追いかける。オルフェノクの灰を被ってしまったのか、巧の手からは灰がさらさらと零れていた。

 

 ♦

 講堂は出入り口の非常口ランプ以外の照明が消されている。途中からでも気軽に入れるようにと開け放たれた扉から外の光が僅かに客席へ入り込んでいる。最後列のシートに腰掛けた巧は幕の垂れたステージのみに視線を向け、開幕を待つ。

 やがてブザーが鳴り響き、垂れ幕が左右に開いていく。ステージの上で証明を浴びたμ’sの3人が目を閉じて横に並んでいる。

 穂乃果は目を開き、期待に満ちた瞳を客席に向ける。そして突き付けられた現実を認識し、両隣にいる海未、ことりと共に呆然と立ち尽くしている。3人の顔を見て巧は歯を食いしばる。

 客席には巧しか座っていない。オルフェノクを倒した後、穂乃果の同級生達が引き続きチラシを配り、もう1度校内放送をしてライブ開催を宣伝していた。生徒達はライブが行われることを知っていたはずだ。怪物騒ぎの後にライブを楽しむ気になれない。それもあるのかもしれないが、それだけが原因じゃない。このほぼ全てが空席という状況を作り出した要因はもっと根深いものだ。

 皆、最初から期待などしていなかったのだ。人は見たいものしか見ない。3人が喉を潰すまで歌のレッスンをしても、滝のように汗を流しながらダンスの練習をしても、誰も彼女達の努力には目を向けなかった。彼女達は努力を見せつけるようなことはしていない。努力の結果はパフォーマンスで見せる。そう穂乃果は意気込んでいた。その努力の結果を見る者は巧しかいない。お前達の努力など無力だと嘲笑うかのように、講堂は静まり返っている。

「ごめん。頑張ったんだけど………」

 チラシを配っていた生徒が、罰が悪そうに言う。聞こえていないのか、穂乃果は何の反応も示さず客席を眺めている。ことりと海未が不安げな表情を穂乃果に向ける。やがて穂乃果は俯き、口を固く結ぶ。巧はただそれを傍観することしかできない。

 穂乃果は顔を上げた。笑っているが、目が充血している。

「そりゃそうだ。世の中そんなに甘くない!」

 そう言うと、穂乃果の顔から笑みが消えた。顔を強張らせてみせるが、堪えきれなくなり目尻に押し留めていた光るものがいよいよ溢れようとする。

 同時に、扉の方で何かがぶつかる音が聞こえる。視線を移すと、眼鏡を掛けた生徒が扉にもたれ掛かって息を切らしている。

花陽(はなよ)ちゃん………」

 穂乃果は意外そうに生徒の名前を呼ぶ。花陽と呼ばれた生徒はチラシを手にほぼ無人の客席を見渡している。まあ、こんなライブ会場は確かに見て驚くだろう。

「あ、あれ? ライブは?」

 「あれ?」と繰り返す花陽を見る穂乃果の顔に笑顔が戻った。

「やろう」

 穂乃果がそう言うと、ことりが「え?」と弱く返す。

「歌おう。全力で!」

 「穂乃果」と海未が不安げに言う。

「だって、そのために今日まで頑張ってきたんだから」

 その穂乃果の言葉で、ことりと海未の表情にも力が宿ったように思えた。

「穂乃果ちゃん、海未ちゃん」

 ことりが2人に呼び掛ける。

「ええ」

 海未が笑顔で応える。ステージの照明が落ちた。講堂を真っ暗闇が覆い、すぐに3人の立つ場所に天井から光が降りてくる。同時に音楽が流れ始めた。

 3人はステップを踏んで踊り、歌い出す。笑顔を絶やさず、時には悲しそうな顔を客席にいる巧と花陽に振り撒く。素人の視点だが、とても良いパフォーマンスだと巧は思う。踊りながらしっかりと声を張り、それでいてダンスも3人でのコンビネーションが取れている。

 そして、曲が終わった。花陽と、花陽を追いかけて途中から講堂に入ってきた生徒が立ち上がって拍手を贈る。拍手をするのは2人だけじゃなかった。ライブのセッティングを手伝っていた3人と、扉の近くで立つ西木野もμ’sに賛辞を贈った。人数が増えたとはいえ、盛況とはいえない。成功か失敗のどちらかと問われれば失敗だ。それでも、彼女達は少ない観客のために歌ったのだ。プロの目から見れば稚拙なライブだったのかもしれないが、それでも彼女達の根性は認めるべきだ。そう思いながら巧も拍手をした。

 音響室から鞄を提げた絵里が出てくる。絵里はゆっくりとステージへの階段を下りていき、彼女に気付いた観客達の拍手が止む。

「生徒会長……」

 まだ息の荒い穂乃果が呼ぶと、絵里は足を止める。

「どうするつもり?」

 絵里はそう尋ねる。短い言葉だが意図は分かる。こんな結果でも、まだスクールアイドルを続けるのか。とても残酷な質問だ。心が折れてもおかしくはないのに、それでも彼女達は決行したのだ。労いの言葉くらいはあってもいい。

 穂乃果は絵里を見据えて答える。

「続けます」

「何故? これ以上続けても、意味があるとは思えないけど」

「やりたいからです!」

 穂乃果は即答し、言葉を続ける。

「今、わたしもっともっと歌いたい、踊りたいって思ってます。きっと海未ちゃんもことりちゃんも。こんな気持ち、初めてなんです。やって良かったって、本気で思えたんです。今はこの気持ちを信じたい。このまま誰も見向きもしてくれないかもしれない。応援なんて、全然貰えないかもしれない。でも、一生懸命頑張って、わたし達がとにかく頑張って届けたい。今、わたし達がここにいる、この想いを。いつか、いつかわたし達必ず、ここを満員にしてみせます!」

 穂乃果は宣言した。その拳が強く握られる。多分、穂乃果は自覚したのだろう。昨日の晩は漠然としていた何かの正体を。それを今日、このライブではっきりと血肉を得たのだと思う。

「たっくん」

 穂乃果の視線が巧へと移る。瞳からは、真理や啓太郎と同じ力を感じる。

「昨日、たっくんが言ってたことが分かった。わたし、今とても切ない。でも、とても熱いんだ。これだけしかいないけど、確かにわたし達を見てくれる人がいた。だから、わたし頑張れる」

 穂乃果の言葉には迷いがない。悔しさが大きいだろう。現に穂乃果の頬は朱色を帯びていて、鼻がひくひくと震えている。泣いたっていい。真理だって泣いて気持ちを新たにしたのだ。でも穂乃果は込み上げてくる悲しみや悔しさを必死に押し殺しているように見える。アイドルだから観客に涙を見せるわけにはいかない。その矜持が確かにあるのだ。

「ああ、頑張れよ」

 巧にはそれしか言うことができなかった。自分がいくら労いや慰めの言葉を言ったところで、それらが全て薄っぺらく中身のないものに思えてしまうからだ。

 足音がしたのでふと扉を見やると、絵里が茜色に染まる外へ出ていくところだった。巧はその後を追いかける。扉の横にいた西木野に声をかけることなく、夕陽が差し込む廊下に出て「なあ」と絵里を呼び止める。廊下では希が壁に背を預けているが、巧は構わず振り向いた絵里に言う。

「あいつらを応援してやれとは言わない。だけど、続けさせてやってくれないか」

「あなたも見たはずです。続けても、あの子達自身が辛くなるだけですよ」

「穂乃果は辛くてもやると思うぜ。あいつ、見かけによらず頑固だからな」

 絵里は眉根を寄せる。

「どうしてあなたは、あの子達の味方をするんですか?」

「あいつらに夢ができたから、かな」

 巧はじっと絵里の瞳に焦点を合わせる。穂乃果もそうした。だから、彼女の味方でいると決めた自分もそうしなければならないと思った。

「夢は、見ても辛いだけですよ………」

「かもな」

 そう言う巧を絵里と希は意外そうに見つめている。言っていることがでたらめかもしれない。でも、夢とはでたらめなものだと巧は思う。望んでいることのはずなのに、その過程は酷く険しくて逃げ出したくなる。矛盾したものだ。自分で勝手に望んだものなのに。

 巧は仲間のもとから逃げた。彼等の夢を守ると決意しておきながら放棄した。だから今度は逃げるわけにはいかない。

 もう目の前で誰かの夢が壊れる様を見たくない。

「あいつらが辛いとき、俺に何かすることも言うこともできないさ。でもな、あいつらの夢を守ることはできる」




 「555」を知る人なら分かると思いますが、サブタイトルと最後の台詞は8話のオマージュです。
 にしても、「555」本編を見返すとやっぱり本作の巧は口数が多い気がする………。大人になったって解釈でいいのかな。

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