ラブライブ! feat.仮面ライダー555   作:hirotani

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 今回はやっと穂乃果ちゃん以外のμ’sメンバーが本格的に登場します。ラブライバーの皆様、お待たせしました!


第3話 アイドルを始めよう! / 少女達の熱

「わあああっ、大変!」

 穂乃果は仰向けに倒れたファイズの肩を揺さぶる。ファイズは僅かに頭を上げるも、呻き声を上げてすぐに頭を垂れた。同時に閃光と共にスーツが消えて白目をむいた巧の姿になる。

「たっくん、たっくん!」

 必死に呼びかけるも巧は目を覚まさない。慌てた様子で海未とことりが階段を降りてくる。

「穂乃果、その人は?」

「たっくんだよ」

「先月から一緒に住んでるって人?」

 ことりの質問に「うん」と穂乃果は答える。「なっ」と海未は顔を紅く染めて巧の顔を凝視した。

「同居人て、この人なのですか!? 見るからに成人男性じゃないですか!」

「えーと、確か22歳て言ってたっけ」

「破廉恥です! たっくんて呼ぶものだから年下だと――」

 「海未ちゃん」とことりが海未の言葉を遮る。

「まずはどうにかしないと」

「そうですね、救急車を――」

 「待って」と穂乃果が携帯をポケットから出す海未の手を止めた。

「たっくん救急車は嫌みたい。学校の保健室に運ぼう」

「救急車が嫌って、そんな子供みたいな……」

 呆れる海未を尻目に、穂乃果はことりと一緒に巧の肩を首に回して立ち上がらせる。

「あれ、穂乃果ちゃん。この人、手に灰が付いてるよ」

 巧の灰色に汚れた手を見てことりが言った。

「本当だ。そういえば、初めて会ったときもたっくん灰まみれだったんだよね」

「灰まみれって、何をすればそうなるのですか?」

 2人を手伝って巧の体を支えながら海未は言った。海未の視線は、巧の腰に巻かれたベルトに向いていた。

 

 ♦

 ゆっくりと意識が表層へと浮かび上がってくる。甲高い話し声が聞こえ、導かれるように巧は目蓋を開いた。視界に長い黒髪の少女が入り込んでくる。少女が巧の覚醒に気付く。

「あ、目が覚めたみたいですよ」

 少女がそう言うと、視界の隅から穂乃果が「たっくん!」と飛び込んでくる。同時に腹に衝撃が走り「ごぽっ」と思わず奇声をあげてしまう。腹に手をつかれたらしい。

「あ、ごめん」

 慌てて穂乃果は手を引っ込める。彼女を睨むも、そそっかしい奴だったなと思い出し表情筋の力を抜きゆっくりと上体を起こす。

「ごめんねたっくん。あんな所にいると思わなくて」

「お前だったのかよ」

 変身していたから良かったものの、生身だったら危ないところだ。

「先生によると、軽い脳震盪のようです。しばらくは安静にしていたほうがいいですよ」

 黒髪の少女がそう言ってくる。「そうか」と巧は返事をすると同時に自分の額を撫でる。少しずきずきと痛んだ。

「自己紹介が遅れましたね。わたしは園田海未(そのだうみ)と申します」

(みなみ)ことりです」

 海未と、海未の反対側の椅子に座る茶色い髪の少女が名乗る。「乾巧だ」と巧も短く自己紹介する。巧は穂乃果に指をくいくいと振り「来い」とジェスチャーする。顔を近付けてくる穂乃果の耳元で他の2人には聞こえないよう囁く。

「この2人は俺が変身してたとこ見たのか?」

「ううん。変身はすぐ解けたから見てないよ。もしかして、またオルフェノクが出たの?」

「ああ、逃げられた。近いうちにまた出るかもな」

「何をこそこそと話しているのですか?」

 海未の語気を強めた声が聞こえて、慌てて穂乃果から顔を離す。

「乾さんといいましたね。あそこで何をしていたのですか?」

「ああ、ちょっと散歩でな。この辺りの土地勘がないんだよ」

「乾さんが倒れていたところ、弾痕がたくさんありましたが」

 あのポンコツバイク、と巧は自分もろとも乱射してきたオートバジンに苛立ちを募らせる。

「さあな。銃撃戦でもあったんじゃねえか?」

「真面目に答えてください!」

 海未が苛立ちを露わにする。「海未ちゃん」とことりが宥めると落ち着きを取り戻すが、まだ怒りが収まったわけではないようだ。海未は鞄のジッパーを開けて中身を取り出す。

「このベルト、乾さんが付けていたものですよね?」

「ああ」

「何なのですか? これは」

「ファッションだ」

 巧がそう答えると海未の肩がわなわなと震える。また怒号が飛んでくるのかと思ったが、海未はため息を吐くに留まった。諦めてくれたらしい。

 「そうそう」と穂乃果が口を開く。

「たっくん、わたし達スクールアイドルやることにしたんだ!」

 少し強引な気はするが、話題を逸らしてくれるのはありがたい。巧は黙って聞くことにする。

「スクールアイドルって最近どんどん増えてるらしくて、人気の子がいる高校は入学希望者も増えてるんだって」

 そう言って穂乃果は鞄から雑誌を取り出してページを見せてくる。今朝買っていたのはこの雑誌だったらしい。雑誌に掲載された写真に写っているのはどれも華やかな衣装を着た少女達だ。UTX学院で見た3人組も載っている。

「それで、来月に新入生歓迎会があるんだけど、その日の放課後に講堂で初ライブするの」

「まだできるかは分からないけど」

 ことりが苦笑を浮かべてそう言う。海未も険しい表情をしている。

「そうだ、わたし飲み物買ってくるね」

 思い出したように穂乃果は部屋から出ていく。今更ながら、巧は自分がいる場所が保健室であることに気付く。救急車を呼ばれなかったのはありがたい。多分、穂乃果が口利きしてくれたのだろう。病院に運ばれたら、自分が人間でないことがばれてしまうかもしれない。

「ったくそそっかしい奴だな。お前らも付き合わされて面倒だろ」

 「はは」とことりは笑みを零す。

「でも、小さい頃から何か始めるとき、いつも穂乃果ちゃんが引っ張ってくれたんです」

「そのせいで何度も散々な目に遭いましたけどね」

 海未がため息と共に言う。ことりは苦笑を返すと含みのある表情をする。

「でも、海未ちゃんは後悔したことある?」

「それは、まあ……、ないですが」

 ふっと海未は穏やかに笑った。本来2人の前ではこんな顔を見せるのだろう。海未は巧がいることを思い出し、慌てて顔を険しくする。

「そうか。まあ、やるだけやってみたらいいさ」

 巧はそれだけ言った。「ただいまー」と穂乃果が勢いよくドアを開けて戻ってくる。

「はいたっくん。わたし達、ダンスの練習したいから先に帰ってて」

 差し出された缶コーヒーを受け取りながら、巧は「ああ」と返事をした。

「悪いな……、熱っ。お前何でホット買ってくるんだ! 俺が猫舌なの知ってんだろ!」

「ああ、そうだった。ふーふーしてあげるね」

「いらねえよ!」

 

 ♦

 穂乃果達が出ていった後、入れ違いに戻ってきた保健医に礼を言って巧は保健室を出た。

 構造が分からない校舎をさまよった末にようやく玄関を見つけて外に出る。まだ桜が散る校門までの道を歩いているとき、不意に「あなた」と呼び止められる。振り向くと2人の少女が立っている。凛々しく整った瞳を向ける金髪の少女に目が行きそうだが、巧は彼女から一歩下がって立つ少女へと視線を向ける。見覚えのある少女だ。

「あんたは……。ここの生徒だったのか」

「あの日ぶりやね、お兄さん。また会うんやないかってカードが言うとったよ」

「知り合い?」

「ちょいとね」

 笑ってはぐらかす少女の対応に慣れているのか、金髪の少女は改めて巧に視線を戻す。

「音ノ木坂学院生徒会長の絢瀬絵里(あやせえり)です」

「副会長の東條希(とうじょうのぞみ)です」

 絵里と名乗った少女が金髪碧眼という外見に反して流暢な日本語を喋ったものだから、巧は内心驚く。同時に希と名乗った少女の関西弁らしきイントネーションに少し違和感を覚えながらも、そこはあえて追及せず「ああ」と気のない相づちを打つ。

「悪いな。保健室使わせてもらって」

「それは構いません。緊急事態ですから。それより、校門の前で何をしていたんですか?」

 またその質問か。面倒だなと思いながら巧に海未のときと同じように適当な言い訳を並べる。

「散歩してた途中でお宅の生徒に膝蹴りされたんだよ」

 巧がそう答えると、絵里は両眼を見開いて目蓋を痙攣させる。後ろにいる希は「あんれま」と口に手を添えている。半分は嘘だが、もう半分は本当だ。

「それはすみませんでした。ですが、何故学校の周りを散歩なんて」

「この辺りの土地勘がないんだ」

 巧の答えに絵里は納得がいっていないようで、更に質問を重ねようとするが「絵里ち」と希に静止される。

「周辺住民さんのすることに口を出すのは、生徒会長の役目とは違うやん」

 希はどうやら絵里のストッパー役らしい。絵里がどうしてここまで巧に対して神経質になっているのか、それが廃校というこの学校の抱えるものに結びついてしまう。

「そういや、廃校になるんだってな。この学校」

「まだ決まったわけじゃありません」

 絵里は強くそう言った。続けて希が。

「来年度の入学希望者が定員を下回った場合、正式に決まるんよ」

「そうか。なら生徒会は学校守るために何かしないのか?」

「生徒会はこれから学校の存続を目標に活動していく方針です」

「まだ理事長からの承認は得てないんやけどね」

 希がそう指摘する。お前はこいつの味方じゃないのかよ、と巧は思う。

「承認を得られるよう、理事長は説得します。そのための方法はまだ検討中なだけです」

「穂乃果達のアイドル活動のサポートをすればいいんじゃないか?」

 巧がそう言うと、絵里はまなじりを吊り上げる。

「あの子達と知り合いなんですか?」

「ああ、ちょっとな」

「なら、あなたからも言ってください。活動を認めるわけにはいかないと」

「何でだよ。あいつらは学校のためにスクールアイドルやるって言ってんだぞ」

「リスクが大きすぎます。やってみて駄目でしたなんて結果になったら、むしろ学校の宣伝としては逆効果になります」

 絵里は目蓋を物憂げに垂れて続ける。

「わたしだって、この学校はなくなってほしくありません。だからこそ、簡単な思いつきでやってほしくないんです」

 なら、穂乃果と目指すものは同じじゃないか。巧はそう思いながらも口にするのは押し留める。目的が同じでも過程が違えば相容れることはできない。かつて共に戦いながらも、とうとう最後まで分かり合うことができなかった仲間のように。出来ることなら、この少女に自分が味わった咎を受けてほしくない。いけ好かない男だったが、こういう時に口達者な彼がいればいいのにと思ってしまう。

「まあ、確かに簡単な思いつきかもな。でもあいつらだって、お遊び気分でやってるわけじゃないと思う。取り敢えず、やらせてやってもいいんじゃないか。何もしないよりはましだろ」

 巧はそう言って校門へと歩き出す。生き残った自分が何をすべきか。それを見出すのに必要なファイズギアを握る手に力を込めた。

 

 ♦

 いつの間にか、高坂家のアイロンがけは巧の役目になった。理由は単純なことに、巧が最も上手いからだ。店の仕事で忙しい高坂母に頼まれたことから徐々に日課になっていったのだが、きっかけは穂乃果のブラウスとリボンのしわを伸ばした日だろう。

 そんなわけで、巧はその日もバイトが終わると居間でアイロンをかけている。居候の身である以上、断ることもできない。それに、しわのない服を着て喜ぶ家族の顔を見るのも悪い気はしない。啓太郎の影響だなと思いながら、巧は高坂父の作務衣にアイロンを当てる。

「雪穂、お前の制服いい加減やばいぞ。しわくちゃじゃねーか」

「良いんです自分でやりますから。わたしにだってアイロンがけくらいできますよ」

 雪穂は不機嫌そうに言った。まだ雪穂とは打ち解けていない。まあ、これが普通の反応ではあるが。いつものことだから構わず巧は服のしわを伸ばし続ける。

 天井からどたばたと音が聞こえる。「放してください」とついさっき家に来た海未の声が漏れている。

「何やってんだあいつらは」

「ライブの打ち合わせみたいですよ。ことりさんも来てるみたいですし」

「あんな調子で大丈夫なのかよ」

「随分気に掛けてるんですね」

 雪穂は興味なさげに雑誌のページを捲っている。しわが綺麗になくなった作務衣を畳んだ巧は作業を止める。

「雪穂はどう思う? スクールアイドルのこと」

「やったところで、廃校が阻止できるほどの人気が出るとは思えないですよ。乾さんUTXのA-RISE見たんですよね?」

「ああ。ダンスも歌もプロ並みだったな」

「プロと言っていいですよ。コピーじゃなくてオリジナル曲持ってますし、今は在学中だから学校がスポンサーですけど、あちこちのプロダクションからスカウトも受けてます」

「詳しいな」

「志望校なので」

「あいつらそんなこと始めてんのか」

「そうです。お姉ちゃんはそんな途方もないことを目指してるのに気付いてないんです。ただ楽しく歌って踊ってるだけじゃ、A-RISEみたいなアイドルになんて簡単にはなれませんよ」

 雪穂の言っていることは的を射ている。穂乃果よりもしっかりした妹だ。現実的にものを考える彼女が正しいのかもしれない。でもだからといって、学校を守りたいという穂乃果の願いを否定していいものだろうか。巧には言葉を見つけることができない。

 雪穂は雑誌を閉じると自分の制服を広げた。

「アイロン、終わったなら使っていいですか?」

 「ああ」と巧は答えた。雪穂は巧からアイロンを受け取ると、つたない手つきで制服のしわを伸ばし始めた。

 

 ♦

 3人での打ち合わせでトレーニングを始めることが決まったらしく、翌日は穂乃果の起床が早くなった。とはいえ彼女の寝坊癖がすぐ直るわけはなく、海未とことりが迎えに来て無理矢理起こしているのだが。何にしても朝の面倒な日課がなくなって巧には大助かりだ。

 酔っ払いみたいな千鳥足で帰ってくる穂乃果だが、いつも無駄な体力を使っているから丁度いいんじゃないかと巧は思う。

 トレーニングは朝だけでなく夕方もするそうで、学校から帰ってきた穂乃果はすぐに体操着に着替えて店の玄関へ戻ってくる。丁度その時間は客もいなく暇だったから、巧は高坂母と在庫品の団子をおやつとして食べていた。問題なのは、三食団子を食べる巧を穂乃果が物欲しそうに凝視していたことだ。

「食うか?」

「食べる!」

 試しに巧が勧めてみると、穂乃果は串に刺さった団子3つを一気に食べて出掛けていった。一応アイドルなんだから間食は控えるべきじゃないのか、と巧は思う。勧めておいてなんだが。

 バイトを終えると、巧はファイズギアを手に穂乃果達がトレーニングをしているという神田明神へとオートバジンを走らせた。一昨日逃がしたオルフェノクがまた現れるかもしれない。何故あのオルフェノクが音ノ木坂学院に入ろうとしたのかは分からないが、生徒が危険なのは明らかだ。

 前来たときと同じ場所にバイクを停めて、穂乃果から聞いた階段へと向かう。階段まであと少しのところで、見覚えのある姿が視界に入る。向こうも足音で巧の存在に気付く。

「ヴぇえっ」

 巧を不審者扱いした少女が控え目な悲鳴をあげる。扱いというより、勝手に入ったのだから不審者であることに変わりはないか、と巧は自分の浅はかさにため息をつく。

「言っとくが神社に入るのに許可はいらねーぞ」

「わ、分かってるわよ!」

 巧は構わず穂乃果達の様子を見ようと足を進めるのだが、これ以上距離を詰ませまいと少女が足を後退させる。こんなところを見られたら面倒になるのは目に見えているから、巧は仕方なく足を止めた。

「あいつらに何か用か?」

「あなたこそ、あの人達の何なんですか?」

「まあ、知り合いっつーか。一番うるさいのとは同居人だな」

「同居人て、彼氏か何か?」

「誰があんなじゃじゃ馬娘なんかと付き合うかよ。で、お前何しに来たんだ?」

 少女は家の影から階段を見やる。

「もう、海未ちゃんの悪代官!」

「それを言うなら、鬼教官のような……」

 穂乃果とことりの息も絶え絶えな声が聞こえる。逡巡を挟んで少女は答える。

「あの先輩に作曲を頼まれて、しつこいから練習を見に来たんです。お遊び気分なら、断るつもりです」

 そういえば、穂乃果が昨日夕飯を食べているときに言っていた。ピアノが上手い1年生に作曲を頼みたいと。それが彼女だったのか。

「で、見てどうなんだよ?」

「わたしに偉そうなこと言っておいて、あれくらいで弱音吐いてたらアイドルなんてやれませんよ」

「そうか。じゃあ断るのか?」

 巧の質問に少女はすぐ答えなかった。巧は思う。最初から断るつもりなら、練習風景など見に来ることはなかったのではないかと。少女の吊り上がったまなじりが少しだけ下がった。

「俺は音楽とかよく知らねえけど、お前のピアノと歌は良いと思う」

「……もっと上手い褒め方知らないんですか?」

 むっ、と巧は口を固く結ぶ。この少女と話すと否応なしに真理のことを思い出す。この不遜な態度と勝気な口調。出会ったばかりの、巧に熱い料理ばかり作るという手の込んだ嫌がらせをしていた頃の真理そっくりだ。

「遊びじゃないってことは分かりました。でも、やるかどうかは別です」

 少女はそう言うと来た道を引き返していった。「もう駄目ー」という穂乃果の声が階段の方から聞こえた。声出す体力があるならまだいけるだろ、と巧は思った。

「おい、いい加減出てこいよ」

 巧がそう言うと、土産屋の影から男が出て来る。オウルオルフェノクに変身した男だった。男は巧を睨む。巧はアタッシュケースからファイズギアを取り出して腰に巻く。

「ファイズ……、聞いたぞ。王を倒した裏切り者が」

「何で音ノ木坂を狙うんだ?」

「俺達オルフェノクのために、音ノ木坂は廃校させなければならない」

「どういうことだ?」

「裏切り者のお前が知る必要はない。お前は人間の味方をして正義の味方を気取るつもりか?」

「そんな大層なもんじゃねーさ」

 巧は自分が正義の味方だなんて思わない。迷わないと決めただけだ。

「俺は人間を守る。それが罪だとしてもな」

 男の姿がオルフェノクに変わる。巧はファイズフォンに変身コードを入力した。

『Standing by』

「変身!」

『Complete』

 ファイズに変身した巧は手首を振った。同時にオルフェノクが走り出す。ファイズは先制の拳を顔面に見舞い、オルフェノクがよろけると肩と首根っこを掴んで路地から大通りへ引きずり込む。車が通っていない道路へオルフェノクの体を叩き落とし、容赦なくその脇腹を蹴り上げる。地面に倒れたオルフェノクに追撃を与えようとするが、口から吐き出した黒煙で視覚が阻害される。煙幕から抜け出したファイズの背中が斬りつけられた。

 一昨日と同じようにスラスターを吹かす音が聞こえる。嫌な予感がした。

「よせ! ぶん殴るだけにしろ!」

 そう叫ぶと、バトルモードに変形していたオートバジンは左手のタイヤを背中へと引っ込める。地面に着地するとオルフェノクの体に拳を打ち付けていく。オルフェノクの体が大きく跳んだ。

 ファイズはオートバジンの肩から伸びるハンドルにミッションメモリーを装填する。

『Ready』

引き抜くとハンドルから赤く輝くフォトンブラッドの刃が伸びた。ファイズフォンのENTERキーを押す。

『Exceed Charge』

 ベルトからフォトンストリームを伝ってファイズエッジにエネルギーが充填される。ファイズエッジの輝きが更に増していく。ファイズは刀身を地面に滑らせた。地面に赤いエネルギーの波が迸り、オルフェノクに触れるとその体を浮遊させて身動きを封じる。

「はあああああああっ」

 ファイズは駆け出した。オルフェノクの白い目に浮かぶ恐怖の色が見える。それでもファイズは迷いを断ち切るように、丸腰のオルフェノクにファイズエッジの斬撃を浴びせた。

 Φのマークが浮かび上がるが、オルフェノクは死ななかった。フォトンブラッドの拘束から解放されて、地面に力なく伏す。ファイズはファイズエッジを振り上げた。辛いが仕方ない。あいつらを守るためだ。そう思うことで同族意識と良心に蓋をして、真紅の刃を振り下ろそうとしたとき、手負いのオルフェノクはファイズの腹に鉤爪を突き立てた。

 衝撃で後ずさりする。オルフェノクはゆっくりと立ち上がった。ファイズへと走り出したが、すぐにその足が止まる。オルフェノクの視線がファイズから自分の腹、弾丸を浴びても傷つかない皮膚を突き破っている刃へと移る。

「何故だ……」

 オルフェノクがうわ言のように呟いた。

「お前は喋り過ぎだ」

 オウルオルフェノクではない別の声が聞こえる。オウルオルフェノクの体が青い炎を燃やし始めた。炎はすぐに消えて、体が灰になって脆く崩れていく。そして、オウルオルフェノクの影に隠れていたもう1体のオルフェノクが視界に映る。

「お前……」

 ファイズは細剣を構えたオルフェノクを凝視した。オルフェノクはメカジキに似た姿をしている。ソードフィッシュオルフェノクの影が人間の男の姿へと変わる。

「私はこれにて失礼、ファイズ」

 オルフェノクはそれだけ言うと跳躍した。人間では到底敵わない脚力にものを言わせ、街に並ぶ建物の影に隠れていった。

 

 ♦

 桜の花が散るのは早い。早朝から地面に散らばる淡いピンク色の花弁を箒で集めながら、巧はしみじみと思った。そういえば去年、真理と啓太郎と一緒に花見に出掛けた。真理が弁当を作って、それを桜が満開になった公園の真ん中で食べた。巧は桜になんて目もくれずに弁当を食べることに夢中だったが。今年も2人は花見に行くのだろうか。

 仕入れ業者から品物を受け取った後、まだ開店よりも早い時間に音ノ木坂の制服を着た客はやってきた。

「本当に一緒に住んでるんですね」

 少女はエプロンを付けた巧をまじまじと眺めている。巧は掃除の手を止めた。

「穂乃果に用か。あいつ今トレーニングに行ってるんだ。中で待つか?」

「いいです。代わりに、これ渡しておいてください」

 少女は鞄からCDケースを取り出して巧に差し出す。受け取ったCDは無地で、ジャケットの隅に小さくμ’sと書いてある。

「これ、何て書いてあるんだ?」

「ミューズって、読むんだと思います」

「ああ、石鹸のか」

 「違います」と少女が呆れ顔で言った。

「多分、ギリシャ神話の女神だと思いますけど」

μ’s(ミューズ)……。これがあいつらの名前か。渡しておく。あいつらのこと頼むぜ」

「今回だけです。わたしのピアノ褒めてくれたから、そのお礼」

 少女の頬が少しだけ赤みを帯びる。それを見られたくないのか、少女はそそくさと行ってしまった。学校が同じなのだから直接渡せばいいと思うが、照れ臭いのだろう。手先は器用そうなのに、こういったことは不器用な女だな。そう思いながら巧は少女の背中を見送った。

「あら、穂乃果の友達? 音ノ木坂の子みたいだけど」

 店内の掃除をしていた高坂母が出てくる。巧はCDを見せる。

「CD貸しに来たみたいっす」

「学校で渡せばいいのに」

「そうっすね」

 そう言って巧は誤魔化した。

 しばらくして神田明神でのトレーニングから穂乃果が帰ってくると、巧はCDを渡した。

「これ、西木野(にしきの)さんが持ってきてくれたの?」

 あいつ西木野って名前だったのか。何度も会っているが名前は知らないままであることに巧は気付く。

「さあな。郵便受けに入ってたんだ。宛名も差出人の名前もないが、お前宛てだと思ってな」

 巧は嘘をつく。何となく、西木野は知られたくないだろうと思った。

「ありがとう、たっくん」

「礼は俺じゃなくてCD持ってきた奴に言えよ」

「うん!」

 穂乃果には差出人が分かっているらしく、すぐに制服に着替えて意気揚々と学校へ行った。

 頑張れよ。

 走っていく穂乃果の背中を見て、巧は密かに激励を送った。




 真姫ちゃんの悲鳴を「ヴぇえ」にするか「うええ」にするか本気で悩みました。真姫ちゃんと巧の絡みは結構難しいです。似た者同士の会話ってなんか上手くいかないんですよね。特に2人みたいなタイプは。
 巧をμ’sのサポート役にすることは最初から決めていたのですが、巧ってこんなに喋るキャラだったかなと不安になってきました。

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