ラブライブ! feat.仮面ライダー555   作:hirotani

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 どうか本作が、皆様に乾巧という英雄の魅力をお伝えできる作品になりますように。


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   01

 

<list:item>

 <i:戦いを挑み>

 <i:敗北して誰かが死ぬ>

 <i:そして時間は繰り返す>

</list>

 

 澄み渡る蒼穹がどこまでも続いている。何度も繰り返された、変わらない空だ。でも視線を下ろせば、そこにはかつての「今日」にはなかったはずの光景が広がっている。

<list:item>

 <i:仮面ライダーを追放せよ>

 <i:ショッカーに逆らう者には死を>

 <i:ショッカーこそ至高>

 <i:ショッカー万歳>

</list>

 そんなスローガンが街の至る所に掲示されていて、大通りでは戦闘員たちが隊列を組んで闊歩(かっぽ)する。民衆は道脇で頭を垂れて、「偉大なる」ショッカーへ服従の意を表している。極稀に歯向かう者もいるが、強化された人造人間に勝てるはずもなく、組織――いや、もはや国というべきか――の研究施設へと連行され、新しい改造人間の実験体にされる。大半の者が実験で死に、運良く生き残ってもその末路は改造人間。

 空が晴天ということだけは変わらないと思っていたが、空の様子も変わっていた。おびただしい数のプロペラ戦闘機が編隊を組み、東の方角へと駆けていく。先頭を飛ぶのはスカイサイクロン。仮面ライダー4号の乗る機体だ。きっと、まだしぶとく抵抗を続けている国に空襲を仕掛けに行くのだろう。

 敗北は目に見えている。先進国をほぼ全て制圧したショッカーは、世界を掌握したも同然なのだから。

 この世界は、突然こうなってしまったわけじゃない。

<list:item>

 <i:進ノ介が死に>

 <i:剛が死に>

 <i:侑斗が死んだ>

 <i:俺は……、死んだかは覚えていない>

</list>

 死の度に時間はリセットされ、ショッカーの幹部は増えていく。質の悪いことに、敵として俺達の前に立ったのは仮面ライダーだった。4号を筆頭にショッカーは自らの傘下にライダー達を引き込み、勢力を広げていった。

 もう何度時間が繰り返されたのかは数えていないが、4号が現れてからショッカーの侵攻は加速していった気がする。勿論、人間たちも黙っていたわけじゃない。各国軍が総力をあげて抗戦したのだが、ことごとく4号率いる航空隊に沈黙させられた。

 ワシントンも、ロンドンも、モスクワも、世界の主要都市は既に陥落した。上空から降ってきた弾丸やミサイルの雨でホワイトハウスは蜂の巣にされ、都市を見守っていた時計塔(ビッグ・ベン)はもう時計の針を止め、赤の広場は鮮血で本当に赤く染まった。

 軍の核施設を占領したショッカーは未だに抵抗する諸国への見せしめとして、とある小国の首都に核爆弾を落とした。街の人々は熱核反応で一瞬にして蒸発し、空にキノコ雲が立ち昇って街は文字通り「消滅」した。

 戦力差と容赦の無さを見せつけられた各国はショッカーに自国の政治・経済・軍事の全てを明け渡した。滅亡してしまうよりはましと判断したからだ。少なくともショッカーに服従していれば、生命と精神の自由は剥奪されるが存続は保証される。

 人類社会が長い時代をかけて構築してきた協定や条約といったネットワークは、全て破綻しショッカーが実権を握った。

 もう、誰もが戦う意思を失っている。

 戦えるのは俺達だけだ。

 

 

   02

 

 夜の東京湾が望める広場の縁で、俺は道路を行き交う車や線路を走る電車を眺めていた。どの車にも、どの車両にも、ショッカーのエンブレムが付いている。今通っていったバンは、反逆者たちを研究所へ連行している輸送車だろうか。電車の中にいるのは、ショッカーの新しい施設の建設現場に赴く労働者たちだろうか。

 今や全ての人々と企業がショッカーのために働いている。遠くでまだ灯りが点いているビルのなかでは、ショッカー政権下のインフラ整備が休むことなく行われているのだろう。

 こうして街を眺めていられるのも夜の間だけだ。俺達は反逆者として指名手配されているから、堂々と出歩くことはできない。外出禁止命令が敷かれた夜でも戦闘員が街を巡回しているが、それでも昼間よりは警備が手薄で比較的動きやすい。

 暗闇を見つめながら、俺は第3の選択肢について考える。何度も浮上し、否定してきたもの。多分、他の皆もこの解決策へ至っていると思う。俺と同じように拒みながら。

 歴史改変マシンを破壊することなく、時間のループを止める方法。

 それは、マシン起動の鍵となる霧子が死ぬこと。

 そうすれば時間のループは止まり、これ以上ショッカーの力が増すことはない。マシンを破壊しない限り、剛も生きられる。

 でも、それだと駄目だ。剛の死が霧子を呪縛したのと同じように、霧子の死が剛を呪縛する。こんな苦しみを味わうのは俺ひとりで十分だ。

「木場、草加、みんな。お前らだったらどうする?」

 散っていった仲間は、この状況を打破する方法を思いつくだろうか。木場なら、正しい世界に戻すかもしれない。剛という犠牲を払って。草加なら、愛する者が安心して生きられるのならショッカーが支配する世界でも肯定してしまいそうだ。

 結局、死者に答えを求めたって無駄なこと。死者は何も答えてはくれない。

 答えるのはいつだって生者だ。

「俺だったら――」

<surprise>

 唐突に聞こえたその声に、俺は反射的に振り返る。広場に建てられたオブジェの台座の上で、海堂がしゃがんで寒いのか手をさすっていた。

「首は突っ込まない」

 「海堂」と俺が呼ぶと、奴は気の抜けた顔を向けてゆっくりと立ち上がり台座から降りてくる。

</surprise>

「皆も、お前にそれをお勧めすると思うぞ」

 この状況を見過ごすなんて、できるわけがない。「みんな」なら、きっと俺に戦えと促してくれるはずだ。なのに何で、この男は俺に手を引けだなんて言うんだ。海堂はこうなることを知っていたのか。もっと悲劇が起きることになる、っていうのは、この状況のことなのか。

「お前、何を知ってんだ?」

 俺が聞くと、海堂はあからさまに困った顔をしてしばし間を置いて「とにかく」と。

「この件には首を突っ込まないほうがいい。どうしても無理だってんなら………」

 海堂はそこで言葉を詰まらせる。無理だってんならどうしろっていうんだ。そう聞こうとしたところで、海堂がなだめるように手を俺にかざしてくる。

「命は大事にしたほうがいい。命は、ひとつしか、無いものですから」

 そう言って宵闇へと駆けていく海堂の背中を、俺は何も言えずに見つめる。既に闇のなかへ溶け込んだ奴への皮肉を秘めながら。

 

 海堂。俺達オルフェノクは、既に一度死んでるんだぞ。

 

 

   03

 

 その廃墟は、かつて都市ガスの生産プラントとして機能していた場所だった。運営していた企業が経営難のために手放し、新しい所有者も持て余し取り壊されることもなく、ずっと山中に放置されている遺物。

 繰り返される時間のなかで、俺達はショッカーの根城を探し回った。奴らがどこから現れてどこへ帰るのか、奴らを率いる首領がどこにいるのか。それを掴むために街で反逆者を制圧する連中を敢えて野放しにして、拠点への帰還ルートを追跡した。人々が無残に殺されていく様を見るのは自分の無力さを突き付けられているような気分だったし、追跡は途方もないことだった。途中で勘付かれて返り討ちにあったし、何とか特定できても奴らの使ったルートで向かえば真正面から特攻しに行くようなものだ。

 進ノ介が周辺の地理情報をリサーチして、使われなくなった旧道や獣道すらない悪路を使ってようやくこの廃工場へと辿り着くことができた。世界を支配下に置いたショッカーの拠点とは思えない、すっかり寂れた廃墟だ。でもここに奴らの中枢、歴史改変マシンがある可能性は高い。表向きの拠点である旧国会議事堂――今はもうショッカー議事堂と名前が変わっているが――に置くよりも、こんな山中の辺鄙な場所のほうが見つかりにくい。

 俺と侑斗、進ノ介は伸び放題になった草の茂みに隠れながら近付き、警備にあたっている戦闘員たちを背後から奇襲して沈黙させた。変身したらシステムの起動音でばれてしまうから、生身のままで。いくら人間より強い戦闘員でも体の構造は人間と同じで、脳幹に最も衝撃を与えられる後頭部を殴れば昏倒する。変身したときほどの腕力も握力もないから、うっかり奴らの頭に埋め込まれた爆弾を刺激する心配もない。

 戦闘に備えて腰にベルトを巻いた俺達は潜入を開始した。おぼろげな照明のみが頼りな薄暗いコンクリートの通路は嫌に静かだ。この工場のどこかにマシンがある。それを盾にすれば、ショッカーと俺達の立場は逆転する。とはいえ、俺達も剛の生存のためにマシンを破壊することはできないが。

 慎重に進んだつもりだったが、隠密行動の訓練を受けた特殊部隊員でもない俺達に敵は気付いたらしい。通路の奥の暗闇から、こつ、と子気味のいい靴音が聞こえてくる。暗闇の中から、その番人はゆっくりと歩いてきた。

 口元に冷たい微笑をたたえた、仮面ライダー4号が。

 高まる緊張と同時に、俺はここに歴史改変マシンがあると確信した。ショッカーの実働部隊を率いる4号を置いているということは、ここが組織にとって中枢となる施設であることは間違いない。

「来たか」

 待っていた、というような口ぶりだ。多分、本当に待っていたんだろう。俺達を殺し、またショッカーが力を増していくために。俺達に敗北を何度でも味わわせ、抵抗する意思を奪う。俺達が諦めたとき、晴れてショッカーは完全な支配者として君臨する。

「あいつは俺に任せろ」

 進ノ介が静かに、力強く告げる。侑斗がその肩を叩き、俺と共に無言のまま来た道を引き返し、途中から別ルートを探しに入る。

「変身!」

<change>

 Drive type Speed

</change>

 後方から起動音が響き渡った。俺達が3人がかりでも敵わなかった4号は、あれからもループを経て更に力を付けているだろう。たとえ勝てなくても、進ノ介が生きてさえいてくれればいい。俺達がマシンを見つけ出すまでに。

 通路の角を曲がったところで、待ち構えていたかのように敵と遭遇する。戦闘員じゃなくて幹部だ。チーターカタツムリが、ショッカーに下ったライダー2人を傍らに置いている。

<list:item>

 <i:仮面ライダーダークキバ>

 <i:仮面ライダー王蛇(おうじゃ)>

</list>

「行け、ライダー達よ」

 チーターカタツムリの指示に従い、2人のライダー達が向かってくる。俺達はベルトのシステムを起動させ、駆け出す。

<change:sequence>

 <i:5・5・5・ENTER>

 <i:Standing by>

</change >

 

「変身!」

 

<change:number>

 <i:Complete>

 <i:Altair Form>

</change >

 ゼロノスがダークキバを、俺は王蛇を相手取る。こいつらには、数えることを諦めるほど打ちのめされてきた。でも、何度も繰り返しただけ相手の弱点も見えてくる。例えばダークキバは力も防御もかなりのものだが、強力すぎるせいで戦いが長引くと変身した者が死ぬ危険性を持つ。王蛇にしても、パワー勝負は絶望するしかないほどの強さだが防御は手薄になりがちだ。

「言っとくが、俺はかーなーり強くなった!」

 ダークキバに拳を打ちながら、ゼロノスが吼える。

「俺達だって強くなる。これだけ何度もやられればな」

 俺達も無駄に殺されてきたわけじゃない。殺される度に原因を探り、敵の対策を練ってきた。認めたくはないが、これもループの恩恵ってやつだ。

<technique:number>

 <i:Full Charge>

 <i:Exceed Charge>

</technique>

 ゼロノスのボウガンがダークキバの脳天を貫く。俺の渾身のパンチが王蛇の胸を穿った。2つの爆炎が巻き上がり、煙がそう広くない通路を漂っている。

「次はお前だ」

 右手からショットを外した俺は告げるが、手下を失ったチーターカタツムリは余裕な佇まいを崩さず「それはどうかな?」と宙を顎で指す。指した先にホログラムの窓が浮かび上がった。

 映像のなかで、青空をバックに幹部達の隣で体を鎖で縛られた剛と霧子が立たされている。場所はおそらく、この工場の燃料タンク上だろう。2人とも顔に傷が付けられている。きっと抵抗したんだろう。剛の腰にあるベルトは破壊されていて、配線コードが飛び出ていた。

「逆らえば、この女の命はない」

 霧子の傍にいるヒルカメレオンが愉快そうに言う。「おい、姉ちゃんを離せ!」と剛が吼えて、懸命に鎖から抜け出そうともがく姿を傍のアリマンモスが(わら)っている。

 どういうことだ。剛と霧子は街で待たせていたはずだ。剛が無茶をしないように、という進ノ介の配慮だった。

「貴様らの思惑に、我らが気付かないとでも思ったか?」

 チーターカタツムリが笑みを浮かべる。「卑怯だろ!」と俺は言うが、そもそも歴史改変なんて反則技を使うような連中だ。こいつらにまともな勝負を挑んだこと自体がそもそもの間違いだった。

 ゼロノスがボウガンを落とした。ここで戦っても、2人を人質に取られてしまえば俺達に手出しはできない。

「形勢逆転のようだな」

 チーターカタツムリがそう言うと、通路の奥からまた次の刺客として2人のライダー達が歩いてくる。

<list:item>

 <i:仮面ライダーサソード>

 <i:仮面ライダーバロン>

</list>

 「やれ」というチーターカタツムリの命令で、サソードがゼロノスに剣を、バロンが俺に槍を突き刺してくる。俺達に成す術はない。反撃しないのを良い事に、2人のライダーは立て続けに俺達の鎧に創傷を刻みつけていく。

「逃げてください!」

 映像のなかで霧子が叫んでいる。

「これ以上時間を繰り返せば、状況はもっと悪くなります」

 霧子の声は力強かったが、それが段々と震えていくのが分かった。

「だから、決めました」

 その言葉で、俺はようやく霧子が恐怖に震えていることに気付く。

「皆さんなら、絶対にショッカーに勝利できます」

 俺達の間に漂っていた選択のひとつ。とても残酷な可能性。霧子自身もそれを理解していたことに、弟を愛する彼女がその選択を取ることに何で気付けなかったのか。

「駄目だ姉ちゃん。俺が犠牲になれば済む話だ」

 剛の声も震えていた。斬り伏せられた俺とゼロノスが映像を見やると、剛は目尻に涙を浮かべている。

 「剛」と霧子は弟を呼んだ。さっきとは打って変わって、とても優しい声色だった。まるで夕飯の食卓を囲み、その日の出来事を話しているかのような、そんな優しい響き。

「あなたは、生きて」

 

 霧子、やめろ。やめてくれ。

 

 俺の絞り出した声は、当然映像のなかにいる霧子には届かない。もし届いたとしても、彼女はきっと耳を貸さなかったに違いない。すぐ近くにいる剛の叫びにさえ背を向けてしまったのだから。

<shout>

「姉ちゃん………、やめろおおおおおおっ‼」

</shout>

 ヒルカメレオンの拘束を肩で振りほどいた霧子が、画面から姿を消す。空撮用ドローンで撮っているのだろうか。画面が切り替わり、燃料タンクの全容が映し出された窓のなかで、霧子の体が落下していく。霧子の体が見切れると同時、嫌な鈍い衝突音が聞こえた。肉に覆われた人間の体が発するとは思えないほどの、重苦しい音だった。

<shout>

「姉ちゃあああああああああああああんっ‼」

</shout>

 涙と鼻水で顔を濡らした剛が、絶叫の後に膝から崩れ落ちる。再び画面が切り替わり、地面に横たわる霧子が映し出された。彼女の筋肉も脂肪も、高所からの落下衝撃を吸収しきれなかった。脚が不自然な方向に折れ曲がり、頭の辺りは血が広がっている。

 駆けつけてきたドライブが、「霧子!」と呼びかけながら彼女の体を抱き上げる。骸になった霧子は目蓋を閉じたまま、顔の左半分が内出血で赤黒く腫れた肌を晒している。

「起きろ霧子!」

 ドライブが揺さぶる度に、骸の頭から血が滴り落ちていく。

「命を捨てるとは、馬鹿な真似を」

 ヒルカメレオンの嘲笑が聞こえてくる。ドライブはそれに怒りを向けることもせず、霧子を抱きしめながら肩を震わせている。

 霧子は死んだ。

 弟の生存を願い、それ故にショッカーに世界を売り渡したことへの贖罪として。俺達は剛と霧子が生きられるために、ここまで諦めることなく戦い続けてきた。でも、霧子自身はそれを容認しなかった。事の元凶である自分が生きてしまうことを赦さなかった。

「これで、もう時間を繰り返すことは」

 息をあえがせながら告げるゼロノスの前に、サソードが立っている。俺のすぐ傍にもバロンが立っていて、止めをさそうと槍を構えている。

 侑斗の言う通りだ。これでもう時間のリセットはなくなった。ショッカーの力はこれ以上増すことはない。後は俺達が霧子の祈りに従い、ショッカーを倒し歴史改変マシンを管理していけばいい。

<anger>

「認められるか………!」

 喉から絞り出した声に、怒りが着いてくる。それは死んだ霧子でもショッカーでもなく、この世界に対する怒り。

 誰かが生きるために誰かが犠牲になる。世界が救われたとしても、こんな結末を認められるか。

</anger>

 絶叫が聞こえた。

 俺と同じように悲劇に抗おうとする、進ノ介の叫びだった。

 

<countdown>

 <i:3>

 <i:2>

 <i:1>

 <i:Time Out>

</countdown>

 

 

   04

 

<recollection>

 オルフェノクとの戦いがひと段落してからしばらく経ったある日、まだ季節は冬だったけどよく晴れた天気だったから、店を休みにして俺達は河川敷で昼寝をしていた。

 とても気持ちのいい日だった。日光が温めて体温の上がる体を冬の風が冷ましてくれて、俺は両隣で寝る真理と啓太郎の寝息を聞いていた。3人で暮らしていた日々はそれなりにあったが、ああしてのんびりできた日はとても少ない。

 啓太郎のクリーニング屋の仕事。オルフェノクとの戦い。それらを経て見つけた夢を2人に教えた俺は、目を閉じた。すぐに体が熱くなるのを感じたけど、俺がそれに身を委ねて、眠ろうとしたときだった。

<shout>

「巧!」

「たっくん!」

</shout>

 ふたりが俺を呼んでいることに気付いて開けた目蓋はひどく重かった。開けた俺の視界に映ったのは、青い光だった。揺れる光の合間から、涙を流しながらふたりが俺を呼び続ける。

 俺は寂しさとか、悲しさとかを感じる前に驚いていた。まさかこの瞬間を、とても身軽な気持ちで迎えることができるとは。これもふたりのおかげだ。ふたりがいてくれたおかげで、俺は夢を守ろうと思えた。俺も夢を持とうと思えた。

 俺は焼け落ちていく前に唇を動かす。

「ありがとう」

 それは、ふたりには絶対に伝えなければならない言葉だ。

 

 一緒にいてくれて

 受け入れてくれて

 信じてくれて

 夢を見させてくれて

 

 ありがとう。

 

 俺の声が届いたふたりは目を見開き、そして真理は涙に濡れた顔に微笑を浮かべた。よく見せていた意地の悪いものがない、一切の皮肉を帯びない純粋な笑み。

 啓太郎も真理にならい、俺に笑みを向けてくる。シャツの染みが綺麗に取れて、真っ白になった洗濯物を見るときと同じ笑顔。

「うん、ありがとう。おやすみ、巧」

「ありがとう、たっくん」

 俺の目蓋がぽろぽろと崩れて、視界を覆っていく。意識がぼんやりとしてきて、緩んだ頬の感覚もなくなり、とても安らかな眠気に身を委ねて、俺は目を閉じた。

</recollection>

 

 

   05

 

 俺は目を開く。

 

 視界に映るのは白い、見慣れた天井だ。ベッドで身を起こした俺は部屋を見渡す。啓太郎の家の、俺の寝室を。

 時間のリセットを経ていくうち、次第に起点に戻った俺を取り巻く状況も変化していった。時間が繰り返していることに気付いた頃、俺は侑斗とカフェでコーヒーを飲んでいた。だが俺達が繰り返されていく事象に対して起こす行動の変化に伴い、少しずつだが起点も変わっていった。

 ある「今日」ではショッカーの幹部達と戦っていて、またとある「今日」では4号のスカイサイクロン率いる航空隊の機銃を避けながらバイクで逃走していた。そしてこの「今日」に俺は啓太郎の家で休息を取っている。

 便利なことに、こんな初めて遭遇する状況でも歴史改変マシンはここまでに至る記憶をしっかりと作ってくれる。とはいえ何度もあった「今日」の記憶は他にもあるから頭が混乱するが。

 「昨日」俺は進ノ介達とショッカーが住民を虐殺している街へと向かい、住民を解放するために戦っていた。でも上空からスカイサイクロンの空襲を受け撤退を余儀なくされた。満身創痍で戻った俺達は少し休もうとそれぞれの家に戻ることにした。俺達のなかで死者が出るよりはましだ。ショッカーに勝利するための戦略を明日皆で話し合おう、と。

 俺は服を着替えると1階のリビングに降りた。3人で囲んでいた食卓。よく真理と陣地争いをしていたソファ。壁を挟んだ向こうには西洋洗濯店舗菊池のカウンターがあって、更に奥へ行くとアイロン台や預かった衣類を掛けるためのラックがある。

 オルフェノクとの戦いが本当に終わった後は再び3人で暮らしていたけど、いまこの家には俺ひとりで暮らしている。ショッカーの侵攻が始まる直前に、真理と啓太郎はまだ組織の手が及んでいない安全な集落へと避難させた。ふたりはどうしているだろうか、と考えてみるが簡単に想像できる。避難先でも啓太郎は洗濯物を洗って、真理は髪を切っているだろうな。あのふたりはどこへ行ってもやることは変わりない。

 俺はクローゼットからコートを取り出して羽織る。若い頃に着ていたものだが、啓太郎が定期的に手入れしてくれたおかげで虫食いもなく新品同様に保たれている。

 外に出ると例に漏れず快晴だ。誰か外を出歩いてもいい時間帯だが、住宅街はまるでゴーストタウンのように鎮まりかえっている。まだ街に残っている住民もいるそうだが、大半がショッカーに怯えて外に出たがらない。たまに通り行く車もショッカー傘下の企業のものだ。

 オートバジンに跨ったところで、侑斗のバイクが前方から走ってくるのが見える。ああそうだ、前の「今日」で霧子が死んだのにまた時間が繰り返されたんだった、と俺は遅れて思い出す。

 俺はバイクを走らせた。侑斗はバイクを停め、ヘルメットを脱いで「おい、巧!」と呼んでくる。それを無視して、俺はアクセルを捻り更にスピードを上げていく。

 しばらく走ってバイクを停めたのは、家からそれほど離れていない河川敷だった。前はよく主婦が犬の散歩をして、若者がジョギングをしているのを見かけたものだ。

 俺は河川敷の澱に立って、きらめく河面と橋を渡っていく車を見つめながら考える。

 さっき俺が見た夢。いや、あれは夢じゃなくて記憶だ。あのとき感じた温かさと抱いた感情が、今でも思い起こすことができる。でも同時に、俺はもうひとつの記憶を持っている。思う存分寝て、家路につく途中で夕飯を鍋にしようと言った真理と口喧嘩した記憶。

 どちらが本物なのか。それは歴史改変マシンの時間という絶対的概念を、人の生死すら捻じ曲げてしまう力を考えればおのずと見えてくる。

「霧子じゃなかった。誰かを死なせたくない。そう思っていたのは――」

 繋がった答えを明確にするため、俺は声に出して紡ぐ。

「俺だったんだな」

 それと同時に出てきたふたつ目の真実を悟る。

 俺の命は歪められた時の産物だった。

 俺は既に死んでいた。

 あの時、真理と啓太郎と3人で昼寝をした、この河川敷で。

 俺は自分の命を肯定して、大切な人達に見守られながら逝った。もう未練はないはずだった。でも俺は、最期の瞬間にそれを残してしまった。

 俺が死んだ後、真理と啓太郎は夢を叶えることができるのだろうか。俺の抱いた夢は未来で叶ってくれるのだろうか。それを見届けられない俺の迷いが、歴史改変マシンを動かしていた。

<desire:number>

 <i:誰かを死なせたくない>

 <i:誰も死んでほしくない>

 <i:もう悲しみを繰り返したくない>

 <i:皆に幸せになってほしい>

</desire>

 あの時と同じように、俺は草の上に寝てみる。変な気分だ。自分が死んだ状況を再現してみるなんて。

 海堂が言っていたな。夢ってのは呪いと一緒だ、って。俺の夢は呪いになった。呪いの矛先が向けられたのは死んだ俺じゃなくて、この世界だった。呪われた世界で生きる俺は、際限なく現れる敵と戦い続ける。嘘偽りで塗り固められたこの世界を守るために。

 不意に携帯の着信音が響く。通話モードにして耳に当てると、剛のいつもの威勢が消えた声が聞こえてくる。

『巧、今どこにいるんだ?』

「河川敷にいる。俺の家の近くだ」

『………行ってもいいか?』

 何でそんな気を遣うんだ、と思ったとき、俺はさっき侑斗の呼びかけを無視したことを思い出す。皆に心配をかけさせたみたいだ。

「剛、お前気付いたのか?」

 試しに尋ねてみると、『まさか、巧……』と電波越しに剛は声を詰まらせる。

『話は進兄さんと侑斗から聞いた。ふたりは巧の知り合いから聞いたって』

 「そうか……」と俺は返した。知り合いとは海堂だろう。海堂はこのことを知っていたのか。

『今からそっちに行く』

 剛は沈んだ声で、でも強く言った。「ああ」とだけ応えて俺は通話を切る。ポケットに端末をしまい、手を枕にして空を仰ぐ。不思議とショックはなかった。あの時から過ごしてきた約10年間もの日々が、全て偽物だったという事実を突き付けられても。何度も「今日」のなかで仲間が死んでいく様を見たから、それに比べたら大したことでもない気さえする。

 皮肉なことに、あの日と同じようにこの日も気持ちのいい日和だ。昼寝にはうってつけで、つい寝てしまいそうになる。でもさっきまで寝ていたせいか、俺は眠りへ落ちることができなかった。

 しばらくぼんやりしているうちに、バイクと車のエンジン音が聞こえてくる。「あそこだ」という剛の声と共に足音が何人分か聞こえてきて、近付くにつれて足取りがゆっくりとしていくのが分かった。

 俺は独り言のように呟く。

「まさか俺が、人が死ぬことにこんなにナイーブだったなんてな………」

 自分でも驚きだ。敵も仲間も、人が死ぬ様なんて嫌というほど見てきたっていうのに。しまいには仲間が死んでは生き返り死んでは生き返り、を繰り返す始末だ。

「済まない」

 剛の消え入りそうな謝罪に、俺は顔を向けて「何で謝る」と返す。並んで立つ剛と霧子は悲しそうな瞳を俺に向けている。本来なら死んだ弟と、弟を愛する故に時間を歪めてしまった姉。それはただの、間抜けな勘違いだった。死と歪み。その両方の罪を背負っていたのは俺だ。

「お前はちっとも悪くないよ。悪いのは、死ぬことを怖がっていた俺なんだ」

 俺は右手を空にかざす。あの時灰が零れていた手は、霧江が命を宿した水のおかげで潤いを保っている。とはいえ、それも偽物の時間がもたらした、偽物の命だが。

「俺は一度死んで蘇った。二度目は満足して死にたいと思って、死を覚悟して戦ったつもりだった。俺は笑って死ねた。でも違ったんだな」

 偽りの日々のなかでも、仲間は死んだ。助けようと思ったのに手遅れになった奴もいた。それでも、良い事があったのも事実だ。出会った少女達の夢を傍で見て、俺は自分が何で人間を守りたいと思ったのかを見つけることができた。俺が守ったものを、あいつらは見せてくれた。

 俺は拳を額に当てる。

「やっぱり、生きてるのは悪くない。俺は死にたくない」

 ああ、この弱さだ。この弱さがこの時間を作ったんだ。もっと皆と過ごしていたい、もっとあいつらの灯す光を見続けたい、って欲が。

「どうするつもりだ?」

 無感情に尋ねる進ノ介の声が聞こえる。遅れて到着したらしい。多分、侑斗もいるだろう。傍から見て、進之介はとても冷たい奴に見えるだろうな。既に死んでいた人間に、どうするつもりだなんて質問は残酷だ。でも、俺にとっては同情されるよりもそっちのほうがいい。面と向かって生きろ、なんて言われたらまた迷いそうだ。

 俺は上体を起こし、背を向けたまま質問を返す。

「歴史改変マシンを破壊したらどうなる?」

 答えたのは侑斗だ。侑斗の声もまた無感情で、淡々としている。

「マシンが時間を捻じ曲げられたのは、巧の想いに連動していたからだ。マシンが破壊されれば、巧は消える」

 告げられた事実に今更恐怖なんて感じない。本来なら10年以上も前に死んでいた人間が消えるのは当然のことだ。俺にとって重要なのはその先で、更に質問を重ねる。

「剛は?」

 また侑斗が答えてくれる。

「剛が死んだのは、捻じ曲がった時間のなかだ。剛は死ななかったことになる」

 何だ、と俺は笑みを零す。事態は複雑だが、解決策はとてもシンプルだ。やることなんてもう明白じゃないか。

 「じゃあ答えは簡単だ」と俺は立ち上がり、皆のほうを振り返り宣言する。

「俺はもう一度死ぬ」

 「待てよ」と剛が異議を申し立てる。

「そんなのってあるか。巧は俺のこと止めただろ。自分なら死んでもいいって言うのかよ?」

 剛の悲しみを隠すような皮肉な笑みに、俺は耐えきれず「悪いな」と顔を背ける。あの時と立場が逆だな。馬鹿なのは俺のほうだ。「でも」と俺は言葉を繋ぐ。あの時、剛はどこか投げやりだった。まだ決意も十分じゃなくて、怖いくせにそれを必死に押し殺そうとしていた。

 剛、俺も何もないところに逝くのは怖いさ。でもな、俺は大切なふたりに「ありがとう」を伝えられて、ふたりも「ありがとう」って見送ってくれたんだ。孤独じゃなかったし、たとえ偽物でも今だってこうして俺の死を悲しんでくれる仲間と出会えた。お前達の暮らす世界を俺のせいで汚したくない。俺が消えることでそれが守られるなら、迷いなんて無いんだ。

 その決意は示さなければならない。俺は剛に顔を向けて告げる。

「あのとき笑って死んだ自分に嘘をつきたくないんだ」

 それは、俺の旅の終着点を決める言葉だ。こんな言葉が出たのも、どこまでも自分に正直で真っ直ぐであり続けたあいつらの影響かもしれない。

 何も返せず視線を泳がせる剛の肩に、進ノ介が手を添える。

「誰にも決められることじゃない」

 そう、進之介の言う通り、これは俺にしか決められないことだ。俺がもたらしてしまった世界の歪みは、俺が始末をつける。

 目に涙を溜めた剛は進ノ介の顔を覗き込むも、無言のまま背を向ける。その拳がしっかりと握られて、肩が微かに震えているのが見て取れた。

「それがあんたの答えか」

 そう無感情に言う進ノ介の顔を見上げる。顔には何の感情も浮かべていないが、目尻に光るものがある。お前も何だかんだで、非情になり切れないじゃないか。刑事なんだから、もっと世の中の理不尽を受け入れたほうがいい。

 皮肉を喉元で留め、俺は短く答える。

「ああ」

 俺達の間に重苦しい沈黙が漂う。皆、俺に何て言葉をかけたらいいか分からずにいるんだろうな。別にいらないさ。変に慰められたら俺が憐れみたいだ。俺は自分の人生に満足している。

 それに、あるべき時間で死者である俺は皆と出会っていない。戦いに勝利してマシンが破壊されれば、こうして俺達が顔を合わせたということも「無かったこと」として抹消されるだろう。

 そのことに寂しさはある。俺だけでなく、俺が受け継いだ死者達の物語すらも消えてしまう。

 それを犠牲にしてでも、俺は死ななければならない。

 

 偽りの時間のなかで、俺が出会った人々に忘れ去られることになっても。

 偽りの時間のなかで、俺が立ち会った出来事が「無かったこと」にされても。

 俺は、夢の守り人として生き抜くと決めたから。

 俺は、仮面ライダーだから。

 

 不意に、剛のいつもの明るい声が沈黙を破った。

「なあ、写真撮らないか?」

 

 

   06

 

「全てが上手くいくことを、祈っています」

 敵地へ向かう前、霧子はそう言って俺の手を握ってくれた。別れを惜しむ霧子は俺の存在をしっかりと記憶するように、両手で強く包み込んでいた。俺は彼女に苦笑を返すことしかできなかった。お節介な女だ。せっかく弟が生きられる希望が見えたってのに。全てが上手くいったら、俺のことなんて忘れるだろうに。

 進ノ介は知り合いに挨拶していくように言ってくれたけど、俺はさっさと行こうぜ、と断った。真理と啓太郎にはとっくに別れを済ませたし、あの9人だって今はどこで何をしているのかも分からない。それに、9人とは偽りの時間のなかで出会った。だから会えて言葉を交わせたところで忘れられる。

 

 俺達は再びやって来た。

 俺の旅の終着点。歴史改変マシンがある、ショッカーの秘密基地に。

 ベルトを腰に巻いた俺達は真正面から歩を進める。襲撃者に気付いた戦闘員や幹部達が朽ちかけた建物の前に群がっていく。傘下のライダー達も。

 ゆっくりと伸びた草を踏みながら歩く俺達を、廃工場の高台から4号が見下ろしている。

「性懲りもなく来たか」

 4号の言葉を受け、俺達は足を止めた。

「決着をつけに来た」

 進ノ介がそう言うと4号は「ふん」と鼻で笑い、「本当に死ぬことになってもか?」と俺に赤い両眼を向ける。

「ひとたび手に入れた命を、再び誰かのために捨てる。そんな悲劇、受け入れられるというのか?」

 「悲劇?」と俺は思わず笑ってしまう。自分から進んで悲劇に突っ込んでいく馬鹿がどこにいる。

 俺は、俺達はいつだって悲劇に抗ってきた。どんなに残酷だろうが、退屈だろうが、ほんの一瞬でも光が現れる世界を守るために戦ってきた。それは今この瞬間でも変わらない。悲劇なんて陳腐な結末にさせはしない。

「笑わせるな。ハッピーエンドに変えてやるよ」

 「ああ、それが――」と俺の隣に立つ進ノ介が応じ、力強く宣言する。俺達が俺達であるという決意と、その誇りを。

「仮面ライダーだ!」

 俺達はそれぞれのツールを掲げる。俺はファイズフォン、侑斗はゼロノスカード、剛はシグナルバイク、進之介はシフトカーを。

 

「変身!」

 

<change:number>

 <i:Complete>

 <i:Signalbike Rider Mach>

 <i:Altair Form>

 <i: Drive type Speed>

</change >

 ベルトにツールを装填した俺達の体を鎧が覆っていく。スーツの形成と装着が完了すると同時、ショッカーの勢力が一斉に向かってくる。「行くぞ」というドライブの号令で俺達も敵へと駆け出す。

 たったの4人で大群を相手にするのはかなり厄介だった。何度もリセットを経て敵の攻撃するパターンはある程度は読めていたが、幹部達の弱点を埋めるように戦闘員が押し寄せてくる。それでも前進は少しずつだが、確かに感じ取れる。

 バロンの槍を蹴り上げ、組み付いてきた戦闘員の顔面を殴ったとき、別の戦闘員が飛びついてくる。だがその手が俺に到達する前に、ドライブによって阻まれる。

「巧! あんたは歴史改変マシンへ」

 「ああ」と俺は応じ、戦闘員の脳天を拳で割って工場へと駆け出す。

「させるか」

 その冷たい声と共に、俺の目の前に4号が降り立つ。隙のない拳の連打に俺の体が後退したところで、乱入してきたドライブが4号に組み付く。

「お前の相手は、この俺だ」

 ドライブの目を捉え、4号は「面白い」とせせら笑う。

「お前から先にあの世へ送ってやる」

「来い、ひとっ走り付き合ってやる!」

 ドライブが咆哮と共に、4号を押しやっていく。それを一瞥した俺は助太刀すべきか逡巡するが、止めていた脚を動かして工場の入口へと走っていく。

 正直、俺に4号と戦える自信はなかった。4号もまた歪められた時間、俺のせいで生み出された存在。あいつもまた被害者だ。本来の時間なら、4号もまた人のために戦う戦士だったのかもしれない。もしそうでなかったとしても、可能性として期待はしておきたい。

 工場の内部も敵で埋め尽くされていた。戦闘員は雑魚だが、なんせ数が多すぎる。奴らの弱点である頭を狙って攻撃していくが、それでも奥の暗闇からゴキブリのように湧いてきてきりがなかった。

 流石に俺も限界を感じ始めている。鎧の節々が戦闘員の血で濡れて、床に広がる奴らの血が水溜りを作って足を取られてしまう。ぬるぬるする床に滑りバランスを崩してしまった俺は、戦闘員の剣を胸に受けた。傷口がスパークを散らし、衝撃で膝を折る。

 戦闘員のひとりが追撃を加えようとしたとき、天井を突き破って何かが降ってきた。事態に気付き上を見上げた戦闘員の顔を踏み潰し、それは俺と戦闘員たちの間に立ちはだかる。人に見えた。2本の腕と脚を持っているが、その無機質な金属の光沢とぎこちない動作は不気味に映る。

「お前……」

 それは人型に変形したオートバジンだった。オートバジンは俺に背を向け、左手に掲げるホイールの機銃が火を噴く。精密性より連射性が重視された弾丸は戦闘員たちを銃創で蜂の巣にしていき、頭に命中すると連中に埋め込まれた爆弾が炸裂する。爆発のショックは他の戦闘員たちにも伝播し、誘爆が広がりものの数秒足らずで敵の首が綺麗さっぱりと吹き飛んでいく。

 俺はまだ力の入りきらない脚を持ち上げると、オートバジンの肩口にあるハンドルにミッションメモリーを挿し込む。

<tool:faiz edge>

 Ready

</tool>

 エッジを引き抜き、オートバジンの顔になったカウルを見つめる。機械のゴーグルに瞳のようなものは見当たらず、果たして俺を捉えているのかは分からない。

「足止めを頼む」

 俺がそう言うと、オートバジンはゴーグルの奥で光を点滅させる。言葉なき機械の返事だ。

 SB-555 V オートバジン。もし俺が生きる時間がもたらされたことで生まれるものがあるとしたら、この2号機もまた歪められた時間の産物なのかもしれない。この機械だけでなく、他にも生まれたものがあって、逆に失われたものもあるだろう。思えばこいつは戦いの日々で、いつも俺といてくれた。ただの機械と言えばそれまでだが、こいつは間違った存在同士の虚しさを埋めるよう寄り添っていたと思える。

 俺はオートバジンのタンク、胸にあたる部分に拳を当てた。

「一緒に戦ってくれて、ありがとな」

 オートバジンが再びゴーグルを点滅させる。この光の配列が何かのメッセージを伝えているにしても、俺に機械の言語なんて分からない。オートバシンは俺に背を向けて、背中のスラスターを吹かして回廊の奥へと消えていく。

 ここから先は俺ひとり。進ノ介でも剛でも侑斗でもない。俺が行く道だ。

 俺は薄暗い回廊を走った。枝分かれする角を直観で進み、行き止まりだったら引き返しもうひとつの回廊を進む。何度かそれを繰り返しながら闇が濃くなっていくのを感じた。

 走りながら、駆け抜けていく空間が揺らめくのを視認する。俺は一端立ち止まり、その揺らめきにエッジを一閃する。火花を散らし、空間から突如ヒルのような触手がうねりをあげ、床に落ちた。「おのれえ!」と暗闇から触手が中腹で切れたヒルカメレオンが現れる。

 有無を言わさず、俺はヒルカメレオンの胴に斬撃を見舞っていく。エッジの熱で焼かれた傷口が煙を吐き出しながらも、ヒルカメレオンは勇敢に迫ってくる。俺はフォンのENTERキーを押した。

<technique>

 Exceed Charge

</technique>

 ベルトからエネルギーが充填されたエッジの赤い輝きが暗闇を照らしていく。向かってくるヒルカメレオンにエッジを振り上げた。エッジはヒルカメレオンの腹を焼き斬り、注入されたエネルギーが内部で爆発を起こして辺りに肉片と機械部品を撒く。その場に残されたΦの文字を突っ切り、俺は更に進んだ。幹部を守備に置いているなら、この先にこの基地の中枢があるはずだ。

 俺は目的の場所へ近付いているという確信があった。近付くにつれ、怖ろしいほど静かになっていく。さっきまで聞こえていた外からの爆発音や銃声が遠のき、機械が稼働するぶうん、という音のみが支配している。

 やがて、俺はそこへ辿り着く。

 そこは無人の部屋だった。僅かな照明のもとで降ろされた幕には、ワシが足で地球を掴むショッカーのシンボルマークが描かれている。街ではためく旗にも描かれているマークだ。部屋の隅には多くのコンピュータ機器が並べられていて、機器から伸びるコードは全て部屋の中央へと集約されていた。

 中央に鎮座する球形の機械。外装のカバーがひしゃげて配線コードが剥き出しになったその姿は、どこか心臓にも見える。

 こんな部屋に納まってしまう機械が、世界を歪めた。

 俺が知らずに動かしていた、世界を書き換える物語創造機。

「これが、歴史改変マシン………」

 マシンの前にホログラムが映し出された。窓のなかに映るその人物はフードを深々と被っていて、その闇の奥にあるはずの顔が見えない。この姿はショッカーが世界への宣戦布告をしたときも、世界掌握を宣言したときも大衆へ見せていた。そのフードは決して脱ぐことなく、何者なのかも分からない存在に世界は支配された。

 今や世界の全てを手中に収める、ショッカー首領。

「よく来たな、乾巧」

 その声はしゃがれていて老人のようだ。でもこの人物がどれほど生きたのか、男なのか女なのか、そもそも人間なのかも判別できない。だがそんなことはどうでもいい。ここでマシンを壊せば、この間違った世界は終わる。

「お前の野望もここまでだ!」

 「それはどうかな?」と首領はかぶりを振り、ホログラムが消えた。制御用機器の陰から、所在なさげに海堂が歩み出てくる。

 どこまでもショッカーらしい悪ふざけだ、と苛立つと同時、俺の悲しい予感が的中してしまった。だからそれほど驚きはしなかった。

「あれほど言ったのに、どうして分かんねえんだよ!」

 怒りに歪んだ海堂の顔が、スネークオルフェノクに変貌する。俺はエッジからメモリーを抜いてフォンに戻した。この戦いに武器は使ってはいけない。かつては仲間で、今は敵として現れたこの男とは、拳で互いの想いを交わさなければならない。

 刃が消えたエッジを放り投げ、俺はスネークオルフェノクの迫る拳に自分の拳を打ち付ける。手に鈍い痛みが灯り、間合いを取ると同時に俺は問う。

「いつからだ。いつから知ってた?」

 「ずっと前からさ!」とスネークオルフェノクは吼える。

「何ちゅーかな、未来からの掲示ってやつだ。突然頭んなかに訳の分かんねえ記憶が入って来た。生きてるはずのお前が死んだ、って記憶がな」

 懐に飛び込んできたスネークオルフェノクは、頭を持ち上げて俺の顎に強烈な一撃を食らわせてくる。下顎と上顎の歯が打ち鳴らされ、高周波の音が耳孔に反響する。

「何となく分かったんだよ。お前が死んだほうの記憶が本物だってな」

「なら何で放っといたんだ? お前は気付いてたのに何で――」

 「死ぬよりゃマシだろ!」とスネークオルフェノクは回し蹴りを飛ばしてくる。足甲が胸に当たり、よろけたところで掴みかかってくる灰色の腹に肘打ちをお見舞いしてやる。

 海堂、お前は寂しかったんだな。

 俺は思い出した。蛇はひとりでいると寂しくて死ぬ、という海堂のかつての言葉を。木場を、長田を、照夫を失って空っぽになった海堂は、俺の命が偽物だって分かった上で生きてきた。俺と同じように、もう誰かを失いたくないという願いのもとで。

 俺のためだった。その俺が、再び死ぬためにここへやって来た。だから海堂は止めるんだ。たとえ敵になったとしても、それで俺を生かせるなら、と。

 拳の応酬を繰り返しながら、俺達の間には憎悪も殺意もなかった。互いの体に拳をぶつけ合い、俺達は互いの存在を確かめ合っている。俺がここにいて、お前はここにいる、と。そこには奇妙な健全さがあった。まるで喧嘩をした子供同士が仲直りするための儀式のように。

 空間にホログラムが映し出され、俺はちらり、と見やりながらスネークオルフェノクとの殴り合いを続ける。首領と思ったが、どうやら外の様子が映し出されているらしい。

 形態を変えたマッハが必殺のキックでチーターカタツムリを爆炎へと変えている。

 別のホログラムではゼロノスが剣で持ち上げたアリマンモスの体を、刀身の纏ったエネルギーで両断する。

 また別のホログラムでは上空にてドライブの専用マシンであるトライドロンが空戦仕様に形態を変えて、ショッカーの航空隊とドッグファイトを繰り広げている。

 時空が揺らぎ、揺らぎが裂け目へと変わり線路が飛び出してくる。続けて線路を走る列車はゼロライナーだ。トライドロンの機銃とゼロライナーの先頭車両の先端から突き出したドリルが飛行機を落としていく。ゼロライナーは空中に自由自在にレールを描き、その上を走って高い機動力を見せて、航空隊をほぼ全滅へと追い込む。

 残った2機が、隊長機であるスカイサイクロンの両側につく。翼同士を連結させた3機は合体し、1機の大型戦闘機としてゼロライナーへと飛んでくる。トライドロンがゼロライナーの前に飛び込んだ。列車のドリルで回転する車は拘束スピンする弾丸のように発射され、スカイサイクロンに体当たりする。

 空中に爆炎が花火のように炸裂した。爆炎から脱出したトライドロンは、ゼロライナーと共に雄叫びのようなエンジン音を鳴らしながら空を旋回していく。

「私のスカイサイクロンがああああっ‼」

 4号の怒りに満ちた声を最後に、映像が切り替わる。

 そこではゼロノスとマッハが、幹部のライダー達と戦っていた。鎧を赤く染めた形態のゼロノスの手にガトリングガンが納まる。その隣にマッハが降り立った。

 「まだいけるか?」とゼロノスが聞く。

「当たり前だ。もう死ぬつもりはない」

 銃を構えたマッハが自信に満ちた声で答える。

 バロンの槍とサソードの剣が纏うエネルギーがプラズマの光を発していく。工場の高所台から王蛇とダークキバが右脚にエネルギーの霧を帯びさせていく。

<technique:number>

 <i:Full Charge>

 <i:Hissatsu Fullthrottle shooter>

</technique>

 ゼロノスがカードを、マッハがシグナルバイクをそれぞれの銃に装填し、銃口を敵へ向けた。

 ゼロノスのガトリングがバロンとサソードの武器から放たれた衝撃波を砕き、光弾を連射する。マッハの銃から放たれたエネルギー弾が、キックを打つ王蛇とダークキバを呑み込む。

 工場内に爆炎が立ち昇った。ショッカーライダー達の断末魔の叫びが、炎と共に消えていく。背中を向けていた2人は向き合い、勝利のハイタッチをした。

 別の咆哮が聞こえて、俺の意識はそれを映し出すホログラムへ向けられる。

 青を基調とした高機動形態へと姿を変えたドライブが、4号と必殺のキックを拮抗させていた。

「お前に、仮面ライダーを名乗る資格は無い!」

 ドライブの決意に満ちた言葉と共に、せめぎ合っていたエネルギーが弾かれる。ドライブは空中で体を一回転させて体制を立て直し、地面に降りた4号のほうは右脚にスパークを散らして膝を折った。

 そこへ、ドライブのキックが降ってくる。

「ライダーパァァンチ!」

 緑色のエネルギーを帯びた4号の右拳が、ドライブのキックを迎え撃つ。再び力が拮抗し、「これしきの力あ!」と圧されている4号は更に拳へ力を込めていく。

<system: acceleration>

 For・For・For・For・Formula

</system>

 ドライブが加速装置を起動させた。スーツから熱が発せられ、辺りに陽炎が生じる。「不味いぞ」とベルトさんが警告した。

「これ以上加速すれば爆発する」

 「構わない」とドライブは断じる。たとえ自分が傷つこうとも、守りたいもののために迷いなんて必要ない。決意の全てを右脚に込めたドライブは言う。

「それが仮面ライダーだ!」

 相棒の決意を受け止めたベルトさんが、ドライブの操作に従いシステムを稼働させる。

「OK、私も付き合おう」

<system: acceleration>

 For・For・For・Formula

</system>

 更に加速する衝撃に耐えかね、4号の右脚が折れた。体のパランスを崩し、拳に阻まれていたドライブの右脚が逸れて4号の胸に叩き込まれる。4号の体が地面に倒れると同時に爆発が起こった。吹き飛ばされた4号の体を構成していたパーツ群と、まだ人としての様相を残していた臓物が散らばっていく。ごろごろとボールのように転がった4号の頭部はマスクが割れていて、赤い目の奥にあった本来の瞳が空虚を眺めている。

 敵の残骸のなかで、加速を終えたドライブの鎧からはまだ煙が昇っていた。

 映像の様子を見やったスネークオルフェノクが攻撃の手を止める。

「ほら、もうお前らの勝ちだ。後は歴史改変マシンを誰にも壊されねえように隠しておきゃあいいだろ」

 ああ、最初はそのつもりだったさ。でも真実を知った今は、もうその必要はなくなった。

「もう敵は全部倒したんだ。もういいだろうが!」

「まだ残ってるさ、この俺がな」

 俺は構えを解いたスネークオルフェノクの胸に拳を打ち付ける。よろめいた奴の背後にあるマシンへ、俺は拳を振りかざした。

 肩を掴まれ、拳は阻まれる。

「やめろ、やめろおっ!」

 後ろへ押しやられた俺はスネークオルフェノクの腕を振りほどき、再び胸に拳を沈める。胸を抑えるスネークオルフェノクを一瞥し、俺は再びマシンへと肉迫しようとする。だがそれも、「やめろ」と息をあえがせながら、まるですがるように組み付いてきたスネークオルフェノクの妨害で拳は虚しく宙を振る。

 再び押しやられた俺は膝蹴りを見舞った。腹をしたたかに蹴り上げられ、今度は堪えたのかスネークオルフェノクは床に倒れる。

 「ちょ、タンマ、タンマ」と手をかざし、上体を僅かに持ち上げたスネークオルフェノクの影が海堂の姿を形作る。

「俺さあ、オルフェノクでひとり生き残っちまったじゃない」

 「だからよお!」と立ち上がり、スネークオルフェノクは俺と拳を交えながら続ける、

「あれから色々考えてた。お前達の死が、ありゃ、意味あるもんなのかって!」

「今でも信じてる!」

 迫ってきた拳を受け止め、俺はスネークオルフェノクの頬に拳を打つ。体を半回転させ、スネークオルフェノクは床に伏して顔を沈めた。喧嘩に負けた子供が泣いているかのような、情けない姿だった。そんな奴への追い打ちとして、俺はポインターにメモリーを挿し込む。

<tool:Faiz pointer>

 Ready

</tool>

 俺は告げる。あれから何度も迷ってきた。何を信じて守るべきか答えあぐねながらも、決して捨てなかった、俺を前へと進ませてくれた根拠を。

「意味なく死んだ奴は、いないってな………!」

<shout>

「ねえよ! 意味なんかねえ!」

</shout>

 スネークオルフェノクは吐き捨てた。ゆっくりと立ち上がるその影を見やると、涙を流す海堂の姿が浮かび上がっている。

「死ぬことなんて、ただ悲しいだけじゃねえか……。だからよお、お前だけでも生きててくれよ」

 海堂、お前の気持ちは分かるよ。俺だってひとりは寂しい。だから一緒にいてくれる奴は死なせたくない。でも、そう願った俺の弱さで悲劇が起こったんだ。俺が生きているせいで、本来生きる奴が死んでしまう。

 右脚のホルスターにポインターを装着し、フォンのキーを押すプッシュ音が冷たく響く。

<technique>

 Exceed Charge

</technique>

「それはできない」

 標的に向けた右脚のポインターからマーカーが射出され、スネークオルフェノクの前で開く。これまで戦ってきた敵と同じように、俺は跳躍し光のマーカーに向けてキックを放つ。これが最後、という感慨を感じる隙もないほど、右脚の感触は慣れたものだった。倒す敵が慈悲を抱く余地もない悪党でも、仲間だった海堂でも変わりはない。殺めるという感触は平等で、どっちが尊く無価値かなんて区切りは存在しない。

 膨大なエネルギーの塊としてスネークオルフェノクの腹を貫いた俺は、その背後に身を屈めて降り立つ。

 圧しかかってくるスネークオルフェノクの体はとても重かった。そういえば、火事のなかで真理を助けたときも、背負ったあいつはまだ子供だったのに重かったな。

 これが命の重みなんだ。救った命と奪った命。俺はその両方を背負っている。これまで戦ってきて、俺が背負う命の比重はどちらへ傾いているのだろう。

「どうして?」

 スネークオルフェノクの質問に答えるのを待たず、変身が解けた。散々殴り合ったせいでスーツがとうとう限界を迎えたらしい。俺と同時に奴も元の姿に戻ったのだろう。海堂の体が少しだけ軽くなったように感じた。まるで命の重みが開けられた腹の穴から流れる血と共に抜けていくように。生温かい血が俺のコートに染み込んでくる。

 戦ってきた理由はいくつもある。夢を守るためだとか、敵を倒すことの罪を背負うだとか、答えを見つけるためだとか。

 海堂の問いで、その全てがたったひとつへと収束していく。所詮は偽物の時間のなかで紡がれた偽物の意味だ、神がひと時の眠りのなかで見る夢だ、と断じられるだろうさ。でも、命や過ごした日々が偽物だったとしても、この想いだけは本物と信じていいじゃないか。こんな薄汚れた俺がヒーローとして、正義の味方として戦えるって夢を見ても。

「世界を救うために、かな」

 背中に乗る海堂が微かに震えているのを感じた。多分、笑っているんだろうな、と分かった。この男も俺がどうするか分かっていたから、最後の敵として対峙したんだ。

「バー…カ――」

 力の抜けた罵声を飛ばして、海堂が背中から滑り落ちる。俺はその体を受け止め、ゆっくりと床へ寝かせた。閉じられた両目蓋の間から、涙が零れて床に落ちる。その涙が、海堂の肉体から燃え上がる青い炎の熱で蒸発していく。

 海堂、悪いな。でも時間が元に戻れば、お前が俺に殺されたことも無かったことになるはずだ。お前の事だ。結果オーライならそれで納得してくれるだろ。

 燃え尽きた男の肉体が灰になって崩れていく様子を、俺はしっかりと見届ける。

「巧!」

 戦いを終えた進之介がやってくる。続けて剛と侑斗も。

「お別れだ」

 落ち着いた風を繕った俺は、そう言ってベルトに納まったままのフォンを抜き、コードを入力する。

<tool:Phone Buster>

 <i:1・0・3>

 <i:Single Mode>

</tool>

 立ち上がって拳銃に変形させたフォンの銃口を向けたところで、壊れた機械の前にホログラムが浮かび上がる。

「お前がここまで来るとはな」

 映像のなかで首領は余裕な佇まいを崩さず、労うように告げる。

 そして首領は、フードを抜いだ。俺はその隠されていた顔を見て驚愕する。

 ショッカーを率いて世界を混沌へ叩き込んだ存在。

 その魔王とも呼ぶべき存在の顔は――

<surprise>

 俺だった。

</surprise>

 思わずフォンを手から落としそうになる。マシンの前にグラフィックが浮かび、最初は虹のように七色だったそれは部位によって色彩を固定し、絢爛な衣装を身にまとった俺の形を作っていく。

「変身」

 そう告げた首領の体を、どこから飛んできたのか青い蝶の大群が覆っていく。青い光が赤へと変わっていき、その赤は肉体を構成する骨のように腰から四肢へと伸びていく。

 光が収まると、それはファイズのエネルギー流動路が発する光の色だとようやく分かる。

 ファイズの姿になった首領が、黄色く輝く目を俺に向ける。同時に、背後にある歴史改変マシンが、脈動するような光を内部から漏出させている。

「時をもう一度リセットする」

 ファイズは左手を掲げた。手首には俺が変身するファイズと同じように、腕時計型のデバイスが巻かれている。

「我々はもう一度生きる。生きて、世界を我が物に」

 デバイスの液晶が灯った。

<countdown>

 ファイズの流動路が発光し、デバイスが時を刻む毎にその輝きは増していく。

 「そういうことか」と俺は悟る。

 首領は肉体を持たず、歴史改変マシンという機械のなかに自身の存在を隠していた。ベルトさんのように、意識をデジタルデータに変換して移し替えたんだろう。その歴史改変マシンを動かしていたのは俺の想い。連動していたマシンの中にいた奴は、俺の姿を借りていたということだ。

 俺の誰かを死なせたくないという想いと機械が共鳴することで、リセットは行われる。

「やっぱり、考え直さないか?」

 進ノ介がそう言ってくる。何だよ、ここまで来てお前が迷うのか。振り返ると、3人は目に涙を溜めていた。そんな気持ち、全てにかたがついたら忘れるさ。

 人生に勝ち負けを求めるのは馬鹿げてる。どんな命だろうと、生きているだけで十分得してる。でもな、最期の瞬間が自分との戦いとなれば、そこには勝敗ってやつがある。俺は自分の迷いに決着を付けるためにここまで来たんだ。

 真理と啓太郎に「ありがとう」と言えた、あの瞬間を本物にするために。

「気持ちだけ貰っとくよ」

 俺はそう返し、ファイズへと視線を戻してフォンを構え直す。

 霧江、琢磨、そして木場が、何で最期の瞬間に絶望の表情を浮かべていなかったのか、その理由が分かった。

 皆、自分の死が終わりを意味することじゃないって分かったんだ。自分のやり残したことを、受け継いでくれる人間を見つけることができたんだ。呪いにせず、祈りや決意として自分の物語を人へ人へと伝えてくれる存在を。それが俺だった。

 これから死ぬ俺もまた、後ろにいる3人にそれを託すことができる。

 例え俺の存在が忘れられることになっても、この戦士達なら、守り抜いた世界という形で俺の、俺達の物語を繋げてくれるだろう。

「これからの世界を、頼んだぞ」

 ファイズのデバイスは、カウントを残り3秒まで刻んでいる。

 照準を合わせ、俺は引き金を引いた。

 銃口から発射された閃光が、一寸の狂いもなくデバイスを貫く。

</countdown>

 身を悶えさせたファイズの体がぶれて、その体が眩い白熱光を発する。断末魔の叫びと共に光は伝播し、まるで惑星が超新星爆発したかのように薄暗かった部屋を呑み込んでいく。

 何も視えない。ただ純白の光に満ちた世界のなか、ひとりで立っている俺の手からフォンが落ちて、床に衝突する音も立てずに虚無へと消えていく。

 白んだ光のなかで、人々がゆるやかな河のように行進しているのが見えた。そのなかには見慣れた顔がちらほらとある。

 草加、長田、澤田、木村、照夫、琢磨、そして木場。

 死者の行進のなかから、一部が抜け出して反対方向の彼方へと歩いて行く。そのなかには霧江と森内と、俺が死なせてしまった用務員の戸田がいた。

 生者へと戻ろうとしている者達のなかで、海堂が死者達のもとへ戻ろうともがいている。でも世界の書き換えは絶対的な力で、暴風に吹かれたように海堂は乾、と叫びながら生者たちと共に光の彼方へと消えていく。

 海堂、お前は生きろ。叶うのなら、生きるついでに俺達の物語を語り継いでくれたら嬉しい。

 ぼう、っと立っている俺のもとへ、木場が歩いて手を差し伸べてくる。とても穏やかな笑みを浮かべ、俺を行進へと導いてくれる。

 俺は手を取りながら、木場に尋ねる。

 

 なあ木場。俺、死ぬ時に願ったんだよ。

 世界中の洗濯物が真っ白になるみたいに、皆が幸せになりますように、って。

 がらじゃないけどさ。俺達の戦い。先に死んでいったお前達の想い。それを正しいと信じたかったんだ。もう迷わないって決めたのに、死んでもうじうじと迷ってばかりだった。お前との約束も、果たせたのか分からないままだ。

 木場。俺達は正しかったのかな?

 俺達仮面ライダーが戦うことで、世界中の皆は、幸せになれたのかな?

 

 木場は笑みを浮かべたまま答えてくれる。

 

 君の夢は、残った人達が受け継いでくれる。

 君は生きてくれた。生きて、俺達オルフェノクが生きる意味を見つけてくれた。俺達の命に意味を与えてくれた。

 人は、どれだけ時間が経っても人のままなのかもしれない。間違うことも、迷うこともある。でも、君は人がみんな光を抱けるってことを見つけたんだ。世界がどんなに残酷でも、希望はいつだってどこかに転がっている。

 それが、君達という存在なんだよ。

 ありがとう、仮面ライダー。

 

 俺はつい笑ってしまう。大事なことを忘れてるよ、木場。

 

 俺達、だろ。お前も仮面ライダーだったじゃねえか。

 お前だって、世界のどこかに転がってる希望のひとつだった。そうだろ。

 

 俺がそう言うと、木場は予想外といった顔をする。そして恥ずかしそうにはにかみ、そうだね、と答えた。

 俺は木場と共に、死者の行進へ加わろうと歩いていく。俺の旅はこれで終わる。もう罪を背負うことはない。何も背負わず、身持ちの軽いまま光のなかへ還元されていく。

 ふと、1年間だけ一緒に過ごし、あのライブの日からとうとう会うことのなかった少女の顔が浮かんだ。

 

 穂乃果、悪いな。

 お前達の夢。せっかく叶ったのに、無かったことにしちまった。

 でも、俺がいなくても大丈夫だよな。

 お前なら、お前達9人なら夢を叶えることができるさ。

 皆でいれば輝けるって、俺は信じてる。

 

 そして俺は目を閉じる。

 

<voice>

「たっくん!」

</voice>

 

 薄れていく意識のなか、彼女があの頃の声と、あの頃の笑顔のまま、俺を呼んでくれた気がした。

 

 

</body>

</ltml>

 




 巧の物語が一応の締め括りとなったところで、次回が『ラブライブ!』原作の第2期最終話に相当する回となります。

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