ラブライブ! feat.仮面ライダー555   作:hirotani

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 今回は『ラブライブ!』アニメ版の第2期12話に相当する回なのですが、書いてみたらとてつもなく長すぎたので分割してお送りすることにしました。テンポが悪くなってしまうという危惧もあったのですが、読者様の負担になってしまうで。

 尺を食ったのは『555』サイドです。乾巧ってやつの仕業です。ガチで(笑)。


第12話 最後の夜は / 生命の意義

「エントリーナンバー11、音ノ木坂学院スクールアイドル、μ’s」

 女性司会者に応じるように、メンバー達は立ち上がる。同時に席へスポットライトが当てられ、会場に拍手が響く。会場のステージにあるスクリーンにはラブライブのロゴが映し出されていて、それを見て穂乃果はここまで来たんだ、と胸の高鳴りを実感する。

 穂乃果はステージへと上がり、中心に置かれた箱を前に足を止めると「にこちゃん」と振り返る。

「くじを引くのはにこちゃんだよ」

 「ええ!?」とにこは自分自身を指差す。「卒業するまでは部長でしょ」と真姫が言い、「そうにゃ、最後はびしっと決めるにゃ」と凛がにこの肩に飛びつく。

 しばし置いて、にこはきっと抽選箱を睨み「分かったわよ」とステージへの階段を上る。

「いよいよ来たのね」

 穂乃果の隣に立ったにこは静かに、でも力強く告げる。「うん」と穂乃果は短く返す。

 ラブライブ。

 全国で最も優れたスクールアイドルを決める大会。どのグループが最も多くの観客を楽しませることができるか、それが近いうちに決まる。

 正直、穂乃果にとって勝ち負けなんてどうでも良かった。9人で本大会のステージに立ち、観客と共に歌とダンスを楽しむ。それまでの努力の軌跡を形として残すことが穂乃果の、ひいてはμ’sの根拠にある。

「代表者、どうぞ前へ」

 女性司会者が促し、にこはゆっくりと抽選箱へと踏み出す。

 

 ♦

「さあ俺様の奢りだ。じゃんじゃん食いたまえ!」

 小さな丸テーブルの上に広げた海堂曰く「ご馳走」を眺めながら、巧はやれやれとため息をつく。ご馳走というものは、普段は食べられないようなものを言う。それなのに、テーブルに広がるものは例に漏れずデリバリーピザにビールと、いつもと変わらない。

 スマートブレインに裏切りが知られてしまった海堂は、追跡を逃れるためにマンションを引き払っていた。新しい彼の「城」というのは、街中にビジネスマンが一時の休息を得るための安価なホテル。リゾート地にあるようなオーシャンビューもフォレストビューもなく、窓から見えるのは隣接しているビルの無機質なコンクリート素材の壁だ。この部屋に1ヶ月近くも宿泊しているものだから、既に客室は前に住んでいたマンションと同じチーズと紫煙の匂いが満ちている。

 マルゲリータを食べる巧に海堂が尋ねる。

「どうだ、μ’sは」

「変わりないさ。本戦に向けて練習してる」

「そうかそうか。ちゅーか間が悪いよなあ。本戦とダブっちまうなんてよ」

 ビールを飲んだ海堂は腹に溜まったガスを汚いげっぷで吐き出す。このデリカシーの無さに慣れてしまった自分に呆れながら、巧はピザを飲み込む。2人だけだと減りが遅い。元はこうしてピザを囲むのは海堂と巧だけだったが、琢磨が加わり、次には往人が加わった。4人で食べるピザはあっという間になくなり、海堂が食い足りないと文句を言っていた。人数が半分になると、ひとりの取り分は倍になる。それなのに、今日の海堂はピザにあまり手を伸ばそうとしない。

「なあ乾。『王』を倒すときは、俺様に止めを刺させてくれ」

 何気なしに海堂が言った。巧は視線を上げる。海堂はいつもの様子でにやにやとしていて、ビール瓶を手に立ち上がる。

「お前にだけ良いとこ取りさせてたまるかっちゅーんだ。俺様が人類のために『王』を倒して、そんで英雄になるのだ」

 海堂は瓶を高く掲げる。まるで騎士のように。瓶を一気に煽り盛大なげっぷを漏らすその姿が英雄とは。もし本当に『王』が海堂の手によって葬られたとき、人類は彼に救われたことを素直に喜んでくれるだろうか。

「………照夫のためか」

 巧がそう言うと、海堂は黙り込む。鈴木照夫(すずきてるお)。かつて海堂が啓太郎と共に火事の現場から助け出した少年だ。三原と里奈が働く孤児院に預けられたが馴染めず、見かねた海堂が引き取ると言い出した。とはいえこの男に子供を育てることができるのかは疑問で、結局は啓太郎の家で預かることになったが。

 幼い少年が宿していたもの。それが「王」だった。肉体に宿る本能に従い、オルフェノク達を食べてきたことで、「王」は照夫という繭を破り世界に現れた。

 「勘違いすんな」と海堂はかぶりを振る。

「俺様はな、ガキが大っ嫌いなんだよ。クッキーやっても投げるわ泥団子も投げるわ女のスカート捲るわで。ちゅーか、やっぱりガキの面倒なんざ見るもんじゃねえ」

 海堂は虚しく笑い、またビールを飲む。酒を煽る彼を見て、巧は以前見た海外のジュブナイル映画を思い出す。不良少年たちが秘密基地に集まって酒を飲み煙草をふかす。そのお供に太った悪友が持ってくるのはデリバリーピザだった。どんなタイトルだったかは覚えていないし、海堂も同じ映画を見たのかは分からない。でも、海堂はあの騒がしい光景に憧れているのかもしれない。大勢で集まりピザを食べ、酒と煙草という堕落したものを嗜みながら窮屈な現実から逃避する時間に。

 恥ずかしくて決して口には出さないが、巧がそのシーンを覚えているのは羨望に他ならない。巧もまた、あのような辛いことも忘れられるほどの騒ぎに飛び込むことに憧れを抱いていた。巧はその羨望を叶えることができた。真理と啓太郎と3人で食卓を囲み、彼らから離れた後もμ’sの面々と大勢の食事をした。

 巧はマルゲリータを一切れ取る。「俺様の分が無くなんだろうが」と海堂も一切れをつまむ。遅れたジュブナイルを噛みしめるように、海堂はピザを口に詰めていく。こんな時間をこれからも過ごせるかどうかは、巧たち次第だ。

 明日で全ての決着がつく。地球上で生き残るのが人間かオルフェノクか。奇しくもμ’sの優勝を懸けた、最後のライブと同じ日に。世界の命運は巧の手に懸かっているのかもしれない。でもこの期に及んで、巧は世界のことなんて気にかけていなかった。

 「王」を倒すこと。それは戦いで死んでいった者達へのはなむけであり、所詮は巧の個人的なエゴイストだ。世界のためとか、顔も知らない人々のためとか、そんな慈愛に満ち溢れた理由なんてない。

 巧にとってこの戦いとは、木場との約束を果たせるかもしれない最後のチャンスでもあった。

 

 ♦

 部室の椅子に背を預け、にこは得意げに笑みを浮かべる。「にこちゃん凄いにゃー!」と凛が言うと、「当たり前でしょ」とにこは返す。

「わたしを誰だと思ってるの? 大銀河宇宙ナンバーワンアイドル、にこにーにこちゃんよ!」

 大見得を切るが、すぐに力なくうなだれて「緊張した……」と力なく漏らす。

「でも、1番最後……。それはそれでプレッシャーね」

 落ち着かないのか、真姫がそう言って髪を指先でいじる。先程のパフォーマンス披露の順番を決める抽選会で、にこは最後を引き当てた。つまり、μ’sは大会の大トリを務めるということになる。

「そこは開き直るしかないわね」

 そう不敵に微笑む絵里は流石だ。既に気持ちが出来上がっている。

 「でも」と穂乃果は立ち上がる。

「わたしはこれで良かったと思う。念願のラブライブに出場できて、しかもその最後に歌えるんだよ」

 「そうやね」と希が応じ、タロットカードを見せてくる。

「そのパワーをμ’sが持ってたんやと思う」

 その発言が面白くなかったらしく、にこは「ちょっと」と口をとがらせる。

「引いたのはわたしなんだけど」

 「はいはい、そうね」と真姫が投げやりに。

 「偉いにゃ偉いにゃ」と凛が言う。

「雑!」

 これ以上は幼稚な痴話喧嘩しか起こらないことが目に見えたのか、絵里がメンバー達に呼び掛ける。

「さ、練習始めるわよ」

 ぞろぞろと部室を出ていくメンバー達を訝しげに見つめながら、にこは物足りなく「まったく……」と独りごちる。

「大丈夫だよ」

 その優しげな声のほうへ振り向くと、まだ残っていた花陽が微笑を向けている。

「花陽……」

「皆あんなこと言いながら、すごい感謝してたから」

 少し照れ臭くなり、「分かってるわよ」とにこは顔を背ける。「え?」と意外そうに花陽が声をあげる。

 にこは理解している。最後の時が近付いても、敢えて何も特別な意識を持つことなく皆が過ごしていることに。それが1番良い。いつも通りが最も安心できる。

「最後まで、いつものわたし達でいようってことでしょ」

 花陽は嬉しそうに「うん」と頷いた。にこは普段と変わらず、気合を込めて言う。

「さ、練習よ!」

 

 ♦

 屋上の日陰に敷いたビニールシートに腰かけ、穂乃果は額に滲んだ汗をタオルで拭う。視界にペットボトルが入り込んできて、続けざまに馴染み深い声が聞こえてくる。

「随分暖かいですね」

 「ありがとう」と穂乃果は海未からペットボトルを受け取る。今日は快晴だ。寒気も過ぎて、風も陽光に温められて心地良い。

「うん、お昼寝したくなっちゃうね」

 「いよいよ春って感じだよね」とことりが歩いてくる。

「桜の開花も今年は早いって言ってたし」

 「そうなんだ」と穂乃果はまだ丸裸の樹々を眺める。そういえば、巧と出会ったのも去年のこの時期だった。まだ朝方と夕方は寒くて、家の前でバイクと共に倒れていた彼を見つけたときは仰天したものだ。思えば、巧と出会ってから色々なものが動き出した気がする。オルフェノクと遭遇し、学校の廃校が検討され、μ’sが結成された。

「なんか気持ちいね」

 そう言って伸びをして、穂乃果は屋上にいる1年生と3年生へと視線をくべる。凛が花陽と真姫に練習したターンステップを見せていて、にこが希と絵里に自分のメンバーコールを教授している。廃校を止めるために始まった活動がここまで来るとは、正直穂乃果も思っていなかった。始まったらどんどん熱中していって、気付いたら日本一のスクールアイドルを決める大会にまで出るなんて。

 「穂乃果ちゃん」とことりが顔を近付けてくる。

「寂しくなっちゃ駄目。今はラブライブに集中」

 目の前にあるのは、いつもの穏やかに笑うことりの顔だった。「そうですよ」と海未もいつもの口調で言う。

「分かってるよ」

 その言葉は海未でもことりでもなく、自分自身へ向けるものだ。油断すればすぐ物思いにふけってしまう。

「ただ………」

 「ただ?」と海未が反芻する。穂乃果は答えず、代わりに2人を抱き寄せる。「な、何ですか一体?」と海未が恥ずかしそうに聞いた。

「急に抱きしめたくなった!」

 「わたしも」とことりも穂乃果の言葉にならない想いを抱き留め、海未も「苦しいですよ」と言いながら受け留めてくれる。

 μ’sが無くなってしまうのは決まっている。いざその時が訪れたらどんな想いが沸き起こるのか、それはまだ分からない。でも今は、今この瞬間だけは、自分の腕のなかにいる2人が、屋上で共に過ごしたμ’sの皆が愛おしいと確信できる。

 穂乃果は明瞭な想いを肌で感じようと、親友たちを力強く抱きしめた。

 

 ♦

「あーあ、もう練習終わりなのかー」

 校舎を出たあたりで、凛が物惜しげに言う。今日の練習は最終確認だけに留まった。歌のパートやダンスのステップに乱れはないか。既に仕上がっていたから特に修正点もなく、いたずらに体力を消耗しないよう練習を切り上げた。

「本番に疲れを残すわけにはいかないしね」

 いつもの風景だ。体力の有り余る凛が不満を漏らし、絵里が嗜める。いつもと違うのは、この場に巧がいないことだけだ。

「そうだよね」

 ことりも普段通りの声色だった。でも、隠し切れていないものがある。それを察しながらも穂乃果は何も言わず、敢えて普段通りを貫く。

「じゃあ明日、皆時間間違えないようにね。各自、朝連絡を取り合いましょう」

 校門前の信号が青に変わるのを待つ間、絵里がそう言う。「はい」と返した海未が穂乃果へと向く。

「穂乃果のところには、わたしが電話しますね」

 「遅刻なんてしないよ」と穂乃果が腹立たしく言う。

「きっとたっくんが起こしてくれるし」

 「巧さん頼みですか」と海未が苦笑し、それがメンバー全員へと伝播する。

 信号が青に変わった。メンバー全員が横断歩道へと足を踏み出す。2、3歩進んだところで「あ……」と花陽が足を止めた。皆も足を止める。

「もしかして、皆で練習するのってこれが最後なんじゃ………」

 その哀愁に満ちた花陽の言葉に全員が黙りこくってしまう。明日は本番で、μ’sのラストライブ。だから今日の練習はこの9人での最後の練習だった。穂乃果はそれに気付いていたし、敢えて口に出さなかった。いつも通りに過ごすことが最善だと思ったからだ。

「気付いてたのに言わなかったんでしょ、絵里は」

 真姫がそう言うと、花陽は「そっか、ごめんなさい」と謝罪する。それでも絵里は嫌な顔をせず「ううん」とかぶりを振る。

「実は、わたしもちょっと考えちゃってたから」

 絵里は校舎へと振り返り、皆もそれにならう。毎日通っている学校。ありふれた日常の風景なのに、今ばかりはそれがとても貴重で、高価値に思える。

「駄目よ」

 漂っていた哀愁をにこが断じる。

「ラブライブに集中」

 「分かってるわ」と絵里は返す。「じゃあ行くわよ」とにこは歩き出すが、すぐに止まってこちらを振り返る。

「何いつまでも立ち止まってるのよ?」

 にこの言う通りだ。立ち止まっていても仕方ない。時間は止まってはくれないのだ。どう足掻いたところで明日は必ず訪れる。でも、今日だけは「いつも通り」から外れたい、と穂乃果は思った。

 穂乃果は提案する。

「ねえ、お参り行こうよ」

 

 ♦

 ファーストライブの前日も、こうしてお参りしたっけ。拝殿を前に手を合わせながら、穂乃果はそんなことを思っていた。あの時は海未とことりの3人だけで、ライブも殆ど観客がいなかった。思えば、あの会場にいたのは今ここにいるメンバー達と巧だった。

 神田明神は縁結びの神として大国主(おおくにぬし)を祀っている。この9人が集まった縁は神によってもたらされたのだろうか。罰当たりだけど、穂乃果は違うと断言できる。9人で頑張ってこられたのは、9人の力があったからだ。9人と、巧の力で。

「これでやり残したことはないわね」

 にこがそう言って、花陽が「うん」と満足げに返す。

「こんなにいっぺんに色々お願いして、大丈夫だったかな?」

 凛の言葉に「平気だよ」と穂乃果は返す。

「だって、お願いしてることはひとつだけでしょ?」

 皆が目を丸くする。穂乃果は続ける。

「言葉は違ったかもしれないけど、皆のお願いってひとつだった気がするよ」

 「そうね」と絵里が同意する。9人の願いは、気持ちはひとつだ、と穂乃果は確信できる。

 「じゃあもう一度」と希が促し、全員で拝殿にお辞儀して声を揃える。

「よろしくお願いします」

 これでもう、出来ることは全部やった。練習もお参りも。

 「さ、今度こそ帰りましょ」と絵里が鞄を持つ。花陽はまだ名残惜しそうに顔を俯かせた。「もう」と真姫がため息をつく。

「きりが無いでしょ」

 「そうよ、帰るわよ」とにこが歩き出した。彼女に続いてひとり、またひとりと拝殿に背を向けて歩き始める。確かに練習は今日で最後だ。でも、明日もまた9人集まる。

 何も今日が、9人でいられる最後の日じゃない。

 

 ♦

 家に帰って、明日に備えてゆっくり休もう。そう思っていた。でもいざ帰路へつくとき、穂乃果の胸の裡にはまだ懊悩が残っていて、結局は神田明神に引き返してしまった。

 それは皆も同じだったらしい。普段通りに過ごそうという雰囲気だったのに、結局は名残惜しさから逃れることはできない。

 だから、穂乃果は提案した。

「できたー!」

 部室に敷いた9人分の布団を前に、穂乃果はばんざいする。収まるか不安だったが、ぴったりだった。

「学校でお泊り。テンション上がるにゃー!」

 はしゃぐ凛に「どきどきするね」と希も乗じる。ホテルのような充実した設備はないが、こうして学び舎で寝巻という恰好をすると特別なことをしている気分になれる。

 「でも、本当に良いんですか?」と海未がことりに尋ねる。ことりは「うん」と鞄から出した合宿申請書を見せる。しっかりと理事長の判が押されている。突然のことだったから、ことりの母が理事長とはいえ本当に申請が通るとは思っていなかった。

「巧さんがお願いしてくれたみたい」

 ことりの口から出た事実に、「たっくんが?」と穂乃果は驚く。確かに巧には学校に泊まると言っておいたが、まさか頼んでもいないのにこんな計らいをしてくれるとは。申請が通ったことよりも衝撃的だ。

 「はいお待たせ!」と隣室からにこが中華鍋を手に入ってくる。

「家庭科室のコンロ、火力弱いんじゃないの?」

 中華鍋からぴりっとした香りが鼻孔をくすぐる。献立は麻婆豆腐だ。にこが作ったのだから味は期待できる。

「花陽! ご飯は?」

 にこが呼ぶと、背後から炊飯器を抱えた花陽が出てきて蓋を開ける。湯気が立ち昇り、嬉しそうに「炊けたよ!」と花陽は満面の笑みを浮かべた。

 楽しい時間はあっという間だ。9人で囲む料理はすぐになくなった。味を噛みしめる間もなく。

「何か合宿のときみたいやね」

 そう言う希に「合宿よりも楽しいよ」と穂乃果が返す。

「だって学校だよ、学校」

 「最高にゃ!」と言う凛に「まったく子供ね」とにこが皮肉を飛ばす。

 やっぱり、この9人はどこで何をしてもこんな感じなんだな、と穂乃果は思った。場所が変わっても季節が変わっても、この9人が集まると楽しいひと時が過ごせる。寂しさなんて忘れてしまうくらいに。

「ねえねえ、今って夜だよね?」

 穂乃果の質問に「そうだけど」とにこが答える。当たり前じゃない、とでも言うように。穂乃果は椅子から立ち上がり、窓際に立つと勢いよく窓を全開にする。

「何してんのよ、寒いじゃない!」

 肩を抱くにこが文句を飛ばしてくる。穂乃果は窓を背にして、両腕を広げる。この状況を見てごらん、と言うように。

「夜の学校ってさ、何かわくわくしない? いつもと違う雰囲気で新鮮」

 「そ、そう?」と絵里が歯切れ悪く聞く。

「後で肝試しするにゃ!」

 凛がそう言うと、「え!?」と絵里は控え目な悲鳴をあげる。「あ、良いねえ」と希は絵里に向けた目を細める。

「特にエリちは、大好きだもんねえ」

 「絵里ちゃんそうなの?」と穂乃果が聞くと、絵里は苦笑を浮かべる。

「そ、それは――」

 最後まで言葉を待たず、部屋が暗転した。暗闇の中で絵里の悲鳴が聞こえる。「い、痛い」ということりの声も。

「絵里ちゃん痛いよ」

「離さないで離さないで! お願い………」

 暗闇に目が慣れてきた。ことりに抱きつく絵里と、驚愕で目を丸くする海未と花陽が認識できる。ドア横のスイッチの傍に立っている真姫の姿も。

 「もしかして、絵里」と海未が言葉を詰まらせ、「暗いのが怖い、とか?」と花陽が引き継ぐ。穂乃果の横で希が含みのある笑みを零す。

「新たな発見やろ?」

 まさか今になってこんな発見があるなんて。振ればもっと絵里の知らなかった一面が見られるかもしれない。そんな悪戯めいた考えが穂乃果のなかで浮かぶ頃、「真姫!」と絵里が照明を消した犯人を呼ぶ。「はいはい」と真姫は電気を点けた。

 部屋にぱっ、と照明が灯ると同時、こんこん、とドアをノックする音が響く。皆がドアへと視線を集中させるなか、絵里だけは「ひいっ」と過敏な反応を見せる。

「お前ら、声が外まで聞こえたぞ」

 ぶつくさ言いながらドアを開けたのは巧だった。絵里がほっと胸を撫でおろす姿を不思議そうに見るも、巧はそのことには触れずに穂乃果へ視線を向けてくる。

「穂乃果、ちょっと良いか?」

 

 ♦

 昼間は暖かいが、まだ夜は肌寒い。生徒達の賑わいが聞こえる音ノ木坂学院の校舎はとても静かで、昼間とは打って変わる冷たい雰囲気にどこか恐怖を覚える。

 校舎の周辺は灯りが少なく、星々が照らす校庭でタオルケットを羽織った穂乃果に巧はパーカーを差し出す。

「ほら。夜は冷えるからっておばさんが」

 「ありがとう」と穂乃果は笑みと共に受け取る。いつもの穂乃果だった。その様子にどこか巧は安心する。

「そういえば、理事長に合宿の申請お願いしてくれたんだよね」

「大したことじゃないさ。話があったから、そのついでにな」

 どうせいつもの思い付きだから申請なんてしていないだろう、と頼んでみたのだが、理事長はふたつ返事で了承してくれた。申請は2週間前までに出さなければならないが見落としていたのかも、と言って。

 下手にこれ以上前置きの会話をするのもまどろっこしく、巧は唐突に言う。

「明日なんだけどな、ライブには間に合わないかもしれない」

 「え?」と穂乃果は不安げに巧を見上げた。巧は続ける。

「どうしても決着を付けなきゃならない戦いがあるんだ。勝てば、お前らの夢を守り切れるかもしれない」

 理由にするには説明不足が過ぎるな、と巧は自分の口下手さにうんざりする。でも穂乃果は「そうなんだ」とだけ返し、何の文句も言ってこない。

「お前、不安じゃないのか?」

 思わず巧はそう聞いている。「不安なんてないよ」と穂乃果は即答する。雲間から出てきたのか、月光が穂乃果の顔を照らした。優しい笑顔だった。

「だって、たっくんは仮面ライダーだもん。たっくんならできるって信じてるよ」

 迷いなんて感じなかった。自分の不安が馬鹿馬鹿しくなり、巧はため息と共に笑みを零す。巧は明日、μ’sのライブが失敗するだなんて微塵も思っていない。成功すると信じている。それと同じように、穂乃果も巧の勝利を信じてくれている。それだけの、簡単なことだ。

 かつて真理から、そして絵里からも言われた通り、自分を信じてくれる彼女を信じようと思える。

 「ねえ、たっくん」と穂乃果の声が影を帯びる。

「前に、啓太郎さんが体のことって言ってたよね? たっくん、何かの病気なの?」

 「ああ……」と顔を背け、しばしの逡巡を経て巧は白状する。

「オルフェノクは長く生きられないんだ」

 そう言うと、穂乃果は悲しそうな顔をする。「でも大丈夫だ」と巧は続ける。

「オルフェノクの命を延ばせる奴がいてな、そいつに長く生きられるようにしてもらった」

「そうなんだ……。優しんだね、その人」

「ああ、良い奴だった」

 安心したように穂乃果は笑った。よく笑う奴だな、といつも思う。今夜、巧は往人の死を告げるべきか迷っていた。でもそれはできない。往人は穂乃果の笑顔を守るよう巧に託して逝った。知れば穂乃果は悲しむ。この笑顔を、往人の愛した笑顔を守るために彼の死は隠さなければならない。

「わたし達、頑張るね。悔いのない、μ’sの集大成になるようなライブにする。だから絶対に勝って、絶対に観に来てね」

 「ああ」と素っ気なく返す巧に、穂乃果は小指だけ立たせた拳を差し出してくる。何だ、と思いながら巧が見つめると、穂乃果は口を尖らせる。

「指切り!」

 はいはい、とため息をついて巧は手を差し出し、立てた小指を穂乃果の小指と絡める。触れた瞬間、巧は少しだけ彼女の肌の冷たさに驚いた。身震いするほどの寒さだから冷えるのは当然なのだが、暑苦しいとさえ思う穂乃果から冷たさを感じるとは。でも、彼女の裡に太陽のような熱があることを巧は知っている。

 指を交差させている間、巧と穂乃果は互いの瞳をじっと見つめ合っていた。巧は何か気の利いた言葉を探してみるが、まったく見つからない。それは穂乃果も同じようで、彼女の瞳から感じ取れるものは到底言葉で言い表すにはどれも足りない気がする。

 巧はするりと小指を解いた。穂乃果は名残惜しそうに小指を宙で静止させたまま巧を見つめ続ける。

「約束だよ」

「ああ、約束する」

 

 ♦

 満天の星空に気付いたのは、帰路につく巧を見送って部室へ戻る道中だった。校舎の周辺に街灯が少ないことを抜きにしても、東京でこれほど星空が映えるのは珍しい。

「ねえ、屋上行ってみない?」

 部室に戻った穂乃果はメンバー達にそう提案した。賛成してくれたのは、皆も思い出をもっと作りたいのだと思える。

 いつもの練習場所である屋上も、夜になると普段とは違う面を見せる。金属の柵が冷たさを増し、影が濃い。

 どうせなら校舎で最も高い場所で、と塔屋へ上る。街を見下ろすと夜景が広がっている。家の灯りや店の看板。様々な色の光が地平の彼方まで埋め尽くしている。とても不思議だ。昼間は太陽が空から光を降ろし、夜になると人々の営みが光として空へと昇るなんて。

「凄いねえ」

 思わず穂乃果はそう漏らす。「光の海みたい……」とことりも感嘆の声をあげる。

「このひとつひとつが、みんな誰かの光なんですよね」

 海未の言葉が美しさを醸し出す。勿体ないな、と穂乃果は思った。この夜景をもっと早く見られれば、海未はもっと美しい歌詞を書いてくれたかもしれないのに。

「その光のなかで皆生活してて、喜んだり悲しんだり………」

 絵里の言葉を受け、穂乃果は思慕する。この光の海が自分たちの暮らす街だと思うと、まるでおとぎの国の住人になったかのように錯覚する。わたし達は光に抱かれながら暮らしているんだ、と。

 穂乃果は想いをありのままに紡ぎ出す。

「この中にはきっと、わたし達と話したことも会ったこともない、触れ合うきっかけも無かった人達が、たくさんいるんだよね」

 この地球上で暮らす人々は70億人もいる。一生のうちで、出会えるのは一体何人なのだろうか。

「でも繋がった。スクールアイドルを通じて」

 にこが穏やかに言った。

 天文学的な可能性でもたらされた(えにし)。μ’sと、巧との出会いを経た今となって、その縁は奇跡と呼ぶに相応しい。お参りの時に神のお膳立てを否定したが、それも受け入れられる。

 穂乃果は思い出す。スクールアイドルを始めようと思い立ったきっかけ。UTX学院校舎の前でモニター越しに目撃したA-RISEを。

「偶然流れてきたわたし達の歌を聴いて何かを考えたり、ちょっぴり楽しくなったり、ちょっぴり元気になったり、ちょっぴり笑顔になってるかもしれない。素敵だね」

 「だからアイドルは最高なのよ」とにこが言う。

 先ほど雲間に隠れた月が、再び顔を出した。月光を浴びて、穂乃果は(はし)る衝動のまま街へと叫ぶ。

「わたし、スクールアイドルやって良かったー!」

 「どうしたの?」と真姫が驚愕に満ちた声をあげる。「だって」と穂乃果は振り返る。

「そんな気分なんだもん。皆に伝えたい気分。今のこの気持ちを」

 焦る必要はない、と分かっている。明日になれば、存分にこの気持ちを歌にして皆に届けることができる。でも、体の奥底からこみ上げる熱が、早く外へ出たいと騒いでいる。

 その熱が、ふっと冷めていくのを感じる。表情に出たのか、「どうしたんですか?」と海未が尋ねてくる。穂乃果は答える。

「たっくん、明日戦わなくちゃいけないんだって」

 巧が何故自分だけに告げたのか、その理由が皆の表情から分かる。不安にさせたくなかったのだ。そして穂乃果なら、信じて送り出してくれると思ってくれていた。

 「でもね」と穂乃果は続ける。

「絶対に観に来てくれるって約束したから大丈夫だよ。だから、精一杯歌おう!」

 オルフェノクという、怖ろしい存在と遭遇した。でも穂乃果は巧との出会いに後悔はない。守ってくれただけでなく、巧の背中を見ることで前に進むことの勇気を貰えた。どんなに辛い現実を突き付けられても彼は屈することなく戦い続け、そして明日もμ’sのために戦おうとしてくれる。何もできず、信じることしかできない自分がもどかしい。でもだからこそ、穂乃果は巧の守ってくれたものを「歌」という形で伝えようと思える。

 穂乃果は月を仰ぐ。オルフェノクだろうと人間だろうと関係ない。自分たちの歌を聴いて、笑顔になってほしい。その願いを皆で月に、夜空に、世界に向かって叫んだ。

「みんなー、聞いてねー!」

 

 ♦

 東から昇る太陽が大気を暖めるも、まだ冷たい風圧が体に押し寄せてくる。それに抗うよう、巧はオートバジンのハンドルを握る手に力を込める。吹き荒れる風が体温を下げ、それを感知した脳の視床下部から指令を受けた筋肉が震えて熱を生じさせる。この感覚こそが、巧に人間というものを実感させる。苦痛を受け取り、それに抗い環境に適応しようとする命の構造。サイドバッシャーで並走している海堂も、この人間としての証を実感しているのだろうか。

 寒さを感じると震え、暑さを感じると発汗する。これは人間という種が悠久の世代を経て獲得してきた進化の産物であり、これからも変化の余地を残した形質だ。全ての機能は、生存という原始的な生命の欲求から少しずつ、()()ぎにもたらされた。そうしなければ種が絶えるから、という必要性から。だとすれば意識と、心と呼ばれる脳の複雑に絡み合ったモジュールの集合体もまた、どこかの祖先で必要とされた機能なのだ。

 フェロモンを嗅ぎ取る嗅覚も、超音波を聞き取る聴覚も退化させた人間が、なぜ心なんてものを必要としたのか。喜び、怒り、悲しむ機能がどう生存へと機能するのかは分からない。この機能が人間のみが持つ特権などと、何故いえるのだろう。

 巧は考える。脳の神経細胞から生起した「心」という器官に神秘性を求める意義はあるのか。個体ごとに異なった構造を持つモジュールから発する「正義」という概念は、英雄性を見出すに値するのか。

 正義は脆い。

 かつて、神こそが正義であり絶対と謳う時代があった。現代でも国や民族によっては、そのような宗教観が色濃く残っている。だが今、その正義は瓦解し人類は神という見えざる君主からの独立へ向かい始めている。時代は精神から物質を重視する時代へと変わりつつある。

 神という実体のない存在が不要とされつつあるように、人間という種もまた不要となり衰退へと向かっているのか。進化はその場しのぎ、と琢磨は言っていた。人間は進化を、適応を重ねた結果として天敵を消失し、際限なく数を増やし続けて他種を家畜として飼い慣らし、途絶えつつある種を憐れみから保護している。だが結局は、人間もまた動物だ。死という遺伝子に規定されたプログラムからは逃げ出せず、子を産むことでゲノムを保存していくしかない。

 オルフェノクは、必要だった「その場」が過ぎて疲弊した人類に一石を投じる福音なのだろうか。永遠の生を獲得し、老いることも死ぬこともない生命体こそが、不変の正義を持つことができる絶対種なのか。

 旧世界の存在になりつつある人間を護るに値する根拠は、どこにあるのだろう。

 考えても仕方ない。今ここで答えが出せるものではない。確証はないが、「王」とロブスターオルフェノクを葬った先に、答えが提示されるのかもしれない。

 到着したプレハブ小屋は前に来たときと同じく、平原のなかでぽつんと佇んでいる。前と異なるのは、巧が壊したドアが修理されずに放置されている事くらいか。バイクから降りた巧と海堂は腰にベルトを巻き、阻むもののない小屋に足を踏み入れる。

 かつて訪れたときは地獄へ降りていくような恐怖を覚えていたというのに、今はない。光の射し込む階段はコンクリートの冷たさこそあるものの、ここは地獄などではなくただの廃屋だという現実が見える。

 階段が終わり、1本道の通路を進むにつれて外の光はうせていく。そうなると、暗闇は前と同じ空気を作り出す。やがて鋼鉄製の扉が現れ、前に立つとセンサーが反応して開き、2人を迎える。

「この扉はな、オルフェノクにだけ反応するように出来てんのよ。何ちゅーか、オルフェノクの体から出る赤外線は人間とは微妙に違うらしいぜ」

 扉を潜る際、海堂はそう言った。人間が拒絶される扉の先。そこは「王」の居城であり、オルフェノクの聖地だ。聖地で民は「王」のために自らの命を捧げる。その民はもういない。どのガラスケースも空っぽで、怪盗に展示品を全て持ち去られた博物館のようだ。もう彼等は死んでしまったのだろう。遅れた後悔を噛み、巧は何食わぬ顔で先へ進む海堂の後を追う。

 玉座の間に出ると、あの時と同じように空気が開ける。巧が視線の焦点を当てたのは棺に横たわる「王」ではなかった。そもそも、「王」がいるはずの棺は空っぽだ。棺の前には、ベルトを装着した琢磨がこちらを見据えてくる。

「おい、王様はどうした?」

 海堂が問う。「ここにはいませんよ」と答える琢磨の声は決して大きくはないものの、壁に反響しているせいかよく聞こえる。

「既に『王』は冴子さんと共に、ラブライブの会場へと向かっています」

 琢磨はフォンを開く。コード入力のプッシュ音と、『Standing by』という音声が鳴り響く。

「変身」

『Complete』

 琢磨の体に青のフォトンストリームが迸るとき、既に巧と海堂はそれぞれのフォンにコードを入力していた。何故、という疑問よりも、裏切られた、という悟りが先行した。

 5・5・5。

 9・1・3。

 ENTER。

『Standing by』

「変身!」

『Complete』

 変身時の光が収まった瞬間、サイガがフライングアタッカーのスラスターを吹かし、宙を滑るようにして接近してくる。ファイズとカイザの間をすり抜けて玉座の間の高い天井へと上昇し、バックパックの砲門が展開してフルオートで発射された光弾が雨のように降り注いでくる。外れた光弾は床を穿ち、命中した光弾は装甲に火花を散らして焦がす。

「お前……、どういうつもりだ」

 胸部装甲を抑えながらファイズが問う。雨を止ませたサイガは着地し、断言する。

「虚しくなったんですよ。抗うことが!」

 駆け出したサイガにカイザがブレイガンを発砲する。走りながらサイガは紙一重で避けた。これが天の名を冠するベルトの性能か。突き出した拳がカイザの頬を打ち、その体を突き飛ばす。続けざまに蹴りを見舞おうとしたファイズの脚を掴み、その紫色に光る目がファイズの黄色く光る目と交差する。

「研究課程でとっくに証明されているんですよ。オルフェノクになっても、脳の構造自体は人間の頃と全く変わっていない。私たちの思考は、心は人間のままなんです」

 ファイズの脚から手を放し、操縦桿を握りゼロ距離でフォトンブラッド弾を発砲する。胴に突き刺さったエネルギーが炸裂し、ファイズは床に投げられる。

 オルフェノクになっても心は人間のまま。それは木場が渇望していたものであり、同時に残酷な事実だ。人間として生きるオルフェノクは当然のこと、怪物であることを受け入れたオルフェノクの心もまた、人間だったということだ。結局、怪物を怪物たらしめていたのは力に溺れた人間の心だ。人間よりも強固な体。言うなれば、新しい玩具を与えられた幼い子供のような昂ぶり。

 「おかしいですよね」とサイガは笑う。仮面に隠された琢磨の顔が本当に笑みを浮かべているのかは分からない。

「新しい生命体として姿を変えたのに、未だ人間にしがみついているんです。そのせいでどっちつかずとなり、しまいには命までも削ってしまった。我々は生命として欠陥している。オルフェノクなんてものは間違った種なんですよ」

 サイガの叫びが玉座の間に反響する。とても悲痛だった。受け止めてくれる者はなく、虚無へと霧散していく。虚無に肩を震わせ、サイガは首を振る。

「もう何もかもがどうでもいい。この虚しさが人間という証ならば私は……、僕は……、人間の心なんて捨てます」

 ミッションメモリーを挿入された操縦桿が『Ready』という音声を鳴らし、フライングアタッカーから引き抜かれる。同時にバックパックがサイガの背中から落下する。ファイズはミッションメモリーを挿入したポインターを右脚に装着し、アクセルのメモリーをフォンに挿し込む。

『Complete』

 アクセルフォームへと形態変化したファイズの隣で、ブレイガンの光刃を光らせるカイザがフォンのENTERキーを押した。それと同時にサイガも同様の操作をする。

『Exceed Charge』

 フォトンストリームを伝ってエネルギーが充填された黄と青の剣が輝きを増す。ファイズはアクセルのスイッチを押し、露出したパーツ群の発する熱気に包まれながら身を屈める。

『Start Up』

 それが合図となり、3人は同時に動き出す。

 ブレイガンのコッキングを引いたカイザが光弾を発射する。真っ直ぐ目標へと向かった光弾はサイガがトンファーエッジを一振りすると薙ぎ払われる。2人は磁石のように引き合い、接触した瞬間に切り結んだ刃がスパークを散らして空間を照らしている。

 サイガが持て余したもう片方のトンファーを振りかざした瞬間、その青刃に赤の傘が飛んでくる。ファイズのポインターから放たれたフォトンブラッドのマーカーだ。サイガが気付いたとき、既にファイズのキックが音よりも早く突き刺さる。

 黄と青に、赤のスパークが加わった。焼け塵が撒き散らされて、周囲の床面を焦がしていく。衝突したエネルギーは拮抗していた。片手でカイザのブレイガンを、もう片方ではファイズのキックを相殺しようと堪えている。

 やがて、行き場を阻まれたエネルギーが暴発した。3人は交錯した場から吹き飛ばされて地面を転がる。

『Time Out』

 カウントが終わり、熱気が収まっていく。メモリーを抜いて『Reformation』という音声と共に通常形態に戻ったファイズは痛みに軋む体を立たせながらサイガを見やる。仰向けに倒れたサイガのフォトンストリームが眩い光を放って全身を飲み込み、収束すると琢磨の涙に濡れた顔を晒しだす。カイザも変身が解けていた。飛ばされた際にベルトが外れたらしく、海堂が近くに落ちたギアを拾い上げる。

「野郎……!」

 怒りに顔を歪めた海堂が、ベルトを腰に巻いた。ファイズは駆け出し、フォンを開く彼の手を阻む。自分に向けられた形相を前に、ファイズはフォンを抜いて変身を解除した。露になった巧の顔を見て、海堂の表情は戸惑いの色を浮かべる。何でそんな平常でいられるんだ、とでも言いたげに。

「行くぞ。ここであいつに構ってる暇はない」

 そう言って巧は入口へ向かって歩き出す。

「何故ですか……」

 後方から震える琢磨の声が聞こえ、巧は足を止める。振り返る気は起こらなかった。少女の涙を見るのも良い気分にならないのに、成人した男の涙なんて見るに堪えない。

「何故あなたは抗おうとするんです? 抗ったところで、虚しい現実を突きつけられるだけなのに」

 問いを投げかける琢磨は、つい先ほど言っていた。オルフェノクは間違った種だと。それに対して反論する気はさらさら無い。むしろ巧は同意できる。これまで怪物へと堕ちた同類は数えるのも億劫になるほど見てきたし、間違いと悟ったから、今こうして種を滅ぼす戦いへと臨んでいる。だが同時に、巧はオルフェノクを全否定できないという自己の抱える矛盾を自覚している。出会ってきた者達を間違いと断じ、世界に初めから無かったものとして抹消することができずにいる。

 木場勇治。長田結花。澤田亜希。森内彩子。霧江往人。彼等の名前を反芻する。

 それは呪いになりかねない名前の連なりだ。でも、彼等は確かにこの世界に存在していた。彼等は人間を愛し、怖れ、妬み、憎んだ。それらの苦悩に差し伸べようと手を伸ばしたが遅れてしまい、全ては死という結末へと収束した。過去が叫びとなり呪いに変わろうとも、罪として彼等の存在を自身に刻み付けることで巧は彼等の存在を保管し続ける。

 想い続けること。後悔し続けること。それは巧が自分を罰する事と同時に、彼らが存在したという証明になる。

 後悔を離さないように噛み、琢磨に背を向けたまま答える。迷いながらも自分自身を動かしてきた、その根拠を。

 

「俺は信じたいんだよ。俺達オルフェノクが間違った存在でも、俺達が生きたことは間違いじゃなかったってな」

 

 巧は再び歩き始める。

 後方からは海堂の足音と、琢磨のすすり泣く声が聞こえた。

 

 


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