ラブライブ! feat.仮面ライダー555   作:hirotani

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 コンセレでカイザギアの発売が決定とな!
 嬉しいとか楽しみとか思いのたけをぶちまけたら長くなるので、取り敢えずこれだけ言わせてください。

 出すのが遅いわ!
 どれだけこの時を待ったことか‼

 こんなテンションで書いたので今回は色々とやらかしました(笑)


第6話 ハッピーハロウィーン / 夢の亡霊

「ハロウィンイベント?」

 帰り道に寄ったハンバーガーショップで、店内を彩る装飾を眺めながら穂乃果は反芻する。「ええ」と、その提案をしてきた絵里が席につく全員に尋ねる。

「皆ハロウィンは知ってるでしょ?」

 花陽が窓際に置かれたジャックオランタンへ視線を向ける。

「ここにも飾ってあるカボチャとかの?」

 一応知っているが、あまり馴染みがないといった様子だ。他の面々も似たような反応を見せる。巧も同様だ。高坂父が先月からカボチャを使った新作和菓子の試作に取り掛かっていて、巧もよく味見を手伝っていた。とはいえ、高坂父もあまりハロウィンを知らないようだったが。

「実は今年、秋葉をハロウィンストリートにするイベントがあるらしくてね。地元のスクールアイドルであるA-RISEとμ’sにも出演依頼が来ているのよ」

 絵里の説明を聞いて、穂乃果は感慨深そうに「ほえー」と漏らす。

「予選を突破してからというもの何だか凄いね」

 「でもそれって歌うってこと?」と、イベント出演に伴うことを真姫が尋ねる。アイドルが単に顔見せだけで依頼はされないだろう。真姫の予想は当たっていて、「そうみたいやね」と希が答える。

「ありがたい話だけど、この前のファッションショーといい、こんなことやってて良いの? 最終予選も近いのに」

 真姫の言う通り、今のμ’sは最終予選に向けて新曲の製作と練習に打ち込みたいところだ。期間はあと1ヶ月と少ししかない。

 「そうよ」とにこも同意している。

「わたし達の目標はラブライブ優勝でしょ?」

「確かにそうだけど、こういう地道な活動も重要よ。イベントにはテレビ局の取材も来るみたいだし」

 絵里がそう言うと、「えええええ、テレビ!?」とにこは興奮のあまり立ち上がる。「態度変わりすぎ」と真姫が呆れ気味に言う。みっともないから座れ、と巧も思いながらパンプキンジュースを飲む。馴染みがない味で、一口だけ口に含んで紙コップを置いた。

「A-RISEと一緒ってことは、みんな注目するよね。緊張しちゃうな」

 不安と期待の両方を感じさせる面持ちで花陽が言う。

「でも、それだけ名前覚えてもらうチャンスだよ」

 「そうよ」とにこが凛の言葉を引き継ぐ。

「A-RISEよりインパクトの強いパフォーマンスでお客さんの脳裏にわたし達の存在を焼き付けるのよ!」

 「おおー」と興奮が伝播したのか、穂乃果が未だ冷めた様子の真姫へと向いて。

「真姫ちゃん、これからはインパクトだよ!」

 真姫が無言で呆れた視線を返しているところで、巧はこの場に覚える違和感を指摘する。

「そういや、海未とことりはどうしたんだ?」

 「生徒会じゃないの?」と真姫が答える。2人が生徒会の仕事をしているというのなら、何故この場に穂乃果がいるのか。

「お前、生徒会の仕事しなくていいのか?」

 巧がそう言うと、穂乃果の顔から血の気が一気に引いていく。まさか忘れていたのか、と巧がため息をつくと、丁度ローファーの靴音がこちらへと近付いてくる。

「ごきげんよう」

 海未が穏やかに言う。隣にいることりは「さ、探したんだよ………」と所在なさげに微笑んでいて、穂乃果は表情を引きつらせる。

 「へえ」と海未は笑みを浮かべる。

「これからはインパクト、なんですね」

 穂乃果は乾いた笑みを返して、次に恐怖の色を表情に出した。

「こんなインパクト、いらない………」

 

 ♦

 インパクト。

 その単語を何度聞いたことだろう。数える気にもなれず、巧の脳裏にもずっとインパクトという単語が貼り付いて離れなくなっている。メンバーの間では何かにつけてインパクトだ。秋葉原のハロウィンイベントでいかに客の印象に残るか。それについてはミーティングの度に議題として挙がっているが、未だに結論は出ていない。

 出演依頼は、単純にイベントを盛り上げてほしいということだ。別に大会じゃないし、気を張る必要もない。当初穂乃果はその姿勢だったのだが、にこを始めとして他のメンバー達はとにかくインパクトを求めている。というのも、イベントにはA-RISEも出演するというのが最もな理由だ。客の印象に残れば、最終予選の投票にも優位に働く。

 即ち、イベントは前哨戦ということ。

「今日から始まりました秋葉ハロウィンフェスタ! テレビの前の皆、はっちゃけてるかい‼」

 マイクを片手に女性司会者がやたら意気揚々と進行を務めている。路上に特設されたステージに集まる観客達は歓声で応え、普段から人が多い秋葉原の街を盛り上げている。μ’s代表として制服で赴いた穂乃果、にこ、凛よりも仮装した観客と司会者のほうがインパクトを感じる。

「ご覧の通りイベントは大盛り上がり! 仮装を楽しんでいる人もたくさん! 皆もまだ間に合うよ!」

 「そして何となんと!」と司会者はステージに所在なさげに立っている3人へと近付く。

「イベントの最終日にはスクールアイドルがライブを披露してくれるんだ!」

 「やっほー! はっちゃけてる?」と司会者に振られた穂乃果は「あ、う……」と緊張した面持ちで口ごもる。死んでもあの司会者とは絡みたくないな、と観客に混ざっている巧は思った。

「ライブにかけての意気込みをどうぞ!」

「せ、精一杯頑張ります……」

 マイクがあるから辛うじて聞こえた。穂乃果はすっかり場の雰囲気に圧倒されているらしい。「よーし!」と司会者は次に凛の隣に移動する。

「そこの君にも聞いちゃうぞ!」

 「ライブ頑張るにゃん」という凛の受け答えは好評のようで、観客達は口々に「可愛い」と言って司会者も凛に頬ずりしている。

「さあというわけで、音ノ木坂学院スクールアイドルでした!」

 司会者の前に、にこがいつものポーズを取ろうとしたのだが、無視されてしまったことへの慰めは後で2人が処理してくれるだろう。

 「そしてそして」という司会者の進行に伴い、スタッフがステージに薄型テレビを台車に乗せて運んでくる。電源が入ると、小さな画面にA-RISEの3人が映る。

「なあんと、A-RISEもライブに参戦だ!」

 会場に歓声が沸き上がる。μ’sの3人が紹介された時よりも大盛況で、思わず鼓膜が破れてしまいそうな巧は耳を手で塞ぐ。画面のなかでツバサが喋り始めるのだが、彼女が何か言う度に歓声が沸くものだからろくに聞こえない。

『わたし達は常日頃、新しいものを取り入れて進化していきたいと考えています。このハロウィンイベントでも、自分達のイメージを良い意味で壊したいですね』

 画面が切り替わり、3人の衣装がハロウィン仕様へと変わる。魔女の装いになったツバサが『ハッピーハロウィーン』と言うと、破裂音と共に紙吹雪が舞い上がる。ひらひらと紙片は宙を舞い降り注いでくる。歓声の中から司会者の声が聞こえてくる。

「何ということでしょう! さすがA-RISE、素晴らしいインパクト! このハロウィンイベント、目が離せないぞ‼」

 ステージを見やるとμ’sの3人はぼんやりと紙吹雪を眺めている。完全に先を越された。μ’sが現状のイメージを打開しようとするように、A-RISEも新しい試みを始めているのだ。流石は前大会優勝グループだ。会場を盛り上げることに抜かりがない。きっと、出演依頼を受けた頃から演出を練っていたのだろう。

 感心するが、巧にとってこの大音響は体に毒だ。人混みから抜けて深呼吸しているところに、「乾さん」と声をかけられる。見やると、彩子が愛衣、里香と並んで立っている。

「凄いでしょ? この演出、わたし達の案なんですよ」

 「紙吹雪はやっぱり鉄板だよね」と愛衣が満足気に会場を眺めている。

「本当は、わたし達のステージでやるはずだったんですけど………」

 里香が肩を落として言った。

「お前らの?」

 巧が聞くと、里香の代わりに彩子が答えてくれる。

「この前のファッションショーで、プロダクションの人からマネジメント契約の話を持ち掛けられたんです。ライブの話もあったんですけど、学校から反対されて破談になっちゃって」

 「でもさ」と愛衣が。

「結果的には良かったじゃない。調べてみたらあの事務所評判悪かったし。下手したら過激なイメビとか撮らされたかもよ」

 愛衣の表情は明るいが、それが取り繕ったものに見える。せっかくのチャンスだったのだ。落ち込まなかったなんてことは無いだろう。

 巧は未だ止まない歓声に包まれた秋葉原の街を見渡す。この街に溢れる夢。叶わなかった夢はどこへ行くのか。ただ虚無へと還り、世界は何事もなかったかのように回り続ける。この世界で、どれだけの夢が叶い、潰えていくのだろう。

「乾さんは、μ’sの子達の夢を守っているんですか?」

 巧の隣へ来た彩子がそう尋ねてくる。「ああ」と巧は答える。彩子は更に質問を重ねた。

「叶うと思いますか?」

「さあな。あいつらの夢を叶えるのは俺じゃない」

「じゃあ、何で」

 質問に答えるのに、巧はしばし逡巡を挟む。

 もし夢が、少女達の成長を促すための通過儀礼に過ぎないとしたら。それが叶っても叶わなくても、辿る未来は同じで意味などなかったとしたら。

「俺が守りたいから、かな」

 巧にはそう答えるしかなかった。

 

 ♦

 μ’sの結成から時間が経ってだらけた空気が生じている。

 

 インパクトについて考えているとき、海未はそう言っていたらしい。だからやるからには思い切り変えようと、巧が学校に来るとメンバー達はいつもとは趣が全く異なる衣装に袖を通していた。作ったのではなく、他の部活を回ってかき集めてきたらしい。

 巧はμ’sの方針には極力口を出さない姿勢を取っていたのだが、グラウンドに集まった彼女らを見て少しは干渉すべきだったと思った。

「あなたの想いをリターンエース。高坂穂乃果です!」

 打ち返すという意味を分かって言っているのか。

「誘惑リボンで狂わせるわ。西木野真姫!」

 お前もよく付き合っているな。

「剥かないで。まだまだわたしは青い果実。小泉花陽です!」

 その衣装はどの部から借りてきた。

「スピリチュアル東洋の魔女。東條希!」

 フレーズが随分と懐かしいな。

「恋愛未満の化学式。園田海未です!」

 お前は弓道部の道着でいいだろう。

「わたしのシュートでハートのマーク付けちゃうぞ。南ことり!」

 シュートを人にぶつけるつもりか。

「キュートスプラーッシュ! 星空凛!」

 秋なのにスクール水着は寒くないのか。

「必殺のピンクポンポン。絢瀬絵里よ!」

 お前はこの茶番を止めろ。

「そしてわたし。不動のセンター矢澤にこにこー!」

 ……………………………………。

「わたし達、部活系アイドルμ’sです!」

 全員でポーズを決めながらそう言うと、一拍遅れて「ってわたし顔見えないじゃない!」と剣道着姿のにこが地団太を踏む。

「いつもと違って新鮮やね」

 バレーボールのユニフォームを着た希は満更でもなさそうだが、隣に立つレオタード姿の真姫は腕を組んで眉根を寄せている。

「スクールアイドルってことを考えると、色んな部活の服を着るというコンセプトは悪くないわね」

 チアリーディングの衣装を着た絵里はそう分析するが、「でも、これだと何か……」と巨大なミカンの着ぐるみを着た花陽が申し訳なさそうに口を挟む。その続きは兜を脱いだにこが引き継ぐ。

「ふざけてるみたいじゃない!」

 「そんなことないよ!」とテニスウェアを着た穂乃果は反論する。「すいすいー!」とその辺で泳ぎの真似事をしている凛はなるべく見ないようにしよう、と巧は視線を逸らす。鬱陶しくて怒鳴ってしまいそうだ。

 「ひとつ良いですか」と白衣を着た海未が穂乃果に尋ねる。

「わたしのこの格好は一体、何の部活なのでしょうか?」

「科学部だよ!」

「では花陽のこれは?」

「多分、演劇部?」

 「ていうか」と真姫がようやく口を開く。

「そもそもこれでステージに上がるなんてあり得ないでしょ」

 その言葉でようやく冷静にものが見えたのか、絵里が呟く。

「確かに……」

 案が出た段階で気付け、と巧は思った。

 

 ♦

 衣装を各部へと返却し、部室でミーティング、というよりも反省会を経て、巧はメンバーよりも一足先に屋上へと向かった。新しい衣装に着替えるからと追い出されたが、嫌な予感がしてたまらない。

 その予感は見事に的中してしまうものだ。

「おはようございまーす!」

 いつもの口調で海未の練習着を着た穂乃果が屋上へと出てくる。「あっ」と声を漏らした後、改めて普段とは真逆な落ち着いた口調になる。

「ごきげんよう」

 「海未、ハラショー」と絵里の練習着を着て、髪型をいつものサイドテールからポニーテールへと変えたことりが出迎える。「絵里、早いですね」と穂乃果は返した。

 「そして凛も」と2人は海未へと向く。凛の練習着を着た海未は恥ずかしそうに俯いている。以前のストリートダンサー然とした練習着だったら羞恥も無かっただろうが、ファッションショーでこれまでの迷いが消えたのか、凛はミニスカートの練習着を新調した。良い傾向だと思っていたが、まさかこんな事になるとは予想もつかなかった。

「無理です!」

 スカートを手で抑えながら海未が悲痛に言う。凛よりも背が高いからスカート丈が短くなってしまうのだろう。

「駄目ですよ。ちゃんと凛になりきってください」

 穂乃果がそう言って海未に詰め寄る。

「あなたが言い出したのでしょう。空気を変えてみた方が良いと」

 「さあ凛!」と穂乃果が促すと、目に涙すら浮かべていた海未は意を決したのか「にゃー!」と両手を挙げる。

「さあ、今日も練習いっくにゃー!」

 後で膝を抱えなければいいが。巧がそう思っていると、「何それ意味わかんない」と真姫の練習着を着た凛が本物と同様に髪を指先でいじっている。こちらは本物よりも背が低いからレギンスの裾が余っている。

「真姫、そんな話し方はいけません」

 穂乃果が嗜めると、凛は「面倒な人」とそっぽを向く。堪えられなかったのか、希の練習着を着た真姫が「ちょっと凛!」とドアを乱暴に開けて出てくる。

「それわたしの真似でしょ? やめて!」

「お断りします」

 よく似ている、とは本人の前で言わないほうが良さそうだ。

「おはようございます、希」

 そう挨拶をする穂乃果に真姫は引きつった笑みを浮かべる。怯えているようにも見えた。「喋らないのはずるいにゃー」と海未が抱きついて、「そうよ、皆で決めたでしょ」とことりが本物に似た口調で言う。

 「べ、別にそんなこと……」と抵抗を試みるも、この場を逃げ切るのは不可能と悟ったのか真姫は顔を真っ赤に染める。

「言った覚え……、ないやん」

「希、凄いです!」

 穂乃果がそう言ったところで、ドアが開いて次のメンバーが入ってくる。

「にっこにっこにー! あなたのハートににこにこにー。笑顔届ける矢澤にこにこー。青空も、にこ!」

 「ハラショー」とことりがにこの練習着を着た花陽にサムズアップする。

「にこは思ったよりにこっぽいわね」

 そんな仕草を絵里はしていたか、と思いながら巧も花陽に感心する。本物よりも鬱陶しさがない分、こっちのほうがまだ見られる。

 「にこ!」と返す花陽の肩を、ことりの練習着を着たにこが掴む。笑顔を浮かべているが引きつっている。

「にこちゃん、にこはそんな感じじゃないよ」

 「ことり」と呼ぶ穂乃果の隣で本物が苦笑を浮かべている。目の前で自分の真似をされたら誰だって何か思うことはあるだろう。そう思いながら巧は買っておいた缶コーヒーのプルトップを空けて中身を啜る。

 丁度そこへ希がやってきた。

「俺には夢は無い。でもな、夢を守ることはできる。変身!」

 ぶっ、と巧はコーヒーを吹き出してしまう。幸いメンバー達から離れていたから掛かることはなかった。咳き込みながら巧は自分の服を着た希を凝視する。直前に服を上下一式持ってくるようにと家まで取りに行かされたのはこのためだったのか。男物の服だから希にはサイズが大きすぎて、コートの裾から手は半分も出ていない。しかも律儀にファイズギアまで腰に巻いてフォンを掲げている。流石にコード入力まではしていないが。

「大変です!」

 冷静になる前に、花陽の練習着を着た絵里が出てきてメンバー達の視線を集める。「どうしたのです?」と穂乃果が聞くと絵里は胸に手を当てて深呼吸し、「み、皆が……。皆があああ」と伸ばす。メンバー達が待った末、絵里は目を細めて告げた。

「変よ」

「気付くのおせーよ」

 「てか」と巧は希に詰め寄ってその手からフォンを取り上げる。

「何でお前は俺の服着てんだよ! 穂乃果のじゃねーのか?」

「んー、ボーイッシュな?」

 希は悪びれもせずに笑って言う。

「大体俺はそんなこと言ったか?」

 言ったことはあるのだが、当時はまだμ’sと出会う前だったわけで。

「言ってないけど、何となく巧さんっぽいなって」

「お前なあ………」

 呆れて何も言えなくなる。「そうだよ」と穂乃果が言った。

「たっくんにだって夢はあるんだし」

 「え、どんな?」と凛が興味を持ち始めて、「えっとねー」と喋り出しそうな穂乃果の肩を巧は掴む。

「言うな」

「え? 別に良いじゃ――」

「良くねえ」

 巧の剣幕に押され、穂乃果は「う、うん……」とおそるおそる頷いた。

 

 ♦

 いっそアイドルらしさから離れてみてはどうか。

 

 反省会の場で絵里はそう言っていた。正直、巧にはアイドルはどのグループも似たり寄ったりに見える。だから絵里の意見には一理あるし、にこも新しさとは根本のイメージを変えるものと言っていた。

 そんな従来のイメージと大きく離れた衣装に袖を通したメンバー達を見て、巧はやっぱり自分も意見すべきだったと不干渉を悔いた。だがもう後の祭りで、下校する生徒達を茂みから見定める彼女らをただ傍観することしかできずにいる。こんなことで自分の無力さを痛感するとは思わなかった。

 茂みの中から彼女らが飛び出してくると、放課後どこへ遊びに行くかと会話に華を咲かせていた生徒達が悲鳴をあげる。

 黒革のヘヴィメタル風の衣装を着たメンバー達。そのセンターに立つ穂乃果はマントを翻して、白と黒のメイクを施した顔を向けて「くはあっ」と吼える。

「皆さん、お久しぶり。我々はスクールアイドル、μ’sである」

 全員が同じ趣の衣装なのだが、表情から殆どがあまり乗り気でないことが分かる。凛と希はどこか楽しそうに見えるのは気のせいだと思いたい。誰も反対意見を出さなかったのはそれほど切羽詰まった状況だからとか、よくその衣装を揃えたとか色々と思考が駆け巡っていくのだが、全て無意味に思えてくる。だから巧は思考を止めた。もはや呆れ果てた。

 凄みのきいた声色で穂乃果は続ける。

「今日はイメージを覆す、アナーキーでパンクな――」

 そこでメンバー全員で何やら訳の分からないポーズを取り、一斉に告げる。

「新たなμ’sを見ていくがいい!」

 目を剥いていた生徒達はようやく恐怖の硬直が解けたのか、悲鳴と共に逃げていく。それを見て穂乃果は「おお!」と。

「これはインパクト大みたいだね!」

「いけそうな気がするにゃ!」

 凛も手応えを感じているようだが、そこへ校舎からアナウンスが聞こえてくる。

『アイドル研究部μ’sの皆さんと、マネージャーの乾巧さん。今すぐ理事長室に来てください。繰り返します』

 

 ♦

 理事長室に入ってきたヘヴィメタル衣装のメンバー達を見ても、理事長は特に反応を示すことなく、冷めた視線を向けている。多分、窓から一部始終を見ていたのだろう。メンバー達も頭が冷えたのか、先ほどの威勢が失せてかしこまっている。

 理事長の視線が巧へと移るも、無言のまま戻して尋ねる。

「説明してもらえるかしら?」

 戒めるようなものはなく、穏やかな質問だった。「えーと……」と宙を眺めた穂乃果は呟く。

「何でだっけ?」

 「覚えてないんですか?」と海未が言う。もっとも、巧も何でこうなったのか分からずにいるのだが。

 「理事長」と焦った様子で絵里が弁明を試みる。

「違うんです。ふざけていたわけではないんです!」

 その顔で言われても説得力が無い。理事長の表情から、何となくそう言いたいだろうなと巧は思った。

 「そうなの」とことりも。

「ラブライブに出るためにはどうしたら良いかって皆で話し合って………」

「今までの枠に囚われていては、新しい何かは生み出せないと思ったのです」

 海未も加わるのだが、やはりその顔では説得力が皆無だ。フォローを受けた穂乃果は「そうなんです」と語気を強める。

「わたし達、本気だったんです。怒られるなんて心外です!」

 興奮のあまり持っていた鎖を落として、穂乃果はそれを慌てて拾う。因みにその鎖は巧のウォレットチェーンだ。小道具に良いから貸して欲しいとせがまれたのだ。

「と、とにかく、怒られるのは納得できません!」

 ため息の後、理事長は「分かったわ」と穏やかに微笑む。いくら何でも甘すぎないか、と巧が思っていると。

「じゃあ最終予選はそれで出るということね?」

 「え?」と穂乃果は間の抜けた声をあげる。笑みを崩さず、理事長は続ける。

「それならば、今後その姿で活動することを許可するわ」

 理事長は笑顔だが、どこか圧を感じる。流石に感じ取ったのか、穂乃果は「え……」と口ごもった後に、気をつけをして頭を深々と下げる。他のメンバー達もそれにならった。

「すみませんでした!」

 肩を落としてメンバー達は理事長室を後にする。これからまた反省会だろうな、と思いながら巧も後に続こうとするのだが、「乾さんは残ってください」と理事長に呼び止められた。

 ひどく疲れたようで、理事良はこめかみに指を当ててため息をつく。

「ああいうことをしないよう、あなたにマネージャーをやってもらっているのに………」

「………悪かった」

「まあ、あの子達も反省しているようなのでうるさくは言いません。それよりも、これを見てください」

 理事長はPCの画面を巧へと向ける。画面には誰でも名前を知っていそうな大手電子部品メーカーのホームページが表示されている。

「これがどうした?」

「ここを」

 理事長は画面の隅を指さす。企業の取引先が記載されていて、数多くある企業名の中からその社名を見つけ、巧は目を剥く。

 スマートブレイン株式会社。

「これは……」

「スマートブレインを見つけることができました。ただ、妙なんです」

「妙?」

「こうして企業活動をしていることは確認できるのですが、会社のホームページが見つからないんです。ホームページくらいなら零細企業でも製作できるはずなのに。あの企業は、実体が無いも同然なんです」

 まるで幽霊みたいだな、と巧は思った。でも、その比喩は的を射ているのかもしれない。スマートブレインは今や企業ではなく、「王」を復活させるための集団に過ぎない。世界から人間が消えてオルフェノクの楽園が築かれれば、もはや人間が長い歴史を経て作ってきた社会など不要なのだ。

 まさに幽霊だ。3年前の戦いで生まれた怨念が、今になって呪詛を撒き散らそうとしている。

「そうか。あんたはもう首を突っ込まないほうが良い」

 巧がそう言うと、理事長は納得できない様子で巧の顔をしばし見つめる。

「スマートブレインを壊滅させ、『王』を倒せば、あなたの戦いは終わるんですか?」

「ああ」

 「王」とロブスターオルフェノクを倒すことで戦いに終止符が打たれるのか。それは巧にも分からない。「王」が死んでもしばらくの間オルフェノクは存在しているだろうし、まだ力に溺れる者が人間を襲うかもしれない。

 でも、それでも「王」が死ねばオルフェノクは滅びる。世界から灰色の種が完全に排される未来はそう遠くはない。

「あなたに残された時間がそう長くないことは承知です。ですが、あなたの人生はそれだけではないでしょう?」

 何故そんなことを聞くのだろう。その疑問を表情に出して、巧は無言で佇む。

「過酷な事を任せっきりな私が言えることではありませんが、あなた自身のこれからを考えてみてください。たとえオルフェノクでも、あなたにだって穏やかに生きる権利はあるはずです」

 これから。

 そんなことは常に考えていたことだ。オルフェノクである自分はどう生きていけばいいのか。以前は「いま」の生き方に迷っていた。それは既に、人間として生きると自明に選択している。でも理事長が言っている「これから」とは、今よりもずっと先の未来の話だ。

「考えるのはまだ早いさ。この戦いだって、勝てるか分からないからな」

 そう巧ははぐらかした。

 往人から命を与えられても、巧が生きられるのは長くてあと10年。戦いを終えた後にどうするのか、具体的にはまだ決めていないが断言できることがある。

 木場との約束を果たす。

 死後の世界が存在するのかは分からないが、叶うのなら向こうに行くとき、答えを木場への土産にしていきたい。

 だから答えを見つけ出す。

 

 ♦

 チーズの香り。酸化したビールの香り。紫煙の香り。

 海堂のマンションは色々な香りが入り混じり充満している。こんな部屋にしばらくの間住んでいたなんて、今思えばよく耐えられたものだ。その前にはホームレスの悪臭に満ちた集落に住んでいたから、しっかりとした造りの住居というだけで満足していたのかもしれない。

 部屋の主である海堂は例に漏れずデリバリーピザで巧と琢磨、そして往人をもてなした。ピザ屋もハロウィンフェアらしく、テーブルに置かれたピザには薄くスライスしたカボチャが乗っている。

「週末のイベント、上手くいきそうか?」

 ピザを咥えながら、間の抜けた顔で海堂が尋ねる。

「まだ分からんさ。何かと行き詰まってるからな」

「おいおい大丈夫かよ? 俺楽しみにしてんのに。ちゅーか往人だって穂乃果ちゃんのハロウィン衣装見たいよな?」

 往人はピザを取る手を止めて、「え、ああ、はい……」と歯切れ悪く答える。

「楽しみにしてばかりもいられませんよ」

 呆れた様子でノートPCを立ち上げた琢磨が告げる。

「イベントを襲撃することが決定したのですから、できることならμ’sには出演を辞退してもらった方がありがたいですね」

 「懲りねえよなー」とピザを咀嚼しながら海堂はソファに背を預ける。

「またひとりだけで来るんだろ? 時間稼ぎにもなりやしねえ。んなもん乾がさっさと片付けちまうんだから軍団率いてくりゃ良いじゃねーか」

 往人が苦笑を浮かべ、琢磨は呆れを露骨に出す。

「少しは事情を知っておいてください。霧江さんでも知っていることですよ」

 「マジか!?」と海堂は往人を凝視する。琢磨は面倒臭そうに海堂を一瞥した。

「まあ、ある意味で時間稼ぎではありますがね。スマートブレインの最優先事項は『王』の復活ですから。現状では、音ノ木坂学院の廃校はあまり重視されなくなっています」

 「いつ、『王』は目覚めるんですか?」と往人が尋ねる。同じ疑問を巧も抱いている。音ノ木坂学院の廃校を後回しにするとなれば、「王」の復活はそう遠いものでなくなっているということだ。

「今のペースで補給を受ければ、来年の始めには」

 「そんなに早く……」と往人は絶句する。巧は咥内にまとわりついたピザの脂をコーラで流し込み、口を開く。

「なら、今のうちに奴を倒すべきじゃないのか」

「いえ、まだです」

 琢磨が即答し、巧は苛立ちを露骨に表す。

「俺の体はもう大丈夫だろ。だったら――」

「言ったはずです。冴子さんを倒す術を見つけなければいけないと」

 あくまで、琢磨は冷静に告げる。ノートPCの画面を巧達へと向けて「これを」と示す。液晶には動画が映し出されていて、琢磨がマウスをクリックすると画面の隅に表示されたタイムコードが走り出す。

 真っ白な背景の中心で、灰色の球体が震えている。どうやら顕微鏡で覗いたものを撮影したらしい。

「これは冴子さんから採取された細胞です」

 琢磨の説明を受け、巧と往人、海堂までもが画面に視線を固定する。細胞はしばらく震えた後にぴたりと動きを止めて、青い火の玉のように燃え上がる。

「これって………」

 跡形もなく燃え尽き、真っ白な背景のみになった映像を凝視して往人が呟く。タイムコードが止まり、映像は終わる。

「冴子さんの細胞は栄養補給を断ってから2週間で死滅しました」

 琢磨の説明に眉を潜めた巧は「死んだ?」と。琢磨はPCの向きを自分へと戻す。

「冴子さんは、不老ではあっても不死ではないということです。ただ細胞分裂を無限に行えるというだけで、細胞自体は死にます。まあ、これはアポトーシスのために残された機能だと思いますが」

 「アポ……あんだって?」と海堂が聞く。話の進行を止められたことが気に食わないのか、琢磨は眉根を寄せながら答える。

「例えば癌など、異常を起こした細胞を自死させることで肉体を保全させる機能です。新陳代謝のための機能と考えてください」

「不死じゃないってことは、女王様(クイーン)は倒せるってことですか?」

 往人が核心を突いた質問を飛ばす。ロブスターオルフェノクにまだ死という概念が残されているというのなら、その疑問は勿論浮上してくる。

「生物学上では、冴子さんは死にます。ですが細胞分裂のスピードが早い上に制限もない。現にサンプル採取のために腕を切断したのですが、すぐに再生しました。おそらく冴子さんの体には、テロメアを復元させる器官が存在するはずです。それを見つけることができれば――」

「倒せるんだな」

 琢磨の言葉を遮って、巧はそう告げる。倒せるか倒せないか。重要なのはそれだけだ。巧は質問を重ねる。

「それで、奴の何とかを復元する器官てのは何なんだ?」

「それはまだ見つかっていません。研究はしっかりと進んでいますから、焦る必要はありません」

 琢磨は淡々と、冷静に言う。そんな呑気にしていられるか、と思うが、あの“ほぼ”不死身の怪物を倒す術を見つけることは琢磨に一任するしかない。巧は戦うだけだ。

「琢磨、お前は何でオルフェノクが生まれたんだと思う?」

 巧の質問が、部屋にしばしの沈黙をもたらす。同じ質問をされた往人は不安げに巧を見つめ、海堂は火を点けたばかりの煙草を持ったまま何も言わない。琢磨はノートPCを畳んで眼鏡を直し、答える。

「生物の進化に意味などありませんよ。進化はその場しのぎの適応なんです。現在の生態系も、たまたま地球環境の変化にうまく適応できた種の集まりに過ぎません」

 草食動物は肉食動物に食べられ、死んだ肉食動物は土のバクテリアに食べられ、バクテリアは草の根に吸収され、草は草食動物に食べられる。そんなサイクルをもたらす生態系は、所詮は偶然の賜物。一見すれば調和しているようだが、完璧な調和なんてものは存在しない。生物は常に種の存続をかけて競争しているのだ。環境に振り回されて、適応できた種のみが生き残れる。変化できなかった種は滅びるだけ。

 何もかもが偶然だ。恐竜が絶滅するきっかけになった隕石だって、恐竜を滅ぼしてやろうだなんて思惑をもって地球に降ってきたわけじゃない。恐竜だって隕石が降ってきたことで地球が自分達の生きられる環境じゃなくなることは予想もできなかっただろう。恐竜という種が姿を消したから、天敵がいなくなった哺乳類が地球を支配する種として広がっていった。それもまた、ありとあらゆる地で生きていくための適応だった。

 そう、全ては生きるためだ。そこに神の意思なんてものは介在しない。生物の最優先事項は種の生存という単純な規定で成り立っている。

「じゃあ、オルフェノクは何に対する適応だってんだ?」

 煙草を吹かした海堂が聞く。琢磨は周囲に漂う紫煙を手で払い、答えた。

「死に対する適応、と言うべきですかね」

 「死って……」と往人が呟く。琢磨は続ける。

「人間はあらゆる環境に適応できるよう進化しました。構造上、感覚器官は他の生物よりも退化していますが、鈍感な分知能が発達し、どんな過酷な環境でも科学を駆使して自分達に適した環境を作り出してしまうので、もう人体構造を変える必要性がなくなっているんです。人間に残された最後の課題は死だったんですよ」

「ちゅーかオルフェノクのどこが死ぬことに適応してるんだ? 進化しといて寿命短くなってんじゃねーか」

 海堂がそう言うと、「その課題をクリアするのが『王』です」と琢磨は答える。

「先程も言った通り、進化はその場しのぎです。オルフェノクはその場の死を回避するために偶然発生しただけで、寿命を克服するに至らなかった。だから完全な克服のために、『王』という永遠の命を与える個体の発生を待たなければならなかったんです」

 適応するべきものを失った種の末路。

 見出した次の適応は死の克服。

 生物は生存し、子孫を残すことを至上の目的としている。

 産めよ。

 増えよ。

 地に満ちよ。

 その遺伝子の命令に従っていた生物の常識が覆されようとしている。例えば、こんな風に。

 生きよ。

 統べよ。

 地に座しよ。

 聖書でアダムとイヴは知恵の実を食べた故に楽園を追放された。もうひとつの禁断の果実、生命の実を食べて永遠の命を得ることを神が恐れたから。

 神話でも成し遂げられなかったことが、オルフェノクという種によって果たされようとしている。禁断の果実を撒き散らす「王」によって。

 

 ♦

 世間はすっかりハロウィンムードだ。繁華街の街路樹はジャックオランタンで飾り付けられ、夜の街をオレンジ色に照らしている。

「俺達の戦いって、無意味だと思いますか?」

 ガソリンスタンドでオートバジンの給油をしている途中、往人が尋ねてくる。彼の家は少し離れているから巧が送ることになったのだ。

「命に意味がないって言ったのはお前だろ」

「すみません………」

 タンクにガソリンを流す巧に、往人は申し訳なさそうに謝罪する。

「でも、どうしても考えちゃうんです。命に意味が無いなら、夢も意味のないものになるんじゃないかって。そんなの、寂しすぎますよ」

「ああ、そうだな」

 巧は考える。夢が無意味で、文明が人類の夢見る幻想を実現しているというのなら、夢の産物であるその全ては無意味の一言で片付いてしまう。エジソンが電灯を発明しなかったとしても、別の人物が電灯というものを作ったかもしれない。啓太郎の世界中の洗濯物を真っ白にしたいという夢も、真理の美容師になりたいという夢も、μ’sのラブライブ優勝という夢も、そして巧自身の夢も、別の誰かが叶えてくれるのだろうか。

 叶えてくれるかもしれないし、そんな人物は現れないかもしれない。

 進化がその場しのぎだというのなら、人間の得た知能も、そこから発生した夢という概念も、進化の産物だ。今は必要でも、その概念はいつか不要になって消滅するのかもしれない。ならば、なぜ人は夢を見るのか。いつ人は、夢が生存に必要などと獲得するに至ったのか。

 答えられる者はいないだろう。象やキリンも、なぜ自分達の鼻や首が長くなったのかなんて考えもしない。理由は人間が勝手に研究し意味を付けただけだ。

「巧さん」

 不意にその声が聞こえてくる。給油ノズルの引き金から指を放して振り返ると、ことり、にこ、花陽の3人が歩いてくる。

「あれ、霧江君?」

 往人に気付いたことりが、目を丸くして彼を呼ぶ。「南、久しぶり」と往人は当たり障りのない挨拶をする。「知り合いなの?」とにこが聞いた。

「うん、中学のクラスメートなの」

 ことりがそう紹介すると、花陽が律儀にお辞儀をする。

「初めまして、小泉花陽です」

「霧江往人です。μ’sの動画いつも見てます」

 「本当!?」とにこが分かりやすく表情を明るくして往人に寄る。にこは笑顔なのだが往人は少し怖がっているようで、それを誤魔化すように苦笑を浮かべる。

「矢澤にこさんですよね。会えて嬉しい、です……」

「にこも嬉しいよー! でもお、にこは皆のにこだからあ――」

 スイッチが入ったのか、巧は猫なで声になったにこの首根っこを掴んで往人から離す。にこは表情を180度変えて巧を睨む。

「何すんのよせっかくのファンなのに!」

「お前のファンじゃねーよ」

 やり取りを傍観していたことりは苦笑し、巧と往人を交互に眺めて尋ねてくる。

「2人って、知り合いなんですか?」

 「ああ、うん。ちょっとね」と往人が答える。あまり嘘をつくのが上手くないらしい。

「てか、お前らこんな遅くまでどうしたんだ?」

 巧の質問には花陽が答えた。

「ことりちゃんの家で衣装作ることになって。帰りに送ってもらってるんです」

「そうか。インパクトとかはもう良いのか」

 「良くないわよ!」とにこが噛みつくように言う。

「とんだ貧乏くじよ。面倒事押し付けられて」

 「仕方ないよ」と花陽が。

「皆は他の準備とかあるし、ライブまで時間ないから」

 どうやら方向性は未だに定まっていないらしい。とはいえ、もう当日まで時間が無いのは確かだ。衣装はそろそろ完成させておいた方が良いだろう。

「まあ、あんな茶番で時間くったらな」

 「そうよ!」とにこがしかめ面で巧に同意を示す。だがことりは満更でもなさそうに微笑を浮かべている。

「そんなに無駄じゃなかったと思いますよ」

「はあ? どこが?」とにこが問う。隣に往人がいることを忘れてはいないか、と思いながらも、巧は敢えて気にせずことりの言葉を待つ。

「わたしは楽しかったですよ。お陰で衣装のデザインのヒントも貰えましたし」

「お前衣装押し付けられて慣れてるだけなんじゃねーか?」

「わたしにはわたしの役目がある。今までだってそうですよ。わたしは皆が決めたこと、やりたいことにずっと付いていきたいんです。道に迷いそうになることもあるけど、それが無駄になるとは思わないんです」

 「無駄に、ならない?」と聞く往人へ向き、ことりは言う。

「うん。皆が集まってそれぞれの役目をやり切れば、素敵な未来が待ってるんじゃないかな?」

 人は無意味であることに耐えられない。往人はそう言っていた。それは真実かもしれない。でも、巧のなかにはそれを否定したいという想いが存在している。その理由が、ことりの迷いのない笑顔から分かった気がした。

 人は無意味であることに耐えられないからこそ意味を見出す。その見出されたものが夢なのだ。そこにあるのが無でも、人は何かを生み出せる。暗闇から光を目指し突き進むことができる。だから、巧は彼女らの夢を守りたいと願っているのだ。人間が持つ夢の熱さが未来をもたらすと。

「ライブ、霧江君も来てね。海未ちゃんと穂乃果ちゃんも喜ぶから。穂乃果ちゃんの衣装、とっても可愛いよ。勿論、皆可愛いけど」

「何で高坂を強調するわけ?」

 「だって……」とことりの笑みが含みを帯びる。

「霧江君、穂乃果ちゃんのこと好きだったでしょ?」

「え?」

 「そうなの!?」、「本当ですか!?」とにこ、花陽がひどく興奮した様子で往人に詰め寄る。往人はおそるおそる、ことりに尋ねる。

「知ってたの?」

「うん。穂乃果ちゃんは気付いてなかったけど」

 往人の好意に気付いていながら何もしないとは、ことりも意地が悪い。もっとも、周りが余計な手出しをすることでもないとは思う。

「駄目です! 穂乃果ちゃんはμ’sのリーダーなんです。恋愛なんてしたら………!」

 花陽がわなわなと震えながら喚く。にこも往人に人差し指を突きつける。

「いい? 今わたし達は大事な時期なの。穂乃果に手出すんじゃないわよ!」

 巧はことりに視線を向ける。この女やっぱり腹の底は黒いな、と思いながら。ことりは笑みを崩すことなく「でも」と。

「霧江君なら、穂乃果ちゃんと上手くいくと思うな」

 

 ♦

「トリックオアトリート! いやっほう! はっちゃけてるう?」

 女性司会者がカメラの前でイベントの盛り上がりを実況している。あんなに興奮して疲れないのだろうか、と思いながら巧は仮装した人々の行き交う秋葉原の街を眺める。

「お前、昼間に俺といて良いのか?」

 巧は隣を歩く往人に尋ねる。

「μ’sのファンとして乾さんに近付いてることになってるので、大丈夫ですよ」

「スパイってやつか」

「まあ、そんなところです。海堂さんが推薦してくれたんですよ」

 単純だが、カモフラージュとしては得策かもしれない。μ’sの熱狂的ファンだと音ノ木坂学院を訪ねた男達を何度か追い払ったこともある。

 この日の秋葉原を表すならば、「混沌」という言葉が1番だろう。所々ではジャックオランタンの被り物で頭を覆うイベントスタッフが踊り、道行く人々も日常生活では着ないであろう衣装に袖を通し、普段通りの格好をしている者が逆に浮いて見える。もしこの中にオルフェノクが異形の姿で混ざったとしても、リアルなモンスターのコスプレと通ってしまいそうだ。現に見事な腐敗を表現したゾンビが千鳥足で歩いている。

 「たっくーん!」という声が聞こえて、巧と往人は同時に振り返る。手を振りながら穂乃果が走ってくる。穂乃果の視線が往人へと向いて、往人は照れ臭そうに「よう、久しぶり」と言う。

「霧江君、久しぶりだね! ライブ観に来てくれたんだ」

 きゃんきゃん、とまるで子犬のように穂乃果は喚く。「うん」と往人は頷く。

「高坂がアイドルやってるって知って驚いたよ。でも、良いグループだと思う。皆が個性的でさ」

 往人はそう言って、後ろの方で集まっているメンバー達へ視線を移す。釣られて穂乃果も。メンバー達は街路に括り付けられたジャックオランタンの巨大風船の前で写真を撮っていた。

「どうしたんだ?」

 無言のままメンバー達を眺める穂乃果に巧は尋ねた。まだインパクトについて考えているのか。結局グループの方向性については定まることなく当日を迎えた。

「たっくん。わたし、このままで良いと思うんだ」

 内容を掴めていない往人は「何のこと?」と疑問を表情に浮かべている。穂乃果は往人へと視線を移す。

「A-RISEが凄くてわたし達も何とか新しくなろうと頑張ってきたけど、わたし達はきっと今のままが1番良いって思ったんだ。だって、霧江君の言う通り皆個性的なんだもん」

 穂乃果はそう言って再びメンバー達を眺める。

「普通の高校生なら似た者同士が集まると思うけど、わたし達は違う。時間をかけてお互いのことを知って、お互いのことを受け入れ合って、ここまで来られた。それが1番、わたし達の特徴なんじゃないかな」

 巧もメンバー達をひとりひとり見比べていく。皆がそれぞれ、趣味趣向が違う。ばらばらで別の方向へと向いていた彼女らは手を取り会い、今は同じ方向へと歩いている。思えば、よくこんな取り纏めのない少女達が集まったものだ。

「わたしはそんなμ’sが好き」

 穂乃果は満面の笑みを浮かべる。結局振り出しに戻ったわけだが、穂乃果の言う皆が異なる個性を持ったμ’sを応援しているファンがいることは確かだ。ならば無理に新しくなるのではなく、今の個性を磨けばいい。

「そっか、頑張れよ。俺、応援してるから」

「うん、ありがとう!」

 穂乃果はメンバー達のもとへと走っていく。彼女の背中をもどかしそうに見つめる往人に、巧はかけるべき言葉を見つけ出すことができない。

「乾さん、霧江君」

 秋葉原の雑音を縫うように、その声は耳孔に入り込んでくる。振り返ると、通行人の中では比較的目立つUTX学院の制服を着た彩子が立っていた。

 

 ♦

 イベントの主な会場となる大通りから脇道へ入ると、そこはハロウィン仕様がすっかり抜けた路地になっている。イベントで浮かれた観衆達も、この路地に入ればいつもの地に足のついた日常へ戻っていくのだろう。だが、イベントの真っ最中である今、人々は浮かれていたい。だから現実へ引き戻される路地には誰もいなかった。

 ビルの落とす影の下で、彩子はどこまでも日陰者だった。悲しそうな両眼が、まるで巧を刺すように見つめてくる。

「イベントを襲うように、女王様(クイーン)から言われました」

 彩子は影に吸い込まれそうなほど弱々しい声で言う。巧はケースから出したベルトを腰に巻いて、フォンを握る。「乾さん……」と往人が何か言いたげだが、「黙ってろ」と巧は言い捨てて黙らせる。

「それで、襲うのか?」

「やりたくありません。でもわたし……、ここに来る前にツバサから言われたんです。頑張ってって。ヴェーチェルはきっと凄いアイドルになれるって」

 彩子の目尻から涙が頬を伝っていく。

「それを言われたとき、わたし思っちゃったんです。偉そうに、って。何で神様はわたしを選んでくれなかったんだろう、って。大事な友達なのに、ツバサを殺したいって思ったんです。人間だったら、すぐできっこないって実行しませんよね。でも、わたしは簡単にツバサを殺せるんですよ。だって、オルフェノクだもん。死体は灰になって残らないし、何食わぬ顔して堂々と学校に行けるんです」

 泣きながら、彩子は笑っている。悲しみに耐えられないから、真逆の感情を抱こうとしているように見える。

「だから、わたしを殺してください。わたしが怪物になる前に」

 「駄目だ!」と往人が叫んだ。

「あなたは人間でいたいって言ってたじゃないですか。オルフェノクの力に負けないでください。俺達は人間として生きられるはずです!」

 「よせ」と巧は往人を手で制す。

「お前の気持ちが分かるなんて都合の良いことは言わないさ。誰もが強く生きられるとは限らないからな」

 多くのオルフェノクが人間としての心を失っていく。巧はそれを散々見てきた。彩子は決して珍しいケースじゃない。

 巧はフォンを開いた。

 5・5・5。ENTER。

『Standing by』

 彩子の顔に筋が浮かぶ。巧は静かに、フォンをバックルに装填する。

「変身」

『Complete』

 彩子はアネモネオルフェノクに、巧はファイズに変身する。アネモネオルフェノクは駆け出し、ファイズに拳を振るってくる。戦うことには慣れていないらしく、胴が空いている。ファイズは容赦なくみぞおちに膝を打ち、よろめいたアネモネオルフェノクの顔面を打ち続ける。

 こいつはオルフェノクだ。

 倒すべき敵だ。

 良心に麻酔をするように、ファイズは攻撃を続ける。顔面を打ち、腹を打つ。顎を蹴り上げると、アネモネオルフェノクは壁にもたれかかり、崩れるように地面に伏す。ファイズはショットにミッションメモリーを装填する。

『Ready』

 アネモネオルフェノクに抵抗する余力は残されていないようだった。今が絶好のチャンスだ。逃れることはできない。

『Exceed Charge』

 フォンのENTERキーを押すと、ベルトからショットを装備した右手へ。フォトンストリームを伝ってエネルギーが充填される。

「はあああっ‼」

 「やめろっ!」と往人が割り込んでくる。往人はホエールオルフェノクに変身した。ファイズは突き出した拳を寸前で静止させる。ホエールオルフェノクの影が往人の姿を形作った。

「乾さん言ってたじゃないですか。オルフェノクだって夢を見ていいって」

 ファイズは逡巡する。オルフェノクを倒すことで抱える罪。誰かの夢を守るためには、彩子の夢を壊さなければならない。そんな自分に、夢の守り人として戦う資格があるのか。

 ファイズはショットを右手から外した。ミッションメモリーをフォンに戻し、変身を解除する。同時に2体のオルフェノクも、人間としての姿に戻った。

「どうして……?」

 泣きながら彩子が問う。

「お前は人間だ。アイドルになりたいなら、人間として生きろ」

 巧は背を向けて歩き出す。後から往人が着いてきて、雑音が入り混じる大通りを目指す。

「わたしに、夢を持つ資格があるんですか?」

 背後から投げかけられた問いに、巧は振り返って答える。涙を流し続ける彩子の目を見据えて。

「あるさ。俺にだって夢はある」

 人の抱く夢。

 オルフェノクの抱く夢。

 人間だから尊いわけでも、オルフェノクだから無価値という隔たりはない。だとすれば、人間とオルフェノクを分けるものは何なのだろうか。何を以ってオルフェノクと断じ、人間と守れば良いのだろうか。

 巧は止めていた足を動かす。曲のイントロが街に流れ始める。

 夢に向かって進む気持ちを明るく歌ったその曲は、彩子の悲しみを引き立たせているように聞こえた。




 ふと、「これ『555』単体としてでも書けたんじゃね?」と思いました。

 余計なこと考えてしまいました。すみません。
 『ラブライブ!』とクロスした本作を楽しんでくれる皆様のために執筆頑張ります。

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