ラブライブ! feat.仮面ライダー555   作:hirotani

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h:hirotani 友:友人(凛ちゃん推しのラブライバー)

h「凛ちゃん回の原稿書けたから添削頼む」
友「おう」
   ~読了~
友「これじゃ凛ちゃんの魅力が伝わんねーんだよおおおっ‼」

 こんなやり取りがあり、今回は1度書き直しました。めっちゃ疲れました。


第5話 新しいわたし / 意味の在り処

「修学旅行か………」

 理事長室に呼び出され、近く行われる学校行事の話を聞いた巧はため息と共にそう漏らす。理事長も机で手を組みながら、思案するように目を細める。

「オルフェノクの襲撃を受けると思いますか?」

「ああ。中止にしたほうがいい」

「そうすべきなのは分かりますが、随分と前から準備してきた行事なので今からでは………」

 修学旅行に行くのは2年生だ。来週に迫る行事を穂乃果は楽しみにしているし、ずっと旅行先である沖縄の旅行パンフレットを見ていた。巧と理事長がここまで頭を抱えることになる原因はスマートブレインだ。

「乾さんにも同行してもらいたいのですが………」

「そうしたらこっちが無防備になるぞ」

「ええ。そうですね………」

 厄介なのは、μ’sメンバーが2手に分かれてしまうことだ。最初は巧が修学旅行に同行して音ノ木坂学院の警護は海堂に頼もうとしたのだが、それを相談した彼の返答はこれだ。

「俺様が戦ったら裏切りましたって言ってるようなもんだろうが」

 的を射ているため、巧もそれ以上強引に頼むことはできなかった。予想通りスマートブレインは修学旅行のことを把握していて、刺客を送ることは既に聞いている。つまり、修学旅行先で2年生の3人は確実に狙われるのだ。

「3人だけこっちに残すってのは?」

「それもちょっと………。私としても、ことりに高校生活の思い出を作らせてあげたいので」

 それは巧も同じだが、だからといってこんな状況で呑気に修学旅行なんて行かせていいのだろうか。そう思いながらも、巧はポケットから携帯電話を出す。できれば使いたくなかった手段だが、致し方ない。

 眉を潜める理事長には何も言わず、巧は携帯電話を通話モードにして耳に当てる。プルルルルという呼び出し音の後、通話先の相手が『もしもし』と応答した。

「三原、頼みがある」

 

 ♦

 ずっと雨音が響いている。濡れて景色が霞んでいる窓ガラスを眺めていた凛は「あーあ」と伸びをして机に突っ伏す。

「止まないねー」

 「そろそろ練習時間よ」と真姫が言うも、凛はどうにもやる気が湧かない。

「て言っても、今日もこの4人。もう飽きたにゃ」

 「それはこっちの台詞」とにこが目に険を込めた。

 凛は普段よりもがらんとした部室を眺める。1年生の3人とにこ。一昨日から練習に参加しているメンバーはこの4人だ。

「仕方ないよ凛ちゃん。2年生は修学旅行だし、絵里ちゃんと希ちゃんはその間、生徒会のフォローを――」

 「そうよ」と希と共に部室へ入ってきた絵里が花陽の言葉を引き継ぐ。

「気合が入らないのは分かるけど、やることはやっておかなきゃ」

 「今日も生徒会?」と真姫が尋ねる。「まあね」と答えた絵里は棚の上から1枚の紙をひょいと取り上げる。生徒会で使う資料らしく、きっと穂乃果が持ち込んできたまま放置したのだろう。

「3人が戻ってきたら、運営しやすいように整理しとくって張り切ってるんや」

 希はそう言って絵里の肩を揉む。修学旅行は3日間なのだから生徒会は放置しても支障はないと思える。でも、前生徒会長である絵里は穂乃果がしっかりと業務をこなしているかよく心配していた。練習を休んでまで業務を代行しているということは、何かと残っている仕事が多いのかもしれない。

 「ええええ!?」と凛は勢いよく立ち上がる。

「また練習凛たちだけ!?」

「今週末は例のイベントでしょ。穂乃果達が修学旅行から帰ってきた次の日よ。こっちでフォーメーションの確認して、合流したらすぐできるようにしておかなきゃ」

 絵里は退屈じゃないのだろうか。メンバー全員が揃わず、練習にも参加できず机で資料とにらめっこだなんて。そう聞こうとしたが、それよりも前に「でも――」と真姫が。

「まさかファッションショーで歌ってほしいって言われるなんて」

 その依頼が来たのは、にこのソロライブを開催してしばらく経った頃だった。ドーム会場でのファッションショーで、ラブライブ地区予選を突破した期待のグループとしてμ’sにライブをしてほしいという話が舞い込んできた。その話を受けることに誰も異議はなかった。最終予選突破に向けたμ’sの宣伝としては絶好の機会だし、期間に余裕もあったから新曲を作ることもできた。ダンスも形になってきている。あと用意するのは衣装だけだ。

「きっとモデルさん達と一緒のステージってことだよね。気後れしちゃうね」

 「そうね」と真姫が花陽に同意する。

「絵里や希は良いけど………」

 そう言って無言のまま真姫はにこを見つめる。意図を汲み取ったのかにこは「何?」と凄みのある視線を返す。

「別に気にすることはないわ」

 「じゃあね」と絵里は部室から出ていき、それに続く希は足を止める。

「穂乃果ちゃん達は野生のちんすこう探しに夢中でライブのことなんてすっかり忘れているやろうから、にこっち達がしっかりしといてね」

 そう言って希はドアを閉める。

「野生のちんすこうって何?」

 にこが尋ねるも、答えられる者は部室にいない。沖縄のお菓子に野生も飼育もあるのだろうか。

 すとんと凛は椅子に腰を落ち着けてぼやく。

「今日は巧さんもいないし………」

「あの人がいても、ただ部室でくつろいでいるだけじゃない」

 真姫が指先で髪をいじりながら言う。苦笑を浮かべた花陽は言った。

「用事あるみたいだし、仕方ないよ」

 

 ♦

 壁がガラス張りになっているUTX学院のロビーには雨音が鳴り響いている。ガラス面を伝う雨によって外の景色が遮断されて開放感が損なわれる。でも、雨のおかげでこの場所が四方を囲まれた箱の中であることを認識しやすい。

「どうですか? 体の調子」

 改札の前で私服に帽子を深々と被る往人が聞いてくる。巧は自分の掌を見つめながら答える。

「良い感じだな」

 「良かった」と往人は安堵したようにため息を吐いた。ここ最近、体から灰が零れることは1度もない。倦怠感もないし、体調はすこぶる良い。本当に命が延びたのか、それは巧自身にも未だに自覚が持てない。確かめるには生き続けるしかない。

 受付の事務員に呼び出しを頼んでからしばらくして、彼女は突然と改札口へと現れたように思える。息を荒げていることから走ってきたようだが、彼女の足音は雨音にかき消されてしまったらしい。

「乾さん………」

 彩子の視線が巧へ、次に隣にいる往人へと移る。

「霧江往人です。多分、初めましてじゃないと思うんですけど」

 そう自己紹介する往人を、彩子は怯えた目で見つめた。

 巧の提案で3人は場所を移すことにした。ロビーには事務員や下校する生徒達がいる。雨が降っているから、外にはあまり人がいない。移動した公園の屋根付き休憩所で、3人はクッションのない硬い椅子に腰掛けた。

「俺のこと、覚えてますか? 多分、森内さんと同じ日にオルフェノクになったと思うんです」

 往人がそう聞くも、彩子は無言のまま首を左右に振る。往人は少し落胆したように肩を落とすが、すぐに繕った明るい口調で言う。

「そうですよね。俺もあの時は混乱してましたし、できれば忘れたいですよね」

 往人はUTX学院へ向かう道中に話してくれた。高校に入ってしばらく、ハンバーガーショップにいたところをコンドルオルフェノクに襲われた。彼が目を覚ますと店内は灰に埋もれていて、他の客も店員のいなくなっていた。その中で、灰から出てくるアネモネオルフェノクを見たという。

「お前、いつからスマートブレインにいるんだ?」

 巧がまず質問したのはそれだ。彩子は目を逸らすも答えてくれる。

「………乾さんと戦った日です。ラブライブの地区予選の………」

 だとすれば、あの襲撃は彩子の初仕事だったというわけか。だとしたら、琢磨と海堂が彼女の存在を知らなかったのも納得できる。彩子は俯いたまま尋ねてくる。

「乾さんは、スマートブレインを倒すつもりなんですよね?」

「ああ」

「じゃあ、わたしも倒すんですか………?」

「お前次第だな」

 「え?」と彩子は巧に両眼を向ける。

「お前がオルフェノクなら倒すし、人間なら守る」

 我ながら傲慢だ。そう思いながら巧はその質問をする。オルフェノクも生命だ。ベルトを持っているからといって、その生き死にを定める権限は巧にはない。ただ、人間とオルフェノクの線引きをせずにはいられないのだ。境界を定めなければ、巧は自分自身を怪物と認めざるを得なくなる。だから、自分は人間という確証が欲しい。

「わたしは……、人間でいたいです」

 彩子がそう答えると、「なら」と往人が切り出す。

「この街にいるのは危険です。『王』を蘇らせるために、たくさんのオルフェノクが集められてる。遠く離れた街に逃げた方がいいですよ」

 「それは嫌」と彩子は震える声で言った。

「秋葉でアイドルとして歌えるまで、あと1歩なんです。ずっと愛衣と里香と3人で頑張ってきて、今更諦めるなんてできません!」

 彩子は端を切ったように泣き出す。一緒にヴェーチェルとして活動してきた2人には、自分の正体を隠してきたのだろう。巧の隣に座る往人も、きっと正体を隠しながら学校生活を送っているに違いない。巧だって同じだ。最初はμ’sの皆に本当の姿を隠してきた。

「分かってますよ、自分が怪物だって。可愛い衣装着たって、結局あの姿が本性なんだって。でも……、オルフェノクでも、わたしはアイドルになりたいんです………」

 大衆が彼女の言葉を聞いたら、どんな反応を示すだろうか。巧はふと、そんな悪趣味なことを考えてしまう。怖れられるのか、嘲笑われるのか。多分、草加なら憤怒を示すだろうなと思えてくる。

 

 ――俺にとってオルフェノクは全て敵だ――

 

 そんな彼の言葉が蘇ってくる。育ての親ですら憎悪し、一切の迷いを持たなかった言葉だ。正直、迷いを抱かずに戦える彼が羨ましいと思ったこともある。でも、目の前で涙を流す彩子も、巧に命を与えてくれた往人も、敵と断じることはできない。

 彩子は鞄を掴むと、傘もささずに休憩所から飛び出していく。往人は立ち上がるも、追わずに雨に濡れながら走っていく彩子の背中を眺めている。

「乾さん、彼女をどうするんですか?」

 彩子の姿が見えなくなると、往人は椅子に戻ってそう尋ねる。

「あいつが人間であろうとするなら守るさ。オルフェノクだって夢を見ていい」

「それは、木場さんのためですか?」

 巧は驚愕の目で往人を見る。彼の口から出た木場の名前は不意打ちだった。

「海堂さんから聞いたんです。木場勇治っていう人間との共存を目指したオルフェノクがいるって」

「まあ、確かに木場のためでもあるかな。俺もあいつの理想を信じたいんだ。だから答えを探してる」

「答えは、見つかりそうですか?」

「…………さあな」

 巧は、オルフェノクと人間の共存が不可能であることを心の奥底では悟っている。姿形が異なり、子供を作ることもできず、片方が生き残るにはもう片方が滅びるしかない。それを否定したくなるのは、自分をオルフェノクと知っても受け入れてくれる者達がいるからだ。どうせなら姿だけでなく、心さえも変わってほしかったと思う。そうすれば迷うことなく、オルフェノクを敵と断じることができる。

 ならば、何故オルフェノクは人間の心を保ったまま進化を果たしたのか。高尚な存在へと昇るのに、何故人間としての心が必要だったのだろうか。

 巧は往人に尋ねる。

「なあ、何でオルフェノクなんてものが生まれたんだろうな?」

 往人は逡巡を挟むと、灰色に染まった空を見上げながら答えた。

「何でとか、意味は無いんだと思います。ただ生まれて死んでいくだけで。俺思うんです。人が命に意味を付けようとするのは、無意味なことに耐えられないから、なのかもって」

 

 ♦

「ええええええええええ!?」

 メンバー達が集合した部室に凛の悲鳴が響き渡る。うるさい、と思いながら文句を押し留めて、巧は感情が昂ぶったあまり机をばんと叩く凛を眺める。

「凛がリーダー!?」

 「そう」と提案を出した絵里が言う。

「暫定でもリーダーを決めておいたほうがまとまるだろうし、練習にも力が入るだろうと思って。勿論、穂乃果達が修学旅行から帰って来るまでよ」

 勝手に決めるのは良くないのでは。そう凛は言いたげで、察した希が。

「穂乃果ちゃん達にも連絡して、相談した結果なんよ。うちとエリちも、みんな凛ちゃんが良いって」

 「2人はどう?」と希は真姫と花陽に目配せする。

 「良いんじゃない?」と真姫が。

 「わたしも凛ちゃんが良いと思う」と花陽が。

 だが当の本人は「ちょっと待ってよ」と納得していないらしい。

「何で凛? 絶対他の人のほうが良いよ。絵里ちゃんとか」

「わたしは生徒会の手伝いがあるし……。それに、今後のμ’sのことを考えたら1年生がやったほうが良いでしょ」

 絵里の言う通りだ。3年生が卒業した来年度もμ’sを続けるなら、3年生よりも1年生に今のうちからリーダーを務めるノウハウを身に付けさせるべきだ。

「だったら真姫ちゃんが良いにゃ! 歌も上手いし、リーダーっぽいし。真姫ちゃんで決まり!」

 「話聞いてなかった?」と真姫は窘めるように言う。

「みんな凛が良いって言ってるのよ」

「でも凛は………」

 力なく座る凛に「嫌なの?」と花陽が聞く。

「嫌っていうか、凛はそういうの向いてないよ」

 意外だった。凛のことだから調子よく引き受けるものかと思っていた。自分の事となると消極的になる性分なのかもしれない。

「巧さんだってそう思うでしょ?」

「やってみりゃいいじゃねーか」

 「ええ……」と凛はうなだれる。リーダー代理といっても2年生が戻るのは明後日だ。そんなに気負うことでもないだろうに。

「まあ面倒臭いってのも分かるけどな。俺も小学校の頃、風邪で休んだら勝手に班長にされたことがある」

 一応フォローしたつもりだったのだが、メンバー達は共感していないらしい。的外れなことでも言ったのか。

 「凛」と絵里は優しく凛の両手を握る。

「いきなり言われて戸惑うのは分かるけど、みんな凛が適任だと考えてるのよ。その言葉、ちょっとだけでも信じてみない?」

 「でも……」と凛は迷いを拭いきれていない。他のメンバー達は異議がないようで、納得したように凛へと視線を集中させている。

「分かったよ。絵里ちゃんがそこまで言うなら」

 窓を見ると雨は弱まってきて、雲間から太陽が顔を覗かせている。絵里は手を叩いて言った。

「さ、そろそろ雨も止みそうだし、放課後の練習始めて」

 最初の時点で紆余曲折ありながらも、凛をリーダーとしたμ’sは練習へと臨む。とはいえ2年生と、生徒会の仕事がある絵里と希は不在だが。まだ凛も不慣れだから、まとめる人数はいつもの半分くらいが丁度良いかもしれない。

 多分大丈夫だろう。そう思いながら巧は練習着に着替えた1年生とにこの4人と共に屋上へ向かった。その頃になると雨はすっかり止んでいて、空は青くなっている。

 「え、えーと………」と3人を前にして凛は露骨なほど緊張している。ここまで口が回らない凛を見るのは初めてだ。

「では、練習を始めたいと思います………」

 花陽が感慨深そうに拍手をする。授業参観に来た母親のようだ。

「拍手するところじゃないでしょ」

 真姫が呆れた様子でそう言うと、改めて凛は気恥ずかしそうに指示を出す。

「え、えーと。では最初に……、ストレッチから始めていきますわ。皆さん、お広がりになって」

 誰だこいつは。

 巧の目に映っているのは間違いなく凛なのだが、口調が普段と違いすぎて気味が悪い。リーダーだからといって何でお嬢様口調になるのか。しかも丁寧語が頓珍漢だ。3人も表情を引きつらせている。

「それが終わったら、次は発声ですわ」

 「何それ?」と我慢の限界が来たのか、にこが漏らす。続けて「凛ちゃん!」と花陽が呼ぶ。

「え、何ですの?」

 「その口調、一体誰よ?」と真姫が言う。練習を仕切っている海未とも絵里とも似つかない。凛のリーダー像とは何なのか。

「凛なんか変なこと言ってた?」

「喋り方が気持ちわりいんだよ」

 「ちょっと」と真姫が巧に詰め寄ってくる。

「少しは言葉を選びなさいよ」

 確かに巧の言い方にも棘があるものの、それを抜きしても凛の口調はあまりにも違和感がありすぎる。

「別にリーダーだからってかしこまることないでしょ。普通にしてなさい」

 にこがそう言うと、「そっか」と凛は照れ臭そうに頭を掻く。

「えーと、では……、ストレッチを始めるにゃー!」

 いつもの口調に戻っているが、どうにも空元気な様子が否めない。3人もそれを感じ取っているらしい。

 真姫がため息交じりに言った。

「もう、ふざけてる場合じゃないでしょ」

 ようやく始まった練習は、ぎこちないが順調に進んでいく。凛がたまに頓珍漢な指示を出してしまうが、それは3人の指摘によって修正された。メンバーがいつもと違っても、やることはいつもと変わらない。凛も少しずつ慣れていくだろうと、巧は思っていた。

「ねえ。わたしはここから後ろに下がっていったほうが良いと思うんだけど」

 ダンス練習の際、真姫がそう提案してくる。

「何言ってんの逆よ。ステージの広さを考えたら、前に出て目立ったほうが良いわ」

 異議を申し立てたのはにこだ。真姫は譲る様子がない。

「だから引いて、大きくステージ使ったほうが良いって言ってるんじゃない」

「いーや、絶対前に出るべきよ」

 頑固な2人が意見をぶつけ合うと必ず衝突する。真姫とにこは睨み合い、「ちょっと2人共、落ち着いてよ」と花陽が仲裁を図るが聞く耳を持たれない。

「そうだ。凛はどう思う?」

 真姫が凛に話を振ってくる。「そうよ、リーダー」とにこが、続けて「凛ちゃん」と花陽も。

「穂乃果ちゃんに聞いたら良いんじゃないかな?」

 戸惑いながらも出た凛の回答は、「それじゃ間に合わないでしょ」と真姫に撥ねつけられる。

「じゃあ、ここは巧さんに――」

「俺に振るなよ」

 練習を見てきたとはいえ、巧はダンスに関しては素人だ。変に意見を出したところで場の収拾がつくとは思えない。

「リーダーはお前だろうが。お前が決めろよ」

 

 ♦

「そっちはどうだ?」

 客足が途絶えた穂むらの店内で、巧は耳元の携帯電話に尋ねる。凛がダンスの振り付けを明日までと持ち越したから、μ’sの練習はいつもより早めに終わった。そのため店番をすることになったのだが、巧が店に立ってから客は殆ど来ていない。

『今のところは何もないよ』

 スピーカーから三原の声に混ざって雨音が聞こえる。

「そっち、雨降ってんのか」

『ああ、うん。台風が近付いているみたいでさ、ひどい土砂降りだよ。音ノ木坂の生徒達もずっとホテルにいるみたいだ』

「そうか」

『出来ることなら、このまま何も起きないでほしいよ』

「いや、多分オルフェノクは来ると思う。気を付けてくれ」

『ああ。そっちこそ次の予選が近いんだろ? 乾も気を付けて』

「ああ。…………ん?」

 通話を切ろうとしたところで、微かに三原とは別の声が聞こえてくる。聞き覚えのある声で、巧の中で不安が大きくなってくる。

「なあ三原、お前ひとりでそっちに行ったんじゃないのか?」

 『ああ、えっと……』と三原は歯切れが悪そうに答える。

『里奈と真理と啓太郎も一緒に来てるんだ。行きたいってせがまれてさ』

「お前、何であいつら連れてくんだよ?」

『しょうがないだろ。理由なんて言えるわけないし』

 巧はため息を漏らす。沖縄ではしゃぐ皆の顔がすぐに浮かぶ。いや、向こうは雨だから不貞腐れているだろうか。

『大丈夫。乾のことは黙っておくさ』

「そうしてくれ。じゃあな」

 通話を切った携帯電話をポケットに入れると、巧は柱にかけられた時計を見る。そろそろ閉店時間だ。暖簾を下げようと引き戸を開けると、丁度外で戸に手をかけようとしていた来店客と鉢合わせする。

「花陽、どうした?」

「ちょっと、話したいことがあって。凛ちゃんのことで」

 長い話になりそうだから、巧は取り敢えず花陽を中へ入れて店の暖簾を下げる。居間で売り上げの清算をしていた高坂母に閉店作業を代わってもらい、座布団に行儀よく正座する花陽にお茶を出した。

「巧さん、凛ちゃんはリーダーに向いてると思いますよね?」

 お茶に手をつけず、花陽は尋ねる。

「本人はそう思ってないみたいだけどな」

「でもまだ初日ですし、慣れればきっと………」

 凛のリーダー代理について、巧も異議はない。メンバーの中で最も穂乃果に性格が近いし、ある意味でμ’sらしいリーダーと言える。でも、凛があそこまで消極的になるのは単なる性分に留まらない気がした。

「凛ちゃん、さっき自分のことアイドルっぽくないって言ってたんです。凛ちゃんは可愛いのに………」

「あいつ、何でそこまで頑固になるんだ?」

 巧が聞くと、花陽は視線を落とす。

「昔のこと、まだ気にしてるのかもしれません」

「昔?」

「凛ちゃん、小学校の頃ずっと男の子みたいって言われてて、スカートとか履いてくとからかわれたりして………」

 言われてみれば、凛が私服でスカートを履くところを見たことがない。練習着だって機能性を重視したストリートダンサーのような恰好だ。

「そんなこと気にすることか? 小学生のガキなんざ男も女も見分けつかねーだろ」

「わたしも、もう気にしてないと思ってたんですけど。でも、凛ちゃんはやっぱり傷ついてたんです」

 花陽はお茶を啜り、巧を見据える。

「巧さんからも言ってあげてください。凛ちゃんにもっと自信を持ってって」

「あのなあ、俺がそう言って何になるんだ?」

「わたしがμ’sに入るときだって、巧さんは後押ししてくれたじゃないですか」

「俺は何もしてねーだろ。入るって決めたのはお前自身だ。俺にどうこうできることじゃない」

 巧が憮然として言うと、花陽は俯いて黙り込む。流石に言い過ぎたか、と思いながら巧は続ける。

「凛の気持ち変えるのは凛自身だし、それを手助けできるのはお前だ。そうだろ?」

 花陽は一度視線を上げるも、再び俯いて何も言わなかった。

 

 ♦

「ええええ!? 帰ってこれない!?」

 部室を訪れた絵里と希から話を聞いて、凛は悲観のこもった悲鳴をあげる。先日三原から台風が近づいているとは聞いていたが、結構な大型台風だったらしい。

「そうなの、飛行機が欠航になるみたいで」

 絵里が告げる事実はあることを意味する。それを明らかにしたのは花陽だ。

「じゃあ、ファッションショーのイベントは?」

「残念だけど、6人で歌うしかないわね」

 絵里は淡々と答えた。メンバーに欠員が出たからといって、今更キャンセルなんてできない。6人でやれるよう歌とダンスのパートを変えるしかない。

 「急な話ね」と真姫が珍しく弱音を吐くも、それをにこは「でもやるしかないでしょ」と断じる。

「アイドルはどんなときも、最高のパフォーマンスをするものよ」

 「そうやね」と希が同意する。

 「それで、センターなんだけど」と絵里の視線が凛へと移った。

「凛、リーダーのあなたよ」

 絵里が告げると、凛は掠れた声を漏らしながら顔面を硬直させる。何か言うにしても拒否することは目に見えていたから、口を開く前に絵里と希は隣の更衣室へと引っ張っていく。他のメンバー達と巧も後へ続く。何をするのかと思ったが、すぐに今日が発注した衣装の届く日であることを思い出す。

 希が仕立てたばかりの衣装を見せてくれる。純白のレース素材が使用されていて、ウェディングドレスのようにも見える。花陽は目を輝かせて衣装を見つめているのだが、凛は怖ろしいものを見るかのような形相で「嘘……」と呟く。

「ファッションショーだから、センターで歌う人はこの衣装でって指定が来たのよ」

 絵里の言葉が耳に入っているのかいないのか、凛は笑顔か恐怖か判断しかねる表情のまま震えている。女性はウェディングドレスに憧れを抱くらしいから、「綺麗……、素敵」と漏らす花陽の反応が正しいのだろう。

「女の子の憧れって感じやね」

 希も衣装の出来に満足しているようだ。他のメンバー達も好感を示していると表情で分かる。

「これを着て……歌う……? 凛が……?」

 衣装を指さして声を絞り出す凛の肩に、にこが手を添える。

「穂乃果がいないとなると、今はあなたがリーダーでしょ?」

「これを……凛が………」

 凛は目を剥いたまま乾いた笑い声をあげる。突然のことにメンバー達の表情が引きつり、「凛が壊れた!」と真姫が叫ぶ。

「あ、野生のちんすこうが!」

 天井を指さしてそう言うと、凛は駆け出した。そんな嘘に引っかかったのは希だけだったから、すぐ横を通り過ぎようとしたところで巧は凛の腕を掴む。

「た、巧さん放して!」

「逃げたってどうにもなんねーぞ」

 捕まえたら大人しくなると思ったのだが、凛は猫のように巧の手に噛みついてくる。痛くはないが、驚愕のあまり巧は思わず手を放して逃亡を許してしまう。

「待ちなさーい!」

 廊下へと出ていった凛の後をにこが追った。

 体力のある凛を相手にした鬼ごっこは長丁場になると思ったのだが、流石に鬼役5人を相手取るには分が悪かったのか、凛はすぐに捕まった。逃げた先が屋上だったから、袋の鼠だったこともあるが。

「無理だよ。どう考えても似合わないもん」

 柵の縁石に腰掛けた凛は断固として言う。「そんなことないわ」という絵里の言葉に「そんなことある!」という言葉を被せる。

「だって凛、こんなに髪短いんだよ。巧さんよりも短いよ」

 別に極端に短いわけでもないだろうに。一般的な男と比べたら十分長い。巧の髪も男だったら長いが、女と比べたらショートカットの類だ。

「ショートカットの花嫁さんなんていくらでもいるよ」

 希はそう言うが、凛は「そうじゃなくて」と膝を抱える。

「あんな女の子っぽい服、凛は似合わないって話」

 「普段はともかく」と真姫が。

「ステージじゃスカート履いてるじゃない」

「それは皆と同じ衣装だし、端っこだから………。とにかく、μ’sのためにも凛じゃないほうが良い」

 凛は表情を険しくして、唇を固く結んだ。花陽はそんな親友の顔を覗き込んでいる。

 確かに華やかな衣装だった。普段の凛から、あのような衣装に袖を通す姿をイメージするのは難しい。さっき巧が衣装を見て思い浮かべたのは凛でも、本来着るはずだった穂乃果でもない。あのような衣装を誰よりも着たがるであろう彩子だった。

 「凛」と巧はおもむろに呼ぶ。

「お前、あの衣装着ろ」

 「どうしたのいきなり?」と凛が困惑気味に聞いてくる。我ながら、らしくないと思う。

「リーダーのお前が着るのが筋ってもんだろ」

 巧の物言いに機嫌を損ねたのか、凛の表情が険しくなる。

「何で巧さんが決めるの? 今まで何も言ってこなかったのに!」

「何でもだ! 分かったな!」

 威圧するように吐き捨てる巧に「ねえ」と真姫が瞳に険を込めて巧を見つめてくる。

「何で怒っているのか知らないけど、凛に当たることないじゃない」

 頭に上っていた血が引いていくのを感じる。見渡すとメンバー達から冷たい視線を向けられていて、巧はずかずかと歩きドアを乱暴に開ける。

 階段を降りる途中、「巧さん」と絵里の声が聞こえて、足を止めた巧は振り返る。

「何であんなこと……」

「贅沢なんだよ凛の奴」

「何かあったんですか?」

「…………別に」

 それだけ言って巧は階段を降りていった。

 

 ♦

 オートバジンを路肩に停めると、巧はヘルメットを脱いで店の引き戸を開ける。

「ただいま」

 「あら」と商品の団子をつまみ食いしていた高坂母は拍子抜けしながらも、優しく微笑んで巧を出迎えてくれる。

「おかえり。今日も練習早く終わったの?」

「ええ、まあ」

 歯切れ悪く答えると、巧は2階へと上がり部屋にヘルメットと荷物を置いて、エプロンを着て店へと戻る。

「店番、変わります」

「別に大丈夫よ。この通り今は暇だし」

 高坂母は笑いながら団子の乗った皿を見せて、残りの1本を巧へと差し出す。「どうも」と受け取った巧は団子を食べる。

「何を悩んでるのかは聞かないけど、あまり背負い過ぎちゃ駄目よ」

 顔に出ていたのか。巧はいつもの憮然とした表情をしてみるも、高坂母は微笑を浮かべたまま巧を見つめてくる。

「アイロンがけお願いできる?」

「ええ、やっときます」

 本当に高坂母は何も追及してこなかった。追及されても答えられる事柄じゃないし、一介の夫人に解決できることでもない。

 居間で衣服にアイロンをかけながら、巧はさっき凛に言い放ってしまったことを回顧しため息をつく。年長者なのに、何て子供じみた言動を取ってしまったのか。人間である凛にオルフェノクの苦悩を押し付けるだなんて間違っている。真姫に言われた通り八つ当たりだ。少しは以前よりも変われたと思っていたが、全く成長していない。

 服の量はそれほど多くなかったから、アイロンがけはすぐに終わった。テレビを点けるが、どの番組も夕方のニュースばかりで退屈だ。巧はテレビを消すとポケットから出した携帯電話を操作し、耳に当てる。

『もしもし、たっくん?』

 端末から聞こえてくる穂乃果の声を聞いて奇妙な懐かしさにとらわれる。最後に会話をしたのはまだ2日前だというのに。

「楽しんでるか?」

『全然。雨でずっとホテルに待ちぼうけだよ。あ、さっき絵里ちゃんから聞いたんだけど、センター花陽ちゃんになったんだね』

「そうなのか?」

 『もうー』と電話越しで穂乃果が不貞腐れている様子が目に浮かぶ。多分、巧が帰ってから話し合って決めたのだろう。もしかしたら凛が押し付けたのかもしれないが。

『ちゃんと練習見てくれてるの?』

「見てるさ。一応」

 他愛もない短い会話だが、穂乃果の声を聞いて少しだけ気持ちが和らぐ。だから、巧は穂乃果に聞くことにした。高坂母に言われた通り、肩に背負うものを少しだけ降ろしてみようと思う。

「穂乃果。お前、センターは花陽で良いと思うか?」

 『え?』と穂乃果はしばらく逡巡し、何となくといった声色で答える。

『皆が決めたんだったら、それで良いと思うよ』

「その皆が納得してないみたいなんだ。特に花陽はな。多分、センターも凛が駄々こねて嫌がったんだろ」

『たっくんは、どう思う?』

「俺が口を出しても、余計なこと言っちまうだけだ」

『たっくんに決めてほしいんじゃないよ。このままで良いのかなってこと』

 巧は言葉を詰まらせてしまう。これでは凛と同類だ。自分の意を出すとなると萎縮してしまう。

「俺は、このままイベントで歌っても良くないと思う。やせ我慢なんてμ’sらしくない」

 強制でも何でもない。やりたいからという理由でμ’sは始まった。ラブライブへの出場も、メンバー全員の意思だ。凛だって、本当に自分が女らしくないと思っているのならアイドルなんてやらないはずだ。彼女の中では、まだ女としての願望があるのではないか。

 穂乃果の笑い声が聞こえてくる。

『じゃあ、1番良い方法考えなくちゃね』

「お前だったらどうする?」

『それは自分で決めなくちゃ。花陽ちゃんが納得してないなら、どうするか決めるのは花陽ちゃんだよ』

 

 ♦

 那覇市の空は青く晴れている。照り付ける太陽はあっという間に濡れた道路を乾かしてしまい、昨日まで雨が降っていたことなどまるで忘却したように思える。

「ねえ啓太郎、本当に大丈夫?」

 沖縄そばを口に含みながら、真理は一向に箸を動かさない啓太郎に声をかける。啓太郎は「うん、大丈夫……」と消え入りそうな声を発しながら荒い呼吸を繰り返している。

「無理しなくていいよ。俺が食べるから」

 修二がそう言うと、啓太郎は「ううん」と箸を握り目の前ですっかり冷めきった沖縄そばへと向き合う。

「せっかくの沖縄だし……、楽しまなきゃ……」

 だが啓太郎はすぐ口に手を当てて、席を立つとトイレへと駆けこんでいく。

「だから部屋で休んでなって言ったのに………」

 啓太郎が消えていったトイレのドアを眺めながら、真理は麺を啜った。

「仕方ないわよ。菊池さん楽しみにしてたんだから」

 里奈が苦笑交じりに言うと、真理はため息をつく。

「子供じゃないんだし………」

 確かに年甲斐もないとは思うが、啓太郎がああなってしまった原因は真理にあるわけで。

「昨日真理が飲ませたからだろ」

「私別に勧めてないわよ。啓太郎が勝手に張り合って勝手に潰れたんだから」

 修二の言葉に真理は口をとがらせた。

 昨日、ずっと雨続きで観光ができなかったので、ホテルの客室で昼間から酒盛りをしていた。啓太郎は沖縄の泡盛に呑まれてしまったのだ。案の定今朝から二日酔いで、部屋で休むように言ったのだが本人は一歩も譲らず観光に付いてきた。

 というより、何故真理と里奈は何事もなかったかのように沖縄そばを食べていられるのか。修二には2人が常人に見えない。泡盛の1升瓶を空にしたが、普段は酒を殆ど飲まない啓太郎はストレート1杯でやられた。瓶に詰まった酒の大半を胃袋に収めたのは真理と里奈だ。しかもストレートで。

 因みに修二は1滴も飲んでいない。いざという時に泥酔していたから戦えなかったなんて洒落にならない。短期間で音ノ木坂学院と同じホテルと飛行機のチケットを取った苦労がおしゃかになってしまう。

 満を持しての晴天ということもあって、音ノ木坂学院の生徒達も街へ観光に出ている。基本的に自由行動らしくどこへ行くか予想できないから、こうしてμ’sメンバーを追って店の中から張るのも苦労する。しかもただの旅行と思っている3人に勘付かれないように神経を擦り減らしている。

 μ’sの2年生達。穂乃果、海未、ことりは土産物屋で買い物をしているところだった。

「三原君。さっきから何女子高生見てるの?」

 スープを飲み干した真理にそう聞かれ、修二は「いや……」と適当な理由を並べる。

「修学旅行かなってさ。高校の頃思い出して」

「へえ、修学旅行かあ」

 真理は物憂げに制服を着た生徒達を眺めている。真理は高校に通っていなかったから、何か羨望のようなものがあるのかもしれない。

 啓太郎がトイレから出てくると、4人は店を出て観光を再開した。修二はμ’sの3人から目を離すことなく、真理達を誘導しながら街へ、首里城へと後を追った。何だかストーカーみたいだな、と自嘲するが、追っているのはスクールアイドルだから立派なストーカーかもしれない。

「せっかくの旅行なんだし、それ持ってこなくても良かったんじゃない?」

 里奈にそう聞かれたのは、琉球王国の王が葬られた玉陵(たまうどぅん)の遺跡を歩いているときだった。それとは、修二が肌身離さず持っているデルタギアを納めたアタッシュケースだ。

「いや、用心しておくに越したことはないよ」

「でも、最近はオルフェノクも出なくなったし」

「忘れた頃に出るかもしれないだろ」

 里奈の言う通り、ここ数ヶ月はオルフェノクを見なくなった。まるで恐怖の潮が引いていくようだった。オルフェノクは質の悪い悪夢だったかのように、かつての穏やかな日々へと還元されたという思いにとらわれる。

 「ちょっと啓太郎!」と、後ろを歩いているはずの真理の声が聞こえる。振り返ると啓太郎が盛大に吐瀉物を撒き散らしている。やはり昼食を食べさせるのはよくなかった。

 里奈が2人のもとへ駆け寄っていき、修二も後に続こうとしたのだが、「君」と呼び止められる。制帽を被った中年の警察官が近付いてくる。

「君か。女子高生の後をつけているとかいう奴は」

「え、いやその……」

「持っているそれは何だ? 見せなさい」

 警官が修二の持っているケースへと手を伸ばす。修二はそれを拒むが、警官はしつこい。

「君、公務執行妨害で処罰するぞ」

 そう言うと、警官の顔に黒い筋が浮かぶ。

 三原は駆け出した。遺跡の奥に広がる森へと逃げ込み、ケースを開いてベルトを腰に巻く。ばき、と木の枝が折れる音が聞こえ、その方向へ視線を向けると警官がゆっくりと歩いてくる。

「仕事はμ’sの始末だが、デルタのベルトは良いおまけだな」

 警官はオルフェノクに変身した。頭から牛のような角が左右に伸びる。修二はデルタフォンを耳元に掲げ、音声コードを入力する。

「変身!」

『Standing by』

『Complete』

 白のフォトンストリームに包まれ、眩い光を放ち、修二はデルタに変身する。

 オックスオルフェノクは剛腕を振るい、鉄球のような拳が迫ってくる。デルタは拳を避けてオックスオルフェノクの腹に拳を打つが、敵は意に介した様子もなくもう片方の鉄球を上から振り下ろす。背中に凄まじい衝撃が走り、地面に叩きつけられたデルタはベルトからムーバーを手に取る。

「ファイア!」

『Burst Mode』

 追撃の鉄球を見舞おうとしたオックスオルフェノクの顔面に銃口を向け引き金を引く。外したが、フォトンブラッドのビームが掠めたオックスオルフェノクの右角が穿たれた。デルタは敵の腹を蹴って間合いを取り、すぐに立ち上がるとムーバーにミッションメモリーを挿入する。

『Ready』

「チェック!」

『Exceed Charge』

 デルタは銃身が伸びたムーバーを敵に向けた。オックスオルフェノクは巨体に見合わず駆け出してくる。フォトンストリームを通じてエネルギーがツールへ充填されると同時に引き金を引く。

 紫色のマーカーがオックスオルフェノクを捉えた。

「だあああああああああっ!」

 跳躍したデルタは雄叫びと共にルシファーズハンマーを叩き込む。オックスオルフェノクの巨体を貫き背後に降り立つと、灰色の巨体は赤い炎に焼かれて崩れていく。地面に落ちた灰が立ち昇らせる埃のなかで、ギリシャ文字のΔがしばし佇んで消えていった。

「三原君!」

 森の中を里奈と真理が駆けてくる。デルタはフォンをムーバーから外して変身を解除する。

「今の、オルフェノク?」

「ああ、でも倒したよ。もう大丈夫」

 修二はそう言って、腰から外したベルトをケースに納めた。「みんなー……」と情けない声をあげながら、ふらついた足取りで啓太郎が歩いてくる。

「ああもう。菊池さん休んでてって言ったのに」

 里奈は呆れた様子で啓太郎へと駆け寄っていく。だが真理は後を追わず、ケースにロックをかけた修二を注視している。

「三原君、オルフェノクが出るって知ってたの?」

「まさか、偶然だよ」

 そう言って修二は啓太郎と里奈のもとへと歩き出すが、真理は目の前に回り込んで行く手を阻む。

「三原君、こっちに来てからおかしいよ。よく女子高生の子達見てるし。ねえ、何が起こってるの?」

 真理の表情は鬼気迫るものだった。年下ながらその気迫におののき、言葉を詰まらせる。

「もしかして、巧も関係してるの? 巧がどこにいるのか知ってるの?」

 修二は逡巡する。真理は修二の両肩を掴んだ。

「ねえお願い、巧の居場所を教えて。巧はもうあまり生きられないんだよ? もう一度会いたいの」

 できることなら、修二も2人を会わせてやりたい。でも巧は今この瞬間も戦っているのだ。音ノ木坂学院と、μ’sと、そして真理達を守るために。彼の意思を足蹴にすることはできない。

「ごめん……。俺も知らないんだ。本当にごめん………」

 修二は真理の手を退けて、逃げるように歩き出した。

 

 ♦

 巧は無人の更衣室で、物言わずに出番を待つ純白の衣装を眺める。前に見た時とは少し形が違うように思える。センターが花陽に決まった際、手直ししたのだろう。

 しばらく待っていると、ドアをノックする音が聞こえる。「ああ」と巧が返事をすると、控え目な音を立てて花陽が入ってくる。電話で約束した時間ぴったりだ。せっかくの昼休みに悪いとは思うが、朝と放課後は練習がある。

「巧さん、話って何ですか?」

「昨日穂乃果から聞いたぞ。センターは花陽になったんだってな」

「はい。リーダーだからって、全部凛ちゃんに押し付けるのは良くないってことになって」

 押し付けられたのはお前の方じゃないのか。その余計な言葉を押し留めて、巧は尋ねる。

「お前、本当にそれで良いのか?」

「わたし、よく分からなくて………」

「穂乃果が言ってたんだ。どうするのか決めるのは花陽自身だって」

「わたしが?」

「お前はどうしたいんだ?」

 花陽は自分が着る衣装を見つめる。あんなに目を輝かせていたというのに、今の花陽の目からはその光を感じない。

「わたし、凛ちゃんにこの衣装着てほしいです。凛ちゃんに、自分が可愛いって分かってもらいたい」

 「でも……」と花陽は視線を落とす。

「強引にやらせるのは、良くないと思って………」

「今更何言ってんだ? お前らずっと強引だったじゃねーか」

 「え?」と花陽は巧を見上げる。

「にこも絵里も強引にμ’s入らされたようなもんだし、お前だって凛と真姫に強引に穂乃果達のとこ連れてかれたろ。俺だって最初は嫌だったのに付き合わされてたしな。考えてみりゃ穂乃果のやつ、後先考えずにすぐ突っ走りやがって」

 このままだと穂乃果への愚痴が止まらなくなりそうで、巧は一旦呼吸を整えて苛立ちを押し戻す。

「そうやって今までやってきたんだ。凛にも強引なくらいが丁度良い。てか、あいつはそれくらいやらないと観念しないだろうしな」

「でも、凛ちゃんはとても繊細なんです。もし傷付けちゃったら………」

「それで何もしなくて、あいつが自分を卑下したままで良いのか? お前らの仲はその程度なのかよ?」

 「違います!」と花陽は声を荒げる。

「凛ちゃんはわたしの1番大切な友達です!」

「じゃあ、やることはもう決まってるんじゃないのか?」

 巧がそう言うと、花陽は目を見開く。その視線を衣装へと移し、純白のドレスを見つめる。その目に光が宿ったように見えた。

 

 

 ♦

 ファッションショーの会場はもっぱら女性客で賑わっていた。ランウェイでは手足がすらりと伸びたモデルの女性達が颯爽と歩き、観客達に各ブランドが発表した新作の服をアピールしている。

「凛ちゃん、そろそろ準備せんと」

 ステージ袖からショーを見物していた1年生達とにこに、希が呼びかける。楽屋へ向かう途中、芸能事務所の関係者らしき人から絵里が名刺を差し出されたのを見かけた。絵里は美人だし、やっぱり凄いと凛は思う。こういう華やかな場も、絵里のような女の子らしい人がよく似合う。

「じゃあみんな。着替えて最後にもう一度、踊りを合わせるにゃ」

 楽屋で凛はメンバー達に呼び掛ける。リーダーとして最後の日だが、こうして指示を出すこともようやく慣れてきた。

 「凛ちゃんの衣装そっちね」と花陽に促されて、凛は仕切られたカーテンを開ける。姿見の前に置かれた衣装を見て、凛は動きを止めた。そこにあるのは、センター専用のウェディングドレスをモチーフとした衣装だった。

「かよちん間違って――」

 振り返ると、他のメンバー達は既に着替えを済ませていた。センター用とは真逆の、黒を基調としたタキシードのような衣装に。

 「間違ってないよ」と花陽が微笑む。

 「あなたがそれを着るのよ、凛」と真姫も。

「な、何言ってるの? センターはかよちんに決まったでしょ? それで練習もしてきたし………」

 「大丈夫よ」と絵里が。

「ちゃんと今朝、皆で合わせてきたから。凛がセンターで歌うように」

 思い返せば、集合には凛が最後に来ていた。メンバー達は凛に隠れてこんなことを準備していたというのか。

「そ、そんな……。冗談はやめてよ」

「冗談で言ってると思う?」

 にこが真面目な口調で言う。「で、でも……」とかしこまる凛の前へ花陽が歩み出る。

「凛ちゃん。わたしね、凛ちゃんの気持ち考えて困っているだろうなって思って引き受けたの。でも、巧さんに言われて思い出したよ。わたしがμ’sに入ったときのこと」

 それは凛も覚えている。ずっとアイドルになることを夢見ていた花陽が、目の前にチャンスがあるのに立ち止まっているのを見ていられなかった。十分アイドルになれる容姿を持っているのに、自分に自信を持てない親友の背中を押さずにはいられなかった。

 「今度はわたしの番」と花陽は凛の手を取る。

「凛ちゃんは、可愛いよ」

 「みんな言ってたわよ」と真姫が。

「μ’sで1番女の子っぽいのは、凛かもしれないって」

「そ、そんなこと――」

「そんなことある!」

 花陽は強く言った。アイドルのことを語るとき以外で、こんな花陽を見るのは長い付き合いのなかで初めてだった。

「だって、わたしが可愛いって思ってるもん! 抱きしめちゃいたいくらい、可愛いって思ってるもん!」

 凛は目を丸くして花陽を見つめる。顔が熱くなっているのが分かる。花陽も自分の言っていることに気付き、恥ずかしそうに苦笑する。

「花陽の気持ちも分かるわ」

 そう言って真姫は出番を待つ衣装へと目配せする。

「見てみなさいよ、あの衣装。1番似合うわよ、凛が」

 凛は姿見に映る自分を眺める。本当に、自分にこの衣装が似合うのだろうか。そう思っていると、背後に花陽と真姫が立つのが見える。

 ぽん、と背中に温かい感触が乗る。

 優しい、そして強い力によって、凛は1歩前へと踏み出した。

 

 ♦

「さあ、巧さんも着替えてください」

 絵里からそう言われたのは、メンバー達の着替えが済んだ頃だった。楽屋の外で待っていた巧は中へ連れ込まれて、時間が無いからと有無を言わさず服を着替えさせられた。

「なあ、これどういうことなんだ?」

 真姫に整髪スプレーを頭に吹きつけられながら、状況を把握する暇すら与えられなかった巧は尋ねる。

 何で自分は黒のタキシードを着なければいけないのか。

 何で凛と並んで立たされているのか。

「演出でセンターボーカルを男性モデルがステージまで連れていく予定だったんですけど、そのモデルさんが急病になったらしくて。巧さんなら代役にぴったりって、プロデューサーの方が」

 絵里の説明を聞いても府に落ちない。ならひとりでステージに行かせればいいじゃないか。その文句を言っても手遅れだ。もう真姫が巧の髪をセットし終えて、準備万端になってしまった。

「衣装のサイズが合って良かったやん」

 希が嬉しそうに言う。

「俺にやらせて良いのかよ?」

 「大丈夫よ」とにこが悪戯な笑みを浮かべている。

「凛と一緒にステージまで歩いて、さっさとはけるだけだから。何、照れてんの?」

「誰が」

 舞台袖で凛と並んで待機してしばらくすると、会場の照明が消えていく。

 「ねえ、巧さん」と隣に立つ凛が巧を見上げてくる。

「この衣装、似合ってるかな?」

 恥ずかしそうに凛は尋ねた。純白のレース生地で繕われたドレス。それは凛の純粋な心を表しているようだ。真っ白で、何の穢れもない。

「ああ、似合ってる。口の悪い俺が言うんだから間違いない」

 誉め言葉としては酷いものだ。それでも凛は控え目ながらも笑っている。

「でも、やっぱり恥ずかしいね。こういうの。何だか花嫁さんみたい」

「いつか嫁に行くときにまた着るだろ。そういうドレス」

「じゃあ、今日は巧さんが花婿さんかな?」

「馬鹿言うな。そろそろ行くぞ」

 オルフェノクの花嫁になるなんて、質の悪すぎる冗談だ。

 巧と凛は腕を組んでステージへと歩き出す。照明は落ちたままで、真っ暗なセンターまでの道のりをバージンロードのように、ゆっくりと1歩を噛み締めるように歩く。

 センターへと到達し、巧がステージの袖へ戻ると凛へスポットライトの光が当てられる。その瞬間、会場に歓声が沸いた。観客達は凛の姿に賛辞を贈っている。歓声に包まれながら、凛はブーケのように花で飾られたマイクを両手で握り、挨拶の弁を述べる。

「初めまして。音ノ木坂学院スクールアイドル、μ’sです」

 「可愛い」、「綺麗」という声が観客席から聞こえてくる。袖で待機しているメンバー達は凛を見守り、花陽は目尻に涙を浮かべながら「可愛いよ」と呟く。あの時と立場が逆だな、と笑みを零しながら巧は奥へと引く。巧の出番はここで終わりだ。後はμ’sのステージになる。

 タキシードを着たメンバー達が舞台へと出た。

「ありがとうございます。えっと、本来メンバーは9人なんですが、今日は都合により6人で歌わせてもらいます。でも、残り3人の想いも込めて歌います」

 壁に背を預けてステージを見ていた巧の耳孔に足音が入り込んでくる。振り返ると彩子が立っている。

「それでは、1番可愛いわたし達を見ていってください」

 曲のイントロが始まる。巧は彩子へと近付き、「どうしてお前が?」と尋ねる。

「うちの生徒がモデルとして出るので、その付き添いで」

「お前、そんなこともやってんのか」

「ここには芸能事務所の人とかもいますから、もしかしたらスカウトとかあるかもって期待して」

 苦笑する彩子は視線をステージへと移す。タキシードのメンバー達は1歩引いて踊り、前に出た凛は衣装のフリルを揺らしながら歌っている。

「星空凛ちゃん。可愛いですね」

「ああ。あいつ、直前まで自分は可愛くないとか言ってたんだぜ」

「ええ? あんなに可愛いのに?」

 ウェディングドレスは女性の美しさを最も引き出すらしい。いつかテレビ番組でそれを聞いたときは綺麗言と思っていたが、案外正しいのかもしれない。凛が着ているのは本物ではないから、いつか結婚式を挙げて本物を着たとき、今以上に美しく輝くのだろうか。

「わたしも、あんな風に可愛くなれるかな?」

 彩子は羨望の眼差しを向けながら呟く。

 巧は思う。誰だって美しくなれる瞬間が訪れる。たとえ一生のなかの一瞬でも。その瞬間、そこにいる誰よりも眩い光のように。

 たとえ、オルフェノクであっても。

「なれるだろ。きっと」




 文字数が多くなる理由が分かりました。戦闘シーンに力入れ過ぎたからです!
 でも戦闘は手を抜けないんですよねえ。だって原作の片方が特撮なんですもん(泣)。

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